無免ヒーローの日常   作:新梁

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一章終わったべっ!ようやく!

今回のあらすじ

揖保の糸うまいよね。


第十四話。八月末日、夏休みは一月半。体感なら二週間。

 

 

 昼時。ツギハギ研究所。

 

 

 

「敏捷が足りない」

 

 ぞるぞるとそうめんをすすりながら切島が言ったその言葉に対して、心操、爆豪、緑谷、芦戸の四人はチラリと切島を見てから何事も無かったかのようにそうめんを食べる作業に戻った。発目がそうめんを山と盛った大器に箸を伸ばすのをさりげなく阻止した心操が発目にビンタを食らう音が辺りに響く。

 

「ちょぉ!? 聞いてくれよ!」

「黒目、つゆ。あとネギ」

「……あしどみな」

 

 爆豪のぞんざいすぎる姿勢に力無く文句を良いながらもつゆとネギを手渡す芦戸。それを受け取った爆豪は鼻を鳴らして「テメーがいっぺんでも俺を苦戦させたら言ったら」と言いテーブルの中心にあるそうめんの山攻略を再開した。ついでにどさくさで別皿に自分用のそうめんをストックしようとしていた発目の後頭部をぶっ叩き食卓に沈めた。

 

 今現在緑谷の手によってしこたま茹であげられたそうめんの山は先程切島の言葉に一瞬手を止めた四人と、手を止めるどころか聞いてすらいなかった発目の計五人によって着々と平地に開拓されていた。尋常ではないそのペースに焦った切島は慌てて自分の器に残ったそうめんをすする。適切に茹であげられた糸のように細いそうめんがつるりと喉を通る感覚に切島は「ウメエ」と呟いた。

 

「んぐ、なあ緑谷はどう思う?」

 

 そうめんの山に箸を伸ばしながらそう聞く切島。緑谷はその切島の手を絶妙に妨害しながら困ったように口元に曖昧な笑みを浮かべる。

 

「えっと……切島君、今それはそうめんよりも大事な事かな……?」

「大事だろ!? 俺の将来に関わる話なんだけど!?」

 

 緑谷の非情すぎる発言に対し涙目でそう叫んだ切島の額に金属でできた箸置きがとんでもない勢いでぶっ刺さる。

 切島はその衝撃で頭部を盛大にのけぞらせ、額からはカィン、と金属音が鳴り響いた。夏休みの修行で多少なりと反射神経を鍛えられていたから硬化が間に合い助かった。間に合わなければこれ以上そうめんを食する事は叶わなかっただろう。

 

 食べる事を止める事が死に直結しているこの弱肉強食な食卓において箸置きは基本的に攻撃手段でしかないのだ。ちなみに投げたのは爆豪である。

 

「……うるせえ。後にしろや」

「勝己、ネギくれ」

 

 グイグイと互いの動きを肘で邪魔しあいながらの要請に爆豪がぞぞぞとそうめんをすすりながらネギの入った小皿を心操に渡す。それに礼を言った心操はネギを器のつゆに撒き、トントンと肩を叩き手を出してきた芦戸に器を渡した。そして山から麺を取りつゆに浸けてすする。

 

「やっぱそうめんってうまいな」

「研究所にはお中元で高級なのが色んな所から届くから。ただの乾麺と侮るなかれ、だよ……普通に売ってるのと高級品じゃ歯触りにかなり違いがあるんだよねぇ」

「へー、通りで普段食うやつよりなんか美味いと……じゃなくて!」

 

 実験の際についたコゲ痕だらけの机をバンバンぶっ叩く切島の顎に再び箸置きがぶっ刺さり、カァンと軽い音を立てる。それを投げた心操は一言「今そうめん食べてるんだから後にしろって」と言いそのまま食事に戻った。そうめんはもうあまり残っていない。資源戦争は徐々に激化し始めていた。その証拠に先程までは肘で押し合う程度だった爆豪と心操の戦いが相手に一切の容赦なく脇にエルボーを決めるそれへと変わっている。そんな状況を見た切島は涙目で吠えた。

 

「何なんだよお前ら!? 何でそんなにそうめんに対して真摯なんだよ!?」

 

 至極当然かつ割と切実な切島の疑問に心操が何を当然の事をといった顔でそうめんをすすりながら幼子に諭すように呟く。

 

