無免ヒーローの日常   作:新梁

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まずは前回のお詫びから。

この発目好きによる発目好きのための小説において発目本人どころか発目の話題さえ一切出ない話を作ってしまい誠に申し訳ありませんでした。反省も後悔もしてないし何なら隙を見てまたやる。あと夏祭り編二話で終わりましたわ。

というか。

序盤の発目パート書くのに一時間。

中盤の諸々書くのに一ヶ月。

終盤の発目パート書くのに三時間。

筆の進み方が露骨ゥ!!

中盤のもったり迷走っぷりと序盤終盤の発目パートの作者的熱量差をぜひ楽しんでください。あと次回で春夏編終わります。

今回のあらすじ

語る事は無い。発目を見てくれ。

Lősさん、誤字報告ありがとうございます。


第十三話、八月下旬、夏休みと夏祭り(夏祭り後編)

 祭り当日早朝。軽トラ(ツギハギ)。

 

 

 

 まだ日の上る前から家に突入してきたシュタインに布団ごと拉致された緑谷は、寝間着を着替える事も叶わずに人も少ない午前四時台からひたすら軽トラに金属部品を載せる作業を続けていた。その作業の途中に発目が通りかかったが当然手伝ってはくれなかった。知ってたが緑谷はちょっと泣きそうになった。

 

 そしてそれが終わった今は辺りが明るくなりかけた五時過ぎ、彼等は汚れても良い服とその代えを持ってトラックに乗り込んだ。勿論服も着替えている。

 

「んじゃ行きますか。明が高台で待ってる」

「はい……というか何も聞かずに積み込みましたけどこれ何なんです?」

 

 緑谷がトラックの荷台にある、衝撃吸収用の毛布と固定バンドに包まれた大小様々な部品を指差す。それをチラと一瞥しシュタインはトラックのキーを回した。バルン、と軽自動車特有の軽いエンジン音が響く。

 

「何って……自走迫撃砲」

「は?」

「花火の打ち上げ台。着いたらすぐに組み立てまーす」

「今自走迫撃砲って言いましたよね?」

「まさかァ」

「言いましたよね?」

「お、坂道だ。ちょっと後ろ崩れないか確認して下さい」

「言いましたよね?」

「言ってません」

 

 頑なに否定するシュタインに対しついに緑谷がプッツンいった。朝から理不尽に働かされて今日はちょっとストレス過多気味である。

 

「嘘をつくなッ!! 普段ぞんざいな先生にしてはやけに厳重に梱包してると思えば!」

「いやいや出久、世の中にはこんな言葉があるんだよ? 『バレなきゃ』」

「犯・罪・ですよッ! ルールは守らなきゃ意味無いんですから!」

 

 ドッタンバッタン、揺れに揺れるツギハギ軽トラ。何かの位置がズレて「ガリ」と嫌な音をたてる積み荷。そのツギハギトラックに誰が乗っているかを知る人はそれを見て「またやってら」と苦笑いするのであった。

 

 

 

 自走迫げ……花火打ち上げ地点。朝方。

 

 

 

 荷物の積み入れで早朝から体力を使いその後の口論で体力を完全に使い果たした緑谷出久を高台で待ち受けていたのは広場に自前のワンポールテントを建てこれまた自前の携帯ガソリンコンロとスキレットで珈琲を淹れ目玉焼きを焼いている発目明であった。

 

「やっと来ましたね出久さん! 何疲れた顔してるんです?」

「……………………………………いや何も」

 

 今朝早朝からの運搬業見てただろとか、というか何で手伝いもせずに高台で珈琲飲んでるんだとか、緑谷出久はそんな事は微塵も考えない。考えない。考えないったら考えない。あんまり考えない。ちょっとしか考えない。多少は考えてる。

 

 そんな緑谷の微妙な表情を見て何かを察した発目は少しだけ儚い笑みを口許に浮かべ、珈琲を淹れたお湯を使った温タオルで疲れた緑谷の顔を甲斐甲斐しく拭った。

 

