自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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15話

 

 リアルワールドはアンダーワールドよりも複雑な社会があり、そして人間の醜い(さが)が蔓延る世界である。それがアリスが感じ取ってしまった印象だ。無論全てがそうなのではないことを理解している。キリトたちのような若者も存在する。大人でもクラインのように気さくな者がいる。エギルのように頼りがいのある者もいる。

 しかしアリスがリアルワールドで多くの時間接することになる人たちは、残念なことにそうではない人が多かった。アリスを支える神代博士たちは問題ないのだ。そうではなく、記者や政治的な力を持つ者たちにアリスは良い印象を持てずにいた。その中でも少数ではあるが、神代博士のような人物もいる。だが大多数は上面だけの笑顔を浮かべる者たちだった。

 

 

(レオン……私、やっていけるのかしら……)

 

 

 そんなアリスの不安に応える者はこの世界にいない。アリスが弱音を吐ける相手は、今もアンダーワールドにいる。外へと出る手段がなく、そしてレオンハルトもまた残ることを選んでいたのだから。

 

 

「アリス。大丈夫? 気を休めるために予定を空けてもいいのよ?」

 

「いえ大丈夫。ご心配なく」

 

 

 アリスのメンタルケアに細心の注意払うため、神代博士は何度もアリスの様子を伺っては休むことを提案していた。アリスはアンダーワールドからただ一人来た人物だ。戸惑いも不安も多く、そしてリアルワールドの嫌な部分を多く見てしまっている。精神的に疲れてもおかしくないのだ。

 だがアリスは聞かれる度に大丈夫だと答えていた。誇り高い騎士であるアリスが弱音を吐くわけがないのだ。自分がアンダーワールドとリアルワールドの架け橋となるためにも。胸を張ってレオンハルトと再開するためにも。

 

 しかし、弱音を吐けないということは、それだけ内側に溜め込んでしまうということだ。

 

 

(レオン……会いたい。あなたに会いたい……!)

 

 

 ついに耐えられなくなったアリスは失踪することを決めた。

 

 

 

 

 

「それでうちに来たのか」

 

「ええ」

 

「段ボールに体を詰め込んで」

 

「有効な手段でしょ?」

 

 

 アリスが取った手段は、自分を業者に運ばせるというものだ。監視カメラで見張られているのを把握していたアリスは、堂々と部屋から出て、事前に用意していた着払い伝票と段ボールとテープを活用した。機械の体にある関節ロックを解除し、箱の中に入る。雑にテープを貼り、内側からはしっかりとテープを貼る。メールを業者に送り、業者がテープを貼り直してキリトの家まで運んだのだ。

 当然警備員がいるのだが、メールがたしかにその建物から届いており、エントランスに箱がある。警備員も仕事の邪魔をするわけにもいかず、宅配業者は重たい箱をトラックに乗せたというわけだ。

 

 

「よくこんな手段思いついたな」

 

「カセドラルから抜け出すときに取ってた手段の一つよ。レオンが教えてくれたの。レオンが同行できる時はこの手段じゃないのだけど」

 

「なるほど。聞けば聞くほどレオンは自由だな」

 

「外に出れば必ずフィアに何か贈ったり、話を聞かせてたわよ。……フィアが外に出られないから」

 

「そっか……」

 

 

 アリスに頼まれ、家の中を案内しながらアンダーワールドにいた時の話を聞く。アリスは当時のことを話せる相手が限られており、話していると段々と気分が良くなっていた。やがてキリトの家にある道場に着き、互いに竹刀を持って手合わせをする。アリスが剣道を知っているわけもなく、実戦形式で打ち合った。

 リビングへと戻り、アリスが充電している間にキリトが神代博士へと電話をかける。神代博士の配慮により、アリスは一晩キリトの家で宿泊することとなり、後に帰ってきた親たちも快諾した。夜に家族全員で食卓を囲み、アリスもそこに同席する。キリトの今回のダイブの話が始まったが、やがて話の中心がアリスへと変わった。

 

 

「レオンのことですか?」

 

「はい。お兄ちゃんが手も足も出なかった人ってたぶん初めてなんですよ。私は結局お会い出来てないので、アリスさんからお話を聞けないかなーって」

 

「えと、話してもよろしいんでしょうか……。彼のことを全く知らないお二人もいますが」

 

