あ、あと時間経過のさせ方を間違えてました。まだ戦争始まって1日目でしたね。ごめんなさい!
ジャックを殴り飛ばしたレオンハルトは、アリスを抱きかかえその場で高く跳躍する。それに合わせて雨縁が飛び上がり、レオンハルトを背に乗せる。滝刳がジャックへの牽制として炎を吐き出してからそれに続く。さすがのジャックもそこまでされては追撃ができない。彼の飛竜はこの場にいないのだから。
「ベルクーリたちと合流してすぐさまワールドエンドオルターを目指すぞ。ってアリス?」
「このまま……」
「わかった」
レオンハルトを失いかけた。そしてそれを防ぐために我が身を犠牲にしかけた。敵に捕らわれると何をされるか分からない。助かったことで、その恐怖が今になってアリスへと襲いかかる。レオンハルトを失いかけたことで弱った心に容赦なく。震える身体を抑えられていない。アリスをそうさせてしまったレオンハルトは、縋りつくアリスを強く抱きしめる。お互いに存在を実感できるように。
「敵さんは随分と《光の巫女》熱心だな……今話しかけるべきじゃなかったか」
「あ、はは、そうみたいですね」
「不器用な気遣いは無用だ。敵は全軍で追いかけてきている。さっさと逃げるぞ」
「お前さんは肝がすわってるなー。……逃げながらこちらに有利な地形で迎え撃ち、敵の数を減らす。そんな作戦になるが」
「それしかないだろう。急ぐぞ」
今のレオンハルトとアリスは、周りからすれば気まずくて話しかけづらい状態になっている。しかしそれであってもアリスは今回の作戦の要だ。全体で共通認識をするためには話しかけなければならない。ベルクーリが代表として話し、アリスの代わりにレオンハルトが返す。アリスも話は聞こえているのだから、それで問題ないのだ。地上部隊にも指示を飛ばし、一向はひたすら南を目指す。その別働隊に一つの影が迫る。敵襲かと皆が警戒する中姿を見せたのは一頭の飛竜だ。
「天翔、来たのか」
レオンハルトの飛竜である天翔だ。いくら待てど主人が戻ってこないと察し、自らの意思で追いかけてきたのだ。最速の飛竜であるため、後追いであっても追いつけるのだ。置いて行かれたことを不満そうに唸る天翔に、レオンハルトは苦笑しながら謝る。主人に似て気まぐれな飛竜であるが、役にたたずに終わることはしたくないらしい。そんな飛竜の背に飛び移ろうとしたレオンハルトをアリスが力強く止める。
「アリス? 自分の飛竜に乗りたいだけなんだが……」
天翔に飛び移り、雨縁と並行して飛ばせる。そうしようと考えていたレオンハルトをアリスは止めた。腕の力を強めてレオンハルトの動きを抑える。レオンハルトの言葉にも子供のように無言で首を振って断るのみ。少しも離れたくないのだ。それならばいっそアリスと一緒に天翔の背に乗ろう。そうして視線を天翔がいる場所に戻すも、そこにはすでに飛竜の姿がなかった。高度を上げ、「乗せない」と意思表示している。そのままアリスに寄り添えと天翔なりに気を回したのだ。
そうなってしまえばもうそのままでいるしかない。雨縁の疲労を心配し始めたレオンハルトだったが、タイミングよく小丘陵を発見できた。ベルクーリもそこで小休止を取ろうと判断し、星咬をそこへ向かわせる。戦闘を飛ぶ星咬に従い、他の飛竜も追従する。騎士たちがそこへ向かえば、兵士たちもまたそこへと向かう。
飛竜が次々と着地し、騎士たちも飛竜の背から降りる。谷の出口から5キロルほど飛び続けさせたことを労い、飛竜たちに水と食料を与える。やがて兵士たちも到着し、休憩を取り始める。その中でも体力に余裕があるものが偵察としてこの先に待ち伏せに向いている地形があるか探しに行く。どういうものであれば望ましいかはベルクーリが入念に教えていたため、間違えることはない。
「アリス、震えは止まったか?」
「うん。ありがとうレオン。……でも……側にいて?」
「ああ」
ようやく落ち着けたところで、レオンハルトから離れる。それでも側にいることを望み、レオンハルトの承諾を得て手を繋げる。人界を守る騎士としては首を傾げる行動だろう。あまりにも私情を挟みすぎているだろう。しかし、それを目撃しても苦言を呈するものは誰もいない。戦闘が始まれば十二分に成果を出しているという事実によって、ではない。それもあるが、それ以上に誰もがアリスという騎士を一人の少女として捉えているからだ。事情を知らないとはいえ、兵士たちの間ではアリスを密かに応援する者たちが多い。
