無免ヒーローの日常   作:新梁

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終わったあっ!

終わったあっ!!!!!一年分!!!!

『過去とか培われた絆とかやり取りで匂わせるの面倒臭いから全部先にやっちゃおうぜ』とか考えた昔の自分を殴りたい!けどよくやったよ自分!

今回のあらすじ

みんな大好き作画カロリー高すぎおじさん登場

リア10爆発46さん、靴紐さん、誤字報告ありがとうございます!

ご指摘がありまして、この時点での発目邸にガス、水道、電気が通っていないというセリフをガスのみに変更しました。蛮族さん、ありがとうございます!


第二十三話。三月中旬、今の話と未来の話。

 多古場海浜公園。昼。

 

 

 

 デステゴロの休日は基本的に釣りで潰れる。

 

「……っくぅー…………あぁあ……っとぉ……いい天気だぁ」

 

 折寺市海岸沿いの一角に存在するこの多古場海浜公園は地形的条件で夏の遊泳こそ禁止されているが、景色が良くそれでいて人が少ない為に釣り人にとってはそこそこいい場所なのだ。

 

 なのでデステゴロは天気がいい日にはいつもここに来て釣り糸を垂らしていた。日差しが暖かくデステゴロは着ていたスカジャンの前を開いた。三月も半ばになり魚が増える季節である。

 

 そしてそんなデステゴロの横には無表情でコンビニおにぎりをパクつく心操が居た。

 

「……潮風とおにぎりが合う……気がする」

「何言ってんだお前」

「良いじゃないすか別に。ほらデステゴロ、おなやみ相談料」

 

 デステゴロは心操からおにぎりを一つ手渡される。「子供から相談料なんざ取るか!」とそれを突き返そうとしたが、半ば無理やりそれを大きな手のひらに押し込まれる。

 

「……ったく、何なんだ……」

「それあげるから相談内容は内緒にしといてくれないっすかって事です」

「……だぁから、こんなもん貰わなくても誰にもバラさねえっての……」

「……まあそこはアレです。俺の気持ちって事で」

 

 心操のそんな言葉に苦笑を浮かべたデステゴロは、「……わーったよ」と言っておにぎりの封を破ろうとする。そしてそこで手が止まった。

 

 そのおにぎりのラベルには「ココナッツ」と書かれていた。

 

「……人使ぃ……俺にこんなゲテモノおにぎり食わせようたぁ随分な『気持ち』だな?」

「待ってくれ。違うんですデステゴロ。俺も最初はちゃんとしたおにぎり買おうとしたんですよ。けどコンビニの棚にそれが山盛り残ってて、そのままだとその山盛りのおにぎりがすべて廃棄されると思うと居ても立ってもいられなかったんです。あとデステゴロなら良いリアクションしてくれそうと思って……」

「何も違わねえじゃねえかっ!!」

「アダダダダダッ!!!!」

 

 心操にひとしきりお仕置き(アイアンクロー)をしてからデステゴロは「で?」と釣り竿を握り直す。心操はそれを見て、黙って海の方に向き直った。

 

「……その……」

「…………なんだよ」

「……恋愛? 相談……に、なるんですかね……?」

「また恋愛(ソッチ)かよッッ!」

 

 デステゴロは空き缶を豪快に釣り上げながら叫んだ。魂の叫びであった。

 

「何で皆が皆こんな独身彼女無しのしょっぱいオッサンに恋愛相談するんだよ! 岳山にでもやっとけよ! アイツも独身彼氏無しだけども!」

 

 まあ芦戸の場合はデステゴロが相談を促したというのもあるのだが、それでも彼は自分にそういう相談が集まるのが不思議でならなかった。

 

「え、デステゴロ恋愛相談された事あるんすか」

「……あーうん……まあな。悪いが誰かは言わねえぞ。守秘義務だ」

 

 デステゴロが鼻を鳴らしながらそう言うと、心操が「それっすよ」と笑った。

 

「あ゛? 何がだよ」

「デステゴロなら相談事にちゃんと親身になってくれるし、誰にも言わないって安心感があるんで……だから俺以外の奴らも恋愛事とかの、他人に言いにくい事がサラッと言えるんですよ」

「…………そうか……」

 

 デステゴロは再び釣り糸を投げながら、ボリボリと頬を掻いた。

 

