自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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13話

 

 フィアが入れた紅茶で喉を潤す。その味もまたフィアが今まで作っていたものと寸分の狂いもない。本人が作っているために当然のことなのだが、レオンハルトはふと疑問に思った。この世界でそもそも材料をどうやって仕入れるのかだ。今いる家とすぐ近くにある湖、そして広がる草原。それしか存在しない世界なのだ。それに気づいたフィアが柔らかい微笑みを浮かべながら答える。

 

 

「レオンが知っている食材が勝手に揃うのよ。私が作りたいものを思い浮かべたら、それに必要な食材が現れるの。便利でしょ?」 

 

「便利だが、食べる必要もあるのか?」

 

「気分転換よ。お腹も空かないし、反対に食べても膨れないけど味はする。だから気分転換になるのよ」

 

「なるほど」

 

 

 どこに行くこともできない世界で、ただ時を過ごすのみ。そんな世界でただ外を眺めているだけなのも飽きて当然だ。そこで気持ちを変えるためにフィアが行っているのが料理だ。料理好きのフィアらしい行動であり、実際にレオンハルトもまたこうして気持ちを整理するために紅茶を飲んでいるのだから馬鹿にできない。

 

 

「話を続けましょうか。さっきも言ったとおり時間は限られているのだから」

 

「その時間っていうのは?」

 

「この世界は時が止まってるわけじゃないってことよ。今の外の様子を映し出しておきましょうか」

 

 

 フィアが軽く手を振ると数個のモニターが現れる。一つはPoHの策略によって窮地に立たされている人界軍。一つは拳闘士団の元へと駆けつけたオーク兵たちと緑を基調とした衣装に身を包む少女。その少女が一人で赤い兵士たちと戦っているものだ。一つはサトライザーと交戦するシノン。一つはどこかを目指して飛竜を駆るジャック。そして最後に、《果ての祭壇》を目指すアリスだ。

 

 

「緑の子はテラリアの力を使ってるみたいだから、死ぬことなく戦い続けるでしょうね。……痛みはあるはずだけど」

 

「本人次第だろ。……ジャックの行動によってはこっちの負けか」

 

「まずはそのジャックの話からしましょうか。彼の力のことはレオンも感づいてると思うから、答え合わせといきましょう」

 

 

☆☆☆

 

 

 自分たちよりも優先度の高い装備に身を包む赤い兵士たち。その者たちとの連戦により、別働隊としてダークテリトリーを移動していた人界軍の数は二千を切っていた。総力一万で始まり、初日の被害は千を下回っていた。四割を別働隊にしていたため、約四千が別働隊の総力だった。その半数がすでに戦士していた。その人界軍に日本人プレイヤー二千人の参戦。数字では元の四千に戻ったと言えるが、連戦による疲労は人界軍に蓄積していた。

 そんな状態にあるにも拘わらず、PoHは新規プレイヤーを参戦させた。過去の戦争から日本へのヘイトがある中国人と韓国人を約五万参戦させたのだ。その数は人界軍を絶望に落とし込むには十分過ぎた。

 

 日本人プレイヤーの奮戦があろうと、拠点にしていた遺跡から追い出された以上包囲戦を強いられてしまう。360度を敵に囲まれた状態で人界軍を守りながら戦うのは日本人プレイヤーにも無理だった。その数は着実に減り、とうとう一箇所に纏められる。完全に優勢に立った赤い兵士が一人一人なぶり殺しにしようとした時、全体に響き渡る声で静止が呼びかけられる。そしてその声に従って赤い兵士は剣を止める。

 そのようなことを強いられるのはこの場に一人しかいない。

 この状況を作り上げた男──PoHだけだ。

 

 

「久しぶりだなー。《閃光》」

 

「PoH……!」

 

あの時(・・・)と同じように楽しませてもらったぜ?」

 

「あの時? ……まさか!」

 

「そうそう。お前たちがラフコフを討伐しようとして劣勢になってたあの時だよ」

 

 