そんなことが起きているとは騎士やキリト、ユージオの誰も知らないことである。兵士たちの士気が異様に高いのも、エルドリエの勇姿を目撃したことだと騎士たちは考えている。それもあるが、実はそこにアリスを何がなんでも守るという決意が込められてもいる。もはやアイドル化されたも同然のアリスは、今レオンハルトと共にベルクーリの下にいた。意識を切り替えるためにも、状況を把握したいのだ。
「寝る時間があればいい方だな。こりゃあ」
「あぁ。にしても全軍か。残した奴らの危険がなくなったことを喜ぶべきか……」
「喜んでいいんじゃないか? 残ってる敵はどう考えても主力が中心だ。無傷の騎士たちと拳闘士たちだからな。オークも残ってるようだし」
「騎士は戦いやすいが、拳闘士は厄介だな」
「そうなのですか?」
「修行をつけてた頃みたいに『戦えば分かる』と言いたいとこだが、それすると最悪終わるからなー」
「あいつら相手にそりゃ無謀だ。しかも今回は数が数だからな」
騎士のツートップが揃って厄介だと口にする存在。いったいどのような者たちなのか、アリスには想像もつかなかった。拳闘士というからには武器を使わないのだろう、程度しか分からない。アリスが騎士の中でも若い、というのもあるが、騎士たちの中でも拳闘士と戦った者は少ない。それこそ両手で数えられる程度だ。
はたして拳闘士という存在は何者なのか。それを聞こうとしたその時、敵軍の変化に気づいた。一部の者たちが戦意を上げ、急速に接近しているのだ。それと時を同じくして偵察を終えた兵士が報告に来る。
「報告します! これより1キロル程先の地にて待ち伏せに使える灌木地帯がございます!」
「良し。報告ご苦労! 全員に指示を出せ! 移動を再開しその地にて敵の迎撃準備を整えると!」
「はっ!」
「それじゃあ俺たちはアレの足止めだな。拳闘士たちの足は馬より速い。モタモタしてると接近されすぎるぞ」
「あぁ。その前に嬢ちゃん。嬢ちゃんはやっぱ脱ぐのに抵抗あるよな?」
「は? ……はぁ!? な、何を言っているのですか! 当然です! レオンだけなら……別に……」
最後に口をすぼめて放った言葉は、レオンハルトもベルクーリも聞かなかったことにした。常人ならこの距離でも聞こえないのだが、五感を研ぎ澄ませているこの二人は無論聴覚も鋭い。だから聞き取れてしまうのだ。レオンハルトの背に隠れ俯くアリスを他所に、レオンハルトとベルクーリはアイコンタクトで話を先に進めることを決める。
「アリス。そういうことじゃなくてだな、拳闘士たちの攻撃は鎧があっても関係ないんだ。衝撃を体内に響かさてくるから、むしろ鎧が邪魔になる」
「あ、そういう……。小父さまは言葉足らずです!」
「わりぃわりぃ。あーあと、《武装完全支配術》の準備もしておけよ。あいつら相手に出し惜しみできる余裕はないからな。しかも剣じゃろくに斬れねぇ体してるしよ」
「えぇ……」
当然だが、ろくに斬れない体などアリスは聞いたことがない。アドミニストレータは金属武器で天命を削られない存在だったが、そこだけを単純に考えれば拳闘士たちは全員それと同じということになる。無論細かい原理は異なるのだが、むしろ同等と考えて戦うほうがよいだろう。
この場にいる三人で迎え撃つ。そうしようとした時、いつの間にかもう一人の騎士が隣に立っていることにアリスは気づいた。
「私が行きましょう」
《無音》と呼ばれる女性騎士のシェータ・シンセシス・トゥエルブだ。一言だけそう言った彼女は、返事を待たずに迎え撃つべく出撃する。騎士長ベルクーリでさえ「危険」だと考える女性であるシェータにアリスは驚いていた。一人で向かったことではない。初めてその声を聞いたことにだ。シェータは基本的に無言の女性だ。ベルクーリでさえ言葉を交わした回数は少ない。最もシェータと言葉を交わしたのは、レオンハルトでもない。彼女の在り方を理解していたフィアだった。
(彼女は亡くなってしまった。彼の力が増加したということはそういうこと。あの二人の関係からしてそうしたのもきっと彼女の意志。最高司祭を討ったのが彼ということは、彼女はそのために力を与えた。そしてそれはアリスを守るために。ならば私のやることも決まっている。彼女の意思を継ぐのみ)
フィアはシェータにとって友であった。初めてシェータが友と呼んだ存在。フィアの話ならシェータは耳を傾け返事をしていた。会話と呼べるものを続けていた。他の者に同じ内容を話しかけられてもシェータは会話を続けなかっただろう。不思議とフィアだけが許せたのだ。
「彼女のためにも……。まさか私がそう思う時が来るなんて」