「けど岳山だってそのへんはちゃんとするぞ?」

「デステゴロは岳山さん(女の人)に恋愛相談したいんすか?」

 

 デステゴロはその質問を黙殺した。異性であることに加えて普段の腹黒さやら何やらを間近で見ているので頷く事ができなかった。

 

「……んで、なんの相談だよ。お前の周りで恋愛ごと……ったら、芦戸か?」

 

 デステゴロにとってはほぼ答えを確信した問いだったのだが、心操は首を横に振る。それに割と驚いたデステゴロは、「芦戸じゃねえの!?」と普通に叫んだ。

 

「違うわ! 芦戸はただの仲間っすよ」

「……ふぅーん」

 

 こりゃ恋愛成就は険しい道のりだ。芦戸の恋心(仮)を知るデステゴロは若干気の毒な気持ちになった。しかし同時に一つの疑問が出る。

 

「……芦戸じゃねえなら誰だ? もしかして好きな人でも出来たのか? ……そうか人使がねえ……」

 

 恋する乙女(仮)の芦戸には申し訳ないが、心操に好きな人が出来たというならそれを応援してやるべきだろう。そう思ったデステゴロだったが、心操はすぐに「違う」と否定した。

 

「えぇ? じゃ何だよ」

「……前にほら、俺が暴漢退治したじゃん」

「…………あぁぁはいはいはいはい…………つまりあの子が?」

 

 デステゴロの納得した声に、心操は頷く。

 

「……告白されたって訳じゃないし、俺の思い過ごしかもしれないけど」

「……今の時期だし……つまりは、チョコレートを……」

「貰った」

「貰っちゃったかー」

 

 デステゴロがキリキリと糸を巻き上げる。針の先の餌は無くなっていた。

 

「……正直その時は何とも思ってなかったんですよ。まあ事件から一週間も経ってなかったし、あん時のお礼かなと思ったくらいで……けど、こないだのホワイトデーにお返ししたらなんか、ものすごい喜んでて……何かそこでアレ? ってなったんです」

「なるほどね……ていうか、嬉しそうじゃねえな?」

 

 デステゴロは再び針に餌を付けてピョンと竿をしならせた。少し遠くにトポン、と糸が落ちる。

 

「……そ……すね。嬉しく……はないです。どっちか……ってと、戸惑い?」

「…………お前、嫌われ者ポジションに慣れ過ぎじゃねえか?」

「好きで嫌われてんじゃねえんだようるせえな」

 

 二人の間、どちらかと言えばデステゴロ寄りに置かれていたココナッツおにぎりが心操の手で封を開けられる。心操はそれを一口食べてかなり苦々しい顔をした。デステゴロはそれを呆れた表情で見ている。

 

「お前あれだろ。ペプシの期間限定フレーバーとかジョーク系のガリガリ君とか買うタイプだろ」

「いや、だってこういうの気になるじゃないすか……」

「分からんでもないけどな……んで? その子が自分を好いてくれてるととりあえず仮定して、お前はどうしたいんだよ」

 

 デステゴロがそう言うと、心操は迷うように視線を下に下げた。それからしばらく、何も言わない時間が過ぎる。

 

 五分程経ち、その間デステゴロが時たまピョンと竿を動かすのを見ていた心操は停滞した思考を振り払うようにグリグリと首を回してからため息を吐いた。

 

「……どーしたいのかなぁ……俺は……」

「うーん、じゃあよ、付き合いたいのか?」

「いや別に……?」

 

 心操は首を傾げつつそう言う。彼自身自分の心をうまく把握できていない様子であった。

 

 男子中学生なら女子と付き合ってみたいのは当然の欲求だろう。心操もそれは分かっているし自身にもそういった類の欲求がある事も理解している。だがどうした事か、あの少女と自分がそういう関係になっているのを想像できなかった。

 

「じゃあ岳山なら?」

「岳山さんすか!? ……いや、うーん……? ……うん、無いすね!」

「ブッハッ!」

 

 心操の謎に力強い断言を聞いたデステゴロが吹き出すようにして笑う。心操はそれを見てバツが悪そうに頬を掻いた。

 