「……あのな、いいか切島? お前の敏捷不足と高級そうめんならどちらがより大事だと思う? ……そりゃお前……高級そうめんだろ?」

「いやそこは聞く人にもよると思うけど! でもこのメンツでその理屈はおかしいだろッ!」

 

 むがーっ! と箸を持ったまま天井に向かい拳を突き上げる切島に芦戸がこの食卓について初めて文章を話した。

 

「……あのさあ切島さぁ……そんだけズタボロにされて何でそんなに元気なの……?」

 

 そう言う芦戸の姿はそれは酷いものだった。

 

 ごく一般的な学校用のジャージは所々が焦げつきチャックも取れ、膝の部分に穴が開きむき出しの膝小僧には絆創膏が貼っている。そして頬が若干スレている。

 

 隔絶した実力差を知らず心操と手合わせをする感覚で無謀にも爆豪に挑んだ結果だ。かわいそうに。

 

 そして切島は更に酷かった。

 こちらはこの夏休みにした訓練で学習したらしく学校の指定ジャージではない安いデニムの短パンとTシャツであったが、短パンは泥と少量の血で汚れ、布でできたベルトはバックルを引きちぎられ、今は片結びにされている。襟首は上から下にかけて力ずくで引きちぎられYシャツのような前開き構造に華麗に生まれ変わり、さらには何故か左の袖が無くなっていた。

 服の下は更に酷く、上から下まで至る場所に痣が浮かびその上にある無数の擦過傷が痛々しさを際立たせる。

 更に顔には鼻血の痕がしっかりと残り、両鼻にはしっかりとティッシュが詰められていた。

 

 自分が勝てない心操よりも遥かに強い事を知った上で緑谷に「トップレベルを体感してえんだ!」と本気の勝負を持ちかけた結果である。アホだ。

 

「だってよ、じっとなんてしてられねえだろ! 俺達と同じ歳のやつらがこんなにも強いんだぞ!? 簡単にゃ追い付けないのは分かるけど、それでも進みたくなるんだよ!」

「……まあ分かるけどぉ」

 

 調理者の特権であらかじめ台所にて多少(山盛りの意味)そうめんを食べていた緑谷と血で血を洗う殺伐戦争飯に慣れていないせいで不憫にも食欲無くなっちゃった芦戸が箸を置いて切島に向き直る。

 

「まあ、確かに切島君は今のままじゃ足りないところが多すぎるかな……ポケモンで言えばイワークみたいなものだもんね」

「そう! そうなんだよ! 俺は確かに堅いけど体力はポッポ以下で攻撃力はピカチュウ以下で特防はオタチとおんなじで……って違わい!!」

 

 緑谷が唐突にかましたやけにマニアックで分かりにくいボケに対しとても見事なノリツッコミを決めた切島に食卓についていた皆から拍手が送られる。それを受けながら切島は目尻に涙を溜め「……嬉しくねえ……っ!」と拳を握りしめていた。

 

「でも、素早さかぁ……結構上げづらい所だよ?」

「そりゃ分かってる! けどやっぱり、緑谷に触れもしないまま気絶するのは嫌ってーか……」

 

 そう。昼御飯の前、前述した緑谷と切島の戦闘訓練にて切島は緑谷に触れるどころかその為に手を伸ばす事すらできずに足の先から頭頂部まで殴られまくったのだ。

 

 ちなみに流れはこうである。

 

『……えっと、手加減無し?』

『おう。本気でやってくれ。そうじゃなきゃ意味ねえからよ』

『分かった。人使君、合図お願いして良いかな?』

『はいヨーイスタート』

『えっ早くね!?』

『ダイナミックエントリィィィーッ!! 左右左右左右ボディーアッパー天空×字拳!! 上段! 中段! 下段! 肘打ち! 裏拳正拳! とおりゃあああああっ!!!!』

『アババババ──ーッ!!!』

『……っと、ごめん。やり過ぎちゃった』

『出久の勝ち。飯にしようぜ。何かあったっけ? そうめん?』

 

 切島撃破RTA、記録は四秒であった。

 

 ……普段圧倒的格下を相手取る事が無いから慣れていない……と言ってもこれはひどい。いじめである。切島が落ち込むのも分かろうというものだろうか。この事を踏まえて素早さを鍛えたいと言った切島であるが、緑谷は少々苦笑いをしつつ首を横に振った。

 その瞬間そうめんの山に乗せていた氷が食卓(戦場)から弾丸のような猛スピードで飛んできたのを何気ない手付きでキャッチし、口に入れてボリボリ噛む。

 そしてそのあまりの反応速度に目を丸くする切島と芦戸の前でそれを飲み込んでから、緑谷は言った。

 

