無免ヒーローの日常   作:新梁

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無免ヒーローがカラオケに行くと。

緑谷:何を歌っても基本的に見向きもされない。粛々と歌って粛々とマイクを次に渡す。

発目:その場の誰も知らないカラオケの新機能を発掘する。歌はまぁまぁ上手い。

心操:凄く歌が上手いしその場のノリに合わせた選曲をする。他の奴が入れた名前も知らない洋楽とかを強制的に歌わされる。

爆豪:かつて罰ゲームでサザエさんのエンディングテーマを踊り付きで歌わされてからサザエさんの歌を無理矢理持ち歌にされた。やるからには全員の腹筋を崩壊させるし百点も取る。ある意味一緒に行くと一番面白い。

芦戸:流行りの曲から洋楽までどんどん入れてどんどん歌う。ロシアンたこ焼きとか頼んじゃうタイプ。一緒に行くと面白い。

切島:緑谷とそんなに変わらない。演歌を浪々とうたって何も言わずに次にマイクを繋げる。

今回のあらすじ

猫が出ます。

Almecaさん、誤字報告ありがとうございます!


第二十五話。四月上旬、すべてが始まるその日のお話。(中編)

 折寺市。市街地。

 

 

 

(校長に言われて、折寺に着いたは着いたんだが……)

 

 どこにでもあるごく普通の街。それがオールマイトのしばらく街を歩いてみた感想だった。公園のベンチに座り、昼食に持参した軽いサンドイッチを長い時間をかけてよく噛んで(内臓が少ないので限界まで噛まなければ栄養を吸収できない)その後コンビニで買った水で医者から処方されている大量の錠剤を飲み干す。

 

 公園を見回しても学校が終わっていない現在は子供の姿が見えず、居るのは自転車のチェーンに油を差したりフレームをボロ布で拭いたりしている男だけだ。隣に大量の荷物があるあたり、旅人か何かだろうか。オールマイトが彼を観察していると、その視線に気付いた男がふと顔をオールマイトの方に向けた。

 

 オールマイトは少しだけ手を上げて謝意を伝えようとしたが、誰も知り合いの居ないこの街で、これも何かの縁かもしれないと思い男に近寄り声をかけた。

 

「旅の途中ですか?」

「……いや……ハァ……今は休憩中だ……ここ最近は走りっぱなしだったからな……」

「へぇ! どの辺りまで行っていたんですか?」

「今回は……ハァ……毘沙の鼻まで……」

「毘沙の鼻……本州最西端ですか! そりゃ凄い! どのくらいかけて行くんですか?」

「……真っ直ぐに行けば三日で着くが……寄り道ばかりしていたからな……」

 

 聞かれた事にはちゃんと答えるし、相槌もそれなりに打つ旅人のオッサンと話題や知識が豊富でスルスルと相手の言葉を引き出すガリガリのオッサンは割と相性が良かった。何だかんだと会話は弾み、話題は『なぜ折寺に居るのか』に移る。

 

「へぇ、友人が折寺(この街)に」

「あぁ……もう……七、八年前に知り合った……その伝手でこの街には何人も知り合いが居る……ハァ……俺の生まれた土地にはもう知り合いが居ないからな……今ではここが世界で一番思い入れのある土地だ……」

「……ハハ、何となく分かりますよそれ……私もどちらかと言うと、土地や物じゃなく人に思い入れを感じる質だからなぁ……」

 

 かつて自分を育ててくれた人、暗黒の時代を自分と共に戦ってくれた仲間を思い出しながらオールマイトは空を見上げる。旅人はその様を見ながら、自分が聞かれた事と同じ質問を返した。

 

「……ハァ……そういうお前はここに何をしに来た……? その様子だとまさか移住ではないだろう……」

「ええまぁ……職場の上司から、ここに行けば面白いものが見られる、と聞いたものでして……『折寺の無免ヒーロー』って……ご存知ですか?」

 

 その言葉を聞いた旅人は、一度目を見開いてオールマイトを凝視してから、再び顔を自転車へと向ける。

 

「……ハァ……情報に少し不足があるな……」

「ん、不足? どういう事ですか?」

 

 旅人は己の人差し指と中指を立て、それをオールマイトに見せる。

 

