Re:Fate   作:言乃葉

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その一週間前

 

 

 

 石造りの質素で厳粛な雰囲気の室内、その雰囲気を壊さない色調の電灯の下で一人の男が机に向かって書類を読んでいた。

 三十代後半、身長二mに迫る長身に加えて着ている法衣(カソック)の上からでも分かる鍛えられた肉体は見る者に圧力を感じさせる。さらには纏っている雰囲気までも厳粛で、彼が居を構えているこの冬木教会の重苦しい空気と非常にマッチしている。

 彼は先述したように事務仕事で使う木製の机に着いて、ある書類に目を通していた。それはこの冬木の街で余人に知られる事なく開催された聖杯戦争に関連した報告書であり、書類の提出者は冬木の街に複数いる教会の協力者からだった。

 

「――――ふむ」

 

 一通り目を通した男、言峰綺礼(ことみね きれい)は口から軽くため息を吐いて書類を机に置いた。書かれている内容は彼の関心を引いていて、読み終わった言峰は視線を部屋の天井に向けてここではないどこかに思いをはせていた。

 報告内容は数日前に冬木市の新都にある公園で起こった小火(ボヤ)について。深夜に起こったため発見が遅れた割に火災は広がらず消火も速やかに終わり、騒動としては極めて小さなものだったが、現場で魔術の痕跡が確認されたため教会の構成員が動いた。この時期に魔術となれば聖杯戦争に関わっている可能性は大きいからだ。

 

 小火の原因は人為的な放火によるもので、用いられた道具の写真も書類に添付されている。相当な高温で原型もなく溶けているが、辛うじて残っている塗料や表面に書かれている文字から推測は可能だ。

 米軍で使用されている焼夷手榴弾。テルミット反応によって1000℃という高温の炎を発する代物で、軍隊では強力な火付けとして使われている。

 これだけだったら警察の出番だったが、この小火の現場周辺には人除けの結界の痕跡もあった。発見が遅れたのはこの結界のせいで、教会が動いたのもこのためだ。神秘の漏洩を防ぐのは魔術協会、聖堂教会双方に共通した行動原理だ。

 結界に囲われた場所での火の使用。何らかの魔術儀式が行われたかと調査したが、どうやら燃やされたものが問題だったと分かった。

 

 これも極めて高温で焼かれたため原型を推測するのが困難だったが、焼夷手榴弾で燃やされたのは何らかの生き物だった。

 それも甲殻や焼け残った脚などから大量の虫だと推測。魔術的な改良が加えられた痕跡もあって、使い魔の妖蟲の類と報告書には書かれている。

 この冬木で蟲を使う魔術師、言峰に心当たりは一人しかいなかった。

 

 間桐臓硯(まとうぞうけん)。この冬木の聖杯戦争を始めた三つの魔術師の家の一つ、間桐家のご隠居。500年も生きている一種の妖怪だ。そんな人物がどうやら襲撃を受けたらしい。

 臓硯はすでに全うな肉体は持っておらず、使い魔の蟲に魂魄を移しており、その本体の蟲を潰さない限り群体の蟲をいくら潰したところで無意味だ。10年前に対峙したこともある言峰はそのことを知っているが、この襲撃者は間桐臓硯のそういった部分まで知った上で実行したのだろうか?

 報告書には現場からは他にも有機リン剤が撒かれた形跡もあったと書かれている。殺虫剤の一種だ。間桐臓硯がどういう存在なのかは理解しているようだが、対処法がいちいち魔術師らしからぬ手法だ。

 そしてこの魔術師らしからぬ魔術師についても思い当たる人物が言峰にはあった。その人物に対峙したのもの10年前だった。彼が今現在どうしているか、興味を失ったために調べていなかったのが今更のように悔やまれる。

 

 10年前、それは前回の第四次聖杯戦争があった時だった。

 言峰は前回の聖杯戦争に参加した元マスターだった。その戦いの中である解答を得て、さらに求めるものが見つかった。その求めるもののために今回の聖杯戦争も参加するつもりだった。

