無免ヒーローの日常   作:新梁

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今回のあらすじ

デステゴロ登場

mobaさん、クオーレっとさん、プリミティブドラゴンさん、誤字報告ありがとうございます。


第三話。深夜に食う味の濃い飯は旨い

 二人は研究所の中に荷物を置いて、外に出る……前に、心操が芦戸の体を指差した。

 

「なあ、焼き肉だし制服は脱いだ方がいいぞ? 煙臭くなる」

「あ、そっか……じゃあ着替える。ちょうど体育のジャージあるし。どこか着替えるところある?」

「大体の部屋は博士が突入してくる危険があるからなあ……トイレで良いか? そこ曲がったところにあるけど」

「ホントだ。ありがと!」

 

 芦戸が廊下を曲がるのを確認し、心操も自分の制服を着替えるために二階にある私室に向かう。ここには折寺組三人と自分の部屋が用意されているのだ。とはいっても物置を自分の部屋としているだけであるが。

 

「……はぁー、来週学校行きたくねえなあ……」

 

 私室を作った際に発目が三分で取り付けた閂に掛けた南京錠を外し、中に入って戸を閉める。

 

 割と狭い部屋の中は、とても物が多かった。巨大なボンベが数本と、高く積まれたペール缶。台車が2台おいてあり、端には何かの金属素材が山になっている。そしてその上やら下やらに心操の衣類が入った衣装ケースやカラーボックスに入れられた大量の書籍、補修痕の目立つサンドバッグ等が置いてあり、さらに天井からはハンモックが吊るされている。この最低限の掃除のみがなされた物置は、心操にとって自宅以上の自分の城だった。心操は窓を開け、ちょうど真下でコの字にレンガを積んだだけの無骨な焼き肉台に火を入れている出久に声を掛けた。二階からなので、気持ち声を張り上げて。

 

「出久! 何か持っていくものあるかー!?」

「あ、人使君! そろそろ良い感じだから野菜切ってきてくれるー!?」

「了解ー!」

 

 トン、とツギハギガラスの窓を閉め、鍵をかける。そして衣装ケースからラフなジーンズと長袖Tシャツを取りだし、制服から着替える。脱いだ制服はハンモックをくくっている梁に取り付けたハンガーラックにかけておく。

 

「あ、芦戸のも掛けといてやるか」

 

 心操はそう考え、部屋から出て再び錠をかける。建物の外から勝己のがなり声が聞こえた。思ったより早かったな、なんて思いつつ一階のトイレ前に行くと、所在なさげに制服を抱えた、ジャージスタイルの芦戸が居た。

 

「悪い、待たせた」

「ん、大丈夫待ってないよ! ……うーん」

「……何?」

「地味ッ」

 

 地味とは心操が今着ている服の事だろう。普通今から屋外で焼き肉という時に気合いの入った格好はしない。芦戸もそれは分かっているのか、どちらかと言えば少しからかうような口調だ。

 

「悪かったな地味で。その制服吊っとくからちょっと上いくぞ……あと包丁使える?」

「お、サンキュー! あんまり自信無いけどちょっと切るくらいならダイジョブだよ!」

「そっか。ここが俺の部屋だから」

「わあ!! ハンモック! 初めて見た! 寝て良い!?」

「出久が待ってるから後でな」

「やったー!」

 

 さっさとハンガーに制服を吊るし、部屋を出る心操。芦戸も出たことを確認してから部屋の錠を閉め、一瞬してから芦戸が大人しく付いてきてくれた事に気が付き愕然とする。

 

「……本当についてきてくれるのか」

「? 当たり前じゃん」

「いや……うん、そうだよな。今までプライベートで関わった女子が明だけだから、女子って全員明みたいな感じだと思ってた……そんなわけ無いのにな」

 

 キッチンに歩きながらの心操のその言葉に、大分微妙な顔をした芦戸がはあ、と曖昧に頷く。

 

「まあ……まだ会ってないから分かんないけど、多分かなり特殊だよ明ちゃん」

「いや……分かってたんだよ、そんな事。分かってたんだけど、今実感したというか……理解したというか。そんな感じ……あ、ここがキッチンだから」

 

 二人が中に入ると既にそこにはエプロンを着けた爆豪がおり、凄まじい速度で野菜をさばいている。あっという間に食べやすく焼きやすい大きさに分けられていく野菜を見て唖然としている芦戸をよそに、心操が爆豪に声をかけた。

