無免ヒーローの日常   作:新梁

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心操君が一切話さない回を作った結果がこの投稿ペースです。今まで過剰ギャグ要員とか味の濃すぎる男とかガーデニングにおけるミント並みに厄介とか思ってゴメンね。やっぱ君いなきゃダメだわ。

タイトルでお察しの方もいらっしゃると思います。ハイ。あの方です。あと七月のようにまた何ヵ月か飛ばすかもしれないです。具体的には二月とか三月とか。バレンタイン?何ですかそれ?

今回のあらすじ

Q.これはテニスですか?(タイトル案A)
A.これがテニスに見えますか(笑)(タイトル案B)

リア10爆発46さん、誤字報告ありがとうございます。


第十七話。十一月中旬、粉砕するもの(ミョルニル)

 放課後。折寺中学校。

 

 

 

「ンなハハハ」

「笑わないで下さいデステゴロぶっ飛ばしますよマジで」

 

 中学校のグラウンドに設けられたフェンスの外にもたれ掛かったすっかり冬装備のデステゴロがコーヒーを飲みながら笑うと、フェンスの内側に毛布を被って体育座りをした超不機嫌丸出しの発目がぶすっとした表情でノートPCを眺めながら文句を言った。

 

「いや笑うだろ。まっさか久しぶりに会いに来てみりゃお前……ヒーロー部がテニス部になってんだからよ」

 

 デステゴロがそう言うのとほぼ同時に、発目の目の前で爽やかなテニスウェアを身に纏った爆豪が「っるあああああああっシャアァァァっ!!!!」と烈昂の気合いと共に凄まじい勢いでラケットを振るった。

 

 およそ普通のラケットとボールでは出ないような、鉄を打ち合わせたかという程の重厚な衝撃音が響き、銀色(・・)のテニスボールが校舎に向かって飛ぶ。

 

「───ッ、は、あァァァあっ!」

 

 それに向かって全力で疾走するのは爆豪と同じく爽やかなテニスウェアを身に付けた緑谷。

 

 球技用スペースとしてフェンスで仕切られたグラウンドの白い砂にクッキリと靴跡を残しながら走る彼は、その勢いのままちょっとした窓枠や雨どいの金具等を足掛かりにして校舎三階部分まで一気に駆け登り、そこから遥か下方に居る爆豪と、迫り来るボールを視界に捉える。

 

「……っ集ッ……中ッ……!」

 

 校舎を駆け上る事を止めた緑谷の身体は徐々に重力に引かれ体勢が傾き始める。

 

 その中で緑谷は高速で迫り来るボールを見、宙ぶらりんな自分の立ち位置を見……手に持っていた、フレームからストリングまで明らかに全てが金属製のラケットを『突き』の体勢で構え、ブツブツと口の中で情報を整理する。

 

「簡単な事だ。心月流の基礎の基礎! でも今回は『(とお)さない』! 衝撃をすべて余すところ無く伝えて、それを返す! そう、最後の一手を抑える! 強すぎればボールが割れる! 弱すぎれば()が負ける! 完璧なタイミング、完璧な角度、完璧な力加減! 出来る、出来る、出来るッ!」

 

 その瞬間、緑谷が校舎の壁を蹴り、ラケットを突きだし、ボールがラケットヘッドに突き刺さる。

 

「心月流──無刀、(あらため)ッ!!」

 

 ブレる軌道の中、完璧に真芯を捉えられたボールは局面を描くフレームに押されて大きく形を変え……

 

「───八分っ、撫子ッ!!」

 

 緑谷のその声と共に、爆豪の放ったボールはその勢いを更に増して彼の元へと『返る』。半空中という不安定な環境で放たれたその絶技を見た爆豪は限界まで闘志を高ぶらせ、再び叫ぶ。

 

「ッシャアアアアアアァァァァッ!!!」

 

 飛んでくるボールに向かって最早互いのコートなど関係なく爆速ターボで立ち向かっていく爆豪を眺めながら、デステゴロは冬だというのに腕で額を拭った。冷や汗だった。

 

「……俺が知らん内にテニスって進化してたんだな」

「え? デステゴロにはアレがテニスに見えるんですか? 頭大丈夫です?」

「冗談だよ分かれ! てか何あれ!? 何してんのアイツら!?」

 

