自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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8話

 

 外からの来訪者であるアスナとユウキ、そしてキリトから話を聞くべく、整合騎士とロニエ、ティーゼが一つの天幕に集まる。先にこの世界に来ていたキリトでは知り得ない情報もあるため、アスナが主立って説明する形となる。キリトが必要によっては補足する。ユウキには説明させる気がないらしい。彼女は説明が抽象的になるから。

 

 

「アスナー。ボクさっきお姉さんにぶたれたとこまだ痛い」

 

「それはユウキが悪いでしょ。我慢しなさい」

 

「そうだけど……、あとお姉さんにすっごく警戒されてる」

 

「それもユウキが悪いでしょ」

 

「お兄さんにビビってきたから抱きついただけなんだけどなー」

 

「よく分からないけど、話し始めるから静かにしてて」

 

「はーい」

 

 

 まるで姉妹のやり取り、場合によっては母子とのやり取りとも取れるほど自然な会話。今日はもう襲撃の恐れがないとはいえ、緊張感の欠片も感じさせないユウキに、騎士たちは肩の力を抜かれていた。これから話される内容は重要なことだと考えられるのにだ。

 ユウキがレオンハルトに抱きつき、それに怒ったアリスは即刻ユウキに離れるように再三告げた。それを聞かなかったどころか密着度合いを増したユウキに、アリスも堪忍袋の緒が切れ頭に拳骨を落とした。その後頑なにユウキをレオンハルトに近づかせないように警戒している。今もユウキと最も離れている位置にレオンハルトと座っている。ちなみにユウキはアスナの隣に置かれている。アスナの有無を言わさぬ笑顔によって。

 

 

ユウキ、ね

 

「レオン?」

 

「あの子凄いぞアリス……っ!?」

 

「それはいったいどういう意味で言っているのかしら?」

 

「やましいことは一切ないし! さすがに斬られたら俺死ぬからな!?」

 

 

 剣の切っ先を眼前に突きつけられたレオンハルトは、必死に弁明してアリスを止める。アリスも脅迫という意味で突きつけているだけであり、本当に斬ろうなどとは思っていない。ジャックによって削られたレオンハルトの天命が回復していないことを知っているから。何よりアリスはレオンハルトを傷つけたくない。

 

 

「ではどういう意味か正直に答えて。正直に!」

 

「落ち着けって! ……あの子強いなってだけだよ」

 

「むっ。それは私よりですか?」

 

「今のアリスの実力は俺も分かってないが、ユウキは俺より強いんじゃね?」

 

「……は?」

 

 

 その言葉に全員がユウキに視線を集める。アスナはレオンハルトが戦っているところを一度も見たことがないため不思議そうにするが、他の面々はそうはいかない。キリトは打ち負かされ、ユージオはアドミニストレータとの戦闘を見ている。最強と呼ばれる騎士が、自分よりも強いだろうと言ったのだ。見た目15,16歳程度のレンリと変わらなさそうな華奢の少女のことを。そんなユウキは、突然視線が集まったことに照れくさそうにしながら素直な笑みを浮かべる。そう評価されたことを喜ぶように。

 

 

「にわかに信じられんが、レオンが言うならお嬢ちゃんは強いんだろうな」

 

「ユウキは私にもキリトくんにも勝ってますから」

 

「キリトは二刀流じゃなかったけどねー。それに、ボクもさすがにお兄さんには勝てないと思うんだけど。本調子なら(・・・・・)

 

「どうだかな」

 

 

 初対面でありながらユウキはレオンハルトが本調子ではないことを見抜いた。その観察力だけでも実力の高さが伺える。アリスたちもまた納得せざるを得なかった。はたしてどちらが上なのかはともかく、ユウキは強者であると。アリスがレオンハルトから離れ、椅子に座ったところでアスナが咳払いをし、話を始めた。アスナは『ソードアート・オンライン』という仮想世界において最大にして最強と言われた『血盟騎士団』というギルドの副団長であった。その経験から、こういう場で話すことにも慣れている。

 

 

