「それじゃあ始めるとすっか」
「アリスがんばー」
「いいとこまでいけばおやつ作るから頑張ってね〜」
「二人とも軽すぎません!?」
四人が今いる場所は、セントラル=カセドラル内にある訓練場だ。騎士団長ベルクーリとアリスが向かい合っており、レオンハルトとフィアは横で観戦という名の冷やかしをしている。とは言っても普段からそんなことをこの二人はしない。フィアはレオンハルトに合わせているだけであり、レオンハルトはこの後に控えているベルクーリとの模擬戦を待ちきれないのだ。無論アリスとベルクーリの模擬戦が始まればその感情も抑えられ、勝敗が決するかアリスのミスで危険な状態になりそうになったら間に割って入る。ベルクーリもそこは十分に気をつけるわけだが、物事に絶対というものはあり得ない。
「嬢ちゃん準備はいいか?」
「……はい。お願いしますね《金木犀の剣》」
レオンハルトに鍛えられつつ実戦も経験して1年。アリスは自分の神器である《金木犀の剣》を扱えるようになっていた。まだ"完全武装支配術"やその先の"記憶解放術"は扱えないが、成長が著しいアリスならそれも時間の問題と言えるだろう。
互いに神器を構える。ベルクーリは表情こそ緩いが、気を引き締めておりアリスの僅かな動きも見極めんとしている。その一見隙がありそうでないベルクーリの構えにアリスは冷や汗をかいていた。レオンハルトに何度も実力を理解することを言われているアリスは、自分の現段階の実力を理解している。そして、ベルクーリとの力量差もだ。
レオンハルトはアリスに教えるためにあえて気を抑えていた。しかしベルクーリはそうじゃない。レオンハルトに頼まれたという理由と、アリスの実力を知るという理由から猛者と戦う時と遜色ない気を放っているのだ。
(攻めに行ったら……負ける!)
それだけでもアリスが足を踏み出せなくなるのに十分だった。しかしレオンハルトが師である以上、ベルクーリとの模擬戦の稀少性は上がる。そのことも理解しており、たとえ数合であろうと剣を交えるべきだと判断した。決意を固めたアリスは堂々と正面から斬りかかった。当然ベルクーリはそれを防ぎ、数合斬り結ぶと鍔迫り合いとなった。
「ほう……。最低段階は超えられたか」
「勝てる可能性がなければ戦わなくていい。レオンにはそう教わってますが、これは模擬戦。閣下と剣を交えられるまたとない機会なら挑むべきでしょう!」
「ククッ、合理的だな。……いいだろう。オレもその決意に応えてやる」
力では敵わず押し切られると分かった瞬間アリスは後方へ跳ぶ。しかし着地した時にはベルクーリの神器《
「防戦一方じゃ訓練の意義が減るぜ?」
「わかっています!」
ベルクーリが一度その場で剣を振り払ってから上段に構える。一見不格好に見えるが、その構えはベルクーリが放つ究極の一撃を放つ構えだ。近づくべきではない。それはアリスも分かっている。しかしその一撃を知るべきだ。アリスはそう判断しベルクーリへと駆ける。可能な限り最速で。
防ぎに行ってはいけない。攻撃に回らないといけない。そのためにアリスはさらに加速しながら剣を振り下ろす。先に振っていること、加速していること。それでベルクーリがあの一撃を防衛のために振るうと思って。
アリスの予想は当たらなかった。攻撃を防がれるという予想だけなら当たったと言えるだろう。しかし、それはベルクーリに
「……! レオン?」
「悪いがここまでだ。このままだったらアリスは
「やはり飛び込むべきではなかったのですね」
「別の意味でな」
「え……別の意味、ですか?」
レオンハルトの言っていることが分からず、アリスは首を傾げた。レオンハルトはアリスに教えるために自分の後方を指差す。一見そこには何もないが、よく見るとそこには
「あのままでしたら、私はその残った剣筋に斬られてたんですね」
「そういうこと。……ベルクーリもあの構えするなよな。アリスを殺す気か」
「ハハハ! すまねぇな。ちぃと熱くなっちまった。それに、お前さんが止めに入るって思ってたしよ」
「ったく。俺がいなかった時はどうすんだよ……」
「そん時はそん時だな!」
ベルクーリが剣を収めると留まっていた剣筋も消えていった。連動しているというわけではない。たまたまタイミングが一緒となっただけだ。アリスとレオンハルトも剣を収め、フィアがいる場所へと移動する。
「お疲れ様」
「私はまだまだ未熟ですね」
「あら、ベルクーリに完全武装支配術を使わせたのだから、十分力がついてきてる証拠よ?」
「そうなのですか?」
「ええ。あなたはまだこれから成長するのだから、焦っちゃだめよ」
「はい」
フィアの評価を素直に受け入れるアリスを見て、レオンハルトは複雑そうな表情をした。なぜなら、自分のときよりもアリスが素直だからだ。それは普段のレオンハルトの行いが影響しており、それも自覚しているため何も口を挟めないのだ。ベルクーリにそのことをからかわれ、軽い小競合いが始まるのだった。
「あなた達元気ね。ベルクーリの休憩もなしでいいんじゃない?」
「そうだな」
「オレの意見は?」
「え、休憩いるのか?」
「はぁ。ま、いいか」
