Re:Fate   作:言乃葉

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赤い魔術師の放課後【裏】

 

 

 

 遠坂凜が去っていった喫茶店の店内。秋巳は後悔の滲む目で凜が座っていた向かいの席を見つめていた。

 すでに事は終わってしまった。これはかつて仕えていた家への明らかな背信行為であり、どう言い繕っても罪である。やり直す機会はすでになく、今から凜を追いかけて事情を話す選択も取れない。

 秋巳が出来るのは罪悪感に苛まれながら一時の安堵を得ることだけだった。

 深くため息を吐いていると、内ポケットに収めていた携帯電話が着信の振動を発した。マナーモードで振動する携帯を秋巳は慌てたように取り出して通話ボタンを押した。

 

『目標を達成したのを確認した。その店の裏にある路地に来い、娘を開放してやる』

「わ、分かった」

 

 若い男の声がほとんど一方的に話の内容を伝えてきて、返事を待たずに通話を切った。秋巳は急いで席を立って、会計を済ませると早足で喫茶店のある建物の裏手へ回る。

 そこは都市の死角。人目も監視カメラもなく、古い街並みが残る深山町の中でも一際目立たない領域になる。通り一本入っただけで秋巳はそういう場所に行きついた。

 秋巳は周囲を見渡しながらここまでの経緯を罪悪感と一緒に思い返す。彼が今の状態になるまでに24時間と経っていない。つい昨日まで彼は平和な日常を過ごしていた。

 

 異変は唐突に彼の日常を巻き込んできた。彼の7歳になる娘が友達の家からの帰り道で誘拐され、それを画像添付のメールにて知らされた。犯人の要求は身代金ではなく、送られてきたケースをかつて仕えた遠坂家の令嬢に渡す事。

 遠坂家という魔術師一族の事情を知っている秋巳は、これが聖杯戦争に関わる何かだと察したが抗う真似は出来なかった。かつて仕えた家の令嬢と遅くに生まれた愛娘を天秤にかけられて彼は娘を選んだのだ。

 凜にケースの中身について問われた場合の応答の仕方までメールで指示され、加えて今もどこかから監視されている。裏路地を歩く秋巳の足は、後悔と娘への感情で動きがぎこちなかった。

 

 程なく秋巳の視界に一台の車両が入った。トヨタ・ノア。近年のミニバンブームで街中で頻繁に見るようになった車種だ。街中を走っていても目立つことはない。

 その後部座席のスライドドアが開かれており、そこに彼の幼い娘、その背後に誘拐犯らしき人物が居た。犯人は特徴のない服装に目出し帽といういかにもな姿をしており、体格から男であると推測する程度しか出来ない。

 その男は秋巳の姿を認めると彼の娘の背中を軽く押し、車から出るよう促した。彼の娘はすぐさま動き出し、車と父親の間にあった10mほどの距離をあっという間に縮めて飛びついた。

 

「パパぁ!」

「……大丈夫だったか?」

「……うん」

 

 父と娘の再会。秋巳は飛びついてきた娘をしっかりと抱きしめ、再会を心の底から喜んだ。この瞬間だけは胸の内から罪悪感が消えていた。

 その喜びに水を差すように声がかかる。若い、しかし暴力慣れしたドスの利いた声だ。

 

「分かっていると思うが、この件は警察はもちろん遠坂凜にも知らせるな。我々は見ているぞ」

「あ、ああ。言わない、言わないさ」

 

 男は釘を刺すように忠告の言葉を言うとスライドドアを閉める。やはり秋巳の返事は待たない。間を置かずにミニバンは発進し、表通りの車道へと消えていった。目立たない車種だけにあっという間に区別がつかなくなってしまった。

 仕えた家への背信行為。代わりに得たのは家族の安寧。おそらく生涯悔やみ続ける選択をしたのだろうと、秋巳は思った。――それでも、たとえ傲慢で今更な想いであっても願わずにはいられない。

 

「お嬢様、どうかご無事で」

 

 秋巳の小さなつぶやきは腕に抱いた娘にも聞き取れないほど小さく、何者にも聞かれることなく消えていった。

 

