無免ヒーローの日常   作:新梁

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前編後編で終わるか微妙なので数字にしたんだぜ。

それと次回更新でアンケートを締め切ります…が、今のところ圧倒的大差で残り一年続投な雰囲気です。ですが、一年目でさえ七月をブッ飛ばした作者にもう一年書けるだけのネタがありません。ネタをくださいお願いします何でも書きますから。

今回のあらすじ

鍋料理って人の本性を暴くよね。

zzzzさん、誤字報告ありがとうございます。


第十一話。八月下旬、夏休みと夏祭り(夏祭り前編)

 夏祭り当日。折寺中央駅前。

 

 

 

「三奈~~~~~!!!! かわいい!!」

「わ、浴衣似合うじゃんアシミナ!」

「ありがとー! 二人もカァイイねぇ!」

 

 芦戸は自宅の隣である折寺の夏祭りに来ていた。少しだけ濃いグリーンの浴衣を身に付け、父親の車で駅前まで送って貰ったのだ。待ち合わせをしていた友人達とひとしきりキャッキャ騒いでから祭りのメインストリートに向かう。

 

「よーっし! 今日は! 遊ぶ! ぞ!」

「イェーイ!」

「屋台見て回ろー!」

 

 カランコロンと下駄を鳴らしながら三人の少女達が屋台を見て回り、型抜きをしたりスーパーボールを掬ったりと遊び回っている最中、芦戸が焼きそばの屋台にて注文をした時に受付が見知った顔だった。

 

「すいませーん! 焼きそば三つ、青のり抜き……って、心操!?」

 

 頭に手拭いを巻いた心操は芦戸の顔を見て『うっわ』という表情を一瞬してからいつもの仏頂面に戻り焼きそばのトレーを素早く準備した。

 

「悪いな。俺は心操人使の生き別れた双子の兄、心操獣使(けもし)だ。はい焼きそば三つ青のり抜き、六百円」

「あ、どうも……いや絶対嘘じゃん!?」

「チッ」

「今舌打ちした!?」

 

 そう。焼きそば屋台の売り子をしていたのは今は手拭いで纏めているが普段は逆立っている紫髪に悪い目付き、中々にヤバい隈がチャームポイントのどこにでも居る中学生、我等が心操人使だ。

 ……実に客受けが悪そうな売り子である。この配置を考えた人間の神経を疑わざるを得ない。だが、芦戸が気になったのはそこではなかった。彼女が気になったのは……

 

「結田府ならともかく、ここ折寺だよ? 何で心操が折寺の祭りで働いてんの?」

「明が」

 

 その一言、どころか一単語だけで芦戸は事態を一から八ないし九くらいまでほぼ正確に察した。

 

「ごめん多分だけど事情分かっちゃった」

「ああ、面倒だからおまえが今考えてるのが正解で良いよ」

 

 芦戸は気の毒そうな、心操は疲れた顔で互いを見合わせると、その雰囲気に気がついた屋台の老人が焼きそばを焼きつつ声を掛けてきた。

 

「……ん!? 何だい何だいヒトちゃん! その子ヒトちゃんのコレ(彼女)かい!? っかぁーっ、悪人ヅラしてる癖に隅に置けないねっ!」

「やかましい……彼女じゃないスよ。あと悪人ヅラとか本人の前で言う?」

 

 心操が鋭い突っ込みと文句を叩きつけるも鉄板の熱と酒で顔を赤くした老人には通用しない。どころか「ここぁあっ俺に任しといて先に(休憩に)行っけッ!」と屋台を叩き出される始末だ。ついでにお駄賃として五百円と焼きそばも貰った。

 

「……ええ……?」

 

 芦戸は四月に心操に初めて話しかけたあの日から、時たま心操にちょっかいを出していた。時に休み時間に話しかけ、時に彼の帰り道に同行した上お気に入りのCDショップに引っ張り込んで好きなアーティストの曲を視聴させ、時にそのままクレープ屋台などに引きずり込み間食を共にした。

 

 そのような事を繰り返すにつれ彼女は理解したのだ。心操は割と理不尽な目に合いやすい人間である。そしてそれに慣れすぎて突発的なトラブルに即応できる人間になっている……と。あのような環境で生活をするとそうなるのかと芦戸は感心したものだ。だから芦戸は今の状況も心操にとっては大したことでは無いのだろうと軽ーく肩を叩く。

 

「えっと……ドンマイ?」

「割とお前のせいだぞ……あー」

 

『折寺自治会』と赤文字ででかでか書かれた手拭いをほどいて乱雑に髪をかき混ぜた心操がある一点を見て言葉を濁らせる。芦戸がつられてそちらを見ると、地下鉄のホームで逆立ちするアフロのシロナガスクジラでも見たかのような表情でこちらを見ている芦戸の友人二人とバッチリ目が合った。

 

 補足として、彼女らは芦戸と心操のクラスメートであり、心操の評判(と言っても完全に悪評でしかないのだが)を正確に把握している人間でもある。

 

 二人の目が語る。

 

 ───え、マジで? 

