自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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12話

 

 湖のほとりに建てられた家。自然に囲まれ、完全に社会から隔離されたように存在する隠れ家。レオンハルトが気まぐれで建てた家であり、かつてフィアとアリスと三人で一晩だけ泊まった思い出の家。その家には湖を望めるテラスがあり、そこには円卓と三個の椅子が置かれている。そのうちの一つにレオンハルトが座っていた。

 

 

「……なんでここに……それに遠目に見る限り白い靄もあるな。あんなの発生しないはずなんだが」

 

「それはここがあなたの心の世界だからよ」

 

「っ! ま、さか」

 

 

 レオンハルトの疑問に答えたのは、家からテラスへと出てきた女性だった。《月華の剣》の刀身と同じ白銀に輝く髪をたなびかせ、誰しもに白すぎると思わせる程白い肌、宝石のようなブルージルコンの瞳、白を貴重としたドレスのような衣装に身を包んでいる。

 レオンハルトの分と自分の分のマグカップを円卓に置き、そこに紅茶を入れてから向かい合うようにその女性が座る。かつてアドミニストレータに殺されかけ、そしてレオンハルトと共に生きることを決めた人物。レオンハルトを愛し、レオンハルトに愛され100年以上の時を過ごした人物。そしてアドミニストレータを討つために自ら命を断った人物。

 

 

「──フィア? なんで……だって……」

 

「ふふっ。言ったでしょ? ここはあなたの心の世界なのよ」

 

 

☆☆☆

 

 

 レオンハルトの死。それはアリスの心を折るには十分すぎた。ユウキに告げられていたことではあった。レオンハルトが死にたがっていると。だからこそアリスはレオンハルトに生きることを約束させたのだ。死んでほしくないから。リアルワールドから帰ってきた時に愛する人に出迎えてほしいから。

 

 

「わたしの……せいで……」

 

 

 レオンハルトが命を賭してまで戦った相手は皇帝ベクタ。元々の作戦では逃げ切る形でアリスがリアルワールドへと至ることになっていた。そうさせないためにベクタはリアルワールド人を呼び入れ、そしてアリスの行動を読んで飛竜に乗って捕らえたのだ。ベクタに一手上をいかれたこともそうだが、その際にアリスが取った行動によってベクタに捕らえられたのだ。そして助けるためにレオンハルトが追いかけ、ベクタと同士討ちとなった。

 

 

「……間に合わなかったのね」

 

「あな、たは……」

 

 

 絶望に打ちひしがれ、レオンハルトに縋りつくアリスの下に駆けつけたのは、アスナの頼みで追いかけてきていたシノンだ。シノンはそのことをアリスに説明し、味方であることを教えてからレオンハルトに目を向けた。無論面識などない。ただキリトに勝ち、ユウキにもまた勝てないかもと言わせた人物を見てみたかったのだ。望むらくは言葉を交わすことであったが。

 

 

「アリス。辛いでしょうけどあなたは南に進んで。《果ての祭壇》に辿り着いたら外と連絡が取れる。そしたら──」

 

「嫌です!」

 

 

 シノンの言葉を遮り、アリスは叫んで拒んだ。そんな事はしたくないと。目的であったワールドエンドオルター、つまり《果ての祭壇》には行かないと。そのことにシノンは心を鬼にしてでも説得しようとしたが、顔を上げたアリスを見て言葉を詰まらせた。

 

 

「私は……この人が、レオンのことが好きなのです。誰よりも愛してます。……レオンとは……離れたくない。……でも、外には行ってみたいという思いも……あるんです。……だ、から……だから私は、レオンに約束してもらったのです。私が帰ってくるまで生きててほしいって。……レオンがそれを約束してくれました。……生きるから、帰ってきたら外のことを教えてくれと。レオンが待っててくれるから、だから私は外に行く決断ができたのです! でももうレオンがいない! 外になんて行けないです!」

 

 

 嗚咽混じりで、時折言葉を詰まらせながらもアリスは思いの丈をぶつけた。離れたくない人と離れる決断ができたのは、約束があったからだと。最愛の人が待っててくれると言ったからなのだと。しかしその人物はもういない。だから外に出たくないのだと。

 そんなアリスにシノンは返す言葉を持ち得なかった。もし自分がアリスの立場だったら。そしてもしレオンではなくキリトが死んでいたら。はたして自分はそれでも外に出ると言えるのだろうか。絶対にそう言えるという自信がシノンにはなかった。レオンハルトにしがみつき、涙を流し続けるアリスにシノンはどうすることもできない。

 