「別にアレを切島君が避けられなかったのは素早さのせいだけじゃないよ」

「いや今の見せられた後じゃ説得力ねえぞ!? つーかあの速度で飛んで来る氷によく反応できるな!?」

「ええ、凄……腕ってそんなに早く動くの?」

 

 二人の驚きを見て、緑谷は静かに苦笑する。そして「食卓についてるときは常に身構えてるからねぇ……」としみじみ言った。

 そして食卓を見るとちょうど発目が残りのそうめんに直接つゆをぶっかけて大皿から食べるという暴挙に出ていた。緑谷はそっと視線を外した。

 爆豪と心操が「おっ、おんまあああっ!? あっ、おまっ、ああ!」「えええ!? ちょ、え!? えぇ!? あ、ええ!?」と発目のあんまりにもあんまりな暴挙に言語野を停止させる中、光の無い目付きで緑谷は話を続ける。

 

「えっと、僕の攻撃に反応できないって話だっけ?」

「……お、おう。素早さじゃないってのはどういう事だ?」

「んー……そうだな、芦戸さん、切島君にどんな形でも良いから一撃当ててみてくれない? で、切島君は防いでみて」

「ん? んー!」

 

 緑谷にそう言われた芦戸は椅子に座ったままペシペシと軽く切島にチョップを当てる。切島はそのチョップを左右に受け流し、または腕で防いでやり過ごした。

 

「うん、そこまで。どうだった? 普通に防げた?」

「おう。けど緑谷のは全然防げなかったぞ? 目にも見えない連撃ってやつだ」

「うん。だから今の芦戸さんと同じ速度で切島君に攻撃するね。そうしたらわかると思う」

 

 ラストのそうめんにありつけず地味に落ち込む心操と怒りに震える爆豪の横で何かメッチャくねくねしたやったら腹の立つ躍りを踊っている発目を努めて無視し、緑谷は切島を挟んで芦戸と反対側へ椅子を持ってきた。

 

「……じゃ、やるね?」

「おう! いつでも来い痛ァオブグドファッ!?」

 

 いつでも来いの『来い』を言い終わった瞬間に右脛を蹴り飛ばされ右頬を殴られて顔面に鉄拳をぶちこまれ、切島はなす術無く芦戸の横に勢い良く倒れ込んだ。訳の分からないまま鼻を押さえる切島に、緑谷は満足げな顔で言った。

 

「ね、分かった?」

「いや全く」

「切島に同じく」

「あ、あれっ? おかしいな……痛ァ!?」

 

 心底不思議そうに首をかしげる脳筋緑谷のドタマを敗戦のショックから復活した心操が思い切り張り飛ばした。

 

「……痛ぁ……何で……? 何で……いきなり……?」

「何でいきなりはこっちの台詞だこの何でも実践馬鹿。訳分からんままいきなり殴られた切島の身にもなれこの肉体記憶馬鹿。そんな訳のわかんねえやり方で身に付くと思ってんのかこの経験至上馬鹿」

「い、一杯馬鹿って言われた……」

 

 緑谷がショックを受けているがロクな説明もなくいきなり切島をぶん殴った彼にその資格は無い。

 普段から言動やら思考回路やら存在やらが色々間違っている無免達だが今回は心操が正しかった。

 

 心操は切島の手を引いて元の椅子に座らせ、呻く緑谷を雑に足で退かしてから横の椅子に座り向かい合った。

 

 ちなみに色んな意味でショックを受けた緑谷は発目に殴られた場所をつつかれたりグリグリ余計に痛め付けられたり母性溢れる胸に頭を抱え込まれて慰められたりしている。爆豪はそれを見て悪態をつきながら食器を流しに持っていき、その足で外に出た。爆発音がすぐに聞こえた事からいつものように丸太を焦がしているのだろう。心操はそれら全てを一切見もせず、切島と芦戸に「芦戸の攻撃と出久の攻撃、違いは何か分かるか?」と聞いた。

 

「違い……速度、は同じだったんだよな? 見えなかったけど」

「ああ。そこが肝心だ。横から見てた芦戸なら分かるか?」

 

 心操の言葉に芦戸は視線を空に向けて少し考え、顔を防ぐように構えた切島と脚にキックを入れた緑谷を思い出し……「多分だけど、切島が見てないところから攻撃した?」と答えた。それに心操は頷き、「まあ結局のところそれだな」と言った。

