新章……なのかこれを最終として最後まで駆け抜けるのか。そこは未定ですがとりあえず章が変わってスタートです。
1話
窓から差し込むソルスの光によって目を覚ます。相変わらず朝に弱いようだが、二度寝をすることなく寝ぼけた眼をこすりながらレオンハルトはベッドから降り立った。眠気覚ましも兼ねて体をほぐしていると、一人の人物が部屋に入ってくる。
「レオン起きたのね」
「あぁ。だいぶ寝てた気もするが」
「ふふっ、昨日はすぐに寝たものね」
「
「個人的に一番疲れたのはあなたのせいなのだけどね」
「……ごめんな。ほんとに」
「ううん。気持ちはわかる……なんて言えないけれど、私も何も言えない立場だから」
レオンハルトが寝ていた部屋に入ってきたアリスは、「それに」と言葉を繋げながら彼の頬に手を添える。その澄んだ青い瞳に彼の存在を焼き付け、今が現実だと確かめるために、彼が生きていると実感するために胸に耳を押し当てる。彼の心音を聞き、彼の体温を感じる。夢ではないのだ。決死の思いで捜索し、紙一重のタイミングで命を繋ぎ止めたことは。
「身辺整理というか、今と今後を決めるためにもとりあえず飯にしようか」
「そうね。昨日はろくに
「礼も兼ねてやらないとな」
寝室から出てアリスが用意した食事を二人で取る。料理もまたフィアに教育されているからか、アリスの腕前は非常に高い。そして味付けがフィアに似ているのだ。昨日は食欲もなく口をつけていなかった。今日もまた食欲自体はなかった。しかし、アリスの料理を食べ始めると、拒んでいた彼の脳も体も食事を求めた。それを見たアリスは彼が食事を取ってくれたという喜びと、小さく呟かれた「美味しい」という言葉の喜びを食事とともに噛み締めた。
「……ごちそうさま。ほんとに美味しかった。ありがとうアリス」
「ふふっ。そうやって素直に褒められると嬉しいわ。作ったかいがあったってなるもの」
レオンハルトの礼の言い方が自然なものだと分かり、アリスもまた自然に微笑みが出る。彼の心が安定したのだと分かるから。完全に心配をなくすにはまだ早いかもしれないが、それでもアリスにとってそれは嬉しいものだった。二人で食器を洗いってから外に出る。
広く晴れ渡る空と暖かく降り注ぐソルスの光。微かに聞こえてくる小鳥のさえずりさえ今のアリスには、今を祝福されているのだと思える。耐え難いほど辛い経験をした。それと同じかそれ以上になるかもしれない出来事が待ち受けてもいる。誰もがアリスやレオンハルトのように辛い経験をするかもしれない。それでもアリスは上を向いて前に進む勇気を持てている。独りじゃないから。
「まずは爺さんとこか? ここを用意してくれたのはあの人だろ?」
「そうね。
丘の上に用意してもらった建物を離れ、この場を貸してくれた老人の元へと訪れる。かの老人は他の村の住人たちとは思考が少し違う。寛容な人物というと他の村人の器が小さいように聞こえるが、村人の器が小さいわけではない。二人が、特に先日のレオンハルトの様子から関わりを持ちたくないと思われてしまっただけなのだ。
「あそこね」
「……誰か外に出てるな」
「あ……
「たしか妹だったか」
「えぇ。とても、とても大切な」
「そうか……」
老人の家に近づき、その人影から人物を特定して話し込む。軽口を叩いてはアリスに冷たい視線を浴びせられ、レオンがそれを躱しては横腹を小突かれる。先日の一件を超えてからというもの、二人の間にあった遠慮はなくなっていた。そもそも遠慮があったのはアリスだけなのだが。
二人が歩いてきていることに気づいた少女──セルカは、溢れんばかりの笑顔を向けて走り始める。向かう先はもちろん姉であるアリスの下。自分の記憶にあった姉の姿と違えど、アリスが自分の姉であることに変わりはないのだから。
「お姉さま!」
「セルカ! おはよう」
「おはようございます! お姉さま! レオンハルト様も!」
「すっげぇついで感だな。それとレオンでいいよ。騎士らしい騎士じゃないから」
「そういうこと言わないで。あなたは私が尊敬する騎士なのに」