 聖杯戦争を監督する立場を利用して暗躍する算段を立て、マスターならぬ身でサーヴァントに対抗する手段も手にする予定があった。ただ、言峰が思い当たる人物が再び聖杯戦争の場に出てくるのならば予定は大幅に変えなくてはいけないだろう。

 

 当初は外来の魔術師として魔術協会から参加する魔術師のサーヴァントを奪って聖杯戦争に参加する予定だった。研究職が多い魔術師の中でも例外的な武闘派、封印指定の執行者がその魔術師なのだが、言峰とは顔見知りでありどこか心を許している節があった。武闘派魔術師とはいえ付け入る隙は幾らでもあると彼は見ている。

 すでに冬木に到着しており、市街地にある協会管理の建物に居を構えているのも言峰が知るところだ。到着のタイミングで霊器盤に動きが見られ、召喚されたクラスがランサーであるのも分かっている。生憎とどんな英霊が召喚されたかまでは霊器盤で知る事は出来ないが、偵察要員と割り切ればどんなサーヴァントでも言峰にとっては問題なかった。

 後はどの時期にその魔術師からサーヴァントを奪うか。そう考えていた矢先にこの報告、言峰にとっては出鼻をくじかれた気分だった。加えて昔の古傷を抉られたような苦い気分も混じる。

 この襲撃者が間桐臓硯を完全に殺しきれたかどうかも不明だ。ただ、聖杯戦争を知り尽くしている臓硯を襲撃する辺り襲撃側も聖杯戦争の裏事情をある程度知っていると考えるべきだろう。予定の変更は慎重に行うべきだ。

 

 机に向かってしばし今後の予定を思案していた言峰。その耳に物音が聞こえた。それは礼拝堂の扉が開閉する音。彼がいる部屋と礼拝堂との仕切りは意図的に薄くなっており、来訪者をすぐに察知できるようになっている。手近にある置時計が指し示す時刻は午後6時過ぎ。冬の季節ならば外はすっかり暗く、夜の帳が降りている時間だ。

 この日この時間に来訪する予定の人物に心当たりはない。急な来訪者、しかもこの時期となれば聖杯戦争関係者か、と当たりをつけつつ言峰は対応するため礼拝堂へと向かった。

 しかし礼拝堂に現れた来訪者の姿は言峰の予想を若干外すものだった。

 

「……あ、この教会の神父さんですか? 夜分にすいません」

「そうだが、学生の君が教会に何の用かな? 神の家は広く開かれているものだが、用件を伺いたい」

 

 来訪者は一人の少女だった。しかも着ている服装は言峰が見慣れている学園の制服だ。ブラウスの上にベージュのベストとブレザー、丈の長い黒のスカート、赤いリボンタイに袖口や襟の赤いラインがアクセントになって冬木のみならず県内でもお洒落だと評判になっているデザインの制服。私立穂群原学園の女子制服を少女は纏っていた。

 言峰が後見人を務め、魔術の妹弟子でもあり、今回の聖杯戦争では参加予定者でもある遠坂凛(とおさか りん)が通っている学園の生徒。年の頃も妹弟子と同じであり、体捌きや足運び、纏っている雰囲気などから魔術に関わりのない一般人だと思われる。やや強いオーデコロンの香りが言峰の鼻についたが年頃の少女の嗜みと考えれば気になるほどではない。

 総じてこの教会に来るのが不思議に思える一般人だった。熱心な一般信徒だとしても教会が開くミサはしばらく予定にないし、この時間帯に来る意図も分からない。なので言峰は少女に尋ねることにした。

 穂群原の女子生徒は、言峰の問いにやや躊躇いがちな所作を見せつつ自身の手の甲を掲げて見せた。

 

「これについてなんですけど……これを見た遠坂さんが、ここの教会にいる言峰神父を尋ねてみなさいって……」

「……ほう」

 

 少女の手の甲にあったのは三画の魔術的な刻印、令呪だ。これがあるという事はこの少女は魔術師で、聖杯に見出された戦争参加者のマスターという事になる、と考えるの普通だが、目の前の少女からは魔術師らしい気配も感じられず、言峰の目にはごく普通の日本の一学生にしか見えない。

