白羽が運転するデミオは冬木の都市部、新都と呼ばれる地域に入ると迷い無く目的地を目指して疾走する。
深夜になり新都でも交通量は少なく道は空いている。再開発により未来的な外観を得るまでになった新都の街路は、人の不在で冬の空気とは異なる寒々しい光景になっていた。
天を突くようにそそり立つビルディングの数々は窓から漏れる明かりも無く並び立つ墓標を思わせる。人気の無い街並みはどこか魔的な空気を感じさせた。
デミオはその墓標と墓標の隙間を縫うようにして駆け抜け、冬木の駅近くにあるビジネスホテルの駐車場で停車した。
「ここが今のところのセーフハウス……潜伏場所になる。部屋に着くまでは姿を見られないよう霊体化して」
「りょーかい」
マスターの命を受け軽い口調で返したアーチャーは、魔力で構成された肉体を解き霊体へと変ずる。こうなったサーヴァントは通常の手段で目視は不可能になり、物理的な干渉も受け付けないため触れることもできない。名称の通りに幽霊のようになってしまうのだ。
この状態には幾つかのメリットがある。サーヴァントの肉体を維持する魔力を使わないのでマスターにかかる負担は軽減し、目視も物理干渉も出来ないので軽い偵察や一般人からの隠匿も容易くなる。
こうして白羽はアーチャーが霊体化を終えるのを待ってから車を降りた。一月の冷気がドアを開けた瞬間から吹き込んでくる。過ごしやすい冬が長く事から街の名前がついたといわれている冬木だが、それでも夜は刺すような寒さになってしまう。寒さから思わず口元を引き締め、着ているジャケットの前を閉めた。
ホテル内部に入ると再び暖房の効いた空気が白羽を包み込む。彼女は誰もいないロビーを軽く見渡して不審なところがないのを確認、そのままフロントを素通りしてエレベーターに乗り泊まっている部屋へと向かった。
このホテルを潜伏場所にするに当たって街の有力者とのコネクションを使っており、滞在中は部屋の鍵を持ったまま、掃除やサービスの一切を断る要望を実現させていた。
その理由は魔術の隠匿に関するものもあるのだが、一般人に対してはより見られては不味い物の数々が部屋に転がっているからだ。
「着いた。ここが僕達の当面の
「なんて言うか、寝るためだけの部屋だな。一応聞くけどオレの分のベッド無いの?」
「無い……適当に待機していて。こちらはまだやることがある」
「へいへい、サーヴァントらしく大人しくしてますよっと」
ビジネスホテルのシングルルーム。一人の人間が寝起きするためだけの機能しかなく、それ以外の余計なものは存在しない。サーヴァントには睡眠は不要で、休むにしても霊体化すれば効率的だ。よってベッドは自分一人用で事足りる。白羽としては必要充分な設備だ。
その考えを読んだのかアーチャーの皮肉じみた声が発せられたが、白羽は無視して何度か寝起きしてシワが出来ているベッドに手を伸ばし、そこにある器物の点検を始めた。
その器物達には魔術師が用いる薬草、霊石といった魔術品の類は一切含まれていなかった。むしろ魔術とは対極に位置する現代科学によって作り出された兵器の数々がそこにあった。
「これは、また……オタクは殺し屋か何か?」
「似たようなモノだよ」
ベッドの上に並べられた現代兵器の数々にアーチャーは呆れ混じりではあるものの驚きの声を出している。白羽はその声に端的に答えつつ、今回の戦いのために用意した武装をチェックする。
これらの武装は自身が築き上げてきたコネクションを使って海外の武器商人から買い付け、信用できる運び屋によってホテルに届けられていた。
すでに梱包は解かれて状態のチェック、調整も済ませているが再度確認する。二重チェックするぐらいの慎重さは白羽のような人間にとって必須とされる。
今回用意した武器の中でメインとなるのはシグ・ブレイザーR93ライフル。スイスの銃器メーカーシグ社の傘下にあるブレイザー社が同じく傘下にあったヘンメリー社と共同開発したボルトアクションライフルだ。
モジュール構造のストックは従来のライフルとは一線を画した外見を演出し、射撃のためだけに他の全てを削ぎ落とした非常にソリッドな外観を持っていた。
弾薬は遠距離からの確実な殺傷のために大口径の.338ラプアマグナムを使用。この弾薬を使えば条件によるが2000m越えの狙撃も可能になる。
