自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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2話

「あぁ〜……」

 

「……大丈夫ですか?」

 

「ダイジョウブダ〜」

 

「そうは見えませんが……。ワインいりますか?」

 

「入れといてくれ〜」

 

「……重症ですな」

 

 

 すっかり項垂れてしまっているのは、フィアにこってり説教されたレオンハルトだ。フィアから説教を受けるのは実に15年ぶりであるため、レオンハルトには相当堪えるものだったらしい。ベンチに座りだらしなく空を仰ぐレオンハルトの隣に座っているのはエルドリエ。己の師であるアリスの命により一晩ここで警備をすることになったのだ。二人が今いる場所は薔薇園であり、セントラル=カセドラルの入り口に近くにあるベンチに座っているのだ。

 いつもおちゃらけてるような人物が項垂れるという光景にエルドリエはどうすることもできず、とりあえず用意しておいたワインを勧めた。普段ならすぐさま食いつくのだが、今回はそうならなかった。レオンハルトと懇意にしているとはいえエルドリエはまだ一年ほどしか関わりがない。他にできることも思いつかず、ひとまずはレオンハルトのグラスにワインを注ぎ、自分の分も注いだ。

 

 

「何があったのですか?」

 

「フィアに怒られた」

 

「…………は?」

 

「あんなに怒られるの15年ぶりなんだよ。……あー、つら」

 

「……ぇぇ」

 

 

 混乱するしかなかった。『子供か!』とツッコミたかったエルドリエだが、上下関係を厳しく捉える性格であるためにそれができずにいた。そのためなんと返したらいいのか分からず、師ならどうするのだろうかと考えながらワインに逃げた。

 エルドリエがワインを飲み始めたことを気配で察したレオンハルトも、注いでもらったグラスを手にとって喉に少量を流し込んだ。ワインを嗜むエルドリエのセンスは素晴らしく、レオンハルトは飲んでいるワインを気に入った。すぐに飲むことを控え、頬を緩ませながらグラスを一旦口から離す。

 

 

「これ美味いな」

 

「気に入っていただけたようで何よりです。ところでなぜあなたはここに?」

 

「暇つぶしとお前の様子を見に」

 

「私の、ですか?」

 

 

 グラスを揺らしながら視線を向けてくるレオンハルトに、エルドリエは姿勢を整えた。その視線が普段のモノとは違い鋭かったからだ。エルドリエはレオンハルトが真面目になったところを見たことがない。それは付き合いが最も短いということもあるが、そもそも真面目になることが滅多にないからだ。約30名いる騎士の中でも、レオンハルトが真面目になるところを見たことがあるのは10人にも満たない。それほど珍しいのだ。

 そして、だからこそエルドリエは気を引き締めているのだ。何かを見定められているかのような感覚に陥り、下手な行動を取るべきではないと判断するほどだ。なぜ今このようなことを、と最初は疑問に思ってもすぐに答えに至れる。任務(・・)を与えられているからだ。

 

 

「あいつらが脱走できなければそれに越したことはない。だが、万が一脱走してくれば必ずお前一人で終わらせろ」

 

「当然のことです。私が罪人に負けるはずがありません」

 

「そう思う事自体は何も言わないが、敵を見くびるなよ。力量を決めつけてしまえばそれを超えられたときに対応が遅れる。何があってもおかしくないと頭の片隅にでも置いておけ」

 

「……わかりました。……奴らは脱走してくるとあなたもお思いですか?」

 

「してくるだろうさ。アリスもそれを見越してエルドリエに任せた。そうだろ?」

 

「そうですが……、私には到底そう思えません」

 

「言ったろ。何があってもおかしくないって。……黒髪の方の発想力と行動力に気をつけとけ。俺は()と話しに行くから」

 

 

 最後の警告はどういう意味なのか。それを問おうとしたエルドリエだったが、レオンハルトの姿は既になかった。"話"がそれほど重要なことか、あるいはすぐに終わらせたいのかのどちらかである。空になったワイングラスを回収し、一人で薔薇や夜空を見ながらワインを飲むエルドリエであった。

 