「まず私とユウキ、そしてキリトくんはこの世界"アンダーワールド"の住人ではありません。外の世界……便宜上"リアルワールド"と言わせてもらいますが、そちらの生まれでそちらで育ちました」

 

「レオンが言っていた"外側"ってやつか」

 

「……え!? レオンハルトさんは知ってたんですか!?」

 

「ベルクーリ。話が逸れるだろ」

 

「わりぃわりぃ。だがまぁ、せっかくだしお前さんにもこの場で話してもらおうかと思ってな。隠し事をよ」

 

 

 ベルクーリの呟きを流しかけたところでアスナは驚愕した。ユウキは面白そうに目を細め、キリトはどこか納得がいったような顔になる。リアルワールドから来た三人は三様の反応を示したが、騎士たちはそうはいかない。レオンハルトの素性を疑わないといけなくなったのだから。元々謎がある人物であるとは全員分かっていた。しかし秘め事の一つや二つ騎士にもある。それ故に誰も切り込まないでいたのだ。それをベルクーリは今話すように迫った。今が相応しいと判断したから。最も動揺するアリスにそっと手を重ね、レオンハルトはなんともないように口を開く。

 

 

「外とのコンタクトをアドミニストレータより先に(・・)していた。それだけだ。教えてもらったさ。この戦争がなぜ起きるのか。そもそもこの世界が何のために(・・・・・)存在しているのかを。三人も多分知ってるんじゃないか? キクオカって人を」

 

「あー、またあの人か〜」

 

「戻ったら問い詰めることが増えたわね」

 

「とりあえず一発殴るか」

 

「え、あの人ってそんなやらかしてんの?」

 

 

 突かれても困ることはないといった気軽さでレオンハルトは答えたが、今のだけで気になる情報が多かった。この戦争が仕込まれていたと受け取れる言い方。この世界に存在理由があり、それも意図的に創られたであろうということ。そもそもレオンハルトがどうやってかの最高司祭より先に連絡を取ったのかということ。そして、レオンハルトは本当は何年生きているのかということ。

 アリスはそれを聞きたかった。世界のことよりもレオンハルト本人のことを。しかし言葉を口を開いても言葉が出てこない。聞けないのだ。知ってしまえば、近づいたと思えたレオンハルトの背中が遠のく気がして。追いつけないところまで離れてしまいそうで。そんなアリスに変わってレオンハルトに聞いたのは、ユージオの傍付きだった少女。ティーゼだった。

 

 

「レオンハルトさまはどうやって最高司祭様より先にそこに至れたのですか? またどれ程の年月を生きておられるのですか?」

 

「どうやってアドミニストレータより先にか、何年生きてるか、ね。先に年数を言うか。はっきり言って年数なんて覚えてない。天職の解釈を拡大して旅してたんだがな。西の山脈を超えた先って、ダークテリトリーだがその時は誰もいなくてな。ひたすら西まで歩いてた末に見つけたんだよ」

 

「それが外との連絡装置か」

 

「さすがキリトそういうこと。アドミニストレータが隠し持ってたセントラルの装置、ワールドエンドオルターにあるであろう装置、あいつらは気づいてないだろうが、ダークテリトリーにある城の中にも装置がある。そして予備ってことで隠すように設置されてたのが俺が見つけたやつだ。それで連絡取って教わったわけさ」

 

「それでも菊岡さんがおいそれと話すとは思えないな」

 

「そうだな。だから答え合わせ(・・・・・)したんだよ。ひたすら西を目指してるだけでも暇だったから道中ずっと考えていたことを。なぜ天職に縛られないといけないのか。なぜダークテリトリーがあるのか。なぜ東だけが山脈じゃなくて門なのか。そして、なぜ命を数値で見られるのかってな」

 

「仮説をたててそれを菊岡さんに話した。で、その結果それが正解だったと?」

 

「そういうこと。そしたら世界に興味も失せてな。謎って解けた瞬間は嬉しいが、その後はつまらないだろ? それと一緒だ。んで、人界がどういう道を辿るかを見ることにした。ダークテリトリーは規則が単純だから戦争への備えは勝手にできるしな」