「……何があったか分かりませんけど、元気出してください。珈琲淹れますよ」

「明ちゃん……!!」

 

 おいコラ手の平返しが早すぎんぞ少年。もっと魂をしっかり保てよ。

 

 先程までの微妙な感情はどこへやら。普段見せない発目の献身っぷりを目の当たりにして感動に打ち震える緑谷を横目で見ながらシュタインは誰にも気付かれない溜め息を吐いた。

 

(相変わらず『上手い』ねえ、明は)

 

 発目明は天才だ。彼女が少しでも興味を抱けば(・・・・・・・・・・)彼女は大概の事をこなせるようにできている。運動も(ここから未来の話ではあるが)同学年数百人単位の競争に出場しトップ42以内に入ることができ、授業態度は最悪だが興味が無い教科ですら(・・・)テストは基本九十点以下を取ることが無く、彼女が得意な……否、『興味のある』教科に至ってはその道のプロを軽く凌駕する知識量を垣間見せる。

 

 運動神経は高く頭脳も明晰、スタイル抜群の上に容姿は十人が十人認める美少女。ついでに言うなら義父はそこそこ金持ち。彼女はまさに神に愛された才女である。代償として人間性を損なっているのは些細な問題に過ぎない……過ぎない。

 

 そんな彼女にとってたった一人の男子中学生の心を掴み続ける、その程度の事がどれ程簡単な事かは想像に容易い。その中学生が彼女に惚れているのだから尚の事だ。

 

 事実一瞬下がりかけていた緑谷の好感度は惚れた弱みとギャップ萌えと計算され尽くした笑顔の儚さとタオルの心地よい温かさとそのタオル越しに感じる繊細な指の感触によりコンボダメージ×5.0の大台を叩き出し、好感度ゲージは発目のそのたった一動作で限界以上にブチ上げられた。はいそこ好感度コンボダメージの調整雑すぎとか言わない。

 

 そしてそれをした発目はというと、普段ならしない気遣いをして温タオルを作ったお湯を捨て新しく湯を沸かしていた。(ちなみに普段なら温タオルを作ったお湯でコーヒーを淹れる)そして作った珈琲を湯煎していたマグに注ぎ、疲れを癒せるように砂糖とミルクで少し甘めの味付けにして緑谷に手渡した。その甘味に顔を綻ばせた緑谷の表情を下から覗き込むようにして確認した発目は表情をしっかりがっつりばっちり確認していたくせして「……美味しいですか?」と若干不安げな表情で尋ねる。

 

 んなことするもんだから緑谷の好感度ゲージは遂に限界を振りきって感情表現機能がオーバーフロー、先程のコンボダメージの追加受付時間が終わらない内に甘く美味しい手淹れ珈琲と美人度四割増しの上目遣いと味を気にする健気さによりその倍率は八倍ドンである。緑谷は押し寄せる精神攻撃を処理できずにひたすら首を縦に振る機械となっていた。コンボダメージ倍率は置いとけ。

 

「……そっか、良かったです。出久さんの味覚に合わせた豆なので、大丈夫とは思ってましたけど!」

「!!!!!?????!?!?!?」

 

 追加ダメージ。渾身の笑顔、控えめな、小さな小さなガッツポーズ、自分のためにブレンドしてくれた珈琲。ダメージ倍率十倍でカンストした緑谷の好感度ゲージは遂に振りきって爆散した。感情処理が追い付かず身体機能を停止させる緑谷。そしてそれを確認した発目は自分のマグを片付けるために緑谷に背を向ける。その表情は『ヘッ、チョロい仕事だぜ』とでも言い出さんばかりの満足した悪人面だった。そして一連の犯行を目撃したシュタインは普通に引いていた。

 

「…………うわあ」

「始めにあんな顔する出久さんが悪いです」

 