関節を鳴らしてから再度ベルクーリは剣を抜き、レオンハルトも剣を構えて向き合う。最強と称される者の戦闘。そうそう見れるものではなく、アリスはフィアに連れられて部屋の端まで移動させられる。それはつまり、そこまで引いておかないと危険だということだ。アリスはそこまで頭が回らないほど、二人に意識を集中させていた。その中でも特にレオンハルトの方に意識を向けており、それは己の師の本気を見たいということと、先程手も足もでなかった騎士団長にどう戦うのかを見たいからだ。
「何年ぶりだろうな」
「さぁな。10年以上は開いてるんじゃないか?」
「20年ぶりよ」
「そうなのか。ありがとうフィア。さて、俺に負けろベルクーリ」
「はっ、お前さんにもまだ負けんよ」
その言葉がきっかけとなった。レオンハルトはベルクーリに斬りかかり、ベルクーリもそれを迎え撃つ。そこまではアリスと同じだった。そのすぐ後から内容に違いが出た。鍔迫り合いとなることがなく、部屋は剣戟の音が響き続けた。ベルクーリが"完全武装支配術"を使い始めるも、それと同時にレオンハルトも"完全武装支配術"を使う。アリスはレオンハルトのその力を見たことがあっても能力の詳細を知らない。それ故に二人の間で起きていることに理解が追いつかなくなり始めた。そのため隣にいるフィアに質問を投げかけた。
「なぜ閣下の力が発揮されないのですか?」
「発揮されてないわけじゃないのよ。ベルクーリの力は発揮されてる。でもそのすぐ後にレオンが
「消す?」
「アリスはレオンの神器の力をはっきりとは知らないのね。あの剣の力は"奪う"ことに集約されてるの」
「奪うことに……だから閣下の能力をすぐに消せるのですね」
「そういうこと。完全武装支配術もあくまで神聖術の延長線上。レオンが消せない道理はないのよ。……そもそも奪えないものはないもの」
奪えないものはない。それだけ聞くと異常な剣としか思えないが、無論留意点も存在する。レオンハルトの剣に目を凝らせたアリスはそのことに気がついた。
「剣から何か伸びてる……? あれはいつものやつかしら……」
そう。レオンハルトの剣からは黒い枝が少し伸びているのだ。レオンハルトの剣がベルクーリの剣筋を消しているのではなく、その枝が消しているのだ。そしてそのことに集中して見ると、
「あれはね、
「そういう仕組みだったのですね」
思い返してみたらそうだった。あの黒い枝はたいてい地面から発生していた。しかしそれは地面からでないと伸びないというわけではなく、地面には必ず影があるからなのだ。地面であれば使用者も視認しやすく狙いも定めやすい。ただそれだけの理由だ。
だが今はどうだ。レオンハルトは一度も地面から枝を伸ばしていない。それはベルクーリの能力をすぐに消すためであると同時に、そこまでの余裕がないことも表している。そしてなによりも、常に動き続ける剣の影から枝を伸ばすという芸当が、レオンハルトの実力の高さを物語っていた。
「そろそろね」
「え、何がですか?」
「時間よ。完全武装支配術は程度の差があれど長時間は使えない。あの二人はずっと使い続けているけど、そろそろ限界なの。だからこの後は単純に剣術の勝負になるわね」
フィアの予告通り二人は剣術のみで戦いを続行した。果たしてこの勝負に決着がつくのか、アリスがそう疑問を抱いて2分も経たずに決着がついた。ベルクーリが上段から振り下ろしす剣をレオンハルトが左に身を捻って躱す。寸でのところで躱したためにレオンハルトの頬を掠る。それを気にすることなく右へ薙ぐように剣を振るってベルクーリの首に当たる寸前で止める。
「
「同士討ちで決着か。ま、オレ達らしいな」
レオンハルトがベルクーリの首に当たる寸前で剣を止めているように、ベルクーリもまたレオンハルトの胴に当たる寸前で剣を止めていた。ベルクーリは上段から振り下ろした直後に、返す手で剣を振り上げていたのだ。つまり、レオンハルトが躱すことを前提にした動きである。
「俺はまだお前に勝ったことないんだが?」
「ハッハッハ! まだまだ負けてやる気はねぇよ。もっとも、お前さんが
「なんの話だか。それに、"裏"を使ってないお前こそ全力とは言えないだろ」
「耳の痛え話だな」
アリスは二人の会話を聞いて驚愕するしかなかった。今行われていた戦闘はアリスがついていけないものだった。それにも拘わらず、二人はまだ使っていない手があるというのだ。レオンハルトは言葉を濁していたため真相はわからないが、ベルクーリの話を信じるならレオンハルトもまだ上があるのだろう。
自分はこれだけの実力を持っている者に鍛えられている。そのことは誉れとも言えることなのだが、それと同時にアリスにプレッシャーを与えているのも事実だ。これだけの力を持っている騎士に鍛えられているのだから、自分もそれに恥じぬように力を身につけないといけない。真面目なアリスはそんな思いを抱いた。
「風呂行くか風呂!」
「そうだな。せっかくだからアリスも来るか?」
「行きません!」
「そうよ。アリスは私とお風呂に行くんだから」
「その通りで……え?」
ちゃっかりアリスとの時間を確保するフィアなのだった。