 上空に跳ねてしまったボールを取ろうとする緑谷と取らせまいとする爆豪が遂にラケットで鍔迫り合いを始めたのを相変わらずの表情で眺めながら、発目は「何って言われてもですね」とポリポリ頭を掻く。

 

「出久さんと勝己さんがテニスって名付けた謎の格闘技としか言えませんね」

「いやテニスに謝れよ! てかアイツらホントに中学生か!?」

 

 爆豪の腹を蹴りつけて身体を離した緑谷は、そのままグラウンドの脇に植えてある木を駆け上って上空を飛んでいたボールをフェイスに捉え、その瞬間に上っていた木を蹴りつけて、落下と回転の威力を上乗せした球を放つ。

 

 それを受けた爆豪は足腰のバネ、限界まで絞られた腕のしなり、そして更に掌で起こした爆発の威力を上乗せしたスイングで真っ向からボールに立ち向かう。

 

「ッルウアアアアッ!!!!」

「まッ……だまだああぁぁっ!!!」

 

 さて、なぜヒーロー部はテニス(個性格闘技)部へと変貌を遂げたのか? それは今日の昼休みに遡る。

 

 

 

 折寺中学校。昼休み。

 

 

 

「部活動停止ぃ!?」

 

 昼休みに満艦飾教頭に呼び出された三人はそこでヒーロー部の活動停止及び部室閉鎖を言い渡された。

 

「あーうん、デスヨネ……」

「思ったより遅かったな」

 

 尚、この通達に驚く反応をしたのは発目のみであった。緑谷は力無く儚い笑みを浮かべ、爆豪は逆に教師陣の対応の遅さに驚いていた。

 

「……ちょっと二人とも、何か言ってくださいよ。これは理不尽でしょう!」

「んー、明ちゃん、昨日で部室吹き飛ばしたの何回目?」

「六回目ですけど」

 

 緑谷は黙って頷いた。つまりそういう事だと。ちなみに爆豪は昼飯を食べるためにさっさと教室に帰っていった。

 夏休みを除き月イチで部室を破壊していればこうなることは二人には分かっていたのだ。今までは発目が自分で完璧に修理していたため見逃されてきたが、それでも問題視されない訳が無い。

 

 しかしまあ修理する度に壁の中に様々な仕掛けが追加されている事を教師陣が知っていれば部活結成一日目の爆発で活動停止どころか廃部が決まっていた事だろう。

 勿論発目の隠蔽は完璧なので緑谷や爆豪はともかく教師陣にはバレないのだが。

 

「廃部にされないだけ有情だよ。これに懲りたらしばらく大人しくしてよう?」

「生徒のジシュセーをソンチョーしなくて良いんですか!?」

「あっこれ聞こえてないな」

 

 最早緑谷の言葉も聞こえていない発目の、そんなアホな言い分にも教頭は顔色ひとつ変えずに言葉を紡ぐ。

 

「いーんだよ。お前の自主性なんて尊重してたら学校が滅ぶから」

「ギリギリで踏み留まりますって!!!」

「ギリギリて。壊滅一歩前まではやるんだろ? 俺は知ってんだぞ~? お前が小学生の時に文科省のサポートアイテム開発コンクールでセントリーガン作って会場ペンキまみれにした事」

「……? ありましたっけそんな事」

「あったよ。覚えてないの?」

「ハイ全く」

 

 発目は微かに眉をハの字に寄せた不思議そうな顔でこめかみに指を当ててコテッ、と首をかしげた。

 その超あざとクソかわジェスチャーを見て緑谷は戦慄する。

 

 この女(明ちゃん)、自分の引き起こした事件を本気で覚えてない! 

