無免ヒーローの日常   作:新梁

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今回のあらすじ

折寺と結田府の温度差が半端じゃない。

団栗504号さん、BONDXさん、geardollさん、誤字報告ありがとうございます。


第二話。天丼は大事なんだ

「ってことがあったんだよね昨日。そして風邪は引かなかった」

「知るか死ね。あとその生ゴミ弁当俺に見せんなつっただろ」

「見た目は確かにアレだけど、見た目ほどは悪くないよ? 明ちゃんのお弁当」

「味以前になんか臭うんだよその弁当! んな文字通りのクソ弁当、食うとか以前の問題だわ!」

「見た目ほどは悪くないのに……あ、バッタ入ってる。まだ春なのに、どこから見つけて来たんだろ」

「……クソが!」

 

 かっちゃんが弁当をもってどこかに行ってしまった。まあ確かに見た目はヤバイけど、それほど悪くはないんだけどなあ。明ちゃんがたまに気まぐれで作ってくれる『無理やり完全栄養食弁当』。今日はちょっと味付けが濃い。昨日の帰り道の出来事で気合いが入っちゃったんだろうか。何にせよ、やっぱり見た目からしてみれば割と美味しい。僕はパックの牛乳をずずっと啜った。とその時、頭部に軽い衝撃。どうやら誰かが僕の頭に丸めた紙を投げつけたらしい。

 

「んー、誰だ……メモ?」

 

 それは丸めたメモ用紙だった。カサリと広げて中を見ると、『食い終わったら職員室前』とだけ書かれている。文字からしてかっちゃんだろう。なんだろ、と思いつつ僕はお弁当を掻き込んだ。

 

 数分後、職員室前。

 

「ごめんなさい勝己さん! 私出久さん一筋デスノデ!」

「告白じゃねえわクソが! つか俺だってテメエみてえな絵に描いたクソ女光の早さでお断りじゃボケェ!」

「え、私と出久さんがお似合いすぎて入る隙がない!? そんな、照れるじゃないですかウフフフフFFfff……あ、私もあなただけは嫌ですから。もうどうしても付き合わなきゃならないってなったらこのピンク髪が全て白髪になるくらい嫌ですから」

「……あー殺してえこいつ殺してえわ……!」

 

 僕が急いで職員室前に来たら、既にかっちゃんと明ちゃんが大分キてた。

 

 かっちゃん、個性の発動は校内では禁止だよ。あとその悪人面もやめた方が良いと思うな。

 

 明ちゃん、新しいベイビーの設計を邪魔されたのはわかるけどスカートからスタンバトン取り出すのはやめて。パンツ見えてるよ。あと白くてほっそい足。

 

「お待たせ……」

「出久さん! 聞いてくださいよ! 勝己さんが私を無理矢理モノにしようと!」

「してねえわカス!」

 

 僕が来ても変わらずに言い合いを続ける二人だったが、それに待ったをかける人がいた。もちろん僕じゃなくて。

 

「ハイハイ二人とも、そんくらいにしとけよ」

「あ、満艦飾教頭……昨日はすみませんでした」

「いーっていーって。子供は元気が一番!」

 

 かなりのビール腹に、愛嬌のある顔。気の良い笑い声。彼は折寺中の名物教頭、自称『悪徳教師』満艦飾薔薇蔵教頭だ。中学校でかっちゃんが、あのかっちゃんが唯一尊敬している先生でもある。態度には微塵も出さないけど。あと明ちゃんが新しい発明をした際に大体この人が餌食になる。本当にごめんなさい。普段あまり他人に興味を示さない明ちゃんも、教頭だけは「いい人ですよね」と、人間として見ている事からも彼の人望が伺える。ちなみに僕らのヒーロー同好会の顧問でもある。

 

「でもどうしたんです? 普段お昼ご飯は職員室で食べてますよね?」

「ん? なんだお前ら、爆豪から聞いてないのか?」

「え?」

 

