無免ヒーローの日常   作:新梁

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秋冬編投稿にあたって小説目次のあらすじを変更します。投稿と同時に変えたいので今回は零時予約ではありません。悪しからず。また、春夏編のあらすじは第一話の前書きにでも足しときます。

秋冬編あらすじ

これはとある世界線の、個性が無いままにヒーローを目指す少年の物語。

運命を変える出会いにより諦めるはずだった夢を追い続ける少年。その輝きと熱量は次第に人を寄せ始める。運命の全てが動き始める半年後までに、少年は何を見、何を感じるのか。

「このボタンで髪長くして、これでほっぺ赤くして、これで目大きくして」
「おおおいぃ……何でプリクラの機能説明を俺の写真でやんだ?悪意あんだろゴラ」
「~~っひっ、っひひっ!ふひっ!」
「ヤベェ。心操がヤベエ。こんな心操見たことねえ」
「色んな機能があるなあ……眉毛細くして、睫毛長くして……アレ、可愛くなってきてる」
「ーーーーーッバフゥ!?ウ、ウハハハハハ!アーハハハハハ!!ハハハハハ!!!」
「心操が壊れたァ!?大丈夫か心操!?」
「あ、乳盛れるじゃ無いですか。盛りましょうよ乳」
「……よし、全員殺す」

今回のあらすじ

サンマ食いたかったから書いた。


中学二年生、秋、冬。
第十五話。九月中旬。味覚の秋(対戦モード)


 結田府中学校。昼休み。

 

 

 

 どこにでもいるごく普通の学生たる心操人使は友達が非常に少ない。そして友達以外には基本的に避けられている。

 

 これには心操の個性だったり人と接する態度だったり巡り合わせの悪さだったりと色々な要素がアレしているのだが、要するに心操は基本学校ではボッチなのだ。そしてそれを当然の事と半ば諦めて今まで生きてきた。

 

 夏休みで本当に数少ない友人と色々あり多少変わったもののその精神が根本的に変わることはもはやあり得ない。

 

 なので。

 

「……っぬぬぬ、じゃあー心操、好きなお菓子は!?」

「たまごボーロ」

「んあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! ゙! ゙! ゙! ゙! ゙! ゙! ゙! ゙何なの!? 何なのあんた!? え、マジで何!?」

「いや何なのって言われても意味わかんないしお前が何なの?」

 

 周囲が最近話題の夏休み石矢魔高校校舎消滅事件の話等を楽しげにしているのに自分は芦戸の友人にガチ尋問を受けている状況に対し、心操は心の底から戸惑っていた。

 

「いやだってさ! ね!? あんた好きな食べ物がそうめんで好きなおにぎりの具は塩むすびで好きなお菓子がたまごボーロて! たまごボーロて! 質素か!」

「……たまごボーロうまいだろ」

「違うの! そーゆーのじゃないの!」

「……何がだよ……」

 

 早く寝かせてくんねーかな。心操はそう思いあくびをする。そんなやる気の無い心操に業を煮やした友人Aがびっしと指を立てる。

 

「あんたは、状況を何も! 分かってない!」

「分からないに決まってるだろ。何この状況? 俺今何されてるの?」

 

 心操のごく普通の疑問に、友人Aが大袈裟に手を広げて首を振った。心操はボロが出る前に早急に名前を思い出すべきである。

 

「これだよ……アシミナも何でよりによってこんな奴……」

「訳分からん。もう話は終わりか? 俺寝たいんだけど」

「え、友達居ないから寝たフリしてるんじゃなかったの?」

「しばくぞ」

 

 半分正解とは言えない心操である。窓際にある自分の席で昼のラジオニュースを聞きながらうたた寝をするのが好きな心操であるが、最初は好きでやっている訳ではなかったのだから。

 

「っはー、もういいな」

「おい心操どこ行く!」

「便所」

 

 謎の質問攻めに心操がうんざりしながら教室を出て廊下を歩いていると、階段付近で所在なさげに座っている芦戸とその横に居る友人Bが見えた。実は芦戸は心操が尋問を受けている間もう一人の親友に足止めを食らっていたのだ。

 

「だからぁ、いい加減認めなって。三奈は案外素直じゃないよね」

「いや、素直とかじゃなくて違うんだって! 誤解!」

「……何してんだ、お前ら」

「ヴェッ!?」

「……? なんだその声」

 

 心操が声をかけると何か物凄い声を出した芦戸。座った状態で壁にもたれ掛かった芦戸は、驚愕の表情で心操を見上げている。そのまま固まった芦戸に対し、寛大なる心操は今の奇声をとりあえず聞かなかったことにしてやった。