「……確かに……ハァ……折寺には無免ヒーローが居る……しかし……それは半分だ」

「半分、とは?」

「折寺に居るのは二人……と、ヒーロー志望ではないもう一人……ハァ……残り一人は結田府に居る……最近二人ほど結田府に増えたらしいが俺は知らん……」

「……ふむ、なるほど……別グループなんですか?」

「……いや、住んでる場所が違うだけだ……基本は同じようにつるんでる……奴等は目立つからな……ハァ……街を歩いていればそのうち会えるはずだ……」

 

 それだけ言ってもう話す事は無いとばかりに旅人はホイールのスポーク調整に没頭し始めた。それを見たオールマイトは「長々と話し込んでしまいすみません」と軽く頭を下げてから旅人に背を向けた。

 

「……ハァ……オイ」

「? ……何か?」

 

 オールマイトを呼び止めた旅人は、一つ気になった事を問う。

 

「……お前……職場の上司に教えられたと……ハァ……言ったな……お前……何の職についている……?」

 

 考えれば当たり前だ。自分の知り合いに得体の知れない、やけにフレンドリーなガリガリのオッサンを好んで近付ける奴は居ない。しかし本当の事を言えるわけもないオールマイトは、「これは紹介が遅れました」と言ってから今日校長から貰ったばかりの偽装用名刺を取り出す。

 

「私、雄英高校で事務、広報担当職員をしている八木と申します」

「……雄英……高校……教師じゃないなら……ハァ……ヒーローでなくても雄英に勤められる……か」

「ええ。事務員や用務員、清掃員をヒーローにしてもあまり意味はありませんからね」

 

 旅人は名刺を一通り検分してからオールマイトに返却した。オールマイトは(返却された……)と内心若干落ち込みつつ、それを受け取ってポケットにしまう。旅人はそれで満足したように再び自転車に向き直った。

 

「では、お邪魔しました」

「……ハァ……構わない……アイツらに会ったら、『赤黒に紹介された』と言っておけ……邪険にはされない……筈だ……」

「何から何までご丁寧に、ありがとうございます」

 

 オールマイトは旅人に頭を下げてから公園を出て、再び市街地を歩き始めた。

 

(無愛想だったけど、とても親切ないい人だったな……しかし自転車で旅か……面白そうだなぁ)

 

 半分ほど中身が残ったペットボトルの入ったコンビニ袋をぶら下げてフラリフラリと街を歩くオールマイト。そうしていると、路地の横合いから何やらドロドロとした、ヘドロのような物体が飛び出てきた。

 

「うわっ!? 何だっ!?」

「ッ!? 隠れ蓑……にはならんな、ひ弱すぎる……どけ!」

 

 何が何やら分からずにヒョイと道を開けたオールマイトに一つ舌打ちをしたその瞬間、ヘドロの出てきた路地から「待てゴルアアアアアアッ!!!!!!」と凄まじい怒声が聞こえた。

 

 どうやらこのヘドロは訳ありらしい。それを察したオールマイトは素早く周囲を確認。人目が無い事を確認してから……身体にグッ、と力を入れた。

 

「アン!? もう来たのかよ! クソが! ……おい骸骨野郎! テメェは人……じ……ち」

「……ふむ、彼ならもう逃げたよ。私が逃げさせた」

 

 その姿は、『筋骨隆々』を体現したような、山のような存在感。

 

 他を隔絶する圧倒的画風。

 

 口元に浮かぶ、悪に立ち向かう最強の笑顔。

 

「あ、え……お……おーる……」

「何をしたかは知らんが、あんな枯れ木のような男性を『人質』とは穏やかじゃないね。人質なら私がなろう。人質ガチャの最高ランク、ウルトラレアだぞ? 良かったね!」

「おーるま」

 

 ドオオォン!! と、最強のヒーローから放たれる、世界で最も強い『力』が路地を吹き荒れた。

 

 オールマイトはその鍛えられた動体視力で、ヘドロがオールマイトの正拳により半ば吹き飛ばされかけながらも路地のマンホールに入った瞬間を見た。暴風が過ぎ去った路地でコキリ、と首を鳴らす。

 