サブアームに用意したのはFN P90。一応の分類としてはサブマシンガンではあるが、使用している弾薬が通常の拳銃弾よりも貫通力を重視した5.7㎜弾になり、一部では新分野のPDW(個人防御火器)と見なされている。これも外見は従来の銃器のイメージからかけ離れたもので、本体がプラスチック素材を多用しているためにオモチャに見える。もちろんその火力はオモチャみたいな外見を覆して余りあるものだが。
ブレイザーにしてもP90にしても外見こそ従来の銃器から見ると奇異なものだが、すでに各国で使用されて実績は充分積まれて良好と評価されている。
白羽の武器選択の判断基準はある程度以上の実績と戦場の状況、あとは実際に使用してきた経験からだ。彼女はこの二種の銃器を過去に何度か使用した経験があって、今回の戦いに使えると判断して取り寄せていた。
他にも各種手榴弾、トラップ用のワイヤー、ナイフ、対人地雷、弾薬、爆薬などを丁寧に検分していく。信用できる取り引き相手だけあって欠品や不良品は取りあえずなさそうだ。
そして武装の確認としては外せないものが最後に一つ。それは幾らでも代えが利く武装とは違い魔術師としての一品物の武装、魔術礼装だ。
ベッドの下に手をやり、紫檀の箱を取り出す。フタを開ければ昔ながらの木と鉄で作られた古色が薫る一挺の銃が収まっていた。ベースとなっているのはトンプソンセンターアームズ・コンデンターピストル。競技用で中折れ単発のその姿は大昔の前装式ピストルに似ていた。
カタログにはない特注の銃身と撃針、撃鉄に魔術処理を施し、専用の弾薬を使用することで真価を発揮する対魔術師用礼装。白羽にとっては背中の魔術刻印と同じく養父切嗣が遺してくれた遺産であった。
手に取り、用心鉄を兼ねるスプールを引いて薬室を開放。銃がかくんと曲がり、バレルの後方の口腔を覗かせた。そこに7.62×63㎜、30-06スプリングフィールド弾を入れる。フルサイズのライフル弾は微かに擦れる音をたてて薬室に飲み込まれる。
丁寧に手で銃身を持って曲がりを直す。金属が噛み合う音と共に薬室は閉鎖された。そして白羽は銃弾が入ったコンデンターを漫然と前へ構える。
近くにいるアーチャーは彼女が集中していると感じ取り、声をかける愚は犯さない。壁に背を預けて静かに動きがあるのを見守る。
ゆったりとした静から動へ。変化は一瞬だった。
素早くスプールを引いて薬室開放、反対の手はすでに別の弾薬を持っている。薬莢のリムに爪を引っかけて弾薬を引っこ抜いて、すぐさま代わりの弾薬を入れる。最後に手首のスナップを利かせて強引に銃身を跳ね上げて薬室を閉鎖し、また構えた。
手元の時計ではタイムは一秒。調子が良いと一秒をも切る。悪くはないタイムだ。
(ようやくスタートラインに立てた訳か。長かった、かな?)
ここに至るまでに要した時間は十年。これを長いと見るか短いと見るかは人それぞれだ。
白羽にとってはもう数年欲しかったと思うけど悔いはない。これが今の能力だというのならそれで目標を達成できるようにするだけだ。
覚悟なら十年前に済ませている。目標達成のためならあらゆる手段を肯定してきたし、それでこの十年を生き抜いて牙を研ぎ続けてきた。どんな悪辣、非道、外道な手段でも成果に見合うなら躊躇無く採る。この聖杯戦争でもそのスタイルを崩すつもりはなかった。
問題は目の前にいる緑衣のアーチャーが彼女の流儀に付き合ってくれるかが問題だ。騎士が暗殺者の方針に従うとは考え難く、ましてや真名がかの有名な義賊ロビンフッド。複数いたと言われるロビンフッドの中の一人だと言うのだが、その性質を考えれば非道な命令を下すのに一苦労しそうな予感がしていた。
何となく白羽の意識は手の甲に刻まれた刻印に向いた。
令呪――聖杯戦争においてマスターたる魔術師に与えられる参加証と同時にサーヴァントを律する三回限りの命令権がこれになる。
魔力とともに令を発すれば、サーヴァントとマスターの能力が許す限り様々な奇跡を可能にして、様々な枷を与えるのも可能にする。
これをもってすれば、悪逆非道な作戦にもサーヴァントを従事させられる。だが、これは本当に最後の手段としたい。話し合いや取り引きでも解決可能な事案に貴重な命令権を使いたくない。
白羽の属性と起源を示すかのように刀剣をモチーフにした図柄の令呪。それを指先で軽く撫でて、意識を切り替えた。
武器弾薬に魔術礼装、サーヴァントと己の肉体。これで戦争に必要な道具は揃った。
Re:Fate/stay night ――少女の武装 了
登場した銃器のセレクトは完全に筆者の趣味です。ヨルムン、ガンスリの影響がマシマシ。