無免ヒーローの日常   作:新梁

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あけましておめでとうございます(激遅)

いや言い訳をさせてください。今回の話は本当に難しかったんですって。言い訳終わり。

では、今年も無免ヒーローをよろしくおねがいします。今年の抱負は本編に入る事です。

今回のあらすじ

生きとったんかいワレェ!


第二十六話。四月上旬、すべてが始まるその日のお話。(後編)

 折寺市街下水道。天井。

 

 

 

「…………何とか……巻いたな……」

 

 天井にへばりついていたヘドロヴィランはそう一言言って、天井から剥がれてバチャリと下水に落ちる。その身体はオールマイトに追われまくった結果、元の三分の一ほどにまで体積を減らしていた。

 

 そう。このヘドロヴィランはオールマイトとの鬼ごっこでごみの山に入る時、どさくさに紛れて肉体を二つに分離させていたのだ。オールマイトが追い、緑谷によって瞬殺されたヘドロは分離した側のヘドロであり、本体はこうして天井に張り付きオールマイトの追跡を逃れていたのだ。

 

 ……だがその代償にヘドロの肉体は分離した分小さくなり、そしてオールマイトの目を誤魔化す為に強盗した金も全て身代わりの方に置いてきてしまった。身柄の拘束という最悪の状況には至らなかったものの、今回彼の犯行は完全に失敗したと判断していいだろう。

 

「まさか……奥の手の分裂まで使わされるとは……! 金だって一切持ってこれなかった! クソっ! クソっ!」

 

 ズモズモと身を震わせるヘドロ。ギョロリとしたその目はある一匹の小動物に対する憤怒に歪んでいた。

 

「……アイツのせいだ……! アイツ! 俺がこんな思いしてんのは!」

 

 どこをどういう風に考えても彼がそんな思いをしてるのは彼が強盗なんぞで非合法的に金を手に入れようとしたからなのだが、ヘドロは自身にとっては正当な怒りを下水道内でぶち撒けた。

 

「あのクソ猫! 毎日飯を食わせてやった恩を忘れやがって! 相手がオールマイトだと知った瞬間普通の猫のフリしやがった! クソッタレが!」

 

 そう、攻撃力という意味では雑魚中の雑魚であるヘドロには、犯行を終えた自分が街で隠れ蓑となる人間を手に入れる前にヒーローに追われた際の対抗手段があった。それがオールマイトがこの下水道で拾った黒猫、ブレアという名前の可愛らしい猫であった。

 

 実はこの猫、人間以外では珍しい個性を発現させた生命なのだ。しかもその個性もただの個性ではなく『魔法』というあんまりにもあんまりな何でもあり個性を持つスーパーネコチャンだったのだ。もちろん攻撃力など、他人を殴ることもできないヘドロとは比べるまでもない。

 

 路地で偶然ブレアが魔法を使っている所を見つけたヘドロはこれ幸いとその場で何度も交渉を重ね、毎日三食高級猫缶を用意する事と引き換えに己の身を守る用心棒となってもらう事を約束していた。

 

 人語を解するとは言えどもマジモンの猫に頼み込んで身の回りの警護をしてもらう事を屈辱と感じるかどうかはまあ個人の感性によるだろうが、何はともあれこれで後顧の憂いは無くなったとばかりに人気の少ないコンビニを調査したヘドロは本日、普段は裏路地にて悠々自適の野良猫生活を送っているブレアを下水道内に用意したダンボールに入れ、意気揚々と犯行に及んだのだ。

 

 現場の事前調査、自身の個性の把握、作戦立案、ヘドロヴィランは全てを完璧にこなした。

 

 彼が今回失敗した理由は二つ……タイミング悪くこの街に来ていたオールマイトの存在と……そもそもブレアが契約を守る気などさらさら無かった事にある。

 

 黒猫ブレアは結局の所オールマイトでなかろうと、誰が来たって邪魔はしないつもりだった。

 