「……マンホールから逃げた……か。流体は中々相手にしづらいな」

「何だテメェヘドロ野郎今の音は……ッ!? おおおおおおオールマイトぉ!?」

 

 路地から出てきたのは、オールマイト程ではないものの強靭な肉体を持つ男。何故かヤクルトの保冷箱が着いた自転車に乗ったその男は、オールマイトの姿を見て驚きの声を上げた。

 

「ん、君はもしかしてこの辺りを担当するヒーロー?」

「……っはっ、そうだった! ヘドロみてえなヤツどこ行ったか知りませんか!? アイツコンビニのATMぶっ壊しやがって許せねぇ!」

「ああ、そういう……」

 

 ヘドロが間違いなくヴィランであった事に頷きつつ、オールマイトはマンホールから下水に降りていった事を伝えた。そして人質、そして隠れ蓑等の発言をしていた事も。

 

「下水! なるほど分かりました! ……それに、その発言だと次に狙われるのは『人』か……! こうしちゃ居られねぇ、俺ぁもう行きます!」

 

 バッとオールマイトに背を向けて、自転車を押しながらどこかに電話をかけようとするデステゴロ。その背中にオールマイトが声をかける。

 

「あの……」

「はい、何です?」

「その、私も手伝うよ」

 

 その言葉にデステゴロは一瞬ありがたそうな顔をしたが、オールマイトの服装や持っているコンビニ袋を見、物凄く申し訳無さそうな顔をしてオールマイトに頭を下げた。

 

「……すみません。お休み中に申し訳ないですが、お願いしても宜しいですか」

「HAHAHA!!! 任せなさい! まあそう言っても即席で連携なんて出来ないし、私は私で下水に潜って奴を追うからね! 君達は君達で頑張ってくれ! あ、これ私のアドレスね」

「あ、ども! これ俺のアドレスです! 何かあったら連絡を! では後ほど!」

(No.1になってからアドレス渡してこんなに雑な反応されたの初めてだなぁ。なんか新鮮……)

 

 こうして、折寺のプロヒーロー集団プラスオールマイトというヴィラン一人に対していささか過剰な戦力は整った。

 

「じゃあね! さあ待ってろヴィラン! とうっ!」

「ああカムイか! ……俺の追っていたヴィランが一人下水道に潜伏した! ソイツは人質を取ろうとしている……ないし、人間に寄生するような能力を持つ可能性がある! だから……いや、お前は機動力がある! ビルの上から街全体を偵察してくれ! ヴィランが逃げ込んだ下水道には偶然会ったオールマイトが行ってくれてる…………うるせえ馬鹿野郎! 俺たちゃプロだぞ! 騒ぐのぁ全部終わってからにしやがれってんだっ!! ……オールマイトなら大丈夫だぁ? ……っなもん終わってみなきゃ分かんねェーだろーがっ!! いいから行動しろ! ……ったく……次……もしもし、エアジェット! 実はな……」

 

 自転車をガチャガチャと押しながらデステゴロは折寺に拠点を置くヒーローや警察等に連絡をし、街全体の警戒レベルを引き上げていく。これは他の誰にもできない、その人柄から横の繋がりが非常に強いデステゴロであるからこそ出来ることであった。

 

「……ッハッ……ッハッ……これで大体……か……」

 

 ゼイゼイと息を荒げつつ元の犯行場所……の近くにあったヤクルト販売事務所の扉を開け、許可を取って借りていた自転車を返しに来た旨を告げる。そして文句を言われるどころか飲みやすいように冷まされたお茶を一杯出されたデステゴロは、恐縮しつつその場で一気にそれを飲み干した。息を荒げたせいで枯れかけた喉に茶を染み込ませ、デステゴロは若干冷静さを取り戻した。

 

「……しーかしデステゴロさん、今日はやけにヴィランが多いですねえ」

「ああ……それに今回のはどうも暴れるだけじゃなく人狙いらしいです。気ぃ付けといて下さい」

「はいはい。私から皆ぁにも言っときます」

「頼んます。では!」

 

 そう言ってデステゴロは再び街に飛び出していく。それを見た店主は「あの人も若くないだろーに、頑張るねぇ……」と呟いてから戸を締めた。

 

 

 