「そりゃ悪かった。でもなぁ」
「でもじゃない」
「はぁー」
姉妹らしい軽やかな挨拶……というには仲睦まじ過ぎる仲で、熱すぎる抱擁だが、その空気はさすがのレオンハルトも入り込めなかった。だから黙って見守っていたのだが、セルカがついででレオンハルトに挨拶したことで巻き込まれた。それによりいつもの調子でアリスと言葉を交わし、今度はセルカがそれを見守り始める。
昔と雰囲気が変わってしまった姉だが、それでも姉が自然と笑っていられている。何年間も姉がどうなっているか分からなかった。それどころか死んでいるものだと思っていた姉がだ。
「お姉さまと仲良いのね! もしかして
「なっ! セ、セルカ!? 何を言っているのよ! 私たちはそういう仲じゃないのよ!」
「えぇー。顔赤くして言われても説得力ないよ」
「違うったら違うの! ……それに、レオンには……」
「え?」
「悪いなセルカ。俺には
「ぁ……ごめんなさい」
「レオン……」
現実を受け止めても悲しさが消えるわけではない。喪失感も大きく残っている。そのこともあってか、レオンハルトが否定の言葉を放つ時に軽やかに言おうとしても、その顔は憂いに満ちているものだった。それによりセルカも事情を察することができた。重くなってしまった空気を変えたのは、一人少年だった。
「セルカどうかしたの? ってあれ? アリ……ス? それにあなたは……」
「ユージオ」
「お、久しぶりだな。……そういやベルクーリに勝ったんだってな。勝負しようぜ」
「え、さすがにそれは。それにあの人にだって勝ったって言えないようなもので……」
「ははは! ベルクーリが聞いたらキレるな!」
「レオンそれぐらいで」
空気を変えたいと思っていたこともあり、ユージオの登場はありがたかった。最強の騎士であるベルクーリに勝ったというユージオと戦ってみたいという考えも本心からだ。自分のペースに持ち込んで模擬戦の一つでもしようと企んでいたレオンハルトにいち早く気づいたアリスによって、それもまた阻止されたわけだが。
重たい空気も無くなったことで、四人は老人の家の中へと入っていった。その老人の名はガリッタ。キリトとユージオが切り倒した〈ギガシスダーの樹〉の中から、最も多くの天命を溜め込んでいた枝を見抜き、そしてそれをキリトに渡した者だ。それが基となり、キリトの愛剣は作られている。そのキリトはというと、未だにベッドの上で横たわっている。
「どういう状態だ?」
「僕にも分からない。あの日、レオンが気を失った後にキリトが
「誰か、ね。こいつが起きないのはひとまず置いとくとして、なんで片腕?」
「……さぁ」
「知らねーのかよ。……うんじゃあまぁ、こっちのことも話しておくか」
最初にガリッタ老人に礼を言いたかったものの、ガリッタ老人は早朝から出掛けていたらしく、礼は後回しとなった。キリトの様子を見られるようにその部屋にテーブルと椅子を用意し、セルカとアリスが四人分の飲み物とお菓子を用意する。それをさっそく味わってからレオンハルトは二人に、特にユージオに向けて話した。セルカは事情を知らないから。
自分自身の容姿の変化を改めて説明し、そしてフィアという人物がどうなったかも話した。ユージオはフィアとの面識が無かったが、レオンハルトが話す様子や時折補足するアリスの様子から人物像をイメージしていた。
──そしてここからが本題となる
──
「アリス。お前は今
「どっちって、レオンどういうことだい? アリスはシンセシス・サーティだろう?」
「お姉さま……」
「違うな。ユージオも気づいているだろう。口調が軽くなっていることに」
「それはアリスの中で変化があったからじゃ……」
「そうだな。あぁ、
ユージオの言うアリスの変化と、レオンハルトの言うアリスの変化は、似て非なるものであった。ユージオの場合、整合騎士のアリスの性格が軟化したというものだ。それに対してレオンハルトの場合は、アリスの人格そのものに変化があったというものだ。つまり、ツーベルクの可能性があるということだ。