 約一ヶ月の間利用していた飯づるが居なくなるのは多少痛くはあるが、そもそも彼女はヴィランなんぞに利用されるような安い猫ではないのだ。

 

「あのクソ猫! 殺してやる! 殺してやるぞ!」

 

 今更その事に勘付いたヘドロは、叫びながら下水道をズルズルと小さな身体で這っていった。

 

「殺してやる……絶対に……! ……まずは隠れ蓑だ……今の俺に合うSサイズ……『子供』の隠れ蓑……!」

 

 オールマイト(最強の英雄)の手を間一髪で逃れた悪が、再び動き始める。

 

 

 

 折寺住宅街。ヘドロ(偽)瞬殺後。

 

 

 

 持っていたペットボトルにヘドロを詰め込んだ後、デステゴロにヴィラン確保の電話をしたオールマイトは緑谷にサインをしてからその足で警察に向かおうとしていた。

 

「ほいサイン! うーん、やっぱりサインペンは常備しなくちゃね!」

「わわわわわああああわわわありがとうございます! 家宝に! 家の宝に!」

 

 無免ヒーローから一介のヒーローオタクへと華麗に変身を遂げた緑谷はガクガク震えつつもサインを書いてもらったスマホケース(放熱特化、発目制作)を両手で受け取り、シュバシュバと風が起こる勢いで何度も何度も頭を下げた。緑谷がオールマイトの名前(マイルマイト)を叫んだ時に一瞬起きたが、その後すぐにまた眠った背中の発目がガックンガックンと揺らされる。オールマイトは(この子こんな事になってるのになんで起きないんだろう)と小さく首を傾げる。なんせ緑谷のお辞儀が超高速かつ振り幅がメチャクチャ大きいせいで、オールマイトの身体にそこそこの風が当たっているのだ。オールマイトはそれ程までに緑谷の背中は彼女にとって安心できる場所なのだな、と考えた。

 

 残念ながら発目の頭がおかしいだけである。

 

 そんな緑谷のお辞儀によって生ずる風を身体に受けつつオールマイトは笑って親指を立てた。

 

「いいよ! そんな時間取られたわけじゃないし、もう今日の用事済んでるしね! まあ警察もサインの時間くらいは多めに見てくれるさ!」

 

 ここで無免ヒーローに会いに来た事を話しても良いのだが、自身の名前の強力さを身にしみて知っているオールマイトはありのままの無免を見るにはオールマイト(No.1ヒーロー)よりも八木俊典(ただのオッサン)の方が良いと考えた。幸い今の自分には雄英広報という偽の肩書がある。それほどには怪しまれないだろう。

 

「ではね少年! 液晶越しにまた会おう!」

「あっ……! 待ってっ!」

 

 そこまで考えた上で空中に飛び出すためにグッと足を曲げたオールマイトに、緑谷が咄嗟に大声を出す。

 

 だが、オールマイトはその言葉を待つつもりは無かった。すぐに飛んでいこうとした。

 

「っぼ、僕には!!!! 個性がありません!!!!」

「──────ッ!?」

 

 ────そんな思いは、緑谷のその第一声の前に容易く吹き飛んだ。

 

 緑谷はグッ、と一度言葉を詰まらせるが、意を決したように腹の底から叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、誰に何を言われようとも遂に緑谷の心から消える事の無かった、一つの問い。

 

「子供の頃に!! 医者に個性が無いと診断されました!!」

 

 母に何度も何度も、涙を流させた。

 

「全人口の二割……! そんな、この世界に生きる『無個性』の九割は数世代前の老人方で!! …………っ! 僕の世代で『無個性』は! 世界でも数える程しか…………っ! 居ない、そうですっ!!」

 

 物心ついた頃からの親友との間には決して埋まらない『差』がついた。

 

「どんなに努力しても!!! こんな武術を身に着けても!!! 『個性』が使えなくちゃ意味がないんですか!!!」

 

 常に周りからは一段低く見られ続けた。今日の、教室でのクラスメイト達の対応もそうだ。『個性』が無いだけで、なぜあんな目を向けられなくてはいけない? 