 

 芦戸は目で否定する。

 

 ───イヤイヤイヤイヤ待って待って待って何でそうなんの!? いや違うからね!? 確かに心操良いやつだよ!? 同じ高校受験する私に戦いかた教えてくれたりさ! 切島と一緒にちょっと勉強も見て貰ったよ!? 私が馴れ馴れしくしても嫌な顔はするけど他所他所しくなったりしないし、一緒にいて楽しいしさ! そりゃ良いやつなのは間違いないけどさ! 無い無い無い無いそれは無い! てかそもそも心操だって私みたいなガサツなの彼女とか無いでしょ! ねぇ!? 無い無い! 

 

 友人二人の目がスッと細くなる。

 

 ───ええー? ほんとにござるかぁ? 

 

 ───アシミナ悪い男に騙されるタイプだからなぁー

 

 芦戸の目尻がピクリとひきつった。

 

 ───あのねぇ、アタシは何言われても別に良いけど心操は

 

「芦戸」

「ッハァイ!?」

 

(目で)心操の事を語ろうとした瞬間隣に居た心操人使その人に声をかけられ思わず大声で返事をする芦戸。心操はそれに若干引きつつも隣のゴミ箱にさっさと食べ終わった焼きそばの容器を放り込みながら、「俺もう行くから。じゃあな」と言った。

 

「え……もう行っちゃうの?」

「あの子らと一緒に来たんだろ? 俺が居たら確実に邪魔だろ。というか俺がそんな空気に耐えられない」

 

 んじゃあな、と屋台の爺さんから貰った五百円を芦戸に手渡し、言葉に詰まっている彼女を置いて屋台の方に戻る心操。

 

 あ、と芦戸は声を出す。それは自分で意識をしていない、本当にポロリと出た声で、それを聞いた心操が振り返ったことに気がついて頭の中が若干の混乱を見せる。

 

「……どうした?」

「あ……んの、その……ぉ」

 

 声を掛けたが言葉が見つからない。友人のニマニマした様子が目に入る。元はと言えば彼女らが余計なことを(目で)言うからと思考したところで彼女らの服装が目に入った。それは目に鮮やかな、派手な浴衣だ。

 

「っし、心操!」

「はい、心操だけど」

 

 声を張った芦戸に何だかよく分からないまま反応する心操。芦戸は下を向いて自分の服装を確認してからその場の勢いで心操に尋ねた。

 

「……こっ……このカッコどう!?」

 

 その場のノリと勢いと友人の視線に押されて出したその疑問。それを受けた心操は、角から下駄までじっと芦戸を見つめ、

 

「どうって……浴衣だろ」

「違うよ!? 似合ってマスカ!?」

 

 遂に決定的な一言を言い放つ芦戸。視界の端で友人達が色めき立っているが、当の心操は『何故自分に聞くのかまるで理解できない』とでも言いたげな顔で首をかしげていた。

 

「まあ、普通に」

「普通!?」

「あと下駄の鼻緒切れかけてる」

「え、あ……」

 

 芦戸が可愛い花柄の鼻緒が確かにほつれているのを見つけた隙に心操は「じゃあな芦戸、また学校で」と屋台に向かって歩いていった。

 

「普通に……? ……普通……普通にって……何……?」

「三ぃ~奈ぁ~?」

「ア・シ・ミ・ナ・さああぁん?」

「ぴぇ」

 

『普通とは、何か』という哲学的な命題に直面していた芦戸の目の前に、いつの間にかやたら迫力のある笑顔をした友人二人が腕を腰に当てて立っていた。

 

「これは詳しい話を聞く必要あるわね」

「これは長くなるわ。焼きそばの他にたこ焼きとお好み焼きも買ってこっか」

「……神様助けて」

 

 芦戸は普段意識もしない神に都合よく祈りを捧げた。と同時に、

 

(心操が彼氏ねえ)

 

 心操と自分が付き合ってるのを想像してみた。してみたが……

 

(何も思い付かない)

 

