レオンハルトの予見通りルーリッド村へと侵攻してきたゴブリンを撃退したアリスは、ユージオとキリトと共に騎士団との合流のために飛竜を駆らせた。ゴブリンが襲来したあの日、アリスはレオンハルトから聞いており、ユージオにも伝えていた。二人は村の外でゴブリンたちを迎え撃ち、ゴブリンたちの隊長を撃つことで他のゴブリンを撤退させた。しかし、ゴブリンの部隊は一部隊だけでなかった。アリスとユージオが迎え撃ったのは陽動であり、少数のゴブリンたちが村へと侵入していたのだ。それに気づき、急いで戻った二人だったが、その時には戦闘は終わっていた。愛剣を振るい、堂々と復活したキリトが侵入したゴブリンたちを倒していたからだ。
ルーリッド村から飛竜で飛んでも合流までには1日はかかる。アリスの飛竜である雨縁は成人を三人乗せたこともなく、普段よりも疲労が少しばかり早く溜まっていた。それを察したアリスは急ぐ気持ちを抑え、適度に雨縁に休憩を取らさせていた。
今までなら一般民に見られないように高く飛び、降りる時も人気がない場所を選んでいた。しかし戦争が近づき、騎士たちが表に出るようになった今、降りる場所を気にする必要はない。その土地の者に迷惑をかけない場所に降りさせるだけだ。
「雨縁無理はしないでね」
主人の心情が分かっているのか、雨縁は喉を潤せばすぐさま飛び立とうとする。その気づかいに感謝しながらもアリスは己の飛竜を気にかけた。雨縁もまたアリスにとって掛け替えのない存在だ。産まれた時から世話をしてきた雨縁のことをアリスは大切に思っている。そんな雨縁が無理をして体を壊すということにはなってほしくないのだ。
心配そうに目を向けながら優しく頭を撫でると、雨縁は大丈夫だと伝えるためにアリスに頭を擦り付けた。自分のことは自分が分かっているのだと。大丈夫だから信じてくれと。そんな想いを込めて。それを受け取ったアリスは雨縁に礼を言ってもう一度頭を撫でてから背に乗った。雨縁はそれを確認し、助走をつけてから力強く羽ばたいた。大好きな主人をどうしようもない男に送り届けるために。
騎士団が志願兵を鍛え上げる。それは人界を守るために。そして下手に志願兵たちを死なせないようにするためだ。武器を与え、扱い方を身につけさせ、戦い方を教えこむことで生存力を上げさせる。少ない時間でできる事はその程度だが、それが人界軍の生命線ともなる。それ故に騎士たちは指導を怠ることなく毎日鍛えていた。その内容が変わったのは数日前のことだ。
「おらおら! そんなんじゃすぐに命落とすぞ!」
「ひぃ!」
「化け物!」
「……閣下。これでよろしいのでしょうか?」
「……オレも分かんなくなってきた。が、レオンのやつがやらせてほしいって頭下げてきたんだ。やらせるしかないだろ。それにレオンがオレ達の中で一番応用力がある」
「そうでしたな」
レオンハルトの帰還。たったそれだけのことだが、それが人界軍の訓練に大きな影響を及ぼしていた。ベルクーリの言葉通り、レオンハルトは騎士の中で最も応用力がある。言い方を変えれば思考が柔軟で臨機応変。悪くいえば騎士らしからぬ戦い方。それがレオンハルトの戦い方だ。
しかし、今となってはこれほど貴重な人物はいない。なぜなら、騎士たちが指導している者たちは騎士ではないからだ。実戦において完全に素人である人々。そんな人たちに騎士の戦い方を教えても仕方がない。何よりも戦争に騎士道など存在しない。目の前にいる脅威を殺す。死にたくなければ敵を殺す。もしくは命を守り抜いて逃げる。それが基本となる。
その戦場での基本を身につけているのがレオンハルトだ。レオンハルトから常に指導されていたアリスもまた同様のことを教えられるが、アリスも騎士道を守る騎士だ。同様の指導をできても適任ではない。
「
「理に適っていましたからね」
「ワシには地獄絵図に見えるがの」
「小父様この訓練は……」
