自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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11話

 

 台座のような形をした大きな岩山。そこに皇帝ベクタの飛竜が降り立ち、天命が尽きる。それを皇帝ベクタは冷めた目で見ていた。彼は最後まで力を振り絞った飛竜に興味もなく、どのようにしてこの先を進むかを考えていた。気を失ったまま眠っているアリスに目を向け、彼女をどう拘束すべきかも。作戦を考えれば鎖か何かで身動きを封じるのが上等だろう。しかしベクタはそれをしたくなかった。美しい彼女に荒事はせず丁寧に慎重に、造形品を扱うかのように傷つけずに。

 

 

「うちのアリスにそんなねっとりとした目を向けないでほしいね」

 

 

 豪快な着地音とともに話しかけてきたのは、ずっとベクタを追いかけていたレオンハルトだ。大きく距離が開いていたはずであり、ベクタが飛竜を失ったからといってすぐに追いつけるはずもない。北の空に目を向ければ、そこにはまだ遠いところに三頭の飛竜がいる。

 

 

「相棒が優秀でな。俺を弾丸みたいに飛ばしてくれたんだよ」

 

 

 ベクタの飛竜がどこに降りるか。それに見当をつけたレオンハルトは、天翔に指示を飛ばそうとした。天翔は名を呼ばれただけで主人が望んでいることを理解し、大きく吼えた。レオンハルトが天翔の背で跳躍し、天翔がその場で縦に一回転する。その大きな尾をレオンハルト目掛けて振り、レオンハルトはその尾を足場として再度跳躍する。遠心力によって加わった力と、《心意》を活用した跳躍。そして風素を生み出すことで風の抵抗を抑え、レオンハルトは岩山へとたどり着いたのだ。

 

 

「アリスを攫うのがお前の目的のようだが、返してもらうぞ」

 

「……ほう。面白い男だ」

 

「なにがだよ」

 

「魂がだ。空っぽのグラスに煮え滾っている湯を注ぎ込んでいるような魂。元は別のようだが、最近まで空だな」

 

「お前のほうが面白いだろ。そんな例え方する奴初めてだわ」

 

「とても味わえたものではないが、その裏(・・・)は味わってみたいものだ」

 

 

 何を言っているのか分からないが、これ以上会話しても時間の無駄だ。そう判断したレオンハルトは、剣を構えつつ小手調べに《心意の太刀》を放った。ベクタはそれに手で触れ、何事もなかったように手を戻した。レオンハルトが放った《心意の太刀》は、ベクタが触れたことで完全に消滅したということだ。

 

 

(なるほど。シャスターの攻撃を打ち消したとは聞いていたが、こういうことか。こいつは《心意》を吸収する。……いや、アリスが未だに眠っていることから干渉するのは《心意》だけじゃないか)

 

 

 ジャックから予め聞かされていた内容を自分の目で確かめ、アリスの状態も見ることでレオンハルトはベクタの力に見当をつけた。そしてそれが厄介であることに冷や汗を流す。神の如き者を倒したが、神その者に勝ったわけではない。そしてそれを操っているのはリアルワールド人。この世界を作り、似たような世界を多く作っているリアルワールド人なら、戦いの経験が豊富だと考えてもいいだろう。

 

 

(こいつの素の力がわからんが、それも確かめながらになるか)

 

 

 力を抜いて戦うわけではない。初めから殺すつもりでかかる。しかしどう倒すかは戦いながら分析するしかない。普通に戦って倒せるのか、何か仕掛けが必要なのか。例えばアドミニストレータは金属では傷一つつけられない。それに近い何かがあってもおかしくない。

 

 地面を蹴る。土煙が上がった時にはレオンハルトはベクタとの距離を縮めている。振り下ろす剣をベクタは視認していない。防御の素振りもない。入ったと誰しもが思うだろう。しかしベクタの体が斬られることはなかった。スッと横に移動してギリギリ避ける。斬られたのはベクタのマントの一部のみ。

 避けられたと分かった瞬間レオンハルトは剣の機動を変える。地面に振り下ろすことなく宙に留め、そこから横に一閃する。どちらも重い一撃であり、音を斬る速さだ。それをベクタはまた最小限の動きで避ける。必要な距離だけ下がることで。

 