「アリスさん。私達のことは気にしないでくれたまえ。聞いていれば人物像を思い描くこともできる」

 

「それにアリスさんその人のこと好きなんでしょ? 嬉しそうにしてるもの。おばさんそういう話聞くの好きだわ」

 

 

 両親からの承諾もあり、アリスはレオンハルトのことを話し始めた。どこから話すかを考えている間も、そして話し始めてからもアリスの表情は楽しげであった。ロボットであるが、そうなのだと誰もが分かった。そうしてアリスが心ゆくまで話をしていると、話を振ったリーファもお腹いっぱいだと途中でギブアップし、聞くのが好きだと言った二人の母親がなんとか最後まで聞いた。

 その夜中のことである。アリスがキリトの部屋に行ったのは。

 

 

「ア、アリス!? 俺にはアスナがいるし、君にもレオンがいるだろ!?」

 

「何を馬鹿なことを言っているの。そんなことはいいのよ。それより私に尋常ならざる通信文が届いたのよ」

 

 

 アリスに届けられたという通信文に目を通したキリトは、アリスが尋常ならざると言った理由を理解した。

 

【白き塔を登りて、かの世界へと至る。

 雲上庭園. 大厨房武具庫. 暁星の望楼. 聖泉階段霊光の大回廊】

 

 この文言にキリトは5秒以上思考を停止した。この文に書かれているものはアンダーワールドのことを指している。かの世界というのも、アンダーワールドそのものだ。その中でキリトが知らないものが一つだけあった。

 

 

「アリス。この聖泉階段というのは? 俺は知らないんだが」

 

「たしかに存在するわ。カセドラルがまだ100階もなかった頃に存在していた場所。今は秘匿されて隠されている場所。知っているのは最高司祭と小父様、そしてレオンとフィアだけ。私もレオンに教わって初めて知った場所」

 

 

 キリトとアリスは口を閉ざしてこの文の謎を考えた。そもそも誰が送ったのか、そしてこの文が指し示すことは何なのかだ。アドミニストレータが生きていたのかとアリスは不安になったが、それをキリトが否定する。アドミニストレータであれば『かの世界』という言い方をしないだろうと。

 次点で考えられるのはレオンハルトだが、それもまた可能性が低い。今はアンダーワールドとの通信が途絶えられているのだ。外から管理されるあの世界から経路を繋いでアリスに届けるのは至難の業だ。何よりもレオンハルトならここまで回りくどい言い方をしない。

 

 

「ユイ。起きてくれるか?」

 

『ふぁぁ。おはようございますパパ。……とりあえずママに現状を伝えますね』

 

「やめてくれ! これは本当に何もやましいことじゃない!」

 

「そうよユイちゃん。私がこの男に捧げるものなど何一つ存在しないわ。私の全てはレオンのものなのだから」

 

『あ、はい。……えと、では何か別のご用件ですか?』

 

 

 キリトはユイにも通信文を見せ、解析を進めてもらった。そして判明したのは、これがアンダーワールドへと行くためのパスだということ。またこれの差し出し人が茅場であろうということだ。フィンランド経由でアメリカから送ったことを突き止めたユイだが、それ以上の追跡は断念した。キリトもまたそれを望まなかった。危険が大きすぎるからだ。

 

 

「私は帰れるの? あの世界に……レオンの下に……」

 

「あぁ。ここまで分かれば確実だな。あの男が間違った情報をわざわざ渡してくるはずがない。……アスナも呼ぼう」

 

「そうね。戦力が多いにこしたことはないから」

 

 

 キリトは神代博士に連絡を取り、アンダーワールドへとダイブするために必要な装置をどこでなら使えるか教えてもらう。アスナとの合流のためにアリスをバイクの後ろに乗せて発進する。アスナと合流するも、そこでさらにもう一人合流することとなった。

 

 

「ユウキ?」

 

「ボクってアスナの家に居候してるからさ。それに、その指定場所ならボクも行かないといけない(・・・・・・・・・)からね」

 

「それってどういうことだ?」

 

「説明は着いてからだね。ボクだけじゃなくて菊岡さんと倉橋先生にも来てもらわないとだけど」

 

 

☆☆☆

 

 

 神代博士に指定された場所へと移動したアリスたちは、ユウキに先導されてある部屋に案内される。そこには先に到着していた菊岡とユウキの主治医であった倉橋先生が待っていた。ユウキから連絡がいく前に、神代博士から連絡が届いていたようだ。

