Re:Fate   作:言乃葉

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夜道

 

 

 

 夜の冬木は(シン)と静まりかえっている。大きめの地方都市であり夜でも人が出歩いている事の多い冬木ではあったが、今は道に人影ひとつなく深夜営業のコンビニでは店員が暇そうにしていた。

 魔力の気配など感じられない普通の人々であっても、不穏な空気を感じ取って家に閉じこもっているようだ。聖杯戦争によって魔境の地となった夜の冬木は人に根源的な恐怖を呼び起こすのかもしれない。

 人通りも車両の通行も少なくなっている冬木の夜道を一台の国産車が走行していた。マツダ社のデミオ。一時期のヒットもあって国内では珍しくないコンパクトカーは、閑散とした道を走っていても誰の目にも留まることはなかった。

 その車内。一人の少女がハンドルを握り、助手席には男性がやや居心地が悪そうに座っていた。

 

「……僕は衛宮白羽、呼び方は好きなようにして構わない。それで貴方はアーチャー、で良いの?」

「ああ、そうだぜ。確かに今のオレはアーチャーのサーヴァントとして現界している。というかオレ、アーチャー以外で喚ばれる可能性なんて無いと思うぞ。ま、どのくらいの付き合いになるか知らんが、よろしくマスター」

「そう……よろしく」

 

 運転手の白羽は召喚したばかりのサーヴァントの返答に軽く頷き、目的地へデミオを走らせる。ほぼ狙い通りの召喚が成功したので満足はしているが、戦いはここからが本番になる。

 マスターに与えられる透視の力で、隣のシートに座っている存在の能力は把握している。けれど確認の意味で先程の質問をしていた。

 白羽としては扱いやすいだろうアサシンやキャスターを喚びたかったのが本音だった。しかし召喚に使用する触媒で、手に入る物は先の召喚で使用した物以外に無く、それで喚べるクラスは高確率でアーチャーになるだろう事も知っていた。白羽としては本命ではなくとも何とかなると考えての召喚だったのだ。

 目の前にいるアーチャーのサーヴァントに悟られないよう注意しながら、白羽は先の召喚をそんな風に振り返ってハンドルを握っていた。

 

 召喚早々に彼女は呼び出した存在と一言二言言葉を交し、召喚で乱れた体調を手早く整え、同じく手早く契約の言葉を言い終えて用意していたこの車に乗って移動していた。ここまでで10分とかかっていなかった。

 白羽の自宅となる武家屋敷じみた邸宅は魔術師が隠れ潜む拠点では悪くなかったが、この時点で少なくとも二組の勢力に屋敷の存在は知られている。彼女の戦闘方針には工房に篭もる魔術師的な籠城戦はあり得ない。よって市街地に潜伏するべく召喚してすぐに移動を始めた。

 

 召喚される英霊は英霊そのものが現界している訳ではない。奇跡を起こす大本であってもそこまでは不可能だった。

 ここにいる存在は『座』と呼称されるポイントに在る英霊から分離し、大本が用意した『クラス』という器に収まった分身体である。大本も無制限に英霊を召喚できるはずもなく、用意できる器も七つとされる。

 剣の英霊・セイバー、槍の英霊・ランサー、弓の英霊・アーチャー、騎手の英霊・ライダー、魔術師の英霊・キャスター、暗殺者の英霊・アサシン、狂戦士の英霊・バーサーカー。

 この七つの器に呼び出された英霊の分身体が適したクラスに収まり、『サーヴァント』と呼ばれる存在になり現界する。この内でセイバー、ランサー、アーチャーの三つのクラスを三騎士と呼称し、総じて能力が高いと過去からの聖杯戦争により認識されていた。

 そして契約した魔術師を『マスター』として他のサーヴァントを狩り尽くし、この儀式の大本になっている『聖杯』を手にする。それが冬木における『聖杯戦争』の概要だ。

 

 白羽が召喚で呼び出し、契約を交したサーヴァント。日本の女子平均より長身の彼女よりもやや上背でコーカソイド系の顔立ち、くすんだ茶色の髪、緑一色の動きやすそうな衣装は森に溶け込むには最適だろう。