 

 まあ、彼女ほどの頭脳であれば『思い出す気が一切無い』と言った方が良いのかもしれない。そんな事を考えつつ緑谷は発目の頭をあやすように撫でた。

 

「……まあ、これも自分の行いを知る良い機会でしょ……教頭、部活停止はいつまでですか?」

「ん? あー、来年四月だな」

「はぁ!?」

「あ、それまで部室は立ち入り禁止な。どうしても取りたい物があるなら俺に言うこと」

「ハァァァ────!?」

 

 

 

 時は戻り、放課後。

 

 

 

「んで、部室差し押さえられたと」

「差し押さえって本当に横暴だと思いませんか!? お陰で技術室から移設したボール盤もグラインダーも同じ所から盗んできた電ドリも使えなくなったしカップ麺置きっぱなしだし冷蔵庫も冷凍庫も電子レンジも電気ケトルも授業サボる時の室内用ハンモックまで持ち出し不能になったんですよ!? ひどくないですか!?」

「完璧に英断じゃねえか。ってかお前は中学校で何してんだよ。何? 中学校お前の家なの?」

 

 デステゴロは呆れて肩をすくめた。視界の先では緑谷が爆豪のラケットを受け流し、更に力を加えて壁に向けて投げ飛ばしていた。

 

 しかしその中で爆豪は素早くラケットを口に咥えて両手を爆破、空中で華麗に方向を転換し緑谷の首に脚を絡ませる。そしてその体勢のまま更に爆破を繰り返し勢い付けて緑谷を空中で投げ飛ばし返した。

 

 先程自分が爆豪を投げた方向に同じように投げられた緑谷に向けて、爆豪が丁度落ちてきたボールを撃ち込む。

 

 その先に居た緑谷はゴロゴロと地面を転がりながらも卓越した平衡感覚でしっかりとそれをラケットの真芯に捉えた。

 

「っ、う!?」

 

 しかし、その不安定な体勢では綺麗に打ち返す事は叶わず、パァン、と音を立てて緑谷のラケットが弾き飛ばされた。

 

 勢いを殺されただけのボールが緑谷の眼前をテン、テン、と跳ねる。

 それを見て、緑谷は力無く笑いながらも少しばかり悔しそうにラケットを強く握った。

 

「くっそう……やっぱりかっちゃんは強いや……」

「ハッ、たりめーだろ……さっさと拾え」

 

 緑谷がボールを拾い、爆豪が少し離れた場所に立ったその時に発目が動いた。

 

「出久さーん! ラケット持ち手の下にあるロックを外してみて下さい!」

「え!? あ、はい! こう、か……っ!」

 

 緑谷が言われた通りにロックを外し、そこで何かに気が付いて持ち手を弄る。

 

 するとガジャッ! という小気味の良い音と火花を撒き散らして本来700ミリ程度の筈のラケットが1000ミリ近く……緑谷の普段使っている木刀と同等の長さへと変化した。そして更に、緑谷が何かに気が付きラケットを見つめる。

 すると、ラケットに一見すると雷のような光……魂の波長が流れた。

 

「……これ……って……」

「魂威銃が中々波長を上手く扱えないので、一度銃から離れて単純に波長が流しやすい機構の概念実証用試作ベイビーです! んで勝己さんも! ラケットの持ち手下半分を左に捻ってください!」

 

 そう言われた爆豪が黙って持ち手を捻ると、バンドを巻かれた持ち手に無数のスリットが現れる。爆豪が不審げな顔を隠さず発目に向けると、それを受けた発目はゴツい手袋を爆豪に投げ渡した。爆豪はそれを警戒しながら手に装着し、何度か握って開いてを繰り返してから再び発目を見る。

 

「んだコレ」

「爆発汗のアイテム利用試作ベイビーです! ホントに勝己さんの爆汗は扱いが難しくて難しくて! この七面倒臭い性質は勝己さんそのまんまって感じですよねホントさすが個性ですね!」

「うるせえ黙れ殺すぞ。後爆汗って言い方止めろや」

 

 そう文句を言いつつ爆豪は手袋を着けてラケットを握る。そのまま数度素振りをし、次に個性を発動させた。するとラケットの片面が盛大に爆発する。その派手な爆炎と、その衝撃で動いたラケットを見て爆豪の口が凶悪な笑みの形に裂ける。

 

「……はっ、なるほどな」

 

 やたら長くなったラケットを腰だめに構える緑谷。ボ、ボッ、と爆炎をあげるラケットを肩に乗せた爆豪。

 

「……じゃあ、始めよっか」

「来いやクソデク」

 

