アリスが連行されてから7年。シンセサイズされてからでは5年が経った。この年月の間にアリスの実力は上位騎士の中でもさらに上位に食い込んだ。文句無しで5本指に入るまでに成長したアリスは、いよいよ正式に整合騎士として任ぜられたのだ。アリス・シンセシス・サーティ。それが整合騎士となったアリスの名前だ。これをアリスが真っ先に報告したのはもちろんこの二人だ。
「レオン、フィア。整合騎士になりました」
「おめでとうアリス」
「今さらって感じがするが、おめでとう」
「ありがとうございます」
今まで整合騎士と任ぜられなかったことがおかしいほどにアリスは強くなっていた。剣術はもちろんのこと、神聖術もフィアに指南されていることもあり、元老院に引けを取らぬ程だ。相棒である雨縁との絆は既に強固なものとなっており、具体的な指示がなくとも主の意思どおりに飛んでくれる。そして最高位神聖術である"完全武装支配術"を習得し、さらには"記憶解放術"まで習得している。
「アリスが巣立ちましたね」
「娘の成長ってのは早いもんだな。……いやほんとに」
「ふふっ、そうね。アリスはすぐに吸収していったものね」
「何を言うのですか。私はまだまだ二人の足元に及びませんよ。レオンに一太刀浴びせることが私の目標ですし」
「そりゃあまだ負けてやれねぇからな。記憶解放術を使われたら俺も負ける気がするけど」
「レオンが使わないので私も使わないのです」
「そっか……」
実力が付いてきたからこそアリスの中でも信条が確立した。敵との戦いではもちろん手を抜くことはないが、騎士同士の訓練となれば相手と条件を合わせるようにしている。それも負けず嫌いな性格が関係しているのだろう。相手よりも高位の技を使って勝っても嬉しくないのだ。
アリスは本気でまだ足元に及ばないと思っているのだが、レオンハルトからすればそんなことはない。剣術だけでの勝負にしろ完全武装支配術を込みにしろ、もう手を抜いている余裕はない。ベルクーリも『最強を引退する時期がそこまで来てるな』と言うほどだ。
「フィアもですよ。フィアはずっと余裕そうにしてます」
「だって余裕なんだもの」
「え、まじで!?」
「私の取り柄が神聖術なのよ? それで負けるわけにはいかないじゃない。アリスがまだ使えない術もまだまだあることだし」
「フィアの十八番を引き出させることが当面の目標です」
「楽しみにしてるわよ」
レオンハルトとは反対に、フィアの方はまだまだ余裕があるようだ。たしかに神聖術以外に得意なものがないのなら、神聖術で負けるわけにはいかないという点を納得できる。しかし余裕があるということにフィアの実力の高さが表れている。だからこそアリスは、未だに見させてもらえないフィアの神聖術を引き出させることを目標にしているのだ。
「アリスが仲間入りしたところで、祝いに稽古でも積んでやるか」
「それはお祝いと言えるのですか?」
「ふふっ、それじゃあその間に私は料理を作っておくわね」
「……あぁ、そういうことですか」
☆☆☆
整合騎士はアドミニストレータによって天界から召喚される。というものが建前として言われている。しかし、その実は大きく異なる。整合騎士は人界に住む人々と同じ人間なのだ。アドミニストレータが作り上げた"シンセサイズの秘儀"という秘術によって不老になるが、それ以外は特に差異がない。
ではどのような人物が選ばれるのか。一つはアリスのように禁忌目録に違反した者だ。本来、公理教会が定めた禁忌目録は当然のことながら、国の法律や村の掟に至るまでの『約束事』を破ることができない。
それだけではない。本来起きえない事象にだけ絞ってしまうと騎士団の数は限りなく少なってしまう。そこでもう一つの基準があるのだ。それは四帝国統一大会と呼ばれる大会での優勝だ。最も優れた剣士を選抜するその大会で優勝するということは、
そして今年もまた優勝した者がセントラル=カセドラルに招かれ、最高司祭アドミニストレータによってシンセサイズされた。名はエルドリエ・シンセシス・サーティワン。エルドリエはすぐに整合騎士として任命されたのだ。しかし、現段階のエルドリエは、整合騎士の中ではまだまだ実力が低い。"完全武装支配術"やその先の"記憶解放術"、"心意"の習得など習得すべきものがある。
「そんなわけでよろしく! それとさらなる成長に励みたまえエルドリエくん」
「……あなたは?」
「レオンハルト・シンセシス・スリー。これでも騎士長のベルクーリに並ぶ実力者だ」
「そうですか」
「反応うっすいなぁ。……まぁいいや。それよりエルドリエ。お前の相棒と引き合わせようと思って会いに来たんだよ。ついてきてくれ」
まだ日の浅いエルドリエは、当然のことながらレオンハルトのことをよく知らない。だがエルドリエとて騎士の端くれ。実力の高さを察することはできる。そのためレオンハルトの後ろを大人しく付いていき、ある場所へと案内された。そこには他にも二人おり、一人はエルドリエの前に整合騎士となった少女だ。
「レオン結局来たのですか? あら、そちらの方は……」
「紹介する。新しく騎士団に入ったエルドリエだ」