 いつも通り自分が心操の周りをバタバタして、心操がそれを鬱陶しそうにしている光景しか思い浮かばなかった。いつも芦戸が『もし彼氏ができたら』と空想している様々な事が、相手を心操にして考えたとたん何だか上手くいかなくなるのだ。

 

(やっぱ無いな)

 

 よって芦戸は脳内議会で心操彼氏法案を論外として否決した。しかし……

 

「三奈あぁ……? いきなり乙女の顔しないでくれるぅ……?」

「……え? そんな顔してないよ?」

「してるんだよぉ~~~!!!! このっ、何でよりによって心操(アイツ)なのよっ! この、このっ」

「してないってぇ!!」

 

 芦戸の友人には違う風に見えたようだ。何やら納得がいったという雰囲気でうんうん頷いている。

 

「いやー、同じクラスになってからやけに構ってるなとは思ってたけどまっさかねえ」

「……違うよ? 違うからね? っていうか意外とあっさり受け入れるね……違うけど」

「そりゃ三奈にアレだけ心操は悪いヤツじゃないよーって言われればね……あー、あの時は別に何も思わなかったけど、今考えればもうあの時から好きだったわけかぁー。良いですなあ」

「もう! 違うって! 心操は友達! ただの友達だから!」

 

 芦戸がワタワタ手を上下させながらプンスコ怒って弁解するのを聞きながらも友人達はニヤニヤ笑いを止めない。

 

「はいはい」

「はいはい」

「だーかーらあーっ!」

 

 芦戸は悲鳴をあげた。普段自分がしている恋ばなが、当事者になればこうも対応に困るものなのかと思ってしまった。とそこに一人の男が声をかけてくる。芦戸はその声が先日共に訓練をした切島鋭児朗であるとすぐに分かった……が。

 

「お? おう芦戸! お前も祭り来たのか!」

「えっ切島……切島も!?」

 

 芦戸に声を掛けた切島が赤い生地に『折寺夏祭り』と白で書かれたTシャツを着用して心操と同じ『折寺自治会』とでかでか書かれた手拭いを首にかけて冷凍フランクフルトの段ボールを運んでいることは流石に予想できなかった。

 

 何故こうなっているのか? 

 

 

 

 それはと言うと。事の始まりは発目明による緑谷出久新品喪失未遂事件(長い)のあった日にまで遡る。

 

 

 

 その日の晩、緑谷宅の大きな座卓には巨大な鍋がでん、と置かれていた。そしてその中にはゴロゴロと野菜の入ったカレーが並々と入っていた。

 

 今日の夕食は引子特製『野菜肉野菜野菜野菜野菜肉野菜カレー』である。肉は冷蔵庫の端にあった色々ギリギリな少量の豚こま、それとハムのみである。そしてその横にはこれまた大きな電子炊飯ジャーが置いてある。それも二つ。

 

「いただきます!」

「いただきまーす!」

「頂きます」

「っただきます」

「頂きますッ!!」

 

 がばっ、と座卓に着いた食べ盛りの中学生達が一気に鍋とジャーに群がる。それを見て引子はクスリと笑みを溢した。

 

「はいはい、もう全部食べちゃって良いわよー」

「てめ、肉取んなや! 返せッ!」

「知らないよ!? 言いがかり過ぎない!?」

「うまー!」

「……聞いてないわね」

 

 二つのジャーから争うようにしてご飯をかっ拐い3つ用意されているお玉で我先にとカレーを盛り付ける五人の子供達を見てニコニコ笑いながら洗い物をする引子。

 

 さあ賢明な読者諸君にはもうこの違和感が分かるだろうか。いや違和感はあまり無いが普段と違うところに気がついただろうか。

 

「いやでも、俺もご馳走になって良かったのか? 邪魔じゃねぇ?」

「うん? お前明、何カレーかき混ぜて……待て明……それはダメだろ。それをしちゃダメだろ……! 『野菜肉(以下略)カレー』で肉の発掘なんて……! それしたら……それしたらお前、それは戦争になるだろうが……! 止まれって!?」

「ックソ女ァ! 何しとんだボケ殺されてぇのかいや絶対殺す今殺すッ! 食うのを止めろッ!!」

「あーっ明ちゃん! 明ちゃん! 肉待って明ちゃん! あーっ! 待って! 明ちゃん待って! あーっ! あーっ! 明ちゃん! 肉が! あーっ明ちゃん! 明ちゃん待って!」

「誰も俺を認識すらしてねェ」

 

 そう。なんと切島が混ざっているのだ。そして誰も、誰一人として切島を視界に入れていない。切島が存在しているのに切島抜きで完全に成立する会話。

 