 音をも置き去りにする神速の抜刀と圧倒的な熱量の爆風がぶつかり合うのを死んだ目で眺めているデステゴロ。

 

「なあ、出久って無個性なんだよな?」

「無個性ですよ? 個性持ちを殺す為に作られた武術を極めただけのただの無個性です」

「常識って脆いなってアイツ見てたら痛感するわ……」

 

 爆豪と緑谷の戦闘(テニス)を録画しながら地面に置いたPCをカタカタやっている発目の後ろでデステゴロは溜め息を吐いた。

 

 緑谷と爆豪は全速でコートを走り回りながら幾度と無くボールを弾いてはラケットを打ち合わせている。

 金属製のラケットが爆炎と火花を散らしながらぶつかり合う様は大迫力の一言に尽き、そのあまりの迫力に下校中の同校生徒達もコートの外からじっと二人を見つめている。

 

「……で、お前はさっきから何やってんの?」

「賭けの胴元です。勝己さんがかなり人気ですね。やっぱり普段の印象ですかねぇ? 私としてはあんまり納得いきませんけど」

「お前は一切反省とかしないのな!?」

「バレるようにはしませんよォ」

「いやな!? そうじゃなくて!」

 

 

 

 二階。職員室。

 

 

 

 発目とデステゴロがギャースカ騒ぎ爆豪と緑谷が互いのラケットでクロスカウンターを決めている所を職員室から一人の教師が物憂げに見ていた。

 

 やせ形のあまり考えが無さそうな……ハッキリ言うなら無個性な生徒の無茶な進路とかクラスで勝手に暴露したり進路調査表をバサッと放り投げたりしちゃいそうな顔をした男であった。

 

 ちなみに彼は今現在緑谷と爆豪の担任をしており、来年度にはそこから更に発目の担任をする事が内定している男である。気の毒! 

 

「……ハァ……」

「どーしたんで? 先生……ああ……」

「あ……教頭……」

 

 階下を見て何かを悟った声を出す満艦飾教頭を見て、教師は溜まった不安をポツリポツリと声に出す。

 

「……アイツらを次の一年間世話しなきゃいけないことが、とても不安です。やり通せる気がしません。というか最初の三ヶ月くらいで爆死する気がします……」

「だっははは、確かに」

「確かにじゃねえよおおおお!!!?」

 

 窓が震える声量で職員室を満たすその教師に注意する者は一人として居ない。注意すれば確実に『じゃあ代わってくださいよおおお!!!』と言われるからだ。

 

「……ま、大丈夫ですよ。アイツらは言っても聞かないほど馬鹿な奴らじゃないし、こっちの言ってる事を理解できないほど頭も悪くないですよ」

 

 そう言った教頭はそばにあった拡声器を取り「うおーい!」と声をあげた。

 

『どーしました? 教頭先生』

 

 唐突に職員室のスピーカーから発目の声が聞こえてきた。それにギョッとする教師陣を放って教頭は「お前ら暗くならんうちにグラウンド整備してさっさと帰れ! 最近なんだかんだ物騒なんだからよ!」と拡声器越しに発目に告げた。

 

 すると程なくして爆豪と緑谷が動きを止め、ラケットをコート端に立て掛けてその横にあったトンボを引きずり始めた。

 

「……ほれ、真正面からちゃあんと言ってやりゃ聞くんですよ。あーいう奴らは。別に突っ張ってる訳でもなきゃひねくれてる訳でもねえ、ちょいと他よりよく出来るだけのただの中学生だよ」

 

 ま、頑張んな。そう肩を叩かれた教師は暫くそのまま三人を見ていた。

 

 

 

 グラウンド。整備中。

 

 

 

「ハイ二人の試合は無効。最初の画面で説明しておいた通りに無効なので金の出入りは無し、これで賭けの証拠はありませんっと」

「……お前、最初から分かってたのか? 途中で教師に止められるってよ」

 

 すっかりギャラリーの居なくなったグラウンドで発目がキーボードを叩いている。

 

 デステゴロがそう訪ねると、発目はちらりと横目でデステゴロを見てから「あったり前じゃあ無いですか」と言った。

 

「じゃあ何で賭けになんてしたんだよ」

「民衆の『本音』を知るためですよ」

 