「フハハハ……あー笑った……まあ、そーだわな」

「腹黒いけど悪い人じゃないし、スゲー美人なのは分かりますけど。でもリアルに十歳近く年上だと付き合うとか、あんまそういう感じでは見れねえっすね……」

「なら芦戸はどうなんだよ? お前の一番仲良い女友達じゃねえか。明を異性として見れるのは間違い無く出久だけだし……」

「……芦戸、すか……」

 

 デステゴロ的には完全に本命の質問だったのだが、心操は再び首をひねって「うーん」と唸る。芦戸も圏外だとすればまさかの爆豪なのか? とデステゴロが新たなる可能性に戦慄していると、心操がポン、と手を叩いて「ああ、なるほどな」と呟く。

 

「なるほどって何だ? まさか……やっぱり男が好きなのか?」

「違ぇよ馬鹿! ……いや、そうじゃなくて、なんてーか、俺の中の恋愛観? の話ですって」

 

 心操は腕を組んでウンウンと頷いた。

 

「俺の中で一番身近な恋人同士って出久と明で、俺の中での恋人のイメージもあの二人なんです」

 

 デステゴロと心操は話に出た二人を脳裏に浮かべる。

 

 緑谷出久は発目明を心から愛し、信頼している。その感情は自身の理想を押し付けるような一方的愛情や、訳も無くただ信じるような妄信ではない。緑谷は発目の性格や性質や欠点や短所を正確に把握し、その上でそれら全てをひっくるめて彼女を受け入れている。

 

 そして発目明はそんな緑谷に対してこれまた全力の信愛を注いでいる。最早決死の心では? と思う程に全力で、最早攻撃では? と思う程に苛烈なそのクソでか感情は、緑谷がその激情を間違い無く一欠片も残さず受け止めてくれるという安心感から来ているものである。

 

 実生活でも、夢を追う者とその道を作る者としても、発目と緑谷は互いが互いを支えて掴んで引き上げて、二人三脚、二羽で一羽の比翼の鳥としてその人生を片時も信頼を途絶えさせる事無く生きている。

 

 そしてそれをずっと近くで見ていた心操にとって、そんな二人のあり方は途轍もなく眩しいものに見えたのだ。

 

「……だから俺、誰が相手でもうまく想像できなかったんだ……俺が、出久が明にするみたいに他人を完全に信用出来ないから……他人に命含めた自分の全てを任せるなんて、俺には出来ないから」

 

 当然といえば当然である。緑谷と発目のような関係を望むならば、そもそも相手がどれほど自分に惚れていようとも自分が相手に惚れなければ何も始まらない。そして緑谷のように全てを投げ打てる程に入れ込める相手を見つける事は……至難であろう。

 

 そこまで聞いたデステゴロは心の中で芦戸に十字を切った。心操の恋愛ハードルが山脈級に高すぎるが故である。

 

 そしてデステゴロは思い切り溜息を吐く。深く深く。その心はただ一つ。コイツをこんなになるまで放っといたの誰だよ。

 

 そんな極端に偏った思考は心操自身にもあまり良い影響は無いだろう。そう考えたデステゴロはリールをさっさと巻き上げた竿を自分の横に置いて、心操の両肩をガッシリと掴んだ。

 

「……いいか人使」

「っな、何すか……?」

「……おまえの言ってる事は、まあ、分かる。出久と明の関係は、ある種男女の関係における理想ってやつだろうさ……けどな……」

 

 デステゴロは一息置いて、叫ぶ。

 

「『アレ』を目指すのは九割九分九厘生涯独身宣言と変わんねえぞッ! 考えを改めろ! 全力でッ! 白馬の王子様と同レベルの難易度だぞ!」

「畜生ッ! ああ分かってるよ! 分かってますよ! 知ってるよ! しょーがねぇだろ!? 俺も自分がこんなに恋愛観拗らせてるのなんて今気付いたんだからさぁ!!」

 

 ガックンガックン肩を揺らされながら叫ぶ心操。揺らしながら叫ぶデステゴロ。その横に、いつの間にやら寄ってきていた一人の男が座り込む。

 

 その男は布地の厚いジャージの上から軽いジャケットを羽織り、手には自転車のヘルメット。そしてネックウォーマーと口元に呼吸を阻害しないメッシュのマスクを付けた、目付きの悪い男であった。その男を見たデステゴロが目を見開いて喜色の滲んだ声をあげる。

