「レオン。風呂行こーぜ風呂!」
「ノックして入れ。それとこっちは食事中だ」
「かーっ。今さらだが女性を二人侍らせてるたぁ良い御身分だな」
「今日のお前は面倒だなベルクーリ」
「オレも食っていいか?」
「無視か。……フィア」
「ふふっ、余り物になるけどそれでもいいのなら」
三人の食事中に突如来訪した騎士団長ことベルクーリは、部屋の主であるレオンハルトの話をろくに聞かずに席に座った。レオンハルトとフィアは長い付き合いから、時折ベルクーリがこうしてやって来ることに慣れている。そのためフィアは、平然と余っている料理を食器に入れてベルクーリに渡し、レオンハルトはベルクーリが何故この状態なのか検討をつけ始めた。
普段の貫禄ある態度とはかけ離れているおり、初見のアリスは食事の手が止まって目を丸くしていた。アリスがそうなるのも無理からぬことだ。いくらレオンハルトやフィアがベルクーリと長い付き合いとはいえ、二人もベルクーリのこの状態を何度も見ているわけではない。未だに両手で数え切れる程だ。
今回ベルクーリがこうなったことに検討をつけられたこともあり、レオンハルトは食事を再開する。それを受けてフィアも食事を再開しようとしたが、未だにアリスが放心状態のため、アリスにそっと食べさせ始める。アリスも放心状態なのだが、食欲には勝てないため無心でそれを受け入れるのだ。
「……フィア。遊んでるだろ」
「だってアリスの反応が新鮮なんだもの」
「まぁその気持ちは分からないでもないが」
「ハハハッ! なんだかんだでアリスの嬢ちゃんもすっかり二人の家族だな!」
「…………! 私はいったい」
ベルクーリの大声によってアリスの意識が戻ってきた。意識が戻ったところで自分の口の中に食べ物が入ってることに気づき、横に座っているフィアに顔を向ける。その反応すら楽しんでいるのか、フィアは微笑み返すだけだった。ベルクーリやレオンハルトの様子も見ると、二人とも程度の差はあれど大方フィアと同じ反応だ。自分が子供扱いされていると気づいたアリスは、頬を赤らめさせながら食べ物を飲み込んだ。そうすると、すぐに追撃とばかりフィアが再度アリスに食べさせようする。
「……フィア、自分で食べられます」
「それくらい知ってるわ。でも私がアリスに食べさせてあげたいの」
「恥ずかしいので嫌です」
「二人きりの時ならいいのかしら?」
「それならマシですけど、それd「今度は二人きりで食べましょうね。楽しみにしてるわ♪」……レオン」
「無理無理。俺がフィアを止められるわけないだろ」
まさかの即答である。アリスはこの時、レオンハルトが完全にフィアの尻に敷かれてるのだと理解した。そして、今までの二人のやり取りでもやはりレオンハルトはフィアに言い負かされていたことを思い出した。口喧嘩……にもならないが二人が言い合う時は必ずレオンハルトが負け、フィアが圧を強めた途端レオンハルトは屈していた。
もしかしたら騎士団長であるベルクーリならフィアを止められるかもしれない。そう思って一縷の望みをかけたが、ベルクーリはおもむろにアリスから視線を逸した。どうやらフィアに逆らえる騎士はいないようだ。なぜこんなことに、とため息をつきかけたアリスだが、隣で心から楽しそうに笑顔を弾けさせているフィアが目に入り、これくらいなら構わないかと思うのだった。
「ごっそさん。いや〜相変わらず美味いもん作るよな〜」
「お粗末様。それはファナティオに言ってあげてちょうだい」
「あ、はい」
「ベルクーリと風呂行ってくるが、二人が先に行くか? 待ってる間に洗い物はやっとくぞ」
「今日は後でいいわ。先に行ってきてちょうだい。ベルクーリがいなければ一緒でも良かったけど」
「何言ってるんですかフィア!? 私は嫌ですよ!?」
さらっと爆弾発言をするフィアに慌ててアリスが反応する。男女が共に入浴するなどアリスには耐え難いものだからだ。さすがに冗談だろうとも思ったが、ツッコミを入れた後にフィアの顔を見るも、本当に構わないと思っているようだ。この二人はこれだけ仲がよく、お互いのことを想っているのにも関わらず正式に家族にならないのか。このことは教えてもらえていないアリスにとってずっと引っかかるものだ。
「オレは誰がいようと気にしねぇぞ?」
「なんだベルクーリ。殺されたいならそう言えよ」
「いやいや冗談だって。神器突きつけるなよ。フィア嬢も神聖術打とうとしないでくれねぇかな〜」
「この事はファナティオに言っておきますね」
「まじで悪かった!」
☆☆☆
「あぁ〜〜、やっぱ風呂はいいなぁ〜」
「オッサンめ」
「否定はしねぇな」