レオンハルトのその推測を受けて、当のアリスは困ったように笑みを零した。変化があったことを気づかれたのもそうだが、どう言葉にして説明するか悩んでいるからだ。一度瞳を閉じ、思考を纏めてからアリスは瞼を上げて全員を見渡し、深呼吸してから口を開いた。
「どっちと言われると、
「どっちでも……」
「……ない?」
「あー、なるほどな。そういうことか」
「レオンは察しが早すぎるわよ。もうレオンに説明する必要がなくなったから二人に説明するね。まず、私の抜かれた記憶はこのネックレスに仕舞われていたの。レオンが気づいていなかったから、こうなるように仕掛けていたのはフィアなんだろうね。だってフィアの手作りでもあるのだし」
今も大切に首から下げているネックレスを手にとる。淡く輝く光にまるで励まされてるような、そんな気もするのだ。フィアが用意周到に仕掛けたのも、どちらのアリスも大切に思っていたからだ。そしてレオンハルトではそのような芸当ができないとわかっていたから、誰にもバレないように一人で作り上げ、それがアリスの手に渡ったのだ。
「それで、いきなりいなくなったレオンを捜索してた時に心が折れそうになったの。見つける手段がなかったから。そんな時にこのネックレスが光って私は光に包まれたわ。その時に私は
「そんなことが……」
「フィアさんって素敵な人なのね〜。会ってみたかったなー。お姉さまがお世話になってますって」
「セルカ受け入れるの早くない? 僕は今頭がいっぱいなんだけど」
「だってお姉さまはお姉さまだもの。私がお姉さまと思える人だからそれは本物のお姉さまよ。ならそれでいいじゃない」
「う、うん。そうだね」
セルカの理論は無茶苦茶に思えるものだが、至極単純だ。妹である自分が「この人は間違いなくアリスお姉さまです」と言い張れる人物である。だから難しいことも細かいことも関係ない。
そんな理論であるが、アリスはそれが嬉しかった。自分にとっても果たして今の自分は何者なのか分からない。そんな不安を抱えていたから。セルカのおかげで、この瞬間に『セルカ・ツーベルクの姉』という確固たる自分を確立することができた。承認を得られた。無論『騎士としてのアリス』という自分は既に確立されている。
「僕もいろいろ考えないですね感覚でいた方がいいのかな……」
「ユージオはそういうの向いてなさそうだよね。それはキリトの分野っぽい」
「僕もそう想うよ。……でも、たしかにアリスであることに変わりはないんだもんね。じゃあ僕から言えるのは一つだけかな」
「求婚するの?」
「違うよ! なんでセルカはここでそうなると思ったの!?」
「だってユージオだし。あ、レオンさんとお姉さまはそうなる予定ないって言ってたよ」
「そうなの!? ってそれは関係ないでしょ! はぁー。僕がひとまず言いたいのはこれだよ。"おかえり"」
「!」
アリスは禁忌目録を破ったことで連行された。そして記憶を奪われ騎士として生活していた。それでも今はどちらの記憶も所持した状態で、自分の生まれ故郷である『ルーリッド村』に帰ってきている。だからこそ、ユージオが放つ言葉はそれなのだ。
かつて決意して村を出た時に望んでいた未来とは形が違うだろう。親友であり相棒であるキリトがあのような状態になっていることなど想像もしていなかった。アリスが連行される日に現れた騎士の一人が、アリスの横に並び、そして自分と言葉を交わすなどユージオは微塵も想像していなかった。『アリスを連れ戻す』という言葉通りの目的が叶ったわけではない。それでも『アリスがルーリッド村にいる』という夢は叶ったのだ。
アリスもまたその言葉には驚いていた。セルカは身内だから、という理由で受け入れてくれたのだと思っていた。そうではないということはすぐに分かったが、果たして他はどうなのか分からなかった。ガリッタ老人は受け入れてくれた。ではユージオはどうなのか。幼い頃から共に野原を駆け回り、時に探検もしたユージオは今の自分を受け入れてくれるのか。そんな不安はたったの一言で吹き飛ばされた。
「えぇ。"ただいま"」