 否、それは会話などではなく鍋にほんの僅かしかない貴重な動物性タンパク質(豚こまとハム)の利権を争う戦争である。そして今、発目国の行った条約破りの違法採掘により四か国間の緊張は一気に限界近くまで張り詰めていた。切島はそのノリに着いていけていない。

 

「あんたたち何やってんの……ごめんなさいね切島君、あの子達普段はあんなじゃ無いんだけど、ご飯に鍋物出すと途端に殺気立つのよ」

 

 コレでも昔よりはマシになったのよ、と言いながらあらかじめ取り分けておいた自分の分のカレーを持った引子が切島の隣に腰を下ろした。切島は『果たしてカレーは鍋物と呼ぶのか?』とか考えていたが、答えは思い付かなかった。何となく違う気はするが。

 

 一方、最早発目に何を言ったとてどうにもならないと判断した他三人はそれでもあくまでフェアに、数打ちゃ当たる、カレー食や(肉)当たるを実践し始めていた。瞳をギラつかせながらカレーを貪る三人。早々に自分が掬った分の肉を胃袋に納め、そこからは普通にカレーを味わっている発目。彼女の胃袋は通常サイズであり、カレーは皿一杯で十分なのだ。そんな彼らを切島は若干の感心を込めた視線で見つめていた。ちなみに常に誰かが鍋にかじりついているため彼の皿は未だに空である。

 

「なんか、スゲーっすね……俺一人っ子で同年代と鍋囲むなんて中々無かったんで……何か新鮮ス」

「そーなのよ。とんでもないでしょ?」

 

 大鍋を3つのお玉が三人の手で乱雑に動かされ、互いが互いを干渉して中々掬いたい具材が掬えない。遂に苛立ちが頂点を迎えた爆豪が緑谷を普通に殴った。しかし緑谷は殴られた事を気にもせずむしろそれを隙と見て爆豪の掬おうとしていた肉をあっさり持っていく。

 

「でも何か賑やかで楽しいっス」

「そうねえ。私はもう何年もコレみてるけど、確かにちょっと面白いわよねえ」

 

 何がどうしてそうなったのやら、凄まじい加速で天井に向かいぶっ飛んだ誰かのスプーンを引子は個性を使って空中から自身の手元まで引っ張る。そしてそれを騒動の渦中に投げ込むと、「引子さんありがどうございます!」と言う声と共に心操の手がぬっと伸びて持ち手をしっかり掴んだ。どうやらスプーンは彼のものであったらしい。

 

「ところで切島君は食べなくて平気?」

 

 投げられたスプーンをあの騒動の中で一瞥もせずに掴んだ心操人使の凄まじく無駄な技量と食への執念に声を失っている切島に引子はそう声をかけるが、この団欒等とはかけ離れすぎたあまりにも暴力的な食卓に少し腰の引けた彼はヒラヒラと手を振ってそれに答える。

 

「あ、ああいや、あんだけ量あるんだしアイツらがある程度満足してからでも、俺は……」

「……あぁー、多分カレーもうあんまり無いわよ。早くしないとホントに無くなるかも」

「マジで!? ……マジだ……ちくしょお! おおお根性オッ!」

 

 引子の言葉に驚き少しだけ立ち上がって鍋の中を覗くと確かに先程よりも劇的に減っている。このままだと食えないことを理解した切島は自分の頬を張り気合い一発、カレーを求めて争う獣の群れに硬化を使用して突入した。

 

「どっけ邪魔だ雑魚ッ!」

「ブッパッ」

 

 そして爆豪に普通に殴られた。

 

「……わ、大丈夫? 切島君……」

「……硬化がなきゃ即死だった」

「あははは……僕のお玉使う?」

 

 

 

 食事が終わって。

 

 

 

「クソ……結局一杯しか食えなかった……」

「明に言えよ」

「私は一杯しか食べてませんよ。勝己さんに言ってください」

「あ? テメエが雑魚なのが悪いんだろが。鍋は戦争なンだよ」

「くそ、言い返せねえッ!!」

「落ち着け切島。普通に言い返せるだろ」

 

 膨れた腹をさすりながらそんな事をダラダラと言い合っている無免共プラス切島の元に、緑谷が切ったスイカを持ってくる。その場の皆がそのスイカをとりあえず一口齧って、その後皆を代表して心操が話し始めた。

 

「で? 何で夏祭りの手伝いをするんだ?」

 