 

 

 レオンハルトの話に言葉を失う。最高司祭より先に外と連絡を取れたのはいわば偶然だろう。しかし、その道中でそんな思考に至っていたということ、そしてその答えに自力で至ってしまえたこと。それらも驚嘆に値する。だが、見落としてはいけない。人界の辿る道を見ることにした、ということはつまりレオンハルトは年齢をその時(・・・)固定したのだ。整合騎士たちが最高司祭に強制的に施された《シンセサイズの秘儀》によって。

 

 

「ようは公理教会より長生きってわけだ。年代的にはアドミニストレータとそこまで変わらんがな? 旅から戻ってみたらなんかその騒がれてたし。それがアドミニストレータだったってだけで」

 

「お前さん……はぁー。今はこれくらいにしておくか」

 

「序盤で話の腰を折ったな。さてと、アスナ話を続けてくれ」

 

「え、ええ。……一応断っておきますが、私たちリアルワールド人は神などではありません。それはそこの天然たらし男を見ていただければ明白ですが」

 

「俺の扱い酷くね!?」

 

「キリト黙っててよー。アスナの話が進まないじゃん」

 

「はい……」

 

 

 彼女にそんなことを言われると思っていなかったキリトが講義するも、ユウキにばっさりと切られて黙るしかなくなった。落ち込むキリトをロニエもユージオもフォローしなかった。心当たりがあり過ぎるからだ。その様子を見てアスナは内心で「やっぱり」と呟き、話を続けた。

 この世界の目的は、たった一人の人間を生み出すこと。リアルワールド人と遜色ない思考を持つ人間を。その条件がどうやったら満たされると判断するつもりだったのか、アスナにはいまいち分かっていなかったが、アリスを見れば理解できた。彼女がそうなのだと。ところが、アスナが知り得ない情報が飛び出す。

 

 

「右眼の封印?」

 

「ああ。教会に逆らおうとすれば右眼に激痛が走る仕組みができてる。教会が決めた禁忌目録を意図的に破ろうとしても同様だな。その痛みによって意思を無理やり押さえ込もうって魂胆だ。……これはお前たちがつけてなかったはずのものじゃないか?」

 

 

 この世界で生き、経験した者、見た者は全員が知っている。ユージオはロニエとティーゼを助けるために、アリスは教会に叛逆するためにその封印を破っている。シェータもまた、封印を破ってはいないがその存在を知っている。なんでも斬りたがる彼女は、教会の塔を切り倒そうと何度も考えていたからだ。

 

 

「そんなものつけたらむしろ邪魔になるんじゃ……ぁ! 内部の人間に敵の内通者がいるんだわ!」

 

「外の敵、ね。外の状況はどうなってる? この世界がお前たちリアルワールド人の影響を受けるとするなら、その敵とやらからも影響を及ぼされる心配が出てきたんだが……」

 

「ごめんなさい。コントロールつまり制御に関わる施設を抑えられてるわ」

 

「最悪だなぁオイ……なるほど。それでか」

 

「レオン? 何が分かったのですか?」

 

 

 リアルワールドの状況を知り、菊岡たちの失態に悪態をつきつつもレオンハルトは気づいた。この戦争がどこに向かうのか、そもそも敵とこちらの目的がズレていたことを。

 

 

「アスナたちも敵も、リアルワールド人にとってアリスが問題なんだよ」

 

「……私?」

 

「アリスはすでに俺たちアンダーワールド人の域を超えてる。《光の巫女》もアリスで確定だ。この戦争は人界軍対ダークテリトリー軍じゃない。リアルワールド人のアリス争奪戦。……クソッタレなシナリオだな? お前たちはアリスさえ確保できればこの世界はどうでもいい。この戦争で何人死のうが関係ない。リアルワールド人が作ったこの世界だ。お前たちは俺達の命を命と考えない」

 

「そんなことは……!」

 

「どうだかな。キリトとユウキはともかく、アスナ。お前はアリスとキリトを回収すれば終わりと考えてただろ? ま、共闘してもらわないとお互い困ることにわけだし、キリトの選んだ人だってことはしばらくすれば分かってくれると信じてるけどな」

