無免ヒーローの日常   作:新梁

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やあ、遂に二十話だよ。

まあ、前話みたいなペースは早々ないよね。

実は自分、ウェブ小説のこの前書きとか後書きのスペースが凄く好きで、ここに作者の近況とか書いてるだけで嬉しくなるタイプです。自分の小説では何か特殊な事情でも無い限りは絶対埋めるようにしてます。実はこのスペースの為のネタ帳とか作ってたりして。

あとエクスカリバーの歌のJASRACコードとか分かんないのであそこはそのままにしときます。

今回のあらすじ
新年あけましておめでとうございます。

和泉由希さん、誤字報告ありがとうございます。


第二十話。新年って特別な事したい気持ちあるよね(しない)

 ヒーローにとって必要な物は何だろう。

 

 他を牽引する求心力か、好印象を手に入れるための容姿か。それとも心に灯る正義の炎か。

 

 

 

 三日目の雪道行軍を経て、回復(座学)に一日。回復分を取り戻す基礎訓練で一日。そして現在は地獄の強化合宿、地獄の六日目である。

 

 

 

「んなもん決まってんだろ。力しかねえ」

「あーうん、まあかっちゃんならそう言うよね」

「つかその論でいきゃ求心力も容姿も並以下じゃねえかお前。ヒーローになれねんじゃねえのか」

「かっちゃんだって正義の炎とかあってないようなもんでしょ」

「ハァ!? あるわ! 燃え盛っとるわ! いい加減な事言ってんじゃねえぞボケコラ!」

「燃え盛ってるのはなんか別の炎じゃないの? 少なくとも正義じゃないと思う」

「上等だ焼き尽くしたるわボケカスがアアア!!!」

 

 アホな会話をしている二人の頭に、何かが乗せられる。不審に思った二人がそれを取ると、それは……海パンだった。爆豪は九年、緑谷は十年もの長い間この地獄の訓練に参加し続けている二人はこれを見ただけである程度の事情を察する事ができた。緑谷は悲しい顔をして、爆豪は怒りの顔でそれを頭に乗せた犯人……シュタインの方を向く。シュタインはいつも通りヘラヘラ笑いながらタバコを吹かしている。

 

「この近くにあるんだよ。海が。て事で今から俺と一緒に冬の幸を取りに行こうか」

「……え?」

「だから、俺と一緒に素潜りで海の幸を取りに行こうって言ってるんですよ。大丈夫、船は調達しました。船でマリーが待ってるから早く行こう」

「……いや、雪降ってますよ?」

「そうだね。で、それが何か問題?」

「ッッッザケンナアアア!!!」

 

 怒りの爆音が空気を揺らす一方、シュタインの背後に居る切島はというとなんか処刑寸前みたいになっていた。

 

「あの、これ何なんすか?」

「ん? 君の個性を鍛える装置だけど?」

「……これが?」

 

 切島が僅かに身体を動かす。すると、四方八方に備え付けられた自動砲台(セントリーガン)が一斉に動いた。その砲門は切島を捉えて離さない。

 

 そして、切島の足は鋼鉄の足枷とこれまた鋼鉄の鎖で地面に繋がれていた。多少の身動きはできるがセントリーガンの射線から逃れることはできない。この状況に対してヒシヒシと感じる嫌な予感(切島はその感覚が所謂『死神の足音』に類するものだとはまだ分かっていない)に顔をひきつらせながら切島がシュタインにどういう事か説明を求めると、防寒着でブクブクに着膨れた発目が「ご説明しましょう!」とどこからともなくヒョコッと現れた。切島の感じる嫌な予感(死神の足音)が大きくなった。

 

「えー切島さんはですね、筋肉を力ませるような感覚で硬化を使用するということなんですが、持続力がないんですよね! まあそんなのは硬度と一緒にこれからの訓練で上げていくとして、これからするのは『効率的な硬化の使い方』の訓練です!」