 その状態を変えたのは、レオンハルトとアリスの飛竜たちだった。天翔が頭でアリスの体を優しく、それでいて強く押す。立ち上がれと。前に進むのだと言わんとして。そして雨縁はアリスの横まで来て身を低く屈めた。自分の背に乗れということだ。

 

 

「天翔……雨縁……でも、でもわたし……」

 

 

 二頭の意思を理解できてもアリスは決断できなかった。離れたくなかった。しかし天翔はそれを認めなかった。首を横に振って小さく鳴く。何度もアリスを雨縁の方へと押す。立ち止まらせないために。そして今まで黙っていたシノンが話しかける。自分に資格が無いと分かりながらも、弓を抱えるように抱きしめて。

 

 

「アリス……その子はもしかしたら、そのレオンさんの意志を無駄にしたくないんじゃないかしら」

 

「っ!」

 

「私にこんなこと言う資格なんて無いのは分かってる。キリトがもしこうなってしまったらって、私がその立場だったらって思ったら立ち上がれないと思うから。でも、それでも言わせてほしい。レオンさんは何のために戦ったのって」

 

「分かっています! それぐらい私にだって! でも……! ……いえ、そうですね。……私がここで止まることは許されないのですね。そんなことをすれば、レオンの想いを踏みにじることになるから……」

 

「ごめんなさい。辛い決断なのに……」

 

「いいんです。私が甘えていただけですので。もう皇帝ベクタはいない。これ以上犠牲は出ませんよね?」

 

 

 敵の総大将が討たれた。このことはダークテリー軍の各長が気づくだろう。自分たちを縛っていた強者が討たれ、もう卑劣な命令に従わなくていいのだと。もうすでに双方甚大な被害が出ている。和平への道も開けただろう。あとは乱入してきたリアルワールド人を共闘して追い出させばこの戦争も終わる。レオンハルトがその身で切り開いた未来だ。

 あと少しで誰もこれ以上傷つかなくていいようになる。その認識で合っているだろうとアリスはシノンに同意を求めた。しかし、シノンの返答はアリスの淡い希望を無残にも否定するものだった。皇帝ベクタはリアルワールド人。こちらで死んでもリアルワールドでは生きていると。違う姿でまたここに来れると。

 

 

「そんな不条理が許されるのですか! それならレオンは何のために……!」

 

「ごめんなさい。私には謝ることしかできないわ。……だからアリス。レオンさんの意志は私が継ぐ。皇帝ベクタだった人物が次またこの世界に来るなら、その場所はここから始まるはずだから。ここで私が戦う。アリスを守る」

 

「……お願いしてもいいのですか?」

 

「任せて。私だって結構強いんだから」

 

 

 ウィンクしてそう言い切ったシノンをアリスは信じた。レオンハルトの体を天翔の背に乗せ、アリスは雨縁の背に乗る。レオンハルトの体は騎士たちがいる《東の大門》へと送らせ、自分は《果ての祭壇》を目指す。そう考えたアリスだったが、天翔はそれを拒んだ。

 元々天翔は気難しい飛竜だ。主人のレオンハルトと、数多くの飛竜に愛されたフィアの言葉しか聞かない。アリスの指示を拒んだ天翔は大きく吼えて羽ばたく。それに続いて滝刳が飛び立ち、雨縁も飛び立つ。まるで天翔の言葉を聞くように。

 雨縁が先頭となって南へと進み出し、その斜め後ろに滝刳がおり、二頭より高い高度から見守るように天翔が飛ぶ。唖然としながらもシノンが見送り、飛竜たちの勝手な行動に困惑するアリスは何もわからないまま南へと進むことになる。

 

 雨縁たちが天翔の言うことを聞く。その理由はアリスもそして他の騎士たちも知らないだろう。知っているのはレオンハルトとフィア、そして騎士長のベルクーリだけだ。二頭の飛竜の母親ならアリスも知っている。どの騎士も背に乗せず、だがフィアには心を開いていた飛竜だ。事実上フィアの飛竜であったと言える。その飛竜が卵を生み、その卵がかえる瞬間をアリスはレオンハルトたちと見届けた。それが兄妹竜であり、妹竜がアリスの飛竜である。

 ではその二頭の飛竜の父竜は誰なのか。レオンハルトはなぜ滝刳の名前は決めていたのか。自分の飛竜が生まれたことに喜んでいたアリスはその事が完全に抜けていたために知らない。その飛竜は気まぐれで気難しく、それでいて今二頭の兄妹竜を見守っている優しき飛竜だ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 クラインたち日本プレイヤーの参戦により、アスナたちは窮地を脱することができた。しかし、その喜びも束の間、ユージオが感じ取りもらした言葉を聞いた人界軍の全員が表情を暗くしていた。そんな中アリスはある人物が遺跡の上にいることに気づき、近くにいたクラインに話しかけた。

