冬木市新都にあるビジネスホテルの一室。そこは一人の若き暗殺者と一騎のサーヴァントの一時の
遠坂凜に召喚の触媒が渡ったのを確認して戻ってきた衛宮白羽は、ここまでの時点で入手した情報をまとめる作業をしていた。テーブルに置いたラップトップパソコンが映す画像には今回の聖杯戦争に参戦するだろう人物の情報が、壁に張った地図には聖杯戦争に伴って発生した事件や事故の発生場所が書き込まれており、備え付けのテレビは冬木市の各所に放った使い魔に取り付けたカメラが撮影した画像を四分割で映している。
それら情報の奔流の中心にいる彼女はカロリー補給をしながら情報処理をして次に打つ手を模索していた。
白羽の手には地図に書き込みをするマジック、もう一方の手には帰り道に立ち寄ったファストフード店で買ってきたハンバーガーがあった。
警察や消防の無線を傍受して得た情報を地図に書き込み、ハンバーガーにかぶりつく。パソコンのキーを叩いて情報を打ち込んで更新しつつ、セットで買ったポテトを口に放り込む。テレビ画面に映る画像を見ながら使い魔の操作をして撮影場所を変えつつコーラを飲む。白羽のカロリー補給はこんな光景だった。
これは彼女の養父である切嗣の影響ともいえ、彼もこの手のジャンクフードを好む傾向があった。彼曰く手先と思考を止めることなく食事を済ませられる辺りが評価ポイントで、この点を白羽も同様に評価している。
平時においては栄養バランスや心理面も考えて普通に料理をするだけの余裕と技能はある白羽だったが、こと戦時においては手っ取り早い栄養補給を優先している。こうして手軽に簡便な食事が手に入る恵まれた国が聖杯戦争の地で良かったと思う数少ない点だ。
残るハンバーガーを口に入れてコーラで流し込み食事を終わらせ、ここまでの情報をまとめてみる。今回の聖杯戦争はまだ序盤であり、前回と比べて遅い展開になっているといえた。
白羽はここで現時点において参加しているマスターの情報を確認してみた。
――魔術の総本山『時計塔』から派遣されてきた武闘派の魔術師、バゼット・フラガ・マクレミッツ。アイルランド出身。現在は封印指定の執行者として活動。フラガの一族は神代から現代まで魔術特性を伝えきったルーンの大家だが、他所との交流が無いため権威はあっても権力はなく、『時計塔』においては執行者として便利使いされている身分だ。
戦闘者としての能力は高く、その能力は今回参加しているマスターの中ではトップクラスと白羽は評価している。正面から戦闘をしたくない相手だ。
今次聖杯戦争には監督役の言峰綺礼の指名で参戦している。詳細は不明だが、彼女は言峰と何らかの交流があるようだ。言峰の襲撃に失敗してしまった以上、この線から狙われる可能性も考えられる。注意を要する。
彼女は深山町にある洋館を拠点にしていると確認済み。洋館は前々回の第三次聖杯戦争時の参加者が建てたもので、現在魔術協会の管理下にある。協会から派遣されているバゼットのホームとしては最適の拠点なのだろう。
冬木市に到着早々サーヴァントを召喚しており、その姿も確認している。使用している武装、彼らの会話からランサークラスだと思われるが、ブラフの可能性もあるので断定はしない。
夜間に索敵に出ておりサーヴァント戦はまだだが、何度か敵対派閥が放った監視役の魔術師を処理している場面があった。あそびが無い言動をしているバゼットに対し、サーヴァントは余裕のある言動をしている。一見すると相反しているようだが戦闘中の息は合っており、今回の聖杯戦争の勝者になる可能性も高い。
正面からの戦闘ではまず勝てない厄介な相手だ。そう白羽は評した。
――聖杯戦争を開催する御三家の一角、間桐家。そこの男子である間桐慎二がどうやらマスターとして活動を始めたらしい。
間桐家に対する事前の調査では、間桐慎二は魔術師としての素養がほとんどない一般人と変わらない能力だったはすだった。間桐家は東欧に源流を持ち、日本に移転してきた際に魔術基盤が合わず衰退しだした一族だとされる。代を重ねるごとに魔術回路の衰退は進み、慎二の代でほぼ皆無となった。