 

「あらァ? ぐふふふ、こりゃ私お邪魔ね! ごゆっくーりー」

「は!? ちょっ、リナ!?」

「いい加減進展しなよ! じゃーねー」

「そんなんじゃないってぇ!」

 

 心操は廊下に向かって叫ぶ芦戸の横の壁に座らずもたれ掛かって話し始める。友人Bはリナと言うらしい。心操はこれからも何かと絡んできそうな危険人物の名前を脳裏にインプットした。

 

「……あのさ、お前アイツら何とかしろよ」

「……あ、アイツらって?」

「アレだよ、お前の親友Aと親友B改めリナだかなんだか」

 

 心操のあんまりにもな言い方に芦戸が顔をしかめる。

 

「ねえ、名前覚えてないの?」

「三年間話しかける予定も話しかけられるアテも無かったもんでな。しょっちゅう名前が聞こえてくる奴以外は女子に関しては覚えてないよ。男子は三分の一くらいは覚えてる……ハズ。多分。たまに話すし、四日に一回くらい」

 

 最初心操の薄情さに顔をしかめていた芦戸も心操の寂しすぎる交遊事情に視線を同情的なものに変える。

 

「心操寂しすぎ……」

「るせぇ。好きで寂しい訳じゃないんだよ」

「あ、あの子達の名前教えとこっか? 黒髪の子が水野で茶髪の子が山名だよ」

「それよりアイツらに俺に関わらないようにだな」

「それは無理。あの子達完全に暴走してるし私の手に負えないってあんなの」

 

 はあ、と珍しくも疲れたようにため息を吐く芦戸を少し面白げに眺める心操はその心持ちのままフンッと鼻を鳴らした。

 

「……何その笑い方。カンジワル」

「いや何、お前が困ってるのが面白くてさ」

「ほんと性格悪いよね!?」

 

 憤る芦戸をのらくら受け流していると頭上のスピーカーから授業開始十分前のチャイムが鳴る。ついでに芦戸と心操の携帯電話も鳴った。

 

「ん、出久からメール……ほーう」

「!? 明ちゃんからメール来た! うわ、アドレス交換してから初めてあっちから来た! いつも返信さえ来ないのに……あ、違うこれ絶対緑谷が書いて送ってるやつだ……あ、わぁっ!」

 

 同時に別の人間から来たメールを読み、二人同時に顔を見合わせる。と、一階に続く階段から切島が駆け上がってきた。その顔はキラリと輝いており、同じメールを受け取った事は想像に難くない。

 

「お、切島」

「今緑谷から連絡あった! お前らもか!?」

「来た来た!」

 

 三人は美食に煌めく瞳を輝かせ、一斉にそのメールの内容を言った。

 

「今日は」

「研究所で!」

「サンマ焼くって! やったぁ!」

 

 切島とハイタッチをする芦戸の隣で心操が戦争飯に向け戦意を高めつつ呟く。

 

「いやぁ……全く、やっぱ秋は一番あの研究所に通ってて得する季節だな」

「ん? ああ前にも言ってたねぇ。色々送られてくるんだっけ?」

「まあな。教室戻るぞ芦戸。切島、また放課後な」

「おうっ! っかあーっ! 楽しみだなっ!」

 

 秋の魚の代表格であるサンマが(しかも贈答用の高級品が)食べられると知って気分上々な三人がそれぞれ教室に戻り、次の授業の用意をする。そんな彼らを見て何かを察した女子二人は芦戸にコッソリと声をかけた。

 

「アシミナさん、アシミナさん」

「ん、何?」

「……何か進展したでしょ」

「し・な・い! 何回言ったら分かるの! 心操はそんなんじゃないから! ホンとに!」

 

 相も変わらず頑なで、特に照れることも無い芦戸を見て友人B改め山名は首をかしげた。もしかしてもしかするのかと。

 

「……本当にただの友達?」

「当たり前じゃん。だって心操意地悪だし、格闘教えてもらう時も容赦なく殴ってくるし……クマ凄いし」

 

 少し離れた前の席に座る心操が教科書を用意しながら(大根買っていこう。鬼おろしでザクザクにおろしてかぼす醤油でさっぱり……あー早く食いたい。あ、栗御飯も一緒に食いたいな。後で出久に頼もう)とか無表情で考えてるのは置いといて、山名は芦戸の表情を見た。心操の背中をチラチラと見ながら必死で心操の嫌な場所を挙げていく芦戸の表情は……

 

「エッロ」

「は? 何、え?」

「じゃないじゃない。いや……アシミナ本当に気付いてないの? わっかりやすいけど」

「授業始めるぞー席つけーついてるかーはっはっは」

 

 何度も芦戸に気付かせようとしては失敗している手前少々自信が無くなってきている節もあるが、それでも芦戸の表情は恋する乙女である。しかし心操と話している時にはそんな素振りをまるで見せず、芦戸自身自分の心に気がついている様子も無い。あんなにコイバナ好きなのに。あんなにコイバナ好きなのに! 