 さりげなく教頭の行動パターンを把握している明ちゃんの質問にそう答える教頭。一体何の話だ? と頭上にはてなマークを浮かべる僕の手に教頭はチャリン、と小さな鍵を落とした。

 

「え、これって……」

「ま、一年前からの顧問のよしみで二人ばかし幽霊部員な事には目をつぶっといてやるよ。それ、部室棟二階の一番端の部屋ね」

 

 じゃ、俺まだ飯食ってないから。と職員室に入る教頭。それを見送ってから、僕と明ちゃんは勢いよくかっちゃんの方に振り向いた。

 

「……あの、かっちゃん、これって……」

「……前に、俺を舐めてるクソ共をぶち殺した時、その周りにいたザコが勝手に恩を感じてた。そのままだと視線が鬱陶しんでそれを返して貰っただけだ」

 

 かっちゃんはこう言うが、恐らく、僕らの学校の生徒がカツアゲでもされてたんだろう。それを助けた借りを返してもらった、というわけか。

 

 とりあえず。

 

「すごい凄いよかっちゃオブフッ!」

「うるせえキモい近寄んな殺すぞ! ……待て、あの発明女どこ行った? てかお前、鍵は」

「え? あ」

 

 僕は自分の手を見る。鍵は無い。廊下を、足元を、ポケットを、見る。無い。

 

 ……僕達二人の脳裏に、『一番乗りは頂きますよウフフフフFFff』とにやにや笑う明ちゃんの顔が浮かんだ。

 

「───ッヤバイ! 早く行かないと部室が壊される! 改造される!」

「警戒心が足りねえぞクソがッ!」

 

 昼休みももうすぐ終わりそうな時間帯、教室に帰る人が多い中、僕達二人は部室棟へと駆ける。

 

「かっちゃん! 時間が無い!」

「分かっとるわクソ!」

「もう背に腹は変えられないよ! 跳ぼう!」

「~~~っがあ"ァァァァァァァッ!!!」

 

 僕の提案で、僕達は走る向きを微角修正。少し先にある、開いた窓をロックオンした。その窓の先には、部室棟への渡り廊下が見える。そしてそこにはスキップをする明ちゃんが! 

 

 最初にかっちゃんが、その次に僕が、窓の桟を蹴りつけた。

 

「ぬ、う、おっおおおぉっ!!」

「ああああああああああ!!!」

 

 一瞬、世界がスローになる。身体の浮く感覚。足元は見ない。見るのは渡り廊下の手すりだけ! 

 

 届け、届け届けっ! 

 

「─────~~っがァ! デクァ!」

「かっ、ちゃ、おぼォっ!」

 

 一足先に手すりに手をかけたかっちゃんが、僕の服を掴んで爆破し、渡り廊下の方に僕を吹き飛ばした。げほげほと咳き込みながら走り出そうと前を向き、固まった。

 

「おいデク! はよ走……れ」

「あぁ……」

 

 そこにあったのは、ホログラム射映機。明ちゃんの歩く映像がループ再生している。

 

 つまり、明ちゃんはこんなものを用意できるくらい前にここを通ったということで。

 

 その思考に僕がたどり着いた瞬間、部室棟二階の一番端の部屋あたりの窓ガラスが爆音と共に吹っ飛んだ。

 

「……テメエの不注意だ。掃除はあのクソとお前でやれよ」

「はい……分かってます……」

 

 試合終了のゴングのように、携帯が着信を知らせた。人使君からだ。

 

 

 

 所変わって、教室。

 

 

 

「授業始めるぞ~、席つけ~」

「先生! さっき誰かが超慌てて廊下の窓から飛び降りてましたよ」

「はぁ!? 飛び降り!? 何で!?」

「いやいやまてまて。あれは誰かじゃなくて緑谷と爆豪だって」

「ああ、なーんだ。緑谷と爆豪かぁ。緑谷と爆豪以外が飛び降りたのかと思って先生ビックリしたぞ!」

「それで良いんですか先生……」

「おいおい待てよ。この学校で緑谷と爆豪が発目の起こした事件の処理のために飛んだり跳ねたりするのってさ」

「……普通だな」

「普通だろ?」

 