「効率的な硬化?」

「ええ! まあつまりは、『攻撃が当たる瞬間だけ硬化』って事です!」

 

 ドヤ顔で放たれたその言葉に切島は僅かに思考を停止させ……「えぇ……」と声を絞り出す。

 

「まーそういう事で! 前後左右十五門の砲台からランダムに放たれる銃弾を防ぎ続けて下さい! 銃弾発射二秒前にサイトのランプが光りますから、その予兆と銃口の向きから最低限の部分硬化で防げるようになれば完璧ですね! まあ最初は全身硬化で良いんじゃないですかね! はいよーいスタート」

「えっちょっ、うおおっアブねぇ!?」

 

 放たれた銃弾を紙一重で転がるように避けた切島はこの合宿で培った『理不尽を理不尽のままに受け入れる』精神により即座に体勢を立て直して素早く全方向にある砲門を見渡す。そして砲台の一つがランプを光らせたのを見て即座に硬化、一瞬の後にギィン! と身体で銃弾を弾く。

 

「っし、これならやれるウウアッハアアアアアッ!?」

 

 キメ顔で訓練の成功を確信した切島の尻に銃弾が突き刺さる。その衝撃に切島は汚い声で絶叫した。

 

「よ……避けたのに……! なんで……!?」

「何してるんですか切島さん! 次の来ますよ!」

「待って二秒間隔は!?」

 

 切島の涙声に発目は「はい?」と首をかしげた。

 

「ランプが光ってから二秒であって二秒に一発じゃないですよ。そんなの当たり前でしょう? 何言ってるんですか?」

「あーそゆこと!! なるほどねッハアアアアアアンイダァイイイイ!!!」

 

 納得したところで再びケツに突き刺さる銃弾に汚い叫びをあげる切島を放り出し、発目はその場に座ってカタカタPCをいじり始める。

 

 ここに来て彼女の魂威銃開発も佳境に差し掛かっていた。内部構造は理論的にも技術的にも大筋が成立し、後は拳銃の形に整えるのみであった。

 

 そしてそれさえも技術とセンスと機材と時間と知識と金を潤沢に持ち合わせた(おまけに美少女な)シュタインさんちの明ちゃんにとってはそれほど困難ではない。最早『本来魂の内側で伝わり響くだけの魂の波長(魂威)を外部に撃つ』という離れ業は(彼女の頭脳であれば)十分に実現可能な域に達していた。

 

 ……開発開始が五歳。つまり彼女は約九年で、そしてシュタインの援助により研究機材、素材的にはほぼ制限が無かったとはいえ、たった一人でそれまで世間に欠片たりとも存在しなかった技術を実用段階にまで持って行ったというわけだ……常人では……否、只の天才でも有り得ない所業である。正しく至高の天才と言えるだろう。超可愛いし。

 

 そしてそんな天才美少女発目明がその天才っぷりを愛する少年へ、自分の半生が籠った世界唯一にして最高のプレゼント(んな、いくらロマンチックっぽい言葉を使っても実際作っているのは拳銃である。ロマンチックの欠片もねえ!)を送るために発揮する後ろでは、芦戸がシドに体術の指導を受けていた。

 

「カポエラー? ポケモンですか?」

「カポエイラ、な。サンバなんかの踊りが源流になっている対人格闘術だよ。お前の趣味がダンスだってのもそうだし、お前の個性にも合致すると思ってな」

 

 そう言うと、シドは何度か独特なステップを踏んでから脚を高く蹴り上げ、その勢いを使ってグルングルンと回るように何度か蹴りを繰り返し、そして止まった。

 

「おおおおお……すっっごい……」

「基礎的な筋力は勿論必要だがそれ以上に、圧倒的に体幹とバランス感覚が重要視される。この格闘技の技は基本的に円運動だからな。一つの技が次の技に繋がって、常に攻撃をし続ける。敵に反撃を許さない連撃は完全に決まれば必殺と言える」