 

「……どーなってんの? ホントに」

「山名ぁ、ボーッとすんなー」

 

 山名はただ首をかしげるばかりだった。

 

 

 

 研究所。放課後。

 

 

 

「まさか既に買っているとは……流石は出久」

「あはは、昨日スーパーでちょっと気になったからさ。割と中身の軽い実が多かったからちょうど焼き栗御飯にしようと思ってた所なんだ。もうちょっと実が詰まってたら栗大福にしようと思ったんだけどね」

「何それ超美味しそうじゃん!」

「うわ、それめっちゃ食ってみてえ」

 

 いつものようにレンガを適当に組んでその上に網を置きながら緑谷は笑う。学校を出るときにしたメールのやり取りで緑谷が既に大根も栗も買っているという話を聞いた三人は取る物も取り敢えず研究所へ直行したのだ。

 

「おーい君達、親御さんには連絡してますか?」

「おぉ、忘れてたス!」

「私はしたよー!」

 

 研究所の二階の窓を開けてこちらを見下ろすシュタインの忠告に素直に頷く二人を見ながら、心操は少し前に爆発で吹き飛んだ筈なのにいつのまにやら元通りになっている台所に入った。そしてそこには謎の鼻唄を歌いながら米を洗っている発目が居た。

 

 米を洗っている発目が居た。

 

 米を、洗っている、発目が。

 

「………………は?」

「んーんん、ん……どしたんです人使さん?」

「……え、は?」

 

 心操は混乱した。心操はめっちゃ混乱した。なんで? という単語が心操の頭の中に三十個くらい飛び交いまくった。しかし発目はそれに気がついているのかいないのか、いつもと大して変わらない表情で首をかしげる。恐らく緑谷がやったのだろう、後ろで一纏めになった髪がフワリと揺れた。

 

「どうしました? バカ丸出しの表情して」

「め、明、お前何か悪いもの食べただろ。あ、アレだ、熱あるのか? うん?」

 

 心操は発目に駆けよってその額に手を当てて熱を測ったが平熱だった。そして発目にビンタされた。だが心操はそんな事を気にもせず発目の額に触った掌を凝視して沈んだ声で呟く。

 

「……平熱だと……? いやまさか……」

「失敬な人ですね」

「………………偽物……」

「分かりました! 丁度開発途中のベイビーがあるんですよ! ちょっと実機テストに」

「間違いなくどっからどう見ても明だな。さっきまでの俺は何かおかしかった」

 

 心操が正気を取り戻した所で発目は洗った米の水をきり、調味料と栗を二つある釜に両方ぶちこんで早炊きモードにし、スイッチをオンにした。ピコピロと電子音が鳴り、炊飯器が動き始める。心操はその一連の動作をボケッとしたマヌケ顔で眺めていた。それほどに発目の料理シーンは彼にとって刺激が強かったのだ。

 

「……でも、何でお前が料理なんてしてるんだ? しかもまともに」

「勝己さんがヒーロー部の活動報告がどうとかで居残りなんですよ。で、出久さんにお願いされたので」

 

 そういいつつ包丁を使い大根の皮を向こうが透けて見えるほどの薄さにスルスルと綺麗に剥いてから鬼おろしでゴリゴリ削る発目。その手際には不安になるものが一切無く、それが逆に心操の不安を殊更に煽った。

 

 普通に料理してるだけでえらい反応である。自業自得だが。

 

「明ちゃーん、進捗どうですか」

「バッチリです! あと人使さん邪魔です! 出ていって下さい!」

 

 心操の入ってきたドアを開けて発目に話しかける緑谷。そして発目はそれに笑顔で答える。

 

 大根おろしを鉢に入れながら肘で脇腹をどつかれた心操は呻きながら緑谷の開けたドアから外に出て、レンガを積んだ即席コンロの前に座り込んだ。緑谷は二、三言発目と話してからドアを閉め、後を追う。

 

 ぐったりとコンロの前に座り込んだ心操の顔を覗き込んで芦戸が首をかしげる。

 

「心操どーしたの?」

「……芦戸、どう足掻いたって奇人でしかないと思ってた奴が普通の事してるのって思ったより衝撃的だな……」

「いやなんの話」

 

