無免ヒーローの日常   作:新梁

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連投二日目。

第一話に何話かけてるんだよ。そしてヘドロはいつ倒されるんだよ。

皆さんからすれば割と意外に思われるかもしれないんですけど、自分は一般ヒーローが超好きで。特にデステゴロとかメチャクチャ好きなんですよね。意外に思われるかもしれないけど。

……だから職場体験編とかは無免達に留まらず、割といろんな生徒のを書く予定です。とりあえず峰田と耳郎は確定です。あと尾白。八百万もいいなあ……

……まあ、時系列的に遥か彼方なんですけどね……

今回のあらすじ

色々ズレた結果がこれだよ

リア10爆発46さん、誤字報告ありがとうございます。


第二十七話。折寺の英雄(ヒーロー)

 緑谷宅。緑谷自室。

 

 

 

 机に突っ伏して眠っていた緑谷出久は、携帯のバイブが机に響いて大きな音を立てているのを聞いて目を覚ました。

 

「……あれ、寝てた……」

 

 部屋の時計を見ると、帰ってきてから一時間ほどが経過していた。緑谷は気だるげに机に置いていた騒がしい携帯を取り、画面を確認する。そこには緑谷出久の親友その二である『人使君』の文字が書いてあった。緑谷は電話帳とかに君付けで登録するタイプである。

 

 緑谷はその画面を見て若干首を傾げる。普段メッセージアプリでのやり取りが多い彼らが電話をするというのは中々無い事だからだ。緑谷はまさか発目が自分を励ますように伝えたのか思ったが、すぐに心の中でその考えを否定した。

 

 あの少女がそんな気遣いをする事は無い。そんな事をするくらいなら自分でこの部屋に突撃してくるだろう。彼女はそういう人間である。

 

「……もしもし」

 

 とりあえず緑谷は電話に出ることにした。すると電話口から焦ったような心操の声が聞こえる。

 

『あ、良かった出た! 出久! テレビ見れるか!? 今すぐ!』

「な、何? 何があったの?」

『良いから今から言うチャンネル見ろ! すぐに!』

 

 心操に急かされて緑谷はテレビのあるリビングへと向かった。

 

「……あ……出久……!」

 

 リビングに居た引子は青ざめた顔で緑谷を見る。その顔に疑問を抱く前に、緑谷の鼓膜をテレビの音声が叩いた。

 

『何という事でしょう! 幼い子供が人質に取られています! アレは個性暴走でしょうか! 子供の口からは絶え間なく火が出ています! あ! 危なっ、あ、ヒーローです! バックドラフト! バックドラフトが到着しました! 少女の周りを水で覆って延焼を防いでいます! ですがヴィランから少女を引き離す術は無い模様です! あ……れはMt.レディ! 電話でしょうか!? 二台の携帯電話を使って誰かに連絡を取っているようです! 街近辺のヒーローに連絡でしょうか! あっつ! 火の威力が上がっているように感じます! 今私が立っているこの場所でも火傷しそうなほどの! あっつ!』

 

「……っ、アレ……って……!」

 

 そこには自分のよく知っている街並みの、破壊され尽くした姿が映っていた。

 

 そしてその中心には、黒髪に赤い角の生えた小さな女の子。そして、その女の子を包むようにしている汚らしい色の、ヘドロ。

 

「アレは……!」

 

 先程見た時よりもかなり小型だが、そんな事は関係が無い。

 

「……出久……」

「何で……! オールマイトが捕まえた筈じゃ……!?」

 

 緑谷がテレビの前で力無く座り込む。

 

 十年前の、本来あるべきではない出会いの結果が、今『何か』を決定的に変えようとしていた。

 

 

 

 時間は遡り、折寺市街。デステゴロ事務所。

 

 

 

 もうじき日が陰り始める時間、デステゴロは朝の怪獣ヴィランだの昼過ぎのヘドロヴィランだののゴタゴタでかなり遅くなった昼食を事務所で摂っていた。

 

 そこに、後ろから紫を基調としたヒーロースーツを着た岳山が来てデステゴロの横に座る。その髪はしっとりと濡れており、かすかに立ち上る湯気が風呂上がりだという事を周囲に知らせていた。

 