 ……発目の奇行、及びそれの火消しに奔走する緑谷と爆豪の姿は、折寺中学校の日常風景と化していた。ふたりとも、特に爆豪、お疲れ。

 

 

 

 少し話が変わるが、折寺市の隣には結田府市という市がある。そこにはひとつの中学校……『結田府中学校』がある。その中学校の有名人……という訳でもない、ごく普通の知名度、『ああ、あいつ? えっと、名前何だっけ、いつも外見てる奴だよな?』とか言われるタイプの男子が一人居た。まあ彼はそんなに存在感の薄い男では無いのだが。むしろ彼の名前を聞くだけで顔をしかめるものが多い。

 

「……ねむ」

 

 そんな彼の名前は心操人使。ド派手に逆立った紫の髪とお世辞にも良いとは言えない目付き、中々にヤバい隈が特徴の、『心操君ってー、何かチョット不気味ー』とか女子に言われてそうな感じの男である。実際には女子は彼の報復を恐れてそんな事は思っていても口にしないのだが。そんな彼は現在昼食後の昼寝に入ろうとしている所。耳にさしたイヤホンから流れてくる昼下がりのラジオニュースと、窓際の日差しが、四月の肌寒さと合わさって非常に心地よく、そのまま寝付きの悪い彼にしてはゆったりとした眠りへと──

 

「心操君っ、何聞いてんの?」

 

 ……入れなかった。声の主を探してのそりと、不機嫌な表情を隠そうともせずに顔を上げると、そこに居たのは彼の親友の一人に似た髪質の桃色髪と桃色肌、桃色角。更には通常白色である目が黒くなった、心操とは知名度もクラスでの立場も正反対な少女が居た。言わずと知れた芦戸三奈である。彼女の後方には『止めなよぉ! そんな不気味なMCヤローに話しかけたら操られて心にも無いことさせられるわよぉ!』と顔に書いてある女子集団のおまけ付き。

 

「……何?」

 

 イヤホンを片方抜いて、心操が一言そう呟く。それだけで、教室中の人間が会話を止め、こちらを恐る恐ると伺ってくる。それに少なくない苛立ちを感じていると、目の前の全ての元凶、芦戸が自分の耳を指差した。

 

「それ。何聞いてんの? ロック? ポップス? まさかのクラシック!?」

「……昼のラジオニュースだけど」

「ええ!? ニュース!!!!?」

「……そんなに驚くことか?」

「オドロクよー! オドロクオドロク! 私ニュースとか絶対聞かないよー! てかラジオってどうやって聞くの!?」

「…………自分で調べてくれる?」

 

 心操はそう言って再び顔を下げた。「何あの態度、最悪じゃない?」「うわー、芦戸に話しかけられてアレかあ。全く表情変わらねえなァシンソー君」「三奈ー! 大丈夫!? どこにも変なところ無い!?」……心無い言葉を努めて無視して、携帯を操作しラジオの音量を上げる。もう眠れそうには無かったが、話し声を遮断したくて、世界から自分を切り離してしまいたくて、どんどん音量を上げる。結果的にそれは失敗だった。

 

『人使さんッ!! ワタクシ発目さんからお電話が来ましたよッ!』

「うおぁッ!?」

 

 カナル型イヤホンから、超大音量でいつの間にかデフォルトより変えられていた発目の特製着信音が両耳にぶち込まれ、心操は思わず大声を出して立ち上がってしまった。集まる注目。ちょうど立ち上がった時に携帯が落下しジャックが抜けて、発目の能天気な着信音が静かな教室に鳴り響く。そのままどこかに立ち去るのもあまりに気まずく、心操は先程の失態を誤魔化すように、ごく普通の動作で携帯を拾い、受話器のボタンをスライドさせた。