 

「……レオン、あなたよくズルい人だと言われない?」

 

「ははっ! 言われるなー。フィアとアリスによく」

 

 

 相手の性格を理解し、それを利用して落とし所に持っていく。それも主導権を持った形で。暴論を述べた後に性格を逆手に取った評価。フィアがいた頃によくアリスを言いくるめていたやり方だ。懐かしいことをした、と一瞬雰囲気を優しいものにしたレオンハルトにアスナは何も言えなくなる。

 

 

「アスナは神じゃない。だがステイシアの力を持ってこの世界に現れた。リアルワールドで主導権を敵に取られたのなら、敵も同様なことができるだろう」

 

「それが皇帝ベクタってわけか」

 

「ああ。皇帝が《光の巫女》に固執することもそれで合点がいく。……これは共闘しかないな? 俺達はこの世界を捨てる気などない。守るために生きて戦ってるんだ。ダークテリトリー軍との和平に持っていかないことにはアリスをやれない。そしてそのためにはベクタが最大の障害だ」

 

「わかってるわ。協力する。ユウキもそれでいい?」

 

「もっちろん! 目的が分かりやすくなったね!」

 

「そういえばユウキはアスナみたいに誰かの存在として来たのか?」

 

「ううん。ボクはそんなのないよ。だってこっちの方がやりやすいもん」

 

「あ、そ」

 

 

 アスナがステイシアとして顕れたのなら、ユウキもその可能性がある。しかしその可能性をユウキはあっさりと否定した。しかも動きやすさで決めたのだという。だがその理由をレオンハルトは大いに納得できた。慣れないものより慣れているもののほうが強いのである。

 

 情報を手に入れ、これからの目的も定まった。戦況は変わらないが、お互いの目的のズレはなくなったと言える。少なくとも敵の目的を正しく理解できているのだから。だが、戦争が終われば外に出る。アリスはそのことに納得しきれていない。外の世界に興味がないわけではない。リアルワールドとアンダーワールドの架け橋となる。それはアリスしかできないことだろう。しかし、それではレオンハルトと離れ離れとなる。聞けばリアルワールドとアンダーワールドでの時間の流れが違うという。アンダーワールドの方が時間の流れが速い。つまり外に出て、また戻ってきた時、そこにレオンハルトがいる保証などないのだ。いくら《シンセサイズの秘儀》で繋ぎ止めているとはいえ、それにも限界があるのだから。いや、レオンハルトが未だ限界に至っていない事自体奇跡なのだ。いつ倒れてもおかしくない。

 アリスのその葛藤に誰も口出しすることなどできない。永遠の別れとなる可能性のほうが圧倒的に高いのだから。そしてレオンハルトもまた何も言わなかった。架け橋となるか、それを拒むのか。それはアリスの意思で決めるべきなのだから。

 

 

「さて、女共には別の天幕に移動してもらった。ここは野郎しかいねぇ! さぁ飲むぞお前ら!」

 

「酒も用意してたしな!」

 

「閣下もレオンハルトさんも程々にしてくださいよ」

 

「キリトとユージオも飲めよ」

 

「い、いやー」

 

「飲め」

 

「はい」

 

 

 ベルクーリに酒を投げ渡され、ユージオはそれを大人しく飲み始める。キリトもレオンハルトに渡され、慣れない酒に苦戦する。レンリだけは強制されなかったが、自主的に少量だけ飲むとのこと。仲間外れが嫌なんだとか。ところがベルクーリとレオンハルトが渡した酒は度数が高い。慣れていないキリト、ユージオ、レンリはすぐに酔いが回っていた。

 

 

「だらしねぇなー。ま、いいけどよ。それよりキリト。お前何人の女と関係気築いてんだよ」

 

「築いてねぇわ! ユージオもそんなクズを見る目で俺を見るな!」

 

「だってキリトだし」

 

「キリトだもんな。そういうユージオは童貞だろ?」

 

「なっ! そ、それの何がいけないって言うんだ!」

 

 

