1話
「レオン起きてください。レオン」
『レオンハルト起きてー!朝だよー!』
「…っ!……あぁ、朝か。悪いな起こしてもらって」
「いえ。おはようございます、レオン」
『もう!レオンハルトはいい加減自分で起きてよね!』
「おはよう。アリス」
(…駄目だな。まだ引きずってる)
目の前にいる少女アリスは、レオンハルトの手によって生み出された存在。彼が2年間共に過ごした少女、アリス・ツーベルクを犠牲に生み出された存在だ。同じ声、同じ顔、同じ容姿、何もかも同じであるが、中身は異なる。その事実を分かっていながらレオンハルトは、儀式を己の手で行った。それが責務だと思って。
「…?どこか具合が悪いのですか?」
「…そう見えるのか?」
「なんとなく…ですけど。……いえ、具合が悪いと言うよりも、どこか
「!!…ハハッ、…気にするな、寝覚めは悪い方でな。それで、着替えたいんだが、アリスは俺の着替えを見たいのか?」
「なぁっ!?そ、そんなことありません!!失礼します!」
「ははは、記憶がなくても同じとこはある、か」
分かりやすく赤面して出ていったアリスに苦笑するレオンハルトだったが、部屋から出させたのは着替えのためだけではない。そもそも、レオンハルトは着替えを見られようが気にしない人間なのだ。そうだというのにアリスを部屋から出させた。その理由は明白で、レオンハルトがまだ吹っ切れていないからだ。目の前にいるアリスとアリス・ツーベルクを重ねて見てしまっている。そうしてしまう自分に嫌気が差すから、アリスを部屋から出したのだ。
「ったく、…自分でやっといてこれか……。滑稽なもんだな」
己をあざ笑い、内心で責め続ける。自分の手で暗い生活を送るはずだった少女に真逆の生活を与えた。自然と笑顔がでるような空間を与え、共に過ごした。綺麗に咲き誇る向日葵のような、温かみのある笑顔を浮かべる少女を自らの手で殺したのだ。性格が破綻しているような、倫理観を失ってるような人間ならそのことで悦にでも浸るのだろう。しかし、レオンハルトはそんな性格をしていない。自分勝手であるが、倫理を捨ててはいない。だからこそ苦しんでいる。忘れられないから。大切な人の一人にまでアリスと仲良くなったから。
「おはようレオン。ご飯の用意できてるわよ」
「ありがとうフィ…ア………髪…切ったのか」
「えぇ。私なりの
「……ごめん。俺のせいだな」
「…馬鹿なこと言わないで。一人で背負い込んでほしくないから、その苦しみを分かち合いたいと思ったからこうしたの。だから謝らないで」
「だが……っ。ありがとうフィア。俺も切り替えないとな」
「ふふっ、それでいいのよ。さ、アリスが待ちくたびれてるから早く食べましょうか」
「わっ、私はそんな思いで待ってたわけではありません!」
「そう?熱心な目で私たちを見てたじゃない」
「そ、それは…二人の関係が気になって…」
からかいすぎたかな、と軽く反省し、フィアはアリスに謝りながら彼女の頭を撫でる。アリスは子供扱いされていることに頬を膨らませるも、すぐに表情が緩んでいた。そんな光景を見つつ、レオンハルトはフィアの強さに尊敬の念を抱いた。間違いなくフィアの方がアリスと接し、アリスと話、アリスを好きでいた。そのアリスがいなくなったというのに、"けじめ"として腰まで伸びていた髪を肩を越す程度の長さにまで切ったのだから。
(…髪はあまり切りたくないって言って、ずっと長さを一定にしていたのにな。……俺もいつまでもウジウジしてらんねぇか)
レオンハルトは、数秒間目を瞑って次々とアリスとの日常を思い返した。そうして感情の整理をつかせてから目を開き、用意された食事に手をつけた。それを不思議そうに見てたアリスだが、フィアが特にそのことに突っ込まずに食事を促したのでそれに従った。
「昨日言った通り、アリスに訓練つけるのは俺だから」
「はい。よろしくお願いします」
「…レオンが訓練、ね?」
「俺が教えるの下手くそみたいな含みを持たせるなよ…」
「実際にレオンの教導はどうなのですか?」
「どうなんでしょうね?」
「へ?」
「だってレオンが訓練つける相手ってアリスが初めてだもの」
「え…」