 折寺市街。夕方。

 

 

 

 学校帰り、夕飯の準備のため発目と共にスーパーに行こうとしていた緑谷は街の異常に気が付いた。

 

 ────妙に、ピリピリしている。

 

 そのやけに刺々しい雰囲気にあてられ、緑谷の意識も徐々に研ぎ澄まされていく。発目は周囲の雰囲気を感じ取ることは出来なかったが、緑谷の意識を敏感に感じ取り、普段の喧しさをどこかに置いてきたかのように静かに佇んでいる。それは緑谷の意識を邪魔しないための気遣いであり、こんな状況でも発目は常に好感度アップを狙っていた。どこまでもブレねえ女である。

 

 そんな緑谷が周囲を見回しながらスーパーへ向かっているところに偶然にもヒーロースーツを着用した岳山を見かけ、これ幸いと走り寄って声を掛けた。

 

「あ、Mt.レディ!」

「わ、私のヒーローネームを呼んでくれたのは誰!?」

 

 感極まったような顔で緑谷の方を振り向いた岳山は、緑谷の表情を見て即座に顔付きを真面目なものに変えた。

 

「アンタ達……夕飯の買い出し?」

「ええ、まあ」

「そう……今デステゴロが警察に連絡を入れているからすぐに携帯にも速報が出るはずだけど……今、折寺の地下下水道にヴィランが潜伏してるみたい。今出られるヒーローは全員パトロールに入ってるし、警察の応援も少しずつ増えてるけど……アンタ達は買い物終わったら直ぐに家に帰って今日は外に出ない事。勝己とか、結田府の子達にも伝えときなさい……そのヴィラン、人の身体を乗っ取る個性を持ってる可能性があるわ」

 

 油断無く周囲を見回しながら事務報告のように重要事項を伝えた岳山に緑谷は黙って頭を下げ、スーパーとは逆方向に歩き出した。

 

「ちょっと出久? どこ行くのよ」

「……あーいえ、今日の晩御飯は家にあるものでなんとかします。元々今日はかっちゃんの雄英推薦一次通過のお祝いをするために色々揃えに来たんですけど……まあ明日以降にします」

「そう……あ、でもね、警戒は続けるけどあんまり心配はしなくて良いかもね」

 

 ヒーローの言葉とも思えないその台詞に怪訝な顔をした緑谷に岳山は笑いかける。

 

「これは内緒なんだけど……なんと今そのヴィランを追ってるの、オールマイトらしいのよ」

「ブッホッ!!!」

 

 緑谷が思いきりむせた。緊張を吹き飛ばすその緑谷の行動を特に気にせず、発目は「オールマイトと言えばあのスーツですよねえ! アレは布厚一ミリの薄さの中に五層もの複層構造を作られていてしかも一層一層が最新の技術をふんだんに使い一番少ない層でも四種類の特許、一番多い層では九種類の特許を取得していて」と聞いてもいない解説をベラベラ垂れ流し始める。岳山と緑谷はそんな発目を無視して話を続ける。どうせ気が済むまで止まりはしない。

 

「どういう事ですか? オールマイトって……」

「私もよく知らないのよ。今状況をちゃんと全部知ってるのはデステゴロだけ。まあ私はパトロール続けるわ。帰り道には気をつけてね、出久」

「はぁ……わかりました。ほら明ちゃん、行くよ」

「四層目なんて特に凄くて、コンマ四ミリという五層の中で一番厚い層なんですけど」

「うんうん、凄いねぇ。歩きながら話そうねえ」

 

 緑谷の背中に発目が抱きつくようにして密着しながら歩き去る二人を見送り、岳山はその場でむんっと気合を入れ直した。今日はヒーロー『Mt.レディ』としての活動初日なのだ。半端な事は出来はしない。

 

「……いよっし! もうひと頑張り!」

 

 

 

 Mt.レディが気合を入れ直している時緑谷と発目は、発目が背中にピッタリと張り付く体勢のまま路地を歩いていた。普通そんな体勢は足がもつれたりぶつかったりで歩きにくいのだが、二人は常日頃からよくこういう体勢で過ごしているので特に苦労も無く普通に歩いていた。

 

