自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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4話

 

 人界歴380年11月。神によって創造され、二つの世界を隔てていた大門の天命が、今まさに尽きようとしていた。人界軍、ダークテリトリー軍。共にそのことを事前に把握しているため、大門が崩壊すれば即時戦争が始まることを認識していた。それ故既に舞台の編成を終え、布陣している。

 人界軍の編成は、第一部隊、第二部隊、後方支援たる補給部隊。大きく分ければこの三分割である。第一部隊の中でも右翼、中央、左翼に分かれ、第二部隊も同様である。第一部隊左翼を率いるは、新米ながらにたゆまぬ努力で上級騎士にまで上り詰めたエルドリエ・シンセシス・サーティワン。中央が整合騎士団副騎士長ファナティオ・シンセシス・ツー。右翼が古参の一人にして義理堅いことで知られるデュソルバード・シンセシス・セブンだ。騎士長ベルクーリは第二部隊の中央に控え、そこにキリトとユージオも配置されている。そしてアリスとレオンハルトは、作戦のために別行動だ。

 

 だが、別行動を取るのは戦争が始まってから。大門が崩れていない今、レオンハルトもアリスも別行動を取る理由はない。二人はキリトとユージオと同じ卓で摘みを片手に雑談をしていた。その最中キリトとユージオが飲み物を飲んでいるタイミングでレオンハルトが急に話を変える。

 

 

「キリト、ユージオ。傍付きの子たちとどうなった?」

 

「ぶふぉ!」

 

「ゲホッゲホ。どうって……」

 

「こっち来たときに会ったんだろ? 別に面白いことを期待してるわけじゃないが、なんかあっただろ」

 

「大雑把な質問だな。俺の方は特になかったよ。お互いに再会できたことを喜んでアップルパイ買いに行ったぐらいだな。ユージオの方は知らないけどな〜」

 

「キリト!?」

 

 

 キリトが傍付きだった少女ロニエと過ごした時間は、まさにそれぐらいの内容だった。まだ残っていることといえば、ロニエと手合わせしたぐらいだろう。キリトが剣術ばかりの思考をしていたせいで、ロニエもキリトと過ごす時間をどうすればいいか分からなかったのだ。キリトから案を出せばよかったのだろうが、心配をかけたお詫びと言ってロニエの好きにするように言ったのだ。その結果手合せをし、その後にアップルパイを買いに行くという内容なのだ。

 

 しかしユージオはキリトのような淡白な男ではない。強くなるための努力を惜しまないが、剣術ばかり考えるわけでもない。実に多趣味で、話題が多いと言える。そんなユージオはティーゼとどう過ごしたのか。レオンハルトとキリトは顔をニヤつかせて話を促す。この二人の行動に呆れたアリスは、止めることもせず静かに飲み物を飲む。それは止めないという意思表示であり、それを理解したユージオは観念するしかなかった。ちなみにアリスもユージオの話に興味があるのだが、それはレオンハルトしか気づいていない。

 

 

「期待されるような話でもないよ。僕も心配をかけちゃったからね。ティーゼのお願いを聞いて一緒に過ごしてただけさ」

 

「おもんないな!」

 

「先に断ったでしょ!?」

 

「いや待てレオン。内容を具体的に言わなかったってことは、何かあったのかもしれないぞ」

 

「それもそうか」

 

「ないからね!」

 

「必死に隠すところが怪しいわね」

 

「アリスまで!?」

 

 

 話に加わらないと踏んでいたアリスにまで追撃され、ユージオはどうこの状況を切り抜けるか必死に考えた。後にこの時のことを『人生で一番思考が速くなった』と語るほどに。そんなユージオへの追撃は、すぐに終わることになる。話を切り出したレオンハルトがこの雑談を終わらせたからだ。すぐさま飲み物を飲み干し、立ち上がって移動を開始する。その突然の行動に驚いた三人だったが、何かあるのだろうと察し、同様に素早く片付ける。 

 レオンハルトが向かったのは、己の相棒である飛竜天翔の下だ。その背に乗り天翔に飛ぶように指示する。それで移動したのは人界軍の先頭。上空で停止させ、レオンハルトは人界軍を見下ろした。予定になかったレオンハルトの行動は、兵士だけでなく整合騎士にまで注目される。皆、何かあるのだと理解して。

 