 

「勝己、何やれば良い?」

「遅えわクソが。デクがデッドチキン出すっつってたから、日付の一番古いの持ってけ。あと鉄板」

「はいよ……芦戸、そこの冷蔵庫からタッパー出してくれる? 日付のメモが一番古いやつ」

 

 芦戸は心操の言うとおりに蓋に貼っているメモの日付が一番古いものを取り出す。しかしその目は今尚超人的な包丁さばきを見せる勝己に釘付けだ。

 

「これで良い? ……勝己君スゴいんだねえ」

「誰が名前呼びにして良いつったんだ殺すぞボケクソコラぁ!」

「うわあめっちゃ怒ってる……じゃあ自己紹介してよ! 心操が言ってた名前しか知らないし!」

「クマァ!」

「いや、自分の名前くらい自分で教えてやれよガキじゃねえんだから」

 

 それも尤もだと思ったのか、かなり悔しそうに「クソが!」と呟いた爆豪は芦戸に自分の名前を伝えた。

 

「ふーん。よろしく勝己君!」

「名前で呼ぶなやアアアアア!!!!」

 

 

 

 

「出久、野菜と肉、めんどくさいからもう全部持ってきたぞ」

「ああ、ありがとう人使君……かっちゃんどうしたの?」

「うるせえ黙れ殺すぞ」

「……だいぶキテるね」

「ああ、芦戸に名前呼びで固定されたのがそんなに嫌だったのか……」

「てめえも黙れや……!」

 

 そこで、かまどの裏からのそりと顔を出した発目が例のごとくいらん発言をする。

 

「からかうのはやめてあげて下さいよ人使さん。勝己さんは今嬉しいのを表情に出さないように我慢するので精一杯なんですから」

「殺すぞクソ女アアアアアアアアアア!」

「あ、私おじさんを呼んできますね」

「聞けやァ!」

 

 ついに芦戸に自己紹介どころか視界に入れることすらせずにこの場を去った発目。幼い頃から同年代の人気者であり、そういう対応に慣れていない芦戸は目に見えて落ち込んでいた。

 

「……私、初対面の女の子に存在を認識されなかった……」

「あー、ごめんね……今のは明ちゃん、恥ずかしがってただけだから」

「え……恥ずかしがってた?」

 

 その黒目を驚きで丸くする芦戸に、「恥ずかしいとも違うか……多分、どう接していいか分からなかったんだと思う」と、椅子代わりのツギハギ木箱やテーブルと名付けられた、両側面を切り取って木の板を張り付けただけのツギハギドラム缶を運びながら緑谷が続ける。

 

「明ちゃんはさ、技術方面に極端に偏重した女の子なんだ。サポートアイテムの開発やプログラミングなんかは小学生の頃から大人顔負けで、色々驚かされたんだけど……掃除とか洗濯とか、料理もかな? そういうのはまるでダメでさ。それで、人付き合いに凄く苦手意識というか。明ちゃんは技術者として以外の自分の価値に凄く自信が無いんだよね」

「料理もかな? じゃないよ。アレ美味しく食べられるのはお前だけだぞ出久」

「別に不味くは無いと思うけど……まあそういうわけだからさ、芦戸さんさえ良ければ、根気強く接してあげてくれないかな……自分からは他人に絶対に関わりに行かない子だから」

 

 芦戸はゆっくりと出久の言葉を噛み締める。噛み締めて、意味を図って、やがてゆっくりと頷いた。

 

「ねえ緑谷」

「ん、どしたの?」

 

 出久が金網に野菜を盛りながら芦戸を見る。そこで芦戸は、にんまりと笑った。

 

「明ちゃんは緑谷の彼女?」

「っ! ……うん、ハイソウデス……」

 

 瞬時に顔全体を赤く染める緑谷。その手に握ったトングの先で、くしゃりとアルミホイルに包まれた玉ねぎが潰れた。

 

「……あ、玉ねぎが!」

「ただいま戻りましたー! おじさんはそのうち顔出すそうです! という訳で食べましょうか!」

「ホワアッめめめめめ明ちゃ」

「焦んなアホ。まだ焼いてねえ。あとてめえはちょっと揺すられた位で動揺しすぎだウザってえ」

「……? 何を喋ってたんです?」

 

 不思議そうにコテンと首をかしげる発目に、芦戸が飛び付いた。

 