 発目はデステゴロにノートPCを見せる。そこには簡単なグラフが描かれていた。

 

「こりゃ……」

「これが『現実』なんですよねえ」

 

 それは生徒達が賭け金を、爆豪と緑谷のどちらに賭けたのかのグラフだった。

 

 そして、その率は爆豪が八割を越え、緑谷はほんの二割しか入っていなかった。

 

「例え強個性(勝己さん)と互角に戦っても……周りが期待するのは勝己さんの方。多分賭けじゃなければもっと出久さんに票は入るでしょうけど……『応援』はされても『期待』はされない。出久さんの立場はそんな感じなんですよ」

 

 見る目無いですよね。頬杖をついて不満げにそう言う発目を見てデステゴロは大きな溜め息を吐く。

 

「苦労してんな、お前も出久も」

「まあ良いんですけどね! 応援してるのが私だけってのもそれはそれで!」

「俺の同情返せ」

 

 んな話をしている間に整備を終わらせた二人がラケットを持って発目の元に帰ってくる。

 

「あ、お疲れさまです! お陰で良いデータが取れてますよ! これなら出久さんの武器もじきに完成すると思います!」

「そっかあ。長かったなあ……理論の構築からやってたらそりゃ長くなるよね」

 

 発目の明るい声に緑谷は笑ってそう言うがやがて発目の表情から何かを察して発目の頭を撫でる。

 

「……ん、出久さん? どうかしました?」

「いや、何でもないよ。何でもない……」

 

 発目の独特な手触りの髪とろくすっぽ手入れなんてしていないくせしてやたら綺麗な肌をひとしきり撫でくり回した緑谷は、ポンポンと優しく頭を叩いてから彼女が背もたれにしていた鞄を肩に担いだ。そこでフェンス越しに砂糖の塊でも丸飲みしたかのような顔をしたデステゴロと目を合わせた緑谷は、ヒョコリと頭を下げる。

 

 

「……あれ、見てたんですねデステゴロ」

「おう。相変わらずぶっ飛んでんなあお前ら」

 

 フェンス越しに歩調を合わせて、校門に向かう緑谷達と談笑をするデステゴロ。その話の内容はやはり先程のテニス(笑)がメインだ。

 

「しかし明お前、勝己の爆汗が扱いにくいってのはどういう事だ?」

「爆汗って言うなやボケ」

 

 爆豪の苛立ちをスルーした発目は顎に指を当てて「むー」と数秒考え込み、そして解説の内容を決めてデステゴロに顔を向ける。

 

「簡単に言うとですね、勝己さんの爆汗は空気に触れると直ぐに化学反応を起こして燃えなくなるんですよ」

「燃えなく……ねえ」

「ハイ。約四秒。それが勝己さんの爆汗が使い物にならなくなるまでのタイムリミットなんです」

 

 約四秒。これが爆豪が掌からしか爆発を起こせない理由であり、ちょっとしたミスで全身が爆発したりしない理由でもある。

 爆汗は本当に分泌した瞬間にしか使えないのだ。

 

 ただ、それは空気に触れた場合の事であり空気に、正確に言えば酸素に触れさえしなければ燃性は失われない。

 

 よつて発目は爆豪の手に密閉性の高い手袋を装着する事で爆汗を爆汗のままに保持、そしてそれを身体各部に装着されたサポートアイテムに送り込む事で様々な状況に対応できるようなコスチュームにしたいのだと語る。

 

「例えば脚絆に爆汗タンクを着ければ蹴りと同時に爆発を起こせますよね! 粘着性のあるストロー袋くらいの爆汗袋があれば相手に気づかれること無くスティッキーグレネードにできます! 何なら足の裏にローラーを着けて爆汗エンジンで高速移動できそうですよね!」

 

 通学路をスタコラ歩きながら大手を広げてアイテムの展望を語る発目。デステゴロは他二人と共にそれを聞きながら少し気になった所に質問をした。

 

「なあ明、爆発の威力底上げはしないのか? お前なら一番に取り組みそうな所なのに」

「勝己さんみたいな火力馬鹿に底上げなんて必要ないですね! そこら辺に放っとけば勝手に一人で威力追及でもなんでもしてますし! この人生粋の火力バカなんで!」

 