 

「皆がレールの上を電車で走る時に!!! 僕だけがその上を自分で歩かなきゃいけない!!! けど僕は!!! 止まらない!!! 止まりたくないッ!!! ……けど…………!!!」

 

 ────色んな人が応援してくれるが、自分で自分自身を心から信じる事は、遂に出来なかった。

 

「…………そもそも無個性は……そのレールの上に乗れるんですか…………!」

 

 だから

 

「道が繋がってるなら、僕は歩けます……けど…………僕の前に、道は、あるんですか」

 

 だから、だから緑谷は。

 

「…………少年……」

「教えて下さいヒーロー(オールマイト)ッ!!!」

 

 自分を信じるに足る、何かが欲しかった……

 

「地味でも!!!」

 

 人に自分を見て貰える事。

 

「弱くても!!!」

 

 自分が強くなれる事。

 

「才能が無くても!!!」

 

 幼馴染(天才)に追いつける事。

 

「信じられなくても!!!」

 

 人生に染み付いた劣等感を打ち砕ける事。

 

「『個性』が無くても!!!」

 

 どんな理不尽相手でも戦っていける事。

 

「僕はッ、ヒーローになれますか!!!!」

 

 派手で強くて天才で自信に満ちていてどんな試練にも打ち勝てる大好きで大嫌いな幼馴染(ライバル)に勝てる事。

 

「…………教えて下さい…………オールマイトォ…………ッ!!」

 

 十数年、心に浮かび上がる度に努力で押し潰し、押し流していた澱みが、緑谷の瞳から一筋の雫となって地面に落ちる。

 

 緑谷の目尻にゴワついた服の袖が押し当てられた。

 

 いつから起きていたのか、発目が緑谷に強く抱きつきながらその目尻を柔らかく押さえつけた。背中に押し付けられたその顔は当然伺えない。同時に、緑谷の表情も、発目には決して見えない。この状況下だが、緑谷は泣き顔を見ないようにしてくれる発目に感謝の念を抱いた。

 

「…………少年…………少しだけ、失礼するよ」

「えっ」

「わっ」

 

 そして。

 

 オールマイトは、数度首を横に振ってから長い息を吐くと、そう一言断ってから発目もろとも緑谷を抱き抱えた。

 

「オールマ、ちょ、何をっ!?」

「ここじゃいつ人が来るか分からない。少し……人目につかない場所に行こう……ちょっとだけ長話になる」

 

 そう言って、オールマイトは手に持っていた猫をとりあえずシャツの中にしまい込み、ヘドロの詰まったペットボトルが落ちたりしなさそうかを確認してから空に向かって飛び立った。

 

「おぱま゛あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙っ゙! ゙! ゙! ゙! ゙! ゙」

「わあ見てください出久さん! あれ私の家ですよ! ほらあそこ! わ! すごいすごい! 凄いですねぇ出久さん!」

「そうだねぇ゛ああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙っ゙! ゙! ゙! ゙! ゙! ゙」

 

 その際叫びまくる緑谷とどこからかスチームパンク風味なゴテゴテしたゴーグルを取り出して周囲の風景を思い切りエンジョイしていた発目は物凄くうるさかったと、後にオールマイトは語る。

 

 

 

 折寺市街雑居ビル。屋上。

 

 

 

「うん、ここなら問題ないだろう! 下ろすよ!」

 

 オールマイトは元気良くそう言って、緑谷と発目を床に下ろした。

 

「……三回……! 三回あの世が見えた……! やたらファンシーなドクロのお面かぶった全身黒布の人がめっちゃ陽気に手を振ってた……!」

「へー、あの世ってそんな人が居るんですねえ。ちょっと楽しそう」

「いやそれ普通に死神ってやつじゃないの? 大丈夫?」

 

