「…あさ…ね。……この匂いは…」
「あらアリス。おはよう」
「あ、
「ふふっ、ちゃんと敬語が抜けてて嬉しいわ♪」
「むー、無理矢理そうさせたくせに…」
「そうだったわね〜。でも、
「へ?そうなのですか?……あ、ほんとだ」
「喋りやすいのはどちらかしら?」
「……こっちね。改めておはよう、フィア」
「はい。おはようアリス」
罪人であるアリスなのだが、レオンハルトがその身柄を預かることになったため、生活場所も自ずとレオンハルトの部屋となっていた。整合騎士の部屋の大きさは、本人たちの意思によって決めれるのだが、レオンハルトの部屋は無駄に大きかった。本来一人暮らしのレオンハルトが大きな部屋にする必要はないのだが、フィアのことがあったため大きい部屋を用意させたのだ。
時間はまだソルスが昇り始めてもいないのだが、アリスは普段の生活の癖でこの時間に目が覚めたのだ。しかし、フィアはそれより早く起きており、朝食の準備を始めていた。
「なにか手伝った方がいいわよね」
「そんなことないわよ」
「でも…」
「…それならレオンを起こしてきてくれるかしら?まだ寝てるだろうから」
「レオンハルトを起こせばいいのね!わかったわ!」
「ちょっとアリス。……寝起きが悪いから気をつけてって言おうと思ったのだけど、案外せっかちなのかしら」
走ってレオンの寝室に向かっていった少女の評価を改め、フィアはすぐに聞こえてくるであろう悲鳴を予想しながら朝食を用意するのだった。
☆☆☆
「レオンハルト起きなさい。レオンハルト!」
「まだソルスが昇りきってない」
「そんなの誤差の範囲よ!フィアが朝ご飯を作ってくれてるわ。せっかく用意してくれてるのを食べないつもりかしら?」
「その脅しは酷いな」
「起きればいいのよ」
「そうする……が、その前に」
「へ?ちょ、え?え?」
レオンハルトは睡眠を大切にしている。というよりかは、快適な睡眠が大好きなのだ。つまり、気が向いた時に起きたがり、こうやって起こされると機嫌が悪くなるのだ。
さすがにフィアの料理を盾にされては、レオンハルトも起きるしかないのだが、それでも起こされるのは癪なのだ。レオンハルトは、まだ半分寝ぼけた状態でアリスを持ち上げた。困惑するアリスを気にせず、寝床から立ち上がったレオンハルトは、今度はアリスを寝床に押し付けた。
「あ…あの…」
「覚悟しろよ」
「ひゃ、やめ…あはははは!くすぐったい!ひゃあああぁぁ!」
「俺の睡眠を邪魔した罰だ」
「あはははは……やぁぁ!ゆるひてぇー!!」
「まだこれぐらいで「何をしてるのかしら、レオン?」………」
アリスを擽っていた手を止め、声をする方にぎこちなく顔を向けると、寝室の入り口にフィアが立っていた。笑顔で見ているが、目はまったく笑っていない。フィアから放たれるその圧に、レオンハルトは言い訳をしようと現状を振り返ることにした。
(まず、フィアに頼まれたのか、アリスが俺を起こしに来た。それで、寝起きが悪いのと半分寝てたのもあって、俺はアリスに
「なにか言うことがあるんじゃないかしら?」
「朝ごはんが食べた「あなたの分を抜きにしてもいいのよ?」ごめんなさい!それだけは勘弁してください!」
「まったく…。
「そ、そうか。…アリスもごめんな。それと起こしてくれてありがとう」
「…もう、起こしに来ないから。……変なことされるかと思ったわ」
「何か言ったか?」
「いいえ、なにも」
「ふーん。…あ、俺は別に少女趣味とかないから」
「聞こえてるじゃない!」
まさか聞こえてると思っていなかったアリスは、顔を真っ赤にしながらレオンハルトの腹に拳を叩き込むのだった。……レオンハルトが腹筋に力を入れたせいで返り討ちにあったのだが。