 シュタインのガチなドン引き声に、緑谷に背を向けながら珍しくもプックリ膨れた不満顔を見せる発目。それを横目で眺めるシュタインは発目に聞き咎められないように心の中で溜め息を吐いた。

 

 緑谷出久は発目明を愛している。他ならぬ発目明が己の全能力を使って(・・・・・・・・・)緑谷出久の心を必死に掴み続けている。

 

 発目明はやろうと思えば何だって手に出来る人間だ。その発目が『他の何を失ってでも』手にしたい物が緑谷出久なのだ。先程の怒濤のあざとさ攻撃もその一つである。

 

 発目は緑谷の自分に対する好感度がほんの少しでも低下する事を許容できない。一秒前(過去)よりも自分を好きでいて貰わなければ気が済まない。それこそが発目明にとっての、常人から見れば重すぎる恋愛感情。

 

(出久も厄介なのに好かれちゃって)

 

 きっとこれから先、緑谷出久は一生発目明から離れられない。きっと天才たる彼女は今この瞬間に自分が死んでも(・・・・・・・)緑谷の心を離さないように対策をしているに違いないのだから。

 

「まあ、程々にしときなさい」

「そですね」

 

 シュタインの忠告を右から左へ素通りさせる恋愛超絶ハイパークソ重グラビティードーターを見て、未だ感情を処理しきれていない緑谷を見て、シュタインはまあ両方幸せそうだしどうでも良いか、と考えを放棄した。もっと色々考えてやれよ師匠だろ。

 

「明、俺の分の珈琲は?」

「タオル濡らしたお湯で良いですかね」

「マジかー」

 

 

 

 同地点。自走迫……花火の発射台建造中。

 

 

 

 三人でとりあえず珈琲を飲んで、発目の焼いた目玉焼きを食パンと一緒に食べて。その頃になって緑谷はようやく感情の実行時エラー"6"を処理し終えた。ちなみに緑谷の処理メモリが一杯一杯になっている間もダメ押しで好感度アップを狙う発目が甲斐甲斐しくかつあざとく世話をしたお陰で緑谷のデバッグは想像以上の時間がかかった。

 

 さっさと自走いやいや花火の発射台を仕上げてしまいたいシュタインとしては無駄に時間を食った事になるのだが、そこは表情に出ないだけで発目をこよなく愛する父親。文句の一つすら言わずに珈琲を啜っていた。

 

「出久さん出久さん出久さん髪が乱れてますよ朝鏡を見ませんでしたね!? ダメですよ鏡は見なくちゃ! 出久さんはいつでもカッコよくなくちゃダメなんですから! 明日からは私がチェックしますからね! ほらほら食べてくださいほら! はいあーん! はい口閉じて! モグモグして! はいもう一口食べましょうね出久さん! 美味しいですか!? 美味しいですよね!? 私が焼きましたから! あ! 珈琲飲みましょう珈琲! 次はパンに合うブラックですよ!」

「うるせー」

 

 やっぱりちょっとだけ文句は言った。

 

 

 

 そんなこんなで。開始。

 

 

 

「五番四本」

「はい」

「出久さんA一の外装取ってくれます?」

「A一ね。はい」

「ついでに六番三本下さい」

「はーい」

 

 

 

 全略。

 

 

 

「ほいこれで完成」

「やー、出久さん(雑用)居ると楽ですねー!」

 

 自走なんたら砲は僅か数時間で完成した。火薬を少なくした空砲での動作試験も問題なく通過し、後は夜を待つのみである。

 

「……にしても物凄く手際が良いですね。ほんの数時間でこれだけの大きさの物を組んじゃうなんて」

「まあもう十年やってるからね」

 

 シュタインの言葉に緑谷がうん? と首をかしげる。

 

「……じゅう、ねん?」

「十年前は折寺の祭りってごく普通の規模の夏祭りだったけど、今の家に越してきた年に自治体から要請があってね。花火を打ち上げたいって言うもんだから協力してあげたんですよ。それからどんどん祭りの規模が大きくなって、今に至るんですよ」

 