「いいお湯でした……っと」

「テメェ独り立ちした癖によく他人の事務所来てシャワー浴びれんな。厚かましさ半端ねえな」

「私の事務所シャワー無いんですもん。住んでるアパートは事務所から遠いし」

 

 そう言いつつ岳山は机に置いてあった弁当を取って食べ始める。その動きは若干緩慢で、見ていたデステゴロは片眉をクッと上げた。

 

「……はは、よっぽど疲れたみてぇだな」

「疲れますよー。なんで初日に限ってトラブル頻発……」

「確かに、今日は多かったな。でもまあ、そんなもんさ」

 

 しばらくして、一足早めに食べ始めていたデステゴロは一足早く食べ終わり、空になった弁当の蓋を閉めてゴミ箱に入れ、伸びをしてから席を立つ。

 

「っはー、にしても今日はマジで疲れた……先に外出とくぞ岳山ァ」

「急かさないで下さいよ……あと岳山呼びホントやめて下さいよ何で誰も私をヒーローネームで呼ばないの?」

 

 半日いろんな人間から岳山岳山言われ続けた岳山は自身のヒーローネームの存在価値について割と真剣に考えていた。

 

「当たり前だろが。四年間出し続けて定着した名前と今日出したばっかりの名前、そりゃ定着した方が強いわな……てかお前、それお前がここで働く一番最初に言ったよな? 覚えてるか?」

「ごちそうさま! さあパトロール続けますか! 私商店街方面行きまーす! デステゴロは住宅街どーぞー!」

「待ておま…………っ気い抜くなよ! 初日からヘマすんじゃねえぞ!」

「分かってますって! てかコスチューム変わっただけでいつも通りですし!」

 

 スタコラとデステゴロから逃げ出した岳山はそのまま軽く走って商店街の方面へ向かった。そこはこの大型店舗一強時代においても様々な商店が粘り強く生き残っている場所だった。店先に居る店主や店員が岳山に気付いては、手を振ったり写真の許可を取ったり、初日にして岳山は街の人気者であった。

 

「あら! 岳山ちゃん! あっれま、可愛らしい衣装着てぇ!」

「あ、おばさん! ありがとうございます! 今日からMt……」

「岳山ァ! ちょっとこっち来いコッチ! ほら、この間入ってホラ! ちょっとホラ、お客さんちょっと、写真撮って写真!」

「……っおじさぁん、これで良い? あと私のヒーローネームはM」

「はいはいハイチーズ……この街に来たときはまだ高校卒業したばっかりだったのにねぇ……立派になったわねぇ、岳山ちゃん」

「応援してるわよぉ!」

「はぁさん! ちょっとコレ写真屋行ってこれ大きくしてもらってくらぁ! 確か押し入れに額縁あったろ! 出しといて! ……岳山ァ、これからも頑張れよ!」

「…………うん、ありがと」

 

 街の人気者(孫扱い)の岳山はその後も何人もの人達に写真をねだられた。中にはゴツい一眼と三脚を抱えてくる者も居て、ついでに彼女を呼ぶ名前の岳山(本名)率は八割をマークした。

 

 写真を撮っている時に岳山はふと、本土のヒーロー科がある高校に進学が決まった際に故郷である北海道に住む両親に制服を着て見せて泣きながら家族写真を撮った事を思い出して今日の仕事が終わったら一番最初に両親に電話をしようと心に決めた。

 

「岳山ちゃんコッチ向いてほら!」

「ん、はいはーい」

 

 そうしてちょっと感傷に浸ったりもしつつ、やけに平均年齢の高いプチ撮影会を終えた岳山はついでに貰ったたくさんのおすそ分け片手に商店街の見回りを始める。

 

 とは言っても、先程デステゴロとの別れ際に言った通りコスチュームが違うだけで他はいつも通りであるため、岳山は特に緊張をすることも無くごく普通に見回りをしていた。

 

「んー、まあ何も無いわね、普通に平和。ラクだー」

 

 独り言をフツフツと呟きつつ歩いていた岳山は、一組の親子連れに目を向けた。母親と夕飯の食材を買いに来たらしいその小さな少女の側頭部には大きな赤い角が生えている。その特徴的な姿を夏祭りの日に迷子センターで見たことのあった岳山は、あの時の爆豪のキレっぷりを思い出してかすかに笑う。

 