「何それ最強じゃん!!」

 

 盛り上がる芦戸に向けて指を一本立てるシド。

 

「しかし、一回でも受けられたりして流れを止められればそのままやられて負ける」

「……え、一回止められたら、負け?」

「力量が同程度なら、まず間違いなくな」

「……そんなの実戦で使えるの?」

「これを実戦で使うのは基本的に変則的な動きによる不意打ちが主だ。メインで使うとなるとかなり難しい……お前のような奴以外はな」

「んえ?」

 

 そう言ってシドは芦戸の体をビッ、と指差す。

 

「お前の個性だよ。それ()が有れば敵はお前の攻撃を受け止めただけで重傷だ。だろ? だったらお前の攻撃を普通に止められる奴はそういない。防ぐ、止める、耐えるって行為が無くなって最初から避ける一択に制限されるんだ。敵からすりゃあこんなに厄介な奴は居ない」

「おお……」

 

 シドの説明を聞いてやる気を出した芦戸は早速型を教えてもらう。

 

 ……なんやかんやで才能溢れる芦戸はさっさと型を覚えてしまい、その後実践形式の訓練でさんざん泣かされるのはまた別の話。

 

 

 

 地獄の合宿、施設内。

 

 

 

「……もう六日目……あの二人に至っては六日間ほぼ動きっぱなしなのに……すごいわね……あの子達」

「うむ……尋常じゃないな」

 

 無免達が使わせてもらっているこの施設の主、ワイプシのメンバーの虎とピクシーボブが施設の窓際に立って、爆豪と緑谷が海パン一丁でガクガク震えながら雪の中を走り去ったり、芦戸が雪の上に手や背中をついて武術の練習をしてたり、背後への警戒を薄れさせた切島のケツに三度銃弾が突き刺さってたりするのを死んだ目で眺めていた。

 

「まあ、事実アイツらは尋常じゃないからな。おっと人使、そりゃ悪手だぞ」

「え、あぁ! っだぁ、マジかよ!」

 

 スピリットと心操は室内で精巧なビルの模型と人形を使ったシミュレーションゲームに興じていた。と言っても興じているのはスピリットのみで、心操は模型を睨み付けながら頭から煙を出していた。

 

 スピリットと心操がやっているのは、かつて心操が天喰にやらせた事のある『ヴィラン災害シミュレーション』のアナログ版である。アナログ版といってもこれは複数の建物、人間のミニチュアを用い、それぞれのバイタル等の情報をコンピューター制御して実際の事件現場をシミュレートできる優れものだ。現在彼等はこれをヴィラン役をスピリットが、ヒーロー役を心操が担当して勝負を行っていた。それぞれ五つの駒を三秒で全て動かす三秒指しルールだ。あーだこーだ言いながらそれぞれがトントンと淀み無く駒を進める様をラグドールがじっと見つめている。

 

「ラグドール、それ見て分かる?」

「全然わかんない!」

 

 少し離れた場所でこたつに足を入れているマンダレイが「じゃあなんで見てるのよ……」と呆れているが、スピリットは「しっかりは分からなくても案外見てるだけで面白いぞ?」と言って駒を進める。心操が悲鳴をあげた。

 

「俺達は今ヒーローとヴィランの司令塔になってる。この現場は十三年前にあった廃ビル立てこもり事件。『鉄を操る』って個性の人間を人質にとって脅しとヒーロー達の妨害を同時にこなすズル賢いヴィラングループと戦ったヒーローの現場だ。どーする人使? この時プロヒーロー達は一人の犠牲もなくヴィランを全員捕縛したぞ」

「今ちょっと考えてるから黙ってろ浮気大王!」

「あーっ! あーっ! 言ったな!? 言っちゃったな!? カッチーンと来たぞおい!」

「この話でキレてる内は復縁は無理そーだな」

「ハァ────!?」

 