 丸めた新聞紙にマグネシウムで火を付けながら緑谷がショックを受けて放心している心操に慰めの言葉をかける。

 

「まあ、気持ちは分かるけどね。けど明ちゃんだって頼めば普段でも料理の手伝いくらいしてくれるよ?」

「うっそだろ!?」

「え、明ちゃん居ないと思ったら料理してるの!? 明ちゃん、おひさーっ! 何作ってるの!? 手伝う!」

 

 芦戸が発目の居る台所にトタトタと駆けていき三人になったコンロ周り。緑谷は団扇と火箸を切島に渡し火の番を任せていつものように椅子を用意し始めた。

 

 心操は、しばらく扉越しに芦戸の(発目の声は全く聞こえない)笑い声を聞きながらボケッと燃える炭を眺めていたが、頭をバリバリと掻きむしってそのまま頭を抱え込む。

 

「……いや、明だぞ? 有り得ないだろ……なあ切島?」

「いや俺発目とそんなに親しくねえし分かんねえわ。悪いな!」

 

 団扇から産み出される風が当たって赤くなる炭を見て楽しんでいる切島の超正直な発言に心操はがっくりと項垂れて思い切りため息を吐いた。

 

「何でだ……俺は間違ってない筈なのに何だこの疎外感……くそ……勝己、勝己ならこの気持ちを分かってくれるハズ……」

 

 自分以外全員おかしいので結果自分の方がおかしいという笑えない事態に陥っている心操は切島に火の煽りかたを指導しつつ爆豪の帰りを待つ。

 

「そんなに不思議だった? 明ちゃんが料理って」

「いやまあアイツと出久が料理って呼んでる生ゴミならまだ分かるんだけど、まともに料理してるのが……出久、明が最後にまともに料理したのっていつだよ」

「僕が風邪引いた時だから……五年前だったかな? お粥作ってくれてさぁ、美味しかったな」

 

 五年前で包丁使わない料理なら最後にまともに包丁握ったのいつだよ。先程の発目の淀み無い芸術的な包丁捌きを思い出しながら心操が心の中でそう思った時、台所のドアが開いて物凄く釈然としていない、もんにゃりした表情の爆豪が出てきた。それを見た心操は同志の登場に心の中でガッツポーズを決める。それを敏感に察知した爆豪は心操のドタマを張り飛ばしてから横に座った。

 

「お疲れさん! 爆豪!」

「ん」

「あ、かっちゃん。何か言われた?」

「いつも通りの面倒臭え会議」

「ふーん……あ、椅子どーぞ」

 

 緑谷が持ってきたかまぼこ切りのドラム缶に心操と切島、上に座布団を縛り付けた一斗缶に爆豪が座る。緑谷は残りの椅子という名の廃材を並べながらフンフンと鼻唄を歌っている。心操は火の番を切島から奪った爆豪に話しかけた。

 

「……勝己、アレ見たか? てか見たよな? どう思った?」

「………………」

 

 爆豪は何も言わず、ただ黙って火箸を使い炭の高さを調節した。それを見た心操は満足げに「だよなあ」と言う。基本的に爆豪は人の意見を大っぴらに肯定しない。それを理解した心操の発言であった。

 

「勝己は明が包丁握ってんの見たことあんの?」

「あったらこんな反応してねえよボケ」

「そっかー……いやあ、まともな反応する奴が居て安心したよ……本当に」

 

 安心感からかそう言ってカラカラと笑う心操を一睨みした爆豪は黙って燃えかけの炭を一つ抜き取り隅に追いやる。そこに発目と芦戸が台所より出てきて、テーブルという名の廃材の上にドカドカと皿を置いていく。

 

「旬のサンマにザクザクのおろし大根、カボスはお好みでどーぞ。あとご飯炊けるまでに時間があるので冷凍してた分のご飯解凍してお握りにしました。醤油があるので適当に塗って焼おにぎりにして食べます! 具は刻み生姜入りの鶏そぼろです!」

 

 淀みなく言われたその(発目には決定的に合わないごく普通の)メニューに、再びゲンナリした二人を置いて緑谷が「ありがとー明ちゃん!」と皿を受け取り金網の横に置いた。

 

 心操は恐る恐るその皿を回転させる。秋らしい新鮮な食材は三百六十度どこから見ても普通の食材だった。発目明が料理をする事実を未だ受け入れられない、マトモな感性を持った心操はボソリと一言呟く。

 

「え? 見た目マトモじゃん……なにお前明気持ち悪ッ……これ本当にちゃんとした食材で出来てる?」

「次の人使さん用のベイビーには自爆機能付けときますね」

「こんな料理上手な嫁さん貰える出久は幸せ者だなあ」

 

