無免ヒーローの日常   作:新梁

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遅くなったー!いっやー遅くなった!お待たせ!

三年生編の残り月数に比べて張らなきゃいけない伏線が多すぎる。なんで二年生編の時に張っとかなかったのか。まさかこの歳になって夏休みの宿題を最後の二週間で追い込みまくってた記憶を思い出すとは……成長してねえな!

今回のあらすじ

アフォのターン!モンスターを裏側守備表示で召喚!

リア10爆発46さん、誤字報告ありがとうございます。


第三十二話。七月初旬、動き出す悪意

 結田府中学校。校舎裏。

 

 

 

「君さあ、葉っぱを色んなものに変えられる個性なんだって?」

「ちょっと俺等助けると思ってさぁ、この葉っぱ金に変えてよ」

 

 どこの学校だろうと、何なら学校で無かろうとも人が集まればその中から悪い事を考える輩は現れる。

 

「か、金はマズイっすよ……それに変えてもすぐ戻るし……」

「すぐ使えばバレねーって」

「ホラさっさと……」

 

 しかし、そういう者達はこの学校では長続きしない。

 

「……何君ら。金が欲しいの?」

「あ゛? 今こいつと話して────ッ!?」

 

 そう。この学校には……

 

「もっぺん聞くけど……金、欲しいの?」

「………………っ」

「………………」

 

 この学校には、そんな『小悪党』が生きていけないような、とびっきりの『大悪党』が居るからだ。

 

 学校の窓枠に肘を付き、僅かに見下ろすような体勢でその場に居る三人に声を掛ける一人の男。カツアゲ(というか不正目的個性使用の強要)をしていた二人は頬に一筋の汗を流しながら『彼』を睨み、恫喝されていた狸面は窓から『彼』の顔が見えた瞬間、その口をガバっと覆い一言も声を発しないように備えた。

 

 窓から身体を覗かせていたのは、逆立った紫色の髪にそこそこ端正な顔付き、そしてそれを台無しにするような真っ黒の隈。爽やかな白い学生シャツから覗く見るからに筋肉質な腕には、日常生活では決して付く事が無いであろう類の、大小様々な傷痕。

 

 そんな総合的に見て厳つ過ぎる見た目をした結田府中を支配する魔王……心操人使は、そんな三人を気だるげな無表情で見つめながらもう一度カツアゲ犯の意思を確かめる。

 

「……おい、どっちなんだよ? 言わなきゃ何も分かんねえ……って、オイ!」

 

 遂に一言も話す事無く走り去っていった小悪党二人組を窓枠に頬杖を付きながら見送った心操は、一つ溜息を吐いてから未だに両手で口を押さえてその場に縮こまっている狸面の後輩に声を掛けた。

 

「…………あー、お前……脅し以外に何かされたか?」

 

 口を押さえたまま、ブルブルと涙を堪えながら必死で首を横に振る狸面に背を向けて、心操は「次は捕まんなよ」と軽く手を振った。すると狸面は首が取れるのではないかという程に何度も首を縦に振ってから一度お辞儀をし、口を押さえたまま走り去っていった。

 

「……んな警戒しなくても何もしねーよ……」

 

 心操はクルリと身体を回転させて裏庭から目を離し、窓枠に身体を預け大きな溜息を吐く。

 

 今日も今日とて心操人使は、誰にも口を利いて貰えない。

 

「………………っはぁ────…………」

「オウ。相変わらず悪名高いな、心操」

「うるせえ馬鹿。アホ。切島」

 

 正確には『一部を除いて』誰にも、だ。そんな数少ない例外である切島鋭児郎は心操の肩を軽く叩いて彼を励ました。そして帰ってきたのは謎の罵倒(?)だった。

 

「お前人の名前を悪口の一種みたいにさぁ……」

「切島【きり-しま】:①優秀なのに巡り合わせが悪く結果が伴わない人の事 ②日ごろから他の人間の起こした問題のとばっちりを受けている人の事 ③いわへびポケモン ④人名」

「お前人の名前をさぁ! しかも人名使用が何で四番なんだよ! せめてイワークよりは前にしてくんねぇ!?」

「良いだろ別に……お前は種族値的にイワークとそう大して変わんないんだから。ロックブラストやってみろよロックブラスト」

「ばくれつパンチッ!」

「四倍急所ッッ」

 

 ヘラヘラと笑っていた心操の脇腹に硬化した切島の拳(てつのこぶし)が突き刺さる。身体のバネを目一杯使った正拳突きにより心操は切島の反対側に吹っ飛び、身体を廊下に打ち付ける前にハンドスプリングの要領で一度身体を跳ねさせてからクルンと数メートル先に着地した。周囲で心操VS切島(スジモンバトル)の様子を伺っていた生徒達が突如お披露目されたアクロバティックな挙動におお、とざわめく。