 

「……え? どういう事だ?」

「つまりは、たとえ相手の正面に立ってたって不意打ちはできるって事だよ」

 

 心操はまず切島の脳天に柔らかくチョップを入れる。

 

「芦戸は頭部に何度もチョップを仕掛けてた。これによって切島の意識は最初から頭部にかなり比重が割かれてたんだ。だから……」

 

 次に心操は右脛に当てる程度のローキックを入れる。

 

「正面に居ながらも下段への攻撃が不意打ちになる。そしてそれに驚いた切島は下、自分が攻撃を受けた場所を反射的に見てしまう」

 

 そして下を向いた切島の頬に当てるだけの右フックを決め、最後に左拳を眼前で寸止めした。

 

「で、意識していない側頭部にフック、これで切島の視線が完全に俺から外れ……首を元の向きに戻す時にはストレートが決まる。どうだ? 全部不意打ちみたいになってるだろ?」

「……え、緑谷はこんなえげつないコンボ攻撃を何も知らない無防備な切島にやったの? 引く……」

「ご、ごめん……」

 

 普通に引いている芦戸と黙って身体を動かし先程の動きを反芻している切島に対し恐縮しまくっている緑谷を見かねて心操が助け船を出した。

 

「勘弁してやってくれ芦戸。こいつ四歳の頃から身体で覚える実践的な訓練しか受けてないから頭おかしくなってるんだよ」

「ねえもっと他に言い方無かったかな!? フォローしてくれてるのに文句言ってホント申し訳ないけど!」

 

 うがあ、と頭を抱える緑谷。心操の悪意しかない言い草に文句を言いつつも最後に申し訳ないと謝る辺りが彼の性格を表している。良い奴なのだ。説明なく人を殴るけど。

 

 狂人扱いされて落ち込んだ緑谷が食器を洗いに流しへ消え、発目が食器の無くなったテーブルに大小様々な金属部品を広げて作業を始める中動きのイメージをしていた切島が手を挙げる。

 

「……けどよ心操、これって防ぎようはあんのか? 俺防げる気しねえんだけど」

「筋力体力とは違って、こういう技術的な実力がかけ離れてるならまず無理だな。そん時は逃げるしかない。けど実力がある程度拮抗してるなら、対策はある……というよりゼロ距離格闘の基本なんだが、相手の全体を見るんだよ」

 

 心操はそう言って切島の胴体辺りを指で示す。

 

「殴ろうと腕を動かせば肩が動く。蹴るために足を動かせば腰が曲がる。身体全体を注意して見てれば『予備動作』ってのが見えてくる……まあその動作がどういう動きに繋がるのか……ってのは経験しかねえけど」

「……成る程なッ! 経験あるのみか! 緑谷ァ!」

「マジかお前!?」

 

 先程完膚無きまでにボッコボッコにされたのにまだ立ち向かう勇気があるのか……心操はキッチンに向かった切島のその並外れた根性に心の中で合掌する。主に切島の成仏を願って。

 

「っはぁー、よくやる……芦戸、お前は何か鍛えたいことあるか? 俺はまだ半人前(常人)だけど、教えられるなら教えるぞ」

「んん、じゃあ切島と同じで立ち回りかなぁ。体力は自分で作れるし……」

 

 勢いしか無い切島とは違う芦戸の現実的な提案に頷いた心操は加工金属のバリを取る作業に没頭する発目の肩を軽く叩いてから外に出る。芦戸はちょっと迷った末発目の頭をポンポンと撫でてから少し慌てて外に出た。

 

 突然静まり返った食卓に容赦なく金属粉を落としまくる発目は、しばらくしてから「……んん」と金属粉まみれの手で頬を掻いて頭をふるふると振った。

 

 

 

 訓練場。研究所の裏。

 

 

 

「ねえ心操」

「なに?」

 

 爆豪が丸太に爆破を叩き込み、緑谷を待っているらしい切島がその動きを何とか捉えようと四苦八苦している横で柔軟体操をしながら芦戸は心操に尋ねる。

 

「緑谷って普段どういう訓練してるの?」

「……普段? ああ……普段は……博士にぶん殴られてブッ飛ばされて、多少動きの講評を付けて、出久がもう一回お願いしますって叫んで、後はそれの繰り返しかな」

「うわあ」

 