 

 

「ん? あー、たしかにあんなとこで高みの見物決め込んでる野郎がいるな」

 

「クライン……見覚えない? ……あの、フード……」

 

「見覚え? そんなの……う、そだろ……なんで……なんであの野郎がこんなとこにいやがんだ!」

 

 

 二人の動揺の理由を理解できた者は少ない。そもそもそこにいる人物が誰なのかを知っている者が限られているのだから。アスナやクラインと面識があっても《攻略組》と呼ばれ、最前線にいた者たちしかその姿を知らない。しかしその者が率いていたギルドの名前なら広く知られている。

 

──笑う棺桶(ラフィンコフィン)

 ゲームの死がそのまま現実の死に直結するソードアート・オンラインにおいて、プレイヤーキルを目的としたギルド。そしてそれを率いていた者の名がPoH。その人物こそが今遺跡の上に立つ者である。

 その名を聞いたSAO経験者は戦慄せざるを得なかった。その人物が高みの見物のまま終わるなどありえないから。ここからさらに手を打つことが目に見えているから。

 そしてそれはすぐに現実となる。三度目の赤い糸の落下。その数は当然多く、赤い雨のように降り、PoHの後ろに次々と兵士たちが現れる。

 

 

「イッツ・ショウ・タイム」

 

 

 PoHそしてラフィンコフィンの代名詞にして殺戮を開始する言葉。その後にPoHが近くの赤い兵士に言葉を投げかけ、現れた兵士たちは雪崩のように侵攻を開始した。

 

 

☆☆☆

 

 

「心の世界。……そっか。じゃあ……」

 

「幻というわけでもないのだけどね」

 

「は!?」

 

「だって私はあなたの中に入っているのだから。私はあの日、レオンハルトに取り込ませた(・・・・・・)でしょ?」

 

 

 そこまで言われてレオンハルトは理解した。この場所はたしかに幻で仮想で、現実世界にある場所を映し出しているだけなのだ。しかし、目の前にいるフィアはそうじゃない。もう会えないはずだった。外では会えないことを考えれば会えないと言えるのだが、少なくともこの場ではフィアと会えるのだ。自分が生み出した存在ではない。望み通りに話すのではなく、フィアの意思で話す存在。つまりフィア本人なのだ。

 そのことに頬を緩めたレオンハルトはふと気づいた。先程まで戦っていた皇帝ベクタが口にしていた『裏』のことを。レオンハルトの魂を煮えたぎる湯だと言っていたが、その『裏』に何かがあると。

 

 

「それは私のことでしょうね。体はないけど、魂はレオンの中にあるわけだし」

 

「そういうことか。てかそうなるならそうだと言ってほしかったな」

 

「そこは私も予想外だったから。ビックリしたわよ。気づいたらここにいたんだから」

 

「ここで一人か。暇じゃないか?」

 

「そうでもないわよ。話し相手がいないのは寂しいけど、ここからでも外のことは見れるから。レオンの目を通しっててのもあるし、レオンが見てないことも見れる。カセドラルにいた時みたいにね」

 

 

 カセドラルにいた時みたいに。その言葉にレオンハルトは表情を暗くした。レオンハルトはあの場からフィアを出したかったのだから。好きな場所に気の赴くままに行けるように、誰にも縛られない生活をさせたかった。その生活を共に過ごしたかった。それなのに今では自分(・・)の存在が檻となっているのだから。

 

 

「レオンのせいじゃないでしょ? 私だって分かっていなかったことなのだから、これは誰のせいでもない。それに悪いことだけじゃないのよ?」

 

「……例えば?」

 

「レオンやアリスのことを見守ることができる。他の騎士たちもだけど、やっぱり二人のことを見られることが幸せね。抱いたみたいだし?」

 

「ごめんなさい!」

 

 

 中からでも時間や場所を問わず、好きに外の様子を見ることができる。そう言われた時からその事は予感していた。フィアのことを引き攣っておきながらアリスを抱いたことも知られているのではないかと。そしてそのレオンハルトの予感は的中していた。目をすわらせたフィアにレオンハルトはすぐさま謝るしかなかった。頭を円卓スレスレにまで下げ、何も言い訳もしない。言い訳のしようがないから当然なのだが。

 

 

「私をずっと思っててくれてるのにね?」

 

「はい……ほんと、ごめんなさい」

 