 

「……もしも」

『人使さんッ! カメラ通話で!』

 

 心操は黙って携帯をカメラモードにした。芦戸が横から覗き込んでくるのを、さりげなく肩でガードする。そこに映っていたのは何の変哲もない、狭い教室だった。

 

「……これでい」

『見てくださいよっ人使さん! ついに私たちの部室が出来ました! ……誰ですか? その出久さん2Pカラーみたいな方は?』

 

 うわバレた。心操は内心でそう毒づくが、特に表情には出さず肩のガードを抜けた芦戸を即座にカメラから外した。

 

「こいつは俺のク」

『まあ良いです! 見てくださいこの狭苦しく小汚ない部室を! 何と電源タップが四つしかありません!』

 

 ならお前はいくつタップがあれば良いんだよ。そう聞きたかった心操だが、どうせ『無限に!』と言われるのは分かっていたのでグッと堪えた。

 

 しかし、部室はまあ勝己辺りが何とかするだろう等と考えていた心操だったが、画面に写るそこには緑谷と爆豪の姿が見えない。フワッと嫌な予感が脳裏を過った心操は、無駄だと思いつつも発目に質問を掛ける。

 

「……出」

『今日からここでバリバリアイテム開発していきますよー! ウヒョー!』

 

 本当に驚くほど無駄だった。

 

 こいつマジで話聞かねえ。そう思いもうなんか全てどうでもよくなってきた心操だったが、部室のドアに既に何やら物々しい装置が取り付けられているのを見て顔をひきつらせる。

 

「……あのさ明、ドアのそ」

『よっくぞ聞いてくれましたァ! 何とこちらは私の自作防犯ベイビー! 多少複雑な手順を経てからドアを開けなければ五秒後に爆発します! といってもまだ作動させてませんが!』

 

 そう言って、ドアをバン、と開ける発目。ピピッ、と装置から音が鳴る。心操と発目、心操の後ろで画面を覗いていた芦戸と大音量のカメラ通話に聞き耳をたてていた生徒達が『ん? 今の音、何?』と首をかしげる……が、やはり自分の発明。発目の反応は早かった。

 

『……ああ、設置後自動起動に設定してたのをすっかり忘れてました! では人使さん! また!』

「おい明待っ」

 

 Bomb!!! と、携帯ごと爆発したのではないかと思えるような爆音を響かせ、通話が切れる。心操は大きく溜め息を吐いてから、再び携帯電話を操作する。

 

「もしもし、出久か? ああ、うん。明がミスって自爆した……うん。だと思った……なあ出久、今日週末だし研究所で焼き肉でも食わないか? 俺肉買っていくよ……いや、慰めとかじゃなくて。いや、罪悪感? ……うん、俺一人だけ安全圏な事に……いや泣くなよ……うん。分かった。じゃあ今晩で。じゃあな……泣くなよ」

 

 心操が通話を切る。とほぼ同時に予令が鳴った。

 

「……えっと、まだなんか用?」

「今の子、誰!? うちの中学じゃないよね!? ていうか折寺の制服? スゴい可愛かったね! 彼女!? 今晩は焼き肉!?」

「彼女はやめろ! ……別に、何でも良いだろ」

「えー、良いじゃん恋ばなしようよー」

「俺以外とやってくれ」

 

 心操の取り付く島もない態度に、芦戸は何も言えず口を尖らせるのみだった。

 

 心操人使。結田府中学校二年の筆頭問題児である。本人にあまり落ち度は無いのが悲しい。

 

 

 

 そんなこんなで放課後。近所のスーパー。

 

 

 

「……あのさあ、何で付いてくんの?」

「何か心操君にキョーミ出たから。『明ちゃん』ってどんな子なのかな? とか?」

「イカれ女だよ。もういい?」

「あ、お団子買わない? 女の子は甘いの好きだよ?」

「だから、明は本当にただの友達だから!」

「おやぁーっ? 私は明ちゃんとは一言も言ってないけどナー????」

「……っ!」

 