 普通にドン引きの芦戸。心操はそれに苦笑いを返しつつも「まあ俺も勝己も大体同じだけどな」と言って柔軟を終える。

 

「さて……じゃ、近接戦闘の訓練やるか。とりあえず目指すのは威力じゃなく手数で攻める形だな」

 

 どんな形が良いだろう、と心操が首を捻っている横で芦戸がピョンコと手を挙げた。

 

「ハイせんせー。なんで手数なんですかー?」

「芦戸の個性ならかするだけでダメージになるから。どんな軽い攻撃でも避けなきゃならないってのはかなり厳しいんだよな」

 

 そう言って心操は訓練所の角にある物置を開きそこから炭の入った箱を取り出す。そしてその箱の底に貯まった炭粉を芦戸の手に擦り付けた。

 

「……ナニコレ? 黒っ」

「それで相手にカスったかどうかが判別できるだろ? ってな訳で……勝己!」

 

 心操は丸太を痛め付けていた爆豪を呼びつけ、訓練の内容を説明する。

 

「という訳で芦戸に攻撃を当てさせる訓練をつけてやってくれ。俺じゃあ流石に全くカスらせもせずってのはまだ無理だから、頼む」

「……一発も当たらなきゃ良いんだな」

「いやまあそうだけど……じゃあ頼んだぞ。芦戸、勝己の反応速度は群を抜いてる。つまり勝己に当てられるんなら他の大体の奴に当てられるんだ。多分今日一日じゃどうにもならないだろうけど、やれるところまでやってみてくれ」

「……うん、分かった……」

「……何でむくれてんだ?」

 

 自分に一切の断り無く指導役を心操から爆豪に交代させられた芦戸は少しだけ不機嫌さを顔に出していたが、その内に気持ちを切り替えグッと拳を握って爆豪を見据えた。

 そんな芦戸を腕を組ながら眺めていた爆豪だが、不意にその腕をほどいて芦戸の両手を指差す。

 

「黒目、手に力入れすぎんな。力みすぎると動きが固くなる。手数で攻めるんなら柔軟にしとけ」

 

 思ったより数倍まともな爆豪の指摘に大きな目をパチクリと瞬かせる芦戸。

 

「……アんだよ」

「いや、意外とマトモに教えられるんだなーって痛いィ!」

 

 失敬な事を言った芦戸に爆豪のデコピンが炸裂する。

 

「……っちょー痛い……分かってたけど女の子普通に殴るこの不良中学生……」

「うるせえ痛くしたんだ当たり前だろが。グーじゃないだけありがてえと思えんでとっとと構えろ」

「うううー!」

 

 うずくまった体勢からばっ、と不意打ちを狙って伸ばされた芦戸の手を何の驚きも無く避ける爆豪。

 芦戸の酸を想定して腕にすら触れない様にその常人離れした体捌きで腕の間をスルスル縫うように動く爆豪を何とか捕まえようと躍起になる芦戸だが、その腕は彼の肌から数センチ先を通るだけで、何度やろうとカスる事すら無い。

 

「ふっ! ていっ! やっ! えいっ!」

「単調すぎんだ馬鹿。避けられてんじゃねえ、『避けさせろ』」

「どー違うのそれ!?」

 

 芦戸がそう叫ぶのと、爆豪が無言で芦戸の片足を踏みつけたのは同時だった。

 

「いっだ!? って、うわわわわ!?」

 

 足を踏まれた痛みで顔をしかめる芦戸だが、目の前に爆豪の拳が迫ってきているのを確認し慌てて上体を反らす。だが踏まれた足はその体勢移動に着いていけず、結果バランスを崩した芦戸は地面に倒れ込む。

 

「……ったぁ……何す……っ」

 

 芦戸が顔を上げたそこには爆豪の足の裏があった。倒れ込んだ芦戸の顔面へのローキックを寸止めした爆豪は、「こういう事だ」と言い芦戸に背を向ける。

 

「何も考えねえで闇雲に手ぇ出したって今みてえに気の緩んだ場所攻められてそうなるんだよ。攻撃ってのは常に相手ぶち殺す為にあんだ。覚えとけ」

 

 攻撃が避けられるんなら避けられてどうするのかを考えろ。そう言う爆豪の背中に向けて芦戸が無言で酸を放つが、爆豪は黙ってそれを避けた。数瞬停止し、次に怒りに震えぐりんと首を回す爆豪。その顔は鬼のごとき形相となっている。

 

