自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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14話

 

 《果ての祭壇》を目指すアリス。そのアリスを強奪しようとするサトライザー。レオンハルトたちと敵対するジャック。その二人を相手取るレオンハルト、キリト、ユウキ。今のアンダーワールドにおいて個人の力がトップレベルである五人がこの場に集結した。その戦いが始まろうとしたその時、アリスが駆け上がっていた階段が急遽消滅する(・・・・)

 

 

「え?」

 

「アリス!」

 

「キリトはサトライザーを! ボクはジャックの相手をする!」

 

「分かった!」

 

 

 くしくもそれが開戦の合図となった。宙に身を投げたされたアリスを助けるべくレオンハルトが飛び、背を向けたレオンハルトへとジャックが接近する。それをさせまいとユウキが間に割って入り、キリトはサトライザーの相手となる。

 

 

「ジャマ……スルナ!」

 

「ジャックさんなんかおかしくなってない!?」

 

 

 片言で話しだし、獣のように獰猛になった目を見てユウキは驚きを顕にする。リアクションこそ普段と同じだが、集中力はすでに最大にまで引き上げられている。力強く振り下ろされるジャックの剣が風さえも切り、轟音を上げる。それを防いだユウキだったが、膂力で負け下へと叩き落とされる。

 下に落としたユウキには目を向けずにレオンハルトを追うジャックだったが、二秒で帰ってきたユウキに腹部を蹴りあげられる。その衝撃に体をくの字に曲げるも、その場に留まりユウキの足を掴んで今度は横へと投げ飛ばす。それでもまたユウキはすぐさま戻ってきて、今度はジャックの胴めがけて剣を横薙ぎにする。それをジャックは剣で防ぎ、ようやくレオンハルトではなくユウキに視線を向けた。

 

 

「なんでそうなってるのか知らないけど、お兄さんのところには行かせないよ!」

 

 

 ユウキがジャックの阻止に成功したことで、レオンハルトは無事にアリスの救出に成功する。落下していたアリスを抱きかかえ、その場に静止する。相変わらず予想外のことには弱いアリスは、声をかけられることでようやく強く瞑っていた目を開け、助かったことに気づいていた。

 

 

「ありがとうレオン」

 

「どういたしまして。……にしても階段壊れたか」

 

「壊れたというよりかは消滅したように思えたわ。種明かしよりもどうするかを考えなくては」

 

「お。切り替えが早くなったな」

 

「あなたのおかげでね」

 

「それじゃあ手を打ちましょうか(・・・・・・・・・)

 

「え?」

 

 

 いきなりレオンハルトの口調が変わったことにアリスは思考を停止した。そして口調だけでなく、声まで変わっていたと気づき、とうとうアリスの頭はパンクした。思考が働かない中レオンハルトに目を向けると、レオンハルトの髪が伸びていることに気づいた。腰にまで伸びている。それだけでなく体格も変わっており、女性らしい(・・・・・)体つきだ。そしてさっきまで無かった髪飾りさえついている。

 見覚えがある、どころではない。アリスもその髪飾りを、そしてそれを付けていた人物をよく覚えている。忘れるはずがない。アリスの第二の母親であるフィアが付けいたものだ。

 そう。さっきの声もまた彼女のものだ。

 

 

「うそ……フィア……なの?」

 

「えぇそうよ。私ってレオンに取り込ませたでしょ? 肉体はないけど、こうして魂はレオンの中にあるのよ。さっきまでレオンと会っていたから、こうして一時的にだけど表にも出られるようになったってわけ。……アリス、ちょっと見ない間に立派になったわね」

 

「フィア……そんな、こと。わたし、全然フィアには……追いつけてなくて……」

 

「それはそうよ。数年で追いつかれたら私の立つ瀬ないじゃない」

 

「え。……ふふっ、あはははは! うん。フィアだ! 本当に!」

 

 

 湿っぽい再会になりかけたところに、フィアが素の自分を晒すことで場を和ませる。自分が培ってきたもの。積み重ねた時間と経験。それらに自信と誇りを持つのがフィアだ。こういう時でも譲らない。いかにも彼女らしい言動にアリスは一瞬呆気にとられたが、すぐさま笑顔を浮かべてハグした。それにつられてフィアも笑い、同様にハグを返す。 

 フィアが表に出られる時間は、その行動によって左右されるが、状況も状況であるために役割を果たしてすぐにレオンハルトと交代しようと考えていた。そのためにこうしてアリスと触れ合う時間も極めて短いものになる。そのことに寂しさを覚えつつ、フィアはそっとアリスの体を少し離した。