 ギャーギャー言いながらも一つの駒の動きを一秒以内に決めてトントンと動かす様は手慣れており、二人がこういった指揮に長けている事は容易に察する事ができた。

 

「……ううん、凄まじい」

「適当に動かしてるんじゃないものね……このスピードで一手一手が考えられた上で指されてると思うと……」

 

 ラグドールの横に寄ってきたマンダレイと虎がとんでもないスピードで繰り広げられる盤上の戦いを見て唸っている。その視線を感じた心操は「まあ、これが俺の得意技です……ってほど得意でもねえけど」と言った。

 

「俺はこの個性じゃ逆立ちしたって勝己には勝てない。この年数差じゃ体術でも逆立ちしたって出久には勝てない。なら、と考えたのが頭脳です……幸い、俺にはこっちの才能があったし」

 

 ウチの二枚看板(出久と勝己)を支えられる柱になる。それが今の俺の目標です。そう言って心操は駒を進めた。

 

「アイツらの劣化コピーじゃアイツらには並べない。でしょ?」

「まーなぁ。だったらもっと強くなれよ」

「あ゛っ」

 

 スピリットが心操に見破られること無くいつの間にか完成させていた包囲網を一気に縮め、ヒーロー駒を一気に狩り尽くす。椅子に倒れ込んで項垂れる心操を嗤うスピリットは駒と盤面を別の形に組み替えながら「戦略家名乗るにはまだ早いな」と言った。

 

「たった十人の個性と身体能力を把握して作戦を練れないようじゃまだまだ、並レベルだな」

「くっそ……博士には五分五分で勝てるのに……!」

「そりゃあお前、シュタインは頭良いけど前線タイプだからな。それより俺くらい早く倒せよ。俺の次は梓が居るんだぞ。アイツはマジでヤバいぞ」

「梓さんはマジで無理です……勝てる気がしない」

 

 カチャカチャと素早く建物を組み直したスピリットが互いの端末にデータをインストールする。

 

「えー、次は金属を別の金属に変えられる個性を持った少年が三人組のヴィランに拉致されたという通報を受け二人のヒーローが駆けつけた。そこは鉄材の加工所で可燃ガスのタンクが多くある。お前はもっぺんヒーロー側な。ヒーロー到着時点でヴィランの個性は不明、ヒーローの個性はそれぞれ……」

 

 矢継ぎ早に繰り出される情報の嵐を心操はメモも取らずに目を閉じて暗記する。ブツブツと呟いているのは情報を整理した上で今出来る作戦を考案しているのだ。

 

「……て感じだ。いけるか?」

「……っし、大丈夫。次は勝つ」

「負けたら一杯奢れよな」

「そんなんだから奥さんと娘さんに愛想尽かされるんだよ」

「うるせえな! ほっとけよお前っ、お前このっ、バーカ! バーカ!」

「頭は良いのにな、この人は……」

 

 そんな感じで、時は過ぎ……

 

 

 

 地獄の訓練。地獄の最終日。

 

 

 

 まず六日目は精神、頭脳の疲労だけで肉体的にはそう疲労していなかった心操が目を覚ました。ここに来た初日を含め六日間は日の上る前に叩き起こされていたのにも関わらず、窓の外を見ると既に太陽が高く上っていた。時計を見ると、十時半となっている。

 

 何かとてつもなく嫌な予感がした心操はその場の男連中プラス緑谷に抱きついて匂いを嗅いでいる発目を叩き起こし、その後隣の部屋に突入して爆睡こいていた芦戸を揺さぶって起こした。

 

「……っが……んだクマなにしてんだ殺すぞ……」

「おい! お前ら外見ろ! んで目ぇ覚ましとけ!」

 

 心操が起こした奴等を放って寝室を飛び出しリビングに向かい、誰も居ないリビングに顔を引きつらせ、そしてリビング中央のテーブルに置いてあった書き置きを見て、叫んだ。

 

