それはそうと、アリスとユージオの誕生日っていつなんでしょうね?公表されてほしいものです。
安息日を除けば、アリスは毎日フィアから神聖術を学んでいた。アリスが知る限り、フィア以上に神聖術に長けているものはいなかった。フィア自身も元老長に負けないと言い切っており、かの最高司祭にも張り合えると言ったほどだ。つまり、アリスは英才教育を受けており、アリスもまた神聖術に長けている少女だった。フィアから教わったものを次々と会得していったのだ。無論すぐに扱えるようになったわけではない。しかし、レオンハルトが感心するほどの早さで成長しているのだ。
「アリスって優秀なのな」
「……何か企んでるの?」
「何でだよ…。俺だって素直に褒めることあるんだぞ?」
「普段の言動を思い返してほしいものね。褒めてくれたって思ったら何かしらされるんだもん」
「誤解を招く言い方するな。……ん?『褒めてくれた』ってことは、もっと褒めてほしいのか?そうかそうか〜、可愛い奴め〜」
「なぁっ!?〜〜〜っ!!ち、違うわよ!!レオンハルトに褒めてほしいなんて思ってないわ!」
「ほんとか〜?ま、そういうことらしいぞ。フィア」
「アリスはよく頑張ってるわ。ただ覚えるだけじゃない。繊細な制御もこなせてるもの」
「ぁぅ…」
フィアは基本的にはレオンハルトのストッパーとなるが、時折こうしてからかってくる時がある。レオンハルトの言動がいき過ぎているかどうか、それをフィアの基準で決めてからフィアは話にまざる。それが、たいていレオンハルトを咎めるという結果になるのだが、そうでなければ結託してアリスをからかうのだ。
とはいえ、今回この二人がアリスを褒めたことには他意がない。二人とも純粋にアリスの成長と技量を喜んでいるのだ。…それと同時に
「…もぅ!二人とも今日はなんか変!」
「変とか言うなよ。せっかく今日と明日の安息日で外に連れてってやろうと思ったのに」
「アリスはお留守番ね」
「え…。そ、それは嫌よ!わたしも外に行きたいわ!」
「でもアリスってば人の好意を疑うんだもの…」
「…う、うぅ〜」
「………あぁもう可愛いわねー!」
「きゃっ。ちょっと、フィア〜」
自分だけ仲間はずれになる。そう思ったアリスは、涙目になりながら二人を睨んだ。睨んだと言っても涙目になっているため怖さもなく、むしろ可愛げが出るだけだった。それでもある意味効果があり、いじけるアリスに興奮したフィアが抱きつく。その行動に軽く文句は言うものの、アリスの表情は柔らかかった。
「…なんだこれ?」
だから、レオンハルトが目の前の光景に首を傾げるのも仕方ないことである。
☆☆☆
「う〜ん♪風が気持ちいいわね!」
「アリスはすっかり空が好きになったわね」
「だって本当に気持ちいいんだもん。
「…お前いつの間にそんな仲良くなったんだよ」
「……ヴォ」
「オイコラ無視するな!」
「レオンハルト!天翔を怒っちゃ駄目!」
「そうよレオン。落とすわよ?」
「俺の飛竜なんですけど!?」
整合騎士にとっては、神器と同様に相棒と呼べる存在なのが飛竜だ。その飛竜が、まさか自分よりアリスとフィアに懐いてると思ってなかったレオンハルトは、頭を抱えた。
三人はまだソルスが沈みきっていないのに外へと出かけていた。ソルスが西の空に存在し、空は今落ち付きを与えるような赤となっていた。レオンハルト一人ならともかく、三人でこの時間から外に出ることなど一度も無かった。無論、フィアと二人の時でも過去に一度だけである。
「それにしてもこんな時間から出てよかったの?…そもそもわたしが外に出てる時点でも駄目だと思うのだけど」
「それこそ今さらだな。アリスが気にするようなことじゃない。誰にも文句は言わせないからな」
「そういう問題じゃない気が…」
「レオンがこう言ってるのだから気にしなくていいのよ」
「フィア…」
(あれ?俺の立場無くね?)