 レオンハルトは元老院が嫌いである。元老長であるチュデルキンとそれなりの交流はあるが、例外ではない。残念なことに気が合うこともあり、飲みの席を共にすると話が弾むためにしばしば関わるのだ。キリトたちの脱走を予感しているレオンハルトだが、それをチュデルキンに教える気はなかった。脱走を果たした後、どういう命令を飛ばしてくるか分かっているからだ。だからレオンハルトが足を運ぶのは元老院ではない。

 

 

「ファナティオ、起きてるか?」

 

『起きてはいるが……、こんな時間に何のようだ』

 

「アリスが連行してきた罪人について」

 

『……はぁ。入れ』

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 訪れたのは副騎士長ファナティオの私室だった。時間も時間であるため、就寝しようとしていたところにレオンハルトが訪れてしまった。ファナティオは自分の女性らしさにコンプレックスを抱いており、普段は素顔を隠し男らしくあろうとしている。そのため私室も極力女性らしいものを減らしているのだが、本心は誤魔化せず、所々女性らしい家具類が見え隠れしている。

 いくらレオンハルトといえど本人が心底嫌がることはしない。そのためそういった物が視界に入っても触れないでいる。ファナティオはその気遣いに気づき、複雑そうな顔をしてしまう。レオンハルトは部屋の椅子に座り、入れてもらった飲み物で喉を潤わすと一度咳払いをする。無言でいるほうが良くないだろうと判断し、いつも雑談から始めるところをすぐに本題に入るためだ。

 

 

「罪人は処刑される。そのことに異議が?」

 

「違う違う。あいつら脱走するぞって話だ」

 

「脱走? その確証は?」

 

「ない。ただの直感だ。それにアリスもそれを予想してエルドリエに一晩塔の入り口を警備させてる」

 

「……アリスの慧眼にそなたの直感も加わるとなると、そうなるであろうな」

 

「……二人なんだしその口調やめてくれね? 長い付き合いなんだしさ」

 

「…………はぁ。わかったわよ」

 

 

 さすがのファナティオも、目の前で心底嫌そうな顔をされれば折れるしかない。それに、レオンハルトが言ったとおり付き合いは100年以上ある。女性らしさを捨てようと決める前からの付き合いだ。他に誰もいない状況なら構わないだろうと妥協したのだ。それを受けてレオンハルトも表情が柔らかくなる。

 

 

「それで、罪人が脱走するとしてそれがなんなの? エルドリエが警備してるなら解決でしょう」

 

「そうなればいいんだがな」

 

「……エルドリエが敗れると?」

 

「可能性の話だ。もしエルドリエが負けたら罪人を捕縛じゃなくて殺害することになる」

 

「それになんの問題が?」

 

「戦力が減る」

 

「は?」

 

 

 ファナティオは耳を疑った。目の前にいるレオンハルトが罪人であり、どのみち死ぬ運命にある者たちを戦力(・・)と言ったからだ。今の会話の流れからすれば、まるで味方に引き込もうとしているとしか思えない。処刑するのではなく、味方にする気だったと言っているのだ。

 

 

「考えてみろ。あいつらが持ってた武器は間違いなく神器だ。それだけの武器を振るえるというだけでも評価に値する。そして、仮にその神器が無い状態でエルドリエを破った場合、整合騎士と同等の実力(俺達と遜色ない強さ)だということになる。大戦が迫っているこの状況でそれだけの猛者を失うのは手痛い損失だと思わないか?」

 

「……本気で言ってるようね」

 

「ファナティオは今の戦力で勝てると思ってるのか?」

 

「それは……。けれども罪人を!」

 

「あいつらだって人界が終わってほしいわけじゃないだろ。……ま、選択肢の一つとでも思ってくれ」

 

「え?」

 

 

 てっきりレオンハルトは説得する気で話をしに来たとファナティオは思っていた。しかし当の本人は力説しておきながらそれを押し通そうとはしなかった。あくまでも二択にさせるために来たのだ。話をしなければ殺して終わりだったところに、他の余地もあると思わせるために。

 実際ファナティオの脳裏にそれは留まった。現在の戦力で勝てるとはファナティオも言い切れないからだ。それは騎士長のベルクーリも以前から危惧していたことだ。ダークテリトリーの軍勢と戦ったものであれば誰もがそこに気づく。そして打開策を見いだせないでいる。それならばせめて少しでも戦力を増強しようとレオンハルトは言っているのだ。

 

 