「うん。うん……そう。ヴィランが徘徊してるから、事件解決までは、うん……あ、うん。じゃあ二人にもよろしく……ふぅ」

「人使さん何て言ってました?」

「仕方が無いな、だって……さて、後はかっちゃんに連絡するだけだな……えー爆豪、ばく、ば……よし」

 

 緑谷が電話帳から爆豪のアドレスを呼び出して、受話器を耳に付けずに通話ボタンを押した。そこから一秒、二秒、

 

『っだァゴラァ!!!! アんの用だクソデクが!!』

 

 散々必要ない必要ないと言った一次通過記念パーティーを強行されてかなりご機嫌斜めな爆豪の怒声が携帯越しに緑谷の耳を打つ。しかしこれを完全に見越して受話器を耳に近付けていなかった緑谷はそれをノーダメージでやり過ごし、携帯を耳に当てずに顔の前に持って会話をする。

 

「あ、かっちゃん?」

『テメェが俺に電話ァ掛けたんだから俺が出んのは当たり前だろうが!! 何も用ねぇなら切んぞ!』

「あー用事ね。いやね、今日のパーティー、ちょっと中止にするよ。何かヴィランが徘徊してるらしいんだ。あんまり外ウロウロしてデステゴロ達に迷惑かけるのもアレだし、とりあえず家でゆっくりしとこうかなって」

『あ? ヴィランだぁ?』

「うん、一時間ちょいくらい前に事件発生したってさ。とりあえず結田府の三人には連絡したし、僕ももう家に帰るよ」

 

 緑谷がそこまで言うと電話の向こうは数秒沈黙する。もう叫ぶ事は無さそうだと判断した緑谷は歩きながら器用にも肩に顎を乗せてきた発目の頭を撫でながら、携帯を耳に当てた。

 

『……もうチラチラネットにゃ出てんな。テレビはまだだ』

「そう? まあ今帰ってるところだし、かっちゃんも家から出ないよう……に……」

 

 緑谷の言葉が止まる。同時に緑谷の足も止まり、発目の頭を撫でていた手が自然な動きで発目の胴に回される。緑谷は素早く周囲を確認し、電柱に付けられている市街番地をその目に捉えた。

 

『……デク? おいお前』

「……東折寺三丁目四の二。線路下二メートル制限のある小トンネル。お願い」

『おいおまっ』

 

 爆豪の怒鳴りかける声を聞きながら緑谷は電話を切り、緑谷の変化を敏感に察するも未だ体勢を変えていない発目に「しがみついて」と一言だけ言って……

 

 バッ、と前方に勢い良く飛び襲い掛かってくるヘドロを回避した。

 

「……ごめんね明ちゃん。先に帰らせれば良かったね」

「私はいつでも出久さんと一緒に居ますから、そんな事考えなくて良いです」

「……そう」

 

 制服に内蔵してある自動固定具を起動させて緑谷の背中にガッチリと張り付く発目。緑谷はその頭を軽くポンポンと撫でた。その様を何やらイラついた表情をしたヘドロが見ている。

 

「……イチャイチャしてんじゃねぇ……隠れ蓑の分際でェ」

(かくれ)美乃(みの)? そんな女の子っぽい上に個性『隠れ蓑』みたいな名前じゃないよ」

 

 発目を背中に引っ付けたまま、緑谷は片手を腰溜めに、もう片手を掌底の形にして若干下向きに構える。その掌から、僅かに魂の波長が漏れ出た。明らかに戦闘慣れしている緑谷の様子にヘドロの目が若干細まる。

 

 緑谷のするその構えこそ、彼がこれまでの人生全てをつぎ込んで鍛え上げた個性殺しの戦闘術、『魂威戦闘術』だ。

 

「特徴もなきゃ『個性』も無い…………僕の名前は緑谷出久だ」

「知るかアアアッ!!!!」

 

 

 

 時は遡る。

 

 

 

 ヘドロのヴィランを追っていたオールマイトは、意外にも苦戦していた。

 

「グオッ!? ああもう! またゴミの壁だよ!」

 

 そう。これである。ヘドロはどうやら元々かなり前から下水道を根城としていたようで、下水道には今回の犯行後にヒーローの追跡を巻くために圧倒的な量の侵入者対策が施されていた。