「明ちゃんっ!」

「……な、んでしょ?」

 

 表面上は普通に挨拶をした彼女だが、少しだけ目線が明後日の方向を向いている。やはり緑谷の言うとおりに、対人が苦手なのだろう。だがそれだけではない事を芦戸は敏感に察知した。

 

 発目の目線が一瞬、芦戸と緑谷をほんの少しだけ往復した。恐らく先程芦戸と緑谷が仲良さげに話していたのを見ていたのだろう。それが平静を装いつつも気になっているのだ。そのいじらしい姿を見てたまらなくなってしまった芦戸は、がばあっ、と発目に抱きついた。

 

「あぁんもう!! 何この子! 可愛いいいい!」

「ふおおっ!?」

「応援するからね私! もうゴールインしてるけど! ここからの波乱は早々無さそうだけど! でも応援してるから! 応援してるから~~~!!!」

「……あの? これは一体……?」

「め、明ちゃんが女の子と喋ってる……!」

「火力が強いな。脂身の多い肉焼き始めたら炎上しそうだ」

「奥の方に火が回ってねえぞ」

 

 急に知り合いにもなっていない女子に抱き締められて困惑する発目とそれに反してガリガリテンションを上げていく芦戸。それを見て感極まる緑谷に、その三人に一切目を向けずに淡々と金網の上に野菜を並べる爆豪と心操。よく分からない混沌とした空間である。

 

「お前ら、コントも良いけどじきに焼け始めるぞ。ピーマンとか」

「……あ、タレ持ってきてないや。皆いつもので良いよね?」

「辛味」

「スパイシーに行きましょう」

「ニンニク多めで頼む」

「えっと、お任せで」

「いつものじゃないか……芦戸さんは辛めと甘めどっちが好き?」

「あー、甘めかな」

「分かった。すぐ持ってくるよ」

 

 とと、と研究所に入る緑谷の背を見送って、芦戸は金網の上から焼けたパプリカをひたすら収集している発目の肩を叩いた。

 

「ん、なんです?」

「緑谷って、料理できる感じなの?」

「出来ますよー。とても上手です!」

 

 とりあえず発目の感想を聞いたが、彼女が料理ベタという情報からしてあまり発言が信用できないと思った芦戸は心操の方を向く。芦戸が何を言いたいのか察した心操は、コクリと頷いた。

 

「本当に出久は料理が上手いよ。というか、もう何年も続けてるアイツの趣味だしな 」

「へぇー……普通の料理も食べてみたいなあ」

「今持ってきてるタレとかデッドチキンの味付けは出久オリジナルだよ」

「デッドチキン……」

「何でも博士の思い出の食べ物らしい。結構下準備に時間がかかるんだけど、博士がたまに食べたくなるとかで出久が作り置きしてるんだ」

 

 その後すぐに出久がタレを持ってきて、各々に小皿を持ち金網から野菜を掠め取り始めた。皮にしっかり焼き目を付けた甘味のあるピーマン、薄く切ったカボチャは外側サックリ、中はほっこりとなる塩梅で。玉ねぎはアルミホイルに包んで焼き、玉ねぎから水分が出て煮えてきた所でホイルを開いてバターと醤油を一匙。じゃがいもはある程度火が通るまで置いておく。しばらくすればホカホカのじゃがバターが食べられることだろう。

 

「まぐまぐ」

「明ちゃん、カボチャいる?」

「まぐっ」

「ハイハイ。キャベツは?」

「まぐ……」

「あんまり好き嫌いしちゃダメだよ」

「何で通じてるの!? 恋人だから!? 恋人だからなの!?」

「勝己、しいたけに塩振ってくれる?」

「オラァ!」

「振りすぎ」

 

 そんな事を話しつつ、金網の上に野菜が半分ほどしか乗らなくなった所で、満を持して肉が投入される。

 

「はいはいはい野菜端に寄せてねー。肉焼くからねー」

「お、やってるね」

「おじさん! 遅かったですね!」

「大人には色々あるんですよ」

 

 鳥などの火が通りにくいものを最初に、どんどん肉を投入していく。焼けるまではまた各々で野菜をつつきあう。シュタインはすぐにまた研究に戻るらしく、椅子を持ってこずにその場でしゃがんでモリモリとキャベツを食べていた。

 