 この二人の組み合わせが理解できないキリトとアスナは困惑するが、ユウキは恩人である倉橋先生との再会を喜んでいた。そんな中話を切り出したのはアリスだ。アリスはレオンハルトと会えることに気持ちがはやっているのだ。

 

 

「お兄さんと再会する前に、ボクの話を聞いてもらっていいかな?」

 

「ユウキの、話?」

 

「ユウキいいの?」

 

「大丈夫だよアスナ。アリスさんは優しい人だから」

 

 

 心配そうなアスナとユウキとのやり取りから、重たい話があるのだとアリスは悟った。一度深呼吸してからユウキに話を促し、ユウキは自分がかかっていた病気のことを話した。免疫障害つまりAIDSだったことを。治る見込みもなく、先に姉が亡くなってしまったこと。遅かれ早かれいずれユウキも後を追うはずだったことを。しかしユウキは骨髄移植で奇跡的に回復へと向かい、今では外で活発に動ける体へとなっている。

 そこまで話したところで片側の壁が光った。正確にはそこは壁ではなく一面のガラスだった。そしてその奥に一つの部屋があり、一つの装置と一人の体が寝転がっている。アスナもキリトもそれにどこか見覚えがあった。ユウキが使っていたメデュキボイドの面影も、キリトたちが使ったSTLの面影もあるからだ。

 

 

「あの人の骨髄を移植したことでボクは生き延びたんだよ」

 

「その手術を行ったのがユウキくんの主治医であった私というわけだ。菊岡さんとはその時に知り合ったのだけどね」

 

「……では、僕も説明するとしようか」

 

 

 ユウキの話が終わり、自分へと振られたことで菊岡は一歩前に出る。眼鏡の位置を整え、ガラスの向こうにいる人物に一旦目を向けてからアリスへと視線を移す。キリトとアスナはその菊岡の様子に息を呑んだ。いつも裏がある表情を浮かべる菊岡が、純粋な憂い顔のみを浮かべていたからだ。

 

 

「僕はご覧の通り飄々として信用のならない人物だろう? 当然世帯を持つこともなく、そういう縁もない。そんな僕の家の前に、幼い頃の彼が横たわっていてね。さすがの僕も驚いてさぐに救急車を呼んだよ。分かったのはその子が栄養失調だったこと、保護者に捨てられていたことだ。助けた僕にお礼を言いたいと言った彼の病室に行って、そこで僕は衝撃を受けた。彼は五歳児とは思えない程賢かった。まさに天才だ。そんな僕に彼はなんて言ったと思う?

 

──この頭脳を貸してあげるので、衣食住をください。彼はそう言ってきたんだ。思わず笑うしかないよね。そして僕はその子を引き取った」

 

 

 それが今ガラスの向こうにいる人物のことだとは誰しもが分かった。そして菊岡が引き取った理由にも納得がいく。打算が前提の関係を築いたのだから。

 

 

「その子の頭脳には驚かされることばかりだったよ。大学生でも難解な本ばかり置いてある僕の家の本を次々と読んでいって、分からないことは自分で調べて何度も読み返すんだから。まるで漫画に出てくる天才少年は、数年をかけてこの時代に適応したんだ。そう、茅場先輩の研究に追いついた」

 

「なっ!?」

 

 

 とても信じられないことだった。稀代の天才であると称された茅場晶彦の研究に少年が追いついたというのだから。しかし菊岡の話が嘘ではないことが分かる。茅場晶彦と同じようにバーチャルへと目をつけた少年は、違う道へと進んだ。いや、引き受けたとも言える。茅場晶彦と出会い、医療面に着手すると言っていたのだから。

 

 

「ユウキくんのメデュキボイドの設計を神代博士と共同で行い、基本設計を組み立てたら丸投げ。彼は次にSTLの設計に着手した。医療、そしてアンダーワールドのために。そのプロトタイプがそこにある機械だ」

 

 

 もう一度全員がその装置に目を向ける。メデュキボイドの設計に携わり、そしてSTLの設計さえ行った人物が今も使っているそのプロトタイプを。しかし、ここで当然のように疑問が生まれる。なぜ彼は今もなおその装置を使い続けているのかということだ。

 

 