 

「いやお前ホント…………おお、おお!? 赤黒か!? 久しぶりだな!」

「……ハァ、お前は相変わらずだな……デステゴロ、それに心操……」

「おお、赤黒さん。二年ぶりくらいすかね? 相変わらず自転車で旅人生活ですか?」

「……ハァ……この間まで南端の方を走っていたが……気温も上がって雪が消えるからな……これから何ヶ月かかけて北の方に行く予定だ……」

 

 男の名前は赤黒血染。愛用の自転車で日本中を走っている旅人だ。実際に海浜公園の入り口にはテントや着替えなど山ほど荷物を積まれた自転車がワイヤーでロックされている。

 

 赤黒の格好から見て今まで自転車で走っていたようだ。無免達と関わり始めた直後に知り合った男に久々に出逢った心操は少しテンション高めに立ち上がる。

 

「へぇ……やっぱり旅人続けてるんですね……すげえなあ……ちょっと自転車見ても良いですか?」

「……そういえばお前は自転車が好きだったな……ハァ……あまり弄るなよ……」

 

 心操が自転車の方に走り寄っていくのを尻目に見た赤黒は心操が座っていたのと反対側に立った。

 

 海を見ている彼を邪魔すまいとデステゴロは置いてあった釣り竿を手に取る。

 

「……この海も、綺麗になったものだ」

「んん? ああ、お前が前来た時はまだギリギリ汚かったっけか……アイツらのお陰だよ」

「……ハァ……『無免ヒーロー』……か……奴等は元気か?」

「気になるんなら会いに行け。最近はメンバーが二人増えたしな」

 

 メンバーが増えた事に反応した赤黒がデステゴロを見る。

 

「……心操以来か。其奴等はどうなんだ?」

「だぁから、気になるんなら会いに行けよ。面白い奴らだぞ? 普通『ヒーローになりたい』ってだけであんな修行なんて出来やしねえ……そんだけ夢への憧れが強いんだろうな」

「……夢への、憧れ……か……」

 

 赤黒はその場にしゃがみ込み、キラキラと光る水面を覗き込む。

 

「……俺も、夢を共にする人間が……ハァ……一人でも居れば、もっとちゃんと、ヒーローを目指していたのかも知れん……最近、そう思う事が増えた」

「……ああ、お前ヒーロー科中退したんだったか」

「ああ……あそこはヒーローを目指す場所などでは無かった……拝金主義の俗物だらけだった……」

 

 赤黒の言葉に「お前の『それ』も変わらずか」と溜息を吐いたデステゴロは、仕掛けを付け直した釣り竿をピョンとしならせて投げる。

 

「今のヒーローはただの職業ヒーローでしかない……まあそう言いたくなる気持ちは分からんでもないけどな……」

 

 デステゴロは、海を眺めつつ「だがな」と言葉を続けた。

 

「俺はだからって飽和したヒーローをどうこうしようとは……どうしても思えん。結果的にその職業ヒーローのお陰で救われた罪無き命がいくつもある……なぁ赤黒さんよ。俺達ヒーローがやらなきゃいけないのは、『人助け』じゃなくて『平和の維持』だ。その為に使える物、使える者は、何だって使う……この考えはそんなにも否定されなきゃいけない事か?」

「……いや……お前の考えと俺の考え……世に出せば、今の世の中なら否定されるのは俺の考えだ……だがな。世の全てがお前のように平和の、平穏の為にヒーローを欲している訳ではない……金……名声……『英雄』を汚す欲は何処にだって、誰にだって存在する……誰も『否定は』しないだけで……お前の考えだって、世界から見れば『少数派』だ」

 

 デステゴロと赤黒の間で暫し、沈黙が続く。しかしデステゴロは何度か釣り竿を震わせると、リールを巻き取り始める。

 

 水面から上がってきたその糸の先にはヘドロまみれの空き缶がついていた。

 

「……それでも俺は、ここでサイドキックを育て続けるよ。それが世界から見りゃ何の影響にもならねえ草の根運動でも……俺が育てたそいつが例え、お前の言う『俗物』であっても……俺が、俺の手の届く以上の物を守る手段は、俺にはこれしか思い付かん」

 