 ユージオの歩んできた道を振り返ってみれば、むしろ経験がない方が当たり前とも言える。ただアリスを助けたい一心で己を鍛え上げてきたのだから。外の世界から来ているとはいえ、親友キリトがすでに経験済みであることはユージオも軽くショックを受けていたが。だがレオンハルトの口撃はこれで収まらない。酒を飲んでいることと、ベルクーリのゴーサインも後押ししている。

 

 

「ティーゼとはどうすんだよ。この先の激戦を考えたら答えは出すべきじゃないのか?」

 

「それは君に言われたくないけど……」

 

「俺は答えを出してアリスも知ってる。残念だったな」

 

「ユージオ。まだ天幕は余ってる。今日は何やってもオレたちも問い詰めねぇさ」

 

「ベルクーリさんも何言ってるんですか!?」

 

 

 ここでまさかの騎士長からの口撃。キリトはまた自分が対象にならないようにするために無言を貫き、レンリは顔を赤くして俯いている。酒によるものと会話によるものの両方が原因だろう。顔をニヤつかせながら片時も視線をそらさずにユージオを見るレオンハルトとベルクーリ。その二人に耐えきれなくなったユージオが取った行動は、そんな二人への反撃だった。

 

 

「そういうお二人はどうなんですか? ベルクーリさんはファナティオさんとの関係がありますよね?」

 

「あーさすがにバレるか。安心しろ閨を共にしたぞ」

 

「何をどう安心しろって言うんですか!?」

 

「俺はアリス抱いた」

 

「軽く言ってるんじゃないよ! ……え?」

 

「ん?」

 

 

 レオンハルトの発言にその場の全員が動きを止める。「今何かおかしなことを言わなかったか?」と。レオンハルトとの付き合いが長いベルクーリが確かめるようにもう一度聞き、レオンハルトはあっさりと認める。天幕で大騒ぎが始まるのは当然のことだった。

 

 

 

「──ティーゼはユージオのこと好きなのよね?」

 

「ええ! いや、あの……私は……」

 

「はいアリス様。ティーゼはユージオ先輩のことが好きです!」

 

「ちょっ! ロニエ!」

 

「いいじゃん。そういう話になってるんだから」

 

 

 別の天幕では女性陣が集まって話をしていた。シェータはこういう話に興味を持たないため自分の天幕へと戻り、入れ替わるようにキリトの先輩であるソルティリーナが加わっている。アスナが笑顔で歓迎しつつもキリトの行動に怒りを積もらせているのは必然である。

 

 

「ユージオが村でどうしてたか聞きたい?」

 

「聞きたいです! ぜひ!」

 

「ふふっ。ほんとにユージオが好きなのね」

 

「ぁ……〜〜っ!」

 

 

 最初はただリアルワールドの生活がどういうものかを聞いているだけであった。しかし、ユウキがアスナとキリトの馴れ初め話を話させたことで話題が恋話へと変化したのだ。そして今はティーゼがアリスからユージオの話を聞いているのである。恋話になった途端殺伐としたものになるかとアスナは思っていたが、思いの外平和である。そこでふと思い出したようにユウキに話を振る。もちろんレオンハルトとのことだ。なぜいきなり抱きついたのか。あの場ではすぐに流したが、この少女は慧眼だ。それだけとは思えないのだ。

 

 

「あー、うん。お兄さんとはたしかに初対面なんだよ? でも……なんていうのかな。ビビってきたんだよ」

 

「またそう言って……。てっきりそれ以外の理由もあるのかと思ったけど、今回はそうでもないの?」

 

「アスナはボクをなんだと思ってるのかな? 買い被りすぎだよ。あ! いい言葉があった! 運命(・・)だよ!」

 

「あなたが死にたいのは分かったわ。表に出なさい。金木犀の剣で塵も残さず切り刻んであげるから」

 

「「アリスさま落ち着いてください!」」

 

 