フィアの発言が本当なのか問いただすようにレオンハルトを見つめるも、レオンハルトは顔をそらすだけだった。その反応はフィアが言ってることが真実であると裏付けているのだが、アリスは騎士として新米中の新米だ。大先輩であるレオンハルトの訓練方法がどうであれ、それはレオンハルトが意識していることのはずだと考え口を閉じた。
「ま、なるようになるさ」
「その発言でそこはかとなく不安を覚えてしまったのですが…」
「ふふっ、楽しみね〜」
☆☆☆
「ほらよアリス。お前の神器だ」
「ありがとうございます。たしか銘は
「ああ。持てるのは持てるだろ?」
「当然です。振るうこともできます」
「それを
「何回でも」
「なら試してみろ。アリスは剣筋を乱さないことに集中しとけばいい。俺は数えとくし、剣筋が乱れたらそこで止める」
「わかりました」
シンセサイズの秘儀を終えたとはいえ、本来ならまだ渡すものではない。あくまでも騎士見習いなのだから。アドミニストレータもレオンハルトもアリスが整合騎士となるだけの才覚も能力も持っていることをわかっている。だからアドミニストレータはレオンハルトに神器である金木犀の剣を渡したのだ。そして、レオンハルトは早いうちから慣れる方がいいだろうと判断したのだ。
アリスはレオンハルトに手渡されたその剣を大切に受け取り、一刀一刀集中して振るう。シンセサイズされたことで優先度の高い神器を振るえるようになっている。それ故にアリスはこの事になんの意味があるか理解できていなかった。しかし、その疑問はすぐに晴れた。レオンハルトに中断させられたからだ。
「乱れたのは自分でも気づけたか?」
「…違和感程度になら」
「ま、最初でそう感じれてるなら十分だな。…わかったろ?アリスはその剣を振るえてはいるが、あくまで振るえてる
「……はい」
「死なないために修行するわけだが、……ある程度剣の振り方を体に染み込ませたら実践な」
「い、いきなりですか?」
「いきなりはやらないけどさ。実践を経験しないとその剣を満足に振れるようにならないから。危なくなったら助けるさ。厳しいだろうが、いいか?」
「はい。それが必要なことであれば」
「真面目だな…。でもなアリス」
「なんでしょうか?」
「今甲冑つけてないだろ?甲冑つけたら今以上にやりにくいぞ」
「あ…」
忘れていた、と抜けた顔をしているアリスにレオンハルトは軽く吹き出してしまった。真面目であるが抜けたところもある。アリスの性格と素がよく出ているな、と。
「…笑わないでください」
「すまんすまん。でも専用の甲冑はまだ作るわけにもいかねぇしなぁ」
「なぜですか?」
「アリス、お前は成長しないでいいのか?」
「…成長はしたいですね」
「だろ?成長期が終わったら、その時の体に合わせて甲冑を作る。ひとまずは戦えるだけの強さになってもらうが、実践は甲冑着るわけだし、作れたらそれに馴染むまでまた訓練だな」
「大まかな流れは理解しました。ですが」
「ん?」
「レオンに体のことを言われると嫌らしく聞こえますね」
「なんでだよ!」
「不埒なことをしそうです」
「しねぇからな!?」
アリスが冗談で言っていることは、レオンハルトも分かっていたのだが、真面目な顔で言われるため、実は本当にそう思っているのでは?と悩んでもいる。レオンハルトは、アリスの口元に視線を集中させ、口角が僅かに上がっていることに気づくまで悩むのだった。
「まさか師をからかう弟子がいるとは…」
「レオンが遠慮するなって昨日言ったからですよ?」
「言ったな〜」
「お?こんなとこで珍しい顔を見ると思ったら、なんだ
「レオン、この方は?」
「そういや挨拶回りしてなかったな。めんどくさいからやらなかったんだが…。ともかく、目の前にいるオッサンは騎士団長のベルクーリ・シンセシス・ワンだ。腹立たしいが最強の騎士だぜ」
「お前さんは一言二言余計なこと言わないと気がすまないのか…。ま、いいや。そんなわけでベルクーリだ。一応団長をやってる」
「し、失礼しました!騎士見習いのアリスです!よろしくお願いします!」
「レオンのやつが鍛えてるわりに真面目な嬢ちゃんだな。これが反面教師ってやつか」
「おい」
アリスがシンセサイズされたあの日。ベルクーリもアリスと関わっていた時の記憶を失っている。他にもアリスを知っている者たちの大半が記憶を失っており、覚えているのは最高司祭や元老長、そしてシンセサイズした張本人であるレオンハルトと付き人のフィアだけだ。