 その姿に気が付いた少女は、母親の手を離して岳山に大きく手を振った。岳山はその可愛らしい挨拶に頬を緩めつつ、胸辺りまで手を上げてフリフリと軽く手を振り返す。

 

 それに少女は感激したようで、顔を輝かせながらぴょんぴょんとその場で跳ねた。どうやら興奮で若干個性が出かけているらしく、赤い角が仄かに光り、口からチロリと火が吹き出た。

 

 それを見た岳山は可愛らしい姿に破顔し、トントンと自身の側頭部を指して個性が出かけている事を指摘する。少女はそれにハッとなって恥ずかしそうに角と口を抑えた。

 

 

 

 ────その瞬間、少女の足下にあったマンホールからドロリとした液体がジワリと湧き出し、

 

「え、っ、ちょ!?」

 

 ────岳山はそれを見た瞬間、反射的に少女に向かって駆け出し、

 

「何っ、でヘドロっ、が!」

 

 ────捕まえられた筈のヴィランがなぜここに居るのか、それも分からないままに、岳山は呆然とする少女に向かって飛び込むように手を伸ばし、

 

「ッハハ、ざぁんねん」

 

 ────ヘドロのヴィランは一瞬早く少女の肉体を包み込み、外側から操るようにして少女の身を商店街の通りの中心へと走らせた。

 

 岳山が地面に倒れ込む音、そして少女が甲高い悲鳴を上げた事で、事態に気付いた少女の母親が少女の名を叫ぶ。そんな二人を見てゲラゲラと笑うヘドロは、倒れた状態から再び地面を蹴り突撃してくる岳山の指の間をスルリと抜けて、嘲るように言葉を発する。

 

「ヒャーハハハハ!! バァカがぁ! テメェなんぞに捕まるわけねぇだろうが! お前は固体! 俺は流体! 掴めねぇ相手をどうやって捕まえんだァ!?」

「……っ、例のヘドロ……! オールマイトから逃げたっての!?」

 

 岳山のその言葉にヘドロは勝ち誇るように笑う。そして嬉々とした声音で「正解!」と言って、また笑った。その間にも少女はヘドロの中に飲み込まれていく。

 

「まあ俺の方が一枚上手だったっつー話だなぁ! まあ、このガキは俺が有効活用してやるよ……ッ!? グアッ!」

「この……っ、外道…………ッ!? キャアッ!? 熱っ、火!?」

 

 ヘドロの中から轟々と吐き出される火炎。拘束の緩んだヘドロの隙間から見えた少女の角は焼けた炭のような光を放っている。それを見て、ヘドロが出てくる一瞬前の少女の様子を思い出して、岳山はこの火炎の正体を察する。

 

「……っ個性……暴走……!」

「っくそ、これじゃ口から中に入れねぇ……! ここまで来て……!」

 

 少女の内部に入り込むことが出来ず苛立つヘドロの中で少女がメチャクチャに暴れ回り、そのせいで動き回る火炎の射線がヘドロの隙を伺っていた岳山に向かった。

 

「っ!?」

 

 少女を取り返す策を見出そうと躍起になっていた岳山はそれに反応が遅れてしまい避けきれない。

 

 とにかく粘膜を守るためにギュッと目を瞑り口を抑える彼女だったが、火炎が彼女を焼く前にスルリと木のツタが彼女の腰に巻き付き、火炎の射線から彼女を引き離した。グンッと岳山を引っ張り自分の手元まで寄せたのは、人気急上昇中のヒーロー『シンリンカムイ』である。

 

「……ッカムイ! あんがと!」

「礼は要らん! それより状況を説明してくれ! ぐうおっ…………!」

 

 他の火炎に巻き込まれそうな一般市民を自身の身体の一部であるツタが延焼によって焦げるのも構わずに商店街の出口へと運ぶカムイ。岳山は商店街の入り口で巨大化し、カムイが運んでくる市民を手で受け止めて地面に下ろす仕事をしつつ、現状を説明する。

 

「アイツはさっきデステゴロの言ってたヘドロヴィラン! 大きさが報告とは全然違うから、多分分裂とか、切り離しとかが出来るっぽいわ!」

「ならこの火は何だっ!!」

 

 叫ぶカムイの頭上をエアジェットが飛んで来る。そして急降下でヘドロに突貫しようとするが、ヘドロはそれを素早く察知し、少女の顔の向きを操り火炎で牽制をする。

 