 ユウキの言葉に逐一反応したアリスが神器を手にかけて立ち上がる。抜刀しようとするのをロニエとティーゼが必死に止めることで抑えられているが、二人が離れた瞬間本当に斬りかねない。目が完全にすわっているのだ。これにはさすがのユウキも冷や汗を流して笑うしかない。ユウキが謝罪し、ソルティリーナとアスナの説得もあってようやくアリスも神器から手を離した。

 

 

「あのお兄さんのことは置いとくとして〜。そういえばアスナ」

 

「今度は何?」

 

「アスナって経験済み(・・・・)だよね?」

 

「ゲホッゲホッ! な、なな、な! なんでユウキが知ってるの!?」

 

「ユイちゃんから聞いたよ?」

 

「ユイちゃんから!? あの子もなんで知ってるの……」

 

 

 ユウキに知られていることにアスナは激しく動揺した。そしてその情報源が愛娘であるユイからだというのだ。軽く目眩すら起きている。ユウキとしても、この場で「アスナとキリトは進んでるよね」と話を持って行きたかっただけなのだ。しかしこれは思わぬ所へ飛び火する。アリスがそっと自分の手を自分のお腹へと当てているのだ。

 

 

「……え、まさかお姉さん。お兄さんと?」

 

「はい。一度騎士団から離れていた時に」

 

 

 こちらの天幕でも驚きの声が響き渡ったのは言うまでもない。仲が良すぎるとは全員思っていた。アリスが思っていることは誰でも見抜けていた。そしてレオンハルトにはその素振りがないことも。フィアのことを知っている者はその理由が分かっていた。そうでない者はレオンハルトが応えないだけだと思っていた。報われないのではないかと。驚き騒ぐ女性陣をよそに「世の中不思議だなー」とどこか抜けた思考をするユウキだった。

 

 アリスとレオンハルトとの関係が分からなくなり、休憩したいと思ったティーゼは一言断りを入れてから天幕を出た。どこか落ち着けるとこはないかと探していると、一人の青年の姿を見つける。ティーゼの想い人であるユージオだ。ユージオもまたティーゼのことに気づき、手招きする。

 

 

「ティーゼも休憩?」

 

「はい。ユージオ先輩もですか?」

 

「うん。騎士長殿にお酒を注がれたら飲むしかないんだけど、あの人ペースが早くてね。酔い覚ましもかねて風に当たろうかと」

 

「そうなんですね。私は皆さんの恋のお話を聞いてたんですけど、……その、胸焼けするような話もございまして、それで抜けてきました」

 

「あー、それはお疲れさま、なのかな?」

 

 

 二人で丸太に腰掛けて話す。見上げれば夜空に無数の星が見える。人界であってもダークテリトリーであってもこれは変わらないのだ。どちらも同じ空の下で生きている。前までならこれで感銘も受けていただろう。しかし、これも作られたものだと知らされれば、それも薄れるというもの。アスナやキリトは言葉をの濁して語らなかったが、ユージオは知りたかった。なぜこの世界が作られたのかということを。レオンハルトですらこれだけは明確な答えを見いだせていないのだから。

 その真実を知った時、はたして自分はリアルワールド人を許せるのだろうか。ダークテリトリー軍に顕れた人物もいれば、キリトのような人物もいる。リアルワールド人といえど、ひと括りにできないことはわかっている。それでも聞かなければ判断できない。気を尖らせ始めたユージオを抑えたのは、隣にいるティーゼだ。ユージオの手に自分の手を重ね、そっと肩に体を傾ける。激動の一日であっても彼女の髪は香りを残しており、それがユージオの鼻をくすぐる。

 

 

「ティーゼ?」 

 

「ユージオ先輩……。答えてほしいです。私は……ティーゼ・シュトリーネンはユージオ先輩に見合ってますか(・・・・・・・)?」

 

「っ! それ、は……」

 

「教えてください……。私は……もう、気持ちを抑えなくていいのですか?」

 

 

 瞳を揺らがせながらも、不安そうに眉を下げながらもティーゼはユージオの目を真っ直ぐと見据えた。戦争がこのまま優位に終わるとは限らないから。考えたくもない"もしも"の可能性もあるから。だから今聞くしかないのだと。たとえ自分の望む答えでなくても、どれだけ怖くても聞くしかのだ。

