自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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 ごめんなさいちょっと遅れましたね。親の実家に戻って祖母の介護を手伝ってました。


9話

 

 夜が明けた二日目。人界軍は目を疑う光景を見る。アスナが作った底が果てしない先にあり、対岸まで数百メルもある大峡谷。それをダークテリトリー軍は、()のみを頼りに渡ろうというのだ。十本の綱を張った皇帝ベクタの指示により、ダークテリトリー軍はそれを使って渡るしかない。手を滑らせ落ちればもちろん命はない。そして渡っている間は無抵抗となる。人界軍からすれば狙い放題である。

 

 

「敵さんはトンデモナイ手に出たな。正気とは思えんが、それしか手がないのか、そもそも皇帝は配下の命をなんとも思っていないのか」

 

「後者だろうよ。暗黒呪術団の大技を使わせるためにオークを三千人焼いた奴だぞ。今さら味方の命を惜しむわけがない」

 

「ま、そう考えるべきか。拳闘士団も警戒せにゃならんが、皇帝ベクタの動きを見誤るわけにもいかん。……とはいえ大人しく渡るのを見ることもない」

 

「アスナとかキリトは納得しにくいだろうがな」

 

「……あれを切って敵軍を落とすのか」

 

 

 キリトはベルクーリとレオンハルトがやろうとしていることを見抜いた。それはたしかに納得しづらい。アスナも驚愕している。無抵抗の敵を容赦なく一方的に殺す。相手の誇りに報いることなく、ただ効率的だと理由で。そのことに二人も何も思わないわけではない。今の実力に至るまで多くの時を費やしてきている。それを発揮する場もなく殺されることがいかに虚しいことか。それを理解できていないなど万に一つもないのだ。

 しかしこれは戦争である。そして数的劣勢であるだけでなく、兵士ひとりひとりの実力はダークテリトリー軍の方が上。減らせる時に減らしておかなければ戦争を優位に進められないのだ。そう言葉を締めくくり、ベルクーリはレンリに綱を切る役目を負わせる。レンリの神器は飛翔する。それで放物線を描くようにすることで敵に阻止されることなく一発で一本一本綱を切るのだ。他の騎士たちはそのレンリの護衛にあたる。

 

 

「お前たちはここに残っててもいいぞ?」

 

「いや、俺達も行くさ。共闘するって決めてんだからな」

 

 

 敵の進行を阻止すべく駆け出す。端から順に切るために目指す最初の一本目は西側。そこから東へとずれていく。近づいてその光景を見てもやはり異様と言えよう。落ちてしまえば命はないと分かっていても、力ある者に従うダークテリトリー軍は誰もそれを拒むことができない。渡るしかないのだ。どれだけ気をつけていても、緊張や恐怖からか手が汗で滲むことにより落下するものもいる。

 その者たちへの同情もあろう。しかし、その資格は人界軍の誰にもない。これが戦争で、お互い敵同士であり、人界軍に味方するアスナが創り出したのだから。

 

 

「レンリ。やれ」

 

「はい!」

 

 

 たった一言の短い言葉。それに声を張ってレンリが応える。レンリの神器によってあっさりと一本目の綱が切断される。それにより渡ろうとしてい敵兵たちが谷底へと落ちてゆく。その者たちから発せられた雄叫びは、人界の騎士たちへの怒りか、己の鍛錬の成果を発揮できずに落ちてゆくことへの嘆きか、はたまたこのような指示を出した皇帝への怒りか。

 

 

「次に行くぞ」

 

「はい」

 

 

 すぐさま二本目へと向かい、二本目も容易く切り落とす。そして三本目へと向かっている時だった。ベルクーリたちは再度目を疑った。一人の騎士が綱の上を走って渡っているのだ。拳闘士たちですら行えない芸当を。そのものの姿を見たときアリスは背筋が凍ったのを自覚する。今まさに渡りきろうとしているのは、カーディナルを討ち、レオンハルトに重傷を与えたジャックなのだから。

 

 

「レオン……ジャックが」

 

「分かってる。俺が再戦するからお前たちはこれを続行しておけ」

 

「勝てるのか? 今のお前に」

 

「生憎だなベルクーリ。一度負けたからってもう勝てないわけじゃないだろ。レンリ、切るのは五本までだそれ以上は切るな」

 

「え? それはどういうことですか?」

 

「嫌な予感がする。とりあえず五本までだ。いいな!」

 

 