 PoHは懐かしいそうに話しながら愉しそうに笑い声を零す。その笑みは見る者を忌避させるような歪んだものであり、現にアスナたちや面識のないユージオたちでさえ深いそうに表情を歪ませていた。その反応すらPoHにとっては愉しいのか、さらに笑みを深める。

 

 

「《閃光》よ。なんでお前たちの討伐作戦がバレてたか教えてやろうか? ラフコフの情報を流したのは俺だからさ!」

 

「なっ!?」

 

 

 その情報にアスナたちは耳を疑った。PoHが作ったギルドがラフィンコフィンなのだ。ギルドリーダーであるPoHが自ら情報を流したということは、それはメンバーを見殺しにしたということになる。あの日、PoHはその戦闘に参加していなかったのだから。その事実に憤慨したのはクラインだった。仲間を絶対に見捨てないクラインとは正反対なのがPoHであり、それを許せないから。

 

 

「テメェ……仲間を売ったっていうのか!」

 

「仲間……仲間ねぇ。俺はそこまで大事にしてなかったぜ? 俺がやりたかったのはお前たち英雄面してる《攻略組》を汚すことだからよ。お前たちを動かして、ギルドの奴らに迎え撃つしかないってタイミングで教える。そしてお前たちが踊り狂ってるのを上から愉しむ。汚名はブラッキー先生が引き受けたみたいだがな? 人殺し(・・・)の汚名をよ!」

 

 

 PoHはブラッキー先生ことキリトがこの場にいないことを残念がったが、それに耳を傾ける者は誰もいなかった。SAO経験者は、あの悲惨な事件が意図的に組まれ、それが誰かに人殺しの罪を背負わせたかったことに。他のリアルワールド人や人界軍はそれだけのことを愉しんで行うその異常性に驚愕しているからだ。そして憤りを覚えているのは、キリトとの仲が深いアスナやユージオたちだった。

 

 

「それだけのために?」

 

「あん?」

 

「それだけのためにあなたはあんなことしたの!? あれのせいでキリトくんがどれだけ悩んで苦しんでると思ってるの!?」

 

「お? ブラッキー先生はちゃんと苦しんでくれてるのか。それなら重畳だぜ。本当ならクリア寸前にバラすって算段だったんだが、まさか75層で終わるとはな。それよかよ、俺を糾弾するのは勝手だが、自分たちのこと棚に上げてね?」

 

「なにを……!」

 

「あの作戦を指揮したのはどこのギルドだよ。あの場で全体の指揮を取ったのは誰だよ。そのくせして戦闘が始まったら役に立たなかったのはどこのどいつだよ。先陣を切らないといけなかったくせに怯んで、その役目をブラッキー先生に負わせたのは誰だ? 本来自分が背負うことになってた罪を変わりに背負わせたのは誰だ? なぁ最強ギルド《血盟騎士団》副団長《閃光》のアスナさんよぉ!」

 

「っ!!」

 

 

 PoHの言葉にアスナは何も言い返せず歯を食いしばった。攻略が進んでから生まれたギルド《血盟騎士団》は、ナーヴギアそしてソードアート・オンラインを開発した茅場昭彦ことヒースクリフによって建てられたギルドだ。そのギルドは名実ともに最強ギルドとなり、攻略組の中心となりあらゆる場面で全体の指揮を取っていた。そしてその副団長こそがアスナだ。ヒースクリフの不在時に任されるアスナが、あの場では動けず、結果キリトが敵幹部を殺すことになった。それを契機に攻略組が反撃を開始し、ラフィンコフィンは大多数を捕らえられ壊滅となったのだ。

 

 

(そうだ……。私にも責任の一端があるんだ……)

 

「アスナだけじゃねぇだろ」

 

「クラ……イン……?」

 

「俺たちもそうだ。大人の俺たちが動けなかったからキリトに背負わせちまった。責任はあの場にいた全員で背負えばいい。この野郎を倒してからな!」

 

「くくっ。ここからの逆転はねぇぜ?」

 

「……あなたが……キリトに人殺しをさせたのですか?」

 

「ん?」

 

 

 話に割り込んだのは、この世界でキリトの相棒となり親友となったユージオだ。ユージオもまた満身創痍な体になりながらも目だけは死んでいなかった。膝を地面につけているが、力強くPoHの目を捉える。