 

「なるほど。グラスに注がれているのは私への怒りと殺意か」

 

「お前相手にそれ以外抱かねぇよ」

 

「ではやはり空虚な存在か」

 

 

 スッと伸ばされるベクタの剣をレオンハルトはすんでのところで躱す。右の頬を掠めるも気にせず左に一回転してベクタに斬りかかる。それをやはりベクタは最小限で躱す。

 ベクタの動きは実に効率的だ。最小限で躱し、最大限の結果を生み出す攻撃をしかける。一切の無駄を省いた動きであり、人とは思えない動きである。アンダーワールドにおいて最強の騎士と呼ばれる者たちの誰もができない動きだからだ。ベルクーリ、レオンハルト、ジャック。その誰もがそれぞれのクセが出る。それがベクタにはないのだ。

 

 

「《心意》を飲み込むくせしてそれかよ。……俺が空虚ならお前は闇だな」

 

「シンイ? ……ふむ、なるほど」

 

「理解してなかったのかよ。……あー、無駄に情報与えたか。ま、殺せば問題ないな」

 

 

 予備動作のないベクタの剣を掠り傷ながらも三度受けたレオンハルトは、ベクタの動きに対応し始めた。ベクタの剣を完全に躱し振り下ろす。初めてベクタがそれを剣で受け止めたが、拮抗することなく押し込まれていく。やがてベクタの鎧に剣が触れる。そのまま斬り込もうとすると、ベクタの剣が怪しく青紫色の光を放ち始める。その光がレオンハルトの剣に絡みつき、その途端レオンハルトの意識が遠のき始める。腹部から感じる冷たい感覚によっと意識を戻したレオンハルトは、すぐにベクタから距離を取る。剣を持っていない左手で傷口を覆い、そこから流れる血の量に舌打ちする。

 

 

「つくづく厄介だな。その光に触れると意識が薄れるのか」

 

「そういえば試してなかったな」

 

「は?」

 

 

 ベクタが剣の切っ先をレオンハルトに向ける。その切っ先には先程の青紫色の光が蝋燭のように灯っている。

 

 

(まさかこの距離でも! まずっ──)

 

 

 レオンハルトが避けようとした時にはすでに、その光がレオンハルトの胸に当たっていた。先程と同様に意識が遠のき、近寄ったベクタの剣が下から振り上げられるのを呆然と見る。その剣は寸分の狂いもなく一直線に振り上げられ、レオンハルトの右腕を肩から切断した。

 

 

☆☆☆

 

 

 

「速さが落ちないなこいつ!」

 

「まだまだいっくよー!」

 

 

 ジャックとユウキの一騎打ちは未だに続いていた。ユウキの剣は素早く、それでいて重たい。本来なら今のような重さがあるわけではない。このアンダーワールドだからこそその重さがあるのだ。《心意》によって。ユウキの純粋で真っ直ぐな思いがそのまま《心意》に反映され、その結果ユウキは本来以上の実力を発揮している。

 

 

「まだお前みたいな奴がいたとはな」

 

「そこのキリトだって二刀流ならもっと強いよ?」

 

「一本だったら弱いみたいな言い方やめてくれないか? わりと傷つく」

 

 

 鍔迫り合いから一旦離れたところでジャックはユウキの評価を改める。レオンハルトが任せたのは二人いるからだと思っていた。しかしユウキ一人でも十分実力者だ。彼女との戦闘は心ゆくまで続けても心地よいだろう。今が戦争でなければジャックはそれを望んだであろう。だが今は戦争中であり、ジャックはレオンハルトを狙っている。そのためならどんな手を使ってでもこの場を突破する。

 

 

「卑怯だと言われてもいい。俺はここを突破する」

 

「卑怯なんて言わないよ。それが全力ならね」

 

「……っ! ユウキ気をつけろ!」

 

「死んでも恨むなよ」

 

 

 ジャックは《武装完全支配術》を発動させる。その瞬間ユウキもキリトもジャックを認識できなくなる。ジャックが《武装完全支配術》を使うことを察知したキリトだったが、これでは警戒のしようがない。どこから攻めてくるのか分からないのだから。しかしユウキはジャックが姿を消した瞬間にジャックが立っていた場所に斬りかかっていた。

 

──ガキィン!