「ええ!? 何で避けれんの!?」

「……てンめえ良い度胸してんなコラ……!」

「わー! ごめんごめんて! ごめんなさい!」

 

 ボッ、ボボッ、と掌を爆発させ始めた修行相手に平謝りながらも笑顔を浮かべてチョコマカ逃げる芦戸と爆ギレした表情でそれを追う爆豪。それを見ながら心操は焦げた丸太に拳を叩き込んでいた。

 

 時を同じくして、研究所の厨房に続く通用口から切島が叫びながら勢い良くもんどりうって転がり出てくる。

 

「おっぼおおおおおっ!?」

「台所狭いんだから! ちょっと外で倒立親指腕立て伏せでもしてて! いい!?」

「お、おお……悪い……暇潰しの難易度たっけえ」

 

 別に設備が充実してるわけでもない狭い台所でずっと居座られるのが鬱陶しかったのだろう。原作よりだいぶ物事の解決が暴力寄りになってる緑谷はハイキックを放った脚を戻して「あとちょっとで片付け終わるからさ」と呟いてアルミサッシのドアを閉めた。

 

「……切島、出久怒らせたな」

「心操か……あれだわ、緑谷俺の思ってた十倍怖えわ」

「そっか。ならガチギレした出久は今お前が知った五倍は怖いぞ。あと今の十倍は暴力的」

「……怒らせないようにしねえと」

 

 ブルリと身体を震わせる切島を見てケラケラ笑う心操。その心操の肩によそ行きの格好をしたシュタインが手を置き、切島の両肩に芦戸と爆豪がそれぞれ手を置いた。

 

「やあ人使。しばらく見てたけど暇そうにしてますねぇ? そんなに暇なら俺とやろっか♪」

「………………………………喜んで」

 

「ちょ、切島切島! 盾! 盾盾! 守って!」

「お、おお? おお!?」

「おいコラ地味野郎……そのアホこっち寄越せや……」

「え、は? 何で?」

「寄越さねえと殺す」

「何で!?」

 

 いよいよ場が混沌としてきたその時、それをリセットするように台所が爆発し安っぽいアルミのドアがぶっ飛び塀にぶち当たった。

 それと同時に発目と、爆発から発目を抱えるようにして守り爆発のダメージを全身で受けた緑谷も転がってくる。

 

 全ての動作を止めそのようすを見守る四人の目の前で緑谷が震えながら起き上がった。

 

「──~~ったたた……」

「…………ふむなるほど! いやあ威力上昇策が上手く行きすぎましたね!! アッハハハ!」

 

 ケラケラと笑いながら起き上がる煤まみれの発目を見て切島はある事に気がつく。

 

「……なあ心操」

「何?」

「緑谷これキレるんじゃ……」

「ああ、そんな話してたな……まあ見てろって」

 

 四人の視界の先で緑谷は深く、それはもう深ぁ──ーく、ため息を吐いた。

 

 そして、煤まみれになった発目の身体をぎゅうとすがるように抱き寄せて力の抜けた声を出す。

 

「……明ちゃあああぁぁぁん……頼むよぉぉぉぉ……もう本当にいいぃぃぃぃ……あぁ──~~~もう……無事でよかったあああああぁぁぁぁぁ…………」

 

 うああああ、と力無く呻きながら発目の肩に頭を乗せる緑谷。発目はその頭を出来の良い犬を誉めるようにワッシワッシ撫でながら笑う。

 

「フフフフFFFF、出久さんは何やっても守ってくれますから! 当然無事です!」

「ねえ台所は無事じゃないんだけどぉぉぉぉ……明ちゃんは僕が守るからさあああぁぁぁ……台所守ってくれないかなああぁぁぁ……」

 

 爆発を起こした犯人である発目に対して何も言わないどころかまたやる事を前提に話す緑谷。そんな二人を見つつ心操が切島に話しかける。

 

「どうだ?」

「引くわ」

「……だよなぁ」

 

 発目と緑谷の二人に、というか主に緑谷にドン引きしている切島と芦戸を気遣ったか、シュタインが煙草に火をつけながら語る。

 

「……まあ誰にでもああいう態度じゃありませんけど……というか基本的に大事小事関わらず『悪』には敏感だし。ただ明のする事なら大概は受け入れちゃいますよねー彼は」

「イカれてんだよあのイカれクソデクは。発目狂いだ発目狂い」

 