怪我人が出ないかハラハラしながら見守るベルクーリ、エルドリエ、カーディナルの下に歩んできたのは、先程到着したばかりのアリスだ。その後ろにはユージオとキリトも付いてきており、カーディナルとベルクーリは気楽そうな、エルドリエは複雑そうな態度となる。エルドリエからすれば、実力を見誤りコケにしてしまった末に負かされた相手がアリスの後ろにいるからだ。反対にベルクーリはユージオに負けたことを素直に受け止めており、強者だと認めている。そしてカーディナルは言わずもがなである。
「レオンのやり方っぽいな。それより坊主、たしかキリトだったか。すっかり元気になったようだな〜」
「お陰さまで。レオンには改めて礼を言いたいんだけど、後回しのほうが良さそうですね」
「ま、そうだな。ユージオの方も息災ないか?」
「はい。キリトも目覚めたわけですし、この戦争に参加しようと思ってアリスについてきました」
「くくっ。殊勝だな」
「小父様。レオンは何をしているのですか?」
「訓練だとよ。あいつ独自のやり方のな」
ベルクーリはアリスたち三人にレオンハルトが行っている訓練について説明した。一足先に戻ってきたレオンハルトは、訓練の様子から練度を察し、すぐさま停止させた。志願兵全員を整列させ、神聖術で言葉を風に乗せることにより全員へと言葉を届けた。曰く『今の訓練は十分に成果を出している。これからは実戦経験をその身に叩き込め』とのことだ。
実戦経験を身につかせるとは具体的にどういうことか。それは至って単純なことだ。順にレオンハルトとの模擬戦を行うだけ。ただそれだけだ。その模擬戦も一対一ではない。レオンハルトは、志願兵達に四人一組となるように支持を出した。戦い慣れている闇の軍勢相手に一対一では分が悪すぎる。そして絶対数が負けているのなら一人一人の存在は重たい。
──集団戦を行わせる
それがレオンハルトが出した答えだ。絶対数が負けていても戦いの場所となるのは東の大門よりもダークテリトリー側。谷となっているその場所であれば敵は縦に長くなる。横の広がりは人界軍と変わらなくなる。それならば周りの人間と協力し、確実に勝てるようにさせる。味方が危うくなれば、己も味方も傷を受けないように動きながら助ける。それを可能とするのが集団戦だ。
「理屈は間違ってませんが……、やりすぎでは?」
「あの化け物っぷりも理由があるんだと」
アリスがレオンハルトに冷めた視線を送り、一言言いに行こうとしたところでベルクーリがそれを止める。納得できる理由でなければレオンハルトに小言を言いに行く。そう目で語るアリスにベルクーリは肩をすくめて言葉を発した。
──『命を取られるような危険に晒される。そんな経験は俺達整合騎士以外積んでいない。どれだけ訓練を積もうとこのままじゃ烏合の衆と同じ。せめて死の可能性を感じることに少しでも慣れさせないといけない。じゃないと今までの訓練もこれからの訓練も水の泡だ』
それがレオンハルトが他の騎士たちを説得した言葉。人界軍の決定的な弱点は数ではない。
「……レオン」
「わかったろ? あいつが真剣に考えて動いてんだ。止めるなんざ誰にもできねぇよ。そして俺達は加減して戦う事も慣れてねぇ。死の恐怖を与えながら実力を合わせて戦えるほど器用じゃないから手伝えねぇんだ」
「ですが……ですがそれだとレオンの負担が!」
「分かってる。これだけの数が一巡するだけでも疲労がでかい。二巡目は望めないことは兵士たち全員も分かってる。一巡したらお互いを仮想敵にして訓練させるさ。それにレオンは部隊を率いないからな。開戦当初も休めるだろう」
「それでしたら構いませんが……」
「さてと、お前さんらも移動で疲れたんじゃねぇか? 休んでていいぞ。風呂も今の時間なら誰も使ってねぇし」
三人の疲労を気にかけたベルクーリだったが、三人はそんな気分になれなかった。アリスはこの場から動く気もなく、レオンハルトの指導が終わるまで待つと言って聞かなかった。キリトとユージオはカーディナルに呼ばれ、アリスのことを気にかけながらもその場を後にする。カーディナルは二人がそれぞれ会わないといけない少女がいることを知っているから。