 

 

 秋巳親子の再会の場面は一人の観察者が持つ双眼鏡によって遠くから見られていた。秋巳が行くよう指示された路地は観察者が遠距離から見やすいよう、しかし周囲からは目立たない環境を考えた上で指定されていた。

 秋巳親子がいる地点より直線距離で数百m離れた場所にあるマンションの屋上。深山町には高い建物がほとんどないため、地上五階程度の場所ででも観察者は充分視界を確保できていた。

 観察者は双眼鏡を横にスライドさせて視線を秋巳親子から遠坂凜へと変える。喫茶店を出てからそれほど時間は経っていないので、彼女はまだマウント深山商店街の中を歩いている。手には大きなアタッシュケースを大事に持っており、表情も心なしか興奮気味に見える。

 無理もない。あれだけの神秘を手にすれば魔術師ならば心を揺さぶられて当然だ。むしろ表面だけでも取り繕えるだけ凜の自制心は強いといえる。観察者はそんな感想を胸中に漏らし、策が上首尾で終わったと確信した。

 観察者は手元に引き寄せたラップトップパソコンを操作してネットバンキングの画面を呼び出す。指定の操作を行い、やはり指定された口座に報酬の金額を入金した。モバイル環境と少しの技術があればどこでもコンピューターネットワークの恩恵に与れる。2000年代の時代はそういう技術の黎明期だ。

 パソコンでの操作が終わると観察者は再び双眼鏡を目に当てて、そのまま片手でポケットから携帯電話を取り出してコール。相手は一回のコールで出た。

 

「目標の達成を確認した。後金は指定の口座に振り込んでいる」

「確認しました。この度はジャガーノートをご利用ありがとうございます衛宮様。またのご利用をお待ちしております」

 

 観察者――衛宮白羽はコールに出た相手の言葉を待たずに仕事の成功を伝え、報酬の支払いを済ませたと知らせれば、向こうは慇懃な営業口調で返事を返し、それだけで通話は終了した。こちらも向こうもビジネスとして動いており、必要以上のやり取りをする意味がないのだからこのようなものになる。

 二つ折りタイプの携帯電話をパクンと閉じる。背面には『1』とマーカーで数字が書かれている。幾つか用意した携帯電話のひとつで、誘拐ビジネスを営む業者との連絡用に使っていたものだ。目的を達成した今は速やかに廃棄した方が良いだろう。

 廃棄予定の携帯電話をしまったタイミングで白羽はすぐ後ろから気配を感じた。気配とレイライン越しに接続されている感触で自身のサーヴァントだとすぐに理解したため、驚くことなく振り返り彼と顔を合わせた。

 

「ずいぶん遠回りな真似をしてるんすね。あの嬢ちゃんに渡した物、ここまで手の込んだ真似をする必要があったんすか」

「直接渡して素直に受け取る訳がない以上、一手間かけないと」

「それで関係ある人間の誘拐、と。しかも人を雇ってやらせている」

 

 実体化して姿を現したアーチャーは開口一番に誘拐について迂遠な手だと言ってきた。それは白羽も承知しているが、あのケースの中身を確実にかつ疑われず遠坂凜に渡すためこんな回りくどい手を打った。

 遠坂凜の縁者で渡せば疑いなく受け取ってくれる人物。そんな人物を割り出してその関係者を誘拐した。しかも誘拐するに際して人を雇った。東アジアでは珍しく誘拐ビジネスをやっているその業者は金を払えばキチンと仕事をしてくれるし、今回のような変わった条件を付けても応えてくれる本物のプロだった。

 誘拐にかかる手間と時間を肩代わりしてくれるし、仮に警察が動いても白羽に捜査が及ばないよう動いてくれる。そんなプロに今回動いてもらった。結果は上々、無事ケースは遠坂凜の手に渡った。

 