 緑谷出久と発目明は本気のマジでヤバイやつ。切島と芦戸の脳裏にその情報はしっかりインプットされた。

 

「はあああああ……あ、台所吹っ飛んだし切島君訓練しよっか。あ、先生お帰りなさい。契約どうでした?」

「取れたよ。明日からまた外出る事多くなりますのでよろしく」

 

 この惨状そんな簡単に流して良いのか。切島はそう思うも緑谷から放たれる不可視の圧力(多少は気のせい)に負け「……おっす」と言うしかなかった。

 

「……でも明日、かぁ。明日から二学期始まるからまた忙しくなるなぁ……」

「あ゛あ゛──ーっ言っちゃったあ緑谷言っちゃった! 思い出したくなかったのにィ!」

「宿題なら見せないからな」

「私馬鹿だと思われてる!? 自分でやってるよ!?」

 

 緑谷の呟きを切欠にヤバくなった空気をぶち壊すようにして盛り上がる心操と芦戸。それに乗っかって切島も声を張る。それに緑谷、爆豪が続く。シュタインは荷物を置きに研究所へと入っていった。

 

「あー、でも今年の夏休みは今までで一番疲れた! 倒れるみたいに寝るなんて俺初めてだったぜ!?」

「ハッ、地味野郎、テメエは俺らに着いてこようとしてんだろ? ならこれから毎日そうなんぞ。覚悟しとけや」

「あははは、まあ否定はしないかな。切島君タフだし」

「ここはあれだな、うん。次回『切島死す』。デュエルスタンバイ!」

「ヤメロォ!」

 

 ゲラゲラ笑いながら冗談を言い合う三人を少しだけ羨ましそうに見る芦戸は、焦げた台所に入っていく発目を見てそれに着いていった。

 

 きっと、今なら大丈夫だろう。そんな確信が芦戸にはあった。

 

「ねっ、明ちゃん!」

「…………はい?」

 

 返事をしてくれた。芦戸はその事に達成感を感じつつも更に一歩先へ、踏み込む。

 

「……私と、友達になって下さい!」

「友達とか良くわかんないです」

 

 踏み込んだ先は落とし穴だった。芦戸はがっくりと膝を付き、しかしその言葉の矛盾点に気がついて「ねえ」と尋ねる。

 

「じゃあ緑谷……は恋人として、爆豪とか心操は?」

「……勝己さんと人使さんは、『仲間』です」

 

 芦戸はその二つの単語の間にどのような違いがあるのか分からなかった。しかし、その違いが発目にとっては大事なことなのだろうと感じた。

 

「……そっかぁ。じゃあ、私も『仲間』に入れてくれないかな?」

 

 発目はしばらく何も言わずに台所を黒こげにした爆心地らしき場所で部品を集めていた。数分が経った頃、発目は手を止め、芦戸を見ずにぼそりと呟く。

 

「………………名前」

「えっ?」

「…………私は発目明です。サポーター志望です」

 

 芦戸は四月に初めてこの研究所に来た事を思い出していた。

 

 その時、自分は発目に存在を認識すらされなかった。自己紹介をする事もされる事もなく一日を終えた。それが芦戸の中でずっとしこりとして残っていた。

 

「~~~っ!!! 私芦戸! 芦戸三奈! 三奈って呼んで! ね? 明ちゃん!」

「やっぱり爆発が酷いですねぇ。構造の脆弱な場所を知りたかったんですけど」

「いや無視!!」

 

 ちり取りでガサガサと爆心地にある鉄屑をかき集め、布袋に入れた発目は立ち上がり、芦戸を見る事もなく通りすぎた。

 

「あっ、の」

「そういえば」

 

 くるり、ほんの少しだけ振り返った発目は言う。

 

「三奈さんの個性今度調べさせてください。何かに使える気がするんですよね!」

「ええ!? えっ、い、痛いのは勘弁して……あ」

 

 発目が名前を呼んでくれた。それに感極まった芦戸は自分の横を通り過ぎた発目を追って外に出て……そこで自分以上に感極まりまくって発目を抱き締めている緑谷を見つけた。

 

「……くっ、ふぐうっ! よがっだ……よがっだねぇぇぇうおおお゛お゛ん゛!!!!」

「出久さんキモいですマジで」

「友情……だな!」

 

 芦戸の顔から少し血が引く。

 

「え゛……もしかして全部……」

「聞いてた」

「いやあ、明に女友達かぁ~」

「物好きだな、テメエもよ」

 