「んで、
「ククッ、さすがに気づかれるか」
大人二人が入ろうと有り余る大浴場。浴槽の縁に腕を引っ掛け足を完全に伸ばす。ベルクーリが必ず行う豪快な入浴方法だが、任務帰りともなればレオンハルトもそうしたい気持ちが分かる。ベルクーリのように体を投げ出すような入浴の仕方はしないが、足を伸ばすことはする。
ある程度体が温まったところで話を切り出すレオンハルトに、ベルクーリは嬉しそうに口角を上げた。それは道化を見て楽しむ笑みとは違う。見どころのある敵、つまりは強敵になりうる相手に出会った時の笑みだ。強者である運命とも言うべきなのか、自分に張り合う相手は数少ない。整合騎士であればベルクーリも数人上げられるが、ダークテリトリー軍となればそうはいかない。最強の騎士と
──殺意だけが篭った剣は届かない
ベルクーリがダークテリトリー側の戦士と戦うときに常々思っていたことだ。戦闘に不慣れな者なら殺意を向けられるだけで身を竦めるだろう。効果的と言える。しかし、ベルクーリは歴戦の騎士だ。殺意など何とも思わない。その鋭さに感心するか否か、それだけだ。今回出会った暗黒騎士はその限りでは無かった。それ故にベルクーリは機嫌よく帰ってきたのだ。
「
「……へー? 暗黒騎士が?」
「おう。まだまだ未熟だが、あいつなら自力でたどり着くだろうよ」
「それが楽しみだから見逃したってか?」
「ハハハ! その通りだ! お前さんも同じだろ?」
「俺は殺すかどうかの基準を作ってるだけだ。それに従って殺かどうかを決める。騎士だろうとゴブリンだろうとオークだろうと関係ない」
これはレオンハルトが昔から決めていることだった。アリスを押し倒した何時ぞやのギルグのような、ただの簒奪者であれば容赦しない。例えその者が降伏と言って逃げようとしても、戦場に出てその性悪さを見せればレオンハルトは躊躇しない。力が全ての暗黒界であるからこそ力ある者が正当化される。その原理自体はレオンハルトも理解している。ただ、それでは何も進歩を望めないのだ。
ベルクーリも似た意見を持っていた。東の大門の天命は確実に減っているため、ダークテリトリー軍との全面戦争は免れない。だからこそ
そもそも現段階では誰であれ交渉相手になり得なかった。当然だ。人界の人間を見て殺意しか抱いていない者達なのだから。殲滅戦もやむを得ない。そう考えていた中今回の任務で出会ったのだ。殺意以外に思いを込めた剣を振るう騎士に。だからベルクーリはその者に期待していた。交渉の席に立てるものであると。
「お前がそいつに期待するのは勝手だが、そいつが至ったら至ったで戦争の時に厄介だぞ」
「フッ、そんときゃオレが相手するさ。5年後に来いって言ってるしな」
「……おい。初めからその気満々じゃねぇか」
「それもあるが、せっかく話の分かる奴なんだ。他の騎士に討ち取られちゃあかなわんからな」
「それもそうだが……。まぁいいか」
自分で撒いた種は自分で対処する。騎士団長がそう言ったのなら団員であるレオンハルトもそれに従うのみである。そもそもレオンハルトもジャックを何度も見逃しており、心意を使うヒントを与えてすらいるのだから大して言及できないのだ。
大浴場を後にし、自分の部屋に戻っていくレオンハルトだが、ベルクーリが未だについてきた。特に何かするわけでもないはずだが、もしかしたら自分にとっても都合のいいようになるかもしれない。そう判断し、何も言わずに部屋に入れさせ酒を用意する。ベルクーリはそれを受け取り二人で飲み始めた。部屋にはまだフィアとアリスがいるのだが。
「あらレオン飲むのかしら?」
「少しだけな」
「本当に少しにしてね」
「わかってるよ。それでベルクーリ」
「頼みごとだろ? 話に付き合わせて酒も貰ってんだ。断わりゃしねぇよ」
「よし。フィア、アリスはどこだ?」
「呼んでくるわね」
レオンハルトがベルクーリに頼みごとをすることは珍しい。レオンハルトがセントラル=カセドラルから離れる時にフィアのことを頼むぐらいだ。自分のためだけに頼みごとをしたことはない。そして、今回席を外しているアリスを呼んでもらったということは、当然アリスに関わることで頼みごとするということだ。
「何か私に話ですか?」
「アリスが関係するからな。同じ場にいてもらうほうがいいと思って」
「?」
「ベルクーリ。明日俺達に付き合え」
「……なるほどな。アリスの嬢ちゃんの訓練とお前さんとの模擬戦か」
「そういうこった」
「えっと……私も関わるのですか?」
「そりゃあ本命はアリスなわけだし」
「ふふっ、ベルクーリとの訓練はみんなやることよ。頑張ってねアリス」