 

 響き渡る金属音。その音と共にジャックの姿が現れる。その顔はユウキの行動に驚愕しているものだった。それもそうだろう。誰もこんな行動を取るなんて思わないのだから。

 

 

「姿が見えなくなったからってその瞬間に違う場所にいるわけじゃない。それならこうやって斬りかかれば居場所を掴めるかなって。思ったとおりで安心したよ。しかもこれで姿が見えるようになったし」

 

「命知らずにも程があると思うんだがな」

 

「今度はボクの番だよ」

 

 

 ユウキが攻勢に回り、先程よりもさらに速度を上げる。その速度にだんだん追いつけなくなったジャックは、ユウキの剣を大きく弾くことで距離を取ろうとした。それこそユウキの狙いだ。その一撃を躱し、ユウキはソードスキルを発動する。ユウキが作った11連撃のOSS『マザーズロザリオ』。それがジャックの体に叩き込まれ貫かれる。

 

 当たればの話だが。

 

 

「あれ?」

 

 

 ユウキはソードスキルを放った。ジャックに向けて。しかしソードスキルを使い終わった時にはそこにジャックがいなかった。ジャックが瞬間移動したのではない。ユウキには何が起きたか分かっていなかったが、離れてみていたキリトにはそれが分かった。

 ジャックは何もしていない(・・・・・・・)。より正確には動いていない。ジャックが何かをしたのだろう。ユウキはソードスキルを放つ瞬間ジャックの横へと自ら体の向きを変えていたのだ。

 

 

「お前の認識をずらさせる。俺がやったのはそれだけだ。ま、今聞こえてるかは知らないが」

 

「なに、これ……ううっ、あた、まがグルグルする。……うぐっ……きもち、わるい……」

 

「無作為に脳の認識を振り回されりゃあそうだろうな。悪いな。ユウキとの勝負は楽しかったが、俺はレオンハルトを追う。ここで消えてくれ──っ!」

 

「悪いが介入させてもらうぜ。ユウキを死なせるわけにはいかないし、レオンを追わせるわけにもいかないからな」

 

「次はお前か」

 

 

 まともに立てなくなったユウキはその場に膝をつき、手で口を覆う。その額からは嫌な汗が流れる。そんなユウキを守るべく剣を構えてキリトが立つ。ジャックを倒すために。

 

 

☆☆☆

 

 

 アスナ、レンリ、ユージオがいる人界軍は、シノンのアドバイスに従い遺跡で赤い兵士を迎え撃っていた。しかし、敵の数が圧倒的であり、そしてまた基本装備の性能も軒並み敵が上である。ステイシアのスーパーアカウントを扱うアスナ、整合騎士のレンリ、そして整合騎士に匹敵する実力を持つユージオの三人が中心となって奮戦しているが、それも焼け石に水だ。

 

 

「くっ、数が多い……!」

 

「ユージオ先輩危ない!」

 

「っ! ごめんティーゼ。助かったよ」

 

「い、いえこれぐらい」

 

「ティーゼ、背中は任せるよ」

 

「ぇ……はい!!」

 

 

 ユージオの本音からすれば、ティーゼはロニエやフレニーカと共にファナティオたちの下に残っていてほしかった。しかし本人たちの意思が固いことを悟り、何も言わなかったのだ。自分が守ればいいのだと。今度こそ守り抜くと。それは達成できていた。リアルワールド人の参戦が起きるまでは。

 赤い兵士たちの出現により戦争の様相は変わった。ダークテリトリー軍と共闘し、赤い兵士との戦いへと。そしてこの兵士たちは強い。着実にに自軍の数が減ってきている。

 それならばもうティーゼを離れた位置にいさせるのではなく、自分の側にいさせればいい。ティーゼに指導してきたからこそティーゼとは息を合わせられる。これならば守り抜ける。

 

 そうして戦っていたが、やはり劣勢は覆らない。隊から離れ過ぎるわけにもいかず、やがて追い込まれていた。かくなる上は隊から飛び出て《青薔薇の剣》で己諸共兵士たちを。そう考えていた時だった。皆がここまでかと思っていたとき、また空から糸のように光が降ってきた。しかしそれは赤いものではない。青い光だ。その光が地面に注ぐと人界軍に迫っていた兵士たちが薙ぎ倒されていく。そこに現れたのは、刀を肩に担ぎ、バンダナで髪を上に纏めている男だ。