 心配してくれるオールマイトに恐縮しつつ、緑谷は震える脚を叱咤して何とか体勢を立て直した。

 

 それを見てオールマイトは、屋上の柵に背中を預け、懐から猫を取り出した。

 

「……少女、こんな手荒な真似で連れてきておいて本当に申し訳無いが……この猫を連れて少し、そこのドアの内側に入っていてくれないか……この話は、知っている人間は一人でも少ないほうが良いんだ。頼む」

 

 そう言って、オールマイトは屋上から階下に続くドアを指差す。発目はいかにも不満ですと言いたげにオールマイトを見るが、その肩を緑谷に優しく叩かれた事で諦めたようにフンスと鼻を鳴らした。

 

「しょうがないですね! 今回だけですよ! ……でも猫はそこらへんに放してくれば良かったんじゃないですか?」

「この子は今回の事件の重要参考人さ……なあ?」

 

 猫はオールマイトの呼びかけに一瞬ガチリと身を固めたが、すぐに「……ニャー?」と一声鳴いた。

 

「……? どういう事ですか?」

「誤魔化してもいいこと無いよ! というか君、私の推測が正しいなら別に悪い事してないだろう?」

「…………にゃあーああ、お見通しってわけかニャ。ブレアの気ままな野良猫暮らしが……」

 

 ため息を吐いてそう流暢に話す猫。緑谷と発目はギョッとした顔でそれを見るが、気にした様子も無い黒猫はオールマイトの手を離れて発目の足元に歩いていき、「早く行こ」と急かす。発目は普段滅多に見せない呆然とした顔でブレアに付いていった。

 

「……あの、あれは?」

「さぁ? 猫化の個性とか、そんな感じじゃないかな? 後で警察に行って調べるさ……」

 

 そう言ってオールマイトはビルの入り口から最も離れたフェンスに背を預けて座り込み、緑谷に対面に立つように促す。

 

「……人避けをしたから分かってるだろうが……この話は、完全に他言無用だ。間違っても、ネットには書き込むんじゃないぞ」

 

 その重い言葉に「……はい」と頷く緑谷に対して、オールマイトはニコリと笑う。

 

「うん……なら、良し。見ていろ少年よ。これが……私の、No.1ヒーローの、秘密だ」

 

 言葉と共にオールマイトの身体からは、シュウシュウと蒸気が吹き出る……緑谷がその蒸気に目を覆い……やがて吹き付ける蒸気の感触が無くなった彼は腕を下げる。

 

 ………………そこには。

 

「ジャーン! ライザーップ!!!」

「ングゲヒュッ」

 

 やたら不健康そうなガリガリのおっさんが結果にコミットする感じのポーズを取っていた。緑谷はむせた。

 

 

 

 引き続き屋上。発目盗聴中withブレア。

 

 

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやオールマイト!? オールマイトナンデ!? オールマイト痩せてるナンデ!? ナンデオールマイトナンデ!?」

「うんうん、混乱は分かるから大声出さないでね。あんまり近くで大声出されるとほら、立ちくらみが」

「貧弱ゥ!?」

 

 尚も叫びたかったが、本気で顔が青くなってきたオールマイトを慮って何とかいろいろな思いを飲み込んだ緑谷を見て、オールマイトはシャツの裾をめくる。そこには左脇腹から胸にかけて見るも悍ましい程の古傷があった。それを見た緑谷の顔がにわかに引き締まる。

 

「……これは、四年前にとあるヴィランとの戦いで負った傷だ」

「……酷い……傷もそうだけど……この針跡……腹部に大きな傷を受けて、その傷を治さないままに年単位で複数回に渡って大きな手術をしてます……よね? それに最初の傷はかなり大慌てで……まるで戦闘のあった現地で応急的に手術でもしたみたいだ。本職がちゃんとした環境でするにしては縫合跡が雑すぎる……」

