先程までとは雰囲気が変わったレオンハルトが放つ闘気にキリトは息を呑んだ。並大抵のものであればそれだけで萎縮して動けなくなるだろう。戦闘を知らないものであれば気を失ってもおかしくない。それほどまでに凄まじい闘気だった。
最強の一角。歴戦の騎士。その評判に劣ることはない。
「せいぜい死なないようにな」
「っ!!」
キリトの剣を受け止めていた枝はすでに姿を消している。自由になった剣を振るい、先程とは格段に速くなったレオンハルトにキリトは食らいつく。アリスとの戦闘のときもそうだったが、一撃一撃がとてつもなく重たく、キリトはそれで飛ばされないように堪える。
飛ばされたら最後、立て直しの間もなく体を貫かれると分かっているからだ。
(ソードスキルは……タイミング次第か!)
今まで頼みの綱にしていたソードスキルは、アリスにもレオンハルトにも通じなかった。しかし単純な剣術だけではレオンハルトに勝つことができない。ソードスキルと《完全武装支配術》。この二つを駆使しなければ活路は開けない。
だが《完全武装支配術》には詠唱が必要だ。レオンハルトは詠唱することなく発動してみせたが、まだキリトにはそんなことはできない。どうしても時間をかけてしまうのだ。そしてソードスキルは必ず隙が生まれる。だからタイミング次第なのだ。
キリトは速さを強みとして戦う剣士だ。かつて大事件を巻き起こした"SAO"。その世界においてキリトは最速の剣士だった。誰よりも速く動いていたキリトだからこそレオンハルトの速度に対応できる。
しかし速度が同じであっても、パワーで負けていれば自ずと押されるというものだ。
「そんな後退して大丈夫か?」
「なに……! っと!」
「悪いが他の騎士と違って正々堂々とした戦いに拘りなんてないぞ」
「そう、かよ!」
レオンハルトの忠告のおかげで、キリトは後ろから伸びてきた枝をギリギリのところで躱すことができた。躱しながら力を込めて剣を振るったこともあり、レオンハルトの追撃も受けずに済んだ。
後退していては勝てない。勝利は前に進むことで掴めるというものだ。だからキリトは少しずつ押されていたのを強引に押し返していった。そうすることで二人の足は止まり、その場で激しい剣戟の応酬が巻き起こる。
順応力が高いキリトだからこそここで踏ん張れるのだ。早くもレオンハルトの剣術を完全に見抜けるようになっている。剣士としての研鑽は圧倒的にレオンハルトの方が積んでいる。そんな彼の動きを見抜き、最適な行動で処理するとなればキリトの動きも洗練されるというものだ。
決めの一手どころか、まだ彼に傷を負わせることもできていないキリトだが、それも時間の問題だろう。数々の劣勢を覆してきたのがキリトという剣士なのだから。
「賞賛に値するが──まだまだだな」
「……! がっ!」
だがそれはレオンハルトが何も仕掛けなければの話だ。
キリトはレオンハルトとの剣戟に意識を向けすぎた。背後から伸びてきた枝によってキリトは傷を負う。しかしキリトの反射速度もレオンハルトの予想を超えていた。完全に反応が遅れていたというのに、致命傷を避けるどころか重傷にも至っていない。
傷を手で覆い後方へと飛び退くことで距離を取ったキリトは、レオンハルトから目を逸らさないようにしながら分析を始めた。あの能力にも制限があるはずだと考えて。
「……あの枝、影からしか伸びないんだな」
伸びていた枝が影の中へと戻っていくのを見てキリトはそう確信した。一度目の拘束も二度目と今回の攻撃も、枝は影から伸びていたからだ。そして《完全武装支配術》の使用時間を調整するためか、枝が出現する時間は短い。
その調整すら精神を使うことに変わりはないのだが、あくまで枝は戦いのサポートとしてのみ使うというポリシーがあるのか。レオンハルトは剣で直接斬りかかることが大半だ。
「さすがに三回見たら気づくよな」
「本当に厄介な能力だ。……けど、そうと分かれば対応すればいいだけのことだな」
「お前実は馬鹿だな?」
「どうかな!」
キリトは戦法を変え、動き回りながら戦うことにした。枝が伸びてこようと狙いを定めさせなければいい。そう考えての行動だ。先程の負傷が重くなかったことがそのことを可能とさせている。もし反応がもっと遅れていればキリトはこの戦法を使えなかったのだから。