 エアジェットは何度かヘドロの頭上を飛行した後警戒を厳しくしつつ岳山達の居る場所へと降り立った。

 

「Mt.レディ! ありゃ何だ! 複数個性持ちか!?」

「あのヴィランの中に女の子が一人居るのよ! ヴィランの個性で取り込もうとしてるけど女の子の個性で口から火を吐いて侵入させないようにしてる!」

「……っ、卑劣な!」

 

 要救助者の最後の一人を救出し終えたカムイが、救助活動で焼け焦げたツタに自前の水を掛けながら絞り出すように唸る。その声音には、焼けたツタの痛み以上に遣る瀬無い思いが込められていた。救助者用のクッション役が終了した岳山は縮んで、携帯電話を取り出し「とりあえず消防と救急! あとバックドラフト(火災専門ヒーロー)に連絡するわ!」と通話を始めた。このあたりの対応は長い間サイドキックとして働いてきた岳山の経験が光っている。

 

 エアジェットはもう一度空へ上がり、ブースターをチャージし始める。

 

「エアジェット! 何をするつもりだ!」

「とりあえず射線を上に向けさせる! それなら遠くからも目立つし街の被害も減るだろ! カムイ、お前は下がってろ! 相性が悪すぎる!」

 

 エアジェットはそう言い放ち、ヘドロのヘイトを集めるように大声を出しながら突っ込んでいった。カムイはその背を見て、マスクの下で歯を噛み締める。

 

「……何も……出来んのか……っ!!」

 

 カムイが無力感に打ちひしがれようとした時、その背中を岳山が思い切り張り飛ばす。パァン!! というとんでもない音が周囲に響き、カムイは勢い良くつんのめった。

 

「っぐぁっ!? Mt.レディ!? 何をする!」

「何も出来んのかなんて言うくらいなら出来る事を探しなさいよ!! 少なくともあの人なら……デステゴロならこんな時棒立ちなんて絶対しないわよ!」

 

 そう言った岳山はカムイに地図アプリを開いた携帯の画面を見せ付ける。そこには何かの位置情報が記載されていた。そしてそれは少しずつ動いている。

 

「……これ、は?」

「バックドラフトの現在位置よ! これ持っていって、バックドラフトここに連れてきて! 今動ける中で一番機動力あんの、アンタでしょうが!」

 

 岳山のその怒声を浴びたカムイは、先程までの無力感など微塵も感じさせない顔で「承知した! 三分で連れてくる!」とボロボロになったツタを電信柱へと伸ばす。

 

「根性よカムイ! 二分で連れてきなさい!」

「任せろ岳山! 一分で連れてくる!」

「名前ァ!」

 

 スルスルと周囲のビルを登っていきあっという間に見えなくなったカムイをひとまず意識から外した岳山はもう一台携帯を取り出し、それを彼女の恩人にして彼女が最も信頼するヒーロー……デステゴロに繋ぐ。

 

『もしもし、たけや──おい、何だその音? おい、何があった!? ヴィランかっ!?』

 

 岳山が一言声を発する前にある程度の事情を察したデステゴロにやりやすさを感じつつ岳山は事情を説明した。

 

 

 

 所変わって折寺住宅街。デステゴロ全力疾走中。

 

 

 

『はいもしもし、オールマイ』

「ヘドロ野郎はどうしたオールマイトオオオオォ!!!!」

 

 岳山から事情を説明された後、走りながら携帯にオールマイトの電話番号を打ち込んだデステゴロは繋がってから開口一番で思い切り叫んだ。

 

『え、何? ボトル詰めにしたのを今警察に引き渡す所だけど……何かあったのかい!?』

「ああ、あった!! 今この街の商店街でサイズ的にはかなり小さいが、あんたの捕まえたのと同じヘドロの姿をしたヴィランが暴れてる! 人質も取られて対処が後手に回ってる!」

『何!? ちょっと待ってくれ! ────済まないが今からボトルを開封する! いや、悠長にはできない! 緊急事態だ! 対処は私がする! 責任も私が取る!』

 

 しばらく無言となる携帯電話を耳に付けながらデステゴロは走り続ける。それから一分程してから、『Shit……!』と、オールマイトの苦々しい声が聞こえた。

 

