飛竜に跨り飛び立つこと数時間。レオンハルトとアリスは、昼食を取ることにしたのだが、アリスが飛竜の上で食事を取ったことはない。常にテーブルであったり、シートの上で食べていた。そのため天翔の上とはいえ、空中で食事を取るということに戸惑っているのだ。
「食べないのか?」
「食べます。けど、飛竜の上で食べること慣れてませんので…その…」
「別に難しいことじゃないだろ。携帯食料なわけだし、手で持って食べる。それだけだ」
「分かってはいるのですが…」
「慣れてないからできないって?」
「できないことは……ないはずです」
「ははは!声ちっちぇー」
「わ、笑わなくてもいいでしょう!」
未知を恐れるどころか、自ら解明しようと飛び込むレオンハルトとは反対に、アリスは未知を前にすると竦んでしまう。日常生活ではあまり目立つものではなく、限られた世界と言い変えられる人界では未知なるモノがほとんどないのだ。そうは言ってもレオンハルトが言ったように、簡単に食べることができ、尚且つレオンハルトが目の前で実践しているのだ。何も難しいことではない。
しかし、アリスは慣れない飛竜の上で初めて食事をとる。頭では分かっていても、体が動かないのだ。レオンハルトにからかわれて顔を赤くしたアリスだったが、それでも携帯食料を口に運ぶことができないでいる。しばらく待っても無理そうだとレオンハルトが判断し、アリスの食料を奪い取る。
「なっ!なにするんですか!」
「待ってても食わねぇじゃん」
「レオンが食べるというのですか?」
「そんな食い意地はってねぇよ。ほら、口開けろ」
「……え?」
「だから口開けろって。食べさせてやるから」
「ふぇっ!?」
今度は別の理由で赤面したアリスだったが、レオンハルトはそのことに何も言わずにアリスに食べさせようとした。突然のことで固まっていたアリスだったが、それを見た瞬間体を仰け反らせて拒んだ。飛竜の上にいるため上体を動かして避けているアリスだったが、飛竜に乗る経験も当然レオンハルトの方が豊富だ。アリスの甲冑を掴み、動きを抑え込む。それでもアリスは首を動かして必死の抵抗を見せた。
「な、なぜあなたに食べさせられないといけないんですか…!」
「だってアリス自分で食わねぇじゃねぇか。飯はちゃんと食わないと駄目だろ?力が出ないぞ?」
「それは分かってますが…」
「ほら口開けて。大丈夫大丈夫。変に突っ込んだりしないから」
「今そのことに不安になったのですが…」
「あれ?ま、安心しろって。誰にも見られてないから恥ずかしくないぞ」
「…そういう問題じゃなむっ…!」
「はい咀嚼してー」
アリスは話をする時に必ず相手の顔を見る。そこをレオンハルトが利用し、アリスが口を開けるタイミングを見計らってから食料を押し込んだ。勢いをつけ過ぎないように気をつけ、一口分の大きさだけを器用に入れたのだ。食べ物を粗末にするなどアリスは絶対にしないため、口に入れられた食料をしっかりと咀嚼して飲み込む。…終始レオンハルトを睨んでいたが。
「…んくっ…急に入れないでください」
「手っ取り早いだろ?」
「危ないじゃないですか」
「ん?詰め込みすぎたか?」
「いえ、量はちょうどよかったです。……ってそうじゃないです!」
「わかってるよ。ほら、今度は自分で量決めろ」
「…ですから、それは…」
「さっき食べたし気にすることないって。ほら」
「…むぅ…相変わらず強引な人ですね…。…はぁー、食べますけど」
結局諦めてレオンハルトに食べさせてもらうアリスなのだった。そして、この一件があったおかげで、アリスは飛竜の上でも食事を取れるようになったのである。自分で食べないとその度恥ずかしい思いをするから。
☆☆☆
昼食を取り終えてから、アリスはレオンハルトと目を合わせないようにそっぽを向いていた。それすらレオンハルトにからかわれ、無言でレオンハルトの背中を叩いていたのだが、腕が疲れるとそれもやめた。
レオンハルトに軽く怒っていた手前、アリスは気まずく思っていた。まだ果ての山脈までは遠く、かと言って何かすることがあるわけでもない。景色を眺めている気分にもなることができず、嫌に時間を長く感じていた。
「アリス」