キリトが戦法を変えたところで、レオンハルトには関係のないことだった。なぜなら、キリトが気づいたのは枝が影から伸びる、ということ
「前後で挟まれたらどう対応する?」
「なに!?」
レオンハルトの影から伸びた枝をキリトは左に避ける。しかしそれに合わせてキリトの影からも枝が飛び出した。体をひねることでそれを避けたキリトだったが、レオンハルトの攻撃はそれで終わらない。枝に挟まれる形となったキリトに剣を振り下ろしたのだ。
それをもキリトは防いだが、力でレオンハルトに勝てるわけではない。ましてや相手は振り下ろす側。キリトがそれに押されることは明白だった。
「これで決まりだな」
枝はレオンハルトの思い通りに動かすことができる。キリトの動きを阻むために止まっていた枝が再度動き始め、左右からキリトを刺そうとする。だが、キリトはこれにも対応してみせた。強引にソードスキルを発動させ、レオンハルトの剣だけでなく迫り来る枝をも斬ったのだ。
──ソードスキル"ホリゾンタルスクエア"
それが窮地を脱するためにキリトが使用したスキルだ。
ソードスキルの使用で今の攻撃を防いだものの、キリトはスキルを使用したために僅かな硬直が発生する──はずだった。
キリトはソードスキルが終わるタイミングで強引に別のソードスキルの発動に繋げた。攻勢に出るためにキリトが選んだスキルは"メテオブレイク"。体術を織り交ぜる七連撃だ。
連続剣の連続使用などこの世界では誰もできるとは思っていない。だから整合騎士相手に有効となる手段だとキリトは踏んでいた。ユージオがソードスキルを連続させた時に防げなかったデュソルバートという前例があるからだ。
だが、そんなキリトの予想さえレオンハルトは超えていた。初撃を防ぐと同時に枝を伸ばしてキリトの動きを止めたのだ。技が終わるまで自動で体が動くのがソードスキルだ。そうだというのにキリトの体は完全に動かなくなっていた。
影から伸びた枝は、複数箇所から伸びることがあってもあくまで一本だった。しかし今回は一箇所から伸びた枝が分かれていきキリトの四肢を拘束した。
「残念だったな」
「がはっ!」
人間は本来一歩目から最高速度に達することはできない。しかし、そういう概念すら凌駕するのが《心意》だ。一歩目で最高速度に達したレオンハルトは、その勢いに任せてキリトの溝内に膝蹴りを入れた。
拘束されているキリトはそれを避けることも防ぐこともできなかった。枝のせいで飛ばされることもなく、その分余計に衝撃が体に響き渡る。拘束が解かれると同時に倒れ込み立ち上がることができなかった。
「
「な……に……?」
「お前の本気は
体にうまく力が入らないキリトを見下ろすレオンハルトは、落胆した表情を見せながら、なおも戦意が薄れないキリトに剣を振り下ろそうとした。
しかしレオンハルトが剣を振り下ろすことはなかった。慈悲などではない。その理由は横で戦っていたフィアにあった。
「……フィア?」
「あ……くぅっ……ぁ……!」
「フィア? フィア大丈夫なのですか!? いったいなにが……」
フィアが突如頭と胸を抑え膝を着いた。それを見て戦っていたアリスはフィアに近寄ろうとした。しかしその行為を止めたのは他でもないフィアだった。
「来ちゃだめ!! ……おね、がい……アリス……にげ……てぇ……!」
「フィア……どういうことなのですか? いったいなにを言ってるのですか!」
「おさえ……れない……。だめ……よけてぇぇ!」
「ぁ」
ノーモーションで発動されたフィアの神聖術は、アリスが今まで見た中で最も範囲の広いものだった。人一人どころか十人だろうと容易く呑み込むような巨大な炎の波。それがアリスへと放たれた。
もはや回避など間に合わない。動揺していたアリスが今から神聖術を唱えたところで間に合わない。《完全武装支配術》を発動することも間に合わない。
そんなアリスの前に現れたのはレオンハルトだった。離れていたのだが、フィアの様子がおかしくなったと気づくや否や、すぐさまアリスの下へと駆けつけたのだ。アリスを守るように前に立っているレオンハルトは、武器を構えずに真っ直ぐと手を伸ばした。
