自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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10話

   

 整合騎士だけでは闇の軍勢に勝てない。そのことは騎士長ベルクーリが数十年前、記憶がリセットされる前も含めれば100年ほど前から危惧していたことだ。今日において整合騎士の数は31人。数万の軍勢が予想される敵に対してたったの31人だ。そして元老院によってディープフリーズされている騎士たちは半数近く存在する。動ける騎士の数は20人を下回る。さらに果ての山脈の守護と騎士たちが戦争に向かっている間の央都の治安維持。それらにも人員が割かれる。そうして残される数は、まだ修行中の身でありファナティオの直属の配下である《四旋剣》の数を入れてようやく10人を超える程度だ。

 どれだけ考えようと勝てる数字ではない。そしてそんな無謀な戦いをさせる気はベルクーリには毛頭ない。そうしてベルクーリは、志願制による徴兵を即決した。集まった衛士たちに整合騎士たちが直接指南し、可能な限りの戦闘力を身につけさせる。その中で前線に出させられないと判断された者には後方支援隊に回ってもらう。そうして人界軍を作り上げようというのだ。

 

 このことに一役買ったのがカーディナルだ。アドミニストレータに殺されずにすんだカーディナルは、己の存在を最大限に活用した。最高司祭として呼びかけを行ったのだ。アドミニストレータが人前に姿を現さなかったことがこの呼びかけに役立った。整合騎士たちがそれまで最高司祭と呼んでいた人物とは異なるが、それは騎士以外あずかり知らぬことである。

 人界を統べる最高司祭からの呼びかけ。それによって集まった数は、ベルクーリの想定を上回り、一万弱集まった。闇の軍勢の想定数は四万であるため、それに比べると微々たる数だが、その穴を埋めるのが整合騎士の存在だ。

 

 

「これだけ集まれば"軍"として機能する」

 

「そうじゃの。ただ良くも悪くもそれを左右するのがお主たち整合騎士の存在よ」

 

「分かってるさ。オレたちの戦いで士気が変わる。急造の軍じゃ当然のことだし、そのことは全員に言い含めるさ」

 

「頼むぞ。儂は戦えぬからな」

 

「あんたは最高司祭様だぜ? 一番後ろで堂々と構えてくれてりゃいい。前線で血を流すのはオレたちの役目さ」

 

「……後方支援の指揮は取るからの」

 

「ハハッ、そりゃあ助かるぜ。あんたの神聖術はファナティオのお墨付きだからよ」

 

 

 整合騎士の存在は広く知られている。それは人界にだけでなく暗黒界にもだ。人界においては絶対にして最強の守護騎士。暗黒界にとっては果てしない強さを持つ仇敵だ。その評判に劣ることなく、そしてそれを凌駕するほどの獅子奮迅の戦いを見せれば、人界軍の士気は大きく跳ね上がる。闇の軍勢は対象的に幾ばくか士気が落ちるだろう。そしてその逆もまた然り。整合騎士の失態があれば人界軍の士気は落ち、数で大きく劣ることからそれをきっかけに軍が崩されかねない。

 それは全整合騎士が心得ている。幾度もの戦闘を経験しているからこそ、誰よりも戦いを熟知している。そのことをベルクーリも分かってはいるのだが、あえて全員に言い含めようというのだ。意識の共有はさらなる団結力を生み出す。個々人での戦闘のみを経験している騎士たちでは連携はむしろ邪魔くさいものだろう。しかし、どこかが崩されてしまえば大きく被害が出る。急造の軍であれば尚の事。それ故に隊を率いる騎士たちは意識しておかなければならない。そうするのとしないのとでは異なるのだから。

 

 そしてそんな前線を支えるために存在するのが後方支援という存在だ。負傷者の治療はもちろんのこと、食糧の管理もまた戦う者たちの精神を支える。それを最高司祭としてカーディナルが指揮するとなれば、ベルクーリも前線に集中できるというものだ。

 

 

「大多数の者がやる気に満ちておるのも幸いじゃのぉ。張りぼての軍にはならんですみそうじゃ」 

 

「そうだな。彼らもまた人界のために戦おうって意識があるんだろ。おかげで思ってたより飲み込みも早い」

 

「下手に命を落とす者が減るのは儂としても嬉しいものじゃ」

 

「ちげぇねーな。……戦う機会を奪ってきたのはオレたちだが」

 

「なればこそじゃ。なればこそ儂らは彼らの命を守らねばならん。可能な限り鍛え上げることで生存力を上げ、戦いを優位に進める。闇の軍勢は一枚岩ではないことが弱点じゃ。付け入る隙はある」

 

「あぁ」

 

 