 

「全員分かっていると思うが、今日が開戦の日だ。敵の数は総数で5万。それに対してこちらは1万。つまり全員が一人で五人倒せば勝ちってわけだ。分かりやすいよな」

 

 

 無茶苦茶な考えだ。全員がそう思った。いくら訓練を積んだとはいえ、人界軍は急造の軍。実戦経験が全く無い。ダークテリトリー軍も過去の協定の下、今や戦争をしていないが、常に戦闘力を鍛え上げてきた軍。真っ当に考えて勝ち目がない。そして戦争は単純ではない。全員が武器を持って最前線で戦うのではないのだ。

 無論、そんなことはレオンハルトも百も承知だ。

 

 

「お前たちは今いち自信を持っていないかもしれない。はたして俺達は戦えるのかって。けどな、一人で戦うわけじゃない。教えたろ? 仲間(・・)と戦うんだって」

 

 

 これはレオンハルトが合流してからすぐさま言っていたことだ。集団戦を身につけろと。勝つために仲間と戦えと。卑怯なことなどない。戦争には規則などない。生き残れば勝ちなのだ。勝てばそれが正解だと。

 

 

「俺達整合騎士がお前たちを守ろう。人界を勝利に導くために。人界を守るために。それは置いとくとして……戦略の話を抜きにするぞ。お前たちはまず自分の命を守れ。お前たちにも大切な人がいるはずだ。恋人か、家族か、親友か、恩人か。その者たちを失う辛さを想像してみろ。そして、その辛さをその者に与えてしまうことを考慮してみろ」

 

 

 レオンハルトはかつて恋人を失った。家族にして恋人である女性を。その辛さも虚しさも、今でも胸に深く刻まれている。そしてその事実(現実)から逃げようとして、その辛さをアリスにもう一度刻みつけかけた。そんなことはしてはいけない。レオンハルトだけでなく、誰にもそれが言えるだろう。だからこうして開戦前に告げているのだ。

 レオンハルトに言われた通り兵士たちは想像する。その辛さを、そしてその辛さをその者に与えてしまうことを。悲惨なんて言葉では片付けられないだろう。相応しい言葉など存在しない。

 

 

「考えれてなかった者もいるだろう。覚悟の上だと言う者もいるかもしれない。だがな、失ったものは戻らない。それが現実だ。『失った』という事実はずっと残された者の胸に刻まれるんだ。そんなことさせないためにも、

 

 ──生きろ。生きてその先の幸せ(未来)を掴め。以上だ。皆の無事を祈る」

 

 

 発破をかけるように捲し立てる言い方ではなかった。そのために爆発的に歓声が上がることもなかった。その代わり、一人一人の胸の内にたしかに熱い想いが灯り、燃え上がっている。その想いを糧に爆発するのは開戦してからのことだ。

 レオンハルトが飛竜に移動させ、アリスが雨縁と共に待つ持ち場へと戻る。それと時を同じくして、東の大門は崩れ始めた。

 『アンダーワールド大戦』、後にそう呼ばれる戦争の始まりである。

 

 

☆☆☆

 

 

「アリス行くぞ」

 

「うん」

 

「天翔はここで待機な」

 

 

 ファナティオの指示により、アリスは別行動で上空へと向かう。そしてレオンハルトはそのサポートである。二人はアリスの飛竜である雨縁の背に乗り、上空へと飛んでいく。この戦争を人界の勝利へと導くための重要な一手。失敗は許されない。その大任がレオンハルトのサポートがあるとはいえ、アリスという一人の少女に与えられた。

 

 

「レオン……」

 

「心配するな。俺がついてるから」

 

「……うん」

 

 

 自分の後ろにいる師。常に支えてくれた人。自分の意思で動けと言われていても、不安になるとやはり頼ってしまいたくなる。騎士でありながら騎士らしからぬことなのかもしれない。そんな事を思ってしまう。弱気になってしまうアリスは、手を後ろにいるレオンハルトに伸ばす。その手にそっと包むように重ねられる手。ただそれだけのことなのに、アリスはこれで安心できる。彼が側にいてくれる。ただそれだけで。

 

 

「雨縁。もう少し上がれるか? ……よし、この辺でいい」

 

「……ふぅー。始めるね」

 

「ああ」

 

 