 

 

「お前はたしか……ここの住人なのにソードスキルを使ってたってことは、ブラッキー先生の知り合いか。ホイホイ教えてるあたり信用があるのかね」

 

「教えることでもないでしょう」

 

「ごもっともだな。質問に答えてやろう。さっき言ったとおり俺が仕組んだ。たまたまブラッキー先生が人殺しをやっただけだが、ブラッキー先生も目障りだったからちょうど良かったぜ? 笑いを抑えられなくてハイドが解けかけたしな。それがどうかしたか?」

 

「それが事実なのだとしたら……僕はあなたを赦さない!」

 

『ユージオ。お前は騎士に復讐するためにここに来たんじゃないだろ』

 

(誰も死なないようにしていた優しいキリトにそんなことを……!)

 

 

 残っている力を振り絞って斬りかかろうとしたユージオだったが、それより先にPoHの投げたナイフがユージオの肩に刺さる。立ち上がりと同時に全身が痺れたユージオはその場に倒れ込む。カセドラルでやられた時と同様に麻痺毒がナイフに塗られていたのだ。違いがあるとすれば、PoHの毒では言葉を発せることだろう。

 近くにいる兵士に指示を飛ばし、PoHはユージオを自分の足元に転がさせる。しゃがみこんでユージオの髪を乱雑に掴み目を合わさせる。ユージオはなおもPoHを射殺さんとばかりに睨み返すが、それはむしろPoHを愉しませていた。

 

 

「ブラッキー先生はどうせ来るだろうしさ。ブラッキー先生の前でお前を殺してやるよ。どう反応するか愉しみだな?」

 

「お前っ!!」

 

「だがその前にお前で遊ばねぇとな? いるんだろ? お前にも大切な人ってやつがよぉ!」

 

「っ!」

 

「見ててよーくわかったぜ? あの赤毛の子だろ?」

 

「やめろ! ティーゼに手を出すな!」

 

 

 ユージオの叫びも虚しく、ティーゼが赤い兵士に拘束されユージオの前に連行される。ティーゼが傷を負っていることから、彼女の奮戦を物語っている。ユージオを守りたいという意志が彼女の支えとなっていたのだ。PoHはユージオから《青薔薇の剣》を奪い取り、ティーゼの体に突きつける。その行為がかつてのライオスを彷彿させティーゼは大きく取り乱した。

 

 

「んん? あー、そういう考えか。そこは安心しろ。俺そういう趣味ねぇから」

 

「ぇ?」

 

「殺さなきゃ面白くないだろ? さてとブラッキー先生のお友達さんよ。自分の剣で自分の女が死ぬのをそこで目に焼き付けな」

 

「やめろ……頼むからやめてくれ!」

 

「いい叫び声だ。心地良いね」

 

「ユージオせんぱい……たすけ……ぐっうぅっ」

 

 

 ティーゼの太ももへと深々と突き刺さる《青薔薇の剣》。その美しい剣がティーゼの鮮血に染まる。痛みに耐えようと声を抑えるティーゼだが、その瞳には激痛による涙が浮かび、その表情は悲痛に歪む。剣をゆっくりと引き抜きながらPoHは愉しんでいた。PoHにとってこれはただの前菜だ。メインはあくまでキリト。そのキリトが来るまでの遊びでしかないのだ。

 剣を完全に抜いたところでふと考察する。この世界にもダメージ量での死がある。すでに傷ついている彼女でどの程度までなら遊べるのか。どこまでやれば死んでしまうのかを。

 

 

「ま、次で殺しゃいいか」

 

「やっ……先輩……たすけて……!」

 

「ティーゼ……!」

 

(なんで僕は守れないんだ。あの時とは違うのに。キリトに剣を教わったのに!)

 

 

『ユージオ。この世界は剣に何を込めるかが大事なんだ』

 

──その剣もなくて……何もできてなくて……

 

『そういやユージオ。お前《心意の腕》使えるんだってな』

 

──っ!