「言っただろう? 医療用(・・・)だからだよ。彼は先見性もずば抜け過ぎていた。茅場先輩が引き起こした《SAO事件》。あれに誰よりも早く勘づいた彼は茅場先輩にその機能を消すように言っていたらしい。だがそれが聞き入れられないとも分かっていた。だから僕にすぐに病院の手配を全国で行えるようにメールを送ってきてね。いち早く対応できたのはそのおかげさ。……そしてそれは自分のことにも同じだった。彼は自分の病気に気づき、そして治らないことも分かっていた。だから彼はプロトタイプでアンダーワールドへと行き、そこで生活することを望んだ。リアルワールドでは生きられないから、自分の臓器類は使えるものを必要な人に渡せるようにドナー登録までしてね」

 

「その……病気というのは……?」

 

「遺伝性の末端神経障害。それが彼の病気だ。彼の場合はその度合いが酷くてね。まともに体を動かせなくなるほどだった。だから彼はアンダーワールドへ行くことを決めた。こちら側の記憶を消してね。アンダーワールドを作って、あの世界の時間では三百年以上生きていることになるのかな。フラクトライトを使わず、己の脳の限界をそのまま寿命にするという形で。……彼のこのやり方は、人類の謎である脳の寿命を知ることにも有用だった。褒められたやり方ではないんだけどね。……アリス。何故これを君に話しているか分かるかな?」

 

「っ! ま、さか……いや……」

 

 

 その話を聞き、三百年以上生きていると聞いたときにはもしやとアリスも思っていた。しかしそれを受け入れたくなかった。違う人物だと信じたいのだ。しかし菊岡は言葉を止めようとしなかった。知らないといけないことだから。菊岡は心を鬼にして言葉を紡いでいく。

 

 

「──彼の名前はレオンハルト。あちらでも同じ名前じゃないかな。この前誕生日が来たからこちらでは21歳。見た目の年齢はあちらでそのままだろうね。」

 

「ぁ……」

 

 

 アリスは膝から崩れ落ちかけるも、なんとか耐えてガラスへと近づく。その先にいるのがリアルワールドでのレオンハルトなのだ。どれだけの期間そうしているのかを聞かされていないが、筋力の衰えが見て取れる。ずっとあの状態なのが事実なのだ。目頭が熱くなりそうになる。胸が引き裂かれそうになる。しかし今のありすにはその両方も叶わない。アリスは菊岡へと近づき、胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。自分でも理不尽だとわかりながらも、止められないのだ。

 

 

「あなたは……あなたはなぜレオンを止めなかったのですか! 助ける道を模索せず! 彼の体をも実験の如く扱うなど!」

 

「ぐっ……。言い訳はしないよ。僕は諦めてしまったからね。彼ほどの人物が無理だと判断したんだ。いくら僕が模索しても見つけられないってね。だから僕はドナー登録の件も含めて、彼の決断を守ることにしたんだ。アンダーワールドにダイブし続けられるように何があってもここだけは守り抜くって。君たちにすぐにここの事を教えなかったことは謝るよ。ネットワーク社会の今では情報が漏れる危険が高過ぎるからね」

 

「そんなの……!」

 

「アリスさん。菊岡さんを放してあげて? お兄さんのおかげでボクは生きられてるわけだし、それにお兄さんは今も生きてる。向こうで二百年経っちゃってるけど、お兄さんは生きてるんだ。それってアリスさんを待ってるからでしょ? 早く会いに行こうよ」

 

「……っ」

 

 

 アリスは菊岡から手を放し、謝罪をしてから部屋を移動する。キリトたちもそれに続き、アリスに送られてきたパスを頼りにアンダーワールドへのダイブを始めた。

 

 

(レオン……やっとあなたに会えるわ)

 

 

☆☆☆

 

 

 アリスたちがたどり着いた場所は、どこかの地上ではなかった。宇宙に放り出され、目の前にある星がアンダーワールドと呼んでいた世界であると知る。四人は彗星のごとく飛び回る二つの影を見つけ、それと敵対する謎の生物を目撃する。その二つの影を助けるべく間に割って入り、四人の加減のない攻撃によってその生物が消滅する。

 その二つの影は、機竜と呼ばれるものであり、それをそれぞれ人一人が操縦する。その者たちがアリスの姿を確認し、称賛と歓迎とともに地上へと案内した。

 二百年も経っており、地上は様変わりしていた。変わらないものもあるが、変わっているものが多い。変わっていないもので目立つのはやはり、中央にそびえ立つセントラル=カセドラルだ。アリスたちはそのセントラル=カセドラルへと案内される。