 シュタインがなんて事の無いように呟くその言葉に緑谷の首は錆び付いたようにギリギリと回る。表情すらも錆びた緑谷はゆっくりと祈るように、確かめるように言葉を紡ぐ。

 

「……つまり、アレですか? 先生達は十年前から夏祭りに参加してたんですか?」

「うん」

「さよならッ!!!」

 

 きらめく涙を振り撒きながら逃走を図った緑谷の襟首をつかんだシュタインがその流れで緑谷をアームロックの体勢に持ち込む。緑谷の顔を心配そうに覗き込む発目とシュタインだが、覗き込んだその顔が酸欠で死にそうになってるのはなんでか見えないらしい。

 

「どうしたんです? 出久さん」

「いきなり走り出すからビックリして掴んじゃったよ。何なんです?」

「離せぇ! 二人はっ、僕らが毎日寂しく修行漬けの時にこんな楽しそうな……楽し……離して、死ぬ……!」

 

 物心ついた頃から修行漬けで祭りになど来たことが無い、何とも悲しい緑谷の心の底から出た発言だったのだが、感性があまり一般的ではない(柔らかな表現)この父娘は不思議そうに顔を見合わせるばかりだ。尚このイカれた(柔らかでない表現)父娘には青くなり始めた緑谷の顔は認識できないらしい。

 

「……おじさん、そんなに花火の準備ってやりたいもんですかね?」

「明、出久実は花火好きだったんですか?」

「さー? よく分かんないですけど出久さんのそれは通常営業でしょう。さあさ、いつも通り挨拶回りに行きましょう」

「まあ、出久が変なテンションで変なことしてるのなんて普通の事か」

 

 普通じゃないよあんた達のせいだよ。緑谷は泡を吹きながらそう呟きたかった。呟けなかった。首絞められてるから。そしてそのまま意識を失った。

 

 

 

 屋台スペース。午前中。

 

 

 

「──という訳で、七時五十分より打ち上げを開始します。弾数はいつも通りで、十二時からは丘の上は立ち入り禁止にしますんで」

「はいよ。毎年すまんね……ところで」

「はい?」

肩の荷物(緑谷君)どうしたんだい?」

 

 シュタインは屋台のおじさんのその言葉を聞き、ちょっと肩の荷を抱え直した。荷物がぐぇ、と鳴いた。

 

「慣れない仕事で疲れたんでしょ。そのうち起きますよ」

 

 そう言ってそれでは、と別の屋台に挨拶に向かうシュタインを見ておじさんは絶対違うだろと思った。口にはしなかった。

 

「……うわぁ!? え!? どうなっ、え!?」

「あ、出久さん起きましたよ」

「出久、首は大丈夫かな?」

「……あああああ! 思い出した! 酷いですよ先生! 死ぬとこじゃないですか!」

 

 首、酷い、死ぬ。大体の事態をその三語で察した男はその情報をそっと忘れた。この世には知らなくて良いことがあるのだ。

 

「ちょっと絞め落とされたくらいで大袈裟な」

「それを言って良いのは僕だけですよ!?」

 

 だからこれ以上ここで騒ぐな。屋台のおっさんはそう溜め息を吐いた。

 

 

 

 太鼓櫓。切島訓練中。

 

 

 

「だァから! ここは腰いれて! こう! んッでこう!」

「……んッえァッ!」

 

 ドン、と太鼓が腹に響く音を発する。

 

「どうスかおやっさん!」

「四√五点!」

四√五点(約八点)!? うっそだろ!?」

 

 どぉれ、と切島からバチを取り上げたおやっさん……太鼓の源さんは痛む腰を気にしつつ振りかぶる。

 

 どぉぉ……ん、と地面も揺らさんばかりの衝撃が辺りを走った。

 

「……やっぱ腰がダメだぁな。六十点」

「……今のが、六十……!」

「おめさんの太鼓は力任せだ。もちっと太鼓の音を聞いてみな……本番まであと五時間だぜい」

「オッス!」

 