『皆へ

 

 何だか物凄くファミレスに行きたくなったので先に車で麓に降りています。皆は後から来てください。それと、これ以上ワイプシの皆さんの手を煩わせない事。

 

 皆の先生一同より

 

 追伸

 

 あんま遅いと先に帰るかも』

 

「あのクソ共がああああああっ!!!!!」

 

 心操の魂が籠った渾身の叫びが辺りに響く。その爆豪みたいな声に反応して普段着のワイプシや寝ぼけまなこの無免達がゾロゾロとリビングに入ってきて、事態を把握する。ワイプシはシュタイン達から話を聞いていたようで苦笑いしながらGPSを手渡してきた。

 

「はいこれ……あなた達もあんな人達に囲まれて苦労してるわね」

「全くです」

「マジでクソだわ」

「訴訟の必要性を感じる」

「うーん、否定ゼロ! サンドイッチつくってあげてるから食べてから出なさいね」

「おお! アザス!」

「わ!美味しそう!ありがとうございます!」

 

 そうして無免達は一週間の狂気じみた修行日程を全消化したのだった。

 

 

 

 昼過ぎ。施設前。

 

「……皆さぁ、っ世話んならぁした!」

『お世話になりました!』

 

 珍しく敬語(?)な爆豪の後に続き、五人が深く頭を下げる。それをワイプシの四人は笑いながら手を振って受け流す。

 

「いいわよ別に! こちらこそ本当に何のおもてなしもする暇もなく」

「次は修行抜きで来るといい。ここは夏の間キャンプ場としても開放している」

「にゃー! 皆次に会うときどれくらい成長してるか楽しみ!」

「……まあそういう訳で、私達も楽しかったわ! またね!」

 

 ワイプシと最後の交流を深めた(尚、合宿中は本当にほぼ交流が無かった。九割九分修行の時間であった)無免達はもう一度頭を下げてから回れ右をして勢いよく雪を巻き上げながら走り出す。

 

「っしゃあああああ!!!!! 走れ走れ! 早く走れ! 遅えぞノロマ共!」

「チクショウ! また雪中行軍かよ!」

「急いで走って! 本当に置いていかれるよ! 本当に置いていくよあの人達は!」

「もおおおお!! 帰りくらいゆっくり帰りたいィ!」

「昨日撃たれた腰が痛むッ!!! あっ今ピキって言ったァ!」

「ちったぁ黙って走れねえのかこのボケ! ギャアギャアうるせえんだよ!」

「いや勝己さんが一番うるさいですよ。ていうかみんな一生懸命走ってるんだからあんまりそういうこと言わない方がいいんじゃないですか? 余計に疲れますよ?」

『運ばれてるお前が言うなっ!!』

「明ちゃんそれツッコミ待ちなの?」

 

 そんな事をギャースカ言い合いながら無免達は走る。

 

彼等は何だかんだと泣き喚き、それでも最後には笑ってこの一週間を生き延びた。この経験は彼らの糧になり、この先を歩く自信となる。

 

 そしてまた、来年の同じ時期に一年分過酷さを増した合宿でボロクソにされるのだ。南無。

 

 

 

 そして暫くして。年始。

 

 

 

 

「日常系小説で何で大晦日飛ばしたの?」

「おう? いきなりどうした芦戸」

「いや、何か言わなきゃいけない気がして……?」

「何だそりゃ」

 

 芦戸はツギハギ研究所に挨拶に来たついでに、時を同じくして来た切島と研究所で年を越したらしい心操と、ラジオを聞きながら三人でこたつに入って緑谷作のおしるこを啜っていた。こたつは食堂にあるテーブルをシュタインが無理矢理改造したものだ。椅子に座りつつこたつで温まる事ができる。

 