 勇気を振り絞って問いかけているティーゼの気持ちにもちろんユージオも気づいている。答えなければならない。これだけ待たせてしまった少女に。今でも慕ってくれる少女に。

 

 

「……ごめん。ティーゼ」

 

「っ!! そう……ですよね。……ごめんなさい……あはは、……私、夢みすぎですよね。……でも……ユージオ先輩に出会えて…………好きに……なれ、て……わた、し……幸せでした」

 

「待ってティーゼ!」

 

「放してください先輩!」

 

「ティーゼ!」

 

「っ!? んっ……」

 

 

 ユージオの返事を聞いた。その可能性が高いとティーゼも分かっていた。その予想が当たった。だからティーゼはユージオから離れようとした。しかしユージオはティーゼの腕を掴んで止めた。暴れるティーゼを強引に引き寄せ、逃さないように抱きしめて唇を重ねる。ロマンチックな要素などなく、勢いまかせな接吻だ。それでもユージオはティーゼの唇に自分の唇を重ね、ティーゼもまた遅れて自分からさらに押し付ける。

 

 

「……なんで……ですか?」

 

「言葉選びが下手でごめんね。こんな時にも君を傷つけて。君の想いに気づきながらもずっと知らないふりをしてた。それについて謝りたかったんだ」

 

「ほんとに……ですよ。わけわからないですよ……!」

 

「うん。ごめん。ほんとにごめん。レオンに言われて、やっと僕も整理できたから。だから僕も正面から答えられるよ

 

 ──ティーゼ・シュトリーネンさん。僕は君のことが好きだ。小さな村の庶民でしかないこんな僕でもよければ、君と共に生きることを赦してほしい」

 

「ぁ……。……はい! こんな私でよければ……! 不束者ですが、下級貴族ですが、それでもあなたと生きられるなら喜んで!」

 

 

 彼女が流すその涙は悲しみのものから喜びのものへと変わる。冷たい涙から暖かい涙へと変わり、二人は影を重ねた。

 

 

 

 

 一人の少年と一人の少女が恋を実らせた。その少年の親友は三人の少女に呼び出され、節操無しな行動を改めるように咎められる。そして別の場所では実らせられない恋をしている少女が想い人の天幕を訪れていた。

 

 

「レオン。お願いを聞いてもらっていい?」

 

「……寝るだけならいいぞ」

 

「ふふっ、もちろんよ」

 

 

 彼女が入れるスペースを作り、そこに彼女が喜んで入る。彼の存在を少しでももっと感じていたいから。少しでも彼と過ごす時間を増やしたいから。そう。彼女は決意を固めたのだ。

 

 

「レオン……私──リアルワールドに行く」

 

「……そうか」

 

「いっぱい見てくる。キリトたちの世界をいっぱい知ってくるから、そしたら帰ってくる。私の故郷に。私が愛してるこの世界に。私が愛してるあなたの下に。だから、待ってて」

 

「ははっ。俺は何年生きないといけないんだろうな。……あぁ。わかった。約束する。アリスが帰ってくるのをこの世界で待ってる」

 

「うん。破らないでね?」

 

「ああ。今度はアリスに誓うよ」

 

 

 そっと啄むように重ねられた唇にアリスは頭が追いつかなかった。何が起きたのか理解した時にはすでにレオンハルトは睡眠を取っていた。ズルい男への反撃として、アリスは寝ているレオンハルトに自分の唇を重ねるのだった。

 

 

(約束だよレオン。絶対に破らないでね?)

 

 

『お姉さん気をつけてたほうがいいよ?』

 

『あなたにかしら?』

 

『違う違う。お兄さんにだよ』

 

『……レオンが危ない状態なのは私がよく知ってるわよ』

 

『うん。でもこれは知らないと思うな』

 

『なによ……』

 

『お兄さん。半々だよ』

 

『は?』

 

『半分はお姉さんのために生きようとしてる。でも

 

 ──半分は死にたがってるよ(・・・・・・・・)

 

 

(──ッ! レオン、お願いだから……お願いだから生きて!)

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