 ドーン、と音が弾け、四√三(約七)点! と点数が付けられる様を太鼓広場の端から見つめている集団が居た。先程の花火組に心操と爆豪を足した無免組だ。ちなみに全員折寺夏祭りスタッフシャツを装備している。果てしなくダサい。

 

「隣の市の祭りをよく頑張るな……」

「祭りを頑張ってるんじゃなくて太鼓を頑張ってるんですよ……ところで勝己」

 

 心操の言葉にそう答えたシュタインはチラリと爆豪の方を向く。

 

「その子供達は何です?」

「黙れクソネジ殺すぞ」

 

 今日は子供の面倒を見る予定の爆豪には既に背中に一匹、右手に一匹の引っ付き虫と化した子供が張り付いていた。背中の子供に頬を後ろからぐにぐに引き伸ばされても罵倒に一切の淀みが無いのは爆豪のすごいところである。

 

「あ! ばくごーだ! ばくごー!」

「ングッフ」

 

 更に櫓の向こう側から走ってきた小さな子供が正面に追加されるが、爆豪は倒れない。むしろこの程度で倒れて何とすると言わんばかりに姿勢を正し、緑谷とシュタインに『マジで覚えてろよ』と射殺すような視線を投げつけた爆豪は子供三人分増えた体重を引っ提げてノッシノッシと貫禄を感じる重い足取りでその場を去っていった。ぶら下がったまま移動が始まりきゃあきゃあ喜ぶ子供の声と共に。

 

「……元気ですねえ」

「後の仕返しを覚悟しなきゃいけない程度には……」

 

 ドーン、と音が響いた。三√七点だった。

 

「……次行きますか」

「了解です!」

 

 もうこんな所に用はねえ! とスタコラ歩き去る発目の背を見つつ緑谷は僅かに首をかしげる。そしてシュタインを見上げ、疑問を口にする。

 

「……先生、何でこの挨拶に明ちゃんが付き合ってるんですか? 普段ならもう逃げてると思うんですけど」

 

 マジでクッソ失礼な言いぐさだが緑谷としては本気の疑問であるしその見当は当たっている。普段の発目なら祭りの仲間に挨拶しにいこう等と言った瞬間トラフーリでその場から逃げ去ってもおかしくないのだ。そんな緑谷の疑問にシュタインは「まあ十年やってるからね」とタバコに火をつける。そして一吸いして、ボヘーッと煙を吐いてから言葉を続けた。

 

「そりゃあの子だし最初は逃げてたけどね、この街の人らは優しいからそんなどうしようもない女の子にも構ってくれたんですよ……まあ、まともに挨拶するようになったのはそれでも五年目ぐらいからだけど」

「明ちゃんらしいなあ」

 

 発目の後ろ姿を見ながら会話をして和む二人。横で見ている心操は今の会話で和む要素どこにあったんだ? なあどこにあったんだ? と言いたげだが言ったところで無駄なのを察し黙っていた。

 

 スタスタと道を歩く発目やシュタインに、屋台で準備をしている人々が挨拶をしていく。

 

「お、博士! 今年も頼むぞ! たこ焼き持ってけたこ焼き! ちょっとコゲてっけど!」

「あらァ明ちゃん久しぶりねぇ! チョコバナナ食べる? 二本差しにしてあげるわね!」

「おお明! 見ろワシの力作わたあめ像を! オールマイトだぞ! みろこのディテール! いいだろ!」

「おお、良いですね! どうでも!」

「ふふんそうじゃろう……どうでも?」

 

 フランクフルトやらたこ焼きやらバーベキューとかやるときに串に肉やら野菜やら差したやつやらたこせんべいやら唐揚げやらわたあめで作られた六分の一オールマイト立像(非売品)やらドカドカと渡され、それをどんどん後ろのシュタインやら緑谷やら心操やらに横流ししていく発目はチョコバナナをもっさもっさ食べながら我が物顔で屋台スペースを歩いていた。