 ちなみに心操の両親は共働きで普段は家に居ることが少ないので、心操自身も家で一人いるよりはと緑谷宅や爆豪宅、もしくはツギハギ研究所に泊まる事が多い。ちなみに今年の新年は緑谷宅で迎え、そのまま二人で真夜中の街を全力疾走(緑谷は発目付き)して年越しも研究所で過ごしたらしいシュタインの下に新年の挨拶に行き、そのまま現在に至る。

 

『さあ折寺縦断マラソンも既に中盤! なんか二人ほどラストスパートを掛けている中学生も居るようですがあの二人は置いておいて、先頭列を見てみましょう!』

「アイツら遂に先頭扱いすらされなくなったんだな」

 

 ウケる、と一言言っておしるこに入れたモチを食べる心操に、おしるこを食べ終わった芦戸が「あの二人ずっと出てるの?」と聞く。

 

「ん? ああ……なんか最初は小学生の時、体力作りの一環でマラソンに出たらしいんだけど……そこで出久が勝ったらしくて……」

 

 ああ、と切島と芦戸は納得した。爆豪の負けん気に火がついたのだと。

 

「まあ、リポーターが終盤だっつってるし直に帰ってくるだろ。アイツらの分も注いどいてやるか」

「え!? そんな早く帰ってくんのか!? 表彰式とかは!?」

「アイツらワンツー独占しすぎてもうメダルいらねえって運営に言ってんだよ。だからアイツらにとってはゴールはここ。ここはゴールからかなり近いし、毎年コース変わらねえからあと五分くらいで」

「っだいまああああっ!!!!」

「っそがああああっ!!!!!」

「……今年は勝己の負けか」

 

 二人して研究所に転がり込んできた衝撃で心操の方向に吹っ飛んだドア。

 

 それを事も無げに受け止めた心操は何の動揺も無くそれを壁に立て掛け、台所に入っていく。

 

 ひとしきり勝利の余韻だの敗北の屈辱だのを噛み締めた爆豪と緑谷は互いに容赦なくドスドスとボディーブローをかまし合いながらシャワーを浴びる準備を始める。ちなみに今回遅れを取ってしまった爆豪は敗者らしく研究所の庭にある水しか出ない仮設シャワーである。一月にこんなものを使用するのは正気ではない。

 

「二人共、餅はいくつ入れる?」

「ぐっふ……ふ、二つお願……っい!」

「ごっふぉ!? ……っぐ、三つ、だッ!」

「負けず嫌いもいい加減にしろよお前ら……早く出てこいよ。おしるこ冷める前に」

 

 心操にせっつかれた二人はそれぞれにタオルと着替えを持って食堂を出る。

 

 と、爆豪はそのまま出ていくが緑谷は食堂を出る前に振り返って心操に尋ねた。

 

「あれ、そういえば明ちゃんは?」

「博士と一緒に新年初実験だっつって研究室に入って──」

 

 心操の言葉を遮るように、ズン、と防音壁に遮られて小さくなった爆発音が食堂に響く。

 

「……たった今、新年初失敗したとこ」

 

 呆れたように肩をすくめてそう言う心操の後ろにある通用路のドアがバンッ! と開き、ススまみれの発目が這い出てきて汗まみれの緑谷に抱きつき、そのビシャビシャなシャツに顔をグシグシ擦り付けてススを拭った。

 

「ムグムグ、フグフグ……スン、スン……ップぁ、失敗とは失敬な! あれはあの回路の組み合わせをすればこうなるという結果を知る事が出来た点で有益な」

「いやーはっはっは、思い切り失敗しました! まさか爆発するとは! ヘラヘラ」

 

 緑谷に優しく頭を撫でられつつ自分の失敗は価値あるもの、というかむしろ失敗とかしてなくね? これ成功じゃね? とアホな事を豪語する発目の後ろから出てきたシュタインが高らかに実験失敗を宣言する。無表情になった発目が緑谷を抱きしめた姿勢のままにシュタインの脛に蹴りを入れる。シュタインはそれをヘラヘラ笑って足の裏で受け止めた。