 

 

「そんな顔しないの。綺麗で可愛い顔が台無しよ?」

 

「ごめんなさい……でも」

 

「あらあら、アリスもまだまだ子供ね」

 

「うん。私はどれだけ成長してもフィアの子供だもん」

 

「ふふふっ。これは一本取られたわね。また帰っておいで。そしたらいっぱい話しましょう。でも今は外に出ることが優先。そのためにも彼女(・・)にも協力してもらわないとね」

 

「彼女?」

 

 

 首を傾げるアリスに微笑みだけ返したフィアは、右腕を横に伸ばした。そのすぐ先の空間が渦を巻き始め、強烈な光を放ち始める。それが収まるとその先には遠く離れ地にいるはずの人物の姿が映し出される。その人物も驚愕していることから、これは距離を無くす神聖術なのだとアリスは理解した。そして自分はやはりまだまだ足元にも及ばないことも。

 

 

「たしかアスナさんだったわね?」

 

「え、あ、はい。え? レオン……じゃない? え? しかもこれってどうなって……」

 

「お話はしません。あなたにはこちらに来てもらいます」

 

「え、えぇ!?」

 

 

 フィアは混乱するアスナに手を伸ばし、彼女の腕を掴むと一気に引き寄せた。それによりアスナは空間を一気に跳躍し、フィアたちの目の前へとやってくる。アスナを引き寄せたことでフィアは歪ませた空間を元に戻し、風素を発生させてアスナの足場を作り出す。

 

 

「レオンにはもう説明してるし、あの二人も知ってるみたいだから、アスナさんとアリスにも説明するわね。時間がないってことを」

 

「時間がない?」

 

「今は等倍らしいけど、この世界を加速させるらしいわよ? リミッターを外してね」

 

「なっ! そんなことすれば!」

 

「えぇ。だから時間がないのよ。あと8分くらいかしらね」

 

 

 いまいち話についていけないアリスにフィアが手短に説明した。この世界で生まれ育っていないリアルワールド人は、ある装置をつけてこちらに来ていること。本来の世界との時間差が生じれば脳への負荷が多大にかかることを。つまり、他の戦場はともかく、サトライザーとジャックと戦っているキリトとユウキも、8分以内に倒して脱出しないといけないのだ。そうしなければ外との繋がりも一時的に遮断されてしまうから。

 

 

「あの二人に関しては私とレオンが責任を持って外に出させるから、アリスはアスナさんと先に出といて」

 

「フィアさん、その……」

 

「アスナさんはアリスの導き役と護衛をお願いね? 道は私が作るから。地形を変えるのも見てたからなんとかできるはずだし」

 

 

 リミッターを外しての加速。それはつまり、こちらと外側の時間差が著しくなることを意味する。具体的には、リアルワールドの1分がアンダーワールドの10年となる。外ではアメリカの特殊部隊がメインコントロールを掌握しているのだ。それを奪い返し、設定を元に戻す。その間にはたしてどれだけの時間が経過するのか。そして場合によっては100年以上経つ。それだけをまた生きられるはずがないのだ。

 そのことを伝えなくていいのかと言葉をかけようとしたアスナを遮り、フィアは話を進めた。そしてアスナがステイシアの力を行使して実現させていた地形操作をフィアも真似始めたのだ。近くにある壁を切り取り、それを階段として空に浮かぶ《果ての祭壇》までの道とする。これによりアリスはまた祭壇を目指せる。

 

 

「つっ、これ負担が大きいわね。頭が割れそうだわ。連続使用してたなんて、あなたも大概ね」

 

「フィア!」

 

「大丈夫よ。これは失くならないように私が維持し続けるから、アリスはアスナさんと駆け上がって」

 

「……また会える?」

 

「もちろん。レオンと待ってるから。……アリス、これを持っていきなさい」

 

 

 フィアは自分に付けていた花の髪飾りを外し、アリスの髪へとつける。その髪飾りのことはアリスも聞いている。レオンハルトが初めてフィアにプレゼントしたものだ。それ以降フィアは大事に手入れしながらずっと身につけていた。それを渡されたことにアリスは涙を浮かべた。まるで形見みたいだと思ってしまったから。

 

 

「やっぱり似合ってる。ね、アリス。それをどうしても受け取れないって言うなら、帰ってきた時に私に返してくれたらいいのよ?」

 