 

 挨拶をしに行く等と言ってはいたが見かけた人が次々発目とシュタインに寄ってくるのでどちらかといえば挨拶をされに行く状態である。

 

 散々色々な人に撫でくり回された発目の頭はしかしそれでもその独特の纏まり方をした髪が崩れていない。不思議な頭髪だなと心操は思った。緑谷は自分も後で撫でようと静かに決心していた。

 

「スゲー人気者すね、博士」

「まあね」

「ちょっとは照れろ」

 

 発目に貢ぎ物を渡す列が途切れた時を狙いととと、と発目に近づいておもむろに頭を撫でる後でとか言いつつ全く我慢できなかった緑谷。

 そしてそれをぼんやり眺める心操とシュタインは、ぼんやりしながら適当な会話をしていた。(尚緑谷の行動に対し発目は上機嫌も不機嫌もなくガチで不思議なものを見る目を向けていた。何? お前までいきなり何してんの? という目だった。緑谷は心に深手を負った。でも大丈夫! 慣れてるから!)

 

「……あーあ、しっかし……こんな早くに集まる必要あったんです? 勝己や切島はともかく俺達やること無くないですか?」

「おぉーい! そこのスタッフシャツ着た紫色! 暇なら手伝ってくれんか!」

「マジかよ」

 

 ねえちょっとやることなくない? と言った瞬間仕事に呼びつけられるという爆速フラグ回収を決めた心操がその背中に悲哀を感じさせながらそちらに向かって歩いていく……前に発目に貢ぎ物を強奪された。

 

 唯一情けで残してもらえたフランクフルトを齧りながら去っていった心操を気にも留めずに発目はそのまま歩きだした。

 

 そのあんまりにもあんまりな発目に戦慄した表情を隠しもせずに呟く。

 

「いや明ちゃん……その……今のはちょっと……」

「……? わたあめ食べます? ほら、あー」

「うぉふ!? え!? え、えぇ!? ここ、道の、え……あ、あー」

 

 発目を諌めようとした緑谷は即座に使い物にならなくなった。計算ずくでも天然でも恐ろしい。

 

「……青春してますねェ……」

 

 ボケッと気の抜けた表情をしながらシュタインは、その白衣にあるポケットの中で震えた携帯を取り出して通話モードにし、二、三言話した後に電話を切る。

 

「出久、明。花火が届いたって。イチャイチャしてないで早く行きますよ」

「イチャ……っ!?」

 

 

 

 時は経ち。発射時刻。

 

 

 

 完全に日の沈んだ折寺。切島が露店業務から太鼓打ちに仕事を変え、心操が世間の目を再確認し、爆豪が子供に囲まれ雄叫びをあげているその頃。

 

 祭り会場の一角にある高台には三人で組み立てた様々な形の打ち上げ台、そして横にはこれまた様々な花火玉。そしてその横にシュタインと発目……ではなく『花火命』とでかでか書かれたシャツを着た複数の人間。軽く十人は越えている。彼らはこの折寺に日本各地から集まってきた花火職人である。

 

「えー皆さんうっすうぃっすチョリッスチーッスこんちはばんはお疲れさんです。本日は毎年恒例我がツギハギ技研より新しい花火打ち上げ台のプレゼ以下略」

「略すなネジ頭ー!」

「はよ打ち上げろー!」

「花火見せろー!」

「死ねー!」

 

 説明途中でなんか色々めんどくさくなりもう良いや! と諸々をクソ適当に済ませようとしたシュタインに花火職人達から罵倒、催促、暴言が飛ぶ。それを黙って聞いていたシュタインは何かを堪えるようにじぃーこじぃーこと頭のネジを回して暴言の嵐をやり過ごしてから再び口を開く。

 

「……今回持ってきた新作の打ち上げ台は三種類です。それぞれの性能は」

「資料はもう読んだんだよ!」

「俺達の所に送ってきたの忘れたのかよ!」

「はよ打ち上げろー!」

「火を見せろー!」

「死ねー!」

「……やれやれ、こういう年代の解体サンプルは必要じゃないんですけどねえ……」

「先生落ち着いて」

 