 

「むー、出久さん!」

「ん、何?」

「私もお風呂入ります! 洗ってください!」

 

 発目のトンデモぶっ飛び発言に切島と芦戸がおしるこを吹いた。緑谷は大きく目を見開いたが、キュッと形の良い眉が寄った発目の顔を見てすぐに首を縦に振った。

 

「え……うん、まあ良いけど。珍しいね?」

「熱いお湯でサッパリしたい気分デスノデ」

 

 どうやら新年初実験が失敗した事で珍しく少しブルー(傍からはそうは見えないが)な発目は気分転換に風呂を選んだらしい。発明に飽きたら気分転換に発明をする発目にとってこれは中々の異常事態であり、その異常さを察した緑谷は一切抵抗せずに発目に引きずられていく。そしてその場には発目の『いっしょにお風呂入ろ』発言に驚いた切島と芦戸、そしてそもそも発目が自ら風呂に入ると言い出した事に驚く心操と震えながら頭を拭いて帰ってきた爆豪が居た。

 

「……んだ、この空気」

「んー、明が珍しく拗ねちゃったみたいで」

「ハァ? 拗ねるだァ? アイツが?」

「どーも、出久の武器を今日で完成させちゃうつもりだったっぽいですねぇ」

 

 けど実際には失敗した、とシュタインは低い声で呟く。

 

「あの子は、もしかしたら失敗するかもと思って失敗する事は星の数ほどあっても成功させようと思って失敗する事は少ないですからねぇ……」

「なるほど……それでフテ寝ならぬフテ風呂すか」

「ま、たまには失敗も悪くないでしょ。人使、俺の分おしるこ入れて。餅二つ」

「私もおかわり!」

「あ、俺も俺も!」

「あいよ……はぁ」

 

 心操は発目と緑谷はしばらく上がってこないと目して爆豪とシュタイン、二人分の器を棚より追加しながらため息を吐く。

 

「今年も忙しくなりそうだな……」

 

 うんざりとした声で呟く心操だが、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「人使、塩昆布取って」

「え? おしるこに塩昆布入れんの?」

 

 

 

 研究所。風呂。

 

 

 

 緑谷は服を着たままの格好でサカサカと慣れた手付きで発目の頭を洗っていた。

 

「明ちゃーん、痒いところは無いですかー?」

「んー……」

 

 上にワサワサと泡を盛られたシャンプーハット越しに、発目の声が聞こえる。その声に緑谷はウンウン頷きながら頭皮を揉み込むようにして丁寧に髪を洗っていた。発目は湯船に浸かりきり、湯船の縁に顎を乗せて、ダランと頭だけを緑谷に向け差し出している。

 

「出久さぁん……」

「うん?」

 

 さぱ、と湯船から両腕を出した発目がその腕を緑谷に向けて差し出す。それが抱っこの要求である事を知る緑谷は、しかし慌てる事無く「洗い終わったらね」とだけ返す。発目もそう言われる事は分かっていたか、軽く唸ってからダラリと腕を下に垂らした。発目の、細かい作業がしやすいようにギリギリまで短くした爪が、床の滑り止めをカリカリ引っ掻く音が風呂場に響く。

 

「んん……明ちゃん。泡流したいからちょっと首、前に出してね」

「んぁい……」

 

 シャワーを使い、湯船に泡が入らないように気をつけながら髪をすくようにして流す緑谷は、そうしながら口を開く。

 

「……僕はさ、はっきり言って明ちゃんの気持ちが分からないんだ。僕には、それだけ自分に自信を持てる才能とか、そういうの無いから」

 

 緑谷は魂の波長は人並み外れて大きいが、彼の生まれ持っての長所とは言ってしまえばそれだけ。心操の様に強い個性も無ければ、発目のように突出した才能も無い。

 