人界の外──ダークテリトリーのとある場所に大きな城がある。そこにはダークテリトリーに住む種族の代表者達が集い、定期的に話し合いが行われていた。話し合いと言ってもそれは名ばかりで、有力な種族が牛耳るも同然のものだ。しかし、本来ならそれらの種族を束ねる者が存在する。神話の時代の長。ソルスやステイシアに並ぶ格の存在、皇帝ベクタだ。皇帝ベクタが存在していたということは、神話上のことではない。この城には玉座の間があり、かつてそこにベクタが座っていたのだから。
その玉座は皇帝ベクタ以外座ることが許されない。それはどの種族でも共通の認識である。現れるのかもう二度と現れないのか分からない皇帝ベクタの玉座を、どの種族もが恐れていた。そんなある日のこと、東の大門の天命が尽きると把握しているダークテリトリー軍は、それぞれ軍を編成し攻め立てるという話が行われていた。行われていたのだが、そのほぼ全てが無駄になる。なぜなら、
──皇帝ベクタが一人の騎士と共に顕れたからだ
暗黒騎士の長であり、ベルクーリに期待されているシャスターは、皇帝ベクタが顕れた翌日に命を落とす。シャスターは人界との協和の道があるのではないかと考えていた。此度の戦争を逆手にとり、他の種族が弱まることも期待していた。その方が自分の発言力が相対的に上がるからだ。しかしベクタが顕れてはその計画は実行できない。全ての指揮権限が掌握され、戦争への道を進むしかないからだ。
そんな苦悩を憂いた一人の女性がベクタを暗殺しようとし、失敗する。その女性は首を切られ、翌日種族の代表者達を集めた玉座の間にて晒される。その女性はシャスターのパートナーだった。己のために行動してくれた女性の醜態が晒される。それに怒ったシャスターがベクタを殺そうとし、それを暗殺ギルドのフ・ザが毒矢で阻止する。シャスターは整合騎士たちが扱っていた技を独自に研究していた。それの一端を掴んでいたのだが、完全には把握できていない。それでもシャスターの想い、乃ち《心意》によって《記憶解放術》を発動した。シャスターを中心に発生する竜巻。それにより、フ・ザを含め周囲の者数人を殺しベクタを巻き込もうとした。
しかし、ベクタはその竜巻はいとも簡単に打ち消した。その光景を見た者たちはベクタへの絶対服従を誓い、賞賛する。その様子をつまらなさそうに見ていたものがいた。レオンハルトに何度も挑んではその力の秘密を探っていたジャックだ。ジャックは喝采が起きる中静かにその部屋を後にするのだった。
「……ベルクーリ」
「あぁ、一瞬剣気が拡大したな。シャスターの小僧か」
「平和路線は消えたな。にしても、今の広がり方で負けた……か。戦争も厳しいことになるな」
「やれるだけのことをして戦うしかあるまい」
遠く離れた地であるにも拘わらず、レオンハルトとベルクーリはダークテリトリーで起きたことを感じ取った。二人の側にいるアリスとエルドリエには感じ取れていないことであったが、二人の会話から状況は良くない方へと転じたことを理解した。状況が芳しくなくなればその分遊撃として動くレオンハルトの負担が大きくなる。それを案じたアリスがレオンハルトの手を小さく掴み、アリスの心配を察したレオンハルトが優しくその手を包み込む。
「大丈夫だから。これはこれで戦いが分かりやすくなった」
「大将首を取りゃあオレ達の勝ちってな!」
「小父様……」
「閣下。ですがそれは向こうも承知のはず」
「まぁな。だが、
「戦いってのは一つだけじゃないってことだ。エルドリエ、無論お前の働きも影響する。だが気負い過ぎるなよ」
「はっ!」
遠い空。ダークテリトリーの方へと目を向けるレオンハルトの手をアリスは強く握り返す。レオンハルトの考えは分からないが、また何か一人でこなそうとしていることは察したから。抱え込ませてはいけない。アリスはそう強く胸に誓う。
その数日後、人界軍とダークテリトリー軍による戦争が、まさしく世界の命運をかけた戦争が始まった。
次回はいよいよ戦争ですね。どう衝突するのやら。