 全員にしっかり聞かれていた事を悟り、その場にうずくまる芦戸。顔を覆って呻いていると、大きな手が自分の頭を撫でた。

 

 顔を上げると、芦戸と同じ目線にしゃがんだシュタインが柔らかい笑みで芦戸を撫でていた。

 

「……ふえ」

「芦戸さん、明の事よろしくお願いしますね」

「……はいぃ」

 

 普段遠巻きにしか見ていなかったため、間近で見たシュタインの思わぬ顔の良さに狼狽える芦戸。そんな様子を見つつ心操はふとため息を吐いた。

 

「……なぁんか、変わるんだなあ。何もかもが」

「あたりめーだろ。何言ってんだテメエは」

「いや……うん。そだな。何言ってんだろーな、俺」

「死ねよめんどくせえ。おら訓練再開すんぞ! いつまでもボケッとしてんじゃねえ! 殺されてえか!」

 

 ずんずんと歩きながら爆発で付近にある湿った空気を物理的に吹き飛ばす爆豪。シュタインは台所の被害レベルを確認しにいき、切島は緑谷と組手を始める。芦戸は爆豪に不意打ちの飛び蹴りを放ち避けられ脳天に拳骨をぶちかまされていた。発目はケラケラ笑いながらそれを見ている。

 

 そして心操は、ただ黙って青い空を見上げた。この夏休みと何も変わらないはずなのに、どこかに秋が既に潜んでいる、そんな不思議な感覚を持たされる空を、ただ見ていた。

 

「……夏も終わるなぁ……」

 

 もうじき秋がやって来る。そして冬。そして……

 

「…………なあ! 皆!」

 

 気がつくと心操はそう声を張り上げていた。

 

「何? 人使君!」

 

 ぐ、と唾を飲み込み、皆の視線を一身に受け止めた心操は言葉を続ける。

 

「…………お前ら来年の夏は、何する!」

 

 少し、沈黙。それを破ったのは緑谷だった。

 

「そうだね、じゃあ海に行こうよ!」

「海!? 行きたい行きたい!」

「あ、俺家にビーチパラソルあるぜ!」

 

 その次に鼻を鳴らす爆豪が。

 

「山、行くか。泊まりで」

「ああ! 山なら多少大規模な実験も出来ますしね!」

「違えよボケ! 死ね!」

 

「俺はもっぺん太鼓叩きてえ!」「皆でダンス踊ろうよ! ダンス! 夏じゃなくてもできるけど!」「ああーそういえば今年の夏はバーベキューしそびれたなぁ。来年はやろうね!」「そーいえば今年は無人島サバイバル修行合宿無かったですねえ」「「いや何それ!?」」

 

 どんどん盛り上がり収拾のつかなくなる会話を手を叩いて終わらせ、「じゃあ、さ」と心操は笑う。

 

「全部だ。全部やろうぜ。来年の夏は、全部……!」

 

 その言葉に皆が思い思いに頷いていると、台所からシュタインが出てきた。

 

「ダメですね。今日中には直らないよこれ……今日は外で食べる事にしようか」

「あ、じゃあ皆で僕の家、来なよ! まだ二時だし、今からなら何でも出来るよ!」

「じゃあ修行に使えるのはあと二時間くらいですね! 私お義母さんに電話してきます!」

 

 夏には吹かない、涼しい風が秋の到来を予期させる。まださんさんと降り注ぐ太陽の光を一身に浴び、中学生達は笑う。

 

 これはとある世界線の、世の中や運命に負けること無くヒーローを目指す少年少女の物語。

 

「うおっ冷たっ……今日冷える予定だっけ?」

「秋も近いからなあ」

「んー、じゃあ肉野菜たっぷりスタミナピリ辛鍋なんてどうかな?」

「まて緑谷。それはまた戦争になって俺が割りを食うやつだ!」

「唐揚げとか良いんじゃないですかね!?」

「どうせそれも戦争だろ!?」

「切島諦めろ。こいつらと飯食うって事は戦争ってことなんだよ」

 

 やがて、秋が来る。




無免達は話に出た事全部やるけど作者が全部書く必要はない……つまりそういう事!

いやあしかし終わった終わった。人物紹介とか挟む?いらない?そう……

やっぱり季節の節目って色々変わる気配がして独特の空気がありますよね。

爆豪あだ名名鑑

切島

地味野郎。クソ地味。堅い奴。高校デビューしたらまた変わる。
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