 あんまりな言いぐさに爆豪が飛びかかろうとし、それを緑谷が笑いながら羽交い締めにするが発目の口は止まらない。

 

「そもそも、デステゴロさんはサポートアイテムって何だと思ってますか?」

「……サポートアイテムを……? 難しい質問するなお前……」

 

 帰宅途中にある自動販売機に千円を入れ、三人に好きな飲み物を買わせながらデステゴロが考え込む。

 

 シレっと二本購入しようとした発目のドタマを張り飛ばしてからデステゴロは「ヒーロー活動をサポートするアイテム……だよな?」と少し自信無さげに呟いた。

 

「フッフン、そう言うと思いましたよ! 甘いですねぇデステゴロさんは!」

 

『新商品!』とロゴの張られた炭酸煎茶なる半劇物クソ飲料を口に含んで転がし、とてつもなく微妙な顔をしてそれを緑谷に渡す爆豪と、それを続いて口に含んで凄まじく奇妙な顔をする緑谷を笑いながら発目は得意気にそう言う。デステゴロはちょっとイラっとした。

 

「……んじゃ、何なんだよサポートアイテムって」

「サポートアイテムは、というか人にとって道具というのはですね、『自分に出来ない事を出来るようにする』。ただこれだけに尽きるんですよ」

 

 チーターのように早く走る脚の無い人間は、チーターよりも早く走る乗り物を作った。

 

 亀のような堅牢な甲羅を持たない人間は、亀よりも頑丈な家を作り外敵に備えた。

 

 鳥のように翼を持たず空を飛べない人間は、鳥よりも高く飛ぶ飛行機を作り空を飛んだ。

 

「『外付けの進化』! これこそが人間が他の動物にある全部を犠牲にしてでも手に入れた能力です! そしてそれが人間の使う道具の本質です!」

 

 んバっ、と後ろ歩きをしながら両方の腕をブン回してプレゼンに没頭する発目。それをどうどうと押さえつけながらデステゴロは「なるほどな」と呟いた。

 

「つまりさっき言ってた通りに勝己の爆発威力に関しては自分で何とか出来るだろ、と」

「ハイ! そもそも勝己さんは今でもとんでもない範囲爆破できますから! これ以上馬鹿みたいに威力ばっかり求めても良いこと無いじゃないですか!」

 

 時代は多様性なんですよ! と力説(咆哮)する発目を再びどうどうと押さえながらデステゴロは「まーなあ」と顎を掻いた。

 

「ま、言いたいことは何となく分かるよ。やっぱりまだガキでもプロフェッショナルだよなお前は」

「あ、コレ意外と美味しいじゃないですか!」

「嘘でしょッ!?」

「ハァ!?」

「珍しく誉めても聞いちゃいねえ」

 

 

 

 日没。住宅街。

 

 

 

「……ンで、その黒いコートを着て耳の部分に魚のヒレみてえなのを着けた連中が高層ビル爆破事件と石矢魔新校舎全焼事件の主犯格だって事で今大々的に捜索されてるってえ訳だ。バックドラフトとかカムイとかはその関連で石矢魔に出張パトロール中で、石矢魔と隣市な折寺や結田府にも市の要請で色んな所からヒーローが出張してきてる。だから今この町(折寺)と結田府はかなり平和なんだよ。暇で仕方がねえ……いや良いことだぜ? 良いことだけど暇だ……」

 

 デステゴロはなんとも言えない表情でそう呟く。自分の本拠地の隣でそんなすさまじい事件が起こっていることがどうにも歯がゆい様子であった。そしてそれを見ていた緑谷と爆豪も腕を組んで隣市で起きた大規模犯罪について考える。

 

「うーん……このご時世にヴィランの素性も犯罪に使われた個性の大まかな分類も分からないんですか?」

 

 緑谷のその素朴な質問に対し返答に窮したデステゴロは乱雑に頭を掻き、深く溜め息を吐く。

 

「あ──…………誰にも言うなよ? ……そのヴィラングループなんだが、足取りが全く掴めていない。今一番有力視されてんのが海外ヴィランの線だが……他グループとの争いとか、グループ内部の覇権争いだとかに負けて既に殺されたんじゃあ……なんて話もある位だ。校舎炎上の日もなんか争う声が聞こえてたらしいしな」