レオンハルトとフィアが向かい合うように座り、フィアの横にアリスが座る。レオンハルトとフィアが食事を始める中、アリスは食事に手を付けることができないでいた。何かしらの罰というわけでもなければ、食べたくないわけでもない。アリスが普段の生活でお目にかかれないような食材の数々に驚いているだけだ。
「珍しいか?」
「…えぇ。ルーリッドでは見たことないものが多いし、村では、たまに街から届くような食材も多いもの。正直、私なんかが食べていいのか…」
「何言ってるのよ。食べないとその希少な食材の天命が尽きてしまうわよ?私たち二人じゃ食べきれない量にしてるから、アリスが食べてくれないと困るわ」
「そう…だね。いただきます。……………えっと、これはどうやって食べるの?」
「ふふっ、見たことない食べ物を出されたら困るわよね。いいわ、私が教えながら食べさせてあげるから、少しずつ覚えなさい」
「なっ…!じ、自分で食べるから!教えてくれたらそれでいいから!」
「だぁ〜め♪ほら、口あけて〜」
「うぅー」
フィアの好意を拒みたくないのだが、それでもこれは恥ずかしい。そんな葛藤に悩まされながら、アリスは一縷の望みをかけてレオンハルトに視線で助けを求めた。それに気づいたレオンハルトだったが、返ってきた言葉はアリスの望みとは違った。むしろ正反対だ。
「こっちを見るな。諦めろ」
「……あーん」
「どう?今日はアリスに料理を振る舞うために張り切っちゃったのだけど」
「美味しい…すごく美味しいわ!こんなに美味しいの初めてよ!」
「ふふっ、気に入ってもらえてよかったわ。よかったら料理教えるわよ」
「ほんと!?ぜひお願いするわ!」
「ふふっ、なら今日の晩ごはんを作る時にでも。お昼はアリスにそんな時間の余裕がないからね」
「え…」
「昨日チラッとアドミニストレータとそんな話しただろ?アリスはこれから神聖術の修行をみっちりすることになるんだよ。…ま、ちょくちょく連れ出すけどな」
たしかにそんな話があったような…と思い返すアリスだが、正直あの時のことは頭が追いついていなかった。どこか夢心地というか、現実味を感じれずにいたのだ。大貴族でさえ、お目にかかることも少ない整合騎士に出会い、公理教会の元老長どころか、最高司祭にまで出会ったのだから。そして、それで終わることなく、部屋に来てみればフィアがおり、整合騎士団の団長までいれば、とうとうアリスの脳は処理を諦めた。
「ま、気楽にやっときゃいいんだよ。アリスの修行中も俺は側にいるから他のやつにとやかく言われることないし、言われても黙らせるから」
「…なぜレオンハルトはそこまで自由でいられるの?騎士様にも掟があるんじゃないの?」
「あるぞ。禁忌目録に関しちゃ俺達も例外じゃない。ただ、俺の場合は例外だな。詳細は教えないが、それが契約だ」
「契約…」
「深くは考えるな。考えても仕方ないことだから」
「…そうするわ」
「レオンは娘に優しいわね」
「娘言うな」
「そうよ!私の父はこんな自分勝手な方とは似ても似つかないわ!」
「酷い言われよう…。事実だが……」
「あらごめんなさい。とりあえず、アリスのことはレオンが護ってくれる。そうよね?」
「…ある程度はな」
(ベルクーリにも釘を刺されたことだし)
ーーーーーー
時間は少し戻り、昨夜レオンハルトがフィアに神聖術をぶつけられた直後のことだ。アリスは自分を守ってくれた男を見上げて、目の前で起きたことを尋ねた。
「あの…今のは…」
「気にするな。レオンの馬鹿とフィア嬢がよくやるやり取りだ」
「よくやる……えぇ…」
「で、嬢ちゃんはレオンの子どもなんだって?」