 返事を待たずにレオンハルトが駆け出す。瞬く間にその姿はジャックへと迫り、二人の交戦が始まる。レオンハルトが南へと誘導するように動き、ジャックもあえてそれに乗る。レオンハルトは綱の切断を行いやすくするために。ジャックは誰にも邪魔されたくないがために。レオンハルトの身を案じ、目を離せないでいるアリスの背中をユウキが叩く。

 

 

「ここで止まることは望まれてないんじゃないかな?」

 

「……ええ。そうね。行きましょう」

 

「うん!」

 

 

 わざと軽い口調で話すユウキにアリスは呟くように礼を言った。それが聞こえてないユウキは当然何も返さない。そんなやり取りを傍目に見ながら、ベルクーリとキリトはレオンハルトの言葉に思考を割いていた。レオンハルトの言う嫌な予感とは何なのか、なぜ綱を五本までしか切断してはいけないのか。その答えに見当がつかない中、三本目の綱が切断された。

 

 

 

 

「綱の上を走ってくるとはな」

 

「俺も肝が冷えたけどな」

 

「馬鹿だろ」

 

「自覚してる、さ!」

 

 

 弾丸のように飛び出したジャックに合わせ、レオンハルトも飛び出す。お互いの振り下ろす神器が衝突し、その衝撃に周囲の砂や小石が吹き飛ばされる。一旦距離を取るために後方に下がり、着地と同時に再度斬りかかるために接近する。ジャックが水平に振った剣をレオンハルトがしゃがんで避ける。立ち上がりに合わせて剣を振る。その剣の腹をジャックが膝と肘で挟むことで防ぐ。意表を突かれたレオンハルトの顔に、剣を軽く上に投げたジャックの拳が入る。落ちてくる剣を掴み追撃を入れようとところでレオンハルトの蹴りがジャックの腹部に入る。それによりジャックの肘と膝が離れ、剣が解放される。その瞬間に斬りかかろうとしたレオンハルトだったが、中断してジャックから距離を取る。そのまま斬りかかっていれば、ジャックのサマーソルトが入っていたからだ。

 

 

「なんだ。ちったぁ戻ったみたいだな」

 

「おかげさまでな」

 

「《光の巫女》の涙で戻ったってか。殊勝なことだな」

 

「娘を泣かせちゃあな」

 

「あー、娘か。そりゃあ……娘……娘!? おま……! え!? 女いたのか!?」

 

「あぁ、いたよ(・・・)。アリスは養子ってとこだけどな」

 

「……あーなるほど。お前の見た目が変わったのもそのへんの事情か」

 

 

 昨日の時点で、いや、知っている者であればすぐに分かるほどの容姿の変化だ。ジャックも当然気づくわけだが、あえてそのことには触れていなかった。気にならなかったと言えば嘘になるだろう。しかしさほど気にすることではないと考えていたのも事実だ。ジャックも弁えるところは弁えるのだ。そして理解した。以前までのレオンハルトにあった強さが、なぜ唐突に無くなったのかを。アリスという存在で保っていられるだけであり、そのアリスをめぐる戦いであっても全ては戻っていないのを。それほど大きな存在を失ったからだ。そこまで察したところでジャックは思考を中断した。なおのこと今しかない(・・・・・)のだから。

 

 

「ん? ……これか。カーディナルを討った技は」

 

 

 なんの前触れもなくジャックの姿が消えた。周囲を見渡してもジャックの姿が無く、気配も感じられない。足音も聞こえず、地面にもジャックの移動の跡がない。ジャックの居場所を特定する手がかりが途絶えたのだ。己の五感がまるで役に立たない。そんな状態のレオンハルトにジャックは正面から首を跳ねるように剣を走らせた。

 

 

「なっ!」

 

「完全に賭けだったが、俺の首皮一枚繋がったな。どうにもジャックが目の前にいるとは思えないが、こいつ(月華の剣)が巻きついてるならそうなんだろうな」

 

 

 ジャックの驚愕の声もレオンハルトの耳には届いていない。その姿は未だに見えていない。己の神器が何もない空間で何かに巻きつくように伸びているから、そこにジャックがいるのだと考えているのだ。ジャックのその技は使用時間が短いのか、それとも神器の天命の消費を抑えるためか、ジャックは姿を現した。

 

 

「どうやって俺を……あれは演技ではないはずだ」

 

「さっぱり分からなかったさ。だがこいつは俺が視認してるやつに伸びるだけじゃない。こいつにも意思があるんだよ。特性と言った方が合ってるかもしれないが、この枝は天命(・・)がある存在に向かって伸びる。動植物優先でな」

 

「天命……なるほどな。そりゃあバレるか。天命まで消してりゃ俺死んでるからな」

 