 金木犀の剣を両手で持ち、瞳を閉じて集中する。これから行うものは、アリスがやったことがない程大規模なもの。もしかすると、かのアドミニストレータもやったことがないかもしれない。そしてフィアも。これを成功させれば、フィアも認めてくれるかもしれない。そんな思考をしてからアリスは術式を組み上げ始めた。

 

 

 

 

 

 地上では騒然とした戦いが繰り広げられていた。広範囲の敵を同時に討てるデュソルバードの矢により、最初の犠牲者は平地ゴブリンたちだった。平地ゴブリンの長であるシボリは、作戦らしい作戦を立てることなく全員に突撃させた。仲間の死すら利用して己が敵を討つ。平地ゴブリンたちは皆そういう戦い方をしていた。その異様さに恐怖した兵士たちだったが、『生きろ』というレオンハルトの言葉を思い出し、恐怖に打ち勝って獲物を振るう。仲間と共に。

 

 

「心配は無用だな。左右は頼む」

 

「はっ! お任せあれ! 皆『レオンハルト様の方が怖かった』と口々に言って戦えておりますわ!」

 

「そ、そうか」

(訓練の成果ではあるのだが……、なんともな……)

 

 

 兵士たちにとって最大の恐怖は、『訓練時のレオンハルト』である。それと同等かそれ以上のモノ出ない限り、兵士たちが恐怖に負けることはないのだ。初めての実践で戸惑いはあるだろう。しかし、思考力が低下しなければ戦える。単純な行動を取らなくなる。むしろ、平和ボケしているとタカを括っていた平地ゴブリンの方が戸惑いが大きいほどだ。

 この状況は間違いなく優勢であるというのに、その要因となっているものにデュソルバードは何とも言えない気持ちになった。だが戦場であることに変わりはない。左右の心配がなくなったデュソルバードは、前方へと炎の矢を飛ばす。

 

 

 

 兵士たちが根気強く耐えて戦えている。それは左翼でも中央でも同じことだった。中央では、人を大きく上回る巨躯を持つジャイアントが敵であった。だが、一人では戦わないという戦法を身につけている兵士たちが簡単に押されることはなかった。複数人で確実にジャイアントを倒し、一人倒せばその次。そうやって確実な戦い方を取っているのだ。

 

 

「私は敵の長を倒す。それまでは他の者を頼む」

 

「はっ!」

 

(不安要素だったけど、その心配はいらないわね。集中して戦える)

 

 

 ジャイアントの長シグロシグを見つけたファナティオは、己の神器の能力を解放した。

 

 

 

 左翼も戦えていた。そのはずだった。戦えてはいる。戦えてはいるのだが、山ゴブリンたちが煙幕を張ったことにより、中央や右翼ほどは戦えていなかった。そして山ゴブリンたちの狙いは第一陣ではない。走りながら煙幕を張り続けることで、ほぼ素通りしていっていた。

 

 

 

 その左翼の状態を見て、不安に覚える者たちがいた。右翼第二陣にいるリネルとフィゼルは、部隊長であるシェータに許可を取って移動を開始した。そして中央の第二陣にいる二人もどうするか悩んでいた。

 

 

「キリト、左翼が」

 

「分かっている。だが俺達は動いちゃいけない(・・・・・・・・)

 

「そうだけど……」

 

「レオンに言われて、こっちも承諾したからな。それに補給部隊にはカーディナルがいる。カーディナルは戦えないが、何かしら手を打ってくれるだろう」

 

「……信じろ、だよね」

 

「あぁ。いかんせん俺達は立場が立場だしな」

 

 

 そう。キリトたちは動くことができないのだ。そもそも最高司祭アドミニストレータを討つべくセントラル=カセドラルを攻めいったのがこの二人だ。待ち受ける騎士たちを破り、元老長チュデルキンまで倒した。最高司祭を討ったのはレオンハルトだが、それでも騎士たちと敵対した事実は変わらない。騎士長と副騎士長、そしてレオンハルトの擁護があるとはいえ、この二人を潔く思わない者もいる。

 そんな二人に、レオンハルトは待機を命じた。初日の間は動くなと。ファナティオが突破された場合のみ戦えと。整合騎士を信じろと言われた以上、二人は勝手なことができない。動けば信じていないということになるのだから。それ故に二人は、気持ちを抑えてその場にいることを選ぶしかなかった。

