自由な整合騎士   作:粗茶Returnees

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2話

 アリスに剣の型を教え始めて数日、最低限のことを教えたと判断したレオンハルトは、アリスを果ての山脈に連れて行くことを決めた。

 果ての山脈まで早くとも確実に丸一日はかかってしまう。今日は既に半日を訓練に費やしており、今から出立しても仕方がない。果ての山脈に向けて出発するのは明日にすることにしたレオンハルトは、フィアが用意してくれた食事に手を伸ばした。

 

 

「何か決まったようね」

 

「顔に出てたか?」

 

「出てないわよ。でもわかるの」

 

「そういう術式ってあったか?」

 

「作れるかもしれないわね。作らないけど」

 

「神聖術はそんな気軽に作れるものではないでしょう…」

 

「そうなの?」

 

「え…?」

 

 

 アリスとフィアがお互いの発言に首を捻った。一般的に考えればアリスの感覚の方が正しい。よっぽど高位の術者でなければ、なかなか神聖術を新たに作ることはできないからだ。空間リソースを消費し、属性の組み合わせや出力の調整で様々な技ができるが、基本的に既にあるものを覚えて使用するだけだ。

 アリスは当然のことながら教わったことを覚えて使用することしかできていない。新たに作る、ということ自体考えたことがないのだ。しかしフィアは違う。効率化させるだけでなく、改良するだけでもない、フィアしか知らない神聖術をいくつも作っているのだ。2年前に天翔に乗ったシオンを転移させたのもそれだ。

 

 

「真面目なのはいいけど、頭を固くしちゃ駄目よ。柔軟な思考をできるようにならなきゃ」

 

「柔軟な思考…ですか」

 

「そう。パンを使った料理は1種類だけかしら?」

 

「いえ、そんなことはありません。現にフィアは朝食とこの昼食とで異なる料理を作ってくれました」

 

「そうね。神聖術もそれと同じなの。既存のものだけじゃない。術者の想像力しだいでいくらでも神聖術はできるわ。…もちろんそれを成立させるための腕も必要だし、リソースや属性をどう使うかも考えないといけないけどね」

 

 

 フィアが言っている言葉をアリスも分かってはいた。分かってはいるのだが、それをしっかりと自分の中で消化できているわけでもなかった。考えもしなかったことを言われたのだ。そうなるのも当然と言えるだろう。

 その様子を見ながら食事を済ませたレオンハルトは、立ち上がって腰を伸ばした。リラックスした表情ではあったが、それでも目は鋭かった。それをしっかりと見ていたフィアは、弁当を片付けていきアリスを立ち上がらせた。

 

 

「フィア?」

 

「レオンハルトに付いていきましょうか。…仮の甲冑と武器を探すようだし」

 

「そうなのですか?」

 

「…まぁな。アリス専用の甲冑はまだなわけだが、実戦に行くなら甲冑は必要だろ。あと剣もな。その金木犀の剣は持っていくわけだが、確実に触れない剣じゃゴブリンすら倒せない」

 

「ゴブリンもですか」

 

「ゴブリンを馬鹿にするなよ?あいつらを下に見て仕掛けたら死ぬからな」

 

「!…はい」

 

 

 訓練場を出て三人は武器庫へと足を運んだ。ここには神器ほどではないにしろ、優先度の高い武器や防具が置いてある。この場に初めて入るアリスは、もの珍しそうに辺りを見渡していた。武器庫のどこに何があるか把握しているレオンハルトとフィアは、場所に検討をつけ今のアリスに合う装備をいくつか選ぶ。

 いくつか選んだ二人は、アリスの下に剣を運んだ。防具類はアリスにそれぞれ見てもらい、どれにするか決めさせるため運んでいない。

 

 

「だいたいこんなとこだ。どうする?」

 

「優先度はどれも似たものだから、アリスの好みで選んでいいわよ」

 

「好みで…ですか」

 

「見た目で選んじまえ」

 

「そんな軽く決めるものですか?」

 

「冗談だ。一個一個振り回してみろ。それで手に馴染む物があればそれにすればいいし、複数あればそれこそ見た目で決めたらいい」

 

 

 そう言ったレオンハルトは、近くにある剣をアリスに渡す。アリスはそれを受け取るも、試しに振るうよりも先にレオンハルトに一点だけ問うた。「もしどれも手に馴染まなかったらどうするのですか?」と。それもそうだろう。この場にあるどれもが使いにくいと感じたら、あとは与えられている"金木犀の剣"しかないのだから。

 

 

「そこは考えてある。心配せずに試してみろ」

 

「…わかりました」

 

 

☆☆☆

 

 

 翌日、果ての山脈へと出立する準備を整えたレオンハルトとアリスは、飛竜の発着所へと来ていた。無論見送りにフィアも来ており、レオンハルトがセントラル=カセドラルを離れるとあって、フィアの側にいるためにベルクーリもこの場に来ていた。レオンハルトの代わりを務めるためだ。

 

 

「忘れ物はないかしら?」

 

「大丈夫だ。ちゃんと確認したし、アリスも確認してくれたからな」

 

「なら大丈夫ね」

 

「…レオンはなぜこのような心配をされるのですか?」

 

「…さぁな〜」

 

「いやいや、お前さんがよく携帯食料を忘れるからだろ」

 

「酷いときは剣を忘れたもの」

 

「は?」

 

 