神聖術を行使しているわけではない。それでも
「レオン……これは……」
「んー、名付けるとしたら『心意の盾』ってとこかな」
「……そんなことまでできるのですね」
「できないことなんてない。それよりアリス。キリトを連れて先に進め」
「え……。フィアはどうするのですか!」
「俺が止める」
炎を受け止めきったところでレオンハルトはアリスの方へと振り向いた。背中越しに言葉をぶつけるより、目を合わせたほうが話が早いからだ。
レオンハルトの目を見て、そうすることが最良だということはアリスにも分かった。頭ではそれが分かっているのだが、この状況でフィアを置いていくことがアリスにはできなかった。自分と戦っていて様子がおかしくなったのだ。原因が分からずとも責任があることは分かる。
「いいから行け! 一人の方がやりやすいんだよ!」
「!」
「お前たちは俺達との勝負に勝つためにここに来たのか? 違うだろ。お前たちの目的はここより上にあるはずだ! だったら進め!」
「レオン……」
「俺は逆らうことをせずにこの停滞する世界を選んだ。けどお前は違うだろ! 真実を知って、封印すら破った! 戦力的に不利だろうと立ち向かうと決めた! ならこんなとこで躊躇うな! 歩みを止めた奴に構うな!」
「で……ですが……」
「決意したことを揺らがすな! 意思を強く持って貫き通せ! アリスはもう自分の力だけで進めるだろ! 感情を捨てろなんてことは言わない。だが、時には合理性を優先しないといけないんだよ! それが自分の願いに繋がることなら尚更な!」
「〜〜っ! ……わ、かりました。……絶対に戻ってきます! だからレオンはフィアのことをお願いします。紅茶とクッキーを二人で五人分用意しといてくださいね!」
レオンハルトが神聖術を放ち、フィアの神聖術に対抗している間にアリスはキリトに肩を貸して96階へと登っていった。それを見届けるほどの余裕はレオンハルトになく、気配が離れたことでそれを確認した。
(
「……レオン……ごめん、なさい」
「気にするな。初めて会った時もこんな感じだったしさ。だから──何度でも助ける。俺達の夢のためにも」
「ちが、うのよ……あの時……よりも…………止められなく……って……」
「ならそれより頑張るだけだ。抑えようとしなくていい。全て対処する。だからフィアは意識を繋ぎ止めててくれ。じゃないと止められなくなるから」
「レオン……」
「大丈夫。必ず止めるから」
☆☆☆
「アリス、もう大丈夫だから」
「そうですか。……レオンはどうでした? 手も足も出なかったようですが」
「……うっせ」
「ふふん。私の師は強いでしょう?」
「はいはい認めますよ〜。……けどあの人大丈夫なのか? なんか暴走みたいな印象を受けたが」
「…………分かりません。見たことも聞いたこともありませんから。……なぜフィアがあんなことに……!」
「アリス……。……辛いだろうが、ここはレオンに任せるしかないな。俺達は先を進もう」
「……はい」
レオンハルトに叱責されたことを思い出し、沈んでしまった気持ちを前に向かせる。歩み続けた二人はついに96階、つまり元老院へと到達した。95階にある『暁星の望楼』の上には、元老院と最高司祭アドミニストレータの部屋しかない。96階から99階が元老院であり、100階がアドミニストレータの部屋なのだ。
騎士長であるベルクーリやレオンハルトなら入ったことがあるかもしれないが、アリスは元老院に入ったことがない。初めて訪れた元老院の事実を目の当たりしたアリスは、驚愕と共に憤りを覚えた。
元老院とは名ばかりで、人らしい人がこの場にいなかったからだ。キリトの推察を信じるなら、この元老院にいる者たちはただの装置として扱われているとのこと。倫理観なんてものを捨てているのだろう。
そんな場所で唯一動いている存在がいた。まるで道化のような服装をし、丸々と太っている者。元老長だ。
「お? ……オォ!? な、なぜこの場所にお前たちがいるのですゥ!?」
そういえばレオンハルトはなぜこの男と仲良くできるのだろうか。それも後で聞くことにしよう。そう決めるアリスだった。