 

 

 

 流れる血。落ちる命。それらもまた術を行使する際のリソースとなる。それをアリスは一箇所に集めていた。時が来て放たれるは端的に言ってビームだ。キリトがファナティオの光線を反射させたことを参考に、アリスは球体の中に光を閉じ込めることを思いついた。閉じ込めてそこにリソースを集め続ける。理論上無限に光素を集められる。

 それは並大抵の者ではできない。維持し続けることの難しさ、その披露。それらは尋常ではない。視界は歪み、汗が流れ続ける。感覚が薄れ寒さすら覚える。それらがアリスに襲いかかる。はずだった(・・・・・)

 

 アリスの心を蝕んでいるのは、戦場で傷つく者たち、命を落とす者たちがいるということだった。敵であるダークテリトリー軍の者の落命すら、アリスには辛いものだった。それに気を取られたことで、アリスは気づくのが遅れた。

 

 ──レオンハルトが肩代わりしていることに

 

 アリスを後ろから包み込むように手を伸ばし、剣を握る手に自分の手を重ねるレオンハルト。フィアを取り込んだことで、神聖術のスキルは向上している。それによりこの術式をサポートできるのだ。そしてアリスにかかるはずの負担を肩代わりすることも。

 レオンハルトが神聖術のスキルが向上しても、レオンハルト本人が扱いに慣れていない。いわば宝の持ち腐れである。かつてアドミニストレータと繰り広げた戦闘では、一時的に能力を底上げすることであれだけの戦いを可能にしていたに過ぎない。今のような平時では、深く集中する必要がある。それ故に、アリスの声は届かない。肩代わりをやめさせることはできないのだ。

 

 

「……来たな」

 

「……うん。レオン、もう大丈夫だから」

 

「ああ」

 

 

 金木犀の剣をいくつかの小玉に変化させ、光素を溜め込んでいる球体を慎重に動かす。狙うは暗黒呪術団とオーガ軍。先ほど放っていた800体のミニオンは、ベルクーリが神器で仕掛けていた斬撃により全滅させられていた。第一陣として突撃した平地ゴブリンと山ゴブリンとジャイアントの長は全員討ち死にした。そのため、後方に控えていた呪術団とオーガ軍がこうして前線に出てきたのだ。

 そしてこの展開こそ人界軍が望んでいたもの。厄介な呪術団を一掃する。一掃できなくともその数は大きく減るだろう。そうすれば残るは近接戦を得意とする者たちのみ。整合騎士としても戦いやすいというものだ。

 

 

「照準よし」

 

「アリス。もう少し角度を上げろ」

 

「え?」

 

「呪術士たちは後ろだ。半数ずつ討とう」

 

「……わかった」

 

 

 呪術団を討つ。それ自体は望んでいた展開だ。そしてレオンハルトは呪術団の居場所を見抜いて指示を出した。しかし、アリスには少し引っかかるものがあった。レオンハルトの言葉があまりにも平坦だったのだ。命の重みを誰よりも理解したはずの人物なのに。だが今それを指摘するわけにもいかない。アリスはレオンハルトの様子には注意しておこうと決め、術式を放った。

 

 

「エレメントバースト」

 

 

 大規模にしては、短すぎる言葉。その言葉に反応し、光線は狙いから寸分もズレることなく呪術団とオーガ軍の間に注いだ。その瞬間に起きる大規模な爆発。それに飲まれた者は、何があったかも分からないだろう。範囲の少し外にいた者も理解できたか怪しい。理解できたのは、離れていた位置にいる長のディー・アイ・エルぐらいだろう。無事に大役を果たしたアリスをレオンハルトは、頭を撫でることで労うのだった。

 

 

 初交戦は人界軍にとって信じがたいほどの優勢で終わった。左翼を突破して後方部隊を討とうとしていた数十体の山ゴブリンはリゼルとフィネルに討たれ、その長であるコソギは左翼第二陣を任されていた騎士レンリに討たれた。中央と右翼も数に負けながらも逆に押し込むほど優勢だった。

 そんな初交戦を終えた後、騎士たちが会議をする天幕にて新たな情報が三つ入った。

 

 ──皇帝ベクタの存在が確定したこと

 

 ──《光の巫女》を探していること

 

 ──そして、カーディナルが討たれたということ




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