 じぃーこ、とネジを回しながらもう片方の手に白衣の袖から取り出したメスを握るシュタインの肩を緑谷はがっちり掴む。師を殺人犯にするわけにはいかないと思っての行動だ。え、もうやってそうって? ……まあまあ。

 

「じゃー簡易的な手動タイプから順にちゃっちゃと打ち上げていきますね!」

「おお、明ちゃん!」

「よっしゃァ!」

「待ってましたァ!」

「明ちゃんこっち向いてー!」

 

 発目明を己の孫かの如く可愛がっている花火命のオヤジ達から巻き起こる発目コールにまるで反応せずにパッパッと機材の説明をしていく発目。そして早送り並みの早口で説明を続ける発目の横でシュタインがこれまた早送りの様に点火ボタンを押していく。次々に上がる花火。発射地点である丘の下では何人もの歓声が聞こえる。

 

 そして緑谷は、その全てを見ていた。

 

「……っすご……!」

 

 火を吹き上げる火筒。連射式のそれが火を吹けば、隣の大きな火筒が衝撃と爆煙を吹き上げる。一瞬遅れて、打ち上げられた大玉が爆発。太鼓とは毛色の違う、武骨な衝撃が緑谷の全身をこれでもかと叩きつける。

 

 そして何より夜空を見上げれば、そこには凄まじい光が咲き乱れている。赤、緑、白、色も形も様々な花火が空中を飛び回る。

 

「どうですか? 出久さん」

「……明ちゃん」

 

 この場にある全てに心を奪われていた緑谷の肩に発目が手を置き、それで我に返った緑谷は、自分の事をいつになく優しい目付きで見つめてくる発目に何となく気恥ずかしさを覚え目を逸らす。そうやって目を逸らした先で見えたものにまた少しだけ目を見開き、少ししてから発目に向き直った。

 

「……凄いよ。とても凄い…………勿論花火もすごいけど……何よりも、皆の顔が」

 

 緑谷が見たのはこの高台に集まった人間の表情だった。

 

 新しい花火と発射台を見て目をギラつかせる花火職人達。

 

 頭上に上がる鮮やかな花火に満足げな顔で頷いている祭りの運営陣。

 

 頭上の花火には目もくれず、普段とは違う引き締まった顔で装置に不具合が無いかを入念に確かめているシュタイン。

 

 そして。

 

「……私、出久さんにこれを見てほしかったんです」

 

 頭上からの明かりに照らされる、柔らかい発目の笑顔。

 

「……これを?」

「はい! 今のこの場所を。この全てを覚えていて欲しくて」

 

 発目は緑谷の手を取りぎゅうと両腕で抱え込む。じっとりと汗ばんだ感触が腕から伝わるが、両者とも不思議と不快感は感じなかった。

 

「……ヒーローは、『表』の人間です」

 

 頭上から爆音が響く中、発目がポツリポツリと話し始めるのを緑谷はじっと聞き入る。

 

「勿論ヒーローにだって人に見せない下準備や事務とか、裏方作業はあると思います。けど……ヒーローは表の仕事なんです。だから……私達みたいな『裏方』の人間とはやっぱり相容れないんです。居る場所が違うんです。隔たりがあるんです……決して、同じ世界に住んでいるわけでは無いんです」

 

 抱え込んだ緑谷の腕をきゅう、と締め付けて、発目は「だから!」と言葉を繋ぐ。

 

「出久さん、覚えていて下さい!」

 

 発目は緑谷にしがみついたまま、指を指す。

 

「この景色を!」

 

 裏方に回らなければ見ることのできない、真下からの花火を。

 

「ここに居る人達を!」

 

 催しが最後まで上手く行くかどうか、緊張と達成感を半々に滲ませる人々の顔を。

 