 マトモな感性を持った心操は早々に圧力に屈した。ちなみにその横では爆豪が黙ってお握りを箸で割り、見た目以外もちゃんとしているかをキャラに似合わず超恐る恐る確認していた。

 

 米粒と具をほんの少しだけ摘まんで口に放り込み、数度咀嚼してから安心したような驚愕したような正気度1d3が減ったような複雑な表情をして二つに割ったお握りをそっと元に戻した爆豪はその表情のまま金網の一角にアルミ箔を敷き、胡麻油を薄く引いてからお握りを焼き始めた。どうやらお握りの味は良かったらしい。

 

 炭火で熱した油が米を焦がす匂いが辺りに漂い、切島がそれを嗅いで手を擦る。

 

「うっわ、スゲーうまそうな匂いすんなそれ!」

「明ちゃん! このお鍋ってどこに片付ければいいのー!?」

 

 台所から芦戸が発目を呼ぶが、既に椅子に座ってくつろぎモードに入っている発目は露骨に面倒臭そうな表情をした。

 

 しかしそれを見かねた緑谷が発目の脇に手を差し入れて持ち上げそのまま台所へと運搬する。発目にとって初めて出来た女友達を大事にしてほしい緑谷であった。

 

「……クマぁ、チーズ持ってこい。上に乗せる」

「チーズ焼きお握り? スゲエうまそうだな。切島、冷蔵庫の二段目にあるから」

「ああそれぜってえうまいわ……いや自分で行きゃいいだろ!? ああやめろやめろ! そんな顔すんなよ! 怖えよ! 分かったから! 行くから!」

 

 これ以上発目の料理シーンなどというショック映像を見て正気度を削りたくない二人は切島を使いに出し、揺れる火を眺めて心を落ち着かせる。すると切島と入れ違いにシュタインが台所の扉から出てきた。

 

 普段から力の抜けている顔を更に崩し、しきりにドアの方を何度も振り返りながら二人の方に歩み寄ってきたシュタインはそのままドッカリとクッション付きのペール缶に腰を下ろした。

 

「…………どう足掻いても俺と同じ人種だと思ってた義娘がごく普通の事してるのって思ったより衝撃的だなって」

「ごめん博士。それさっき俺が言った」

 

 持ってきたチーズをお握りの上に乗せた切島が意図的に作られたレンガの隙間から団扇で風を送り込みお握り直下の炭を煽る中、シュタインは黙って心操を凝視した。その視線に曝された心操は片手を立てて謝意を表す。そのまましばらく見つめ合った二人だが、やがてシュタインがフッと笑い目線を火に戻す。心操は安堵の溜め息を吐いた。

 

「……でも二人がまともな反応してて安心しましたよ……本当に」

「……マジごめん博士。それもさっき俺が言った。ホントごめん」

 

 爆豪がアルミ箔の上のお握りをひっくり返し、チーズを乗せていない面に醤油を垂らした。その横で切島がサンマを網に次々と置いていく。サンマがよく焼けるように炭を調整する爆豪の横で心操がシュタインに無言のアイアンクローを受けて「仕方無いだろ!?」と叫んでいた。爆豪は無視した。切島はちょっとだけそちらを見たが無視した。彼も無免の空気感を日々学んでいる証拠である。

 

 ……毒されている、とも言う。

 

 

 

 台所。調理中。

 

 

 

 心操や爆豪、シュタインは声にならないほど驚愕していたサイコクッキングガール発目の爆誕であるが、外でする事が無くなったので台所に緑谷が戻った瞬間発目は料理を放り出して台所に座り込み、ノートパソコンを弄っていた。

 

「明ちゃんさ、こんな場所でPC弄って大丈夫なの?」

「多少なら大丈夫ですよ。不安ならファンレスPC持ってきましょうか?」

「ん? いやいいよいいよ。はい口開けて? あー」

「あー」

 

 緑谷が片付けかけていた鍋をもう一度取り出し汁物が足りないと言って爆速調理した「さつまいもとキノコたっぷり味わい味噌汁」の、火が通りやすいように薄く切ったさつまいもを一つ取ってフーフーと冷まし、箸で発目の口に持っていった。発目は画面から目を離さずにそれを咥えると、もくもくと咀嚼して「おいしいです!」と笑う。緑谷はそれにニッコリと笑い返し、自分でも確かめて「まあまあかな」と微笑んだ。

 

「……うおわあ、ラッッブラブだぁ……」

 