 

 

「ようアスナ。待たせたな」

 

「クラ……イン……?」

 

「俺だけじゃねぇぜ?」

 

 

 次に降り立った大男は、斧を豪快に振り回し、その一振りで赤い兵士を何人も吹き飛ばす。その褐色の肌をした男もアスナがよく知る人物だ。戦闘でも支援でも大きな力になってくれた男。

 

 

「エギルさん!」

 

「俺達にも戦わせろ」

 

「あの、あなた方は?」

 

「俺はクライン。こっちの旦那はエギル。俺達もアスナと同じキリトのダチ公だ」

 

「ダチ公?」

 

 

 クラインの独特な言い方にユージオは困惑した。ユージオだけでなく、クラインの声が聞こえていた者全員その言葉を理解できていない。その様子に今度はクラインが困惑し、苦笑するアスナがそれでは通じないと教える。

 

 

「ようは友達だな。友達で戦いの仲間さ」

 

「! そうなんですね。僕はユージオと言います。僕もこの世界でキリトと共に戦ってきましたよ」

 

「おっ! あいつようやく同年代のダチができたのか! っと喜んでる場合じゃねぇか。俺達が戦うからユージオは休んでろ」

 

「いえ、僕も戦います。同じキリトの友達なんですから」

 

「へへっ。無理しない程度にな。オラオラ行くぜオメェら! ダチを傷つけたこいつらには五倍……いや千倍返しだー!!」

 

 

 クラインが切り込み、エギルとユージオが続き、そのすぐ後ろにロニエとティーゼも続く。その後ろからも次々と現れたリアルワールド人──日本人プレイヤー──が参戦していく。その中には当然クラインが率いるギルド『風林火山』のメンバーがいる。さらにリーファが所属する種族エルフの領主サクヤも、ユウキが率いる最強ギルド『スリーピングナイツ』のメンバーもいる。

 

 

「アスナ……こんなボロボロになるまで、あんた頑張りすぎよ」

 

「これからは私達も戦いますので!」

 

「リズ、シリカちゃんも……」

 

 

 親友たちが来てくれた。これをやってのけたのは愛娘のユイだと聞き、小さな声で、それでも想いを乗せて感謝を述べる。

 

 

(もう負ける気はしない!)

 

 

 クラインたちの参戦により状況が再度変化し、アスナはすぐに人界軍へと指示を飛ばす。人界軍もすぐさまそれに対応し、反撃が開始される。

 日本人プレイヤーの参戦による逆転劇。それを遺跡の上から眺めて嘲笑っている者がいることも知らずに。

 

 

☆☆☆

 

 

 右腕の切断。吹き飛ばされた右腕は神器を握ったまま岩山から落ちていく。それを虚ろな瞳で眺めているレオンハルトに、ベクタは興味が失せたように視線を逸らす。そこでふと疑問に思った。この男はなぜ右腕を眺めながら左腕を上に上げているのかと。

 

 

(何か企んでいる)

 

 

 その結論に至ってすぐに振り返る。しかしそれがいけなかった。振り返ってしまったがために背後から飛来するレオンハルトの剣を見逃したのだから。ベクタが認識したときにはベクタもまた右腕が切断され、レオンハルトの左手に落ちたはずの剣が握られている。

 

 

「右腕一本取られたんだ。代価はお前の右腕で釣り合うだろ」

 

「ふっ。空虚ながら、なかなかどうして面白い」

 

「俺と戦うなら360度警戒するこったな」

 

 

 レオンハルトが行ったのはセントラル=カセドラルでユージオがオコナッタ《心意の腕》だ。ただユージオとは違い、真っ直ぐ己の下に引き寄せるのではなく、ベクタに気づかれない高度にまで落とし、岩山を周らせてベクタの背後まで運び、そこから一気に引き寄せるというものだ。レンリが知ったら涙目になる芸当である。

 片腕を失ったベクタの影から枝が伸びていく。レオンハルトの神器《月華の剣》の《武装完全支配術》だ。ベクタはその枝を一切見ない。一切見ないがその枝をも消し去った。これもまた吸収というわけだ。

