自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

31 / 42
5話

 

 カーディナルの死。その衝撃は大きく、天幕に集まっていた騎士たちは言葉を失った。不死身と呼ばれた最高司祭アドミニストレータ。彼女と同等の存在とされるカーディナルが討たれたというのだから無理もない。カーディナルは人を殺すことはできない。それ故に後方支援部隊を率いるべく軍の最後尾にいた。人を殺せないのなら前線で戦うことはできないから。しかし、殺せなくとも相手を行動不能に追い込むことはできる。カーディナルは不器用なわけではない。奇襲を受けても対応できたはずなのだ。

 だが現実に起きたのはカーディナルの死。彼女の存在をどこか心の拠り所にしていた者たちは、しばらく打ちひしがれていた。何度も世話になったキリトやユージオは当然のことながら、軍を率いる際に何度も話をしたベルクーリも沈黙する。報告に来た者も、その事実を未だ納得できていないらしく、体を震わせていた。そんな兵士の前に移動し、しゃがみ込んで話しかける者がいた。

 

 

「その時の状況を詳しく知っている者は?」

 

「ぁ……レオンハルト……さま……」

 

「誰か側にいたはずだ。その者も殺されていたのなら、第一発見者でいい。誰かいるだろ?」

 

「は、はい。おつれ……します……」

 

「俺が呼んでいるとだけ伝えればいい。お前はそれを伝えたらゆっくり休め」

 

 

 報告に来た者も精神ダメージが大きい。そう判断したレオンハルトは、真相を知る者を呼ばせるだけにして、報告に来た者は休ませることにした。役職でいえばただの騎士であるレオンハルトなのだが、その存在はすでに兵士たちにとって大きなものになっている。そのため、騎士長や副騎士長の言葉を待たずに、その者は天幕から出ていったのだ。

 

 

「……レオン。お前さんの予想は?」

 

「敵の誰かがやった。ベクタは動かないだろうし、騎士や拳闘士たちも動いていない。かと言って他の奴らがカーディナルを討てるとは到底思えない」

 

「そうだな。だがそうなると……」

 

「別行動を取った奴がいる。それが独自の判断なのか、ベクタによるものかは知らないが。俺達に気づかれることなく、カーディナルを倒した奴が」

 

 

 にわかに信じがたい推測だった。谷であるため左右は壁に阻まれている。上空はレオンハルトとアリスがいた。最前線は乱戦になっていたとはいえ、押し込まれた左翼以外は第二陣が動いていない。誰かがすり抜けようとすれば必ず気づいているはずだ。そして押し込まれた左翼から忍び込んだとしても、リネルやフィゼル、そしてレンリは一時的に後方に回っていた。誰かが気づいているはずなのだ。

 

 

「それが事実だとして、そんな芸当をやってのけられる奴に心当たりは? 少なくともオレにはねぇぞ」

 

「生憎と俺にもそんな奴の心当たりはないな」

 

 

 ベルクーリもレオンハルトもその可能性を持つものに心当たりがない。そしてそれは他の騎士たちも同じだった。それでは先程のレオンハルトの推測が違う可能性が高まる。真相はこれから来る者によって明らかになるが、それまでの間憶測が飛び交うことになった。考えていないとまた気が沈んでしまうからだ。キリトは外からの干渉を考えたが、この状況でそんなことをするメリットが考えられない。外で襲撃を仕掛けている者たちの可能性もあるが、そう簡単に掌握されてしまうほど防衛機能が弱いとも思えない。

 答えが出ていない中、答えを持つものが天幕へと到着した。丁寧に入室の許可を求めるその声は、まだ若い少年の者だった。今度はレオンハルトではなくベルクーリがその少年に許可を出す。入ってきた少年はまだ成長期の途中なんだろう。身長はそこまで高くない。せいぜいセルカより少し大きいぐらいだ。特徴的なものを強いてあげるとすれば、髪と瞳がキリトと同じ純粋な黒色であることぐらいか。

 

 

「……やっぱりお前がカーディナルの側にいたのか」

 