 そして芦戸は使い終わったまな板をひたすら洗いながら若干赤い顔でそれを見ていた。

 

「あ、芦戸さんも一口味見する? ……はい、あー」

「待って!? ちょ、ちょい待って!? 緑谷誰にでもやるのそれ!?」

「え? うん。母さんにも人使君にも先生にもかっちゃんにも……あぁ、でもそうだね。芦戸さんは女の子だもんね。ごめんね。はい菜箸」

「あ、うん……明ちゃんは女の子カウントしないんだ……分かるけど」

 

 

 

 一方その頃。外では。

 

 

 

 爆豪、切島、心操、シュタインの四人は轟轟と燃え盛る炎を必死で消していた。

 

「ああああああっ!!!!! やべえ! これはやべえ!」

「ああ! サンマが! サンマが! ああ! 炭に! サンマが炭に! ああ!」

 

 切島が語彙力を喪失し、心操は「サンマ」、「炭」以外の言語が脳内から消え去ってしまった横でシュタインがネジを回す。

 

 インドア派の方々には馴染みが薄いかも知れないが、秋に捕れるサンマは脂のノリが凄まじく、そのサンマを七輪などで焼くともう間違いなくサンマの脂で七輪が燃え盛る轟炎の七輪、バーニング七輪に変化し、とにかく怖いぐらいめっちゃ炎上するのだ。無免達が使ってるのはレンガコンロだけどな! 

 

 皆も火事には気を付けろよな! マジで! 

 

 

 

 一方台所では。

 

 

 

「んー、おいしっ。緑谷ホント料理上手いよねえ」

「無人島に一ヶ月放り込まれたりなんかすると味の工夫が重要になるから。不味い料理とかずっと同じ味の食べ物とかって、続けてると人間性が消えていくんだ。一噛みごとに自分の中の何かが薄れていくのはあんまり感じたい類いの感覚じゃないからね」

「へーすごーい」

 

 芦戸は緑谷の言葉を意図的に聞き流した。

 

 

 

 外では。

 

 

 

「いやぁ、やっぱり旬のサンマは油のノリが違うねえ」

「言ってる場合かクソメガネ!! 焼け死ね!」

「退避しろ! サンマ退避!」

「切島ァ! 硬化したら火でもいけるだろがぁ! やれや!」

「よし来た……って行けるかァ!」

 

 男四人はガチ修羅場を駆け抜けていた。

 

 

 

 中では。

 

 

 

「緑谷ぁ、初心者向けの料理ってあるかなぁ? 私は一応作れるぐらいだからさ」

「ん、家庭料理で一番好きな物、なんてどうかな。それなら極めなきゃそれほど難しいものもないし、初めて作るなら好きなもの作りたいしね。今度一緒に料理する?」

「やった! 言ってみるもんだ!」

「三奈さん、私ホットケーキ食べたいです!」

「ほ、ホットケーキはさすがに作れるかな……」

 

 

 

 外。

 

 

 

「サンマは救出した」

「おう」

「無限に脂を落とすサンマが無くなって一安心だ」

「そうだね」

「この一面だけ真っ黒になったお握りをどうするか」

「食うしかねえだろ馬鹿が。俺これ」

「じゃ俺これね」

「ちょっ二人ともっ、俺これ!」

「お前ら新入りに優しくしようとかそういうのは一切無いのな。容赦なく一番炭化した奴渡すのな。知ってたけど」

 

 

 

 中。

 

 

 

「最後に一煮込みで完成。後は何分か待つだけ……っと、ご飯炊けた」

「ん、御開帳~っんんん────!! 美味しそうな匂い……っ!」

「…………っっっっ!!! 出久さん、悪事を働きましょう! 悪いことしましょう!」

「……うん! そうしましょう! 明ちゃんお茶碗三つ取って!」

「いやったっ! さすが緑谷!」

 

 

 

 外。

 

 

 

「最後の一つっ!!! 寄越せやあああああああっっっっ!!!!!!!!」

「分かってんのかてめっ、明の握り飯だぞ! 食って良いもんかもわかんねえぞっ! だから俺が食ってやるって! 毒味だ毒味!」

「ざっけんなやごるああああああっ!!!!! 死ね!!!!!」

「ぐっふぉぁっ!? 何で俺ッ!!!!?」

「まあまあまあここは仲良く四等分で」

「テメエ九割じゃねえかよっ!!!」

「このクソ博士ッ!!!」

「俺の分はッ!? なあ俺の分は!? さっき四等分って言ってたよな!? 四でも等分でもねえぞこれ!? ついでに言うと仲良くの欠片もねえぞ!?」

 

 

 

 中。

 

 

 