レオンハルトが訓練場として使われているこの階層に来ることは、ベルクーリの言った通り珍しいことであり、来たときはたいてい他の騎士と模擬戦をする時だけだ。
「ベルクーリ、私はレオンがこの役をすることに違和感しかないのだけど」
「まさか身内にそんなこと言われるとは…。しかもさっきはそんなこと言ってなかったのに…」
「フィア嬢もいたのか。つくづく珍しい光景だな。…ま、この役割はとやかく言う必要もねぇんじゃねぇか?ぶっちゃけ最終的には実戦経験をどれだけ積むかって話になるわけだからな」
「そうだぞー。基本は教えるし、ある程度応用も教えるが、やっぱ一番は実戦だ。ここじゃあ寸止めか負傷程度で終わるが、実戦はどっちかが死ぬまで続く。本気で殺しにかかってくるやつにどれだけ対処できるか。それを鍛えるには実戦しかない」
「…はぁ。あなた達の意見が一致してるならそれでいいわ。レオンも分かってるって証拠だしね」
正直な話、フィアはレオンハルトがアリスを鍛えることに、不満を抱いているわけではなかった。レオンハルトのことを信用しているし、何度も戦場へ行っては何事もなかったかのように元気に帰ってくるからだ。経験が豊富ならそれだけ教えられることもある。それがわからないフィアではないのだ。
では、なぜベルクーリに聞いたのか。それはフィアの深層心理が関わっている。髪を切り、気丈に振る舞っているフィアだが、心に傷を負っていないなんてことはない。この2年間では一番フィアがアリスと接したのだから。だからこそフィアはもう失いたくないのだ。アリス・ツーベルクと目の前のアリスは別人だ。だが、また一緒に過ごすことも事実だ。
これからはもっと長い期間共に過ごし、もっと多くの思い出を共有する。それがわかっているからこそ、いずれ実戦投入されるアリスに
「あの、それで…私はどうしたらいいんですか?」
「ん?あぁすまんすまん。引き続きレオンに鍛えてもらうといい。実力はオレと並ぶし、臨機応変に動く。いろんな経験を積ませてくれるだろうさ。…まぁいずれはオレも手ほどきはするがな」
「すんのかよ」
「なんだ?駄目なのか?」
「別に。正直な話、誰の教育にしろベルクーリ以上の適任はいないしな」
「ハハハッ、オレはレオンハルトの方が良いと思うがな!」
「どうだろうな…」
「あの…よろしくお願いします!」
「オウ!つっても俺の出番はまだ先だからな!レオンについていけよ!」
「はい!」
☆☆☆
「…レオン」
「フィア?どうかしたのか?寝れないってわけじゃないだろうが…」
その日の夜、アリスが寝静まった頃にフィアはレオンハルトの寝室を訪れた。フィアが夜にレオンハルトの寝室を訪れることは非常に珍しい。それこそ、その回数も両手で数えることができ、その時々のことを思い返せるほどだ。しかし、フィアが夜に訪れる時は、決まって楽しい話じゃない時だ。レオンハルトは、寝床の脇に腰かけ、フィアを手招きした。肩が触れ合う程近くに座っており、二人の距離を如実に表していた。
「私ね、……本当は辛いのよ」
「…やっぱりか」
「えぇ。…いけないことだとは思ってる。あの子達を重ねて見てはいけないって。……でも、…ふとした時には重なって見えるのよ。おかしいわよね…、性格が違うのに…」
「容姿はそのまま…でも、性格は少し違うよな。……それでも全くの別人でもない。あの子の優しさは変わってない」
「そうね。だから余計に辛いわ。……でも、…それはあなたが一番そう思ってるわよね。…あなたは………わたし…なにも…」
「いいんだよ。フィアはあの場にいてほしくなかったから」
「でも…!」
「これは俺が背負う…って言うのは駄目なんだよな。俺達は忘れないでいよう。俺が何をしたのかを、そしてあの子のことを」
「……そうね」
肩が触れ合っていただけの二人だが、自然と手も重なった。お互いの存在を確かめるように、そして決意を示すために。重なり合う手は次第に指を絡め合い、柔らかな視線が交り合う。
「ねぇ、レオン。また約束してくれる?」
「いいぞ。フィアの頼みなら」
「アリスを絶対に守って。どんな脅威からも」
「わかった。約束する」
「よかった」
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