Re:Fate   作:言乃葉

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赤い魔術師の放課後【表】

 

 

 

「遠坂さん、一緒に帰りませんか? 今日部活動がなくて薪ちゃんと鐘ちゃんも一緒なんですけど」

「ありがとう三枝さん。ですけどごめんなさい、今日は人と会う予定があってお付き合いできそうにありません」

「そ、そうなんですか……」

「落ち込ませたようでごめんなさいね。また懲りずに声をかけていただけたら嬉しいです」

「い、いえいえ! 気にしなくてもいいです。こっちが勝手にしている事だし」

 

 本日の授業も何事もなく終わり、ホームルームも終了して担任教師の葛木の一声で今日の学校生活は終わって放課後になる。

 授業が終わった解放感から賑やかになる穂群原学園2年A組の教室。帰り支度をしている凛のところにクラスメイトの三枝由紀香(さえぐさ ゆきか)が声をかけてきた。一緒に帰らないかという誘いだったけど凜は断った。朝方にかかってきた電話の相手と会うため予定があるという言葉に嘘はないのだが、三枝という少女といると学園にいる時に張り詰めていた気がつい緩み、地が出てしまうのを凜は恐れているのだ。

 学園にいる時は遠坂の家訓にもある優雅さを損なわない所作を心がけており、文句なしの優等生というのが穂群原学園での凜の評価だ。それを自分から崩す気は彼女には無い。

 

「ごめん、ダメだった」

「だから言ったろ、遠坂の奴は基本的にこういうのにのってこないんだって。んじゃ、行くか」

「待て薪の字。まずはこちらの用事が終わってからというのを忘れてないか?」

「ああ、確か新しく買い直した制服を取りに行くんだっけ。今更だけど氷室の制服を盗むなんて、どんなマニアさ。しかもマンションの12階に上ってきてだろ? 執念半端ないな、大丈夫か」

「そのマニアというくだりには色々と言いたい事があるが、心配してくれたのは分かった。一応警察に話は通したのだが――」

 

 三枝、薪寺楓(まきでら かえで)氷室鐘(ひむろ かね)。陸上部で一緒の三人はプライベートでも一緒にいることが多いようで、部活が休みの今日は何か用事を済ませつつ一緒に帰るらしい。

 話し込む三人に凜は別れの挨拶をして教室を後にする。残念そうな三枝の表情に罪悪感と言い知れぬ嗜虐心が沸き上がるのを抑え、凜は足早に学園から出ていく。学園での彼女の友人は弓道部所属で陸上部と同じく休みのはずだが、部長の立場で生徒会と話し合いがあると聞いている。他にも知人や交友のある人物もいたが、今日は不思議と誰にも出会うことなく凜はスムーズに学園から出て待ち合わせの場所へと向かった。

 その道中――

 

「うん? あれは……使い魔?」

 

 自分に向けられる視線に気になるものがあったので辿ってみると、それは電線に止まった一羽の鴉だった。首に何か機械めいた物を付けた普通とは違う姿をしていて、薄く魔力の気配も感じたのでまず間違いない。

 魔術師が情報収集のために動物などを使った使い魔を放つのは常套手段だ。すで聖杯戦争は前哨戦が始まっている。それぞれの陣営が情報を得ようと使い魔を飛ばしたり、あるいは斥候向けのサーヴァントを偵察に出したりもするだろう。あの鴉もそういった目的で飛ばされたものに違いない。

 さらに言えば、凜の家である遠坂は聖杯戦争を始めた三家の内の一つで、屋敷の所在もマスターになる人間も簡単に分かる。なのでこうして使い魔の偵察がやってくるのは当然の事だった。

 凛と使い魔の鴉の目が合う。おそらく使い魔を通して敵になる魔術師も見ているだろう。よく見れば鴉の首に付けられているのは小型のカメラのようだ。機械に疎い凜でも向けられるカメラレンズの存在からどういう物かは推測できる。

 

「使い魔にカメラって、どんな神経した魔術師よ」

 