「これが僕のやり方だよ、反対なら今の内に言って。七騎の枠がまだ埋まっていないから貴方を自害させて次の方針に切り替える」

「いやいや、反対なんてしてないですよ。目的のために手段を選ばずの姿勢は感心しているし、方針も似通っているからオレたちは上手くやっていけそうとか思っているところ」

 

 どこまで本気なのか、アーチャーは終始軽い調子で応えて秋巳親子のいる方向に目を向けた。双眼鏡で観察している白羽に対して裸眼のアーチャーだが、サーヴァントの優れた感覚ならば離れた距離でも子細に見ることが出来るだろう。

 白羽も優れた視力に加えて魔術による強化を施せば数㎞先まで見通せるはずだが、魔術師を相手にすれば視線にこもったささいな魔力で察知される可能性があるため、極力文明の利器を使っている。サーヴァントの超視力も感知される可能性はゼロではないため、一応注意をすることにした。

 

「アーチャー、遠坂凜を見るならこちらの存在を察知されないよう気を付けて。魔術師の中には視線から居場所を割り出してくる手合いがいるくらいだから」

「おっと……それで、あのお嬢さんに何を渡したんで?」

「貴方の国の英雄、騎士王の鞘」

「……………………………………………………マジで? つーか、何でマスターそんな代物持っているんすか? 持っていたらそっち召喚しません? オレなんかよりずっと強力なサーヴァント呼べるんすよ?」

 

 遠坂凜に渡したケースの中身を言えば、アーチャーは心底驚いた顔をした。短い付き合いだがアーチャーがここまで取り乱した様子を見せるのは滅多にない事なんだろうとは察せられる。無理もない。かの王の名は時代や国を隔てても響くものであり、ましてアーチャーにとっては自分の国の英雄だ。驚くなと言う方が無理がある。

 普段は軽めながらも落ち着いた雰囲気があるアーチャーが大げさに両手を振っているのを見て、白羽は問い詰められている本人なのに他人事のような感覚を持ちつつ彼の問いに答えていった。

 

「なぜ持っていたかは経緯が少し複雑で立ち話では済まないから後で。なぜそれを触媒にして召喚しないかについては、召喚される相手が僕と相性合わないからだね」

「相性?」

「うん。僕の戦闘方針や手段は暗殺者とか殺し屋のそれだ。召喚される騎士王がそれに付き合ってくれると思う?」

「あー、納得。今の誘拐だけでも一悶着起きそうだ。清純な英雄様ほどマスターとは相性が悪いと」

 

 仮に騎士王を召喚していたら最初の部分からつまづいていただろうな、などと白羽は思いつつ双眼鏡を遠坂凜に向ける。彼女は商店街を抜けて自宅への道を歩いている。もう間もなく建物の影に消えてこの監視活動も終了だ。

 

「僕では相性が悪いなら、相性が良さそうなところに放り込んで囮にすればいい。遠坂凜の性格と魔術師としての能力、召喚される騎士王の性能、併せて考えればかなりの好相性になると思う。そうなれば他の聖杯戦争参加者の注目を集める大輪の花になるでしょうね」

「でもって、オレたちは囮に目がいって背中を見せている相手をブスリってところすか」

「正解。戦闘方針については概ねそんな予定だけど、問題ある?」

 

 聖杯戦争に参加するのが確定している遠坂、間桐、アインツベルンの御三家の動向調査は基本だ。その調査の中で遠坂凜についての様々な情報を白羽は入手していた。基本的なプロフィールに家族構成、交友関係、趣味嗜好、病歴、魔術師としての能力、いままで購入してきた魔術に関わる品の履歴、等々下手したら彼女自身が自覚しているものより深い情報を知っている。

 白羽は『仕事』をする際、状況が許す限り標的に関する情報を仕入れる。それら情報を組み合わせ、相手の心理を読み解き、次に移る行動を類推する。白羽でなくとも職業的暗殺者が取る手法の一つだ。親しみさえ覚えるくらいに相手のことを知った上で殺す。この工程を白羽は切嗣より教わって以来続けている。我ながら最高に最悪なマゾヒストでサディストな行為だと彼女は自身で評している。