そのため同じ御三家の遠坂家から養子が出されており、仮に参戦してもその養子が出てくると推測されていた。しかし、実際に出てきたのはほぼ一般人の間桐慎二。おそらくは養子が遠坂と戦うのを忌避したのと、慎二自身が参戦したかったため。なにより間桐の支配者である間桐臓硯が今回の聖杯戦争に乗り気ではなかったようで、慎二に一切を投げていた節が見受けられていた。情報収集で入手した数々のデータからの推測だがそう間違ってはいないはずだ。
間桐家は聖杯戦争のシステムの中で、召喚したサーヴァントを支配する令呪に関わる技術を担っていた。ほぼ一般人の慎二をマスターに仕立てる事も不可能ではないだろう。
サーヴァントの召喚も済ませており、姿も確認している。クラスは慎二の言動からライダー。こちらもまだサーヴァント戦はしておらず、戦力評価は下せない。しかし、魔術師でもなく戦闘訓練を修めているわけでもないマスターの慎二は戦闘においては荷物になる。
ハッキリ言って標的の中でもイージーで、むしろこれを利用して他の参加者を上手く釣るエサに出来ないか。そう白羽は考えている。
――聖杯戦争開催者の残る一角、アインツベルン。そこからの出場者はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。記録は無いが知っている人間の証言が正しければ白羽よりも一歳年上。ただし映像で見る限りは日本だと小学生に見えてしまうほどの幼い容姿の少女だ。
魔術師として見るなら錬金術の大家であるアインツベルンに相応しく極上の能力を保有し、人間とホムンクルスとの子で究極のホムンクルスだという。通常の魔術師としての尺度で考えていい存在ではなく、聖杯戦争における鍵そのものだ。
戦闘者で見るなら錬金術を応用した術をもっているそうだが、こちらはあくまで魔術師として優秀なのであって、戦闘者としては必ずしもそうとは限らない。付け入る隙は幾らでも見出せそうだ。そもそもアインツベルンの一族自体が戦闘者としては今一つなために外来の魔術師を引き入れたのが前回なのだから。
肝心のサーヴァントだが、こちらは一切不明。冬木市郊外に築かれたアインツベルンの城に動きが見られた時からチェックはしていたが、大量の物資資材を搬入しているだけで、サーヴァントらしき影は見当たらなかった。もしかすれば隠形に優れるアサシンクラスのサーヴァントではないかと考えるが、アインツベルンの召喚傾向を思えば考えにくい。何らかの手法で隠匿しているのだろう。
いずれにせよ、威力偵察に出る予定の相手だ。仕込みも済ませている。明日は遠坂凜の様子を見るのに使って決行はその後だ。そう白羽は静かに気合を入れた。
ここに遠坂凛、白羽、そして未だに空席の一つ。聖杯戦争は進行しているが、前回と比べるとやはり集まりが悪い。まともなサーヴァント戦はまだ起きておらず、前日のキャスターはほぼ相手陣営の自爆だ。
とはいえ、こういう時間も今だけだと白羽は知っている。どこかを発火点に一気に争いは激化していくだろう。その時に参加者の死角に忍び寄り、手早く効率よく命を絶つのが白羽の目的だ。争いが激化するタイミングを見極めるのが重要になる。
そのための情報収集なのだけど、今のところは目立った動きはどの陣営にも見られない。このまま今夜は何事も無さそうな気配だ。
「マスター、今日はこのまま籠りきりっすか? いや、情報収集しているっては分かるけど、こう閉め切った部屋の中でよく気が滅入らないっすね」
白羽が一息ついたタイミングを見計らったように言葉が差し込まれる。振り返ってみれば、ベッドの上で退屈そうに寝転んでいるアーチャーの姿があった。元々たれ目なせいか、眠たげな雰囲気が強調されて今にも寝てしまいそうだ。
「なに? 外に出たいのアーチャーは」
「まあ、それなりに。せっかく召喚されたんだから後の世を楽しみたいって気持ちもありますよ。ただ――」
「ならこれを渡すから、手近な店で今風の衣服を買い揃えて出かければいい」