「先生、そんなに忙しいんですか?」

「研究の方はそうでもないんですけど、ちょっと雄英のサポート科の子の就職を面倒見ることになっちゃってね」

「!? サポート科!? おじさん、私、興味あります!」

「興味も何も、その子が英国のヒーローに見込まれて専属になりそうだから同郷として手伝わされてるだけだよ。去年の職場体験に来てた絢爛崎美々美さん、覚えてない?」

 

 そう言われ、芦戸以外の四人は去年見たあの恐ろしい長大さを誇る凄まじい睫毛を思い出す。何故だろう。睫毛以外もかなり濃い顔をしていたはずなのだが、睫毛以外思い出せない。シュタインが言うには、その職場体験中に絢爛崎が作成した試作ヒーローアイテムが、シュタインと懇意にしている英国のヒーローに目をつけられたらしい。

 

「あの人がねえ。ちなみに、なんて名前のヒーローなんです?」

「ん、君らも知ってる筈。英国No.3ヒーローにして有名女優、ハデ・キラビヤだよ。あれ、No.2だっけ?」

「「「「あぁ……」」」」

 

 非常に納得した様子の四人が声を出す。爆豪は黙って肉に食いついていた。確かに派手を極めたハデ・キラビヤと絢爛豪華を極めた絢爛崎の相性はこの上なく合うことだろう。話によると、今は雄英一年生の科目をこなしつつ二年後の渡英に向け準備を進めているらしい。

 

「サポートしたくて雄英にまで来る奴はやっぱりどっかしらネジ外れてるからねえ。割と大手企業よりも、超ピーキーな個性や『人としての個性』をもて余してるヒーローの専属になる事も多いって訳なんです……あ、それ焼けてる? イタダキマス」

「あっ、てめメガネジ! それ俺ん肉だろが!」

「ヘラヘラ。まだまだですねェー勝己。そんなんじゃあトップヒーローなんて……」

「上等だァ! 今ここで殺す!」

「かっちゃん、土埃舞うからあっちでやってくれないかな!?」

「俺だけか!!!」

 

 ギャースカと騒ぎ立てる男三人を横目に、黙々と肉を食べ続ける発目と心操。その様をじっと見ていた芦戸は、隣で肉の二枚一気食いに勤しんでいた発目に声を掛ける。

 

「ねえ明ちゃん、あの集団っていつもああなの?」

「まぐ、まぐまぐ。もぐ」

「ごめんね私それ分かんない」

「ごく……基本ずっとあんな感じですよ。少なくとも私が初めて会った頃には既にああでしたね。四歳の時ですけど」

「仲良いんだねぇ……ん、じゃあ心操は、いつ知り合ったの? 割と家も遠いよね?」

 

 話を振られた心操は、少しだけ虚空を見上げ、何かを数えてから芦戸に向き直った。

 

「小学五年生だから、今年で三年目だな。そう考えると短いな。俺達」

「浅い付き合いってやつですね!」

「そこはちょっとでも誤魔化して欲しかった」

 

 芦戸はそう言う二人を見て何かを納得したように大きく頷き、『じゃあじゃあインタビューしちゃお!』と言い手でマイクを持つ仕草をしてからそれを二人に向けた。

 

「まず始めに! 二人にとって、緑谷ってどんな人!?」

 

「……どんな人、ねえ」

「うん! 教えて?」

「世界で一番好きな人ですね!」

「うわお大胆! しかも即答!」

 

 緑谷が盛大にむせかえる声がしたが、三人の内それに気がついたのは心操だけだった。そして芦戸の攻めは続く。誰に対する攻めなのかは言わずもがなであろうか。

 

「じゃあどこが好きなの!?」

「んん、全部ですかね?」

 

 何とか体勢を立て直した緑谷が再びむせる。

 

「おおお!!! すごいの出ましたァ! でもでも! あえて言うなら!?」

「……あえて……私の発明や、私の考え、私の『人としての個性』をしっかり見てくれるところでしょうか?」

 

 何とか発作を収めた緑谷が、恥ずかしいのを誤魔化すように肉を口に運び、喉に詰まらせかける。

 

「うんうん! イイねイイね! そういうのいいよね! うわべだけで判断しないのは高ポイントだよね!」

「後は、そうですね。やっぱり出久さんは根本的にすごく優しい方ですので、私の体調を気にかけて頂いたり、気分の落ちている時に誰より早く気付いて頂いたりと……私も何度も助けられています」

 