 そんな白羽の脳内遠坂凜情報と召喚されるだろう騎士王の能力を考えれば、今次聖杯戦争における優勝候補の一角になるだろうと結論が出ている。少なくとも他の参加者の目は確実に惹けるだろう。そしてがら空きになった背中に暗殺者の刃は容赦なく突き刺さるのだ。

 これが白羽の聖杯戦争で取る基本戦術の一つになる。もちろん上手く事が運ばなかった場合の予備の戦術や次に繋げる方策も用意しているが、今のところはこれをメインの戦闘方針に据えていた。

 ただ、この作戦には幾つか問題があり、なかでも――

 

「これ、あのお嬢さんがこっちの存在に気付いて向かってきた場合どうするんすか? 騎士王と真っ向から勝負なんておっかな過ぎっすよ」

「気取られないよう隠蔽には注意するけど、それでも戦闘がある場合はマスターの遠坂凜に対して幾つかアプローチの方法はある。それに騎士王に対しても無策じゃない」

 

 アーチャーが言った問題、囮にした遠坂陣営が向かってきた場合の懸念にも白羽は方策があると言う。彼女はここでようやく双眼鏡から目を離して、入金に使ったラップトップのパソコンの下から書類の束を引っ張り出してアーチャーに手渡した。

 

「これは?」

「騎士王は前回の第四次聖杯戦争にセイバーのクラスで召喚されている。その時のデーターをプリントアウトしたもの。召喚されるクラスは現時点では不明で、マスターも違うからステータス面における変動はあるだろうけど参考にはなる。どうかな、アーチャーならそのデーターから対騎士王の戦術は出来そう?」

「……まあ、こんだけ情報が出揃っているなら出来ると思うが。というか、騎士王って女なのか!?」

「みたいだね」

 

 アーチャーに渡された書類には前回の聖杯戦争にセイバーのクラスで召喚された騎士王のデーターが記載されていた。基本的なステータスに始まり、保有スキル、保有宝具、その宝具の性能、威力と有効範囲、騎士王自身の人格的傾向とかなり詳細なデーターがそこにはあった。

 さらに書類には写真まで添えられており、青い戦闘衣に白銀の鎧をまとった姿やダークスーツを着た男装姿がそこに映っていた。そう男装だ。写真越しでも凛々しい雰囲気が伝わってくるが、その姿はあくまでも小柄な少女のそれであり、世界的な知名度を誇る英雄の一人アーサー王その人とはとても思えない。

 けれど、歴史というものは往々にして曲解や隠蔽された真実やらが多々あるもの。騎士王が実は女性だったなどは可愛い部類かもしれない。ましてアーサー王にはかの宮廷魔術師がついていて、性別を偽るぐらいは朝飯前だったかもしれない。だから白羽はこの件に関しては「そういう事もあるだろう」とあまり驚いていなかった。

 

「前回のサーヴァントの情報がなんでこんなに詳しく分かっているのか、は聞いて良いもんか?」

「良いよ。僕の父がマスターだったから」

「……なるほど」

 

 ここまで詳細なデーターが記されていることに疑問をぶつけてきたアーチャーは、白羽の素っ気ない回答に納得のセリフを口にして以降は深く聞いてこない。他人の事情に深入りしないのがアーチャーのスタンスなのだろう。弓兵だけに距離をとるのが上手いものだ、そんな風に白羽は思い双眼鏡を構えなおす。

 双眼鏡で拡大された視界では、秋巳親子が連れ立ってその場を立ち去り、遠坂凜は建物の影に入って姿が見えなくなっていた。こちらの存在を気取られた様子は今のところなし、遠坂凜の性格を考えるなら今夜にでもサーヴァントの召喚をしてもおかしくない。明日以降も街中の監視カメラを使ったり、使い魔を使った監視行動を継続するべきと今後の行動を決めた。

 

 ともあれ、これで仕込みが一つ完了した。白羽の中で聖杯戦争のスケジュールの針が一つ進んだ感触を覚えた。

 

 

 

 Re:Fate/stay night ――赤い魔術師の放課後【裏】 了

 

 

 

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