自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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10話

 

 レオンハルトが皇帝ベクタを追いかけて飛竜に乗っている一方で、人界軍はダークテリトリー軍と共闘し、赤い兵──皇帝ベクタことガブリエル・ミラーの指示により、外にいる人間がインターネットを介し、βテストと嘘をついて呼び集めたアメリカ(US)プレイヤーたち──の包囲を突破していた。拳闘士団を中心としたダークテリトリー軍とその場に残った騎士シェータがUSプレイヤーの迎撃を行う。それにより追撃の心配が無くなった人界軍は、皇帝ベクタに攫われたアリスとそれを追うレオンハルトを追いかけ南下を続けている。

 先導するために先頭を行くベルクーリに並走するアスナは不安があった。アスナはレオンハルトの実力を直に見ていない。騎士たちからの信頼と評価があるとしか分からず、キリトが負け、ユウキが強いと断言していてもやはり、自分と同じスーパーアカウントである皇帝ベクタに勝てるのか疑問を抱いているのだ。

 

 

「こんなことを聞くのは不躾だとは思いますが、レオンは皇帝ベクタに勝てますか?」

 

「ん? そういやレオンって呼ぶようにしたんだな。昨日の途中からそうだったが」

 

「レオンハルトさんって呼ぶ度に不服そうにするので。キリトくんもレオンと呼んでますし、本人の希望でもあるのなら」

 

「ククっ。いい判断だぜ。あいつこういうとこ頑固だからな。……レオンなら勝てるさ。確証はねぇが確信はある。オレたちの誰よりも強いからな」

 

 

 完全に信頼だけでの結論だ。だが、アスナにもその気持ちがわかった。彼らにとってのレオンハルトは、アスナにとってのキリトと同じなのだ。『彼ならなんとかしてくれる』と、不思議なことにそう思ってしまえる存在。道を切り開く存在だ。

 ニヤッと口角を上げて言い放ったベルクーリの言葉をアスナは信用した。身内に似た存在がいるのだから納得もしやすいというものだ。その二人がはたして似ているのかと言われれば似ていないだろう。やり取りを耳にしつつそんなことを考えるユージオだった。

 その数分後、荒野にある巨大クレーターで進路を塞ぐように再度赤い糸が地上へと落ちた。

 

☆☆☆

 

 

「ぜやっ!」

 

「はぁっ!」

 

「このっ! 鬱陶しい二人組だな!」

 

「お褒めに預かり光栄です、ってね」

 

「褒めてねぇ!」

 

 

 迫り来る二本の剣を一手に弾き返したところでジャックが悪態をつく。レオンハルトが飛竜に乗って飛び去ってからというもの、ジャックはずっとこの二人に足止めされているのだ。二人同時に駆けることもあれば、交互に接近して剣を振るってくることもある。言葉どころか目配せすらせずに息を合わせるキリトとユウキに、ジャックは苦戦を強いられているのだ。

 

 

「それにしてもジャックさん強いね。ボクら二人で決めきれないなんて思ってなかったよ」

 

「さすがレオンの宿敵ってとこか。というかこの強さと渡り合ってたって、レオンもやっぱ強くなってたってことか」

 

「不死者を殺せばそりゃあ強くなるだろうさ。で、お前らは何が目的なんだよ。俺を倒しきろうってわけでもないくせに邪魔しやがって」

 

 

 ジャックのその言葉に二人は苦笑するしかなかった。ジャックの言うとおり、キリトもユウキもジャックを倒したいわけではなかった。そもそも二人はレオンハルトの飛竜に強制連行されこの場に落とされたのだ。飛竜の考えは、レオンハルトにアリスを追いかけさせるから、二人でジャックの足止めをしろというもの。ジャックがレオンハルトの障害となるから。それを理解した二人は、ひとまずジャックがレオンハルトを追いかけないようにさせると決めた。だがそれだけだ。足止め以外にやろうとしていることはない。少なくともキリトには。

 

 

「え? ジャックさんとの勝負をしたいだけだけど?」

 

「遊びじゃねぇんだがな」

 

「うん。だから本気でやろうよ。ジャックさんさっきからお兄さんを追いかけようとして気が散ってたみたいだけど、本気でボクと勝負しよう?」

 

「……いいぜ。倒してから追いかけるほうが早そうだ」

 

「そうこなくっちゃ! キリトは手出ししないでよ」

 

「はいはい。さすがにヤバくなったら介入するけどな。アスナにどやされるし」

 

「それでいいよ。それじゃあジャックさん、いくよ!!」

 

☆☆☆

 

 