「んー! 甘くてほんのり醤油味! おいしぃーっ!」

「甘くておいしいです! いつもより水分少なめでしたか?」

「あ、うん。でも少な過ぎって訳でもないし、この時期のサンマは脂たっぷりだからこのくらいがさっぱりしてちょうど良いよ」

「ふふん! そうでしょうそうでしょう! そうだと思ってました!」

「明ちゃん調子いいんだぁ~っ♪」

 

 

 

 外。

 

 

 

「はいごちそうさまでした」

「「「チキショウがああああああああっ!!!!!!!!」」」

 

 

 

 中。

 

 

 

「ご馳走さまでした」

「ごちそーさまでした!」

「でした!」

「こーら、明ちゃん」

「ごちそうさまでした!」

「っふふ、うんうん。よろしい……あ、母さんにも持って帰ってあげよ。タッパータッパー……っと。あ、これおひつに入れ換えといて……あーいや、もうコード抜いてそのまま持ってけば良いか」

 

 緑谷がタッパーに栗ご飯を入れて残りの分を抱えて外に出ると、そこにはドラム缶や地面に身体を横たえる三人の敗北者と炭火が大炎上(バーニング)しないように気を付けながらサンマを焼いているシュタインが居た。

 

「あ、炊けました?」

「……何があったんです?」

「ん? いつもの戦争だよ。まあ今回は俺が参戦してたけど」

 

 そのシュタインの言葉を聞いて緑谷は三人に同情する。そうなのだ。無免の間で時たま(というには回数が多いが)勃発する食料戦争には基本的にシュタインは参加しないのだ。何故ならシュタインが強すぎて全員の取り分を持っていかれるからだ。そして今回は、つまりあのお握りだったのだろう。発目がニッコリと笑いながらシュタインに近づく。何かを察した緑谷は芦戸の服の袖を軽く引っ張り発目から引き離した。

 

「……おじさん、私の作ったお握りは美味しかったですか?」

「うん。旨かったよ。流石明だ」

「ですよね! で、私の分は? 人数分作ったんですけど」

 

 ピシリ、と炭を煽るシュタインの手が止まった。

 

 そう。シュタインは全員分の取り分を持っていってしまうのだ。

 

 追記。なんだかんだ言っても結局シュタインは発目には勝てない。

 

「どうしました?」

「……食べました」

「シャオラッ」

「ぐっう……!」

 

 普段の発目らしからぬ、というかあんまり女の子が出しちゃいけない類いのドスの効いた声でシュタインの側頭部に炊飯器が炸裂。ネジを更に大きくめり込ませたシュタインは椅子と団扇をその場に残して水平に吹っ飛び、新たなる敗北者となって沈んだ。

 

「全くっ、おじさんは本当に!」

「ん、丁度良く焼けてるね。食べよっか」

「そのスルースキル身に付けないとこの中では生きていけないんだよね……がんばろ」

 

「ほら起きて」と爆豪の乗ったドラム缶の側面と地面に倒れた心操のケツ、地面に頭から半分埋められて雪山で狩りをしてる狐みたいになっている切島の腰、そしてネジ越しに直接脳をアレされて死にかけているシュタインの脚に順番に爪先蹴りをかまして起こしていく緑谷。

 

 それぞれに「ぶわっ!? クソがっ!」とか「ぐほっ!? 何処だここ!?」とか「んんんむ! んんむむ!」とか「ネジが……星が見える……星との接し方……分からない……」とか言ってる奴等を何度も火箸でせっつき席に座らせる。

 

「んじゃあ、頂きます」

「いただきます!」

「いただきまーす」

 

 ぱん、と手を合わせてから、金網の上でほぼ皮が焼き尽くされた人数分のサンマを皿に移しかえ、それぞれ一斉に口に含む。口内でジワリと旨味の詰まった脂をほぐし、その香ばしい匂いと共にぐ、と一口目を飲み込んで、一言。

 

「……あー、やっぱり……美味しいなぁ……」

「うんむんむ! むむうんむむ! あんむ! うむん!」

「明ちゃんは本当に情緒ってものが一切無いなあ。今更あっても怖いけど」

 

 新鮮な秋の味覚を味わいもせず……いや、発目の他を超越したスペックであれば次々に口内にぶちこまれる食材の全てを余すところなく味わえるのだろうが、傍目には凄まじく雑に飯を掻き込みながら眼を輝かせて何か言っている発目の頭を一撫でして、緑谷はキノコの風味が溶け込んだ味噌汁を飲んだ。数日前に使ったキノコを冷凍していたので旨味が良く出ている。緑谷はウンウンと頷きながら豊かな風味を味わった。