 こいつ超めんどくさい。心操の頭にはもうそれ以外の感情は無かった。勿論彼が発目に向ける感情は友情であり、それ以上の感情など抱く可能性すら無い。あんな頭のおかしな女に好意を向けるなどと勘違いされるのは心操にとっては誠に遺憾であるとしか言い様が無かった。ああいう女に純粋な好意を示せるのは、緑谷のような生粋の善人かつこいつもどっかイカれてるなと思うような部分のある人間なのだ。断じて自分のようなごく普通の人間ではない。自分と発目の恋愛などというものを邪推している時点で心操の芦戸に対する評価は地を這っている。

 

 それでも彼が強行手段に走らないのは、彼女に悪意がないからである。一体どのような目的なのかは知らないが、目線や声の一つ一つに悪意を感じられない彼女に危害を加えてまで、自分の苛立ちを納める事を優先するような恥知らずではないと心操は自身を評価していた。そういった諸々の自己評価を総合して一言で表すならば『お人好し』であるのだが、彼は自分をお人好しだなどとは思っていなかったりする。まあ、自分の事を本当にいい人だと思わないのが本当にいい人の条件である。要するに彼は生粋の善人なのだ。自分をかれこれ数十分からかい続けているクラスメイトを振り払うことができない程度には。

 

 ……ただ、彼は甘かったと言わざるを得ない。今日はじめて話しかけてきた人気者の女子生徒が、話しかけてきたその日に自分と一緒に買い物をしているというこの状況。そして彼自身のコミュニケーション不足により周囲に概要だけしか認知されていない彼の個性を考えると、彼は校内で本気の走りをしてでも彼女から逃げなければならなかった。それだけで解決するような話でもないのだが。

 

 心操人使。個性、洗脳。クラス内評判、最悪。

 

 明日の朝には『クラスで人気な女の子を個性で自分の思い通りに従わせるド鬼畜MCクソ野郎』というレッテルを張られる予定の男である。不憫すぎる。

 

 それはさておき、心操は自分の貯金を下ろしてそれなりの量の野菜と肉をかき集めた。その量およそ一般的に六人前から七人前ほどはあるだろう。わざわざ貯金を下ろすまでした心操の財布はそれでもかなり寂しくなったが、自らの親友を労うためならこのくらいはして当然と考える心操である。また心操自身こういう考えはどうかと思っているが、緑谷と爆豪に関しては恐らく多少は払ってくれる事だろう。発目は知らん。

 

「いっぱい買ったねー!」

「……あのさ、本当に来るの?」

 

 尚、目の前にてはしゃいでいるこの少女もそれなりの金額を負担している。というのも、心操が冗談と当て付けで、レジの前で『付いてくるなら金くらい払えば?』と言うと、彼女は上機嫌で『良いの!? やったー!』と財布から数千円を差し出したのだ。なんだこの警戒の無さは。正気じゃない。心操は頭を抱えた。

 

「うん。お肉! 玉ねぎ! かぼちゃー!」

 

 ほら。今もご飯の事しか考えてない。何となくこの少女の事が分かり始めている心操は、深い溜め息を吐いた。

 

「……ヤバい。自分だけで話を進める女の子とばっかり仲良くなってる」

「心操ー! 早く行こうよー! タレ! シオ!」

「……呼び捨て……」

 

 何かヤバい。何か知らないけど何かがヤバい。自分の預かり知らない所でスゴい事が起きている気がする。心操は少し身を震わせた。

 

「……まあ、出久には許可とってるから良いっちゃあ良いけどさ……」

 

 出久には勿論彼女が来ると確定した時に許可を取ってある。二つ返事で了承した気の良い親友を今は恨みたい気分であった。

 