「わ、かった。……フィア、行ってきます」

 

「行ってらっしゃいアリス。アスナさん、アリスをお願いね?」

 

「はい!」

 

 

 キリトたちの下へと飛んで行くフィアを見送り、アリスはアスナに手を引かれる形で駆け上がり始める。まだ話したいことがいっぱいある。レオンハルトとのことで謝らないといけないこともある。言いたいことや聞かせてほしいことが大量に。それらをアリスは胸に仕舞い込んだ。再会した時に話すと決めて。

 

 

「お互いの都合上短期決戦ね」

 

「あれ? お兄さんがお姉さんになった?」

 

「たしかフィアさん……だったか」

 

「よく覚えてたわね。でも話をしてる暇もないわ」

 

「……ほう。君があの男の裏側だったわけか。甘く上質なワインのようだ。是非とも味わいたいね」

 

「悪いけど私はレオン以外の人間に味わられる気はないの」

 

 

 いつの間にか放たれていたサトライザーの不定形の闇。それをフィアはあっさりと弾き返す。吸い込まれるような《心意》に対しても不動。完全にサトライザーに張り合っている。

 

 

「さっきキリトが検証してたようだけど、全属性吸収。それがあの男の力で間違いないわね?」

 

「あ、ああ。それで合ってるんだが、その前に一回あいつを閉じ込めてなかった?」

 

「閉じ込めて吸収の早さと同等の早さで神聖術を放ち続ける。それだけよ。役に立たない手段。……さて、確証も取れたことだし、レオンと交代するわね」

 

「ばいばいお姉さん。その髪長くて綺麗だね。羨ましいよ」

 

「ふふっ、ありがとう。前に切ったのだけどね。私自身未練があったのと、レオンがこっちの方が好きだったからまた伸びたみたいね」

 

 

 体を白い光に包ませ、その光が収まるとレオンハルトへと戻っていた。体つきも髪も戻っている。その仕組みはキリトにも分からなかったが、やはりこの静寂を破るのがジャックだった。レオンハルトの姿を見た瞬間ジャックが距離を詰め、レオンハルトと剣を交差させる。

 

 

「フィアが言ってたとおり理性が飛んでやがるな」

 

「ォ……ォォオオオオ!」

 

 

 力を込め押し込んでいくジャックの剣がレオンハルトの目前まで迫る。横で受け止めていた剣を斜めにずらし、機動を逸らすも振り抜いた瞬間一回転して先程よりもさらに力が篭った剣が振り下ろされる。それをレオンハルトは受け流し、同時に腹部へと膝蹴りを入れる。ジャックが一瞬怯み、その隙にレオンハルトはジャックから距離を取った。

 

 

「あいつ面倒だな。……で、キリトは腕折られてるのかよ」

 

「本格的な格闘技は身につけてないんでね。悪いユウキ。助かった」

 

「いいっていいって〜。それよりどう戦うの?」

 

 

 右腕を折られたキリトの援護にユウキが入り、サトライザーの猛攻を二人がかりで凌いでいた。そのおかげもあり、キリトは右腕の再生をたった今完了させる。サトライザーの攻撃方法は厄介である。レオンハルトはそれで刺し違え、キリトとユウキもその脅威を今理解した。

 そこでどう戦うのかをユウキはレオンハルトに問うた。時間が限られている以上拮抗するような戦い方はできない。短期決戦にして必勝の戦いが求められている。最低条件はアリスの脱出。最高条件は敵を破りキリトとユウキも脱出。そのために必要な手は。

 

 

「俺がサトライザーの相手をする。ユウキとキリトでジャックを倒せ」

 

「だがジャックはレオンを執拗に狙ってるぞ?」

 

「そうしないと保てないからな。だが、それは俺の必要があるわけじゃない。要はジャックに敵として認識されればいい。さっきユウキがそうできただろ?」

 

「なるほどねー。それはいいけど、お兄さん。ジャックさんの状態ってどうなってるの?」

 

「ジャックの力は分かってるだろ? 《認識》だ。一定範囲の敵に認識させない。あるいは対象の認識を操作する。それは無機物もだ。そして、そのためには自分を強く認識しないといけない。戦闘好きのこいつのやり方だと、『敵を倒す自分』だな。その中でも俺への意識が強いってわけ」

 

 

