体は炎に飲まれて燃え盛り、皮膚はすでに炭化、筋肉や骨まに至るまでローストされている。だが彼、アトラム・ガリアスタはまだ生きていた。
彼は召喚したサーヴァント・キャスターに裏切られ、貴重なはずの三つの令呪を無為に消費してしまい、彼自慢の工房もろとも肉体を焼き尽くされようとしていた。意識は残っていても余命は僅か、それでも彼は生きていた。
余命が延びている理由は簡単だ。彼の肉体に刻まれた魔術刻印が肉体の危機に反応して自動的に治癒をしているからだ。魔術師としての歴史は百年ほどと浅く、知識や魔術界隈での地位も金で買ったような家柄がアトラムの家系だったが、だからこそ自己保存、自己保身に関して保険はかけていた。魔術刻印による自己治癒もその内の一つで、先祖が特権階級の嗜みとして子孫に遺した魔術ではあるが、そこに自己防衛の意味合いもあったらしい。
自己治癒で肉体が内側から再生し、一方で外からは炎で肉体が炙られる。今は均衡が保たれてアトラムの命はまだ奪われていないが、体内の魔力が尽きればその均衡も崩れて今度こそ彼は焼き尽くされる。余命が尽きるのは時間の問題だった。
(くそくそくそくそくそぉぉぉぉお……魔女め魔女め魔女めぇぇぇっ!)
再生で内側から、炎で外から痛みに襲われながらアトラムの思考は裏切ったキャスターへの憎悪で染まっていた。
彼が聖杯戦争に参加する目的は『箔を付ける』ためであった。先述したようにアトラムの家系は歴史が浅く、知識や地位もアラブの石油王という立場で手にした巨万の富で賄った物。歴史の旧さ、知識の深遠さを重視する魔術師達には何かと侮られているのが我慢ならなかったのだ。ならば聖杯戦争という『戦歴』をもってそれらを黙らせるというのが彼の目的だった。
そのためにサーヴァントを召喚する触媒を探し始めたのだが、振り返ってみるとそこから躓きが始まっていた。当初は『邪竜の血を受けた菩提樹の葉』を求めたのだが、それはすでに別の魔術実験で焼失。ならば『竜を行使する』サーヴァントを召喚しようと今のキャスターを召喚したのだったが、期待は大幅に外れて彼女の宝具は裏切りの逸話を象徴する短剣だった。加えて魔術の腕は神秘溢れる神代の時代にあって魔女と謳われるほど。アトラムの魔術を非効率、収支が合わない、三流、と酷評されこれまであった自負を木っ端微塵にされてしまう。
もはや、あんなサーヴァントはいらない、そう考えたアトラムが下した結論は自らのサーヴァントの謀殺だった。
アトラムが聖杯戦争に参加したのは割と早い時期で、前回とは異なってサーヴァントの席が埋まるペースもゆっくりとしたものだった。何しろ六十年周期だった聖杯戦争が、イレギュラーで前回から十年という短さで開催されているのだ、準備も未だ整っていない陣営も多いだろう。
だからその埋まってない席にアトラムは改めて座り直そうと考えたのだ。だけどそのためには今のキャスターを殺しておく必要がある。令呪で自害を命じるのが確実だが、それで三画あるうちの一画を使うのも躊躇われる。
そこですでに召喚を終えている陣営に渡りをつけて、他のサーヴァントに殺して貰う手段に出たのだ。もちろん敵の陣営に直接交渉を持ち込む馬鹿な真似はせず、その仲介役として聖杯戦争の監督役といわれる聖堂教会に話を持っていくとした。
ところがここでもアトラムの期待は外れた。冬木市での聖堂教会の拠点たる冬木教会は何者かによって襲撃を受けていたのだ。教会ではすでに事後処理が行われているらしく、聖堂教会の者らしき人員が何人か後処理の作業を行っていた。
聖杯戦争の参加者という立場を使って彼らに話を聞いてみると、ここの監督役である言峰綺礼という神父が何者かの襲撃を受けたというのだ。多量の血の跡は残されているが、死体は発見できずに生死は不明だという。一応監督業務である脱落した際の保護は行うので、心配しなくていいとも言われた。
監督役の不在。これでは謀殺の仲介を依頼するなど期待できなかった。今回の参加者の内、同じ魔術協会からの出場であるランサーのマスターは知っているが、直接交渉しようにも現在の所在は知らないし、知っていても仲介役を抜きにした交渉をする気は無かった。監督役が居ないのをいい事に何を見返りに求められるか分かったものではない。他の参加者についても以下同文だ。
そして途方に暮れて拠点に戻ってみるとこれだった。財と知識を尽くした工房は燃え、その中で佇むキャスターは効率の悪い工房は処分したという。
もはや躊躇っている場合ではない。そう思い、切り札の令呪をもってキャスターに自害を命じた。しかし、反応は無い。もう一画、最後の令呪を使っても同様。キャスターは宝具をもって契約を断ち切っていたのだ。自らの存在を維持できなくなるのもお構い無しで。
気が付けば、アトラムの体は燃やされていた。途中で何か恐ろしい幻覚を見せられた気がするが、それすら炎と一緒に焼け落ちた。魔術による高温の炎は工房は勿論、一緒に同行した一族の者、魔術のために用意した何十人もの生贄すらも焼き尽くし、生き残っているのはアトラム一人となっていた。
(こんな、ところで終わってなるものか、まだ戦ってもいないのに、くそ、何故だ、何故何故何故!)