「ベルクーリは今ここを離れてる。帰ってくるのは明日だろうが、あいつらが脱走するのは今夜だ。上から正式に指示が飛んでくるだろうが、それでもファナティオが決めればいい。騎士長の不在時は副騎士長に権限が移譲されるからな。戦ってみてあいつらがどんな奴か理解して、それでも不要だというのならその時に殺せばいい」

 

「レオンハルト。あなたはいったい何を考えているの? あなたはどうしたいのよ」

 

「人界がどうすれば生き残れるか。……まぁ本音はそんなのもどうでもいい。ただフィアを自由に外に出せるようになればそれでいい」

 

「……そこは私も望んでることよ。…………わかったわ。彼らが脱走し、エルドリエを突破した場合の対処は剣を交えてから決めるわ」

 

「ありがとう。寝るとこ邪魔して悪かったな。ひとまず今夜は寝てくれ。今夜は俺がどうにかする」

 

「……はてしなく不安なのだけど」

 

「ひでぇな」

 

 

 ファナティオの部屋を退室したレオンハルトは自室へと戻った。扉を開ければ冷めた目をしているアリスと、笑顔で杖を構えるフィアが立っていた。さすがのレオンハルトも今回ばかりは思い当たる節がなく、なんとか対話へとこぎつけることにした。椅子に座り、対面にはフィアとアリスが座る。

 

 

「俺なんかしたか? 出かけるってのは言っただろ?」

 

「他の女の部屋に入ったわよね?」

 

「……いや、だってベルクーリがいないから副騎士長のファナティオと話すことになるのは仕方ないだろ?」

 

「明日でもいいんじゃないの? どうせ最初から足止め役を買って出るつもりだったのでしょう?」

 

「あーたしかに。ごめん、頭からそのこと抜け落ちてた」

 

「……はぁ。やはりそうでしたか。フィア、真実が分かったので私はもう寝ますね」

 

「ええ。起きててくれてありがとう。おやすみなさい」

 

 

 どうやらアリスは、怒るフィアとの話し相手となるために今の今まで起きてくれていたようだ。レオンハルトもジェスチャーでアリスに礼を言い、アリスも笑顔で返した。

 アリスが寝室へと入っていくのを見送ると、レオンハルトはフィアへと向き直った。フィアがここまで情動的に行動してることが初めてで、真剣に二人で話す必要があるからだ。

 

 

「なにかあったのか?」

 

「なにか……ということもないのよ。ただレオンが他の女性のところに一人で行くのが初めてだったから驚いて。……自分でもよくわからないわ」

 

「そういうことか。……軽率だったな。ごめん」

 

「あなたが謝ることじゃないでしょ。ごめんなさい。私らしくないわよね」

 

「それは分からないぞ? なんせ今回のが初めてだったから。フィアは嫉妬しやすいのかもしれない」

 

「嫉妬? 私が?」

 

「あぁ。でも、どんなフィアでもフィアだから。俺は拒まないし好きだから」

 

「!! ふふっ、ありがとうレオン。私もあなたが好きよ」

 

 

 なんとか落ち着きを取り戻したフィアと微笑み合い、少し冷めてしまった紅茶を飲む。キリトとユージオがいったいいつ脱走するのかは分からないが、時を見て下に向かえばいいだけのこと。そう考えたレオンハルトは、フィアと他愛もない会話を始める。二人だけで話す機会は目に見えて減っていたため、その懐かしさに和む。

 どれだけ話したかは二人とも気にしていなかった。しかし下の様子はフィアが片手間に確認していた。紅茶のおかわりを作ろうかとレオンハルトが立ち上がった時のことだった。フィアが激しく動揺したのは。戦闘が始まっていたことはレオンハルトも聞いている。エルドリエが敗れたのかと思ったが、フィアの動揺の仕方がそれ以上のものなのだ。

 

 

「フィア? どうしたんだ?」

 

「……エルドリエの《モジュール》が……」

 

「……まじで? 完全に抜けたのか?」

 

「いえ、少しだけなのだけど。……あ」

 

「今度は?」

 

「デュソルバートが駆けつけたようね。敵意剥き出しで」

 

「ちょっと出てくるわ。あいつ消し炭にしかねないからな」




 
 基本的に主人公と関わりのないことは書きません。

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