 ジャックの力によってさっきアリスが登っていた階段が消え去った。階段自身に自分を認識させない。つまり存在を自ら消させるというものだ。しかしそんな力を気軽に使えるわけでもない。その証拠にジャックは理性が薄れている。『敵を倒す』『レオンハルトとの決着をつける』その程度の認識しかない。

 

 

「どうやったら戻せるの?」

 

「気にせず切り伏せろ。天命が尽きる前に意識を失うはずだ。ジャックの飛竜が待機してるから落下死はしないだろ」

 

「お兄さんのその予想信じるよ?」

 

「あぁ」

 

 

 レオンハルト目掛けて飛び出したジャックをキリトが迎え撃つ。横から振られる剣を両手の剣で抑える。膂力で勝てないキリトは一瞬の硬直の後弾かれるが、その一瞬をユウキが逃さない。ジャックの死角から回り込み、ジャックの脇腹を一閃する。

 ヒットアンドアウェイで戦おうと考えていたユウキだったが、ジャックが怯むことなくユウキの腕を掴み引き寄せる。そのことに目を見開いたユウキの眼前へと迫る剣を、ユウキは首を動かして躱す。頬を掠め血が流れ出す。その反対側、ジャックの後ろからキリトが斬りかかろうとするが、ジャックがユウキを投げつけ、キリトと衝突する。

 

 

「くっ、あれ本当に理性飛んでんのか?」

 

「戦いに関してだけはそうでもないみたいだね。でも、認識を僕らに向けさせることはできた。ここからが本番だよ」

 

「よし、見せてやろうぜ。俺達の力を」

 

「もっちろん!」

 

 

☆☆☆

 

 

「サトライザーか……。ふむ、本名を名乗っておこう。ガブリエル・ミラーだ」

 

「名前何個もあんのかよ。レオンハルト・シンセシス・スリーだ。最終戦といこうぜ? ガブリエル」

 

「仮初の私に敗れておきながら勝てるとでも?」

 

「勝てるさ。さっきまでの俺とは違うからな。刺し違えても死んでやらん」

 

 

 ガブリエルは、失っている右腕の代わりに不定形の闇を噴出させ、携えていた剣を構えている。その剣もまた刀身などなく、闇が収束することで長剣が形どられる。キリトの《夜空の剣》は、漆黒ながらも光輝いていた。しかしガブリエルの闇の剣は光など無い。ただ黒く闇を生み出す。それに対比するようにレオンハルトの《月華の剣》は白銀の光を放っている。

 ノーモーションで放たれ、レオンハルトを絡め取ろうと伸びる10本の闇。それらはレオンハルトが放つ光の矢によって相殺される。飲み込まれるはずの攻撃が飲み込まれない。そのことに眉を顰めるガブリエルにレオンハルトは接近し刺突を放つ。

 

 

「……これは駄目か」

 

 

 貫いたはずのガブリエルの体には闇が広がり、負ったはずの傷が見当たらない。吸収したということだ。そして広がった闇が今度こそレオンハルトを絡め取る。ベクタの力がないため、意識を薄れさせられることはないが、捕らえられたことに変わりはない。

 

 

「たしかに先程とは違うようだ。空の器に注がれているものが異なる。味わせてもらおうか」

 

「そればっかだな。……ぐっ!」

 

 

 ガブリエルはレオンハルトの魂に食らいつく、その激痛に顔を歪めたレオンハルトは、すぐさまガブリエルを引き離した。呑まれるはずの闇を弾き飛ばす。それを可能にさせる手段としてレオンハルトが扱うのは一つのみ。

 

 

「またそれかね」

 

「お前を倒すのにこれしか俺には手が無いんでな」

 

 

 全身を纏う光が闇を弾く。つまりレオンハルトの奥の手である。しかしその様子が今までと違っていた。眩しささえ覚える光が鳴りを潜め、オーラを纏うように薄っすらと光るのみだ。それは出力を抑えたのではない。これが本来の状態であり、実際に引き上げられている力に差異はない。これはレオンハルトの天命を削らない状態なのだ。今まで斬り伏せた者たち、過去に《月華の剣》で天命を吸い上げた者たちの存在が代償を肩代わりする。

 変化が起きたのはレオンハルトだけではない。ガブリエルもまたその姿に変化が生まれた。全身を闇が覆い、ガブリエルの背から生えてい一対の翼が三対の翼へと増える。計6枚の翼を羽ばたかせ高度を上げたガブリエルの頭上に黒い輪が現れる。レオンハルトが知る由もないが、それはリアルワールドの神話の一つに存在する天使。神に匹敵する力を与えられ、すべての天使を従えており、そして最後には神に叛逆したルシフェルを彷彿させる姿だった。