 

 槍、爆弾、ゴミの壁、ダンボールに入った助けを求めて鳴くか弱い黒猫。オールマイトはその全てを拳と愛で切り抜け、猫の入ったダンボール片手に未だにヘドロを追う事ができていた。普通のヒーローであれば三人は行動不能に陥っているであろう状況でのこれは流石にNo.1と言ったところか。

 

「おのれ自分の欲の為に弱ったにゃんこまで利用するか! 下劣な輩め! 許せん! イタタ、チョット待って普通に痛いあーヨシヨシいい子だから大人しくしててくれよホント」

 

 オールマイトは下水道の壁にダメージを与えない程度の速さで走りつつダンボールから前足を出して割と容赦なく腕を引っ掻いてくる猫を指であやしながらヘドロの後を追っていたが、やがて罠の間隔が狭くなってきている事に気が付く。そして罠の種類にゴミの壁が多くなっている事にも同時に気付いた。

 

 ゴミの壁は流体のヘドロであれば何事も無く通り抜けられるが、オールマイトのような普通の肉体を持つ者はいちいち破壊しなければならないという困ったものだ。きっとヘドロはこのトラップ地帯で少しでもオールマイトの目を逸らし、その隙にマンホールから再び外へと出るつもりなのだろう。そう思い当たったオールマイトは片手をパキパキと鳴らした。

 

「ふむ、こりゃあそろそろ外に出るのかな? しかし本当移動速度早いな君! それに用意周到! その努力を別の方向に使えばもっと真っ当に生きれただろうに!」

「うるせぇ! しつこいんだよ! もう諦めやがれ!」

「そうはいかんさ! 君こそ諦めなさいよ! 流体だかなんだか知らないが、スタミナで私に勝てると思うなよ!」

 

 オールマイトの脅しに「うるせぇ!」と一言言った後、ゴミ山に突っ込んだ。オールマイトは「そんな所に突っ込んだら病気になるぞ!」と言いつつ拳を振りかぶり……何やら違和感を感じて衝撃波を収束させるデコピンで壁の一部に穴を開ける。

 

「くうっ! やっぱり行き止まり! 普通にふっ飛ばさなくて良かった!」

 

 そのままなんの疑問も持たずにゴミ山をスマッシュしていればゴミ山は下水道の行き止まりの金網に衝突し、マンホールの入り口を埋めてしまっていただろう。

 

 オールマイトは汚いゴミ山に触れるのを一瞬躊躇したが、ヘドロがマンホールの隙間に入りかけているのを見た瞬間にグッと覚悟を決めて「南無八幡大菩薩!」と武の神に祈りつつゴミ山を素手で掴んで一気に後方に吹き飛ばした。そしてマンホールを腕の力だけでこじ開け、小一時間ぶりに外の空気を吸い込む。

 

「……さて、かなり苦労させてもらったからな……この借りは……」

 

 オールマイトはそこで言葉を止めた。止めざるを得なかった。

 

 そこには。

 

「特徴もなきゃ『個性』も無い…………」

「………………ッッッ!!!!!」

 

 何かの武術の構えを取りながら、恐ろしい声音で威嚇の唸り声を上げるヘドロを歯牙にもかけない程に堂々とした立ち振舞で。己にヴィランと闘うための必須武器とも言える『個性』が存在しない事をあまりにも自信有りげに宣言して……

 

「僕の名前は緑谷出久だ」

 

 まるで己が「私が来た」と宣言するように、緑谷出久という少年はあまりにも不敵に自己紹介をした。

 

 

 

 それは、あまりにも頼り無い姿だ。

 

 服は様々な機能のあるヒーロースーツではなくただの学生服だし、サポートアイテムだって何も持っていない。

 

 筋肉はありそうではあるが背も決して高くないし、顔もかなり地味だ。

 

 暴力慣れしてるようには一見すると見えないし、下手をすれば「ナードくん」とか言われて乱暴でみみっちい幼馴染とかに虐められてそうな気さえする。

 

 おまけに何故か背中には可愛らしい少女が明らかに人体を固定するには過剰な金属具で縛り付けられ、この異常な状況の中で暇そうにウトウト微睡んでいる。

 

 正直に言うと突っ込みたい箇所は山程ある。山程あるが、そんな事はその時のオールマイトの頭からは完全に抜けていた。

 

 ……何故なら、オールマイトの見た彼の姿は……

 

 …………一介の中学生が、身に纏うこの空気は……

 

 正しく……! 