 クレーターを進む人界軍の進路を塞ぐように前方に現れたのは、前回と同様万を超すアメリカプレイヤーである。彼らの装備は人界軍やダークテリトリー軍が扱うものより優先度が高い。つまり硬いのである。現に暗黒騎士たちの剣は砕かれ、鎧は容易く貫かれていた。そしてそれは人界軍の兵士たちも同じである。拳闘士団の力によって突破できたというのに、今は自分たちしかいない。

 

 

「オレが道を作る。そこを走り抜け!」

 

「ベルクーリさん!」

 

 

 星咬の走る速度を上げさせ、口には炎を滾らせる。射程距離に入れば即座に吐かせる算段だ。アスナの声に耳を傾けず、続けて声を上げたレンリの声は届かなかった。ベルクーリの神器は広範囲を一度に攻撃する力がない。だが、この別働隊を逃がす道は作る。愛剣を握る手に力を入れてさらに星咬を加速させるべく手綱にも力を入れた。

 そんな時に上空で異変が起きた。赤く染まるダークテリトリーの空が十字に引き裂かれ、その奥に紺碧の青空が広がっている。駆け出そうとしていた赤い兵士も先陣を切っていたベルクーリも、後続の人界兵もそれを見た。

 その奥から現れた一人の人間が身の丈に迫るほどの弓を上空に向ける。弦を引き絞るとそこには光の矢が現れ、放たれた矢は放物線を描いて赤い兵士たちに降り注いだ。《広範囲殲滅攻撃》。四つのスーパーアカウントの一つ、太陽神ソルスの力である。

 

 

「お待たせアスナ。よく頑張ったね」

 

「詩乃のん!」

 

 

 地上へと降り立ったソルスこと朝田詩乃にアスナは飛びついた。駆けつけてくれたこと。窮地を救ってくれたことに感謝して。

 

 

「ここから先に五キロぐらい進んだところで遺跡っぽいのがあった。あそこなら囲まれずに済むと思うからそこでこいつらを迎撃しよう」

 

「うん」

 

 

 朝田詩乃。アバターネーム"シノン"は、ガンゲイル・オンラインというゲームで有名なスナイパーである。その経験もあり太陽神ソルスの能力を一ミリも無駄にすることなく発揮する。先程とは違った攻撃で赤い兵士を爆撃し、先行しているベルクーリの飛竜が残った兵士をなぎ倒すことで突破口を開く。そこを人界軍が駆け抜ける。この世界に来てそうそうにレーザー爆撃されたショックからプレイヤーたちが立ち直ったのは、人界軍が突破してすぐのことだった。

 

 

「そういえばアスナ。キリトはどうしたの? ユウキもいないようだけど」

 

「キリトくんとユウキは、ダークテリトリー軍で最強の騎士と戦ってるわ」

 

「二人がかりで? あの二人が?」

 

「うん。キリトくんが負けたレオンハルトって騎士がいるんだけど、その人レベルらしいの。その人も一回負けたって聞いたけど」

 

「上には上がいるものね」

 

「さっきの爆撃はあんたの技か? 助かったぜ」

 

 

 人界軍の行進ペースに合わせたベルクーリが、アスナと話すシノンに礼を言う。ベルクーリもまだ死ぬ気はないが、もしかすればあそこで終わっていたかもしれないからだ。シノンはアスナからベルクーリが整合騎士を束ねる騎士長であり、今では人界軍の指揮官でもあると教わる。それから自分も名を名乗り、アスナやキリトのように外から来たことを説明する。

 

 

「たしかこの先に遺跡があるっつってたな。そこで隊を──ッ!」

 

「ベルクーリさん? どうかされました?」

 

「レンリ。指揮を任せるぞ。アレは(・・・)オレが相手する」

 

 

 ベルクーリが睨むように見上げる西の空には、一頭の飛竜が飛んでいた。その飛竜は暗黒騎士たちが駆る飛竜であり、ベルクーリはそれに見覚えがあった。騎士長の並々ならぬ気配を察したレンリはそれを快諾。ベルクーリは飛竜を羽ばたかせその敵の下へと向かった。

 

 

「あの敵知り合いなのかしら?」

 

「分かりませんが、閣下のご様子からして因縁はあるのかと。閣下があのように怒りを見せることは滅多にありませんが」

 

「……一人で向かったということは、任せていいのよね。アスナ、私は飛んで先に地形を確かめてくるわ」

 

「うん。お願い……え? 飛べるの!?」

 

「え、うん。ソルスの固有能力らしくて、制限もないって聞いてるけど」

 

「だったら他のことをお願いするわ。アリスが敵に捕らえられてるの! レオンが追いかけてるけど、一人で勝てるのかは怪しい。すぐに助太刀に行って!」

 

「分かったわ。助けたらすぐに戻るから」

 

 