 何とか肉を飲み込んだ緑谷が、痛む胸を撫でながらお茶を飲む。

 

「うわあ! いいなあいいなあ明ちゃん! 超理想の彼氏じゃん! 明ちゃんも幸せそうだし!」

「理想の彼氏……まあ私は出久さん以外を一度も異性として見たことがないので、必然的にそうなりますかね」

「ウッヒョー!」

 

 緑谷がお茶を地面に向かって吹き出し、爆豪がそれを見て非常に嫌そうに顔をしかめた。割とキレイ好きの爆豪である。

 

「芦戸、もう止めてやれ。出久死ぬぞ」

「あ、心操は緑谷の事どう思うの?」

「この空気で言えるか」

「ふうん……じゃあ勝己君は?」

「粗暴」

「スタンダードチンピラですよね」

「殺すぞてめえら……!」

 

 そうして新たに仲間を一人増やした食事会は八時頃まで続き、芦戸は心操に送られて帰っていった。そして、爆豪、緑谷、発目の三人もそれぞれに後片付けを終えた。

 

「二人は、今日この後は?」

「海沿い走って帰る」

「私は研究所に残って開発をしようかと! ちょうどおじさんも残るようですし!」

「そっか……じゃあ僕はまっすぐ帰るよ。二人とも、お休み」

「フン」

「お休みなさい! よい夢を!」

 

 彼らは仲間だ。その目指す道を同じくする同士だ。

 

 しかし、彼らは同じ人間ではない。彼らには彼らの考えがあり、各々の道を進んでいる。

 

 

 

 十数分後。緑谷家近くの路地。

 

 

 

 カコ、と、僕の手の中で暖かいコーヒーのプルタブが開いた。時刻はもうじき九時に迫るかという頃で、僕は自販機の横の路地に座り込み、暖くて少し甘いコーヒーを飲んでいた。四月はまだ夜冷えする。冷たい夜風に冷えた体にコーヒーが染みていく。

 

「……十年、か……」

 

 僕が、本当の意味でヒーローになる事を夢見てから、十年。

 

 いろんな事があった。本当に、いろんな事が。

 

 ご両親が亡くなった明ちゃんが、義父のシュタイン先生と共に僕の家のとなりに引っ越してきたのが始まりだった。

 

 シュタイン先生に土下座して頼み込んで、弟子にしてもらった。

 

 ヴィランに両親を殺害されて心を閉ざしてしまっていた明ちゃんをいろんな所に連れ回した。

 

 先生に闘いを習ってすぐに、初めてかっちゃんと本気で喧嘩した。ボコボコにされたけど。

 

 でも、その後すぐに何人かの年上と喧嘩した。思えばあの一日にかっちゃんとは一騎討ちも、共闘も、どっちも経験したんだな。

 

 そういえばその怪我が原因で明ちゃんと大喧嘩したっけ。でもあの時、明ちゃんは僕のサポーターになるって言ってくれた。跳び跳ねるくらい嬉しかったな。

 

 先生の修行でも、山のごみ拾いはキツかった。でこぼこな斜面を登っては袋一杯にごみを拾って、藪の中まで分け入って。自分の足で麓まで運んだらまた登って。足腰はそうだけど、アレで異常に根性がついたと思う。先生風に言うなら、魂を鍛えてたのかな。

 

 初めて明ちゃんに自爆させられたのはいつだっけな。リュック型ジェットパックが暴走して天高くぶっ飛んだのが最初だった。花火のように自爆したんだ……よく生きてたな、僕。

 

 人使君と出会ったのも、遥か昔に思える。山三つを完璧に清掃して、その頃になると僕と一緒に修行してたかっちゃんと一緒に、海岸に漂着したごみと明ちゃんをリヤカーに積んで運んでたときだったっけ。何だかトボトボ歩いていた人使君がどうしても気になって、声を掛けたんだ。かっちゃんには鬱陶しがられたけど、こうして親友になった今ではあの時の判断は誤りではなかったと胸を張れる。

 

 僕がこれまでの十年を思い返していると、僕の横の自販機がガコン、と音を立てた。

 

「……かっちゃん」

「家にも帰らずに、何してんだテメーは」

 

 そこにいたのは、腹ごなしに走っているはずのかっちゃんだった。腹ごなしのはずなのにかなり全力で走ったらしく、息が上がっている。かっちゃんは僕と同じ自販機で買ったスポーツドリンクの蓋を開けて、僕が座り込んでいるのと同じ壁に背中を預けて一気に半分ほど流し込んだ。