 

「……ヒーロー……!」

 

 その日、全世界に認められた最高のヒーローは、全世界に挑む一人の無力(無個性)なヒーローを知る。

 

「知るかアアアッ!!!!」

 

 緑谷の地味な名乗りにしびれを切らしたヘドロが彼に襲いかかった。それを見た緑谷は、少しだけ身を細めてから僅かに緊張させていた身体をほぐすように息を吐いた。

 

「……確かに筋肉の盛り上がりが見えなきゃ動きの予測はしづらい。けど、できない事も無いね」

 

 たったの一歩、緑谷が横に位置をズラせばそれだけで空振りするヘドロの体当たり。そして緑谷はそのヘドロに半身を向け、ぐ、と右腕を構える。

 

「はっ! 流体に打撃が効くわけねえだろ! 馬鹿かよ!」

「いや、これは打撃じゃないよ……」

 

 引き絞られた弓のように力を貯める緑谷の腕に、ピシ、と余剰した魂の波長が迸る。その光に本能的な危機感を覚え後ずさるヘドロだが、緑谷はその分の距離を瞬時に詰め寄り……ヘドロに向けて掌底を突き込んだ。

 

「これは……! この技の名は! 『魂威』だ!」

「ゴボッ!?」

 

 ボッ! と大きな炸裂音と共に波長を叩き込まれた液状の肉体(ヘドロ)。その肉体は波長を打ち込まれた衝撃でアスファルトに飛び散る事になった。

 

そして、その一連の動きを傍から見ていたオールマイトは全身に鳥肌が立つような感覚を味わっていた。

 

 唯の一撃。

 

 たった一撃。

 

 …………しかし、最早ヘドロの意識の有無など、確認するまでもない。その技を多少なりとも知っているオールマイトからすれば、それは分かりきった事実であった。

 

(…………おいおい…………『魂威戦闘術(個性殺し)』なんて、その歳で使えて良い技術じゃないだろうに……しかもあの動き、無駄ってモンが全く見当たらない……その歳でどんな地獄を潜り抜ければそんな体の動かし方になるんだよ……!)

 

 マンホールから這い出ながら、オールマイトは確信する。

 

 今自分の目の前に居る少年。彼は間違いなく、件の無免ヒーローの一人だ。そう思い当たり、オールマイトはとりあえず彼の誰にも知られない偉業を讃えてやる事にした。

 

そしてオールマイトはマンホールを元に戻してからその場に立ち上がり、ダンボールを脇に抱えつつ緑谷に向けて拍手をする。

 

「いやーHAHAHAHA!! 見てたぜ少年! 素晴らしい動きじゃないか!」

「え? えっあっおおオールオールオルオオオオルオールマイマイママイマイオーマイルマイトォ!?」

「誰ソレ!」

「…………何ですかいずくさんうるさい……あ、マイルマイトじゃないですか……ふぁあ……」

「いやだから誰ソレ!」

 

 先程までの覇気が溢れるような鋭い視線は何だったのか、自分の姿を見た瞬間可哀想なほどに狼狽し始めて当初の印象通りのナード君に大変身してしまった緑谷を見て、オールマイトはついパチパチと鳴らしていた拍手を止めてしまった。ついでに自慢のマイトスマイルも若干引きつる。マイルマイトって誰だよ。

 

 ………………若干、いやかなり締まらないが、これが無免ヒーローとマイルマ……オールマイトの初めての出会いである。この出会いについて、後に『あんな醜態晒すくらいなら一回気絶させて欲しかった』と緑谷はコメントしている。




一般市民A「なんかヒーローが電話してたの聞いたんだけど、今この街にオールマイト来てるらしいぜ!」
一般市民B「マジ!?すげえ!」
赤黒さん「!?」

さあついに出会っちゃいました。これから忙しくなるぜ……!

Q.何で制服の下に固定装置なんて仕込んでるんですか?

A.乙女の嗜み。

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