「レオン。知り合いなのですか?」

 

「まぁな。俺よりもユージオの方が知ってるんじゃないか?」

 

 

 その言葉に全員がユージオに視線を向ける。レオンハルトがその少年と知り合っていたことに驚いていたユージオは、まさか振られるとは思っておらず焦って目を泳がせていた。キリトはその少年のことを知らない。アリスは、その少年を見たことがあるかもしれない、程度にしか覚えていない。つまり、知っていると言えるのは、レオンハルトとユージオだけだ。

 

 

「た、たしかに知ってるけど。でも僕はこの子が来てること知らなかったんだけど。戦いを嫌う子のはずだし」

 

「ま、そこは本人にも心境の変化があるんだよ。……話を振ったら脱線し続けそうだな。よし、話せ」

 

「レオン。無茶苦茶です」

 

「いいんだよ。ゆっくりでいい。落ち着いて話してくれ」

 

「……師匠。……僕……」

 

「師匠!? レオンはいつ弟子を増やしたのですか! 私だけでいいでしょ!」

 

 

 その少年の口から出た『師匠』という単語。その言葉には皆が目を丸くしたことだ。しかしアリスは尋常じゃないほど過剰に反応した。そもそもレオンハルトは弟子を取らない。100年に渡ってそうしてきていた。アリスという新たな騎士が誕生し、彼女をレオンハルトが弟子にした時には、他の騎士たちの間で話題になったほどだ。それほど珍しいことなのに、誰も知らない間にまた一人の弟子を作っていた。騎士たちが驚くのも無理はない。レオンに詰め寄っているアリスだけはそこに嫉妬が混ざっているわけだが。

 

 

「私だけ(・・)がレオンの弟子じゃなかったの?」

 

「アリス落ち着いて。口調崩れてるから」

 

「そんなの今はどうでもいいのよ。どういうことか説明して」

 

「わかった。後で話すから。先にカーディナルのことを聞こう。な?」

 

「……必ずよ。必ず説明して」

 

 

 カーディナルのことを聞くために少年に来てもらっている。彼の様子を見る限り、彼もまた精神的にダメージを受けているのは明白だ。いや、一番事情に詳しいのだから、誰よりも傷ついている。そんな少年を待たせるわけにもいかず、アリスは渋々レオンから離れ、自分の席へとついた。それからレオンハルトが少年の背に手を回し、できるだけ優しい声で話を促した。騎士たちの目線が集まる。こんなことは一般民にはありえない。貴族でもありえない。緊張が高まった少年は、師匠であるレオンハルトに目を向けることでなんとか言葉を発し始めた。

 

 

★★★

 

 

 開戦したところで、後方の補給部隊からは戦況が見えない。それは戦いに向いていないと判断された者や自主的に望んだ者が集まるこの部隊の人々にとって不安でしかなかった。遠くから聞こえる戦いの音、声。遠目に見える煙幕。何が起きているか分からず、優勢なのか劣勢なのか判断できない。それでも皆が己の役割が来たときにすぐに行動しようと、自分を律せていたのには理由がある。

 

 ──最高司祭カーディナルの存在だ

 

 その見た目に反して頼りがいのあるカーディナルの存在は、まさしくこの部隊の柱だった。カーディナルの実力は高い。それこそ護衛がいらないほどに。だからカーディナルは一人だけを側に置き、他の者にはそれぞれの役割を与えた。その一人というのが、ユージオやアリスと同じルーリッド村から来た黒髪の少年だ。その少年の髪と瞳の色はキリトと同じである。

 しかし、キリトと決定的に違うことがあった。それは、この少年が正真正銘この(アンダー)世界(ワールド)出身だということだ。そして髪と瞳の色しか共通点がないこの少年は、本当に"ベクタの迷子"だったのだ。

 

 

「お主、たしかレオンハルトに鍛えられたんじゃったか?」

 

「あ、はい。少しだけ手ほどきをしていただきました。でも才能が無いってバッサリ言われまして……あはは……」

 

「あの男容赦ないのー。しかし戦争に来ることは認めておるのじゃろ? それはあの音が及第点を与えられる程度には実力がついたからではないのか?」

 