 

 

「アリス様が戻られたらまずは80階へとご案内する。それはずっとレオンハルト様から言い伝えられてきたことです」

 

「80階へ? それにレオンは今どこに?」

 

 

 昇降盤で80階へと案内されてる中、アリスはレオンハルトのことを問うた。しかしアリスを案内している二人の騎士は何も言葉を返さなかった。アリスはそのことで不安にかられたが、アスナが事実を言い当てた。それはレオンハルトが誰にも何も言わずにどこかへ行ったのではないかということだ。そしてそれは当たっており、二人は困ったように笑みを浮かべた。

 

 

「はぁー。まったくレオンは……人騒がせなんだから」

 

「アリスさん嬉しそうだね」

 

「変わりないようだからね。それよりここに何があるのかしら?」

 

 

 その疑問にも二人は答えず、丘の上に一人で行くように伝える。そのことに首を傾げたいアリスだったが、いわれた通り丘に近づいていき目を見開く。丘の上にいるのは、最愛の妹のセルカだったからだ。セルカがどうやって二百年の時を過ごしたのか、それはディープフリーズだ。長い眠りにつき、アリスが帰ってきた時に目覚めさせてもらう。そうして再会することを望んだのだ。隣にはレオンハルトが取ったアリスの弟弟子もいる。セルカと共に過ごすことを選んだようだ。アリスはすぐさまディープフリーズを解き、二人を目覚めさせる。術式を学んだことはなかったが、首から下げるペンダントが光り、アリスの脳内に術式が並んだことで可能となった。

 ゆっくりと瞼を上げるセルカ。アリスとは少し髪色が違うも、間違いなく最愛の妹なのだ。少しぼうっと上を眺めていたセルカだったが、視線を横にずらし、アリスと目を合わせる。その口からお姉さまと呼ばれ、アリスは涙を流しながらセルカを抱きしめる。

 

 

「セルカ……あなたにまた会えるなんて……!」

 

「私も嬉しいよ、お姉さま」

 

 

☆☆☆

 

 

 セルカと弟弟子との再会を果たしたアリスは、央都を歩きながらレオンハルトのことの聞き込みを開始した。天翔と雨縁が眠る小さな卵。それらが呼吸するように揺れているのを愛おしく感じながら。その聞き込みは、アリスとセルカ。アスナとユウキ。キリトと弟弟子ことカズトの三組で行われていた。キリトはカズトの名前に複雑そうな顔をしていたが、リアル名と同じだからという理由はアスナとユウキしか知らない。

 

 聞き込みをしている中で、アリスは有力な情報を手にした。

 

 決して嬉しくない有力な情報を。

 

 

『──レオンハルト様は二十年以上前に亡くなられたよ』

 

『──埋葬とかされたくないからって誰にも場所を告げずにいなくなられた』

 

 

「そんなはずない!!」

 

「お姉さま……」

 

「ねぇセルカ、嘘だよね? みんな私に嘘ついてるのよね? これはきっとレオンが私を揶揄うためにみんなにそう言わさせてるのよね!?」

 

「それは……」

 

 

 セルカも否定したかった。哀しく笑う姉に「みんな嘘ついてるよ。生きているよ」と言いたかった。しかしセルカも目覚めたばかり、確証などない。

 レオンハルトは戦後処理を終えたあと、機竜の製作に着手。ダークテリトリーをも囲っていた壁を超え、未開の地へと開拓を進めた。時に交渉し、時に決闘して。本人は望まなかったが、やがて王と呼ばれるようになったレオンハルトは、二百年を生きた。戦争前から考えれば五百年以上だ。むしろ命を落とさない説明ができない。

 セルカが何も言葉を返せないでいると、アリスは脇目も振らずにどこかへと走り始めた。セルカの声も無視して。

 

 

(そんなはずない……そんなはずがない!!)

 

 

 すれ違う人はちゃんと躱しながら一心不乱に走り続ける。やがて街から出て外道へ。

 

 

(だって外ではまだ生きてた! 私達が来たときに死ぬなんてそんなこと……!)