 神秘の成果物である使い魔に現代文明の機器である小型カメラの組み合わせは、凜の目には酷くシュールで受け入れがたい姿だ。何となくではあるが想像できる。きっと魔術を探求のためではなく、便利な道具とみなす手合いがあの使い魔を操っているのだろう。

 そういう手合いを魔術使いと呼んで一般的な魔術師からは蛇蝎のごとく嫌われているという話を凜は聞いたことがある。話を聞いたとき彼女はどうとも思わなかったが、こうして魔術と現代科学による道具作りを目の当たりにすると嫌悪感が先立つ。それだけ遠坂凜という少女は魔術師として完成しているのだ。

 そして使い魔にカメラを仕込むような推定魔術使いが聖杯戦争に出てくるかもしれない。そう思うと凜の中で嫌悪感を押しのけて闘争心が湧き上がってきた。こんな奴に負けられないと。偵察したければどうぞご自由に、けれど最後に勝つのは私よ、と闘争心の炎が凜の内側で燃え上がる。

 程なく飛び去っていく鴉を凜は見えなくなるまで睨みつけてやった。負けられない理由が自分の中で増えた感触を彼女は感じた。

 

 

 

「お久しぶりです、と言うには少々早いですかね。ともあれお元気そうで何よりですお嬢様」

「年始にそちらへ顔を見せたからね。それと、お嬢様呼びはもういいわ。今の貴方は遠坂の使用人じゃないんだし」

「確かに遠坂の者ではなくなりましたが、お嬢様は私がお仕えしている禅城ゆかりの方でもあります。不敬な態度は出来ません」

「堅いわね秋巳さんは。だからこそお父様が信頼していたのでしょうけど」

 

 穂群原学園から歩いてしばらく深山町の商店街、マウント深山商店街の奥まった一画にある喫茶店に凜と待ち合わせをしている人物がいた。

 モダンな内装でまとまっている喫茶店の店内。そこで慇懃な態度で凜と接する50代の男性。私服でいるはずなのに背筋の伸びた姿勢がフォーマルな印象を見る人に与える。凜に秋巳と呼ばれたこの男性は、凜の母親の実家である禅城の家で使用人を勤めている人物で、かつては遠坂の家に仕えていた者でもあった。

 魔術師の家に仕える者は神秘に対する心構えや対応は出来ているのだが一般人である事が多い。そのため第四次聖杯戦争当時は使用人に暇が出され、当主の時臣亡き後は別の家へと仕える先を変えた。時臣のそばに仕えていた秋巳も例外ではなく仕える先を禅城へと変えて10年になるのだが、凜への態度を変えない辺り彼の頑固さが窺える。

 

 一通りの挨拶が終わって、二人は喫茶店の席に対面に座る。やって来た店員に注文を済ませて凜は軽く周囲を観察した。

 レンガ風の壁と近代的ながら落ち着いた内装、店内に流れる音楽が気にならない程度の音量で流れ、今は客の数は少ない。店の広さはそれほどではないが、大きな窓とレイアウトで開放感があって息苦しさは感じられない。今どきのお洒落な喫茶店、モダン調を意識した雰囲気で凜の感性では悪くない店だ。

 魔術の気配はなし。あの使い魔を飛ばしてきた推定魔術使いが見ている可能性はゼロではないが、そこは気にしたら負けという論理で押し通す。とりあえず目に付く危険はないと判断した。

 凜はしばらく秋巳とお互いの近況を話して、注文した紅茶に口を付ける。紅茶は凜の舌に合ったもので結構美味しいお茶だ。もしかしたらこの辺りも考慮して待ち合わせの場所を選んでくれたのかもしれいと秋巳の心遣いに内心感謝する。

 

「それで、私を今日呼んだ用件は?」

「はい……聖杯戦争、に関わることです」

「っ! そっか、秋巳さんは前回を知っているんだっけ」

「はい。ただ、私はあくまで使用人ですし、時臣様からは早々に暇を出されましたが」

 

 先述したように魔術師の家に仕える者は神秘側の事情を心得ている。歴史ある魔術師の家にもなると仕えている人間も魔術師で、代々の魔術回路を主家の魔術回路と同調させて主人の所在や体調を察知するという使用人の一族まであるほどだ。