 俺は、全てを救える『オールマイト』じゃないからな。

 

 その言葉を聞いた赤黒は、しゃがんでいた身体を伸ばしてデステゴロに背を向ける。

 

「……ハァ……俺ほどでは無いかもしれんが……お前も十分に夢見がちだ……」

「ハッハ! 良いじゃねえか夢見ても。現実主義も悪くないが、胸には一つデカい夢がなきゃなぁ!」

「……チッ……しばらくはここを中心に旅をする……ハァ……また近い内に来る……」

 

 砂を散らして去っていく赤黒を見送ったデステゴロは、いつの間にか側に来ていた心操に声をかける。

 

「……ガチガチの回帰主義者の主張を聞くのは初めてか?」

「……まあ。正直ちょっと、気圧されました」

「まー赤黒はガチガチに固まってるからなぁ! アイツとの付き合いはそこそこ長いが、結局一回もアイツの口から『自分は正しくない』って言わせた事ねえしな!」

 

 そう言ってガハガハと笑うデステゴロに、心操はおずおずと質問を投げる。

 

「……あの、デステゴロ」

「ん? どーした?」

「……デステゴロは、自分の行動が間違ってるって思った事あるんすか?」

「あったり前だろ! 毎日毎日四六時中、常に思ってるね!」

「常に!?」

 

 驚く心操の頭をガッシガッシと乱暴に撫で回し、デステゴロは言う。

 

「……当然だろ。『自分が正しい』なんて思っちまったら、正義なんて終わりだ。そこにあんのは独り善がりの『独善』だけだ」

「……独り善がりの『独善』……」

「おぉよ。覚えとけ人使ィ……自分がやってる事が正しいのか、もっと良いやり方があったんじゃないか。そうやって自分の行動を常に考えるんだ」

「常に……考える」

 

 デステゴロは釣り竿を置いて、心操の目を正面から見据える。

 

「正しさに正解なんて無い……言うなれば、正しさってのは正確な場所じゃなくて、その場所を示すコンパスだ。その場その場のテメエの立ち位置で方向なんざ無限に変わる。だから……『常に正しい事をする』じゃあ駄目なんだ。『常に何が正しいのかを考える』……これが出来りゃあよ、早々道を踏み外したりしねえ」

「……デステゴロ」

 

 心操は何かに感じ入った様にして、デステゴロの背後を指差す。

 

「……釣り竿が海に落ちそう」

「ぬっはっ!? ああ待て待て待ってあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!! 助けて! 心操助けて! 引かれる! めっちゃ引かれてる!」

 

 どぷん、と虚しい音を立てて海に沈む釣り竿……をギリギリで引き止めたデステゴロが地面に這いつくばりながら心操に助けを求める。心操は苦笑いをしつつデステゴロの腰を掴んだ。

 

「はい引きますよ!」

「おう頼む! この場所で何でこんな大物がっ! あっ見えた! ってあああああっこれタイヤじゃねえか! 何だよチクショー!」

「アンタ何でそんなにゴミばっか釣るんだよ!」

 

 その後もデステゴロはゴミばかりを釣り上げ心操の中でデステゴロの評価は『ゴミ釣りデステゴロ』に決まった。

 

 

 

 雄英高校近隣。旧発目研究所。および隣接する旧発目邸。

 

 

 

「先生、家宅の方は掃除終わりましたよ」

「ああ、ありがとう出久。そろそろ昼だし何か食べに行こうか。ここはガス通ってないしね」

「…………そうですね。行きましょう」

 

 緑谷は雑多な室内を見渡す。そこには埃が薄く積もり、その上から金属粉やら何やらが散らばってかなり汚かった。緑谷は部屋の端にある換気扇のスイッチを付けた。

 

 発目を置いて出掛けた緑谷とシュタインは車で時間をかけて雄英近郊の旧発目研究所に来ていたのだ。

 

 というのも、彼ら二人は数ヶ月に一度程度のペースでこの研究所と発目邸に来て、掃除や除草、防犯対策など建物の管理をしているのだ。と言ってもそれをするのはほぼ緑谷で、シュタインはいつもこの研究所の開発室に籠もって何かの作業をしている。お陰で空気中に焼けた機械油の匂いが充満している。緑谷は少しだけ鼻を手で覆った。

 