 闇の軍勢はその数こそ驚異的なものの、他種族の集まりである。それらを束ねる者は存在しておらず、たとえこれから起きる大戦となろうとも各々が好き勝手に戦うと考えられる。同種族間の連携なら取るだろう。しかし他種族間の連携は取ることがない。東の大門がそびえ立つ大峡谷は幸いにも軍の広がりを防ぐ。数が多い闇の軍勢は縦に伸びるしかない。それならば各個撃破を狙えるというものだ。

 

 そうして話し合っている二人の下に一人の騎士が駆け寄った。黄金の鎧を見に纏い、その鎧に劣らない美しい金髪をたなびかせる少女。アリス・シンセシス・サーティだ。アリスは玉のような汗を流し、息を切らせながらもベルクーリに詰め寄った。

 

 

「ハァ、ハァ……っ……小父さま! レオンが……レオンが!」

 

「ただ事じゃなさそうだが、ひとまず落ち着いてくれ。レオンの体に何かあったのか?」

 

「ふむ、そうなる事は考えられぬが……」

 

 

 いつも冷静であるアリスが激しく取り乱している。そんな様子からベルクーリはレオンハルトの容態が急変したのだと考えた。アリスが眠っている間にレオンハルトは一度目を覚まし、その時にベルクーリがアリスと話をするように釘を刺していたからだ。しかしそういうわけではないため、アリスは首を横に振った。言われたとおり焦る気持ちを抑えたいが、早く伝えたい。そんな衝動が渦巻いている。

 

 

「レオンがどこにもいないのです!」

 

「……なに?」

 

「天命はまだ回復しきっておらぬじゃろうに……」

 

「嬢ちゃんが目を覚ます前に一度起きていたが、そん時にオレは嬢ちゃんと話すように言ったんだがな……」

 

「そう、なのですか? 小父さま。レオンはその時何か言ってましたか?」

 

 

 レオンハルトはもう誰からの命に従う必要はない。しかしレオンハルトはこの状況下で誰にも何も告げずに行方を眩ませる人物ではない。それはレオンハルトと共に6年の時を過ごしたアリスもよく分かっている。だからベルクーリに問いかけた。何か言っていたはずだと確信して。

 

 

「一人になりたいとは言っていたが、……あの馬鹿」

 

「一人に……。そうですか。ありがとうございます! 私は探してきます!」

 

「アリス! こっちのことはオレたちに任せておいていい。だからアリスはレオンの馬鹿を戦争が始まるまでに連れ戻して来い! いいな!」

 

「小父さま……、はい!」

 

「……戦争が始まるまで、か。休暇じゃのー」

 

「休ませてやるべきだろう。レオンはそれだけのことを経験しちまった」

 

「そうじゃな……」

 

  

 レオンハルトとフィアの仲の良さは、騎士たちの誰もが知っているものだった。お互いを想い合うその気持ちの深さ、信頼し合う絆の強さ。誰が見ても幸福だと思えるほどの笑顔を交わしあっていた。そんな二人だったというのにフィアが命を落とした。それも、今日という日を、これからの未来を繋げるために。レオンハルトの眠っている力を引き出すために自ら命を断った。

 それを止めることもできず、目の前で行われたレオンハルトの心情をいったい誰が推し量れるというのか。いったい誰がレオンハルトに言葉を投げかけられるというのか。

 レオンハルトに言葉が届く可能性があるのはアリスのみだ。レオンハルトとフィアが娘と呼び、家族として迎え入れられたアリスなら可能かもしれない。それに賭けたベルクーリはアリスを送り出したのだ。

 

 

「そういやキリトとユージオはどうした?」

 

「こっちも療養じゃ。北の村に帰らせておいたわ。……あ、アリスもそこに向かわせるべきじゃったな。たしかあの二人はアリスを連れて帰ると約束しておったんじゃった」

 

「おい」

 

 

☆☆☆

 

 

 レオンハルトがいる場所はどこかの地、というわけではなかった。己の飛竜である天翔の背に乗り、飛竜の限界高度まで上がらせてゆっくりと空を飛んでいるからだ。どこへ向かっているのかレオンハルトにも分からない。ただ飛ぶようにのみ命令したのだから。いや、正確にはその指示すらレオンハルトの記憶にはない。

 そして彼の飛竜である天翔もまた、どこか目指して飛んでいるわけではなかった。天翔は密かに人界を揺らがせたあの日のことを理解していた。己のもう一人の主人と呼べるフィアが命を落としてしまったことを。この事実は天翔にとってもショックであり、未だに尾を引いていた。

 

 

「……なんも気力わかねぇな」

 

「……」

 

「お前は声をあげる気もない程か。……そういやベルクーリにアリスと話をしろって言われてんだったな。……どうでもいいか」

 

 

『ふふっ、朝に弱いのね。これから起こしてあげるわ♪』

 