 

 

(この全能感。実に素晴らしい。イマジネーションが力となる世界か。これを理解させてくれた先程の少年と目の前の男への感謝として、1分は遊んでやろう)

 

 

☆☆☆

 

 

 ベルクーリが合流したことで、人界軍は落ち着きを取り戻し、今度こそ一息をつけていた。クラインたちもその場に座り込み、知り合いだけでなく異世界交流もするべく近くにいる者同士話し合っていた。ベルクーリは雰囲気からか、エギルと話が合い、二人で盛り上がりを見せる。

 せっかくの異世界交流であるのだが、ユージオはティーゼと共にその場から少し離れ、二人で岩に腰掛けていた。他の者も空気を読み、二人には近づかないようにしていた。

 

 

「ティーゼ。傷は大丈夫かい?」

 

「はい。ユージオ先輩のおかげで。それよりも先程のは驚きましたね……」

 

「アスナがいなくなったアレね……。カーディナル様も似たことはやってたけど、術式は違うみたいだね」

 

「そうなのですか? それほどのことをやってのけたあの女性はいったい」

 

「直接は会ったことないけど、あの人がフィアさんなんだろうね。アリスの神聖術の師匠だった人。亡くなったって聞いてたんだけど……っ! ティーゼ!」

 

「きゃっ!」

 

 

 フィアのことに頭を悩ませていたユージオだったが、ティーゼに迫る危険に気づき、ティーゼを庇いながら横へと跳んだ。先程までティーゼがいた場所をナイフが通り抜け、壁へと突き刺さる。そのナイフにも、そしてそれを引き抜く人物にも見覚えがある。二人だけでなく、ベルクーリを除く全員が目を疑った。その者はつい先程ユージオの《青薔薇の剣》によって凍らされたはずの男なのだから。

 

 

「平和ボケしてるような顔しといて気づきやがるか」

 

「どうやってあの状態から……」

 

「知るかよ。勝手に溶けたんだからな」

 

「勝手に……?」

 

 

 PoHの言葉からユージオは理解した。PoHは《心意》のことを理解していないが、PoHのその殺意が氷の檻を溶かしたのだと。まさか突破されるとは思っていなかったユージオだったが、その目に恐れはなかった。愛剣でなくとも勝てる自信があるからだ。ユージオが手だけをティーゼへと向ける。ティーゼは声援と共にユージオへと自分の剣を渡す。決して優先度が高いわけでもない。しかしユージオはそれで十分だと判断し、ティーゼもまたそのユージオの判断を信じた。

 

 

「そんなチャチなもんで勝てるってか? ナメられたもんだな」

 

「勝てると踏んだ。神器はたしかに強力だけど、使用者によって左右される。そしてそれはどの武器でも同じさ」

 

「ククッ。時間もねぇからブラッキー先生を殺しに行けねぇが、テメェだけは殺すぜ」

 

「勝つのは僕だ」

 

 

 PoHが扱う短剣は、ソードアート・オンラインで使っていたものであり、魔剣クラスの武器である。この世界においては神器級であり、その属性には吸収がある。PoHの殺意に応えた短剣が氷に呪縛を破ったのだが、それはユージオもPoHも気づいていない。

 そして二人の中ではそのことなど既にどうでもよかった。ユージオは単純な剣術だけで勝たねばならない。そしてPoHは時間内にユージオを直接殺したいからだ。

 ユージオの剣筋を瞬時に見切ったPoHが紙一重で躱して接近する。ナイフはリーチが短い短剣である。ユージオの間合いよりもさらに近づかなければ攻撃を加えられない。しかしそれはデメリットとなるだけではない。短いということは使い回しが良いということだ。そして内側に入ってしまえば刀身が短いほうが優勢に戦闘を運べる。

 

 

「このっ!」

 

「ハハッ! なかなか動けるじゃねぇかおい!」

 

 

 剣を器用に逆手へと持ち替えたユージオが近づく短剣を防ぐ。そこからまるで曲芸のように剣を動かすことで上下左右から近づけられる短剣を尽く防ぐ。そしてこの間合いが不利だと分かっているユージオは、バックステップで距離を取ると同時に牽制として剣を一閃する。

 

 

「……それだけの実力があって自分が先頭に立つわけじゃないのか」

 