 

 緑谷の、やたら具体的な(しかも合ってる)所見にオールマイトの顔が大きく引きつる。ちょっと怖くなってしまったオールマイトはサッサと服を戻して傷を隠した。

 

「ず、随分博識だね?」

「……あ、はい! 外傷に関してはまあ、そこらの中学生よりは……覚えないと死ぬ環境で育ったもので……」

 

 言って、緑谷はグイッと腕を捲くる。そこには火傷や裂傷等の傷跡が所狭しと存在していた。オールマイトは普通にドン引きした。

 

「……ご、ごめんなさい……傷の詮索なんてされたくありませんよね……無神経でした」

「いやまあ、良いんだ良いんだ……さて、何の話だったか……そう、つまり私が言いたいのは……『私』でさえ、コレだと言う事だ」

 

 オールマイトは腕を広げ、その弱りきった姿を余すこと無く緑谷に見せつけて、話を続ける。

 

「強力なヴィランとの戦闘で負った傷により私は片肺を無くし、胃を全摘し、度重なる手術と投薬により体力は摩耗し、今となってはこうして人と話すだけでも吐血ゲッブゥウ!? 

「うわあああ!? オールマイトぉ!?」

 

 やたら良いタイミングなのか悪いタイミングなのか、常備しているらしいタオル(血が目立たない黒色だった)で口元を拭き、数度湿った咳をしたオールマイトは緑谷に対し、「……今は一日数時間ほどしか戦えない……これが現実さ」と絞り出すようにして言った。

 

「私は君をよく知らないが……その体つきや目を見れば分かる。君は現実ってやつから目を逸らさずにちゃんと見て、その上で『先に進む』という決断をしたんだろう……その『魂威』だって……私ソッチ方面は浅学だけど、私の知ってる限りじゃ並の努力で身に付けられるモンじゃない……だから、私は君の努力を、君の意思を否定したくない……本当に、そう思ってる」

 

 けどね、と、オールマイトは言葉を続ける。

 

「……ヒーローにとって『個性』は『武器』だ。例えば業界全ての人間が銃を所持しているとして、君はそれに素手で挑もうとしている……相手の銃の扱いが未熟なら勝てるかもしれない。だが……やっぱり銃があると無いとじゃ大違いなんだよ」

 

 オールマイトは先程その佇まいにヒーローの素養を垣間見た少年にこのような事を言わなければいけない現実に心を痛めながら、しかしそれでもハッキリと、言葉を続ける。

 

「身体練度が相手の方が上でも、自分の銃の性質が相手に有利なら勝てる事もある……銃を持っていれば、ね。だが……(個性)が無い人間は、いざという時に一瞬で負けるよ。君の使う、その『魂威戦闘術』がなぜ広まらなかったか分かるかい? …………それが無くたって、強い個性を持った奴は強いからだ」

 

 オールマイトの重い否定に、緑谷は唇を噛みしめる。

 

 魂威戦闘術、そしてその大本である死神体術は()()()()個性持ちと戦う為に考案された体術である……実際、この体術を学ぶくらいなら自分の持っている個性を伸ばしそれを使う戦い方を考案した方が楽なのだ……個性を、持っているの、なら。

 

(分かってる……分かってるんだ)

 

 緑谷の脳裏に、一人の粗暴な幼馴染の背中が浮かび、消えた。

 

 そもそもが『無力な人間の為の武術』である魂威が無くったって、そりゃあ強い奴は強い。

 

 そんな事は、緑谷は誰よりも実感として知っていた。

 

(そんな事は、とっくの昔に……)

 

「……正直ね、私は君に「諦めろ」とは言いたくない……信じられないかもしれないが、それは本当だ……だが、私の立場上、経験上、それは言えない……言えないんだ」

 