「そんなに怒ってるわけでもないけど」

 

「ごめんなさ……え?」

 

 

 レオンハルトは己の耳を疑った。恐る恐る顔を上げると、フィアは楽しそうにころころと笑っていた。その表情はレオンハルトやアリスがよく知るもので、本当に怒っていないことが伝わる。だからこそレオンハルトは困惑した。なぜ怒らないのかと。

 

 

「実は好きじゃなかったとかじゃないわよ? 今もレオンのことが好き。誰にも渡したくないって思ってる」

 

「ならなんで。俺がやったことはフィアへの裏切りで! アリスにも……!」

 

「そうね。レオンが言うとおりね。アリスの気持ちも犠牲にしてる。でも……アリスがレオンに惹かれたことは、私にも一因がありそうだから」

 

「一因? フィアが?」

 

「うん。レオンとの惚気を聞かせ過ぎちゃった」

 

 

 フィアはうっかりしちゃった、ぐらいに軽い口調で言葉を発した。そのことにレオンハルトは唖然としたが、フィアは頬を緩ませる。抑えが効かないぐらいに頬が緩んでいる。しかしこれは考えてみれば分からなくもないことなのだ。フィアはそれまでレオンハルトとの時間が大半だ。時偶レオンハルトが任務に行けばその時にベルクーリやファナティオ、ディープフリーズされる前のシェータが護衛兼話し相手。その時にレオンハルトとの生活を話してもついてこれる者がいなかった。

 そんな生活の中現れたのがアリスだ。アリスは生活を共にした。レオンハルトの私生活も他の騎士より当然目の当たりにする。そして、何よりもフィアと過ごす時間が多い。そのアリスがフィアにとって適任だった。レオンハルトの話をできた。誰かに惚気てみたかったフィアは、それまで数多くためていたエピソードをアリスに聞かせていたというのだ。

 

 

「それアリスは鬱陶しがらなかったのか?」

 

「それがアリスもレオンのこと知りたかったみたいでね〜。親で師匠なわけだから。それで興味が尽きなかったみたいなのよ。これが直接原因とは思わないけど、関わってはいるかなって」

 

「まぁどう繋がったのかは本人にしか分からないけどな」

 

「そこはそうね。……話を戻しましょうか。私はそりゃあムッてなったのだけど、でもそれがアリスなら許せた。他の女は駄目。アリスだけは許せた。それでレオンが前に進めるならって」

 

 

 そうはならなかったけど、と言葉を続けられ、レオンハルトは視線を逸らすしかなかった。レオンハルトが何度もフィアの願いを無視し、アリスとの約束を反故にしては泣かせていると自覚しているからだ。自分が前に進んでいないせいで悲しませている。

 

 

「俺は……」

 

「ずっと見てたから、この場ですぐに整理できるとは思ってないけどね。他の話もしましょうか。話さないといけないことはいろいろあるけど、時間も限られてることだし」

 

 

☆☆☆

 

 

(──来た)

 

 

 リアルワールドからの直接介入が空からになることはシノンもすでに理解している。そのため空を警戒していると、予想通りベクタが死んだこの場所へとダイブしてきた。大きな水玉が空から落下し、それが岩山へと到着すると、そこから手が現れる。まるでゴムボールから人が出るように水玉が伸びる。その気味の悪さにシノンはすぐさま爆撃したかった。

 しかしそれができないでいた。それは敵がリアルワールド人だからだ。同郷のよしみなどという考えは一切ない。倒さなければならない相手であることに変わりなどない。それなのになぜ問答無用に攻撃を加えられないのか。それはやはり、

 

──リアルワールド人だからだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 レオンハルトの奮戦により皇帝ベクタは死んだ。しかし皇帝ベクタだった人物がこうしてまたアンダーワールドに来た。つまり、アカウントさえあれば何度でも襲来できるということだ。そしてアンダーワールドにおいて最強と呼ばれた騎士が刺し違えることでやっと倒した程の強さだ。たとえシノンが倒せても、次は倒せるとは限らない。そのためシノンがここでやるべきなのは、アリスが《果ての祭壇》へとたどり着くまでの時間稼ぎだ。

 水玉から現れた人物を見てシノンは驚愕を顕にする。その人物とは先日ゲーム内で戦闘したのだから。

 

 

「ほう? ……たしか、シノン……だったな」

 

「サトライザー……!」

 

 

 シノンがメインで行うゲーム。ガンゲイル・オンラインの大会にて最後まで勝ち残り、優勝を争いをした相手。そしてシノンが敗れた相手がそこに現れた。

 


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