 そう。今日緑谷宅に四人が集まったのは緑谷からの要請があったからである。最初は緑谷からのメッセージで『来週の夏祭り、皆でどうかな』と普通にメッセージが来たのだが、その後すぐに『皆様、夏祭りに裏方として参加していただいても良いでしょうか』とやけに丁寧なメッセージが再度送りつけられてきたのだ。その文面のバカ丁寧さと溢れ出る申し訳ない感に、心操と爆豪は発目明の影を感じた。

 

「あ、それ私が頼んだんですよ」

「ハッ、だろーな」

「まあ、何だ。知ってた」

 

 そして実際にそれは発目から出た提案だった。大体分かっていたとはいえいつも通りの勝手さに爆豪はスイカに塩を振りながら鼻を鳴らし心操は皿の上に種を綺麗に並べながら溜め息を吐く。

 

「いいでしょどうせ祭り行かなくてもいつも通り独りぼっちで身体虐めしかやる事無いんですから」

「表現クソか!」

「その寂しい奴みたいな言い方本当に止めろよお前」

 

 未だ抵抗の意思を見せる二人とは違いすでに事情を把握した上で抵抗を諦めこの事態を楽しむモードに入っている緑谷に、切島がおずおず声を掛けた。

 

「……な、なあえー、緑谷? だっけ」

「はい、緑谷です」

「その、あの娘って普段からあんななのか?」

 

 確かに、日常生活では中々見ないタイプの人間ではある。一生見ない人間だって多いだろう。しかしそんな希少なタイプの人間二人と十年付き合っている緑谷はスイカを齧り、飲み込んで言った。

 

「……まあ、普段の明ちゃんからしてみたら当日に言わないだけ有情じゃないかな? というか僕が夏祭りの話題出さなかったら当日発表だったんだろうなぁ……」

「マジかあ……大変だな」

 

 そんな風に呑気に緑谷と会話をしている切島の肩をもう発目の説得を諦めたらしい心操がガッシと掴む。

 

「何を言ってるんだ切島。今日ここに来てカレー食ったって事は、お前も参加するに決まってるだろ」

「……マジかあ」

 

 切島は訓練が終わった後帰り道で芦戸と別れてすぐ、携帯に入った連絡を見た心操に「一緒に晩飯食わないか?」と誘われホイホイここまで着いてきたのだが、心操は最初から切島を道連れにするつもりだったのだ。ここで逃げられては困るとばかりに心操は切島を説得しようとするが、その前に発目がプリント用紙を見ながら説明を始めた。

 

「やってもらうのは出店の調理、受付と打ち上げ花火の装置の点検から実際打ち上げるまでを私とおじさんと一緒に、あと大太鼓を叩く役ですねー。いつも叩いてるゲンさんが腰を痛めたらしいので人員が足りないんですよ」

「おお! スゲェ! 太鼓叩けんのか! 俺それやりてェ!」

「……もっと粘れよ切島……」

 

 ……発目明が凄いのはここだ。人の心になどロクに興味も無い癖に、その独特の押しの強さと肝心な所で出す情報であっさりと人を味方にしてしまう。それに加えその邪気のまるで存在しない表情と態度に、周りの人間、特に発目と長く付き合ってきた人間程簡単に絆されてしまうのだ。

 

 それは最早奴隷では? と言いたくなるほどに献身的に発目に尽くす緑谷、彼女のする大概の要求を呑み、彼女の起こす大概の騒動を問題にもしないシュタインは当然として心操も、さらには決して認めることは無いだろうが爆豪でさえも発目のする事には極端に対応が甘い。

 

 例えば発目が爆豪の肩を叩いて振り向く頬に人差し指をブッ指したとしたら爆豪は激怒して怒鳴るだろうが、これを緑谷がすれば怒鳴るという経過無しに問答無用で拳が入る。つまりそういうことである。

 

 ……まあ簡単に言うなら、発目明はとてつもなく周囲に愛されている少女なのだ。よって普通に嫌そうな心操も、苛立ちをスイカにぶつける爆豪も数分しない内に溜め息を吐いてスケジュールを空けるのであった。

 

「……まあ、粘ったところで明は諦めないしな」

「こンのクソッタレがッ!!」

「あ、勝己さんは迷子センターお願いしますね」

「死ねッ!!!!」

 

 

 

 そんなこんなで。祭り当日。

 

 

 