「あ? 俺がそうする必要がないだろ? 踊り狂ってる様を見るのが楽しいんだからよ。ま、自分で殺すと決めた奴だけは別だがな!」

 

 

 再度PoHが距離を詰めるべく駆け始める。二度目ともなればユージオも簡単には距離を詰めさせない。見切られるのを前提にPoHの動きを予測して剣を振るう。そうすることで間合いを保っていた。そのことに苛立つPoHだったが、それでも冷静さを保っていた。ギアを上げて再度ユージオに肉薄する。だがすぐに距離を開けられることになる。それをも予想していたユージオの足がPoHの体に届いたからだ。PoHはその蹴りを持ち前の反射速度で対応し、自ら跳ぶことでダメージを最小に抑えた。

 

 

「チッ。認めてやるよユージオ。テメェは強えってな」

 

「それはどうも」

 

「だから、これで終いにしてやる」

 

 

 PoHが短剣を捨て、大鎌である友切包丁(メイト・チョッパー)を構える。短剣で驚異的な実力を見せたPoHだったが、本来の獲物は大鎌だ。たかが仮想世界の住人だとタカを括っていたために、今まで使用しなかったのだ。それを構え、次で終わらせるために腰を下ろす。駆け出すためのタメでもあり、スキルを使用するためでもある。大鎌がライトエフェクトに包まれる。ユージオも何度も助けられたアインクラッド流剣術。正式名称ソードスキル。ソードアート・オンラインをプレイしていた一人であるPoHが扱えるのも当然だ。

 ユージオが知っているのは、ソードスキルの中でも片手剣用のみ。参戦してきた日本人プレイヤーの中にも大鎌を扱っているものはいなかった。つまり完全に初見だ。初見で見切り、PoHを倒さねばならない。

 

 

「あ? なんだその構えは」

 

 

 PoHの言葉にユージオは何も返さない。返す余裕がないからだ。ユージオは剣を直立させ上段に構える。これはユージオが一度も練習したことがなく、そして一度しか見ていない構えだ。長い年月を費やし、騎士長ベルクーリが編み出した究極の一撃。ユージオはそれを再現しようとしている。

 頼りになるのは己の記憶のみ。詳細までを全力で思い出し、それを再現する。そこからどう振るのか、呼吸はどうだったか。そこまでの観察をしていたわけではないが、その一撃を鮮明に覚えている。それを今分析するのだ。

 

 

「ま、何でもいいか。無様に死ね。ユージオ!!」

 

 

 駆け出すPoHの体が分裂し、三人のPoHが現れる。三人がそれぞれ二撃ずつ放ち、一人に戻るとそこからさらに攻撃が続く。

 三人が二撃放つことで同時に六撃がユージオの体を捉えた。ユージオはそれを微動だにせず受けた。ユージオの天命が低下するのは言うまでもない。神経から脳へと伝わる痛み。ユージオはそれに怯むことなく、ましてやさらに集中力を高めていた。

 

 

(何をしたかったか知らねぇが、テメェの負けだ!)

 

 

 さらにそこから二撃入れてユージオの天命を底付きさせる。そのために振りかざされる大鎌がユージオへと迫る。

 

 

「──ハァッ!」

 

 

 その最初の一撃がユージオに届くことはなかった。振り下ろされたユージオの剣がPoHの大鎌を砕き、その体を切り裂いたのだ。まさに究極の一撃だ。PoHは何が起きたのか理解できぬまま天命が尽きた。

 戦いが終わりその場に膝をつくユージオにティーゼが駆けつけ、さらに治癒に覚えがある者たちが集まり一斉に傷を癒やす。ほぼ囲まれている状態に照れているユージオ下にベルクーリが賞賛しながら歩み寄った。

 

 

「よくあれをできたな。こりゃあオレも最強を引退かね」

 

「いえいえそんな。あそこまで集中できたのは極限状態だったのと、後ろにティーゼがいたからですよ。普段はとてもできません」

 

「かー、惚気やがって。ま、お前さんが生き残って安心したわ。場合によっちゃオレがあの男を斬り伏せようと思ってたんだがな」

 

「あ、あはは」

 

 

 事実ベルクーリはPoHを斬ろうとしていた。もしユージオがあのまま究極の一撃を放てずにいたら、放ってもそれが不完全だったら。その時は自分が横槍を入れてでもPoHを斬ろうとベルクーリは準備していた。自ら禁じ手として使用を戒めていた『過去を斬る剣』、"裏斬"によって。

