「帰れ」
「なぜ貴様の言う事聞かなければならぬ!」
「今お前みたいな奴を相手にする空気じゃなかったんだよ」
「知ったことではない!」
覇気の無い声で話すレオンハルトに憤慨する暗黒騎士のジャック。そのやり取りは久しぶりに再会した友人さながらのものであり、初対面のアリスが眉を顰めるのも無理からぬことだった。
暗黒騎士は、整合騎士と対とも言えるような存在だった。駆る飛竜の色が正反対であれば、整合騎士の多くが纏う甲冑とも正反対の色の甲冑を着る。無論甲冑は統一されているわけでもなく、各々が専用の物を身につける。レオンハルトのように軽装で戦場に出る騎士はどちらの騎士を見てもそうそういない。実は"甲冑を身につけない"という点を評価され、敵である拳闘士と仲が良くなっていたりする。無論戦場で会えば容赦なく命の取り合いを始めるが。
この場に現れた暗黒騎士ジャックは、黒を基調としところどころに赤い装飾が施された甲冑を身につけていた。ジャックの腰に携えられている剣に色を合わせたことが伺える。ジャックは兜を被っているためその素顔をアリスは知らないが、何度も兜を割っているレオンハルトは知っていた。
レオンハルトとジャックはどちらも気兼ねなく話しているが、アリスはその会話に付いていくことができなかった。知らないから、というだけではない。言葉や態度は柔らかいのだが、どちらも相手の動きを見逃すまいと意識を高めており、それが重圧となってアリスを抑えているのだ。
「ところでそこの女は?」
「お前らにとっては悲報ってやつだな。うちの新入りだ」
「……また騎士が増えたというのか。面倒な」
「手出すなよ?」
「貴様相手にそんな余裕などない。ただでさえこちらは1回も勝ったことないのでな」
「一太刀も、の間違いだろ」
「うるせー!」
「……さっきから思ってたが、今みたいに素の口調で話せよ。気持ち悪い」
ジャックの口調が崩れたことをいいことに、レオンハルトはジャックの口調について指摘する。その指摘通り、ジャックの口調は崩れたものが素である。数年前までは崩れたものであったのだが、どういう変化があったのか、再び相見えた今では高貴さを滲ませる口調となっていたのだ。
口調が変わったことを敵であるレオンハルトが指摘する必要などないのだが、どこかずれた感性をしているため引っかかって仕方ないのだ。だが、そもそもジャックはレオンハルトと会話しに来たわけではない。戦いに来たのだ。これ以上の会話は必要ないとし、剣を鞘から抜き取った。それを受けてレオンハルトも抜刀し、出方を伺う。
「少しは成長してるんだろうな」
「それはこれから示す」
「……アリス、あと3歩下がってろ。余波を受けても知らないぞ」
「! はい」
律儀にもジャックはアリスが後退するのを待ってから仕掛けた。戦い方はそれぞれの得意分野によって大きく変わる。ベルクーリのように究極の一撃を追求する者、速度を求める者、レオンハルトのように全ての分野に通ずる者。ダークテリトリー側の騎士で主流なのは、連続剣を習得することだ。相手が捌ききれないように高速で繰り出すことで、戦いを有利に持っていく。
ジャックも例に漏れずその連続剣の担い手であるが、他とは違うことが一点ある。それは、ジャックが
高速を得意とするものに対応できるが、速度では勝てない。
すべてを一撃で決める剣に対応できるが、その者に一撃で勝つことができない。
巧みに動く者に対応できるが、巧みさでは勝てない。
それがこの二人の"型"だ。レオンハルトは同様の戦い方をする騎士がいても自分以上の担い手がいない。しかし、ジャックはその道の理に至るレオンハルトと戦える。何度も挑み、己に足りないものが何かを見つけては命からがら屋敷に戻り研鑽を積む。他の整合騎士が相手だとこの手段は取れない。殺されることが目に見えているからだ。そのため、ジャックはレオンハルトにしか戦いを挑まず、ダークテリトリーに入ってきた騎士が他のものであれば、遠目に確認した後に来た道を帰るのだ。それが可能なのもレオンハルトが必ず軽装だからだ。
「シッ!」
「甘いな」
何かに加速させられたかのように1秒もかけることなくレオンハルトとの距離を詰め、その勢いを殺さずに剣を振り下ろす。その一撃を右手で持つ神器で受け止め、左手をジャックの胴に添える。掌法と呼ばれる武術であり、拳闘士たちも扱う技である。衝撃を中へと送り込む技であるため、甲冑による防護が関係ないのだ。
ジャックも当然その技を知っており、手を添えられた瞬間後ろに飛び退く。レオンハルトは距離を開けさせないように追従し、神器を横に一閃する。それを防いだジャックだったが、着地寸前に防いだために踏ん張ることができずに飛ばされる。
「くっ……ォォオ!」
飛ばされながらも地面に剣を突き刺し、すぐさま体勢を整えたジャックは追撃を仕掛けるレオンハルトに連続剣を打ち込む。7連撃を放つもレオンハルトはそのすべてを相殺する。
「技のあとは隙が生まれる」
「そんなもの……百も承知!」
「おっ?」
技を放った直後であるならば隙が生まれる。それは騎士であれば誰しもが分かっている。それ故にレオンハルトはその隙をつこうとした。しかし、ジャックは7連撃を放った直後に再度連続剣を使った。今度は11連撃。意表をつかれたレオンハルトだったが、剣を見切りこれにも対応した。しかし、さすがに意表をつかれたこともあり、全くの無傷というわけにはいかなかった。