 だから、言わせてもらうよ。

 

 そう、オールマイトは呟いて。

 

「…………自分の行く先を……もう一度、考え直してはくれないか……?」

「……ッ」

 

 将来有望な……前途ある若者が死ぬのは、見たくない。

 

 オールマイトはそう一言言ってから立ち上がり、身体をマッスルフォームに戻してからうつむく緑谷に一言「ごめんな」と言って屋上から建物に繋がるドアを開けた。

 

「あっ」

「わっ」

「にゃ」

 

 そのドアには何かの小さな機械が張り付いており、その機械から伸びるイヤホンを発目とブレアがシェアしていた。オールマイトはなんとなく事情を察し、「聞いた?」と尋ねる。二人はブルブルと首を振った。

 

「聞いてません! まさかオールマイトにそんな秘密があったなんて驚きです!」

「聞いてニャいよ! 普段ご飯とかどうしてるの? 健康メニュー?」

「うん、聞いてるね! 君達も誰かに話したりしないように! さて猫君、じゃあ行こうか……君の名前何?」

「にゃぁー! ブレア!」

 

 発目とブレアに聴かれていたので取り繕う必要が無くなりガリガリに戻ったオールマイトはそう念押ししてからブレアの首根っこを掴み、再度ズボンのポケットに入れたペットボトルを確認してから階段を下り始めた。

 

「オールマイト」

 

 それを、発目が呼び止める。オールマイトは首を動かして発目を見、「何かな?」と言う。

 

「出久さんは負けませんよ」

「…………」

「負けません」

「……そっか」

「ええ、絶対に」

 

 発目のその言葉を聞き届けたオールマイトは、そのまま何を言うでもなく、その場を立ち去る。

 

 

 

 オールマイトは頭にブレアを載せてビルの階段を降りながらも、ずっと先程の少年について考えていた。

 

「……うーん、あんな対応で良かったのかな……けど彼の姿にヒーローを感じたのも事実……いやでも無個性がやっていくには厳しい世界なのは間違いないし……けど彼ならなんとかやって行けるような……うーん……やっぱり訂正するべきかな……いやでもああいう将来有望な若者がこの業界で潰れていくのは見たくない……いやでもなぁ……」

 

 メチャクチャ悩んでいた。

 

「にゃにをそんなに悩んでるの?」

「うん? うーん……理性と感情のどちらを優先するか、かなぁ……」

 

 オールマイトは理性で緑谷の夢を否定している。しかし感情では緑谷を応援したいと考えている。先程は理性で緑谷を否定したが、オールマイトの心には完全に未練……というより罪悪感を覚えていた。彼の境遇が何となく昔の自分に重なるだけに余計に。

 

 オールマイトはブレアを再び服の中に格納してからマッスルフォームへと変わって市街に出る。そして凄まじい衝撃と共に空へと飛び立った。

 

「やっぱり今謝りに行った方が……あのままじゃ流石に不憫だし……いやぁでも訂正なんてなぁ……私自身さっき言った事は間違ってないと思うし……いやでもあの少年……いややっぱり……」

「オールマイトって思ってたよりジメジメしてる」

 

 めっちゃウジウジしていた。

 

「よし、このヴィランを警察に届けるまでにどうするか決めよう。それが良い!」

「……まあ、良いんじゃにゃいの?」

 

 ブレアはそれだけ言うとオールマイトのシャツの中に頭を引っ込めた。

 

 

 

 緑谷宅。リビング。

 

 

 

 緑谷引子はその日、軽く数年ぶりに意気消沈している息子の姿を見た。

 

「あら、お帰り出久〜!」

「…………ただいま」

「……? 出久、晩御飯の食材は? 買ってくるって言ってなかった?」

「…………ああ、今日は有り合わせで作るよ」

「ふぅん、そう?」

 