 

 

『いや、あれはシンセサイズされた時にできたことで、今はどうしたらできるかわからないよ』

 

『嘘つけよー。できるさ。実際にできて、お前は弱体化してるわけでもない。《心意》ってのは言わば"想いの具現化"だ。できないことなんてない。離れた物を引き寄せる《心意の腕》、想いを刃にする《心意の太刀》、キリトの剣を防いだ《心意の盾》、アドミニストレータと戦ってた時に俺が脚力を強めたのも《心意》の恩恵があるんだぜ? いいか、ユージオ。

 

──護りたいものを死んでも護りたいならそれを力に変えろ。《心意》でできないことなんてないんだからな』

 

──僕は……もう……

 

「失いたくないんだ!」

 

「なにっ!?」

 

 

 ティーゼの首へと振るわれていた《青薔薇の剣》がティーゼに触れることなく止まる。PoHが何度斬りつけようと、どれたけ狙う場所を変えようと《青薔薇の剣》がティーゼを傷つけることはない。その全ての攻撃がティーゼの体に触れる前に止まるからだ。それに苛立ちを覚えたPoHは後ろで立ち上がる者の気配に気づき驚愕する。麻痺毒で動けないはずのユージオが立っているからだ。

 

 

「ユージオ……せんぱい……」

 

「ごめんティーゼ。もう傷つけさせないし、助けるからちょっと待ってて」

 

「はい……!」

 

「なぁにイチャついてんだか。お前が動けようと何も変わらないんだぜ?」

 

「それはどうかな。──来い! 青薔薇!」

 

 

 ユージオが右手を伸ばし、《青薔薇の剣》を呼ぶと、PoHの手を凍らせて剣がユージオの右手へと飛び込む。PoHは何が起きたのか理解できなかった。いや、この場にいるほとんどの人間がその現象に理解できなかった。分かったのは整合騎士のレンリのみ。そしてレンリはそれを見て理解した。ティーゼを剣から守ったのもユージオの《心意》なのだと。

 

 

「やっぱその剣もそういう力があるのかよ。だが、さっきも言ったが形勢は変わらねぇ。せいぜい足掻いて愉しませてくれよ? 王子様よ」

 

「僕にはそんな役割こなせないけどね。……キリトが責任を感じてる事件の切っ掛けを作ったあなたを、人々が傷つくのを愉しむあなたを、そしてティーゼを泣かせて傷つけたあなたを僕は赦せない」

 

「それがどうした? お前は人の本質を知らねぇ。人ってのは殺し合う生き物だ。奪ってこそだ。目を背けるなよ。お前も同じだろ? 俺は殺したくて堪らないはずだ」

 

「……そうだね。だから恨まないでよ?」

 

 

 ユージオは剣を足元に差し込む。その行為がどういうものなのか、この場の誰も知らない。しかしPoHは経験からそれをさせてはいけないと悟った。ユージオへとナイフを投げようとして気づく、すでに足が凍っていることに。次の瞬間には腰まで凍り、そして肩まで凍る。それは人界軍を囲っていた赤い兵士に平等に起きていた。

 

 

「テメェ!」

 

「さっきまでは乱戦だったから控えてたけど、君たちのおかげで使えるよ。凍りついて自分がしてきたことに悔やんでくれ」

 

「ふざけるな──」

 

 

 PoHの言葉は途中で遮られた。ユージオが発生させた氷が頭の先まで余すことなく体を覆ったからだ。それは他の赤い兵士たちも同様で、ユージオは一網打尽にすることに成功した。他の者との違いはPoHにだけいくつもの青薔薇が咲いていることだろう。

 

 

「……ふぅ、この広範囲はさすがにしんどいね。お待たせティーゼってわっ!」

 

「ユージオ先輩ありがとうございます! 私……わたし……!」

 

「ごめんねティーゼ。情けなくてさ」

 

 

 脚の痛みに堪えながらもユージオに抱きついたティーゼをユージオもまた優しく抱きしめ返す。ティーゼが落ち着いたらすぐに脚の治療を始め、応急処置が終わると同時に一頭の飛竜が飛来する。その背にはベルクーリ、キリト、ユウキの三人が乗っていた。