──ほぼ毎朝行っていたやり取りはもうできない

 

『ご飯にしましょ♪ 今日はまた新しいのに挑戦してみたの!』

 

──毎食作ってくれていた料理はもう味わえない

 

『見てみて! ファナティオに用意してもらったの! "着物"? というらしいのだけど、似合ってるかしら?』

 

──珍しいものにはしゃぎ、目を奪われるほど美しく着飾る姿はもう見られない

 

『これがレオンの飛竜? 逞しいのね〜。気まぐれって聞いたけど、優しい子なのね』

 

──レオンにでさえ心を開くのに時間を要した天翔の心をすぐに掴み、飛竜を愛する姿も見られない 

 

『綺麗な景色……。凄いわね。……レオン、連れてきてくれてありがとう♪』

 

──時たまレオンハルトが風光明媚な場所へと連れ出す度に見せたその笑顔も

 

『レオン……、あなたのこと……その、好きよ』

 

──彼女の口から紡がれることは少なかったが、それでも明確に言の葉に乗せられる愛情を聞くことも

 

『あなたの隣にいられることが、とても心地良いわ』

 

──常に寄り添うように側にいてくれたその存在も

 

 

──その全てがもう訪れることはない

 

──その姿はどこにもなく、その声が聞こえることもなく、その存在を感じることもできない

 

 

『あなたは生きて』

 

「……っ! ふざけるなよお前(フィア)がいない世界をどう生きろってんだよ!!」

 

 

 100年以上の人生。その9割をフィアと共に過ごし、自ずとお互いに惹かれ合った。初めはただの共同生活だった。レオンハルトがフィアを助けたのも、当時のレオンハルトはその集落に物品を運んでおり、たまたま戦闘に気づいたからだ。ただの同情でフィアを助け、その延長線上で自由を手にさせるという約束をした。だが、惹かれ合ってからはそれは明確な目標となった。だが、その時にはもう抗うには現実的ではない状況になっていた。整合騎士の数が増えたのもあるが、そもそもフィアの魂をアドミニストレータに握られているのだ。

 歯がゆいものだったが、いつしか必ず闇の軍勢との戦争になる。その時になんとか機会を作って魂を取り返す。限りなく可能性が低いものの、それに賭けていた。その前にキリトとユージオが現れ、現実的な可能性が出た。

 

 しかし現実はそう甘くなかった。レオンハルト自身の行動の積み重ねがアリスに影響を及ぼし、その結果フィアが自ら命を投げ出すこととなった。

 

 ──レオンハルトは生きる理由(目標)を失ったのだ

 

 そしてそうなった者が取る行動は短絡的なものだ。

 

 たとえそれが彼女の願いに反するものであっても。

 

 

 

 

「天翔。お前はお前の好きにしろ」

 

「……」

 

じゃあな(・・・・)

 

 

 レオンハルトは己の胸部に神器を突き刺し、飛竜の背から飛び降りた。

 天命が著しく減っていき、大地へと叩きつけられる前に尽きるだろう。

 

 

(一人で生きたって仕方ないんだよ。アリスは……ユージオとキリトがいるから大丈夫だろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオンの……レオンの馬鹿ー!!」

 

「ぐっ……! ……アリ……ス?」

 

 

 身を投げ出したレオンハルトを捕まえたのは、雨縁を全力で駆らせたアリスだった。体を逆さにして落ちるレオンハルトを捕まえ、罵倒を浴びせながら天命を回復させつつ胸に刺さってる神器を抜き取った。鎧を着ており、溢れだす血を止血する布をアリスは持ち合わせていない。アリスはレオンハルトの天命を回復させながら、止血するために彼の体の上に跨った。傷口を覆う布を今持ち合わせていない。だからスカートを止血のために使用したのだ。アリスは血で汚れることを一切躊躇わなかった。そんなアリスの瞳からは涙が溢れ出し、レオンハルトの頬へと落ちていく。

 

 

「アリス……なんで……」

 

「なんで……ですか? そんなの……なんで、なんであなたが分からないんですか!」

 

「ぇ……」

 

「フィアが、いなくなってしまって……このまま、レオンもいなくなったら……わたし…………わたしは……独り(・・)になるじゃない!!」

 

「……!」

 

「嫌なんです! もう家族がいなくなるのは……! 知らないところでいなくなられるのは! お願いだから、

 

 ──わたしをひとりにしないで!」

 

 

 レオンハルトの天命を繋ぎ止めたアリスは、雨縁の背に横たわるレオンハルトに泣きついた。その黄金の鎧も、美しい髪もが血で汚れてしまうというのに、そんなことを一切気にしなかった。そんなアリスにレオンハルトはただただ謝り続け、ゆっくりと髪を撫で続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

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