「いえ全然! いっぱいお願いしただけです!」

 

「……見た目に反して頑固者なんじゃな」

 

 

 なぜか笑顔で言い切った少年に、カーディナルはため息をついた。カーディナルが少年を側に置いたのも、それこそレオンハルトの頼みだからだ。理由を告げずにただ頼まれ、カーディナルもその程度ならと承諾した。その理由を今になって理解する。放っておいたら死ぬからだ。そして騎士たちは前線に出る以上守れるとは言い切れない。そこで最も頼りにできるカーディナルにお願いしたというわけだ。

 前線で煙幕を張り、後方へと侵入してきた山ゴブリンたちが、リネルとフィゼルによって次々と倒されていく。戦う意志を手に入れたレンリによって山ゴブリンの長もまた討たれる。自分の出番がまだ無くてよかったとカーディナルは安心した。戦争で情報は重要だ。相手の軍用ともなれば殊更に。だからカーディナルは出番が無かったことに安心したのだ。もう敵はいない。そう少年に言おうと横を向いた時、カーディナルは目を見開いた。

 

 

「か、カーディナル……さま……お逃げ、ください」

 

 

 少年が一人の暗黒騎士(・・・・)に組み伏せられていたからだ。

 

 

「貴様いったいどうやってここまで!」

 

「おっと神聖術は撃つなよ。俺共々この子を射抜くことはないだろうが、俺の天命が尽きる前にこの子が死ぬぜ?」

 

「くっ……! 何が望みじゃ」

 

 

 向けていた杖を下げ、攻撃しない意志を示す。カーディナルもまた人の心を手に入れている。無為に世界の人々の命が散ることは避けたい。そう思うようになったのだ。そんなカーディナルの行動に気を良くした騎士は、兜の下で口角を上げる。しかし少年を抑える力は変えない。人質として価値があるものをわざわざ手放すわけにはいかないから。

 

 

「話が早くて助かるぜ。そしてそんなあんたなら分かるだろ? 俺が求めるのはお前の命だ」

 

「何を馬鹿な……」

 

「戦争に勝つためさ。あんたがこの部隊の要。ひいては前線部隊の支柱。それは見てれば分かった。頭を使わずに特攻する第一陣は無駄死に。ディーの女狐が薄汚い作を練ってるだろうが、それも整合騎士の前に無残に散る。初日の手痛い被害に見合ったもんが必要ってわけなんだよ」

 

「それが儂の命、か」

 

「そういうことだ。さぁさっさと決めろ。この子をいたぶられるのを見続けるか、お前が死ぬかだ」

 

「カーディナルさま駄目だよ! 僕なんか見捨てて! 戦争に勝たないと人界が!」

 

 

 少年の悲痛な訴えにカーディナルは顔を歪ませた。大局を考えれば少年の命など軽いもの。カーディナルの命と比べるまでもない。そう考えるのが上に立つ者に必要な思考だ。しかしカーディナルはその考えができなかった。できないようになっていた。

 

 

(命に差などありはせん! 失って良い命もじゃ! こやつを見捨てることなど……!)

 

 

 見捨てられない。つまり少年の言葉に頷くことなどできない。何よりも、戦争のことを口にしながらも、その少年は震えているのだ。今の状況に、これから自分の身に起きようとしていることに怯えて。それを見てしまってはカーディナルはいよいよ見捨てられない。

 

 

「悪いな。お主を見捨てることなど儂にはできん。レオンハルトにも顔向けできぬのでな」

 

「カーディナルさま!」

 

「ん? こいつレオンハルトの奴と繋がりがあるのか?」

 

「レオンハルトさまは僕の師匠だ! お前なんか師匠に簡単にギッタギタにされるんだからな!」

 

「はは、はははは! あいつの弟子なのか! なるほどなー。ほれ、どんなもんか見せてみろよ」

 

「え?」

 

 