レオンハルトが天翔に向かわせたのは、北東方向に進んで行った地点に生い茂っている林だ。その林の中には大きな池があり、その側にポツンと建てられてある家が目的地だ。
「こんな所に家が…」
「昔建ててみた」
「…なんで建てれるのよ」
「難しかったが、やりがいはあったぞ?」
「ふふっ、私にも内緒でこんなの建ててたのね」
「まぁな。フィアに出会う前だったし」
家の前に天翔を降りたたらせ、三人も順に天翔の背中から降りる。この時にアリスがレオンハルトに降ろしてもらうことが定番となり、その時にわざとアリスを振り回すことも定番となっている。そのためアリスは今回はどんな目に合うのかと身構えていたのだが、レオンハルトは何もせずにアリスを降ろした。そのことにアリスは逆に不気味さを覚え、フィアの後ろへと走って隠れるのだった。
「…なにしてんだ?アリス」
「だ、だってレオンハルトが何もしなかったから…」
「してほしかったか?」
「そんなわけでしょ!でもいつも振り回されるから、何もないと逆に怖いのよ!」
「あ〜。ま、今回はそういうのはやんないって決めてるから」
「なんで?」
「気分」
フィアの後ろから顔を覗かせてレオンハルトの様子を観察し、本当にレオンハルトがそういう気分じゃないとわかったところでアリスは警戒を解いた。レオンハルトは自分勝手に行動するが、嘘をつかないと知っているからだ。警戒を解いたアリスの手をフィアが引き、家の中へとレオンハルトの後を追う。
セントラル=カセドラルにあるレオンハルトの部屋とは異なり、ここに建てられている一軒家はアリスの家に近いものとなっていた。つまり庶民的なのだ。決して広すぎず、かと言って三人で過ごすには窮屈しない。まるで狙っていたのかと言いたくなるような、そんな広さだ。
もちろんレオンハルトは狙って建てたわけではない。「別荘でも作ってみるか」という軽い気持ちで建て始め、建設のノウハウを身につけた際に少し調子に乗ったのだ。そして、一人では広すぎるという理由で、全く使っていなかったのだ。
「…あ、椅子と寝床が足らねぇな」
「外に出してた椅子を中に入れる?大きさもおなじぐらいのようだし、違和感はないはずよ」
「そうするか」
「寝床はどうするの?そもそも、今はどれだけあるの?」
「そりゃあ1個だけだな。ここは一人で過ごす予定で建てたし…まぁ一人で過ごすには広くしすぎたから結局使ってなかったが」
「それなら三人一緒に寝ましょうか♪」
「は?」
「え!?」
外の椅子を素早く取ってきたフィアが爆弾発言をした。フィアが楽しそうに言っているが、彼女が冗談で言っているわけではないことを二人は察した。しかし、察したとはいえアリスはそれに頷くことはできなかった。フィアとなら同性である上、実際に何度か同じ寝床で寝たことがあるため依存はない。しかし、レオンハルトは異性だ。アリスも年齢的に少しずつ異性への意識が変わってきているため、余計に抵抗感が強いのだ。
そして、レオンハルトが呆気に取られているも、今まで一度もフィアと寝床を共にしたことがないからだ。アリスからは「なんで結婚してないの?」と何度も言われるほど仲がいい、というか仲睦まじいのだが、出会ってから一度も寝床を共にしたことがない。
「寝床が一つしかないのだもの。他に手はないでしょ?」
「そ、そうだけど…!でも…レオンハルトは……その、男の人だし…」
「大丈夫よ。レオンは年下に興味ないから」
「そういう問題じゃないの!」
「それに寝込みを襲うような男でもないし…そんな度胸ないし」
「そうそう。…ところで最後なんか言った?」
「言ってないわよ」
「…わたしが恥ずかしいもの……」
「腹をくくりなさいアリス。ちゃんと寝ないとせっかくの安息日を楽しめなくなるわ」
レオンハルトとしては、特に反対することはない。寝床に入ればすぐに寝る男だからだ。そのため一人で反対意見を出すしかなかったアリスなのだが、フィアの言い分も分かっていた。仕方のないことなのだと。だからアリスは、己の羞恥心を最後の盾として用いた。恥ずかしいものは恥ずかしいのだと。