 それを使わずに済んだこと。そしてユージオの飛躍的な成長をベルクーリは喜んだ。PoHの完全なる敗北。これによりこの場は今度こそ戦況を終了した。

 

 

☆☆☆

 

 

「ガッァアア!」

 

「ハァッ!」

 

 

 幾度となく交差するユウキとジャックの剣。先程は押し負けていたユウキだったが、今は完全に拮抗している。ユウキの腕力や膂力が増したのではない。ユウキが自分の武器の属性に気づき、それを惜しみなく活用しているのだ。

 ユウキの武器の属性はユウキの二つ名と同じ《絶剣》だ。『絶対無敵の剣』という意味でつけられた二つ名同様、その剣に不可能はない。斬れないものは無く、押し負けることもない。それによりユウキはジャックと拮抗できている。

 

 

「もっと速くいくよ!」

 

 

 さらに速度を上げたユウキの剣がジャックの体を掠め始める。ジャックもすぐさまその速度に対応し始めるため、やはり均衡は崩れない。その均衡を崩すためにはもう一手必要だ。その一手となるのがキリトだ。ユウキが完全にジャックを止められると分かったキリトは、《夜空の剣》を頭上に掲げる。

 

 

「リリース・リコレクション!」

 

 

 《夜空の剣》から黒い光が放たれ、空へと伸びたところで広がり始める。ダークテリトリー特有の赤い空が夜空に包まれる。そこにユージオやクラインを初めとした人々の想いが光となって集まり始める。階段を駆け上がるアリスやアスナの想いも、遠く離れた地で一人戦い抜いたリーファの想いも、今交戦しているユウキやレオンハルトの想いも届いていく。それらの光がやがてキリトの剣に集まり、《夜空の剣》をそして左手に持つ《青薔薇の剣》をも虹色に輝かせる。

 

 

「ユウキいけるぞ!」

 

「わかった!」

 

 

 渾身の一撃でジャックの剣を弾き返し、そこにすかさずユウキの十八番である十一連撃技"マザーズロザリオ"を放つ。それに食らいつくジャックだったが、最後の一撃で大きく剣を弾かれる。ユウキもこれで終わらそうとしたのではない。そうしたい思いを抑え、キリトに繋げるために放ったのだ。

 ユウキと入れ替わるようにキリトがすかさずジャックへと迫り、ユニークスキル『二刀流』のソードスキル。キリトを何度も助けた"スターバーストストリーム"が放たれる。驚異的な反応速度を発揮して弾かれていた剣を戻したジャックだったが、やがて対応が間に合わなくなる。

 

 

「ウォォオオオ!」

 

 

 十六連撃全てを出し切ったキリトは、ソードスキル特有の硬直状態に入る。そのキリトの眼前にジャックの拳が迫るが、それは届く寸前で力なく下がっていく。ジャックが気を失ったのだ。飛行状態も当然保つことができず、ジャックの体が落ちていく。それをジャックの飛竜が迎えに行き、その背に乗せてこの場から離脱していった。

 

 

「っぷはぁ。強かったなー」

 

「能力使われてたら勝ててたか分からないね」

 

「……そうだな。あの状態だから使えなかったのか?」

 

「んー。ボクはわざとだと思うけどな。戦いに関してだけは理性があったから、正面切って戦いたかったんだよ、きっと」

 

 

 ジャックに打ち勝った二人は、レオンハルトの戦いを見届けようと目線をそちらに向けた。しかし視線を向けてすぐにキリトとユウキの視界が白く染まった。フィアがアスナと交した約束。二人を必ず外に出すという約束を守るために、アリスとアスナが外に出るタイミングに合わせ、強制的に《果ての祭壇》へと届けられたからだ。

 

 

☆☆☆

 

 

「あとは俺達だけだな」

 

「ULLLLL」

 

「言葉話せよ」

 

 

 己の姿を変容させたガブリエルは、すでに言語機能を失っていた。本人は話せているつもりなのだろうが、その言葉がレオンハルトにとって聞き取れないものなのだ。六枚あった翼の一本はレオンハルトに斬られ、レオンハルトもまた腹部に小さく風穴を開けられている。

 

 

「こっちの目的を達成できてるからお前との決着はどうでもいいが、お前が生きて向こうにいるのは厄介だ。向こうでアリスが狙われかねないからな」

 

 