 事情を訊いても突然手の甲に入れ墨みたいな紋様が現れて混乱して、そこに妹弟子が冬木教会に行くよう助言をしてくれた、という以上の話は聞けなかった。

 ならば考えられるのは、偶発的に魔術の素養を持ってしまった突然変異か、魔道を捨てて在野に下った魔術師を先祖に持つかで、たまたま聖杯に選ばれてしまった不幸な少女である可能性だ。前回の聖杯戦争にもそういった手合いが居たのを知っている言峰は、この少女の経緯についてすぐに察しがついた。

 大方、発現してしまった令呪を妹弟子が見つけてしまい、この少女から事情を聞いた彼女は後始末を言峰に押し付けたのだろう。彼女自身も参加者であるため準備に忙しいと聞くため、適切な処置をするなら教会に託してしまおうという考えだ。それなら妹弟子自身が付き添いで来ないのが気になったが、これも言峰の顔を見たくないからなどで、深い事情は無いのだろう。

 ここまで考えた言峰は、少女には聖杯戦争の事は話さず令呪を移譲してもらい、少々記憶処理を施した上で帰してしまおうと処置を決めた。何も知らない一般人の少女が血生臭い魔術師の世界を知る必要は無い。聖杯戦争で物騒にはなっているものの、穏やかな日常に一般人を戻すのは聖職者としての勤めの内だと考えたのだ。

 言峰という男は性格に致命的な歪みを抱えてはいても、聖職者としては極めて正調で真っ当な人物だ。魔術の気配が無い一般人には聖者のごとき振る舞いを見せることもある。

 言峰は少女を安心させようと努めて穏やかな表情と声で話し始めた。

 

「確かに、それの処置を私は出来る。そのままにしておくと君にとっては不利益な出来事が起こるだろう。そこの椅子に座って待っていなさい。準備をしてくる」

「あ、あのお金とかは?」

「不要だ。確かにこの言い回しではいかがわしい霊感商法の類に思えるだろうが、その刻印を消去したほうが君のためになるのは間違いない。その時に料金は一切請求しないと主に誓おう。まあ、寄付や布施をしたいというなら受け付けるが」

「あ、ありがとうございます」

 

 言峰の冗談めかした台詞に少女は心のガードをやや下げたのか、軽く微笑みを見せた。これで良し、と踏んだ言峰は必要な道具を持ってくるため礼拝堂から出ようとする。令呪の移譲自体はこの場ですぐに出来るが、記憶の処置ともなれば相応の礼装を必要とする。それを取ってこようと言峰は少女に背を向けた。向けてしまった。

 

 この時の言峰綺礼に不備は無かった。油断も無かった。彼が所属する聖堂教会は世界的な宗教の裏側に位置する組織で、異端と認定した存在を相手に日々激闘を繰り広げている。魔獣や死徒と呼ばれる吸血種、そして魔術師。戦い方も撃滅、封印、交渉と様々な形で渡り合う。

 言峰はそういった激闘の最前線を担う代行者(エクスキューター)だった前歴がある。現在は一線を退き、冬木教会に収まっているが鍛錬は怠らず、その鋼の肉体を維持していた。

 そんな経歴がある言峰が、目の前の少女は仮に敵対しても害にならないと判断してしまった。魔術師や死徒を相手取る代行者という戦闘者は、決して甘い存在ではなく裏組織の聖堂教会の中でも一際血生臭く、異端討伐の修羅であり一級の殺戮者で人間兵器とも言うべき存在に与えられる称号だ。一度でもその称号を得た言峰は今でも戦闘者としての牙を持っている。

 だが、彼は一線を退いており、肉体は鍛錬で維持していても勘の働き、咄嗟の判断は鈍っており――なにより少女の擬態能力と一瞬の隙を嗅ぎつける嗅覚は、言峰の察知力を超えていた。こうなった原因を答えるならこれに尽きる。代行者の前歴をもった一級の戦闘者の判断を誤らせるほどの擬態能力、わずかに見せた隙を嗅ぎつけ容赦なく突ける躊躇いの無さ、少女は暗殺者としてそれほどの能力を保有していた。