 レオンハルトの弟子。そう聞いた途端その騎士の態度が変化した。冷たく恐ろしい雰囲気が鳴りを潜め、親しみやすさが表に出る。戦う時の切り替えができるようだ。拘束を解かれたことで自由になった少年は、戸惑いつつも立ち上がる。暗黒騎士が抜刀し、剣を向けてくることから、先程の言葉が「実力をみせろ」ということだと理解する。カーディナルの静止も聞かず、少年は抜刀した。

 しかし──

 

 

「何だお前それは(・・・)。それであいつの弟子を名乗れるのか」

 

「う、うるさい! 才能が無いってことは師匠にも散々言われてきた!」

 

「そこだけ威勢よく言うのか……」

 

 

 少年の構えがへっぴり腰、ということではない。そこまで酷いものではない。構えはたしかに一剣士のものだ。レオンハルトが指導したことも納得できる。剣の構えは基本的に上段、中段、下段に分かれ、少年は下段の構えだ。レオンハルトも一応下段ではあるが、そもそも片手で剣を振るうレオンハルトにその三つの区分は当てはまらない。しかし、何度か両手で持つことがあった。その時の構えはたしかに少年の今の構えと同じだ。

 足もまた開きすぎず、かと言って閉じすぎているわけでもない。肩幅程度で、左右の足が僅かに前後にズレている。前後の動きを行いやすくするためだ。敵が前方にいるのだから、これは正しい構えだと言える。

 それでも暗黒騎士は呆れてしまっていた。組み伏せた時に実力差を把握している。だから剣の腕を見たかったのだ。そうだというのに、少年の剣先は震えていた。剣先だけではない。腕も足も震えているのだ。これではまともな手合わせも期待できないだろう。

 

 

「才能が無いってのはそういうことか。冷めちまうなぁ」

 

「うるさい! 僕だって死にたいわけじゃない。でも、怖くても勝てなくても立ち向かわないといけない時があるんだ! 師匠が言ってた。自分の命が最優先でも、仲間の命を見捨てていいって理由にはならないって!」

 

「剣の振り方は悪くない。だが、軽すぎる」

 

「あっ!」

 

 

 走って近づく。下段に持っていた剣を横に寝かせ、斜めに切り上げるように振るう。その動作は狂いがなく、何度も何度も剣を振り続け体に染み込ませたことがわかる。そのことを暗黒騎士は素直に評価した。しかし、その剣が実戦を想定して振っていなかったも分かってしまった。だからたった一回弾くだけで、少年の手から剣が飛ばされたのだ。その事に呆気に取られた少年の首筋に暗黒騎士の剣が据えられる。

 

 

「剣術自体は才能が無いってわけじゃない。筋も悪くなかったからな。だが、決定的に欠落しているものがある。それは言われてるんじゃないか?」

 

「戦う……才能」

 

「そうだ。お前はこんなことするのは嫌いな性格なんだろうな。争いが嫌いな、平和好きな優しい小僧だ。だから戦う覚悟が足りない。相手を傷つけること、命を奪うこと。その覚悟が足りてないし、できない。戦う才能がないってことはそういうことだ」

 

「僕は……でも、僕は……!」

 

 

 暗黒騎士に言われた内容は、師レオンハルトにも言われたことだ。そしてその事自体はどちらも否定しなかった。少年は自分で弱虫で臆病な人間だと評価している。それに対してレオンハルトと暗黒騎士は、優しい人間だと評価した。戦う力を全員が持つ必要はない。否定する材料についてなり得ない。だから気にすることはないのだと。だが、少年にとってそれは耐え難いことなのだ。変わりたいから。このままではいられないと決意したから。

 

 

「僕は変わらないといけないんだ! もう二度とあんなこと(・・・・・)にならないためにも!」

 

「こいつ……へっ。やれば良い目できるんじゃねぇか。お前名前は?」

 

「カズトだ! これが大切なあの子につけてもらった僕の名前だ!」

 

「いい名前だな。その子に感謝しろよ」

 

 