「なっ!!違います!私はルーリッド村の村長ガスフト・ツーベルクの娘、アリス・ツーベルクです!決してあんな騎士様の子どもではありません!ありえません!」
「ハハハハハッ!あの野郎ボロクソに言われてやがる!」
「あっ!……も、申し訳ありません!」
「あん?…あー、気にしなくていいぞ。少なくともレオンとフィアとオレには思う存分言っていい。他のやつはそのへん固いやつ多いから気をつけろよ〜。んじゃ、レオンも部屋に戻ってきたことだし、オレは帰る」
「は、はぁ。…お疲れ様です?」
「ククッ、礼儀正しいねぇ。…フィア嬢、帰るついでにレオンをちょっと借りてくな〜」
「わかりました。私はその子と部屋で待ってますので、なるべく手早く済ませてくださいね」
「おう!」
アリスはフィアに手を引かれて部屋の中に入っていき、レオンハルトはベルクーリに首根っこを掴まれて引き摺られて行くのだった。
ベルクーリがレオンハルトを連れてきたのは、40層で真面目な話をする時はいつもここから外を眺め、酒を交えるのだ。ベルクーリは、ちゃっかりレオンハルトの部屋にあった酒を持ち出しており、それを二人で分ける。
「いい加減気絶してるフリやめやがれ」
「運ばれるのが楽だったからつい」
「ったく。んで、
「…気まぐれ……わーったよ話すよ」
「…お前さんが何か企んでるのは全員知ってることだ。ただ実際には動いてない。だから全員敵対はしてない。それが現状なんだぞ」
「わかってる。企んでるってのは語弊があるんだがな…。ま、そのへんはいいや。んで、そんな中、禁忌目録を犯したアリスを預かったとなると、ますます生きづらくなる、か」
「そういうこった。お前さんの普段の行動次第じゃ変わってただろうが、自由すぎる」
「そこはそういう性分なんだよ」
酒気を帯びはじめ、口も回るようになってきた。それでも口は固いから全てを話すことはない。しかし、話さないといけない部分は話す。軽い気持ちで飲むのをやめ、一旦ベルクーリに目を向けてから外を眺める。ベルクーリもそれに合わせて視線を外に向け、耳を集中させる。レオンハルトが今から重く捉えてることを話すと理解しているからだ。
「ベルクーリ、お前はこのままで
「……厳しいところだな。どれだけの軍勢がいるか分からないが、今わかってるだけでも厄介だからな」
「あのアドミニストレータが手を考えていないとは思ってないが、俺が容認できるものかは分からない」
「そういうことか。容認できなきゃ敵対する、か。…あの嬢ちゃんはどう関係する?」
「ルーリッドで面白い子を見てな。あいつに期待してるんだよ。
「だがあの子は禁忌目録を犯した。どれだけ期間を作ろうにも長くて2年で処刑は執行されるぞ」
「…わかってる」
「しかも天職がある。助けに来るなんて到底無理な話じゃないのか?」
「アリスが言ってた。木こりなんだとよ。しかも何代も前から一つの木を切り崩そうとしてるらしい」
(キリトはその手伝いだがな)
「なるほどな…。その木を倒せりゃ木こりを辞めれるってことか。ま、お前さんの期待通りになるかは置いとくとして、覚えておけ。俺たちは味方を討ちたくはないが、容赦もしないぞ」
「当然だな。俺もそうならないのを望んでるよ。……どうなるかは、最高司祭がどんな手を用意してるかってことに
拳を軽くぶつけ合ってから最後の一杯を飲み干し、レオンハルトはその場を後にした。ベルクーリはそれを静かに見届けつつ酒を飲み、レオンハルトの背中から読み取れることを読みとる。長い付き合いであるからこそできることであり、騎士の中で最も長く生き、団長として多くの騎士たちを見てきたベルクーリの特技なのだ。
「……せいぜい潰れないように気張れよ。レオンハルト」
…しばらくこんな感じでほのぼの生活をお送りすることになると思います。