 

 ヒュン、と空気を軽やかに切る音が礼拝堂に鳴った。その瞬間言峰は自らの体のバランスが崩れたのを感じた。具体的には右腕の重さが無くなった。

 言峰が首を巡らして見てみると、右腕が肩口から無くなり血を噴き出していた。彼の目には腕を切り取った肉厚の刃が見え、その柄を少女が握っていたのを認めた。

 そこまで視認した言峰の行動は極めて迅速だった。切り取られた腕からくる痛みを無視して跳躍、間合いを取り、残った左腕の袖口から黒鍵と呼ばれる投擲用の剣を三本取り出して刀身を展開。ここまでわずか数秒、代行者の前歴に相応しい水際立ったものだ。

 言峰の本来の戦闘スタイルは中華拳法を主体としたクロスレンジでの格闘戦だが、片腕がもがれた上に出血も勘案すると格闘戦は厳しいと判断した。黒鍵で牽制し速やかに離脱、すぐに止血などの処置をするべき。言峰はほんの僅かな時間でそこまで考え行動した。

 だが、暗殺者の少女は言峰の行動を待つわけがなく、取り出した黒鍵を構える前に次の行動を起こしていた。

 

 少女の刃を握る手とは反対の手が上がる。光を反射しない黒い小さな塊、拳銃だと言峰は一瞬で判断した。少女の握る拳銃の銃口が言峰に向けられる。

 黒鍵を強化魔術で肥大化させそれを盾に防御するか? 却下、預託令呪抜きでの瞬間的な魔術は精度に不安が残る上にこの距離では間に合わない。この一瞬なら防御しつつ間合いを詰めてカウンターを取るべき。銃口を前に瞬間的に言峰はそう判断した。

 言峰が着用している法衣は聖堂教会から支給されている戦闘用のものだ。ゲプラー繊維で編まれ、防護呪札で隙間なく裏打ちがされ、物理的にも魔術的にも優れた防御力を発揮し、9㎜の拳銃弾なら至近距離でも防ぐ性能を持っている。そして着弾の衝撃は鍛えあげられた肉体で緩和できる。

 刃物による切断には弱く暗殺者の刃で切り裂かれてしまったが、拳銃程度ならば問題なしと考え、言峰は片腕で頭部を守る防御姿勢をとった。しかし、ここでも言峰の考えを読んでいるかのように少女の策は彼を追い詰める。

 

 発砲。礼拝堂に響く銃声より速く銃弾が幾つも言峰めがけて殺到する。少女の連射能力は高く、拳銃はマシンガンのように瞬間的に幾つも弾丸を吐き出してきた。

 防御する言峰の体に次々と着弾する銃弾。法衣越しでも伝わる衝撃。そこまでは想定していた彼でも続く出来事は予想外だった。

 銃弾は法衣のゲプラー繊維の守りを貫通し、裏打ちした防護呪札も貫通、鍛えた肉体の守りもわずかな抵抗にしかならず、言峰のバイタル部分である内臓に到達。さらに弾丸は質の悪いことに言峰の体内で横転し、運動エナジーが無くなるまで暴れまわった。

 少女が使用している拳銃はFNファイブセブンピストル。同時期に開発されたFNP90のサブアームとしてP90と同じ弾薬5.7mm弾を使用している。この弾薬は、開発経緯からしてボディアーマーを着用したテロリストを殺傷することを目的としており、ゲプラー繊維の法衣であっても貫通しうる能力を持っている。さらにストッピングパワーを持たせるため、敵の体内で横転しやすい構造にもなっていて殺傷力も充分だった。

 少女は言峰の装備を知っているために、それを貫ける武器を持ってこの場にいる。この場での優位は情報の差でもあった。

 

 ダメージを受けて膝をつく言峰。そこに止めを刺そうと少女は拳銃を構えなおす。腕を切り取った刃はどういう仕組みか魔力の燐光を残して消え去り、ファイブセブンのグリップを両手で保持する。そこに淀みも余計な力みもなく、熟達したガンスリンガーの姿があった。