「ばくご、おままごとしよー?」

「ばくごーみてこれ! うんこ! うんこ! ねえばくごーほらうんこ!」

「うわああああん!!! みっちゃんがわたしのスーパーボールとったあああ!!!」

「ちがうもん! これわたしのだもん! わたしのだもんっ! うわああああん!!!」

「黒髪に赤い角のあるみなみゆうかちゃん五歳の親父早よ来いやァァァ! つうかこんな人混みで子供の手ェ離すなボケがッ!! あとスーパーボールは同じ色で大きさのが二つあったろが! どこ行ったんだよそりゃ!」

「……二人でいっしょにはねさせてたらいっこだけあっちとんでったの」

「探してくっから泣き止んで大人しく待ってろクソッタレがァ!」

「ばくご! うんこ!」

「俺はうんこじゃねえッ! ぶっ飛ばされてえんか!」

 

 爆豪は今戦地に居た。

 

 そこは祭りを主催し会場整理や売り子等をしている折寺有志の面々がまだ目を離せない子供達を一時的に預ける託児所であり、祭りの最中に親と離れた子供達を保護する迷子センターでもあった。

 

 そしてその場所の担当は休みの度に海岸に打ち上げられた粗大ごみをリヤカーでごみ処理施設まで運搬したり、カツアゲしている不良をぶっ飛ばしたり、見知らぬお婆さんの道案内をしたり、迷子の子供を交番につれていったり……時たまガチの個性犯罪者に体術だけで勝っちゃったりしている折寺のヴィジランテ(個性は使っていないが)、『無免ヒーロー』のそこそこには面倒見が良い方、爆豪勝己クン(14)である。ちなみに他には凄まじく面倒見の良い方、面倒見は結構良いのに子供受けが悪い方、面倒見とかそんな次元じゃない問題を抱えているのに何故か子供に好かれる方、等が居る。どれが誰かって? 自分で考えてください。ヒントはありません。

 

 そんな彼はぶちぶち文句を言いながらも律儀に普段は母親の着けている黒いエプロン(裾に熊のアップリケ付き)を着けて片腕にぐずる少女をだっこしながら阿鼻叫喚の様相を見せる迷子センター代わりの自治会館会議室でマイクに向かって吠えていた。ちなみに元々迷子センター役であった折寺市民の女性は「まあっ! 無免ヒーローが見てくれるなら安心ねぇ!」と言って全てを爆豪に一任した。爆豪としてはふざけんなと言いたいところである。

 

「ちわーす……何だよ、勝己お前だけか?」

「……チッ、デステゴロかよ。どうせならこいつらの親連れてこいや」

「私もいるわよー」

 

 そんな修羅場に顔を出したのは見回りのついでにやって来た折寺の誇る名物ヒーロー、デステゴロとサイドキックの岳山である。親が来れば自分に群がる子供が一人減るが、誰の親でもない彼等が来たところでなにも変わりはしない、と爆豪は思っていたが……

 

「デステゴロだっ!!!」

「デステゴロー!」

「だっこ! だっこー!」

「デステゴロ! みてこれ! うんこ!」

「お、どれどれ? こら蹴らない、蹴らないの」

 

 折寺の子供達のデステゴロ人気は半端なかった。先程まで爆豪に群がっていた子供達が全員デステゴロの方に走り去っていき、そのあまりの変わり身の早さに珍しくもポカンとした顔を晒した爆豪に岳山がスポーツドリンクを差し出す。そして抱き抱えていた幼児を岳山が代わりに抱える。

 

「アンタお祭り始まる前から働きづめでしょ。ちょっと休みなさい」

「……おォ」

 

 何だか煮え切らない返事の爆豪を見て、ピン、と頭に電球の浮かぶ岳山。

 

「……子供一気に取られてちょっと悔しい?」

「ンなワケあるかッ!!! ぶっ飛ばすぞボケがァ!」

 

 足音も荒く会議室から出ていく爆豪。デステゴロが「どこ行くんだ?」と聞くと「飯ッ!」とだけ返ってきた。

 

「……何怒ってんだ? あいつ」

「さあぁーねえぇー?」

「お前、何か知ってんな?」

「さあぁー……あらどうしたの?」

 

 岳山がやたら腹立つ返しをデステゴロにしていると、彼女の(岳山いわく果てしなくダサい)作務衣風サイドキックスーツをその腕に抱き抱えた小さな少女が引っ張った。

 

「たけやま、おしっこ」

「そっかあ、じゃあトイレ行きましょう♪ 後その呼び方教えたの誰」

「みんないってるよ?」

 

 だめなの? と首をかしげるだっこした女の子に見えない位置で世界への圧倒的憎悪を圧し固めたような顔をした岳山の頭をデステゴロがしばく。

 