 三人はこの現状に驚き、そしてクラインたちの参戦にも目を丸くしていた。窮地を脱したこと、再会できたことに安堵し、ようやく全体の雰囲気が明るいものとなる。

 

 

「キリト、アリスの下へ行ってくれないか?」

 

「あぁ。もちろんそのつもりだ。ジャックのことも気がかりだしな。ユージオは?」

 

「僕も行きたいところだけど、さすがにもう限界でね。だからキリトに《青薔薇の剣(こいつ)》を託すよ」

 

「ユージオ……」

 

「君は本来二刀流なんだろ? キリトの《夜空の剣》に並ぶ優先度だ。申し分ないだろうし、僕の意志を託したい」

 

「あぁ。任せろ!」

 

「キリトくん。先に詩乃のんが飛んでいってるけど、相手が相手だから、お願いね?」

 

「おう! ……飛んでいったのか。なるほどな」

 

 

 キリトの呟きを聞き取ったユージオは、まさかと思ったが、ユージオの予想通りキリトは《心意》で翼を作り浮かび始める。その発想力とそれを可能にするキリトの《心意》に誰もが驚いたが、キリトより先にユウキも飛んでいた。自在に飛び回るユウキに誰もが舌を巻き、ユウキはピースサインを向けてから南へと飛び、すぐにキリトもそれに続いた。

 

 

☆☆☆

 

 

「伝えないといけないことは全部伝えれたわね。戦況ももう終盤。来訪者はあと一人だけになって、キリトとユウキが向かってる。シノンはサトライザー? の片腕を飛ばしたけど敗退。ジャックは分かりやすいからいいとして、アリスが敵に追いつかれるのも時間の問題ね」

 

「キリトとユウキで何とかできないかね」

 

「無理ね。ジャックは二人で倒さないといけない強さよ。それよりも、最後にレオンに説教しないといけないわ」

 

「最後が説教なのか……」

 

 

 フィアが用意した紅茶はもうない。モニターに映し出されるのは、アリスとサトライザーとジャックとキリトたちだけだ。終了した戦場は映し出さないらしい。モニターから目を離し、フィアはレオンハルトを真っ直ぐ見つめる。それにレオンハルトもまた視線を返す。

 

 

「レオン。私はアリスと共に生きてって伝えたでしょ? それなのに自殺しようとするし、命を投げ出してでもベクタを倒すし。アリスとの約束も何回も破って泣かせて」

 

「それは……言い訳はできないな。俺は現実から目をそらしてずっと逃げてた。受け入れたくなかった」

 

「それでももう向き合わないといけないわ。それにあなたはすでに答えを出してる。自分にまで嘘をついて、アリスを傷つけて。そんなのはもうやめて」

 

「フィア……」

 

「自分の心を偽らないで?」

 

 

 フィアは厳しい目から一転して慈しむような視線をレオンハルトに向ける。まるで子供を導く母親のように。選んでおきながら、意図的に避けている道を突き進ませるために。それを受けたレオンハルトは再度モニターに目を向ける。その視界に映るは三頭の飛竜を連れている金髪の少女アリスだ。

 彼女の目を見てレオンハルトは理解した。アリスはもう自分の力で進めているのだと。すでにアリスはレオンハルトを超えて行動できるようになっていると。

 レオンハルトは苦笑して立ち上がった。自分が愚か過ぎたことに。子供のままだったことに笑う。親を名乗っていたのも滑稽だと考えていた。そんなレオンハルトの前にフィアが歩み寄り、どちらからともなくその距離をなくした。

 

 

「俺はフィアが好きなんだ」

 

「うん。私もレオンのこと誰よりも好き」

 

「フィア以外考えられない……」

 

「うん。私もレオンしか目に入らない。でもねレオン。私はもう外であなたと言葉を交わせないから。もうあなたと触れ合えないから」

 

「……いやだ」

 

「駄目。言ったでしょ? 自分を裏切らないで? またここに来てくれたらいいから。それでいいから」

 

「俺は──」

 

 