「……ビル爆破も校舎炎上も結局一般人には一人も被害無かったんだろ? なら案外その推理いい線いってんじゃねえのか」

 

 爆豪のその言葉にふむ……と腕を組んで考え込む三人。しかしこの三人はある程度優秀ではあるものの天才ではないために今出ている情報から真実には辿り着けないでいた。

 

「あー……おい明よぉ、こういう時こそお前の頭脳が役に立つんじゃねえのか?」

「え? すみません脳内ソリッドワークス(設計ソフト)いじってて聞いてませんでした!」

 

 発目に至っては聞いてすら居なかった。

 

 そんなこんな言っている内にツギハギ研究所の前に着いた四人。もう辺りはすっかり暗く、研究所の門の前で緑谷がデステゴロに夕食を食べていくかを聞いていたその瞬間。

 

「奥さんの気持ちを考えろこの浮気者──ッ!!!」

「スンマセンデシタ────ッ!!!!」

 

 そんな絶叫と共に緑谷が背を向けていた研究所のツギハギ塀が爆散した。

 

 そしてそこから道路に飛び出してきたのは、赤い髪を無造作に伸ばしたスーツ姿の男。

 

 コンクリ片とホコリにまみれたままアスファルトに突っ伏しさめざめと泣きじゃくるその姿は突然の事態に警戒態勢に入っていたデステゴロが思わず警戒を解くくらいには惨めで情けなかった。

 

 そして、デステゴロを除く三人にはその惨めで情けない姿に凄まじく見覚えがあった。

 

「…………スピリットさん?」

「ごめんよぉマカぁパパが悪かったから許しておくれよぉそんなコックローチの死骸を見る目で見ないでくれよぉおうぉおおうおぅ…………あ、出久君お帰り。お邪魔してるよ…………おうおほぅぉぉうほぅあぁうあ……」

 

 緑谷の、どうか返事をしないで欲しいという願いのこもった誰何の言葉は目の前の男によって普通に返された。何だかとても悲しい気分になってしまった緑谷はその場で天を仰ぐ。するとぶっ壊された塀の向こう側から柔らかな女性の声が聞こえた。

 

「あ、出久君達帰ってきたの? お帰りなさーい! 待ってたわよ!」

 

 そして塀から出てきたのは長い金髪と片目に着けた眼帯が特徴的な妙齢の女性。その姿を確認した緑谷と爆豪は大きな大きな溜め息を吐き、発目は「あ、お久しぶりですね!」と手を挙げた。

 

「……本当に……一年ぶり、ですね。マリーさん」

 

 彼女の名前はマリー・ミョルニル。シュタインの昔馴染みであり、爆豪がコッソリ苦手とする女性である。

 

「マリーさんが来てるって事は……」

「ええ! もう皆来てるわよ(・・・・・・)

 

 塀の穴を緑谷達が覗けば、そこには回転椅子をクルクルさせて遊んでいるシュタイン、その横には青い肌で白眼を向いた男。その二人に囲まれて青ざめた顔で正座する芦戸と切島……そして何故か首から下を地中に埋めて気絶している心操が居た。

 

「『年末合宿』、今年も楽しみね!」

「ハハハ……そうですね……ハハ……」

 

 目の前の惨状全て無視して塀の穴から研究所に入っていった発目。苦手とするマリーの前で完全に何も喋らなくなった爆豪、青い顔で乾いた笑いを上げる緑谷。そんな彼らを見て目の前の集団がどういう感じのアレな人達なのかを敏感に察したデステゴロは黙って彼らに背を向け静かに歩き始めた。

 

 折寺に生きる者の基本、シュタインが深く関わる連中には関わらない方が良い。その教訓を忠実に守るデステゴロであった。




便 器 粉 砕 パ ン チ

デステゴロの言ってる石矢魔市の事件はストーリーに本当に全く一切関係ありません。けどまあ真相が知りたい方はドタバタ不良子育てギャグコメディのジャンルで世界一売れたべるぜバブという漫画を読むことをお勧めします。緑谷の使う心月流もそれが元ネタです。

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