 

 

「やっぱそれせこいな」

 

「戦いに卑怯もあるまい」

 

「たしかにな」

 

 

 レオンハルトは通用しないと分かっていても何度も枝を出現させる。ベクタはそれを何度も消しながらレオンハルトへと剣を伸ばす。青紫色の光も同時に伸ばされ、レオンハルトはそれを躱しきれず意識を薄れさせられては体に傷を負わされる。

 

 

「枝の対処に多少は《心意》を割いてほしいんだがな……」

 

「この枝からは味がしないな」

 

「枝の味ってなんだよ」

 

 

 ベクタは戦いを長引かせようとしてるのか、遊びのつもりなのか、レオンハルトを簡単に絶命させられるはずなのにそうしない。撒き散らされるレオンハルトの血。ベクタも腕を失ってダメージを受けているはずなのにそれを感じさせない。莫大な天命がある。レオンハルトはそれを理解した。理解したが現状を打破する手段がない。

 アドミニストレータを倒したあの状態でなら、ベクタの天命も一撃で底付きさせることができるだろう。しかし、《武装完全支配術》の枝が消されているのだ。そこからあの状態の力もまた消されることが簡単に推測できる。

 

 

「ネチネチしやがって……。さては剣術の腕はねぇな?」

 

「死に近づけばお前ののその裏側を味わえると思ったのだがな。どうやらそうはならないらしい。残念だがもう消えてもらおう。殺意しかない味は単調で飽きる」

 

「そんな理由で殺されてもな。そしてお前が殺されろ」

 

 

 剣を防いでも意識が薄れて斬られる。避けても光は避けれない。レオンハルトの視界は多量出血ですでに薄れており、ベクタの顔もまともに映っていない。足元も覚束なくなっている。そんな状態でもレオンハルトの殺意は一切衰えない。いや、むしろ増してさえいる。

 

 

「あ? くそっ、どこ行きやがった……。こっちか?」

 

「……とうとう完全に視覚を失ったか」

 

「声で……位置はわかるぞ?」

 

 

 まだ聴覚は失っていなかったレオンハルトは、ベクタのその声に反応し、持てる力を振り絞ってその位置へと剣を叩きつける。それを受け止めたベクタは最後の一手としてレオンハルトの首目掛けて剣を突き刺す。視覚を失い音も発生してなければレオンハルトに防ぐすべは無い。だがレオンハルトはそれを剣で逸してみせた。これにはベクタも目を見開く。レオンハルトの体が薄っすらと白銀の光で覆われているのだ。

 

 

(出し惜しみして終わるわけにもいかない。通用するとも思えないが──)

 

「──賭けに出るしかない」

 

「ほう?」 

 

 

 代償付きの強化。アドミニストレータを圧倒してみせたレオンハルトの奥の手。それをリミッターをかけることなく発動する。己の全てを払ってでもここでベクタを討つために。

 明らかにレオンハルトの速度が増し、避けられなかったベクタの光をも避ける。ベクタを斬り伏せるために横に一閃し、ベクタがそれを防ぐ。そうすることでベクタは光をレオンハルトにぶつけようというのだ。その光がレオンハルトに触れようとしたその時、レオンハルトを覆う白銀の光がそれを弾く。

 

 レオンハルトは視界が戻っているわけではない。ベクタの気配を頼りに戦っているのだ。そしてこの状態を時限というリミッターを外しているがために、レオンハルトの一撃の威力はベクタの莫大な天命を吹き飛ばせる。しかしそれは攻撃を当てられればの話だ。すでにレオンハルトの天命は三割を切っており、そしてリミックスを外しているがために代償として払う天命を最後の一滴まで力に回そうとしている。

 

 

「消え去れ」

 

「今のお前では私を殺せない。せめて目が見えていれば可能性はあっただろうがな」

 

「ガフッ……」

 

 

 速度に目が追いついたベクタは、レオンハルトの腹部を貫く。目が追いついたからといって、ベクタの剣術だけでレオンハルトに攻撃を加えられるわけではない。ここでもまた青紫系の光がベクタを助けたのだ。レオンハルトがベクタを斬る寸前に、それまでレオンハルトを守っていた光が消えた。それによりベクタの光がレオンハルトに触れ、動きが鈍ったことでベクタの剣がレオンハルトを貫いたのだ。

 静かに剣を引き抜かれたレオンハルトは、力なく仰向けに倒れる。上空で待機していた三頭の飛竜の一頭、レオンハルトの相棒である天翔が降下を開始する。ベクタ目掛けて炎を吐き出す。ベクタはそれを防ぎ、天翔を従えようとするが、天翔は炎を吐き出しただけで滞空した。

 

 それを訝しんでいたベクタの体が突如地面から離れる。

 

 

(なんだ?)