 

「でも意外に皆静かに食べんのな。こんな旨いもんならまた争奪戦になんのかと思ったけど」

「ああ……まあ、暗黙の了解って奴。全員分過不足なく行き渡る時は取り合い禁止。鍋物だったり数が半端なら命を懸けて戦うってな」

 

 一気に味噌汁を飲み干した心操は汁椀にお代わりをギリギリまで注ぎながらそう言う。表面張力が働くレベルまで注がれた味噌汁は、しかしその鍛え上げられたバランス感覚によって一滴も零れない。

 

「まあ、そうですね。そういう決まりでも作っとかないと際限無いから。戦禍が広がれば俺が調停に入るからまあ良いっちゃ良いんですけど」

 

 心操からお玉を受け取り自分もギリギリまで注ぎながらそう話すシュタイン。そのシュタインからお玉を引ったくって発目がどっぱぁ、と勢い良く味噌汁を注ぐ。ついでに隣に座っていた緑谷の汁椀にも注ぐ。やたら豪快に注がれるそれは、しかし一滴も溢れずに全て綺麗に椀の中に収まった。

 

「まあ良いじゃないですか何でも。取り合いにならないんならそれが一番ですよ!」

 

 そう言いつつ発目はその場で味噌汁を飲み干し三杯目を注いだ。

 

「おいテメ、ンのクソ女ッ! 立ち飲みしてんじゃねえよ行儀悪いな! さっさとお玉寄越せや!」

「ふっふん、今日はお玉一つだけですからね! ここから先私が独占すれば私の一人勝ち……」

「明ちゃん、ちゃんと座って食べる」

「はーい」

「ん、良い子」

 

 発目は緑谷に忠告され、四杯目の味噌汁を注いでからお玉を切島に手渡し席に戻る。

 

「え、いや俺に渡されても困るんだけど!? ってかこれ持ってたら……!」

「寄越せやぁ……」

「のぉわぁ!?」

 

 切島が華麗な空中一回転を決める。それをした爆豪は仏頂面で切島から奪ったお玉を使い味噌汁を乱雑に注いでいた。やはりというか、溢れはしない。

 

 それをぐい、と煽るようにして飲む爆豪の隙をついて芦戸が味噌汁を普通にお代わりした。ついでに切島の分もいれてあげた。まだ無免ほど殺伐としていない事が伺える。飯の時間限定だが他人が転ければ囲んで棒で叩くのが無免達の普通で日常だからだ。飯の時間限定だが。普段はそんな事はしない。飯の時間限定だ。

 

 程よい水気でパラリと口内でほどける米粒と、感触を楽しみつつ噛めばほっこりと甘い匂いを振り撒く栗を楽しみながら無免達は無心に食事を続ける。人は本当に美味しいものを食べるときそれに集中するものである。口の中が栗の風味でいっぱいになれば、今度はサンマの脂を楽しむ。炭火独特の風味と焦げがアクセントなサンマの旨味を心行くまで楽しめば、次はおろし大根を乗せてさっぱりとした味と粗い下ろしがねを使った気持ちの良い歯触りを楽しむ。食に夢中になりすぎて額に浮かんだ汗をぬぐい、もう一口。

 

「……っあー、うんめえ」

 

 切島が思わず、と出した声に全員が頷く。そんな彼等をニコニコと見ながら、緑谷は空になった鍋の底の方に溜まった食材くずを自分の味噌汁に投入しながら言った。

 

「皆、食後は梨あるよ。食べるよね?」

「え!? 食べる食べる!」

「よっしゃ! 俺好きなんだよ梨!」

 

 無邪気に笑う切島や芦戸。その視界の外で新たなる資源戦争に向けて闘志を剥き出しにする獣さながらの無免達。

 

 無免達にとって、秋とは味覚の秋に他ならない。

 

 

 

「ぃヨッシャア! 一欠片手に入れたァ!」

「それは俺のだッッッ!!!」

「僕の梨を返せッ!」

「俺んだボケェ!」

「あああああああぎゃあああああ!」

 

 

 

 ……同時に、スポーツの秋でもある……のかもしれない。




はい始まりましたね秋冬編。さて前回自分で自分にかけたプレッシャーは機能するのか!?しないのか!?しねえよ!はい、今後も適当にやります。秋は食事を多めに書きたいですね。でもさっさと月日を経たせて本編に突入したい気持ちもある。

そういやこの間友人にヒロアカ女子で発目の次に好きなの誰なんです?と聞かれたからトガちゃんとか結構好きすよって言ったらああ……って言われた。何?ああって。なにその反応。
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