「……なんですか?」
そんな時だった。レオンハルトからアリスに話しかけたのは。レオンハルトは単独行動に慣れているため、こういう状況も苦ではない。だがアリスは慣れていないどころか今回が初めてなのだ。だからこそレオンハルトはアリスに話しかけている。
「暇だろ?」
「…そんなこと…ないです」
「俺も最初は暇だなって思ってたぞ?」
「そうなのですか?レオンはどんな状況でも何かしら見出して過ごすような気がするのですが…」
「初めて飛ぶ時はそうなんだけどな。1回行ったらもう分かるじゃん?新鮮味なくなって面白くないんだわ」
「そういう時はどうしてたんですか?」
「寝てた」
「は?」
「だから寝るんだよ。今はアリスが後ろにいるから寝転べないけど、一人の時は後ろに倒れて寝てる」
予想外の答え、ということで言えば予想通りであったが、その内容はやはりアリスの予想を超えているものだった。飛竜の上で寝るなど聞いたことがないからだ。
「よく落ちませんね…」
「慣れだよ慣れ」
慣れでどうにかなるもの、というのはレオンハルトの理論でしかない。アリスは強くそう思った。なぜなら、アリスは今レオンハルトの体にしがみついているからだ。昼食取る時も、レオンハルトに食べさせられることを避けていた時も、実はレオンハルトをしっかり握っていたのだ。
「…慣れる前は?」
「ハッハッハ、落ちてたなー」
「笑い事じゃないですよね!?」
「天翔がその度に空中で拾ってくれてたんだよ」
「…そうですか。…レオンは気にしないのですね」
「なにを?」
「私はさっきまでレオンに失礼なことをしていたんですよ?」
「気にすることか?スキンシップの一環だろ」
「……あなたのその寛容さが羨ましいです」
「ははは!伊達に100年生きてないからな!アリスはまだこれから学ぶんだよ。いろんなもん見て、悩んで、苦しんで、悲しんで。嬉しいこともあるだろうし、心がときめくこともある。経験積んで自分の価値観を持てばいい。焦る必要もないからな?」
「…やはりあなたは大きな人です」
「ベルクーリほどじゃないさ」
前方を見据えているため、アリスからはレオンハルトの背中しか見えない。背丈で言えばレオンハルト言うとおり団長のベルクーリほどではない。しかし、アリスからすれば、ベルクーリもレオンハルトも同じように、憧れ、頼りになる大きな背中なのだ。アリスはそんな背中に身を寄せ、少しでもこの人に追いつこうと決意するのだった。
☆☆☆
「さてと、果ての山脈についたわけだが」
「空気が薄いですね」
「それはいつものことだから。天翔の背に乗ってるときもそうだったが、高いとこだと空気は薄くなるからな。とりあえず野宿の準備するぞー」
「え…野宿なのですか?」
「そりゃそうだろ。こんな所に宿なんてねぇぞ」
「いえ、それは分かっていますが…、こちらの担当の方は寝床を持っているはずです。その方と合流しないのですか?」
アリスのその疑問は至極当然のことだった。果ての山脈は北方、西方、南方に及んでおり、それぞれ人界と暗黒界を繋ぐ洞窟があるのだ。東には"大門"が存在し、その四方にそれぞれ整合騎士が派遣されている。各方面の担当に二人。それぞれ交代することで、誰かしらが守護するようになっている。
そして、滞在期間は必ずあるためその期間に滞在する場所が存在するはずなのだ。その騎士の下を訪ねれば、野宿にはならないのだ。
「いや〜、任務で来てるわけじゃないならさ。それに俺はここの担当の奴と仲悪いし」
「…それならなぜここにしたのですか?」
「
「何がですか?はぐらかさないでください」
「それは明日になれば分かるから。それより体を洗いたいよな。……あっちだっけな」
「ちょ、待ってくださいレオン。どこに行くんですか」
「風呂だよ風呂〜。入りたくないなら来なくていいぞ〜」
「お風呂があるんですか!?行きます!」
"風呂"という単語にのみ意識を傾けたアリスは気づかなかった。そもそもこの果ての山脈になぜ風呂となりうる場所があるのかということに。そして、どう考えても屋外になるということに。レオンハルトが言う風呂を見て、アリスが固まったのは言うまでもない。
次回はもう少し頑張ります