なんでも斬れる剣をアドミニストレータから与えられ、斬りたいものを斬ってきた。そもそもその剣の素材も、アドミニストレータから得た情報に従い、自分の手で探し出したものだ。数日かけて探し出し、与えられた神器《黒百合の剣》。その刀身はあまりにも細く、薄い。しかしその見た目に反し折れることはない。剣ではろくに傷を負わせられないと言われる拳闘士の相手に、これほどの適任者はいないだろう。
「すごい……。シェータ殿があれほどとは……」
「シェータに任せときゃ大丈夫だろ。引き際も弁えてるし、俺たちは隊と合流しよう」
「そうだな」
シェータの足止めを無駄にするわけにもいかず、三人はすぐに隊に合流する。ベルクーリの指揮に従い、兵士たちはすぐさま迎撃のための陣を整える。陣を敷き、配置を整え、武器を構える。それが終わる時に合わせたのか、偶然なのか、数人の拳闘士を屠り、族長であるイスカーンとの激戦を繰り広げていたシェータも自分の飛竜に掴まり戦場を離脱する。
足止めをしていたのはあくまで拳闘士団の中でも先行してきた百人規模のみ。彼らの本隊もまた合流をはたしている。つまり、これから起こる戦闘は、別働隊と拳闘士団五千との戦闘である。常に己を鍛え上げ、剣の効かない相手にどこまで戦えるのか。もはや天敵とも言える存在が相手だ。士気が高いものの息を飲む者も少なくない。
「──敵襲ー! 敵襲ー!」
そんな中後方から聞こえてきたのは、別働隊全員を動揺させるには十分すぎる内容だった。背後に敵が回り込んできている。このままでは挟撃に晒されてしまう。レオンハルトでさえ気づけなかったということは、敵の数自体は少ないはず。しかしそれは、
「キリト、ユージオ、アリス! 三人で三百人連れて後方の敵を倒せ! 残りの者は移動の準備だ! 本隊を後退させる! シェータ、レンリ! お前らで隊を纏めろ!」
「レオンはどうするのよ!」
ベルクーリより先に指示を飛ばしたのはレオンハルトだった。敵襲を知らせた声から判断するに、キリトたちの傍付きだった少女たちだろう。二人を向かわせるのは当然のことであり、精鋭が相手ならキリトとユージオの力を十全に活かせる。そして少数とはいえ隊を率いるなら整合騎士の存在が必要だ。騎士の中でその二人と共闘をしたことがあるのはアリスだ。兵士たちはレオンハルトの指示に従いすぐさま後退の準備に入る。シェータとレンリも行動を始める。そんな中アリスだけは動かなかった。この指示を飛ばした中でレオンハルト本人とベルクーリの行動を言わなかったからだ。何をするか察しがついているからだ。
「俺とベルクーリで敵の迎撃に当たる。俺達ならできるからな」
「駄目……そんなの駄目! また無理するんでしょ!? 天命だって回復してないのに! 五千人も相手にしたらレオンも小父さまも……!」
「アリス!!」
「っ!」
「この別働隊の目的は何だ? アリスをワールドエンドオルターに辿り着かせることだろ! そのための犠牲に躊躇うな! 死ぬ気なんてさらさらないが、これぐらいは覚悟しろ」
「わ、たし……」
「キリト、ユージオ。そこで聞いてないでアリスを連れて行け。さっさと後輩助けて来い」
「レオン、君は──」
「ユージオやめとけ。……すぐに向かうが、勝手に死なないでくれよ。俺はレオンに再挑戦して勝ちたいんだからな」
「はははっ、わかった。戦争が終わったら手合わせといこうか」
ユージオを静止させたキリトは、アリスを連れてすぐに敵襲を受けている補給部隊へと向かう。ユージオは私情を切り捨てられないアリスに気を遣いつつ、自分の傍付きだった少女ティーゼの身を案じて全力で駆ける。
それを見送ったレオンハルトとベルクーリは、体を反転させて迫り来る拳闘士の集団に目を向ける。敵の数は圧倒的だ。二人で立ち向かうものではないだろう。しかし、そうであっても戦わなければならない。勝てるかどうかを気にして戦うのではない。たとえ刺し違えてでも果たさなければならないことがあるのだ。
「お前さんはアリスに厳しいな」
「甘やかす時は甘やかしてるぞ? こういう時に甘えは不要ってだけだ。そろそろ自分で切り替えられるようになってほしいんだがな」
「それもレオンのせいだろ……。その傷。血は止まっているようだが、傷がデカかったことは分かる。アリスがあれだけ心配するのも無理はないだろ」
「……それもそうか。いかんせん《心意》の方がまだ駄目でな。そこを突かれてジャックにやられたよ」
「軽く言いやがって。分かってると思うが、どうにかして元に戻れよ。じゃないとアリスを守れんぞ」