「はぁ……どうしてこうなったんだ……」

「全くだわボケ」

「! 勝己……」

「え、誰々?」

 

 スーパーを出たところで待っていたのは、未だに制服の爆豪であった。爆豪はしかめ面で(これが彼のデフォルトではあるのだが)心操から買い物袋を一つ受けとると、黙って歩き出した。勿論芦戸には挨拶すら無い。

 

「え、何? 何あの人……」

「勝己。俺の親友の一人」

「……フン」

「えー! 心操友達関係見直した方が良いよー」

「んだとコラァ! 殺すぞ!」

「ああ見えて良いヤツだよ」

「ああ見えてって何だクマコラァ!」

「……多分な……じゃあ行くか。出久は下準備してくれてんの?」

「デクと発明女は学校で爆発の後片付けだ」

「なるほど……まだ研究所に炭の備蓄あったっけ?」

「……確か前やったときは半分くらい残ってた」

「半分あれば大丈夫か」

「ねーねー、心操?」

 

 着々と焼き肉の算段を付けていく爆豪(野菜運び)と心操(お菓子、ジュース運び)に、事情をよく知らない芦戸(肉運び)が声を掛ける。

 

「何?」

「研究所って何? そこでやるの? 焼き肉」

「あー、うん……明は、分かるよな。明の父親が個人でサポートアイテム企業やってて、勝己や俺は昔からその研究所で遊ばせてもらったり、修行つけてもらったりしてるんだよ。結構敷地が広いから、外でバーベキューとかも出来るって訳」

「ふーん、それで三人一緒に遊んでるうちに明ちゃんが好きになったの?」

「ブフゥッ────!!!!!」

 

 芦戸の、二人にとってはあまりにもアレな発言を聞いて心操は頭を抱え、爆豪に至っては思いっきり吹き出した。キャラが崩壊している。

 

「誰があんなん好きになるか! 勝己は笑うな!」

「わっ、わ、笑ってねえわクソ……ッフッ、ククク、フハハハッ!!」

「勘弁してくれ……!」

「え、本当に違うの?」

「そう言ってるだろ……!」

「……くく、ッ、クッカカカ……!」

「勝己! 笑いすぎだろ……!」

「笑ってねえっつってんだろ……!」

 

 先程も何となく思ったが、あまりにも想定と違いすぎる二人の反応に不満げかつ不思議そうな表情をした芦戸は、ポツリとそう思うに至った根拠を呟いた。

 

「着信音を知り合いの子の声にするってもうそれ好きじゃんって思ったんだけどなぁ」

「……着信音だぁ? ……ッ!」

 

 芦戸の言葉に何かを察した爆豪。ビニール袋を持っているのとは反対の手で携帯を取り出すと、何事かの操作をして、数秒停止した。その目尻がどんどん天に向かって突き上がっていく様はなんとも言えずシュールだ。顔すげえ。

 

「……あンの、クソ女……!」

「お前も変えられてたのか……」

「うわあ……」

 

 自分の携帯の着信音がいつのまにやら発目の直録りボイスに変えられていた爆豪とそれを察して何とも言えない表情になる心操。そして明らかに弄ってはいけないタイプの爆豪の携帯を弄っている発目という少女のヤバさに何となく気づいてしまった芦戸。遅い。

 

「落ち着けよ勝己。異形型みたいな顔になってるぞ」

「おぉ……落ち着いてんぞォ……俺は今、生涯最高に冷静だ……!」

「生涯最高に冷静な奴はそんな顔しない……ほら芦戸、ここだよ」

 

 そう言いつつ芦戸を先頭に立たせる心操。その前には、塀も、外壁も、窓も、全てがツギハギになっている四角い建物があった。

 

「おお、ここが……」

「ここが俺の先生の『ツギハギ研究所』。勝己も割と入り浸ってる」

「名前そのまんまなんだね」

「あ、二人とも、お帰り! 準備は大体終わってるよ!」

「出久。早かったな」

「うん。意外と早く終わったんだ」

 