 自分より高い位置にいるガブリエルに接近し、斬りあげる。それを闇の剣でガブリエルが防ぎ、高度を合わせるとガブリエルの顔へと拳を叩き込む。さっきまでならろくにダメージが通らないが、今はたしかなダメージがガブリエルを襲う。

 レオンハルトを捉えようとしていた闇は全て弾かれるため、ガブリエルもそれは諦めている。レオンハルトの腕を掴み、レオンハルトの体を貫くべく剣を突き立てる。それをレオンハルトは躱し、反動をつけて蹴りを入れる。腕を解放されたレオンハルトが剣を構えガブリエルへと追撃を放つ。ガブリエルが当然のようにそれを防ぎ、音速を超えた剣戟が繰り広げられる。お互いの体を掠めては血が流れ出す。

 攻撃を吸収し、闇を広げるはずのガブリエルからなぜ血が流れるのか。それはガブリエル本人も分かっていなかった。分かるのはレオンハルトとフィアのみ。レオンハルトもまたフィアから説明を受けるまでりかいできていなかったことではある。

 

──《月華の剣》の本質

 それは奪うだけではない。花であった存在が一人の女性、フィアへと変わった。そのフィアも覚えていないことだが、花は願ったのだ。外へ出ることを。知見を広げることを。つまり、《月華の剣》には『願いを叶える』力もある。それには無論限度があるが、ガブリエルに実体をつけさせることはできる。

 

 

「お前は案外怯えてたんだな。心や魂が分からないから。だから奪うんだ。そして、だからこそ俺が勝つ。お前が一生理解できない力でな」

 

 

 外へと出るための機能が閉じる。時間が加速される。ガブリエルが強制的に外へと弾き出される可能性も否めない。レオンハルトは急いで神器へと力を収束させる。『願いを叶える』力によってガブリエルを殺せる体にし、そして次の一手で仕留めるために全てのリソースを剣に集める。

 剣が交差するもガブリエルの闇の剣が霧散する。レオンハルトがフィアの力を借りても上限を突破させられるのは10秒もない。だがすでに間合いは詰めている。十分に足りる時間だ。次いで振られる剣を避けようとするガブリエルだったが、間合いが伸びてガブリエルの左腕が消滅する。体勢を立て直すためにさらに距離を取ろうとするガブリエルだったが、フィアがレオンハルトの片腕を操作し、独自の神聖術を行使することで空間ごと位置を固定する。そこにすかさずレオンハルトの剣が突き刺さり、ガブリエルは胸を貫かれ天命が尽きた。

 

 ガブリエルの魂は、リアルワールドへと帰ることが可能だったのだが、ガブリエルが初めに殺した少女アリシアによって阻止され、ガブリエルの魂はリアルワールドへと帰ることができなかった。

 

 

「……終わったか。ゲホッゴホッ……、負担がデカすぎるな。勝ったし肩代わりさせたのに死にかねん」

 

『でももう使うこともないでしょ』

 

「そういう世界に進めばな。……戦後処理とかいろいろ。ま、ベルクーリとかに任せるけど」

 

『人任せね。でもレオンらしい』

 

「会議とか嫌いだし。……でもその前にちょっと休憩。もうヘトヘトだ」

 

 

 飛行をやめたレオンハルトは自由落下を始める。それを滝刳が空中で拾い、ベルクーリたちと合流すべく移動を始める。レオンハルトはその背に寝転がり、宣言通り休憩を取るべく眠りについた。

 合流後、死んだと勘違いさせたことでベルクーリやユージオ、そして大門に戻ってからは、ファナティオやデュソルバードにまで一発ずつ殴られたのは必然だろう。

 

 

☆☆☆

 

 

 リアルワールドへと移動したアリスは、用意された体へと入り込むことになった。リアルワールドではあくまで自立稼働のAI。ロボット同然となってしまうのだ。そのことに思うところは当然あるのだが、受け入れるしかない。

 アンダーワールドでキリトを初めとした交流のあったメンバーたちと外で出会い、そしてさらに交流を深める。多くの場所に案内してもらい、多くのことを教わった。外に慣れ始めると、アリスはサポートしてくれる人の一人、神代凛子博士に呼ばれ記者会見に参加することになった。

 アンダーワールドでの体と寸分の狂いもなく作られた鉄の体。しかしロボットとは思えぬほど精巧に作られた体。それを動かし、アリスは多くのカメラの前に姿を現す。

 

 

「リアルワールドの皆さん、はじめまして。私の名前はアリス。アリス・シンセシス・サーティです」




ふぅー。(書き)終わったー。

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