「ご紹介にあずかりました。エルドリエ・シンセシス・サーティワンです」
「アリス・シンセシス・サーティです。よろしくお願いします」
「フィアよ。レオンの世話が主な仕事かしら」
「世話て……」
「間違ってたかしら?」
「あながち間違ってないな」
自己紹介が終わった途端、レオンハルトとフィアは自然と距離を縮めて軽い掛け合いを始める。その仲睦まじいとすら言える仲の良さに、エルドリエは口を挟むことできずやり取りが終わるのを待つしかなかった。さすがにアリスが止めに入ったことで、二人の話は中断されて本題に入るのとができた。
「雨縁と滝刳は元気か?」
「ええ。どちらも」
「それはよかった。エルドリエ。騎士には相棒として飛竜が1頭与えられるんだが、この左側の飛竜滝刳が相棒になる。仲良くしろよ?」
「はっ。感謝します」
「固いわね」
「まぁ来たばっかだし、性分ってのもあるんだろ」
エルドリエを滝刳の主とするために拘束術式を施し直すと、エルドリエは一足先にこの場を後にした。そもそも騎士長であるベルクーリや副騎士長のファナティオに挨拶していないからだ。その前にレオンハルトに連行されてしまったのである。
それから月日が経ち、それまで個人でしか訓練していなかったエルドリエは、ある日を境にアリスを師と仰ぎ、弟子入りすることとなった。レオンハルトに鍛えられたとはいえ、アリスは流石に己の師と全く同じやり方を取ることはなかった。エルドリエを信じていないわけではない。師レオンハルトの方法を全て真似るのはアリスの良心がよしとしなかっただけだ。
「俺のやり方ってそんな酷いか?」
「私はレオンハルトほどの実力もありませんので、エルドリエにもしものことがあっても助けることが間に合うか分かりません」
「アリスなら大丈夫だと思うが……、まぁエルドリエはアリスの弟子だから任せるけどさ」
「それよりエルドリエはアリスからしてどうかしら? 有りか無しかだけでも教えてほしいわ〜」
「その質問は抽象的なのですが……。フィアが言いたいことはなんとなく察せますので、それで答えますと無しですね。私の中での基準を満たしていないので」
「あら、でもこれからどうなるか分からないわよね〜。それよりその基準って?」
「教えません」
(……あ〜そういうことね。ふふっ、アリスも乙女ね)
アリスの年齢も20に近づいてきた。長い時を生きる整合騎士の中では文字通りの若輩者だ。アリスを娘のように思っているフィアは、アリスの恋愛事情も気にかけていた。恋愛にこきつけてからかいたいという思いも半分あるわけだが。そこで最も年が近くアリスを敬っているエルドリエの名を出したのだが、アリスの反応は芳しくなかった。その基準とやらが何かまではアリスも語らなかったため、レオンハルトも分からないでいた。フィアは察してしまったわけだが。
エルドリエはアリスを師と仰ぎ、崇めてすらいるが、時折レオンハルトから指南を受けることがある。と言ってもエルドリエのアリスへの忠誠心は非常に高く、レオンハルトから直接訓練をつけられることはなかった。壁に当たり、試行錯誤しても手がかりが掴めない場合のみレオンハルトに相談するのだ。
「まだ俺に聞くことってあるのか? 記憶解放術まで使えるようになっただろ」
「そうなのですが、心意に関してはまだその一端すら掴めておりません」
「そういうことか。……簡単な言葉で言えば想いの強さだ」
「想いの強さ……ですか?」
「ああ。己の中で決して揺らぐことが無いものを元にすればいい。あとはそれを形にするだけだ。……口では簡単なんだけどな。アリスですら使えるものが少ない。焦るなよ。焦ってちゃあ絶対に使えないからな」
「分かりました。お時間をいただいてありがとうございます」
「これぐらい気にするな。暇だし。今からワインでも飲み交わしたいが、早速鍛錬だろ?」
「申し訳ありません」
「謝るな。励めばいい。そしてアリスを超えてみろ。忘れな、力量は自分で決めつけるものじゃないと」
エルドリエに軽く指南した数日後、整合騎士ですら驚く事件が発生した。流血沙汰ですら滅多に起きない人界で、
「アリスはちゃんと任務こなせるのか〜?」
「これぐらいできます」
「レオンに付いていってもらわなくて大丈夫?」
「罪人の連行だけですよ? 一人でできなかったら騎士の名折れです。……二人ともからかってますね?」
「「うん」」
「はぁ〜〜。親バカなんだから」
「あらアリス。今親って言ってくれた? 言ったわよね?」
「い、言ってません! もう行きますから、二人は待っていてください!」
「行ってらっしゃい」
初任務とあって気を引き締めたいというのに、保護者組は全くそうさせなかった。アリスが固くなりすぎないようにという一応の気遣いもあるからだ。比率で言えば気遣いが2、からかいが8となってしまうわけだが。
アリスはそんな二人から逃げるように雨縁の背に乗り発着場を後にした。アリスが連行する罪人は二人。フィアは《遠視》によってその二人を見ており、レオンハルトにも伝えている。その二人のことを聞いてレオンハルトは口角を上げた。あることを直感したからだ。
──
次回はまぁまたそのうち。