アーチャーの言葉が終わらない内に白羽は机の引き出しから財布を取り出して彼に放り渡す。サーヴァント用に用意していた活動費だ。召喚したサーヴァントのモチベーションを保つために嗜好としての食事、遊興、被服などの費用がこの財布には分厚く詰まっている。
白羽の養父は第四次聖杯戦争においてサーヴァントを完全に道具と見なし、言葉さえロクに交わしていなかったそうだ。だたしこれはマスターとは別にコミュニケーションをとる人物が陣営に居たからできた芸当といえる。サーヴァントにも自意識や感情は存在する以上、ある程度のガス抜きは必要だ。白羽が渡した活動費はそういう目的で用立てられていた。
「……結構あるっすね」
「聖杯戦争期間中の貴方の活動費だから大切に使うように。あと、明日は朝から動くから夜明け前には帰ってきて。今のうちに街の地理を把握できれば上等よ。サーヴァントを見つけても交戦は不許可、撤退するように」
「……りょーかい。マスターはどうするんすか?」
「もうしばらく情報をまとめている。終わったら少し休む予定だ。こっちの事は気にしなくてもいいから、適当に息抜きしてきて」
「……はいよ、行ってくるわ。ついでに何か土産でも持ってきますよ」
パソコン画面から目を離さない姿勢のまま、こちらに構わずさっさと行け、と言わんばかりの白羽の態度にアーチャーは呆れを含んだ苦笑いで応えて部屋を出ていく。土産はいらないと白羽が言おうと目を向けた時にはすでに姿はない。音もなく姿を消す森の狩人の技能を無駄に発揮したようだ。
もしかしたら、休むというこちらの言葉から察して足早に外出したのかもしれない。近すぎず、遠すぎず適度な距離感で接する。それがアーチャーなりの気の遣い方なのだろう。短い時間の交流だが白羽はそう感じ取れた。
アーチャーが出て行ってからもしばらく白羽は情報の渦に身を浸して情報収集を続けていたが、目立つ成果は上がらず時間だけが過ぎていく。――どうも煮詰まってきた。これ以上は無駄だと判断して切り上げる。
パソコンをスリープさせ、使い魔を待機状態に、モニターの電源を切れば閉め切った薄暗い一室が残る。今は冬の時節。日の沈みは早く外はとっくに暗くなっており、カーテンを照らしているのは外の街明かりだ。夜を迎えて繁華街を中心に騒がしくなりつつある。新都にあるこのビジネスホテルにもそういった喧噪は伝わってきていた。
宵の口。夜はまだ浅く、しかも魔術師の時間の始まりであるが白羽は本格的な活動時間に備え、体調を整えるべく眠ることにした。
アーチャーの召喚前に仮眠を取ったのが最後の睡眠時間だった。眠気はある程度無視できる。養父のように薬物の力に頼る気にはなれず、訓練によって眠気を堪える術を持っている彼女だったが、休める時には休むのも重要な行動だと知っているので、宣言通りに明日に備えて眠るつもりだ。
トイレに行って用を済ませ、歯を磨き、軽くベッドを整え就寝準備に入る。ベッドに横になり、白羽は自己催眠の呪文を唱え意識を解体する。これは蓄積したストレスを識域もろとも吹き飛ばす精神の解体清掃だ。
呪文の難易度は低めで、使える魔術に偏りのある白羽でも手軽に使える魔術ではあるが、自分の人格が一時的とはいえ解体されてしまうので抵抗感を覚える人が多く、好んで使う魔術師は滅多にいない。その滅多にいない少数派が衛宮切嗣であり、その彼に教えを受けた白羽であった。彼女としては短時間で生まれ変わったような気分でリフレッシュできる呪文は、効果の面でも効率の面でもベストだと思っている。
あらかじめ設定した時間になれば、分解されて散り散りになった意識は自己再生するのだが、その間は肉体は無防備な生ける屍になってしまう。これが白羽にとってこの呪文唯一の難点だ。外からの刺激に対して何の反応も出来ないので、万全の安全が確保出来ていなければ使いたくない。今のところこのセーフハウスの安全は保たれており、他の陣営の使い魔の気配は微塵もない。白羽は今だけは聖杯戦争の一切を心から閉め出し、夢も観ない深い眠りへと陥っていった。
窓の外では夜闇が深くなっていく。今夜も冬木では魔術師の夜がやって来る。
Re:Fate/stay night ――魔術師あるいは殺し屋の閨 了