「頬を掠ったか」
「……クソっ」
「よくできたもんだと感心するが、強引に技を繋げた分隙だらけだ」
頬から流れる血を手で拭い、右手に持つ神器はジャックの喉元に突きつけていた。勝敗は決したわけだが、レオンハルトは内心驚いていた。連続剣という技を二つ繋げて使う騎士を見たことがないからだ。そもそも連続剣を整合騎士達は使わない。なぜなら、"完全武装支配術"を扱うからだ。そして、レオンハルトもまた連続剣を使わない。そもそもこの男は"完全武装支配術"以外に技を扱わない。その場その場で最適だと判断した行動を取るのだ。
連続剣を扱う暗黒騎士達でも、この連続技を扱うものはいない。少なくともレオンハルトが知る限りでは、となるのだが。そもそも暗黒騎士達は、整合騎士が扱う"完全武装支配術"の研究に取り込もうと動いている。そのためには戦場へ行き、整合騎士がそれを使い、それを見た後に生きて帰らないといけない。だが、その成功率は限りなく低く、逃亡する敵を見逃すレオンハルトはそもそも技を騎士相手に技を一切使わない。だからこそジャックは、独自の鍛錬で連続剣の連続技という離れ技を身につけ、レオンハルトに挑んだのだが、結局レオンハルトは技を使わなかった。
(これだけ取り組んでも目的を達せないか……)
そう気を落とし、どうすれば目の前にいるこの男を超えられるか。先程の短な戦闘を思い出し、分析を始めていた。しかし、目的のヒントは思わぬ場所からジャックの元へと届いた。
「お前は剣術だけで言えば強い方だぞ」
「……は?」
「ひたむきに鍛錬を積むんじゃなくて、一旦剣を見つめ直せ」
「どういうことだ」
「それは教えてやらん。自分で考えろ」
剣を鞘に収めたレオンハルトは、ジャックに背を向けてアリスの元へと歩いていった。背後から斬られることを考慮していないのではない。仕掛けられようと負かせられる自信があるのだ。
レオンハルトの後方に待機していたアリスと合流したのを見届け、そこでジャックはあることに気づいた。レオンハルトが、常にジャックとアリスの間に位置するように動いていたことに。
(化物め)
内心で悪態をつきつつも、己の道の先がアレなのだと思うと、身震いせずにはいられないジャックであった。ジャックは大人しく引き下がり、乗ってきた飛竜に跨って帰っていくのだった。
☆☆☆
「……私は自信を無くしそうです」
「なんで?」
「人界を護ることが私の使命なのに、私は何もできませんでした」
「初めて戦ったわけだしな。そこは仕方ないさ」
「こんなことでは駄目なのです! 私はもっと強くならかくては……」
今回の実践での敗北、失態、己の弱さ。今回のこと全てがアリスにとって自分を責める材料だった。ダークテリトリーの敵など取るに足らないと、そう思っていたのに結果は正反対だったからだ。取るに足らない、と手玉に取られたのは自分であり、レオンハルトがいなければ連れ去られていた。
ゴブリンたちの後に出てきた騎士もそうだ。アリスはあの戦闘の全てが見えていたわけではない。連続剣どころじゃない。最初の一手も見切ることができなかった。つまり、あの強さの敵が相手であればアリスは何もできずに殺されてしまうということだ。
それがアリスにとって辛かった。一人では何もできないことが、使命を果たせないことが、そしてレオンハルトやフィアの期待に応えられないことが。自然と握る手が強くなっていたアリスを、レオンハルトは持ち上げた。
「え? え?」
「ちょっとこっち」
自分の背後にいたアリスを持ち上げ、アリスに手を離させたら自分の正面に移動させる。進行方向を見ながらアリスと向き合えるようにするためだ。
叱責される。そう思って身構えるアリスを、レオンハルトは優しく撫でた。いつもと変わらない笑顔を浮かべ、落ち込むアリスを慰める。今のアリスにとってその優しさが追い打ちとなるのだが、それはレオンハルトも分かっている。だから言葉を紡ぎだした。
「初めての実践ならあーなっても仕方ないんだよ」
「……レオンはどうだったんですか?」
「俺も何回も逃げ帰ったさ。言ったろ?死ぬわけにはいかないって。……フィアを置いてくわけにはいかないから」
「そうなのですね……」
「ベルクーリも似たようなもんだぜ? だから、何回も失敗して、負けて、その度に反省して強くなってけばいい。それを俺もフィアも、他の騎士も手を貸してくれるから」
「……はい」
誰しもが失敗している。そう分かるとアリスの胸も軽くなった。
(これからもっと強くなればいい。レオンハルトやフィアを始めとした人たちに手を借りて)
完全に気持ちを切り替えられたわけではないが、それでも気持ちを前に向けることができた。アリスの目が前を見据えたのを確認したレオンハルトは、天翔にさらに速く飛ばさせた。
「レオン。この傷はなんですか?」
「掠っただけだけど?」
「深くないんですね?」
「それは本当に大丈夫」
「よかったです。ところでアリスの服に切られた跡があるのですが、あれはなんですか?」
「……えっと」
「な・ん・で・す・か?」
帰宅早々、アリスが入浴しに行っている間、ずっと説教されているレオンハルトがそこにいた。