 レオンハルトの言葉をフィアが自分の口で遮る。カセドラルで重ねた時とは異なり、血の味などない。フィアは両手でレオンハルトの頭を抱きしめるように腕を伸ばし、レオンハルトもまたフィアの背へと腕を回す。

 時間など忘れて、他の何もかも忘れてお互いを求めるように熱く重ね合う。その存在を確かめるため、そして己の心を確かめるために。

 

 

(あぁ、やっぱり俺は……)

 

「……ふぅ、レオンの頑固者。それに欲張りね?」

 

「ははっ。みたいだな。でもほら、俺って自由に生きる騎士だからさ」

 

「そうね。だからこそ私はレオンが好きよ」

 

「ありがとう」

 

「それじゃあレオンはアリスを助けに行きましょうか」

 

「いや俺死んでるんだけどな?」

 

「あ、言ってなかったわね。あなたの天命は残り一で止めてあるから死んでないわよ」

 

「は!?」

 

 

 レオンハルトはフィアのその芸当が信じられなかった。たしかにベクタを討つために残り一のタイミングで《武装完全支配術》を放ち、アリスの側で膝をついた。そして天命が尽きたことでこの世界に来たのだと思っていた。しかしそうではないらしい。思い返してみればそう思わせる節が何度かあったが、まさか死んでいないとはレオンハルト自身思っていなかった。

 しかし、フィアが嘘をつくはずもなく、レオンハルトもまたフィアを信じないわけがない。

 

 

「フィア。行ってきます」

 

「えぇ。行ってらっしゃいレオン」

 

 

 フィアが作り出す光の扉へとレオンハルトは確かな足取りで進んでいった。フィアに見送られながら。その目に光を灯して。

 

 

☆☆☆

 

 

 《果ての祭壇》と思われるものを見つけ、アリスはそこに続く階段を駆け上がる。雨縁たちの疲労もあり、最後は自分の足で進むことにしたのだ。しかしそこでアリスが警戒していた事態が起きる。敵の総大将が視認できる距離まで来ているのだ。このままでは捕らえられて敵の手に落ちてしまう。そう思った時だった。サトライザーに向かって二頭の飛竜が飛びかかったのは。アリスの飛竜雨縁とレオンハルトの飛竜天翔だ。天翔はレオンハルトを滝刳に託していた。

 

 

「駄目! 戻って!」

 

 

 レオンハルトさえ相打ちだった実力者。そんな敵に飛竜が二頭で挑んでも勝てるわけがない。死んでほしくない。だから逃したいという思いもあり、自分で進むことにしたのに、それが返って飛竜の命を危ぶめる原因になった。アリスの悲痛な呼びかけに飛竜は答えなかった。大きく吼え、リソースを込めて最大のブレスをサトライザーへと放つ。しかしその炎は打ち消されていき、サトライザーの攻撃がそれぞれの体を射抜く。

 

 

「雨縁! 天翔! ぁ……駄目よ天翔! もう戦わないで!」

 

 

 天翔が雨縁を尾で飛ばすことで戦闘域から離し、自分は再度サトライザーへと突っ込む。もう一度ブレスを放ち、サトライザーがそれを打ち消している間も近づき続ける。そのまま噛み殺そうとしているのだ。サトライザーはそれを見ても冷めた様子で剣を抜き、天翔の顎を串刺しにする。

 落ちていく天翔は最後の力を振り絞って雨縁の方に弱々しく飛んでいく。雨縁もまた弱りながらも天翔へと近づいていく。知らなくても分かるのだ。自分の父親なのだと。最後は共にいたいから側に寄るのだ。

 

 

「天翔……雨縁……」

 

 

 高度が下がる中で二頭の飛竜はなんとか寄り添うことに成功する。そんな二頭の飛竜を白い光が包んだ。その光が小さくなるのに従って、天翔と雨縁の体も小さくなる。それはやがて卵からかえった時と同じ大きさになり、アリスの手元に届く。

 

 

「残りの天命で生きられる大きさにしたらそこまで戻った。天翔はよく生きてるなって感じだが、そこは俺と同じかな」

 

「ぇ……レ、オン……?」

 

「ただいまアリス」

 