「あぁ」
大地を蹴って巻き起こされていた土煙。それだけが見えていたが、とうとう姿をも見えるようになってきている。敵を迎え撃つ時はもうすぐそこだ。二人は抜刀しそれぞれ神器を構える。せめて敵の奇襲部隊が倒され、再度隊が態勢を整えるまでは時間を稼ぐ必要がある。そこまで思考したところで、大局を考えることをやめる。今は目前に迫ろうとしている敵とどう戦い、どう勝ち抜くかに集中しないといけないのだから。
場合によっては《記憶解放術》の使用も厭わない。そう決断した二人は、次の瞬間目を疑う光景を目撃する。
──大地が一瞬で裂けたのだ
百メルは超えようかというほどの峡谷が文字通り一瞬で誕生した。下を覗いてもそこは見えない。落ちたら即死だ。そして対岸には襲いかかろうとしていた拳闘士たちの姿がある。この峡谷を超える手段を用意しているわけもなく、途方に暮れているのが伺える。
「なんか分からんが、隊の方に戻るとするか」
「レオンは切り替えが早いな……」
「分からないものは分からないし、これを見る限りすぐに敵が渡ってくることもない。今日は侵攻される心配がなくなった。貴重な睡眠を取れる。隊を休ませないと明日からがキツイ」
「それもそうか。よし! 戻ったら酒を飲むぞ!」
「そうこなくちゃな!」
隊と合流した二人は、すぐさま休息の指示を出し、自分たちは酒を片手に天幕へと入ろうと移動を開始した。会議をしないわけにもいかないため、他の騎士やキリトたちを呼ぶことも忘れない。敵襲を知らせた少女たちも呼ぶこととなったのだが、レオンハルトとベルクーリは何からツッコむか迷った。二人ですぐさまジャンケンを始め、負けたレオンハルトが口を開く。
「キリト。お前の横にいるその人は? たぶんその人が助けてくれたんだろうけども」
「あ、ああ。紹介するよ。アスナだ」
「初めまして。細かい話は後ほどしたいと思います」
「そうなるわな。会議もするからそれに混ざってもらえばいいか。立ち話とかしんどいし」
「理由が理由だなー」
キリトの隣に立っている女性は、どうやらキリトの知り合いらしい。突如として現れ、あれだけのことをやってのけたのだ。外の世界から来たことは明白だが、それをすぐさま察した人間はキリトを除けばレオンハルトだけだ。レオンハルトも細かい事情は把握できていない。外から来た、程度だ。その後ろで頬を膨らませているロニエを密かにレオンハルトは応援することにした。第三者で揶揄うほど楽しいものはないのだ。褒められた行為ではないが。
「で、えーっとユージオは何してるわけ?」
「なんだろうね?」
「知らんがな。もういいや。勝手にやってろ」
「えぇ!?」
ユージオは仲睦まじくティーゼと手を繋いでいるのだが、ティーゼが自分の髪に負けないほど顔を赤くし、誰とも目を合わせないようにしている。そしてユージオもまた落ち着かないようだ。おそらく助けたことでこうなったのだろう。そう考えたところでレオンハルトはそれ以上考えなかった。
「で、最後の君は誰よ。というかさっきから俺の周りグルグルしてるけど、なんなの?」
「そうです。レオンにそんな近づかないでください」
「そうじゃなくて。……それもあるけども。俺は君と面識ないはずなんだけど、君は初対面の人にそうする癖でもあるのかな?」
「彼女にそんな癖はないはずですけど……。レオンハルトさんも困ってるからそれくらいにして」
「はーい。それにしても……うん。やっぱりビビってきた!」
「アスナ、レオンでいいから。それとビビってなに……えぇっ!?」
ツッコミの気力が薄れているレオンハルトは、完全に気が抜けている状態だった。それ故にその少女の突然の行動を避けることができなかった。
「ボクの名前はユウキだよ! ボクも会うのは初めてだけど、ビビって来たから間違いないね。会いたかったよお兄さん!」
レオンハルトに思いっきり抱きつき、弾けんばかりの笑顔で少女──ユウキが自己紹介する。それを見て楽しむベルクーリ以外、ユウキと友人であるキリトやアスナを含める全員がその行動に驚いた。
無論、アリスがそれで怒ったのは言うまでもない。
原作を読み返しながら執筆するこの頃です。うろ覚えなので。
評価を入れてくださってくれた皆様方。超絶嬉しいです。ありがとうございます!
感想も貰えてモチベが上がったりしてます! いつもありがとうございます!
(こういうの書こう書こうって思ってても、いっつも本文書き終わったときに忘れてるので、突然ですがやりました)