「……先生、まず換気しましょうよ……というかこの空気悪い状態で半日作業してたんですか?」

「まあね。一秒でも惜しいですから」

「またそんな事言って……無茶ばっかりして倒れないで下さいよ、全く……」

 

 緑谷とシュタインはそんな事を言いつつ階段を登り開発室の外に出る。

 

研究所を出て街を歩きながらポンポンと財布を掌で弄ぶシュタインが目を留めたのは、少し色褪せた中華屋の看板だった。

 

「出久、昼ごはんはこれにしようか」

「え? ……ああ」

 

 シュタインの指差すその看板には『来たれ雄英生! 特製超大盛り中華丼! 二十分で食べ切ればタダ!』の文字が踊っていた。

 

「意外ですね、先生がこういうの自分から食べようとするなんて」

「俺も一年だけ雄英生だったけど、その時よくお世話になったんだよ」

「へぇー、楽しみです」

 

 そう言って扉を開け、シュタインが「今二人入れますか?」と岩を削り出したような顔付きの店主に聞く。

 

 店主は声をかけてきたシュタインを見て、興味なさげに手元に視線を戻して、バッ! と綺麗に二度見した。

 

「ハイよ、二名様……ってゲェーッ!? テメェは変態バキュームネジメガネ!?」

「ブホッ!?」

 

 唐突に聞こえた衝撃のネーミングに緑谷は吹き出す。二人を無視したシュタインはそのままテーブル席に座り、「チャレンジメニュー二つ」と注文する。その言葉に店内に居た客達がざわつくが、店主は溜息を一つ吐いてから言った。

 

「シュタインん……テメーそりゃあダメだ。前の看板に『来たれ雄英生』って書いてたろ。ありゃ現役雄英生限定メニューだ。元雄英生にまで出してちゃ経営が持たねえよ」

 

 確かにそう書いてあった。シュタインは思い出の品が食べられずに少し残念そうだったが、それでも気を取り直してメニューを開いた。

 

「あら、そうなんですか? 残念……じゃ、日替わりセットで。出久は何にする?」

「あ、じゃあラーメンセットで」

「あいよォー」

 

 鍋に向かい始める店主を見て、緑谷がシュタインに「さっきの名前なんですか?」と聞く。

 

「ああ、さっきの? あの人は自分の大食いチャレンジクリアした人の名前を覚えてるんだよ。もう数十年この店やってるのに凄い事だよ」

「いやそっちじゃなくて変態バキュームネジメガネの方なんですけど」

「ああ、そっち……俺は雄英に居る間ここで週一回はタダ飯してたからねえ。いつの間にか周りに付けられてたよ」

「……っわあ、鬼だ……」

 

 普通の中華丼二十人前はありそうな特盛中華丼を週一回タカられればそりゃああだ名も変態バキュームネジメガネになろうというものだ。緑谷は黙って店主に手を合わせた。店主は寸胴鍋の中身をかき回しながら黙って親指を立てた。

 

「……しかし、やっぱりここは休みでも雄英生が多いね」

「…………確かに、制服着てないの僕らだけですね」

 

 店内は姿形様々な人間達が一様に同じ制服を着て各々に談笑している。物珍しい様子でそれを見ていた緑谷の前にドカンと大きなラーメンどんぶりが置かれ、それを置いた店主は腕を組んで笑う。

 

「ったり前よ! こちとら『オールマイト』以前から雄英のガキどもに飯食わせてんだ。あのランチラッシュだってなァ、学生の時はウチでバイトしてたんだぜ!」

「『オールマイト』以前!? えっ、じゃあオールマイトもここに食べに来た事あるんですか!?」

 

 何だかんだで根っこはタダのヒーローオタクである緑谷のその問いに、店主は黙って店の一角を指差す。そこには様々なヒーローのサインが壁に直接書かれ、さらに店主とヒーローのツーショット写真などが貼り付けられている。そしてその端の方、案外控えめな場所に、オールマイトのサインとツーショット写真が貼られていた。

 

「おおお……! おおおおおお!!!!」

「雄英ありきの店って言われりゃそれまでだけどよ、ここいらでこんだけ長く続いてんのはうちの店だけなんだぜ」

「プレゼント・マイク! ベストジーニスト! わ、ファットガム! ギャングオルカ! 雄英出身以外のヒーローのもある! あ、先生のサインもある! えぇ!? エンデヴァーのサイン!? あの人サインなんてするの!? えっこれは……イレイザー!? イレイザー・ヘッド!? あの人サインなんてするの!?」