フィアもアリスの意見を理解している。同性であるからアリスの言っていることも分かり、意識が変わってきていることも分かっているのだ。それでもフィアは押し切ることにした。なぜレオンハルトがここに連れてきてくれたのか、その理由を聞かずとも理解しているからだ。
「……うぅ…分かったわよ。でも!この1回だけだからね!もう二度とこんなことしないから!」
「ええ。それでいいわ。さて、問題も片付いたことだし、ご飯を作りましょうか♪」
「そういえば食材は?」
「レオンが昨日の夜運んできてくれてるわ。でしょ?」
「そうだが…、なんで知ってるんだよ」
「ふふふっ、お見通しなの♪」
「はぁー、恐ろしいなぁ」
地下の食糧庫から食材を取り出し、三人で分担して料理を作る。アリスも料理の心得があり、フィアから料理も教わっていたことでさらに腕に磨きがかかった。食材を切り終え、あとは煮込むだけという段階になると、アリスは天翔用の食事を用意し、外にいる天翔に渡しに行くのだった。
「まじでいつの間に仲良くなったんだか…」
「いつかしらね〜」
「フィアは知ってるのか?」
「もちろんよ♪まぁ、単純な話でレオンが天翔から落ちてる間に仲良くなったのよ」
「…あぁ。だからいつまで経っても迎えが来なかったのか」
「レオンなら帰ってこれると思って。それに私たちは手綱を握ってもどうしたらいいか分からないもの」
「それもそうか。ま、甲冑なんてロクにつけないおかげで街中歩けたし、お土産も買えたからいいんだけどな」
「自由よね〜。羨ましいわ」
「必ず一緒に街を歩けるようにするから」
「えぇ。楽しみにしてるわ♪」
料理も出来上がり、食器も用意したところでレオンハルトがアリスを呼びに行く。アリスは天翔とじゃれ合っていたが、手を振ってすぐに家の中に戻った。三人で談笑しながら食事を取り、入浴も終えたところですぐに寝床についた。
「こうしてみると、アリスが娘みたいね〜」
「もぅ〜、娘じゃないわよ」
「でも、嫌じゃないでしょ?」
「……答えないわ」
「それが答えみたいなものよ〜」
「むがっ…!」
「…横で何してんだか」
レオンハルトとフィアでアリスを挟むように寝転び、アリスは恥ずかしさからレオンハルトに背を向けていた。つまりフィアの方を向くのだが、それが今は仇となって抱きしめられていた。
「むー!むー!」
「ん?……フィア、アリスを離してやれ」
「え〜。可愛いだもの、嫌よ〜」
「息しづらそうにしてるぞ」
「あら?…ごめんなさいアリス」
「ぷはっ!はぁはぁ…フィアのバカ」
「アリスがもうちょっと上に来てくれたらいいのだけど…」
「フィアは諦めろ。二人とも、もう寝るぞ」
「「はーい」」
結局仰向けが一番いいという結論に至ったアリスは、心を無にして目を瞑った。それでもフィアはアリスのことを可愛がっているため、ゆっくりとアリスの頭を撫でていた。レオンハルトはそれを横目に見て、アリスが寝れないかと思っていたが、その予想に反してアリスはすぐに寝息をたてはじめた。
「ふふっ。頑張ってはいるけど、まだまだ子供ね〜。無垢な寝顔♪」
「…フィアはアリスのこと好きだな」
「当然よ。レオンもでしょ?」
「……さぁな」
「素直じゃないのね」
「………フィア、ごめんな」
「…相手は私じゃないでしょ?」
「…そうだな」
「でも……そうね〜。レオン、力を貸してくれる?」
「?何するのかは知らないが、フィアの頼みなら」
「アリスにね、あげたいものがあるのよ」
翌日はアリスの思い通りに過ごさせる。それがレオンハルトが考えていたことだ。フィアもそれを分かっているため、アリスに付き合うためにも今から作るしかない。
そもそも、今回ここまで来たのも、こうやって外に出られるのが最後だとレオンハルトが判断したからだ。というのも、レオンハルトは、ベルクーリから任務を言い渡されている。基本的にはすぐに任務を達成して帰ってくるのだが、今回はそうならないとレオンハルトはふんだ。オークの集団が相手の任務だが、ライバル視している暗黒騎士も後に来ると悟っているのだ。戻ってきた時にはもう期限が迫っており、外に連れ出す時間がなく、フィアもそれを理解していた。
☆☆☆
2年間という期間は長いようで短い。任務から帰ってきたレオンハルトは、アリスを連行した時を思い出していた。レオンハルトの隣にはそのアリスがおり、そのアリスの首からはレオンハルトとフィアから渡された宝石がかけられている。これから二人は上層へと向かう。そう、