 そのまま自分の方を見ずに自室に入っていった緑谷を見て、そのただならぬ雰囲気に何かがあったのだと察した引子は事情を知っていそうな発目に電話を掛ける。

 

『お掛けになった電話は現在電源が入っておりません』

「……何があったの?」

 

 発目が携帯の電源を切る時は集中したい時、すなわち開発作業をしている時だ。それを知っている引子は慌てこそしなかったが、携帯の画面を見て軽く首を傾げた。

 

「…………何があったの……?」

 

 

 

 こうして全ての予定が少しずつズレたこの世界で、それでも変わらず事件は起こる。

 

 

 

「……クク……SSサイズの隠れ蓑……発見……!」

 

 

 

 あるヴィランは、計画を潰されて尚諦める事は無く、伝説のヒーローから逃れた後もその悪意を小さくなった身体に滾らせ続けた。

 

 

 

「では、確かに受け取りました。これからボトル開封後に電磁捕縛します! お疲れさまでした、オールマイト」

「うん! あとこの子も預かっといて! 多分今回の事件について色々知ってると思うから」

「猫……ええ、了解です!」

「カツ丼って出るのかにゃ?」

「玉ねぎ入ってるけどいいの? 食べられる?」

 

 

 

 伝説のヒーローは未だヴィランがその手をすり抜けた事に気づかないまま、やがて活動の限界を迎えようとしていた。

 

 

 

「……ん、今オールマイトが警察に引き渡したってよ! 皆呼び集めて悪かったな!」

「別にいいさ! 今度一杯奢ってくれんだろ?」

「え! ホントですかデステゴロ!」

「岳山ァ! テメェーは元からパトロールだったろうが! ……けどまあ、お前はヒーロー初日だしな……たまには奢ってやるか」

「ぃやったぁ! 高いところ行きますか!?」

「調子に乗んな。あと何時間か仕事あるぞ」

 

 

 

 街を守るヒーロー達は、自分達の立つ道の下に悪意が渦巻いている事についに気付けず、悪意が芽吹くその時を無防備に過ごしてしまった。

 

 

 

「…………予想してた……だからショックは少ない……けど、力が抜けるなあ……」

 

 

 

 そして、力を持たない少年は。

 

 

 

「僕はヒーローになる……そうだ。僕はヒーローに……なりたい……そのために今まで頑張ってきただろ……何を迷ってんだよ……今更、何言われたって……」

 

 力を持たない少年は、自室のベッドに寝転んで、自問していた。その時ふと、瞳からスルリと涙が溢れ……る前に、少年は自らの顔面を強く張った。パン! と大きな音が鳴り、少年はブルブルと顔を振る。

 

「泣くな! 僕は泣いちゃダメだ! 僕を信じてくれる人は居るんだ! 僕を信じてくれる人のためにも! 僕は笑うんだ! さァー勉強だ勉強! たまには修行無しで勉強漬けの一日があってもいい! うん!」

 

 

 

 力を持たない少年は、少しタイミングがずれたせいで己の人生を変えるかもしれない事件から離れてしまった。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 力を作り出す少女は。

 

 

 

「フンフンフン、ミラクルミラクル〜……あっミスったああああっバハァッ!?」

 

 失敗した己の実験の爆発に巻き込まれていた。




最初クリスマスプレゼントに投稿しようとして出来なくて、なら新年三が日に投稿しようとしてできなくて、三連休に投稿です。マジかよ。

オールマイトには緑谷を否定する側に回ってもらいました。ちなみにもし緑谷がシュタインの直弟子であるという情報を彼が得ていれば彼の答えはまた違ったものになっていたでしょう。

これは補足ですが、今の緑谷のポジションを分かりやすく言うとすればNARUTOのロック・リーやマイト・ガイのような立場です。彼等は体術を極めることで並の人間では考えられない戦闘力を誇っていますが、忍術を使える忍者はそれほど体術が圧倒的でなくても彼らよりも強い事もある、という……そんな感じ。

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