 

 

 ベクタがそれを認識することなくベクタの天命は底尽きた。

 

 その場で起きたのは、ベクタの影から伸びた枝がベクタの胸を貫いただけのことだ。しかしそれまで枝はベクタに刺さるどころか傷一つつけられていなかった。それがなぜ今になって貫き、そしてベクタの天命を一撃で削りきったのか。それは《月華の剣》の特性に由来する。

 この剣は数十本あった華が殺し合い、最後の一本が剣になったものだ。そしてその一本は最初に殺されかけていた。死に際から逆転して勝ち残ったのである。つまり、使用者であるレオンハルトの天命が削られれば削られるほど威力を増すのだ。

 そしてそれをレオンハルトの《心意》によってベクタへと確実に届けたのだ。天命が削られている最中はわざと最初の威力のまま攻撃し続けていた。ベクタにこれがこの枝の力だと刷り込むために。天翔の援護はレオンハルトの予想外であったが、そのおかげでベクタの意識を割くことができ、レオンハルトの最後の攻撃が届いたのだ。

 

 

「ア、リス……は……?」

 

 

 アリスを探すレオンハルトを天翔が頭を軽く当てることで導く。それによりレオンハルトはアリスの元へとたどり着くことができた。

 

 

「……あぁ、よかった」

 

 

☆☆☆

 

 

 ベルクーリとシャスターの攻防は、ベルクーリの優勢で進められていた。それもそうだろう。ベルクーリが意志のない状態のシャスターに負ける道理などないのだから。

 

 

(──次で決める)

 

 

 そうして放たれたベルクーリの一撃は、突如シャスターの動きが変わったことで防がれる。変化があったのは動きだけではない。目に光が灯っているのだ。

 

 

「……すまない人界の強者。死にぞこないの俺が手を煩わせた」

 

「シャスター。戻ったか」

 

「術者が死んだようでな。誰かがディーを討ったのだろう。俺も時期正しく死ねる」

 

「そうか……」

 

 

 ベルクーリも予感していた。シャスターはどう足掻いても死ぬ定めなのだと。術者を倒せば助けられるなど都合のいい話などないと。残念がるベルクーリにシャスターは「だが」と言葉を続けた。

 

 

「こうして会えたことは嬉しく思う。五年間の俺の研鑽をぶつける機会ができたのだから」

 

「シャスター……いいだろう。受けて立つ。来い!」

 

 

 ベルクーリの剣気とシャスターの剣気が共に膨れ上がる。

 

 何度も剣を交わらせられる時間などない。 

 

 だから一刀に全てを込めるのだ。

 

 交差する二つの影。

 

 倒れたのはシャスターだ。

 

 

「ははっ、やはりまだ足りぬか……どこまでも高みにいる男よ」

 

「へっ、よく言うぜ。お前の研鑽はたしかに実を結んでやがるよ」

 

「そうか……。ならばもう心残りはない……」

 

「じゃあなシャスター」

 

 

 ベルクーリの肩には深い傷があった。それこそがシャスターが五年間積み重ねた結果だろう。望んだ形での出会いではなかった。しかしベルクーリはたしかにこの一瞬には感謝した。再びシャスターと剣をぶつけたこの一瞬に。

 

 

「さてと、オレもあいつらを追うか……っ! まさか……あの馬鹿野郎が!!」

 

 

☆☆☆

 

 

 日本人プレイヤーの参戦により人界軍は赤い兵士の迎撃に成功した。神聖術が分からない日本人プレイヤーが戦場を駆け回り、負傷すれば人界軍が治療する。その繰り返しにより、数の劣勢を覆したのだ。

 

 

「クラインさんたちもアインクラッド流剣術を扱えるんですね」

 