 遠坂家は流石にそこまでではないが、信が置ける使用人には神秘側の事情を開示されており、秋巳が聖杯戦争の事を知っていても何ら不思議ではなかった。

 

「前回の折に時臣様から預かった品がございます。聖杯戦争が始まったのを察したならばその時の当主に渡せと」

「お父様が……」

「はい。私は子や孫辺りがお嬢様のお子様やお孫様に渡すものだと思っていました。こんなに早く渡す時が来るとは思っていませんでした」

「それは私も思っていた。でも、遠坂である以上は避けて通るつもりはないわ」

「そうですか」

 

 秋巳は決意を口にする凜を前に眩しいものを見たかのように目を逸らす。その心中にはどれほどの葛藤があるのか凜にはうかがい知れない。

 使用人としての矜持か、秋巳はごく短時間で思い悩むような様子から切り替えて本題の物を凜の前へと出して見せた。テーブルの下から上へ、大きな荷物が現れてテーブルの上を占拠した。重量はそれほどではないようだが、サイズが大きく他の客の目を引いてしまうかもしれない。

 凜は念を入れて視線避けの簡易な魔術を施すことにした。テーブルに手を置いてそこを起点に二小節、この程度なら宝石を使うまでもない。魔術での人目の配慮を察した秋巳は軽く一礼して「お手間を取らせます」と礼を述べる。

 そうしてテーブルの上に載ったのは大型のアタッシュケースだ。アルミ製で黒い外装をして横に長いのが特徴的だ。見た目は大きさ以外は何の変哲もない物で、秋巳がここまで持ってきても誰の目にもとまらなかっただろう。

 

「私は中身は見ておりません。ですが、魔術師ならば聖杯戦争のあるなしに関わらず無視できない物と聞き及んでいます」

「そ、そう。じゃあ、開けるわね」

 

 味も素っ気もない見た目のアタッシュケースと自らの父親とのイメージが合わない事に若干の違和感を覚える凜だったが、そこは一般人の使用人に預けるのを考慮したためだろうと一人納得した彼女はケースの蓋を開ける。中に収められていた物は凜の想像を遥かに超える代物だった。

 ケース内部の衝撃吸収素材に埋もれていたのは剣の鞘、だった。金の地金に青の琺瑯(ほうろう)で装飾された豪奢な拵え、武具と言うより王権を示す冠や錫杖の趣きを見せる。中央には失われたといわれる妖精文字が彫り込まれ、これが人ならざる手による工芸品であると主張している。

 これを見た凜はしばらく超域の神秘に目を奪われて短くない時間呆けてしまった。しかしその後すぐに我に返って、慌ててケースの蓋を閉めて周囲を見やる。自分で設置した視線避けの魔術のお陰で誰の注目も浴びていないと分かり、ここでようやく落ち着いて、数分前の自分の判断を自画自賛で褒めた。

 

「……秋巳さん、コレ、何? 何かトンデモナイ代物が入っていたんだけど」

「私も詳しくは。しかし、コーンウォールより発掘された騎士王の鞘とだけは教えられています」

「っ! それは……お父様も凄い物を用意してくれたのね」

 

 秋巳に今見た物の詳細を訊いてみれば、返ってきた内容は凜にとってはまたとんでもないもので、思わず息をのんでしまう。

 召喚されるサーヴァントは召喚される土地での知名度によってステータスに補正がかかり、召喚地の冬木でも名前が知られている英霊を喚ぶのが理想的だ。ただし、この冬木の聖杯戦争では召喚術式を設置したのがアインツベルンであるためか日本の英霊を喚ぶことは無理らしく、国外の英霊が召喚の対象になっている。

 そうなると日本でも知名度のある世界有数の英霊が望ましく、それを召喚するための触媒も当然ながら入手困難になるのだった。凛が触媒を手に入れるのに苦労している原因のひとつといえよう。けれどそれもこの瞬間までだ。