「お前の能力は『相手に認識させないこと』だ。天命だけはどうしょうもないようだが、だからカーディナルも初撃を受けた時に痛がる素振りがなかった。弟子から聞いてたし、目の当たりにして確信したよ」

 

「お前のそれは応用力高すぎるぞ。……まぁいい。通用しねぇなら使わないだけだ」

 

 

 ジャックは人界で言う神聖術にあたる暗黒術を使用し、自分もろとも体に巻き付く枝を燃やす。呪術団が好んで使うものとは違い、神聖術に近しい術を騎士団は使用する。その炎の収まりを待つことなくジャックはレオンハルトへの攻撃を再開する。レオンハルトは剣を防ぐよりも先に、神聖術でジャックへと暴風を叩きつける。それによってジャックが発生させた炎は完全に消滅させる。燃えたままのジャックと交戦していては、剣を防いでも炎で天命を削られるからだ。

 

 

「いい案だと思ったんだが、なっ!」

 

「そんなもんはチュデルキンだけで十分だ!」

 

 

 かつてアドミニストレータに最後の一手を入れたチュデルキンは、己の体を燃やしており、アドミニストレータ共に天命が尽きた。似たようなことをされるということは、アドミニストレータと似た羽目に合うということ。レオンハルトはそんな自体になりたくないのだ。

 結局剣術だけでの戦闘へと戻る。一振り一振りに重みがあり、剣が交わる度に衝撃が周囲へと走り抜ける。それでいて常人では目で追えぬ速さで剣が振るわれている。二人の間では常に火花が散り、轟音が巻き起こり続ける。最初の攻防とは違い、今は躱すことに力を割く余裕がない。最初の攻防はいわば挨拶代わり。これが本番なのである。躱すということは今の体勢を崩すということ。全力を出せる体勢を自ら崩すのは、相手と力量差があると時か、相手が大振りとなり隙が生まれる時のみだ。この二人の間にもはや実力差がなく、隙を作るような真似もしない。

 

 お互い決め手に欠ける勝負は不意に中断される。この戦闘に誰かの乱入があったわけでもなく、どちらかの体に異常があったわけでもない。無論隙を見せたわけでもない。この場から北東に2〜3キロルほど離れた地に無数の赤い糸のようなものが降ってきたのだ。その糸が地面に接してすぐにそれが人の形へと変わる。

 

 

「なんだあれは」

 

「乱入者か? ……俺達の作戦にあんなもんはない」

 

「なら皇帝か。ははっ、やっぱ端から信用してなかったか」

 

「お前もそこまで皇帝を信用してないだろ。むしろ利用する気だっただろ」

 

「まぁな。さて……俺もアレは嫌な予感がするが」

 

「っ! テメェ正気か?」

 

「あぁ。お前を先に倒す。レオンハルトも倒せりゃ皇帝に勝てるだけの力もつくだろ」

 

「チッ!」

 

 

 ジャックは突如現れた赤い兵隊たちが、皇帝ベクタによって召喚されたものであると理解した。そして自分たちが信用されていないことも。だがそれでも皇帝の存在は強大なのだ。その存在を振り切るには皇帝を超えればいい。そのために目の前にいるレオンハルトを倒すのだ。レオンハルトを倒すことで、また己の力が伸びることも理解している。カーディナルを討ち取った時にそのことに気づいたから。だがここでジャックも予想していなかった事態が起きる。

 

 皇帝ベクタが召喚した赤い兵隊が、ダークテリトリー軍をも攻撃し始めたのだ。

 

 

「このままじゃお前の配下も死ぬぞ。見殺しにする気か!」

 

「っ! 仇は討つとも……。お前を倒した後でな!!」

 

「このっ馬鹿が! そんなに固執することか! お前は戦後に上に立つ存在になるんだろ! 配下を見捨てる奴に誰が付いてくるってんだ!」

 

「うるせぇ! これが俺の役割なんだよ!」

 

 

 右眼を赤く(・・)しながらジャックはレオンハルトへの攻撃を続ける。それを見てレオンハルトは察した。ジャックが皇帝ベクタから指示されている内容を。ジャックはレオンハルトとの決着を望み、そのことを皇帝に頼んだのだ。そして皇帝はそれを許可し、ジャックにレオンハルト討伐を命じた。つまり、レオンハルトを倒す事は、己の悲願でもあり皇帝からの命令でもあるのだ。本心では配下の救援に向かいたい。だが右眼の封印を破れないことと、レオンハルトとの決着をつけたいという想いがその邪魔をする。後者が無ければジャックも右眼の封印を破れるというのに。