「アインクラッド流?」

 

「おそらくソードスキルのことだろう。キリトと共に戦っていたからこそユージオや何人かの他の剣士もソードスキルが使えんたんだろうよ」

 

「あ、そういう。さすがエギルの旦那! それはそうとユージオ。この戦いが終わったらこっちのこと教えてくれよ。キリトといると飽きなかっただろう? 俺も教えるからよ」

 

「ええ。いいですよ。──っ!! ま、さか……」

 

「お? どうしたユージオ?」

 

「レオンが……、いや、そんな……」

 

「レオン? 誰だそりゃ?」

 

 

 ユージオの動揺とその口から漏れ出た言葉。それを見聞きした人界軍は皆が打ちひしがれた。その様相にクラインたちもある程度察することができ、何も言えずにいた。しかしこの場はこれで終わらない。高みの見物をしていた人物が動き始めるからだ。その姿を見たアスナやクラインを始めとした《SAO攻略組》はまさに絶望の淵へと立たせれることになる。

 

 

☆☆☆

 

 

 それは最も離れていた東の大門にも伝わった。ファナティオは静かに仰ぎ、デュソルバードは壁に拳を叩きつける。それを見たリゼルとフィネルも何が起きたのかを察する。

 

 

「……不思議だねネル」

 

「……うん」

 

「あんなに早く死ねって思ってたのに……。なんでだろうね。すっごく胸が苦しいよ」

 

「私も……こんなに悲しいなんて、思ってなかった……」

 

 

☆☆☆

 

 

 そしてそれは一対一の勝負を繰り広げるここにも伝わった。風を切るような速さで切り結ばれていた剣が止まる。ようやく回復したユウキはそれを信じられず座り込み、キリトは顔を伏せた。

 

 

「あいつ……」

 

 

 そしてレオンハルトとの決着に拘っていたジャックは音もなくその場から姿を消した。

 

 

☆☆☆

 

 

(どれだけ眠っていたのだろう。分からない。でも、まだこうしていたい。この温かい背中にまだ甘えたい)

 

 

 ベクタが討たれたことで深く眠らされていたアリスの意識が少しずつ浮上し始める。まだ目を開けていないが、自分は誰かの背中に寄りかかっていることは分かるようだ。

 

 

(ううん。誰かじゃない。知ってる。これは二人目のお父さんの……私の大切な、大好きな人の背中だ)

 

「レオン……助けてくれたんだ。……ありがとう」

 

 

 目を開ければやはり自分の前にはレオンハルトがいる。周りには天翔、雨縁、滝刳の三頭の飛竜がいる。みんなで来てくれた。そう喜ぼうとしたアリスだったが、飛竜たちの様子がおかしいことに気づいた。そして、レオンハルトから言葉が帰ってこないことも。

 

 

(まさか……ううん。そんなはずはない! だってレオンは誰よりも強いんだから!)

 

 

 レオンハルトの背から正面へと回りアリスはその状態を目にする。右腕を失い、体のいたる所に斬られた跡があり、周りにはおびただしい量の血がある。この傷と血の量、そしてレオンハルトの無言。否定したい事実を否定できる要素がない。アリスは瞳から大きな涙をこぼし、その場に崩れ落ちた。まだ違うかもしれない。決めつけちゃいけないとそれを否定し、弱々しくもレオンハルトの体に触れる。

 

 

「レオン……レオン返事をしてよ! 揶揄ってるんでしょ! 嘘だって言ってよ! いつもみたいに引っかかったって言って笑ってよ! 嘘だっ……て……だって…………だってやくそく……」

 

 

 それ以上はアリスの口から何も言葉が出なかった。ただただ泣き声が響き渡るだけ。

 人界で誰よりも生き、誰よりも自由だった男。騎士長ベルクーリと並び称され、最強の整合騎士と呼ばれた男。アリスの最愛の人物であるレオンハルト・シンセシス・スリーは、すでにアリスに言葉を返せる状態ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まったくレオンは……。私の最後のお願い聞いてないじゃない。しかも何回アリスとの約束破って泣かせてるのかしら。相変わらず世話の焼ける人ね。……お説教は確実として、ここで死ぬのも認めてあげないんだから』

 

 

 




 

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