 

「冷たいの一気に飲むと体に悪いよ」

「どういう飲み方しようが俺の勝手だろが」

 

 そこからしばらく、僕はコーヒーを、かっちゃんはスポーツドリンクを黙って飲んでいた。

 

 言動に対するリアクションが恐ろしく派手なだけで、本来割と口数の少ないかっちゃんはこういう時は本当に喋らない。けど別に気まずくなるような空気でもない、心地良い沈黙の中、かっちゃんが飲み終えたペットボトルをゴミ箱に入れた。

 

「……で、何しとんだ」

「うん……ちょっと、この十年を思い出してさ。浸ってたんだ」

「キメェ」

「酷いな……僕からしてみれば、本当にいろんな事があった十年だったんだけど……でも、僕思い返してみたら一回もかっちゃんに喧嘩で勝ったこと無いや。殴り合いの喧嘩なんて数えきれないほどしたのに」

 

 僕の言葉を聞いて、かっちゃんは鼻で笑った。

 

「テメェが俺に勝つなんざ十年早えんだよ」

「多分十年前にも同じ事聞いたよね……」

「アァ!? 今なら勝てるってか?」

「どうだろう……案外勝てるかもしれないよ? 他でもないかっちゃんの予想なんだからさ」

「……面白え、上等だ……公園行くぞ」

 

 

 

 一方、折寺のベテランヒーローデステゴロ。

 

 

 

「デステゴロー給料上げてくださいよォ」

「上げん」

 

 彼はパトロールをしつつ金髪のサイドキックと賃金交渉に励んでいた。

 

「上げてくれたらその分早く出ていきますから! ね! 自分のためと思って!」

 

 デステゴロを拝むかのように手を合わせているのはサイドキックの岳山。最初から個人事務所でヒーロー活動を始めるため、ヒーロー名を隠し事務員兼サイドキックとしてデステゴロ事務所で働いている。

 

「無駄遣いするお前が悪い! お前が高校卒業した後二年だけって言ったから雇ったのに、今四年目だぞ! サイドキック!」

「あ! じゃーこうしましょうよ! 私が個性使って大目立ちしますから! それでデステゴロ事務所も潤う! 私も潤う! ね!?」

「それで町が壊れる! 借金が嵩む! だろ!? 俺とお前の約束言ってみろ!」

 

 デステゴロの言い分がこの場合正しいので、少々悔しそうな顔をしながら岳山は契約時にした約束を復唱する。

 

「……私からデステゴロに、『ヒーロー名は言わない』。電撃デビューのヒーローとして注目を浴びたいから」

「そうだ。で?」

「……デステゴロから私に、『個性は使わない』……事務所にも予算があるから……です」

「そうだな。で、何か言うことは?」

「個性使わせてください!」

「岳山ァ! お前は……うん?」

 

 懲りない後輩を叱りつけようとしたデステゴロだったが、その前に少し遠くから聞こえる音に気がつく。それは土を蹴り、肉を打ち、骨がぶつかる音。そして気合いを入れる怒鳴り声。

 

「……戦闘音?」

「お前も気づいたか……行くぞ」

「了解。あ、個性は」

「禁止だ」

 

 二人がほんの微かに聞こえる戦闘音を頼りにいくつかの路地を抜けると、そこには小さな公園があった。そしてそこで戦っている少年達を見て、大きく息を吐いた。

 

「っらァ! どうしたデク! んなモンかァ!? まだやれんだろテメエなら! もっと根性出せや! あぁ!?」

「言われなくたっ……て!」

「っぐぅッ! 効……っかねえんだよ! テメエのヘボパンチなんざよ!」

「あがあっ!? ガフッ、げほ……っぬああああ!!!!」

「ぐぶぅっ……っ!?」

 

 そこで戦っていたのは、彼らにとってはお馴染みの顔だった。折寺のトラブルメーカー、自ら言い出したわけでもなく、免許も無い、ただその行動のみでこの街の人間から『ヒーロー』と呼ばれるに至った中学生。

 

「勝己と出久か……」

「何だ、あの二人なら問題ないですね」

 

 そこに居たのは、『無免ヒーロー』緑谷と爆豪であった。それを見た岳山の言葉をデステゴロはズバッと一刀にする。

 