 翼を生やしたシノンが瞬時に飛び立つ。視線を横に向ければベルクーリと暗黒騎士の距離が近づいていることが分かる。間もなく戦闘が始まろうとしているのだ。

 

──ありえない(・・・・・)

 

 騎士長ベルクーリにはその言葉が何度も反芻していた。この飛竜に見覚えがあったのは、この飛竜の額にある傷が己の飛竜星咬によってつけられたものだからだ。そしてそれに乗っている人物もまたベルクーリがよく知る人物だ。

 飛竜たちが近づくとお互いに旋回して地上へと降り立つ。主人同士、つまり騎士同士の戦いをさせるためだ。

 

 

「なぜお前がそこにいる……!」

 

「……」

 

 

 ベルクーリの怒号を流したその騎士は抜刀しベルクーリへと斬りかかる。不意打ちにもならない一撃。そしてやはりこの剣にも見覚えがある。その鎧にもその兜にも。それは死んだはずの男が使っていたものだ。

 

 

「顔を見せやがれ!」

 

 

 兜に衝撃を与え、その者の素顔を晒させる。

 そこにいたのはやはり、死んだはずの暗黒将軍シャスターだ。

 なぜ生きているのか。ベルクーリの疑問はその素肌を見た瞬間理解できた。肉体らしからぬ異形。腐りかけてるような、爛れているような。そんな状態でシャスターは立っている。そしてその目には光がない。

 

──ギリッ!

 

「死体を強制的に動かしてんのか……! これの術者は、騎士を……人の命を……なんだと思ってやがる!!」

 

 

 どんな術式を扱えばこんなことができるのは見当もつかないが、アドミニストレータはかつて死んだ人間を蘇らせる術を作ろうとしていた。ならば死んだ人間を動かす術を作り、使用する非人道的な人間がいてもおかしくない。この場にいない術者へと激怒するベルクーリに、無情にもシャスターが斬りかかった。

 

 

☆☆☆

 

 

 皇帝ベクタが使っている飛竜は一頭。それに対してレオンハルトは三頭だ。飛竜の疲労を考え、交代制でレオンハルトを乗せて飛んでもらう。そうすれば皇帝ベクタの飛竜に追いつける。そのはずだった。

 しかし実際には距離が縮まることがなかった。無論離されることもない。ずっと遠い先にいる飛竜の姿を見続けているだけだ。皇帝ベクタもアリスの姿も視認できない。視認できるのは飛竜のみ。

 

 

「……慣れてないがやるしかないか。天翔、調整は頼んだ」

 

 

 手綱から手を離し、相棒の背に立つ。天翔はレオンハルトが求める高度へと調整し、なるべく揺らがないように慎重に飛ぶ。

 レオンハルトがやろうとしていることは、《超遠距離攻撃》である。過去を斬るベルクーリの《裏斬》のような力があれば皇帝の飛竜を切り落とせているだろう。もしくはファナティオの《天穿剣》のように光線を放てればよかった。しかしレオンハルトの《月華の剣》ではそのような攻撃が放てない。ならば神聖術を扱うしかない。アドミニストレータを凌ぐとも言われたフィアを取り込んだレオンハルトなら、この距離でも届く神聖術を扱える。

 しかし、扱えると言っても容易くできるわけではない。フィアは神聖術に長けていたから気軽にこなしており、さらには自分だけが扱える神聖術まで作っていたのだ。その中にはたしかに《超遠距離攻撃》を放てる神聖術もある。それをレオンハルトが成功させられるかが問題なのだ。レオンハルトは神聖術をあまり使用しない。そんな人間が術式を知っているからと言って発動させ、さらには狙い通りにできるかは難しい。

 

 

(だがやる。やらないといけない)

 

 

 剣の切っ先を静かに遠くを飛ぶ飛竜に向ける。"遠視"により照準のズレは抑えられるが、そこまでの余裕はない。唱えるは《超遠距離攻撃》たる神聖術の呪文。無論空間リソースが乏しいこのダークテリトリーでは発動には足りない。削るは己の天命。たった一回を発動させるために必要なだけ削る。

 

『レオン見てください! 雨縁が飛べるようになったのですよ!』

 

『ふふっ。できました! 私も《記憶解放術》まで扱えるようになりましたよ!』

 

『レオン。私は外に行きます。だから、帰ってくるまで待っていてください』

 

 思い出すのはアリスと過ごした記憶の数々。それらも《心意》の力へと変え、その強さが神聖術の発動を成功させる。神器から放たれた白い光線が生き物のようにうねりながら飛竜へと伸びていく。そして飛竜の上空にまで伸びた瞬間その光線がしなり、飛竜の片翼を切断した。

 

 レオンハルトが追いついたのは、飛竜が最後の力を振り絞り、ベクタを岩山へと降り立たせてすぐのことだ。

 

 


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