 森に潜み獲物を狩る狩人、もしくは軍勢を相手に少数で挑むゲリラ兵、アーチャーを見た白羽の第一印象はそういうものだった。

 隣のシートに座る二〇代前半から半ば程に見える男性――サーヴァント・アーチャーは触媒の入手ルートが正しければ白羽の思っている通りの英霊のはずだ。それを確認の意味も込めて会話によって聞き出すことにした。

 

 通常では英霊の出自を問うなど面倒な事などしない。する必要もない。なぜなら召喚に際して魔術師側が英霊に縁のある器物を触媒にして呼び出すからだ。よほど酷い物を掴まされるか、複数の英霊に所縁がある触媒でも限りは目的の英霊をサーヴァントとして呼び出せるのが普通である。

 白羽の場合も信用に足る人物から触媒を入手していたが、万が一思っていた相手とは違うものが喚ばれた可能性もゼロではない。だからこそ確認は必要だ。

 強力なサーヴァントよりも扱いやすいサーヴァント。こちらのサーヴァントの性能が劣るなら敵のマスターを抹殺するれば事足りる。それが白羽の戦闘方針だった。

 

「貴方の真名を確認したい。アーチャー、貴方は『ロビンフッド』?」

「あー、まあ一応はな。正確にはちょいと違うんだけどね……」

 

 白羽からの問いにアーチャーは少し言い淀むような雰囲気を出した。

 躊躇するのは無理もない。英霊というのは歴史に名を刻む過程で偉業と同時に弱点さえ人々に知れ渡っているからだ。英霊を特定されれば対策をとられる。だからサーヴァントを呼ぶときはクラス名が基本だ。

 イングランドのノッディンガム近郊にあるシャーウッドの森を拠点に活動していた義賊『ロビンフッド』。彼には特に逸話となるほどの弱点は無いはず、と白羽は記憶しているが、それでも真名は伏せておくに越したことはない。正体が分からないというのはそれだけで脅威になるからだ。

 そして言い淀むアーチャーに対し、白羽は相手が慎重な性格であると考え、同時にマスターさえ信を置く気がないのかと警戒した。どうも場合によっては裏切られる事も考慮した方が良いかもしれない。

 

「こうして移動する密室を用意しているから盗聴への警戒は無用と思うし、僕の力量不足から漏れることを警戒しているなら言わなくても――」

「いやいや、悪いね。そういう事で言葉濁らせている訳じゃないんだわ。オレっていう英霊を説明するのにちょいと言葉が必要になっちまってさ。それを考えていたんですよ」

「説明? 複雑な出自があるとでも」

「ああ、その複雑と言えば複雑ですかね」

 

 嘘か本当か、アーチャーは適当な語彙を探していたらしい。

 目的地まではまだ少し車を走らせる必要があり、多少話が長くなっても問題ない。目線は前に向けたまま白羽は無言で彼の話を促した。

 了解した緑の弓兵は自らの出自を語る。

 

「――無名?」

「そうですよ。確かに生前には名はあったが、英霊としての銘は複数いるロビンフッドの内の一人に過ぎない。だからオレ個人で言えば無名って訳っすよ」

 

 名など無い。その余りと言えばあんまりな答えに白羽は呆気に取られて、思わず隣のアーチャーに顔を向けた。そのせいで赤信号の交差点を通過してしまったが、幸いにして夜の道路上に彼女の信号無視を見咎める存在は無かった。

 助手席の彼は無名である事にどこか自嘲する皮肉げな笑みを口元に浮かべている。それはまるで自らの生涯を嗤っているようなものだ。

 英雄の生涯は晩年ほど酷くなる。栄光の後の没落、古今東西よくある筋書きだ。この男もそんな経験を思い返しているのかもしれない。

 けど、他人の事情は所詮どこまでいっても他人の事でしかない。隣にいる弓兵がどの様な生涯を送って来たにしろ、こうしてサーヴァントとして喚ばれた以上は従って貰う。重要なのは使えるか使えないかだ。

 呆気に取られたのも数秒、アーチャーが白羽に視線をやった時には先程と変わらない面持ちでハンドルを握っていた。

 

 そうして召喚から三十分が経過して、二人を乗せたデミオは冬木の街を二分する未遠川を渡り、都市開発著しい新都へと向かっていた。

 

 

 

 Re:Fate/stay night ――夜道 了

 

 

 

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