「ある! 今何時だと思ってんだ! オラそこの二人ィ!」

「うわあ見つかったァ!」

「っそが! 間が悪いんだよ!」

「悪いのはお前らだろ! 逃がすか!」

 

 と、デステゴロが一歩前に進んだ瞬間爆豪は公園のフェンスを上り、その縁を走って脱出する。緑谷に至っては側の木に登り、木から木へと、決して近くない、むしろ遠いほどの距離を跳んで公園から脱出した。まったく呆れる身体能力である。そのあまりにも鮮やかな逃走劇に二歩目を踏み出す事を忘れたデステゴロは、数秒経って現状を把握してから吠えた。

 

「あンのクソガキァァァァァ!」

 

 

 

 所変わって、緑谷宅。

 

 

 

 緑谷出久の母、緑谷引子は家事が一通り済んだことでできた余裕を使い、本を読んでいた。今日は息子が外で食べてくると連絡もあったことから、かなりゆったりとしている。今読んでいるのはミステリー小説。殺人などではなく、日常のちょっとした問題をひっそりと解決していく刑事事件にならない短編集タイプのミステリー小説だ。既に三編を読了していた引子は、四編の犯人を今にも暴こうというところで玄関のドアが開いた音がし、非常にガックリとした気分を味わった。少し恨めしい様子で扉を開けた主を見に行くと、それはもちろん自分の息子、緑谷出久であった。その後ろには爆豪も居た。

 

「お帰り出久、と勝己くん……また喧嘩?」

「あはははは……まあ、うん」

「……ッス」

 

 二人は引子の目には満身創痍に見えた。目元に腫れ、鼻血を拭いた痕跡、擦りきれて穴の空いたズボン。その下は派手に擦りむいて血がにじんでいる。ついでに自分の息子には大量の葉っぱ。引子はふう、と溜め息を一つ吐き、息子の頭頂部に付いた葉っぱを摘まんで玄関の外に落とした。

 

「とりあえず、出久は葉っぱ落としてきて。お風呂沸いてるから勝己くんは先に入って……どうせ腹ぺこでしょ? 何か作っておいてあげるから、出てきたら食べなさい」

「あ、ありがとう母さん」

「……ざっす」

「いいのいいの。二人が喧嘩してきたらいつもこうじゃない。さ、早く行ってらっしゃい」

 

 よくある事とはいえ、事情も聞かないのは引子が二人が何か悪事を働くようなことは無いと信頼しているからである。冷凍庫を開け、パック分けして冷凍していたカレーを取り出し鍋に放り込み水を多少入れ、凍っていたカレーが溶ける頃合いを見計らって冷凍するために外気で冷やしていた白米を電子レンジにかける。その頃には既に二人は汚れを落としてリビングに来ていたので、「テーブル拭いてくれる?」と言って食卓周りを片付けさせた。そしてくつくつと煮えるカレーを温めたご飯の上にかけ、キレイに拭かれたテーブルに二つの椀を乗せる。

 

「はい、召し上がれ!」

「いただきます!」

「いただきます」

 

 そうして二人が食べ始めたのを見て、引子は再び本を開くのだった。

 

「かっちゃん、今日はどんな感じだった? 結構手技を導入してみてるんだけど」

「……テメエの手技はまだヌルい。動作がでかすぎる。あと全体的に体捌きが無手を想定しきれてねえ。テメエの動きは『サポートアイテムを失ったヒーロー』の動きだ。『サポートアイテムが無くても闘える』ヒーローの動きじゃねえ」

「うーん、やっぱりかあ。僕も正直うまくやれてる感じがなかったんだよね。こりゃあ手技導入の前に色々固め直さなきゃいけないな……あ、そういえばかっちゃんは今日投げ技を使ってきたけど、軍式格闘なんていつ習ったの?」

「別に習った訳じゃねえ。あんなん動画で見て多少練習すればある程度できるもんだろ」

「うわでた」

 

 二人がわーわーと言いながらカレーを食べる所を横目に見ながら、引子はクスリと笑って小説のページをめくった。




爆豪アダ名名鑑

シュタイン

眼鏡の螺子よってメガネジ。クソメガネ、腐れメガネとも。

ソウルイーターのキャラクター、ブラック☆スターが授業でシュタインの事をこう呼んでいたのが元ネタ。後二つは特に元ネタ無し。爆豪なら呼ぶだろ。
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