『……済まないデステゴロ、本当に、済まない……!』

「……やっぱっ、偽物か!」

『……これは、ただのヘドロだ……! 恐らくはそう、『トカゲの尻尾切り』のような、自分の身体を使った分身……! ホーリーシットだ畜生めッ!!』

 

 オールマイトが痛恨の極みだという声を出す。それと同じようにデステゴロも一つ舌打ちをしてから、気持ちを切り替えて現状の対処に目を向ける。

 

「今暴れてる奴以外で、他に分身が居る可能性は!」

『分からん! 私が回収した時はそれ程ヴィランの大きさが変わっているようには見えなかった! それが、切り離した量が少なかったからなのか、私が会った時にはすでに切り離してあったからなのか、どちらかが分からんから何とも言えない!』

 

 オールマイトの苦渋に満ちた声を聞き、デステゴロはギリ、と歯噛みする。そこからまたしばらく無言の時間が続き、数分してからオールマイトが『デステゴロ! 今警察と交渉して装備を借りた!』と声を掛けてきた。通話口からは風切り音が絶え間なく響いており、オールマイトが凄まじい速度で移動をしているのだと分かる。

 

「装備ぃ!? 何の!」

『立て篭もり事件なんかで人質の居場所を探る時や災害で崩落した建物で救助者の居場所を探る時のための簡易生体センサーだ! 今ヘドロの残骸に試したところ反応しなかった! これなら今暴れてるヘドロが本物かどうかの判断は付くはずだ!』

「……成程!」

『今から私も現場に向かう! ────いや』

 

 オールマイトはそこで言葉を止め、携帯の電源を切った。それを不審に思ったデステゴロだが、直後、後ろから機材を背負ったオールマイトが風のようにやって来た事で疑問は消える。

 

「……連れてってくれんのか? 有り難いな」

「ああ。コレ結構な精密機器だからあんまり飛んだり跳ねたり出来なくてね、下道を行くしかない……道案内を頼むよ」

 

 そう言ってオールマイトはデステゴロを脇に抱え、凄まじい速度で移動を始める。

 

 

 

 最初は何も思わずに道の指示をしていたデステゴロだったが、やがて彼はオールマイトの『異常』に気が付く。

 

「……オールマイト、アンタ、息が」

「問題無い! 心配してくれてありがとう!」

 

 オールマイトの息が明らかに上がっているのだ。普段は空を飛ぶオールマイトだが、別に地面を走ろうと体力の消費に大した違いは無いだろう。デステゴロはゼイゼイと荒い呼吸を続けるオールマイトに何か尋常ではないものを感じ取った。

 

「……けどよ、明らかに体調悪そうだぞ」

「……そうだね、確かに私のコンディションは決して良いとは言えない……けど、それがどうしたと言うんだい?」

 

 歩道の赤信号が点っているのを見てドリフト気味に進路を変えつつ、オールマイトは掠れる声で話す。

 

「私は最強のヒーロー、平和の象徴……例え私を見る民衆の目が無かろうと、私はヴィランには屈しない。屈してはいけないんだよ……っゲホッ、ゲボっ!?」

「ちょっ!? オイオイ大丈夫なのか!? それで死んでちゃ世話無いぞ!」

 

 ついに湿った咳と共に少量の血を吐いたオールマイト。その身体からは少しずつ蒸気が出始め、その様を見たデステゴロは何となく、それがオールマイトの『限界』なのだと察した。

 

 

 危険に晒される市民、その市民を守る為に今も命を張っているヒーロー……そして、自分を抱えて血を吐きながら走る伝説のヒーロー……それらを天秤にかけ……デステゴロは振り切るように首を横に振った。

 

 

「…………やっぱり駄目だ! 俺はヒーローなんだ! 他人が命を削り取るのを黙ってみては居られんだろ! アンタはここで休んでるんだ!」

 

 デステゴロのその言葉に、しかしオールマイトは腕でバツを作ってキッパリ拒絶する。

 

「断る! それに、辿り着ければそれで終わりだ! 私ならパンチ一発の風圧であんなヴィラン吹き飛ばせる! その後はゆっくりするさ!」

「走るだけで死にかけてる人間が何言ってんだ! いいから降ろせ! 自殺志願かアンタは!」

「大丈夫! 人助けする時のヒーローはHP(体力)無限だから!」

「前借りは無限って言わねえんだよ!! バカかあんた!?」

「馬鹿じゃないヒーローだ! ────それに……私はこの街に来る前に一応調べたが、ここら一帯のヒーローじゃあのヘドロに通用する個性を持ってるのは居ないじゃないか。人質が居るなら尚更にな」

 

 オールマイトのその言葉に、デステゴロはグッと詰まる。

 

 確かにそうだ。

 

 自分達にはあのヴィランを引き剥がす個性もなければ、風圧で吹き飛ばせるような圧倒的なフィジカルも無い。

 

(人質からヴィランを引き剥がす……風圧で……吹き飛ばす……はがす?)