 彼の今のメインウェポンである魂威も、習得したのは七歳の時。一年遅れて修行を始めた筈の爆豪は六歳で習得した事を考えれば、緑谷は単純に爆豪の三倍の時間をかけて魂威を習得したのだ。

 

「僕には努力しか無い。だから、才能の上に努力を重ねて積み上げてきた明ちゃんが、今どんな気持ちで壁にぶつかってるのか僕には分からない」

 

 頑張れ。励ましの筈のその言葉は状況によっては『才能ある者の見下し』にもなり得るし、『才能無き者の押し付け』にだってなり得る。それを知る緑谷は、黙りこくる発目にその言葉だけは口にしなかった。

 

 その代わりに発目の頭を軽く払って水気をきった緑谷は、少し身体を湯船に寄せてその誰よりも優秀な頭を慈しむように抱き寄せる。

 

「明ちゃん、ありがとう。いつも僕のために頑張ってくれて」

 

 緑谷に抱きしめられた発目は、グリグリと頭を緑谷に擦りつけながら彼の背中に両腕を回して力一杯に抱き寄せる。

 

「明ちゃんが僕の為にずっと頑張ってくれてる事、僕は知ってる。僕の人生を一番支えてくれてるのは明ちゃんだって、僕は分かってる」

 

 緑谷は湯に手を入れて発目の白く滑らかな背中をゆっくり撫でながら、もう一度ありがとうと言った。

 

「ありがとう、明ちゃん。明ちゃんが居てくれるから僕はここに居る。僕がヒーローを目指せてるのは、明ちゃんのおかげだよ」

 

 発目は緑谷の体内の鼓動を感じながら、緑谷は発目に素直な思いを伝えながら。

 

 二人は暫くその姿勢を崩さなかった。

 

 

 

 十分後。食堂。

 

 

 

「只今帰りましたァッ!」

「おっ!おかえ、り……?」

 

 芦戸は言葉を止めて発目を見る。何だか分からない珍妙な鼻唄を歌いながらおしるこを目敏く見つけて椀に注ぐ姿は一見してただ機嫌が良いだけの発目明だ。

 

「どーしたよ? 芦戸」

「ねえ切島、なんか明ちゃん変じゃない?」

「発目が?」

 

 言われて切島は発目を見る。台所でクルリと回ったりステップを踏んだりと見るからに浮足立ってやたらと機嫌が良いのは分かるが、特に変な所は見受けられない。

 

「なんかメッチャ機嫌良いけど、それだけじゃね?」

「切島おバカ! アンタ機嫌良い明ちゃんなんて見たことあんの!?」

「は? …………あっ!!」

 

 切島は言われて気が付いた。発目明という少女は常に色々と振り切れ過ぎていて、機嫌が良かろうが悪かろうが大してテンションの変わらない極めて特殊な少女なのだ。そんな発目が、今は空中に花やら音符やらハートやらを撒き散らしているかのような雰囲気で二人分のおしるこを用意している。

 

「何かがあったに違いない……!」

「出久成分でも補給したんだろ」

 

 心操の明かした衝撃の事実(と言うには丸わかり過ぎるが)に芦戸が反応したのと同時に発目がテーブルに着く。芦戸は当然のように恋バナの匂いに食いつき、発目も別に隠す事でも無ければ隠す性格でもないので四人(爆豪は走り込みに出掛けた。緑谷に負けたのが余程悔しかったらしい)が聞く中で先程の一部始終を全て余す所なく語り尽くした。

 

 全て聞き終わった芦戸の第一声はこれである。

 

「いやなんもせんのかぁぁぁい!!!!!」

 

 他の三人もその言葉に深く頷く中、空気的に完全に食堂に入れなくなった緑谷は思い切り湯冷めして風邪を引いた。




いや、自分の発目好き舐めてましたね。ここ数話の間発目成分薄めだった反動が一気に来たね。終盤書いてる時ずっと発目かわいいしか頭に無かったからね。いやあ、やべぇわ……

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