「ほん、とに……?」

 

「本物だってば」

 

レオン……レオン!!」

 

「ははっ、ごめんな。悲しませて」

 

 

 アリスより下の段に立っていたレオンハルトにアリスは飛び込んだ。その目から大粒の涙を流して、一人前になった姿をかなぐり捨てて。そんなアリスをレオンハルトは強く抱きしめ頭を撫で続けた。

 

 

「レオン……どうやって──」

 

「死んだはずの人間がなぜ生きている?」

 

「ベクタ……いや、サトライザーだったな。お前には教えてやんねぇし、ちょっとアリスと話すから黙ってろ」

 

 

 レオンハルトの片目、フィアと同じブルージルコンの瞳が輝き、右手を振るうとサトライザーの体が宙に浮かび、球状に発生した風嵐に閉じ込められる。これもまた打ち消されると思い、アリスはレオンハルトに抱きつく腕を強めた。しかしその警戒とは裏腹にベクタは打ち消せずにいた。それを頭を悩ませたアリスだったが、レオンハルトに呼びかけられて意識をレオンハルトに向けた。

 

 

「何回も泣かせて約束を破ってゴメンな」

 

「ほんとよ。もう何も信じられなくなりそうよ……」

 

「あはは、それは困ったな。……なぁアリス。今度は俺から約束させてくれないか?」

 

「え?」

 

「俺は必ずあいつに勝ってアリスを待ち続けるから。だからアリスが帰ってきたらその時に

 

──結婚しよう(・・・・・)

 

「ぇ……」

 

 

 その言葉はアリスが望んでいた言葉だった。アリスが望み、そして叶わないのだと諦めていた願い。レオンハルトはフィアを愛し、フィアもまたレオンハルトを愛していた。その二人の絆に誰も割って入ることはできないのだと思っていた。

 だからアリスは信じられなかった。これはきっと夢で、本当はもう捕らえられていて、眠っている自分が見てる夢なのだと。

 

 だがアリスはこれが現実であるとレオンハルトに認識させられる。

 アリスの唇にレオンハルトの唇が重ねられているから。

 

 

「レオン……? なんで……」

 

「困惑するよな。でも、嘘はつかないから。愛してるよアリス。だからまた帰ってきてくれ。そして一緒にこの先を歩いていこう」

 

「い、いの? 私、フィアみたいな立派な女性じゃないよ? 全然足元に及ばなくて……、至らないことがいっぱいあって!」

 

「いいんだよ。比べるものじゃないから。だから、一緒に生きよう?」

 

「レオン……うん!」

 

 

 二人はもう一度唇を重ねた。アリスは求めるように強く、そしてレオンハルトはそれに応えるように優しく。

 そんな中サトライザーを閉じ込めていた風嵐がとうとう打ち消される。そしてそれと同時にジャックがこの場に到着した。敵軍の最大戦力がとうとう一箇所に集まったのだ。

 

 

「アリスはそこを駆け上がれ」

 

「でも!」

 

「アリスが外に行けなかったら俺達のすべてが無駄になる。だから行ってくれ。それに助っ人も来るみたいだし、俺はもう負けないぜ。だって俺は最強の騎士だからさ」

 

 

 窮地に立ったはずなのに軽い口調で言うレオンハルトにアリスはかつてのレオンハルトを思い出した。誰よりもふざけてて、誰よりも好き勝手に生きて、でも誰よりも強くて頼りになる姿を。完全に重なる。いや、むしろ今のレオンハルトの背中がとても大きく見える。

 

 

「レオン。行ってきます」

 

「おう。行ってらっしゃい」

 

「間に合ったかな〜。お兄さんも復活おめでとう!」

 

「バッチリだな。今度こそ勝ち抜くとしようぜレオン!」

 

「あぁ。最終幕だな」

 

 

 キリトとユウキが《心意》で翼を生やして飛んでいるのを理解したレオンハルトはそれを真似、ジャックとサトライザーもまた真似る。五人の猛者が一つの空に集まる。

 人界軍とダークテリトリー軍の戦争から始まり、アリス争奪戦と変容したこの大戦の最終戦である。


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