「大人しく来たようデスねェ」
「なんか疑ってたのか?」
「仲良くなってレオンハルトが裏切るかと」
「ハッ。まさかな」
「それじゃあ
「……ぇ?…ま、待ってください!神聖術を訓練したら村に帰らせてくれるって仰ったじゃないですか!!」
レオンハルトは耳を疑った。そんなことは初耳だったからだ。それと同時に理解した。アリスが熱心過ぎたことを。「村に帰れるかもしれない」そのあり得ない希望を糧にしていたのだろう、と。そしてチュデルキンに怒りを覚えていた。初めからその気がないのに希望を抱かせ、騙されたと知ったアリスの反応をチュデルキンが楽しもうとしているからだ。
「…チュデルキン?そんなことをアリスに言ってたのか?」
「ん?エェ言いましたヨォ。その方が熱心に取り組むと思ったのデェ。あーそうそう、村には帰れませんヨォ」
「なん…で…?」
「罪人が帰れるわけないじゃないデスかぁ。あーでも死ぬわけではナイデスよぉ?晴れて整合騎士へとなれるのデぇす!」
「え?え?」
「ただぁし!今までの記憶は全部消えますけどネェ!つまり!今のお前は死ぬと言えるので、処刑なのデェス!!」
アリスの脳はチュデルキンの話をほとんど飲み込めていなかった。しかし、最後のことは理解できた。そう、記憶が消されるということは。
「記憶…が?…いや」
「なんデスかぁ?」
「いや…いや……いやぁ!!お願いします!記憶を消さないでください!!」
「オホホホホホ!そんなの聞けませんナァ!喜びなさい!記憶を代償に名誉ある整合騎士になれるのデスからぁ!」
「やだ!やだぁ!!レオンハルト!なんで…!なんでぇ!」
「……ごめんなアリス。あと正確にはまず整合騎士の見習いになるんだが…」
「別れはそれでイイんですカぁ?ではさっそく〜」
「その前にチュデルキン」
「はい?なんですカァ?」
《シンセサイズの秘儀》と呼ばれる儀式を行い、アリスを整合騎士として生まれ変わらせようとしたチュデルキンをレオンハルトは呼び止めた。アリスの反応がよっぽど気に入ったのか、チュデルキンは残虐な笑みを隠すことなくレオンハルトに向けた。それを見た瞬間、レオンハルトは質問を投げかけた後に取る行動を決めた。
「お前はこのアリスの反応を楽しむために嘘をついた。それが本音だな?」
「エェもちろん!トーゼンのことじゃないデスかぁ!罪人が解放される?そんな馬鹿げた話があるわけないのニィ!その罪人は信じたんですヨォ!そもそも!レオンハルトも処刑を承知の上で預かったじゃないですかァ!仲間デスねぇ!」
「エレメント・バースト!!」
「な"ぁっ!?…レオンハルト……オマエエェ……っ…」
レオンハルトが神聖語を言いつつ剣を抜いた。その瞬間チュデルキンの影から黒い枝のようなものが伸び、チュデルキンの頭を貫いた。
「
「レオンハルト…?……わた、し…なにがなにだか…」
「レオンハルトこれはどういうつもりかしら?」
「アドミニストレータか。チュデルキンにイラッとしたから気絶させた。シンセサイズは俺がやる」
「…シンセサイズの後も他と同様に、神器はコレを。裏切ったらどうなるか分かってるわよね?」
「無論だ」
「ならいいわ。私は眠りにつくから」
「あぁ」
「…やっぱり…レオンハルトもそっち側なんだね。…今までのことも…元老長みたいに楽しむためだったんだ?」
「……何を言っても信じられないだろうな。…アリス・ツーベルク、禁忌目録を犯した罪でお前を処刑する」
「…わたし……好きだったんだよ?フィアのことも、あの生活も……レオンハルトのことも!」
「…っ!………っっごめん、アリス」
「…バカ。…
「さよなら……アリス」
──フィアに今までのお礼言いたかったかな。
その日、アリス・ツーベルクは人界からいなくなった。アリス・ツーベルクを連行した騎士の一人であり、生活を共にしたレオンハルト・シンセシス・スリーの手によって。
そして、新たな命が誕生した。
「おはよう、騎士アリス」
「…おはようございます」
そう、後の整合騎士が。
長くなってもた…。
レオンハルト暴挙に出過ぎー!チュデルキンがぁ!