「痛ァ!?」

「ヒーローネーム出さねえお前の自業自得だろーが。漏れる前にさっさと行け」

「この暴力上司。出るとこ出てやる」

「言ってろ」

 

 たけやまぁ、と少女に急かされた彼女は、んべーっ、とやけに子供っぽく舌を出して廊下に出ていった。それを見送り、デステゴロは己の足を執拗に蹴っていた元気過ぎる少年とコスチュームのズボンに赤の油性マジックでうんこを描こうと画策していたクソガキを片手でまとめて抱えあげた。そして子供達が居るからだろう。床に敷かれたファンシーなマットに胡座をかいてその膝にまた子供を乗せた。

 

「デステゴローあそぼー?」

「おうおう、何すっか?」

「デステゴロ! うんこかいて!」

「悪いな、ヒーローはうんこ描いちゃ駄目って法律で決まってるんだ」

「おままごとしよーよデステゴロ、わたしおかあさんやるからね! デステゴロはおいぬさんのやく!」

「この面子で俺が犬なのか!?」

 

 デステゴロがそうして子供達と戯れていると、部屋の入り口に息を荒げた男性がやって来た。それを見た少女の一人が立ち上がってその男性に飛び付く。

 

「おとーさん!」

「ああ、ごめんユウカ。デステゴロさんも、面倒見てくださって……」

「ああ、いいって別に。俺あこの街のヒーローなんだから。つーか今だって見回りの休憩がてらだし」

 

 こんな事をしていても報酬など出ないことをおくびにも出さず、平気な顔でヒラヒラと手を振って問題ない事を伝えると男性は一度頭を下げてからおずおずと尋ねた。

 

「あの……それで……」

「ん?」

「……その、とんぬら君はどこに居ますかね?」

「はァ?」

 

 突如出てきた癖のある響きと絶妙な中毒性のある名前(DQVでパパスが主人公につけようとした名前)にデステゴロはついつい間抜けな声をあげてしまった。

 

 

 

 屋台といっても折寺小学校とか自治体とか書かれてるあの白いテントのやつばっかりな屋台通り。焼きそば屋の前。

 

 

 

「はは、それは災難だな」

「クソ面倒な事押し付けやがってあのクソ女マジでクソだわ」

「まあ焼きそば食えよ。一皿二百円な」

「金出せや……」

「苛ついてんのは分かったから落ち着けよ……本当に」

 

 花火の時間が近づくにつれ皆それがよく見える広場に行き、多少なり閑散とした飲食スペースにて爆豪がヤンキー座りで毒づく。その前に焼きそばの乗ったスチロール皿を持っていった心操は爆豪がそれを受け取るのを確認した後黙って自分の財布から二百円を売り上げに投入した。そして屋台の爺さんに休憩の許可を取ってその前に座る。

 

「しらないおっさんから貰ったたこ焼きも食えよ」

「んなもん貰うなボケ」

 

 爆豪が受け取らなかったたこ焼きを、心操が一つ口に放り込む。

 

「……何か、礼だってさ」

「礼ィ?」

「ごみ拾いとか、不良退治とか、道案内とか、そういうのひっくるめての。貰わないと何か嫌な感じだろ?」

 

 実のところ、心操が貰ったものはたこ焼き一つではなかった。

 

『あ! あなたこないだ道案内してくれたの覚えてる!? あの時は助かったわ!』

 と焼きそばを一つ余分に買って貰った。

 

『なあ! 兄ちゃんいつもリヤカーでごみ運びしてる四人組だな!? そうだな!? よっしゃ、ちょっと待ってろ! なに、俺あの海岸で昔釣りしてたんだ! ごみが増えてから行かなくなってたんだが……とにかく礼だよ! とっとけ!』

 とわざわざ走ってラムネを買ってきてくれた。

 

『あ! あなた無免ヒーローの人ですよね! 前に娘が自転車で転けた時にあのもっさもさの髪の人が手当てして家までおんぶして連れてきてくれて……あ、緑谷君っていうんですか。あの、良かったら……』

 と、フランクフルトを貰った。いっしょに来ていた緑谷に助けられたらしい女の子にもわたあめを一口貰った。

 

 その他にも、屋台の受付をしている自分に何人も、それはもう何人もの人間が挨拶をして礼を言って、笑いかけてくれた。それはまさに、心操が思い描いていた光景の一つで……

 

「……何か、そりゃ無免ヒーローって呼ばれてるのは知ってた、けどさ……こうやって街の人に覚えててもらえるって……何かこう───スゲェ、ヒーローって感じだ」

「……たこ焼きよこせや」

 