 

「いってえぇぇ……あく/ノーマルだから効いたぁ……」

「お前自分があくタイプの自覚あったんだな」

「ふいうちとちょうはつとわるだくみとてだすけが得意技だからな……」

「攻撃技ゼロなのな」

 

 そんな頭をゲーフリに侵食されたやり取りをしている切島の背中がパンッ、と叩かれる。切島が振り返ると、そこには呆れた表情の芦戸が立っていた。

 

「お、芦戸。どした?」

「どした? じゃないって。二人とも悪目立ち半端無いよ」

「わるめだちなんて技無いぞ」

「もう! いい加減現実に帰ってきなって!」

 

 更に一歩近寄ってきた芦戸に流れ作業のようにスパンスパンと頭を叩かれ、正気に戻った二人は気付く。

 

 そういえば今自分達が居る場所は常時笑気ガスが漂っている疑惑のある、混沌極まるツギハギ研究所ではなく普通の私立中学である。我に返って周囲を見回した心操から一斉に視線を外す生徒の群れを見て眉を引き攣らせた彼は、喉の奥から最近言ってなかった台詞を久々に絞り出した。

 

「……折寺に転校してえ……」

「いやいやお前……本当に転校してえのか? 三日に一回緑谷から爆死報告が来るような魔窟に?」

「………………やっぱ結田府(ここ)で良い……」

 

 居心地の悪さよりも命の方が大事だった。

 

 失意に沈む心操の肩を切島と芦戸の二人が慰めるように叩き、足下に置いていたカバンを背負い直して校門へと歩き始める。そこで心操は何食わぬ顔で横を歩いている芦戸を見て首を傾げた。

 

「そう言えばお前、用事って何だったんだよ? 待っててって言われたから待ってたけどさ」

 

 心操が先程廊下で窓の外を眺めていたのは偶然ではなく、芦戸に用事があるから研究所に行くのを暫く待っていて欲しいと言われたからであった。急いでいる様子だったので何も言わず送り出したのだが、やはり気になった心操は軽い調子でそれを聞く。

 

 そして聞かれた芦戸はというと、ピクリと身体を震わせてから急にソワソワと落ち着きを無くしていた。

 

「あー……まー、ちょっとね」

 

 いつもと違い歯切れの悪い芦戸に二人は首を傾げる。言いにくい事ならばそう追求する事でも無いと前を向いた二人をチラ、と横目で見て、芦戸はリュックの肩紐を何となしに弄った。

 

「……ちょっとー、そ、のォ…………」

 

 芦戸はイジイジとリュックを触りながら何度か地面と自分の手を見比べ、それから、

 

「……告……白……を、ですね……されちゃいまして」

 

 と、細い声で呟いた。

 

「へェー」

「オォ! へぇー!」

「………………」

「あ、そうだ。切島こないだ借りた漫画いつ返せばいい?」

「あぁ、読み終わったら研究所持ってきてくれりゃいいよ……あ、コンビニ寄っていいか?」

「ああ、オッケー……あ、今週のジャンプ係俺だっけ?」

「こないだ爆豪だったよな? なら心操だな。今週から新連載だっけか」

「やべ、完全に忘れてた」

「忘れてたっつって、今日金曜だぞ。別に忘れてても月曜になったら思い出すんじゃね?」

「まーなぁ」

 

 三人はコンビニに入ってカゴを一つ取り、駄菓子やら何やらをガサガサ詰め始める。本日より週末にかけて研究所に居座る為の準備である。

 

 両親が共働きであり週の大半を緑谷宅やツギハギ研究所、まれに爆豪宅で過ごす心操はともかくとして、最近では切島も研究所で寝泊まり(激し過ぎる訓練の末にブッ倒れる意味)する事が多くなっていた。心操は甘いものから辛いものまで様々な間食を突っ込んだ買い物カゴをレジに置き、切島からカンパとして千円札を受け取った。

 

「あ、会計お願いします……芦戸ファミチキ食う?」

え? 総スルーのまま進めるの? 嘘でしょ? 