祭り(表側)を華やかに彩る為に働く人達を!」

 

 次に自分が打ち上げる側になった時のために、この光景を余すことなく記録する花火職人達を。

 

「これから先、出久さんを支える側の人達の顔を!」

 

 緑谷達からも打ち上げ台からも離れた場所で、もう仕事は済んだとばかりに上を向きながらヘラヘラと満足そうに紫煙を吐くシュタインを。

 

表側(ヒーロー)の活躍の裏で走り回ってる人が居る事を!」

 

 今も仲間達が働いているのであろう、眼下の祭り会場を。

 

「これが発目明(わたし)の生きる世界だって事を、覚えていて下さい!」

 

 そして最後に、両腕を広げ緑谷の視界一杯を陣取って発目が満足げに胸を張った。

 

 

 

 緑谷は頭上の花火を受けキラキラと輝く発目の瞳に見惚れながら、発目がやけに唐突に今回の企画を持ってきた理由を正確に察した。

 

 つまるところ、発目はただ緑谷に自分の事を……自分の居る世界を、自分が立っている場所を、自分の夢を、そして自分の人生を、知って欲しかったのだ。

 

 それは、他者の事を理解せず自分の事情のみを強引に押し付けるといういかにも発目明らしい自己中心的思考の下行われた行動であったが、これまで発目と人生を共にしてきた緑谷にとっては明確な、そして強烈な『歩み寄り』であった。

 

 それを認識した緑谷はその瞬間に心の芯が発目に対する愛しさで埋め尽くされ、その心の赴くまま発目に一歩近付いてその身体を抱き寄せた。

 

 目を凝らせば細かい切り傷や擦り傷の痕が微かに残っている発目の生白い肌。そこに染み付いたオイルや焼けた鉄粉の混じる臭いと、その奥に確かにある発目本来の甘い匂いを感じながら、感極まった緑谷は涙声で呟く。

 

「……うん。忘れないよ……絶対に」

 

 かつて一人の少女が居た。

 

「……はい。忘れないで下さい」

 

 その少女はある痛ましい事件をきっかけに心を閉ざした。しかし周囲の人々の手により立ち直った少女は、浴びたものは何か変わらざるを得ない程に凄絶な熱と見た者は忘れることのできない程に鮮烈な光を周囲に放ちながらひたすらに進んできた。

 

 発目はこれまで誰にも理解されようとした事は無かった。周囲が発目を勝手に理解し、勝手にサポートし、勝手に仲良くなった。発目はそのどれもに気を遣わず何なら見もせず、自分の生き方をただ貫いた。

 

 それが今日、この日初めて、彼女が誰かに理解されようと行動したのだ。

 

「……明ちゃん、ありがとう……!」

「……何で出久さんがお礼言うんですか?」

 

 自分のそれより低い位置にある発目の肩に、緑谷は顔を埋めて静かに涙を流した。

 

 発目の行動は、それだけ緑谷にとって嬉しい事であった。

 

「……っ、く……っ……!」

「……何で泣くんですか?」

 

 涙を流す緑谷と、困惑しながらも頭を撫でて慰める発目の頭上で今日一番の大玉花火が咲いた。




自白します。私は確かに恋愛超絶ハイパークソ重グラビティードーターって思い付いた時あまりの語感の良さに五分くらい一人で笑ってました。

作中で言及された『発目の生き方』なんですけどざっくり言うと

研究、開発、緑谷。

……です。

はい以上です他にありませんはい解散解散!

あと実は書くときに気を付けている所として、シュタインは発目の側でタバコを吸いません。心操だと車の中っていう超密室でも容赦なく吸うのにね。発目の側だと吸わないんです。もし発目の側で吸ってる描写があったら連絡ください。光の早さで直します。

……あと今回の話で分かるかもしれませんけど、中学生編は発目がメインです。

……あと最初から分かってたかもしれませんけど、全編通して基本的にメインは発目です。しょーがないじゃん発目好きなんだもんさ。

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