 信じられないものを見るような目でレオンハルトに視線を向けるアリスだが、レオンハルトは誰とも目を合わせないようにそらしていた。携帯食料を忘れれば食事に困るのは明白、果ての山脈に行くとなればおいそれと食料があるわけではない。そして敵の侵略を阻むとなればダークテリトリーに踏み入れるのだが、ダークテリトリーはリソースに恵まれない土地だ。簡単には食料が手に入らない。

 それ以上に、騎士が剣を忘れて任務に行くとはどういうことなのだろうか。肌見放さず持つべき物であり、かけがえのない相棒のはずだ。アリスはまだ扱えないが、最高位神聖術である《完全武装支配術》は神器への理解と絆が必要だ。そしてレオンハルトは神器以外持ち歩いていない。つまり剣を忘れていったということは、神器を忘れていったということだ。

 

 

「今の話本当ですか?」

 

「…そんなこともあったな」

 

「ありえません…」

 

「だ、だがこいつ(神器)を忘れたのはそれっきりだぜ?」

 

「当然のことです!むしろ一度でも忘れて行くことがおかしいのです!」

 

「けどまぁ…ほら、生きてるし。それでよくね?」

 

「よくありません!いいですか──」

 

 

 その後20分以上も弟子に説教される師匠、というなんとも奇妙な光景が広まった。その間何度もベルクーリとフィアに目で助けを求めたレオンハルトだったが、二人ともそれに応えず、むしろアリスを応援していた。ベルクーリは「たまには怒られろ」という思いがあり、フィアは何度も心配をかけさせられているからだ。

 

 

「さて、ひとまずはこんなところでいいでしょう」

 

「ふぅー長った〜。……ひとまず?」

 

「はい。まだ話は終わってませんから、天翔の背に乗ってる間に続きです」

 

「…まじか」

 

「ふふっ、アリスしっかりお灸をすえといてね」

 

「もちろんです」

 

「くくくっ、日頃の行いのせいだなレオン。これを機に見直したらどうだ?」

 

「…それだけはない。反省はするが、変えるわけにはいかないところもあるからな。極力心配かけさせないようにはするが」

 

「…はぁ。あなたはそういう人だものね」

 

「おう!」

 

 

 全く反省していないわけでもなく、それでいて行動を改めるわけでもない。そんな勝手な男だが、フィアもそこは絶対に変わらないと思っている。だから、レオンハルトの行動を変えさせるのではなく、新たな心がけをしてもらおうと決めた。天翔の背に乗ろうとするレオンハルトの手を引き、自分の方に体を向けさせる。そのすぐ後にフィアはレオンハルトに抱きついた。手を背中へと回し、額を胸に当てる。

 

 

「…フィア?」

 

「あなたが自由に行動することは何も言わないわ。あなたのそういうところが好きだから。…でも、心配なのは心配なの。すぐに無茶するし、無理だって思われるようなこともするから。…だから、命を大切にして。必ず帰ってくるって誓って」

 

 

 フィアは今までこうやって心中を吐露することがなかった。それはレオンハルトへの信頼もあったのだが、身内を失うことの恐怖を知らなかったからだ。つい2年前までフィアの世界は自分とレオンハルトだけだった。その二人だけの世界にアリスという少女が加わり、身内が増えたことを嬉しく思っていた。娘のようで妹のような存在。自分にとって大切な存在にまで大きくなったアリスだったが、そのアリスはもういない。もう一人の大切な存在であるレオンハルトの手でいなくなったから。

 その時初めてフィアは身内を失うことの虚しさや切なさといった感情を味わった。最高司祭アドミニストレータによって決められた規則(運命)。それをレオンハルトは拒むことができない。拒むことはできるが拒めないのだ。それは二人の間で交わされた《契約》が関わっていて、詳細を知らずともフィアはなんとなくそれがわかっていた。だからこそ、己の無力さをも味わった。神聖術の腕はアドミニストレータに決して負けない。しかし何かできるわけでもない。

 フィアは自分がどれだけ無力な存在で、どれだけレオンハルトに守られ、背負わせているのかをつい最近理解した。だからこそ、もう二度とあの感覚を味わいたくないのだ。レオンハルトまでいなくなれば、一人だけになってしまうから。そしてそれは自分の世界の終わりを意味するから。

 

 レオンハルトはそんなフィアの想いを完全には汲み取ることができない。当然だ。人は人の気持ちを完全には理解できないのだから。それでも、瞳を潤ませて見上げてくるフィアの心中をある程度察することはできる。だからレオンハルトもフィアの背中に手を回し、軽く力を込めて抱きしめ返した。自分の存在をフィアに示すために。

 

 

「心配するな…とは流石に言えないが、信じてくれ。俺もアリスも必ず帰ってくることを」

 

「レオン…」

 

「誓うよ。絶対に何があっても、生き恥を晒してでも帰ってくる。俺もアリスも生きて帰ってくることを、フィアに誓う」

 

「…うん。…ごめんね、もう大丈夫だから」

 

「そっか」

 

「レオン、アリスも。行ってらっしゃい」

 

「ああ。行ってくる」 

 

「行ってきます。フィア。私も必ず帰ってくると誓います」

 

「ありがとう」

 

 

 今度こそ飛竜に跨ったレオンハルトは、アリスを連れて飛び立った。フィアとベルクーリに手を振って。

 アリスは今の二人のやり取りを見て、説教の続きは必要ないと判断した。そんなものは無粋であると思って。

 

 

「レオンとフィアのような夫婦像は、素晴らしいものですね」

 

「…ん?俺とフィアは結婚してないぞ?」

 

「………え?」

 


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