 

 雑な扱いによる機能停止から再起動した芦戸は開口一番そう言った。

 

「え……いやだって、反応しづらい話題だったし……なあ切島」

「だな。せめて断ったとか受けたとかまで言ってくれないと何も言えねえ」

「…………断った、けど?」

「ふーん。あ、スンマセンファミチキ下さい」

「あ、ファミチキ二つで!」

「もう! 馬鹿!」

 

 芦戸は二人の背中を力一杯平手で張った。

 

「悪かったって」

「機嫌直せよ」

「フン!」

 

 コンビニを出た三人は、研究所への道を早歩きで歩いていた。というより、男二人の悪ふざけで機嫌を悪くした芦戸の早足に二人が必死に機嫌を取りながらついていくと言った方が正しいか。

 

「……ていうか何で断ったんだよ。彼氏いたっけ?」

「居たらキミタチと行動してないですぅー」

「……まあ、それもそうだな。ちょい意外だけど」

 

 その心操の言葉に未だ機嫌の悪い芦戸が鋭く噛み付く。

 

「意外? 意外って何よ。派手だから軽そうに見えた?」

「……んなツンケンすんなよ……いや、芦戸って普通に人当たり良いし美人だし、彼氏とか居ても全然おかしくない感じするぞ。なあ切島?」

「あー、まーなあ。てかぶっちゃけ結田府中で一番男子人気高いのって芦戸じゃね? 多分」

「……っ……ふ、ふぅーん……? へぇー……そう?」

(あっ、緩んだ)

(緩んだな)

 

 日常会話を心掛けつつも芦戸の機嫌を伺っていた二人は、彼女がせわしなく鞄の肩紐と前髪をイジイジと弄り始めたのを見て心の中で安堵の吐息を吐いた。

 

 切島は横に不機嫌な奴が居たら単純に気まずい為。

 

 心操は機嫌の悪い女性をそのまま放置などしておくと下手をすれば爆殺されてもおかしくないという世間一般的な常識を身を以て知っている為である。

 

「まあ、芦戸がそうしたんならそれでいいんじゃねえの? 他人がどうこう言う事じゃねえし」

「だァな。つーか芦戸はどんな反応期待してんだよ」

「……どんな反応……? どんな反応期待してたんだろ……」

「知らんよ」

 

 そう駄弁りながら歩いていた三人は、研究所の前に何やら高級そうな車が停まっているのを見つける。

 

「…………? お客さんかな」

「これ結構な高級車だぞ」

「この研究所に一番似合わない系統の物体じゃね? これ」

 

 中に人が居ないのを確認した上で頭に疑問符を浮かべつつその車を眺める三人だったが、研究所から自転車を押して緑谷と爆豪、そして発目の三人が出てきた事で状況は動く。

 

「あ、三人共来たんだ」

「ああ。出久、この車は?」

「何か、お客さんらしいよ? 結構大事な」

 

 邪魔だって追い出されちゃった。そう言って緑谷は自転車をその場に停める。

 

「これから海浜公園行くけど、三人は?」

「海浜……って結構遠いな……研究所の自転車って三台しか無かったよな……走りか……」

 

 結構な距離を走る事になると思いゲンナリした顔をした心操に緑谷は邪気の無い笑顔で自転車のハンドルを明け渡す。

 

「あ、なら僕が走っていくよ。人使君は自転車使っていいよ!」

「ハッ、良かったなァクマ野郎。何なら俺も貸したろか」

 

 緑谷の無邪気な善意(善意)と、爆豪の見下した目線から贈られる善意(悪意)にギリギリと歯を食いしばった心操は、どうにかこうにか震える笑顔を作った。

 

「……い……いや……ァ……? そんくらいの距離、全ッ然ッ、走っていけますけどねェ……?」

「無理すんなよ貧弱野郎」

「かっちゃん! ……ほらさ、僕は気にしないから」

「俺が気にするんだって! クッソっ見てろよ! 絶対走り切るからな!」

 

 そう言い放ち逃げ出すように走り出した心操の背中を眺めていた二人に緑谷がハンドルを差し出す。

 

「……えっと、二人はどうする?」

「……いや! この状況でそのハンドル握るのは漢じゃねえだろ! ウッシャア行くぜッ!!」

「あーもう! 私も走るよ! 私も走ります! もおおお!!」

 

 ズタズタと勢いに任せて走っていった結田府三人組を見送ってから、緑谷は爆豪の顔を見て「僕等も走ろっか」と言う。

 

「出久さん、私は自転車で行きますか? それとも背負いますか?」

「うーん、せっかくだし背負わせて貰おうかな」

「はーい」

 

 軽くその場でストレッチを始める緑谷と、雪山行軍時にお披露目された発目明背負いデバイスを取りに戻る発目。爆豪はフンス、と軽く鼻を鳴らした。

 

 尚、海浜公園までは約六キロ。そのうち二キロ半は上り坂である。

 

 

 

 ツギハギ研究所。実はあった応接室。

 

 

 

 シュタインは緑谷達を追い出してから台所に入り、冷蔵庫に入っていた麦茶を取り出し氷の入ったコップ三つに注ぐ。それをトレーに載せて応接室に入った。

 