 さっきまで言峰が感じていた無害な一般人の学生の姿は消え去り、戦闘術に長けた暗殺者が代わりにいた。魔道の気配もかすかに感じられ、言峰はここでようやく少女が魔術に関わる暗殺者だと判断した。

 

『……くっ。因果な』

 

 少女を通して過去の記憶を再び思い出した言峰は、一瞬だけ自嘲とも苦笑ともつかない笑みを浮かべた。

 ダメージは深刻。片腕がないばかりか銃弾で内臓まで損傷している。出血も激しく手当てをしなければ一時間と持たない。そんな状態でも動ける辺り言峰の身体能力は超人的であり、代行者の前歴は伊達ではなかった。

 少女も言峰の能力を高く見積もっており、そのために確実な止めを刺すべく弾倉に残った銃弾全部を撃ち込もうとした。

 

「騒がしいな。貧相とはいえ、王の閨と知っての狼藉か、雑種」

 

 耳が聞こえる者全ての動きを止め、注目を集める王の声、そう評すべき言葉が礼拝堂に響いた。

 少女が首を横に振って、声の出所に視線をやる。礼拝堂に幾つも設置されている信徒のための長椅子。その内の一つに一人の男がいた。黒い高級そうなライダーススーツを身に纏い、鮮やかな金髪をもった偉丈夫。そして放つ雰囲気は人の領域を超えた巨大な何かだ。

 金髪の男は今しがたまで寝ていたかのように長椅子に寝そべった体勢で、今は上体だけを起こして少女を見やっている。男の赤い目に射抜かれた少女は、酷く重い重圧感に晒される。魔術的なものではなく、男が持つ超人的な威圧、一種の気当たりである。

 少女は男の事を知っている。勝ち目が無いことも。だからこそ男が居ないタイミングで仕掛けたが、どこかで読み違いが起こってしまったらしい。少女はそこまでを考えると、思考を全て撤退に回した。

 

 男の威圧を受けているにも関わらず、少女は素早く行動を起こす。前を開いたブレザーから円筒形の物体を取り出し、付属していたピンを抜き取ると安全レバーがバネの力で弾ける。

 男と言峰が何らかの行動を起こす前に少女はそれを軽く放る。それは床に落ちるなり爆発的な勢いで白い煙を噴き出した。米軍が採用している発煙筒。化学反応によって噴き出した白い煙が急速に礼拝堂を覆いつくす。少女はその白い闇に乗じて逃げるつもりらしい。

 直後にガラスが割れる音が響く。教会の窓を破って少女はまんまと逃げおおせたようだ。男にはそれを追う気配は無い。

 

「無粋な。服が汚れるではないか」

 

 本当にそれだけが理由と言うかのように男は不機嫌そうに振る舞い、長椅子から身を起こして言峰の居る場所まで歩を進める。

 発煙筒で白く煙る中でも男は言峰の様子を見て取ることが出来、彼の容体は危篤状態だと分かった。それでも男は悠然と言峰の前に立って見下ろす。王が臣下に裁定を下す様に、あるいは学者が観察対象を見るかの様に。

 

「ひどい有様だな綺礼。医学は門外漢だが、それでも後僅かの命だと(オレ)にも分かるぞ。それでどうする? 一応手はあるが、縋るか」

「……何時か言った言葉だが、私はあの怪異な解答を導き出した方程式を、明確な理として問わなくてはならない。それまでは死ぬつもりは無い。手があるなら遠慮なく縋るつもりだ」

「ハッ、あの時からそれなりに時間も経っておろうに、お前ときたらそれか。ああ……それでいい。見届けると言ったのは我だ。こんな下らぬ事を最期とは我は認めん」

 

 少女が去った白煙に煙る礼拝堂。屋内であるせいか発煙筒の煙は長く留まり、礼拝堂の内部にいる言峰と男がどうなったかは外部から窺い知る事は出来ない。

 こうして第五次聖杯戦争は教会の表立った監督役が不在のまま行われる運びとなったのだった。

 

 

 

 Re:Fate/stay night  ――その一週間前 了

 

 

 

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