 相変わらず足が震えている。恐怖に未だ打ち勝てていない。しかし、それでも少年ことカズトの目はまっすぐと強く暗黒騎士を見抜いていた。言葉も詰まることなく、震えることなく。それを評価した暗黒騎士は、剣をカズトの首横から離した。そしてカズトを持ち上げ軽く投げ飛ばす。受け身を取ろうとして失敗舌カズトの天命が少し減るが、大事ではない。

 

 

「待たせたな。たしかカーディナルだったか。カズトの勇姿に免じて、正面からたたっ斬ってやるよ」

 

「お主のその風格……。驚いたのー、まさか整合騎士と遜色がないとは。どれほど鍛えたことやら」

 

「レオンハルトを倒すためには何をやっても足りない気がしてな。だが、おかげで辿り着いたぜ。整合騎士たちの秘術によ」

 

「まさか……!」

 

「その身にくらって実感しな!」 

 

 

 整合騎士の秘術。つまりは《武装完全支配術》、そして《記憶解放術》まで至っている可能性がある。暗黒騎士の口から紡がれた言葉は、「リリースリコレクション」。そう、《記憶解放術》だ。何が来るか見極め対応する。そう意識を集中させたカーディナルだったが、暗黒騎士の姿を見失った。目で追えぬ程の速さで動いたわけではない。十分追える速さだったにもかかわらずその姿を見失ったのだけど。

 

 

「どこに──ガフッ!」

 

 

 左右かはたまた後ろか。体の向きを変えようとしたところで、カーディナルは口から大量の血を吐いた。そして気づく。自分の胸からも血が流れていることに。胸を知らぬ間に貫かれていた。そしてそれによって吐血した。そういうことなのだが、やはりカーディナルには理解できなかった。

 なぜなら、

 

 ──痛みがないからだ(・・・・・・・・)

 

 本来斬られたのなら痛みがあるはず。しかし実際には痛みがない。幻覚かと疑うも、天命がたしかに削られている。この傷が現実だということだ。

 

 

「なに、が……起き……て」

 

「これが俺の力ってわけだ。騎士なのに暗殺者みたいだろ?」

 

「きさ、ま……」

 

「じゃあなカーディナル。俺達のために死んでくれ」

 

 

 カーディナルが動くよりも速く暗黒騎士の剣が振るわれる。近接戦の時点でカーディナルには勝ち目が薄かったのだろう。そして、この暗黒騎士の《記憶解放術》。その能力に翻弄されたのが敗因だ。胸を貫かれ、その後背を大きく斬られる。致命的な傷を負わされれば、いかにカーディナルといえど天命が大きく失われる。薄れゆく意識の中、カーディナルが見たのは涙を流し、己を責めるカズトの姿。

 

 

 ──お主は何も悪くない。儂の失態じゃ

 

 

 その言葉が届くことなく、三刀目が振り下ろされ、カーディナルの視界は暗転した。

 

 

 

「ぁ、あぁぁ……カーディナルさまぁ!」

 

「これだけの存在が消えれば、のうのうと後方に控えてる皇帝にも分かるだろうな。首を持って帰る必要もないか」

 

「よくも! よくもぉぉ!」

 

「命を拾ったことに感謝しろよ。レオンハルトの弟子であるってことと、カーディナルが死ぬ寸前までお前を気にかけてたから俺は殺さないってだけなんだから」

 

「えぅ……ぁ……くっうぅぅ」

 

「……お前じゃカーディナルの仇は取れないだろうさ。どんだけ今涙を流してもすぐさま強くなれるわけじゃない。だからレオンハルトに伝えろ。お前の命もこのジャックが奪い取るってな」

 

 

 単身で忍び込み、本人の狙い通りの成果を上げたジャックは、騒ぎが大きくなる前に姿を消した。残されたカズトは、ただただ涙を流すしかなかった。

 

 

★★★

 

 

「師匠……僕…………何もできなくて……」

 

「いや、カズトは頑張った。シャスターが死んだ今、ジャックは間違いなく暗黒騎士で最強だ。そんな奴にお前は挑んだんだ。何も恥じることはない」

 

 