「聞いちゃいねえ」

 

 ラーメンを一瞬で吸い込んだ緑谷(尚その吸い込みっぷりに店主は変態バキュームの因子を垣間見た)は壁に張り付いて様々なヒーローのサインと写真を観察している。ここには普段一般人と関わらないヒーローやかなり昔に引退してしまった往年のヒーローのサインが書かれているのだ。緑谷はひたすら「凄いぞこれは」と呟きながら店内を見回している。

 

 挙句の果てにはノートを取り出して今まで知らなかったヒーローのサインを模写し始めた緑谷の頭を置いてあったアルミ灰皿でぶん殴り、元の席に座らせたシュタインを見て店主が大声で笑う。

 

「ンッハッハハハハ!!! 何だよオメー! 変態バキュームがちゃんと親できてんのなぁ!」

「一児の親なのは確かですけどこいつは俺の子じゃないですよ。俺の子供がこんなマトモに育つわけないでしょ」

 

 日替わりメニューの酢豚を黙々と口に運びながら緑谷の頭をペシペシはたくシュタイン。店主はそれを聞いて更に嬉しそうに笑い、「そりゃそうだ!」と言った。

 

 それからしばらくして。ソワソワ店内を見回しては「うぉぉ……」だの「ふぉあぁ……」だのとやかましい緑谷を完全に無視して定食を食べ終わったシュタインが水を一杯飲んでから立ち上がる。

 

「さて……そろそろ行くよ。ごちそうさまです」

「あっ、ありがとうございました!」

「おう! また来いよ! 今度はお前の子供連れてこい!」

 

 そう言って手を振る店主。その店主に向かってシュタインはヘラヘラと笑いながら、緑谷の頭をガッシと掴んでその地味フェイスを店主に向けた。

 

「……再来年、ヒーロー科にこいつが入ります。中華丼の用意しといてください」

「ハイ!? ちょっ、何言ってるんですかァ──ッ!?」

 

 ざわり。と。店内に居た雄英生達が一気に緑谷を見た。その様々な感情の籠もった視線に晒された緑谷は縮み上がる、が。

 

 そんなざわめく生徒達の中に……先程はサインに夢中で全く見ていなかった店内最奥に座る金髪の少年が浮かべる満面の笑顔と、その隣の黒髪の少年が浮かべるかなり無理した笑顔を見つけた瞬間、体の震えは止まった。

 

 緑谷はゴクリ、と喉を一度鳴らして、視線を固定し、ただ一言だけ、言う。

 

「……がっ、がんびゃりっ」

 

 瞬間、空気が死ぬ。

 

 がんばります、と言いたかった緑谷の脳裏に『これだよ!』というやけに力強い自虐が浮かんだ。

 

「……ップハハハ! ああ! 頑張りなよ! 僕らは三年生になって待ってるぜ!」

「……ああ……無事に来れたら何か奢るよ……ヒーロー科先輩として」

 

 そんな緑谷のあんまりにもあんまりな失態に対して奥に居た二人……ヒーロー科一年生の通形ミリオと天喰環の言葉を皮切りに、チラリチラリと言葉が返ってくる。緑谷は半泣きで店主と店内の雄英生達に頭を下げてから外に出た。

 

 緑谷が出ていった後、店にたむろする学生達は思い思いに再び会話を始める。その内容は主に先程の緑谷についてだ。そして殆どの者は、先の失態で緑谷がヒーロー科に入るのは無理であろうと考えていた。その内に一人の女子生徒が、隣の席に座っていた通形達に話を振る。

 

「そーいや通形、天喰。アンタらなんかあの子知ってる風だったけど、知り合い?」

「ん!? ああ! 知り合いだよ! メッチャ知り合い!」

「へぇ……あの子ヒーロー科に来るって言ってたけど、どんな個性なの?」

 

 その言葉に天喰は震えを抑えるように体を抱き、通形は全力でニマリと笑い、言った。

 