 英国が誇るかの騎士王の知名度は日本においても高く、知名度によるステータスの補正も充分。加えて7つあるクラスで最優といわれるセイバーに据えることができたのなら望みえる最高のサーヴァントが召喚できるだろう。込み上げてくる興奮でアタッシュケースに置かれた手が強く握られた。

 ここまで思考が及んだ凛だったが、ふとある疑問が浮かぶ。

 

「こんなに凄い触媒があるんだったらお父様はなぜこれを使わなかったのかしら?」

 

 前回の聖杯戦争でこれを使って騎士王を召喚していれば遠坂の勝利は確実のような気もしてくる。なのに凛の父はこれを使わずに戦い、そして敗北して亡くなった。10年も経過しているので気持ちの整理はすでについているが、こんなに凄い聖遺物があるのに使わない不合理さに疑問が湧いてくる。

 半ば独り言みたいな台詞だったが、遠坂の元使用人はこの疑問にも答えた。

 

「この触媒は時臣様にとってはあくまで予備だったと聞いております。本命が入手できなかった際の、そして自身が敗北した際には次に繋げるための保険だったそうです」

「騎士王でも保険扱いの本命って……しかもそれでも負けたのよね」

「それだけ前回の聖杯戦争が苛烈だったということでしょう」

「……そっか」

 

 騎士王以上のサーヴァントを召喚したであろう凛の父。それでも敗北してしまった聖杯戦争の苛烈さ。凛はそれらに一時思いをはせて場に沈黙が降りた。気持ちを落ち着けようとまだ残っていた紅茶に口をつけたが、すっかり冷めてしまって渋みばかりが強くなっていた。

 対面に座る秋巳の表情は冴えない。仕えていた主人の娘が死地に赴くのを後押ししてしまった後悔などを感じているのかもしれない。前回も知っている彼にとっては親子二代で聖杯戦争に関わるのは悲劇に見えるのだろう。その心中はかなり複雑なはずだ。

 そこまで秋巳のことを考えた凛は、努めて明るい顔で彼の手を取って礼を口にした。

 

「ありがとう秋巳さん。貴方の遠坂への至心は確かに伝わったわ。お父様の分も含めてお礼を言わせて。私は貴方のくれたこれを使って絶対勝ってみせる」

「凛、お嬢様……すいません」

「謝るところじゃないわよ秋巳さん」

 

 感極まったのか、顔を伏せる秋巳を見て凛の中で負けられない要素がまた一つ増えた。上等! むしろ俄然やる気が出てくる。聖杯戦争に向けて凛の闘争心に燃料がくべられた。

 それからしばらくして秋巳と凛は軽く雑談を交わし、呼び立てた手前と言って秋巳が喫茶店の会計を持つことになり、凛は先に店を後にした。手にはかの王の聖遺物が入ったケースを持って。時間にして1時間に満たない会談だったが、彼女にとっては大いに実りあるものだった。聖遺物を遺してくれた父親と、それを今まで保管して届けてくれた元使用人に心からの感謝も忘れない。彼らの思いに応えるためにも聖杯戦争では無様な真似は出来ない。絶対勝ってやると凛は決意を新たにした。

 軽やかな足取りで喫茶店を去っていく凛。その姿は喫茶店の大きな窓からも見えて、秋巳はその背中を罪悪感がこもった目で見送る。

 

「本当に申し訳ございません、お嬢様。私は仕える者として失格です」

 

 凛が窺い知ることが出来なかった秋巳の伏せられた顔には、後悔と罪悪感といった感情がたっぷりと浮かんでおり、彼の懺悔するような呟きは店内の誰の耳にも届かなかった。

 赤い魔術師は知らない。自分が手にした聖遺物がどんな経緯で届けられたかを。それがどんな意図でもたらされたかを。彼女の周囲は彼女の知らないところで変容しており、すでに穏やかな日常は終わっていた。

 遠坂凛の聖杯戦争は実はすでに始まっていたのだ。

 

 

 

 Re:Fate/stay night ――赤い魔術師の放課後【表】 了

 

 

 




 喫茶店のイメージはアニメ『衛宮さんちの今日のごはん』11話。
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