 

 しかしその瞬間、デステゴロの脳裏にチカリと電流が走った。

 

「……ゲホッ、どうしたデステゴロ?」

「ごめんちょっと静かにして」

「あ、ハイ」

 

 オールマイトに小脇に抱えられながら、デステゴロの思案は続く。

 

 それは、彼がこれまで折寺のヒーローとして常に全力であったからこその思考。

 

 彼が周囲のヒーローを『金稼ぎのライバル』ではなく、『共に街を守る仲間』として見ていたからこその、ただの職業ヒーローには決して辿り着けない作戦だった。

 

 

 

 ……デステゴロの中で、作戦は立案された。

 

 

 

「オールマイト、折衷案だ…………最初は見ていてくれ。んで、俺達が無理そうなら、後は無理するでもなんでも、好きにしてくれて良い」

「……勝てるのかい? あの物理無効相手に」

「勝てる。俺達なら」

 

 デステゴロは自信と覚悟に満ちた表情で、きっぱりと断言した。

 

オールマイト(最高のヒーロー)……アンタからすりゃきっと、俺らみたいなヒーローは弱くて脆くて見てらんねえんだろうさ……それは分かる。けど、だから……今だけで良い。信じてくれ」

 

 オールマイトは、デステゴロのその姿を、その表情を見て……少し、笑った。

 

「……分かったよ。私は君を信じる。君というヒーローを信じる。それで良いかい?」

 

 いつもとは違う控えめの笑顔を浮かべるオールマイトの言葉に少し笑ったデステゴロは、携帯電話を取り出して、一言だけ訂正する。

 

「ありがとうオールマイト……けど、信じるのは俺じゃない」

 

 デステゴロは携帯から岳山の電話番号を呼び出し、コール音を鳴らす。

 

「信じるのは俺達……折寺のヒーロー(普通のヒーロー)だ」

 

 

 

 折寺商店街。激戦区。

 

 

 

「受け取れMt.レディ! 新しい消火器だ!」

「アンパンヒーローのサポーターみたいな言い草!」

「マズいぞ! そろそろ水が切れる! Mt.レディ、この辺りだと消火栓ってどこにあった!? 俺ここら普段担当してねえんだよ!」

「消火せ……っああ! ヘドロの向こうにある筈! さっき瓦礫で潰されてたけど!」

「貴重で残念な情報ありがとさん! クソッタレ! 俺にも消火器貸してくれ! いざという時の水は残しときたい!」

 

 そこら中から消火器をかき集め必死の消化を行う岳山とカムイ、そしてヘドロヴィランの周囲に水の膜を張って炎を防ぎつつ残りのリソースを全て周囲の延焼を止めるために使うバックドラフト、さらに空を飛び回ってヘドロのヘイトを集めているエアジェット。四人のヒーローは今まさに修羅場を進んでいた。

 

「お願い! お願いヒーロー! 娘を、ユウカを助けて!」

「奥さん! 下がっているんだ!」

「あなた達ヒーローでしょ!? ヒーローなら娘を助けて! 助けてよっ!!」

「済まない……! 我々には、現状の維持しか……力が足りず、申し訳無い……!」

「そん、な……! いや……嫌よ……! 助けて! 娘を助けて!」

 

 人質に取られている子供の母親を宥めるカムイだが、そのカムイが言う現状維持すら出来ていない、と岳山は一刻一刻と悪くなる状況に歯噛みした。

 

(……間違いない、ヘドロから放たれる女の子の炎、段々吹き出る間隔が短くなってる)

 

 人は基本的に日常生活の中では能力をセーブして過ごしている。身体能力然り、思考能力然り……個性能力然り、だ。

 