 爆豪が若干冷めたたこ焼きを手で摘まんで口に放り込む。その様をニヤニヤと笑って見ていた心操が頬杖をつきながら爆豪に尋ねた。

 

「うまいか?」

「屋台の食いもんなんざこんなモンだろ」

 

 素直じゃねえな。そう笑う心操とわざとしかめ面をしている爆豪の座る席に、黒髪で赤い角のある少女を抱えた男性が走ってきた。それを何事かと見る心操と、少女に見覚えのある爆豪の前で必死に息を整えた彼は爆豪に向かって上ずった声をあげた。

 

「……きっ、君、とんぬら君だよね!?」

「違います」

 

 即答だった。爆豪は知らない人に着いていかないという小学校の頃の教えを徹底していた。

 

「いやいやいやとんぬら君だって! あの日聞いた声とも放送の声とも同じだもん! 分かるよさすがに!」

「人違いです」

 

 爆豪はその男の抱えている少女に見覚えがあったので男の身元も大体分かったが、普通に面倒臭かったので普段は使わない敬語まで使って否定した。心操が吹き出す。爆豪は苛、とした。

 

「えええっ!? じゃ、じゃあもう違っていいから話だけでも聞いてよ!」

「何か知らんが関わりたくないです。つーか何なんだお前はァ!? いきなり出てきやがって!」

 

 やたらしつこい男に対して遂に敬語をやめた爆豪がそうキレると、確かにとでも言いたげな表情で男性が腕の中の少女を抱え直した。とそこで少女が口を開く。

 

「おとーさんねー、むかしとんぬらにたすけてもらったんだって」

「……あ?」

「あははは……やっぱり覚えてない……まあそうですよね。僕以外にも君は沢山の人を助けてるから……」

 

 少女の言葉に顔をしかめる爆豪に男性は笑いかけ、僕は昔不良からカツアゲされてた所を君に助けて貰ったんだよ。と言葉を続ける。

 

「もしかしたら君は意外に思うのかも知れないけど……君に助けて貰った人達の中で、僕以外にも君にもう一度会いたい、会ってお礼をしたいって人は多いんだ。けどとんぬらって名前しか分かんないし……基本君が来るのって早朝とか深夜の路地裏だから顔もしっかり見えないしで……せっかくだし今回偶然会えた僕が皆を代表してお礼を言わせてくれないかな」

 

 男はかつて爆豪が不良やヴィランもどきから助けた幾人もの人間の一人らしかった。心操のニヤニヤとした笑いを視界の端に見つつ爆豪は男に向かってシッシッと邪魔物を払い除けるように手を振った。

 

「礼ならもうその場で受け取ってんだよ。わざわざ探してまでンな事言いに来たのか、暇人が」

「いやでも……」

「んなに礼がしてーんなら、二度と娘放すんじゃねぇよ。ガキどもにタカられてどんだけ苦労したと思ってんだ」

 

 分かったら行け、ともう一度手を振る爆豪。それを見た男は感極まったような顔でもう一度頭を下げ、爆豪達に背を向けて歩いていった。

 

 抱えられた少女がばいばい、と爆豪達に向かって手を振ったのに対し心操は柔らかく手を振り返し、爆豪はフン、と鼻をならしそっぽを向いた──が、数瞬してから片腕を少しだけ挙げた。それに喜んだ少女が両腕を大きく振り上げ、バランスを崩しそうになった男が慌ててその小さな身体を支える。

 

 そうして花火がよく見える広場へと去っていった二人を見送り、爆豪と心操は少女が姿勢を崩したときに反射的に上げた腰を下ろした。彼らのいる飲食スペースは既に人がまばらで、屋台もすっかり落ち着いている中二人は冷めたたこ焼きを頬張った。

 

「……しかし、すげえカッコいい事してるなお前」

「うるせえ黙れボケカス死ね」

 

 そんないつも通り(爆豪のひっどい暴言はいつも通りの範疇である)の会話をしていると焼きそば屋台から声の掛かった心操がそのテーブルを離れ、爆豪も数分後にはたこ焼きの皿をゴミ箱に捨て迷子センターに戻っていった。

 

 

 もうすぐ花火が上がる。




芦戸の友人二人は切島過去編で出てきた芦戸の友達二人です。あとこないだちんちん連呼したばっかりで今回うんこネタですけど仕方ないよね。小学生だもの。小学生男子なんてうんこうんこ言ってナンボだもんね。

あ、次回気が変わらなければ発目が完璧なヒロインムーブ決めます。
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