 

 

 道からも外れてもアリスは気にせず走り続けた。現実から逃げるように。森の中へと入っていき、茂みを抜けたところで足を引っ掛けて転がる。その場は少し開かれており、小さな泉がある以外何もなかった。泉に降り注ぐようにソルスの光が差し込む程度だ。

 その光景を呆然と見ていたアリスに、必死に追いかけてきたセルカが追いついた。息も絶え絶えで時折咽ているが、アリスに追いつけたことを安堵している。

 

 

「セルカ……ごめんなさい」

 

「ううん。いいの。……ねぇお姉さま。私思ったのだけど、レオンハルト様がみんなにバレないように隠れる場所って、どこかあるんじゃないかしら?」

 

「え?」

 

「だって、要は隠居されたってことでしょ? みんなから離れて生活できる場所。それに心当たりない? きっとそこにおられると私は思うのだけど」

 

「みんなから離れて……生活できる場所……あっ!」

 

 

 アリスはセルカに言われたことと、今自分がいる場所からその場所のことを思い出した。アリスが《シンセサイズの秘技》を受ける前にレオンハルトとフィアと共に行った場所。レオンハルトが別荘と呼び、知ってる者しか見つけられないような場所に隠れるように存在する建物。一晩だけ過ごしたが大切な思い出がある場所だ。

 

 

「私、行ってくるわ。ありがとうセルカ!」

 

「お役に立てたなら嬉しいわ。行ってらっしゃいお姉さま」

 

 

 セルカとハグを交わしてからアリスはまた走り始める。今度は希望を持って。そうして走っていると、アリスが大切に持っている卵の一つが激しく動き始める。思わず立ち止まってそれを手に乗せてみると、その卵に亀裂が入り、中から飛竜が飛び出す。しかも出てすぐに元のサイズに戻って。

 

 

「天翔? え、そんなすぐに大きくなれるものなの?」

 

 

 アリスのその疑問を無視した天翔は、地面へと降り立ち、身を低くする。アリスを背に乗せるためだ。レオンハルトもフィアもいない状況で天翔がアリスを乗せたことなど今まで一度もない。当然戸惑うアリスだったが、尻尾で軽く叩かれることで慌てて背に乗った。

 場所を伝えていないのに、天翔はアリスが行きたい場所へと飛んでいく。主従関係の深さ故か、レオンハルトの居場所が分かるらしい。天翔の背に乗ること10分ほどでアリスは目的地へと到達する。隠れるように茂みに覆われ、その中心には湖がある。その辺り(ほとり)に建てられた一軒の家。間違いない。記憶と寸分の狂い無く今も建っている。

 出入り口の扉の前に立ち、どう中に入ろうかと悩んでいると、ひとりでに扉が開かれる。中から現れたのは美しい白銀の髪腰まで伸ばし、ブルージルコンの瞳を輝かせる一人の女性だ。

 

 

「フィ……ア?」

 

「あら、おかえりなさいアリス」

 

「んん? 中に入らないのか? アリス」

 

 

 後ろから聞こえる声に反応してアリスはすぐに振り返る。後ろに立っているのは銀髪を風に揺らされ、レッドアンバーの瞳をアリスに向けている青年。アリスがずっと会いたがっていたレオンハルトだ。携えていた《月華の剣》はもう持っていない。神器を媒介としてフィアを外に出したからだ。

 

 

「レオ、ン……っ!」

 

「ははっ、泣き虫だな。また会えて嬉しいよ。頑張ってみた甲斐があった。外はしんどかったみたいだが、ここでは休めばいいさ」

 

「うん、うん!」

 

 

 レオンハルトの胸に飛び込んだアリスをレオンハルトが優しく受け止める。フィアも二人の下に行き、レオンハルトと挟むようにアリスを包み込む。

 

 

「おかえり、アリス」

 

「ただいま。レオン、フィア!」

 

 

 

 




 最後まで読んでくださった方。ありがとうございました!
これにて完結でございます。なんか、ラノベの方で続き出てるらしいんですけど、読んでないのでやりません。
 この作品は単純に自分が求める話がどこにもなかったので「ないなら自分で書くしかないか」ってことで書いてた作品です。ニッチにも程がありますね。
 原作通りのことはとことん無視するという、人を選ぶ作品となっておりましたが、読んでいただいた皆様には感謝しかありません! 何回も感想を頂いたりしましたし、本当にありがとうございました!(お気に入りが700件突破するなんて思ってませんでした(^_^;))
 

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