 きっとあの少女は吐く息を火炎に変えるタイプの個性。それがパニックで暴走しているのだろうが、段々と火炎が途切れがちになり始めていた。

 

 個性実用の専門家であるヒーローにとっては常識だが、発動型の個性には二種類ある。限界点を超えると一切発動できなくなるタイプと、限界点を超えても自身の肉体や生命を削り取って無理矢理に発動する事が可能なタイプだ。

 

 今の状況では前者ならばそのままヘドロに取り込まれ、後者であれば少女の年齢的に命に支障が出る可能性さえある。個性はなんの代償も無く使える程便利なものでは無いのだから。

 

「……カムイ」

「どうしたMt.レディ! 何か策でもあるのか!」

「……ええ、賭けに近いけど……私があの子にしがみついて、その場で巨大化する。上手くいけばヘドロを吹き飛ばせるかも」

「正気か岳山!? この道の狭さじゃ周りのビルが倒れてお前が押し潰されるぞ! 死ぬ気か!」

「ッ、だったらどうするのよ! 見殺しにするの!?」

「そうではない! そうではないが!」

 

 カムイと岳山の議論が激化しそうになったその時、岳山の携帯が着信音を鳴らした。その携帯を取り、ヘドロから目を離さずに耳に当てる岳山。

 

「……はいこちらMt.レディ……デステゴロ! ……はい、はい……本当ですか!? ……はい、分かりました! カムイ、エアジェットに電話して!」

 

 岳山から突如下された指示に戸惑いつつも従うカムイ。岳山はエアジェットに繋がった携帯を受け取って反対側の耳に着けてから、その場に居る三人と携帯越しのエアジェットに聞こえる程度の声で話し始めた。

 

「皆、今からデステゴロの作戦で現状を打破するわよ」

「……何?」

「オイオイ、出来んのかよそんな事!」

『何でもいいから早くしてくれ! 囮やんのも限度あるから! ジェットパックが燃えそう!』

「……デステゴロ、お願い」

『よし、なら説明始めるぞ!』

 

 岳山は二人の懐疑的な視線を受け止めつつ、己が一番信頼するヒーローの言葉を代弁し始めた。

 

『……いいかお前ら』

「いい? アンタ達」

 

『今そっちの場にいる四人のヒーローと俺で』

「現場に居るアタシらとデステゴロの五人で」

 

『あのヴィラン捕まえんぞ!』

「あの調子乗ってるヴィラン叩き潰すのよ!」

 

 そこからデステゴロの説明した作戦は、正しく五人のヒーローの総力を結集したと呼べるものだった。岳山は作戦に質問をするのを他の三人に任せ、デステゴロの言葉を伝える事に集中する。

 

「……成程、良い作戦だと思う。今出来る最良の手だろう……俺はこの作戦に賛同する」

「俺もだ……けどこれ、すげぇチームワークが必要だぞ」

『俺等ならやれるさ。そうだろ!』

「アタシらならやれるってデステゴロも言ってるわ。アタシは勿論やるわよ! 早く助けてあげましょう!」

『デステゴロ早く着いてくれ! スタミナがっ! しんどい!』

「……っしゃあ今着いたぞ岳山ァ!」

「名前ェ! 遅いですよデステゴロ! つーか背中の人誰ですか?」

 

 そこで満を持してデステゴロが到着する。その背中には何故か超絶ガリガリのおっさんを背負っていて、デステゴロは物凄い複雑な表情でそのおっさんを見ていた。デステゴロはその複雑な表情のまま「知り合いだ」とだけ言ってオー……っさんを地面に下ろした。おっさんは息を荒げながら片手を上げてデステゴロに礼をしていた。その気安い仕草からして知り合いというのは合っているらしい。

 

「……さぁて、お前ら準備は良いかよ」

「無論」

「早くやろう。エアジェットが燃やされちまう」

「早く助けてあげないと」

 

 デステゴロはやる気に満ちた面々を見て、ヘドロへと一歩踏み出す。

 

「あの野郎に見せてやるぞ! 一般ヒーローの意地を!」




次回、ヘドロヴィラン撃破RTA一般ヒーローチャートはーじまーるよー

あと次回ちょっと無理やり切ったので七千文字くらいになっちゃってます。ちょっと申し訳ないけどいつも以上に力を入れたので、楽しんで読んでください。

明日投稿しますので。

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