 ツギハギ塀の向こうからツギハギのエプロンを着けた緑谷が顔を出す。それに心操が反応すると、爆豪が爆発と共に緑谷に掴みかかった。

 

「デクァ!」

「うわっ、な、何!?」

「あのクソ女どこだァ!」

「め、明ちゃんなら研究所に入ってすぐに『む! 何だか嫌な予感が! 今ここに居てはいけない気がします! ちょっとこの予感が収まるまで適当に街中をぶらついてきますね!』って外に行ったけど」

「クソ女アアアアア!」

 

 爆豪は両手を盛大に爆発させながら研究所から走り去っていった。恐らく数分もしない内に発目を見つけ、鬼ごっこを始めることだろう。十年前からよく見られるその光景は既に折寺の風物詩である。緑谷ですらその勝己の背中に何の言葉も掛けない。無視である。

 

「あ、受けとるね。買い出し助かったよ」

「ああ。芦戸も、サンキューな」

「うん、いいけど……アレほっといて良いの?」

 

 アレとは勿論ついさっき鬼の形相で飛び出していった爆豪である。だが二人は慣れたもの。仏の笑みで研究所の門扉に鍵を掛ける。

 

「どうせ腹減ったら帰ってくるよ」

「二人共鍵は持ってるから大丈夫」

「そ、そうなんだ……」

 

 そういうことが聞きたいわけではなかった芦戸だが、二人の笑みに何とも言えない圧を感じ、口をつぐんでしまった。心操が自分から荷物を受け取り、緑谷は爆豪が律儀に置いていった買い物袋を持ち上げる。

 

「……あ、そうだ」

「ん、どしたの?」

 

 はっと、何かを思い出した緑谷は、研究所の扉の前で芦戸の方を向く。

 

「えっと、初めまして。僕は人使君の親友の、緑谷出久です」

「……あ、自己紹介まだだっけ!? 私芦戸三奈! よろしくー!」

 

 緑谷は軽く頭を下げ、芦戸はそんな緑谷にバッと平手を差し向ける。

 

「え、何?」

「ハイタッチ! イェイ!」

「え、あ、え!? えっええっとあの……い、イェイ……」

「心操も! イェイ!」

「確か芋はまだあったよな? じゃがバター作ろう」

「ノリ! 悪!!!」

 

 芦戸がそう叫んだその時、研究所のドアがバァン! と吹き飛ぶかというほどの勢いで開いた。少しビクッと身を縮こませる芦戸。まるで動じない二人。三人の間に微妙な空気が流れる中、研究所の奥から、カラカラカラカラ……と何かの転がる音が聞こえ始める。

 

「え……何?」

「あぁ……俺らの先生、『博士』だよ」

「ハカセ? ……て、この音近づいてきてる!?」

 

 芦戸の言うとおり、どんどん音は近づき、大きくなっていた。今や敷地内全体にガラガラと音は鳴り響き、横に居る人の声も聞き取りにくくなっているほどだ。

 

「張り切ってるなあ、先生」

「初対面の人が来るの久しぶりだからな。俺達皆友達少ないし」

「あの、これ何? 何の音?」

「見てりゃ分かるから」

 

 ガラガラガラガラ、研究所の長い廊下の奥からそんな音を響かせてキャスター付きの椅子が迫ってくる。芦戸が思わずといった感じで一歩下がるのと、研究所の入り口にある段差にキャスターが引っ掛かるのはほぼ同時であった。キャスター椅子は派手にぶっ倒れ、そこに座っていた長身の男もろとも地面に叩きつけられた。

 

「っぎゃふん!」

「えっ……え!? 大丈夫ですか!?」

 

 明らかに転けてはいけないスピードで転けた男に芦戸は声をかけるが、男は「あー大丈夫ダイジョウブ」と言って、何ともなさげに立ち上がりトントンと腰を叩いた。

 