召喚はしたのに聖杯戦争の闘争を始める前に脱落する我が身が納得できない。その一心で炭化する体を動かし始めたアトラムは、ずりずりと体を引きずって最寄りのエレベーターへと移動していく。電源はまだ生きているし、火災も工房内で収まっている。エレベーターに乗って、自室で本格的に治療、その後に脱出して、と考えを回していく。
魔術刻印の自己治癒はまだ健在、魔力も残っており、いつも身に付けている魔力の結晶をバックアップに回せば万全だ。確かにこのままここにいれば余命幾ばくもないが、移動してしまえば幾らでも手を打ちようはある。キャスターへの憎悪に染まった思考は一方でこんな風に冷静な部分をもって現状の打破のために動いていた。
(この窮地を脱したら、別のサーヴァントを召喚して……いや、令呪を使い切ってしまったから別の陣営に頼み込んででもキャスターを殺す。自然消滅なんて許すか、自分を裏切った罪を償わせてやる)
けれどもやはり憎悪で煮え立ったアトラムの思考はまともではなく、キャスターへの憎しみで体を動かしていた。自らもキャスターを謀殺しようとしていたはずなのにだ。
皮肉なことに憎しみを原動力にした行動は無駄ではなく、アトラムはエレベーターの近くまで這いずる事が出来た。操作ボタンへ手は届かないが、魔術による遠隔操作程度の初歩の魔術は今の状態のアトラムでも使える。さっそくボタンを押そうと魔術回路を回し始めるが、そうする前にエレベーターの方から扉が開いた。
エレベーターから降りる誰か。炎に包まれている工房にも関わらず、躊躇いなく歩を進めており、頑丈な軍用ブーツが床を叩く。脚も丈夫そうな生地のカーゴパンツ、上着はシャツの上に赤い革ジャケット、魔術師の目で良く見ればジャケットの革は魔獣の物で魔術的な防御力が高い素材が使われている。外見だけなら日本の都市部で見られるカジュアルな若者の服装に見える。それら服装を身につけた人物の顔をアトラムは知っていた。
「え……えみ、や」
そう、アトラムが聖杯戦争に参加する何ヶ月か前。出入りする機会が多かった時計塔の現代魔術科の研究室で見かけた顔だ。そこで生徒としてかのロードの授業を受けている傍ら、賞金稼ぎをやっている魔術師の少女だ。東洋人で、珍しい身の振り方をしているため名前だけは覚えていた。確か、衛宮白羽。
赤みがかった髪に縁取られた少女の表情は、何の感情も窺えない。無感情にアトラムを一瞥し、その後工房内の様子をぐるりと首を巡らして見渡し、どこか納得したような、呆れたような表情になった。
「た……助けて……くれ……」
熱で喉を灼かれて掠れ声しか出てこないアトラムだったが、しっかりと届くように声を出した。卑賤な賞金稼ぎに助けを求めるのはアトラムとして業腹も業腹だったが命には代えられない。一時的にプライドを飲み込むぐらいは出来るし、代価を求められてもある程度は応じるつもりだ。何はともあれ自分が助からない事には始まらない。
この危機的状況にやって来た衛宮白羽という少女は、アトラムにとって卑賤ながらも救いの手に見えた。――実際には止めを刺しに来た処刑人だったのだが。
何かが弾ける音が数回、アトラムの耳に聞こえた。その後彼の意識は瞬く間に漂白、暗転して何も考える事が出来なくなる。
これが、キャスターのマスターとして聖杯戦争に参加したアトラム・ガリアスタの最期だった。
Re:Fate/stay night ――ある末路 了