「それがビックリ! 無個性なんだよね!」

「……ハァ!? 無個性がヒーロー科!? 馬鹿なの!?」

「……ただの無個性じゃない……恐らく……彼は……世界最強の無個性だ」

「だね! 間違いない! 何なら定食賭けたっていいよ! あの子は再来年絶対にヒーロー科に入って来る!」

 

 あまりにも自信満々に言う通形に、周りの生徒は呆気にとられたように口を開くしか出来なかった。

 

 ……そして、様々な子供達を数十年見続けてきた店主は、皿を洗いながら笑ってそれを聞いていた。

 

 

 

 雄英近郊。市街路。

 

 

 

「もう、酷いですよ先生」

「ハハハ、いいでしょ別に。あそこで何も言えなきゃどこでも何も言えませんよ」

「かもしれませんけど!」

 

 先程の出来事に対しプンスコ怒る緑谷とヘラヘラ受け流すシュタインは発目研究所に向かって歩いていた。時刻は二時頃。暖かな陽気が二人を包んでいる。

 

「……そろそろ春ですね」

「そうだね」

 

 そう呟いてから二人は久しぶりの暖かな外気を堪能するようにゆっくりと歩く。そして、発目研究所が見えた頃、シュタインがおもむろに口を開いた。

 

「……出久」

「はい、なんですか?」

「折寺から雄英まで、通学したら片道二時間以上かかるよね?」

「……? そうですね」

 

 何の話だろう、と疑問を浮かべる緑谷の顔をチラリと見て、シュタインはポン、と何でもない事のように一言言った。

 

「ここに住みませんか?」

「え?」

「皆が良ければ、君ら六人全員で」

「え?」

 

 緑谷は混乱した。

 

 否、言っている事は分かる。混乱などしていない。ただ、心の中を一つの思いが支配して他の考えが出来ていないだけだ。

 

 シュタインの言うそれは、発目研究所及び発目邸を無免達の学生寮にするという事。つまりそれは……

 

 ……発目明を、両親の思い出と向き合わせる、という事。

 

「……先生……!」

「……臭いものに蓋するのが悪いとは言わない。それだって立派な自己防衛だ……けど、蓋する時間が長すぎて、臭いものが何なのか、それが何で臭いのか、その判断もつかなくなったら本末転倒でしょ。それより何より……」

 

 シュタインは、そこで一度言葉を止め、研究所の門を開ける。

 

「明は、もう大丈夫だ……今のあの子なら、向き合える」

「……先生……」

「出久はどう思う? あの子の事を一番分かってるのは君だ……俺は出久に従うよ」

「……先生……」

 

 緑谷はその場に立って考える。しかし、そう簡単にまとまる筈も無かった。シュタインはそれを見越したかのように「あと一年あるし焦らなくて良いよ」と言った。

 

「……住宅の準備とか書類とかあるし、まあ半年くらいまでには決めてほしいかな」

「……はい、先生……」

 

 緑谷とシュタインの間に、ヒュウと暖かな風が吹く。

 

「……もう春ですねえ」

「……はい」

「出久……最後の一年、気張っていこう」

「……っはい!」

 

 春が、来る。




はい、不穏さと次の一年への布石をどデカく置いた秋冬編最終話ですね。やり切った感満載です。やっちまった感も満載です。

目を閉じると今までの事がありありと思い浮かんできますがそんなもん書いても誰の得にもならないので全部割愛します。ですが一つだけ言わせて下さい。

このニッチな小説をここまで続けられたのは間違いなく皆さんの高評価や思いやりのある感想コメントのおかげです!この御恩は一生忘れません!もっとくれ!(本音)その代わりに自分は今からヘドロヴィランボッコボコにする話書くから!

アンケート

小説で詰まった時に息抜きで書いてる人物紹介があるんですけど、発目明がヤンデレなのかそうじゃないのか問題、発目明はサイコパス以下同文問題の二つが自分の中で巻き起こって決められません。皆さんの力を貸してください。

①発目明はヤンデレだけどサイコパスじゃなくてかわいい!

②発目明はヤンデレじゃないけどサイコパスでかわいい!

③発目明はヤンデレだしサイコパスだしかわいい!

④発目明はヤンデレじゃないしサイコパスでもないしかわいい!

皆さん奮ってご参加下さい。ちなみに僕は④だと思ってる。

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