Re:Fate   作:言乃葉

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赤い魔術師の朝

 

 

 

 この日の遠坂凛(とおさか りん)の目覚めはいつも通りのものだった。つまり気だるく、重たく、眠気が大層残って目覚まし時計の世話にならないと学校に遅刻してしまう。

 凛は世を忍ぶ魔術師一族の若き当主。魔術師の活動時間からして夜が多くを占め、彼女自身の魔力のピーク時間も夜中になっている。だから朝が弱いのは仕方ない。しかし仕方ないといっても表向きの学生としての生活を疎かにするつもりは微塵もなく、二度寝の誘惑を振り切って起床した。

 身支度を整えてリビングへ。凛の自宅である遠坂の家屋は大きく広大で、日本の一般的家屋からはかけ離れた立派な邸宅だ。しかしそこに居住している人間は凛一人。邸宅の多くの部屋は空き部屋になっている。現在より10年前の第四次聖杯戦争の際に凛の父親で前当主の遠坂時臣が命を落とした。このとき当主の引継ぎが不十分で、遠坂家の財は縮小、雇っていた使用人達にも暇を出していた。そのような経緯で広大な屋敷に凛一人の生活が10年続いている。

 リビングからキッチンへ、湯を沸かし何時も使っている茶葉の缶とカップ、ポットを用意する。凛は基本的に朝食は食べずに紅茶の一杯で済ませている。本格的な食事はランチからになる。

 淹れたての紅茶をもってリビングへ。紅茶の芳醇な香りが凛の意識を本格的に覚醒させていく。一口飲めば程よい苦味と酸味と甘みが頭脳を賦活さていく。身体にエンジンがかかってきたところで凛の思考は今後について思いを巡らした。

 

 聖杯戦争が始まる。60年周期だというのに50年も前倒しでその時期がやって来た。これについて凛の兄弟子にして後見人である言峰綺礼は、前回の聖杯戦争が不完全な状態で終わったためその余剰が繰り越しているのだろうと語っていた。

 以前までなら自分の子か孫辺りが参加するかも、と考えていた凛だったがこうして当事者になると奮い立つものがある。父が亡くなった聖杯戦争での一族のリベンジとか、願いが叶うという聖杯の獲得、という目的が無いわけでもないが、それ以上に戦いがあるから凛は臨む。一族の悲願だったりは彼女にとっては理由付けのひとつだ。純粋に己がどこまで戦えるか、その戦いの途中での命のやり取り、己の死すら織り込み済み、そういう闘争心で彼女は聖杯戦争に参戦する。彼女の場合、聖杯すらも勝者へのトロフィーに過ぎない。

 こんな風に凛の聖杯戦争へかける意気込みや覚悟は十二分にある。しかし、準備となればそうはいかなかった。

 

「――やっぱり、触媒は前回の時に使い切ってしまったのかしら」

 

 ポツリとカップ片手に呟く。カップの中身、まだ残っている紅茶の水面に映っている凛の表情は憂鬱なものだ。聖杯戦争に参加する絶対の条件たるサーヴァント。その召喚に用いる触媒の調達に彼女は手間取っていた。

 召喚に使う触媒とは、召喚する英霊にまつわる物品だ。例えばその英霊が纏っていた外套の切れ端とか、その英霊が振るっていた武具の破片とかがこれに当たる。しかしそういった品物は魔術的に見ても希少なもので、大抵は魔術の総本山たる時計塔に収蔵されているか、どこかの魔術師の一族の倉に厳重にしまい込まれているかで、そういった方面に伝手や人脈のない凛にとって触媒の調達は厳しかった。

 一応は、後見人の言峰ならば教会への伝手を使って聖堂教会収蔵の触媒を手に入れることが出来るかもしれない。ただ、言峰は聖杯戦争の監督役で中立、凜にそういった助力はしないと以前に明言していた。なにより、言峰に昔から不信感や敵愾心を抱いていた凜は仮に助力を得られても縋る気は全く無かった。なのでこの線での触媒入手はありえない。

 ならば遠坂家のご先祖様を頼らせてもらおう、とばかりにここ最近の凜は自宅の邸宅を色々と探っていた。魔術師一族の邸宅だけに魔術的に隠蔽された空間や物品はかなりある。それらの中に召喚に使える物があるかもしれない。そう考えての行動だった。

 結果は良くない。屋敷のあちこちを探ってもこれといった物は見つからず、唯一暗号で守られた箱を見つけるに留まった。この箱の中身が触媒であるのを祈るばかりだが、そう都合良くいかないのが現実だと凜はよく弁えていた。

 

 いっそ触媒なしで召喚してしまうのもありかもしれない。芳しくない結果に凜はそう思うようになる。

 実のところサーヴァントの召喚に触媒は必須ではない。触媒なしで召喚した場合は召喚者に近しい英霊が選ばれる。凜の知りえない事だが前回の聖杯戦争にそんな参加者もいた。

 触媒なしでの召喚は賭けの要素が強く、どんなサーヴァントが呼ばれるのか分からない。弱かったり、制御ができなかったり、どんなイレギュラーがあるか分からない。だからこそ安定した召喚のために触媒は求められる。もちろん凜はそのことを忘れてはいなかったが、そんなことを考えるくらいに行き詰っていた。

 紅茶を飲み干し、もう一杯と思いポットに手を伸ばす。学校までの時間には余裕はまだまだある。ついでにテレビの電源も入れた。魔術師の家といえど現代で暮らす以上家電ぐらいは置かれている。

 

 ――新都でビル火災。

 

 テレビに映った朝のニュース番組。そこでは冬木の新都で起こった大規模なビル火災について報じられていた。

 ビルの上層階が焼失。所有者は外国人だが、行方不明。火元や被害者も詳しくは不明。不明点の多い報道だ。凜はなんとなく感づいた。これは魔術関連の事件で、時期を考えれば聖杯戦争と無関係ではないだろうと。

 すでに他の陣営が水面下で動き出している。凜の胸の内で焦る気持ちが少し湧いてきた。マイナスの気持ちが一度湧けば際限は無い。軽く頭を振って、不安な気分ごと紅茶で飲み干した。

 (とき)を告げるように屋敷の一画からベルが鳴ったのはこのタイミングだった。

 

「こんな朝早く……まさかあんたか、綺礼」

 

 電話のベルを聞いて真っ先に思い浮かんだ相手は言峰。この時期にこの時間帯に嫌がらせのように電話をかけてくる人間を凜は一人しか知らない。

 ベルが鳴る電話を前に凜は取るべきか躊躇する。電話越しとはいえ朝から言峰の重苦しい声を聞きたくないし、聖杯戦争の件で召喚を急かされているのも承知している。けれどここで電話を取らなかったら後で嫌味の一つも言われる。それが我慢ならない凜は意を決して受話器を取った。

 果たして電話の相手は凜の予想外の人物からだった。話をして、約束をして、受話器を置いた時には時計の針が凜の登校時刻を差していた。魔術師として考えることやるべきことは多いが、学生としての生活もある凜は、ひとまず学園へと登校するのだった。凜の魔術師としての時間はまだ先だ。

 

 

 

 Re:Fate/stay night ――赤い魔術師の朝

 

 

 

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