 泣きじゃくるカズトをレオンハルトは強く抱きしめ、その勇姿を褒め称えた。一度も褒められることなどなかったことと、カーディナルを目の前で殺されたこと。その二つが胸中に渦巻き、カズトは嗚咽混じりに涙を流し続けた。

 そんなカズトの泣き声を疎ましく思う者などこの場には一人もいなかった。カーディナルを討つほどの実力者に挑んだ。無謀と言えるが、カーディナルの側に置かれたということは名目上とはいえ護衛役だ。その役割を果たそうとしたのだから。アリスもまた、先程とは変わってカズトへの嫉妬がなくなっていた。今では誇るべき弟弟子とさえ思っている。

 

 しばらくして泣きやんだカズトは、泣いているところを大勢に見られたということを恥じ、赤面して天幕から出ていった。男にとって泣き顔は見られたくないものである。唯一の救いは、彼の大切な人がこの場にいないことだろう。

 

 

「……ジャックか。あいつそこまで登りつめてたとはな」

 

「たしかレオンが目をつけていたやつだったな」

 

「お前がシャスターに目をつけていたのと同じだよ。カーディナルを討った事を考えると、期待値が下がるがな」

 

「ふむ。……ひとまずそいつのことは全員頭に置いておけ。宣言通りレオンを襲撃するかも分からんからな」

 

「レオン……」

 

「アリスは心配しなくていいさ。どのみちジャックとはケリをつけるつもりだったけどな。そこに命のやり取りが加わったってだけだ」

 

 

 努めて軽い調子で言うレオンハルトに、アリスは不安を抱くしかなかった。調子が軽いのはいつものはずなのに、何かがいつもと違う。それが何かは分からない。そんなアリスを他所に、レオンハルトは次の話題へと移らせた。外の世界から来たキリトに全てを話させようとしたのだ。

 

 

「……悪いがもう少しだけ待ってくれないか? まだ敵のこと、特に皇帝ベクタってやつの情報が少ない。確信を持てないんだ」

 

「わかった。確信がないことを話されても混乱するだけだしな」  

 

「悪いな」 

 

「レオンハルト。剣士キリトに何を話させようとした?」 

 

「疑問に抱くのは当然だろうが、キリトが言ったとおり待ってくれ。おそらく戦争に関わる」

 

「……承知した」

 

 

 皆が疑問に抱いたことを、デュソルバートが代表して聞いた。しかし、キリトと同じ理由でそれもまだ話さないということになり、デュソルバートは引き下がった。レオンハルトが意見を曲げないと知っているから。それは他の騎士も同様であった。

 そして議題は最後の一つになる。《光の巫女》だ。これはオーガ族の長フルグルが口にしたことを仮に真実だとして話が進められた。そう、フルグルの言葉を信じるということは、アリスがベクタの狙いである《光の巫女》だということだ。

 

 

「私が巫女であるなら、皇帝ベクタを始めとした者たちに私の存在を知らせ、その後すぐさまダークテリトリーの南の果て、ワールドエンドオルターを目指します。それで敵の何割かは引き付けられるでしょう」

 

「却下だ。嬢ちゃんが《光の巫女》である確証がない」

 

「しかし小父様!」

 

「仮にそれで敵が食いついた場合、嬢ちゃん一人じゃ逃げ切れない。護衛役としてこっちもそれなりの数を使う。嬢ちゃん一人が戦うことない。いいな?」

 

「……はい」

 

 

 騎士長の決定は覆らない。その可能性を持つ副騎士長とレオンハルトも黙っているため、これは決定事項だ。次にどれだけ別働隊として出すのか、騎士は誰が同行するのかを決めることになるが、ここでレオンハルトが皆が驚く発言することになる。  

 

 それは──

 

 

「別働隊は、アリス、ベルクーリ、シェータ、レンリ、キリト、ユージオだ。俺を含めて残りの騎士はこっちに残る」 

 

 

 ──レオンハルトがアリスと別行動を取るというものだ

 




 今回だけ出てきたのに頑張った少年カズトくん。この子の言う大切な人はとても可愛い女の子ですよ。セルカっていうんですけどね。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。