 レオンハルトは、ジャックからの攻撃を防ぎながら"遠視"によって赤い兵たちの動きを確認する。ダークテリトリー軍を飲み込んだ赤い兵たちに整合騎士を始めとした人界たちもまた飲み込まれていく。大峡谷はアスナが短く作り変え、橋をかけたことで拳闘士団が合流を果たす。どうやら共闘して赤い兵と戦う流れになったらしい。

 

 

「未だ争ってる人界とダークテリトリーは俺たちだけのようだぞ? まだ続ける気か?」

 

「うるせぇー! お前さえ倒せればそれでいいんだよ! 戦争が始まるまでは実力差があってお前は全力を出さなかった! 戦争が始まってみりゃお前は虚ろだった! これがどう終息するか分からねぇ以上、マシになったテメェを叩きのめすぐらいしか俺は俺を認められねぇんだよ!」

 

「頭の固いやつだな。……っ!」

 

 

 悪態をつきながらも、レオンハルトは確かに己に非があると認めた。だからここでジャックを打ち負かすまで戦いに付き合ってやろうと決めた。だが、その矢先に信じられない光景を目にした。

 

──アリスが皇帝ベクタに捕えられたのだ

 

 

「あの野郎ォ……俺のアリス()に何しやがる!!」

 

 

 その怒りは《心意》となり、空間を大きく震わせた。すぐさま追いかけようとするレオンハルトの前にやはりジャックが立ち塞がる。どこか喜んだ顔で。

 

 

「邪魔すんじゃねぇ!!」

 

「俺はこれを望んでたんだよ。今のお前なら間違いなく全力を出す! これで決着つけようぜ!!」

 

 

 かつて最も《心意》の扱いに長け、最強の呼び名に恥じなかったレオンハルトの状態に今この瞬間は戻っている。アリスという大切な家族が攫われたがために。

 

 

(速攻でぶっ潰す!)

 

 

 思考が短絡的になってしまっているレオンハルトと、やっとレオンハルトの全力と戦えることに興奮が冷めないジャックを一つの影が覆う。そこには一頭の飛竜がおり、その足に一人の少年と少女を掴んでいた。飛竜はジャックへの牽制としてブレスを吐き、高度を下げてから二人を投げ落とす。その後レオンハルトの横へと降り立った。

 

 

「天翔?」

 

「お前の飛竜、扱いが雑すぎるぞ」

 

「ボクは楽しめたけどね〜」

 

「お前ら……」

 

 

 降り立った飛竜はレオンハルトの相棒。そしてその相棒が強制的に連れてきたのが、キリトとユウキだった。キリトとユウキはジャックから目を逸らさず、レオンハルトに言葉をかけながら抜刀する。

 

 

「レオンは皇帝を追いかけろ」

 

「この場はボク達が受け持つから。ちゃーんとお姉さん助けてきてよ」

 

「……すまない。恩に切る」

 

「いいってことさ。再戦の約束、忘れるなよ」

 

「あ、ボクもお兄さんと戦いたいかも」

 

「分かってる。戦いが終わればな」

 

 

 天翔の背に乗りすぐさま飛び立たせる。途中でベルクーリにアリス救出へ向かうことを告げ、ベルクーリにはそのまま隊の指揮を取らせる。先行して皇帝を追いかけているアリスの飛竜雨縁とエルドリエの飛竜滝刳に合流すべく、天翔は持てる力を惜しまずに羽ばたく。

 

 

「クソっ。あいつとの決着つけたいんだがな。……俺も追いかけるか」

 

「おっと。悪いがそうはさせないぜ。あんたは俺達で止める」

 

「どこの馬の骨か知らねぇが、邪魔するなら容赦しねぇぞ」

 

「ボクはユウキ。《絶剣》なんて呼ばれてるよ。お兄さんが認める相手だよね。全力でぶつかりたいかな」

 

「キリトだ。いろいろ呼ばれてはいるが、《黒の剣士》と名乗っておくよ」

 

「はぁ。暗黒将軍代行のジャックだ。早々に片付けさせてもらう」

 

 

 今は無きソードアート・オンラインにて最速の剣士とされたキリトと、その後継ゲームとも言えるアルヴヘイム・オンラインにて絶対無敵の剣士と呼ばれるユウキ、暗黒騎士軍を束ねるジャックの交戦が始まる。

 

 

 

(皇帝ベクタ……外側から来た存在。命に重みを感じない人物。外へ出ると決意したアリスは、断じてお前みたいな奴の場所へ行こうとしてるんじゃない。アリスの想いを踏み躙るような貴様は

 

 

 ──刺し違えてでも殺す!)


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