「んー、まだ何か調子悪いな……どうも良くない……」

 

 長身の男は特徴的な外見をしていた。白い頭髪で、緑谷のエプロンと同じくツギハギだらけの白衣を着て眼鏡を掛けている。そして何より、側頭部を巨大なネジが貫通していた。男はじぃーこ、じぃーこ、と数度ネジを回してから、「まあ、こんなもんかな」と言った。一体何を調整しているのか。

 

「オーケー。もう一回やらせてくれ」

 

 そう言った男は、カラカラとキャスター椅子を引きずりながら研究所の奥に戻っていった。三人の間で、沈黙が満ちる。

 

「……ああ僕、炭に火入れてくるよ。タレの準備は終わってるし」

「台はもう組んでるのか?」

「大体は三人が来る前に終わらせといたから」

「頼んだ。俺はもうちょっと博士に付き合ってから行くから」

 

 緑谷が研究所の裏側に回っていくと、また建物の奥からガラガラとキャスターの音が聞こえてくる。

 

「ねえ、心操?」

「何?」

 

 心操は芦戸の横で、研究所の入り口から目を離さずに答える。芦戸は男の出てくるであろう入り口を指差した。

 

「これは一体何なの?」

「茶番だよ」

 

 心操が表情一つ変えずにそう言った直後、再び入り口の段差にキャスターを引っかけて男が盛大にぶっ倒れた。

 

「ってて、上手くいかないもんだ……」

「博士のそれが上手くいったの見たことないですけどね」

「おお、手厳しいね……君が芦戸君ですか?」

 

 芦戸はいきなり話の矛先が自分に変わって少し焦るが、少し姿勢を正して「ハイ!」と返事をする。

 

「うん、良い返事だ。俺はこの研究所の所員兼所長のフランケン・シュタインです。まあ普通の女の子が喜ぶようなもんは何もないけど、ゆっくりしてってくれ……人使、領収書は受け取ってます?」

「ああ。まあ」

 

 心操が領収書をシュタインに手渡すと、彼はそれを一瞥して胸ポケットから札を一枚取り出して心操に握らせた。

 

「お釣りでアイスでも買ってくれ」

「……ドーモ」

「わ、太っ腹ー!」

「ははは、このくらいはしますよ。さあ入ったはいった」

「はーい! お邪魔しまーす!」

 

 扉の内に芦戸がまず入り、次に背もたれを前にして椅子に座ったシュタインが、最後に心操が入ってドアを閉める。そして、小声で心操がシュタインに話しかける。

 

「何企んでるんです」

「……綺麗に付いたしなやかな筋肉。それを覆うキメの細かな肌。しかもこちらはキレイなピンク。一体どこに色が着いてるんだろう? 角質か? 常人と同様に角質は透明で血管や筋肉が透けてあの色を出しているなら、肉の色や血の色が違うのか? 白目の色が黒いところからして、やはり体液か? あの角は骨か? それとも爪と同じようなものか? 生え変わるのか? ……良いですね。実に良い。ああ解体したい……!」

「やったら殺しますよ」

「勿論実行なんてしないよ♪ ……芦戸君、今日は泊まりますか?」

「舌の根も乾かない内にいきなり何言ってんだこのクソ博士ッ!」




爆豪アダ名名鑑

心操

クマ。クソクマ。生まれつき隈がスゴいことから。別に釣られた訳じゃない。

フランケン・シュタイン

ソウルイーターより、白髪の頭とそこに突き刺さったネジが特徴的な無免ヒーローの教師役。元は英国で活動していたヒーローであり、短い期間ながらトップヒーローの時期もあったらしい。後々に情報は出るが、死神教という『死神様』と呼ばれる人をトップに据えた組織の幹部だった。現在その組織は解体され、主だった幹部達はそれぞれに職を変えて日本を中心に平和な日々を送っているそうな。娘の発目を溺愛している。
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