「今日は暑かったでしょう。どうぞ、めんつゆです」

「おお、ありがとうございます! 丁度喉が乾いていまして。冷たいめんつゆを飲みたかった所だ!」

「ありがとうございます。頂きます」

「もー! ノリが悪いぞ宮下!」

「ノリ……? いえ、社長の頭には何も乗っていませんが」

「もぉー宮下ぁー! スキあらば繋げるんじゃないよ全くお前はもう! 商談先でくらい社長いじりは自重しなさいよ全く!」

 

 シュタインが軽いジャブに放っためんつゆジョークに嬉々として乗っかってきた男とその秘書。シュタインは先に貰った名刺をテーブルの上に並べながら大きく息を吐く。

 

「しかし、社の者を寄越すとは言っていましたがまさか……社長直々とは」

「それだけ貴方との契約を重要視しているという事ですよ……シュタイン博士」

「買いかぶりでは? 俺はただのしがないマッドサイエンティストですよ」

「いえいえ……業界では有名ですよ? 英国元No.1ヒーローが個人でサポートアイテムを作っている事は……実は、そんな有名人を是非ひと目見てみたい、と思ったのが私のここに来た理由の一つでもありまして」

 

 そう言ってニコリと笑う眼の前の男を見て、名刺を見て、麦茶(めんつゆ)を一口飲んだシュタインは細く長く溜息を吐く。

 

(…………一般向け総合サポート商社デトネラット……四ツ橋力也社長……ねえ)

 

 シュタインが一息ついた所で軽い雑談が終わったと判断した四ツ橋は、秘書の宮下にさり気なく合図をしてタブレットを取り出させる。

 

「確か、俺をスカウトしたいとかいう話でしたよね」

「ええ、是非に……ただ、これから話す事はまだ他言無用でお願いしたい。宮下、頼むよ」

「ええ……今現在、我々デトネラット社は一人ひとりの個性、一人ひとりが要求する多様的条件に合わせた業務、日用品の作成という分野で業界シェアトップを誇っており────」

 

 一見して手の込んでいると分かるようなスライドを立ち上げツラツラと淀み無く説明を始めた宮下を遮るように、シュタインはジイィー、と殊更大きな音を立ててネジを回した。

 

「で、要するに?」

 

 恐らく四ツ橋というクセの強い人物と長らく共に居るからだろう。宮下はそんな横槍に何思う事無くタブレットを一度スライドさせる。そこには先程までの力の入ったプレゼン資料は何だったのかと問いただしたくなるような、雑な画面が映っていた。

 

「近々ヒーロー業界に参戦する予定なので、我が社の社員になって我々を技術面から支えて頂きたいのです」

 

 そこには画面一面に、虹色に輝く創英角ポップ体で『幹部待遇』とデカデカ書かれていた。

 

 その五分あれば作れそうな雑い画面を眺めながらジィーコ、ジィーコ、と数度頭のネジを回したシュタインは、軽く首を回して「幹部待遇で、俺に名義貸しをしろと?」と呟く。

 

「まさか! そんな勿体無い事はしません! 貴方には我が社の技術的中核を担って欲しいのですよ」

「俺にだって生活があり、客が居る。俺の客はいわゆる『大企業』から弾かれるような個性、人格のクセが強い連中ばかりです。その客を見放せと?」

「全てのニーズに対応。それが我々の掲げるモットーです。契約は我が社が責任を持って不満の出ないよう引き継ぎましょう。なんなら我が社に籍を移した後も、ご希望であればその方々には博士が対応すると宜しい」

 

 シュタインは立て続けに積み上げられる好条件に顔を顰めて煙草を取り出し、火は付けず口に咥えた。

 

「……分からないな。何故俺なんです? 確かに俺は優秀な技術者です。けど『それだけ』だ」

 

 稀に存在する『本当の意味での天才(発目明の様な人間)』を知っているシュタインからすれば、ヒーローとしてならともかく技術屋としては優秀止まりの自分をそこまでして抱え込みたい理由が分からなかった。

 

 そもそもシュタインが他国でNo.1まで登りつめた事を知る人間は(義娘の為すぐに引退したので期間が短かった事もあり)国内には少なく、そんな自分がサポートアイテムを作っている事を知る人間は更に少ない。自分を抱え込んでから宣伝するにしても、マッド丸出しのツギハギネジメガネでは宣伝効果にも限界があるだろう。

 

「……そろそろ本当の事を言ったらどうです。これ以上の会話は、それからだ」

 

 そう言い、シュタインは煙草に火を付けてヘラヘラと笑う。それを見て、四ツ橋はニコニコと笑う。

 

 宮下はそんな二人を見て、かつてどこかで聞いた『笑顔は牙をむき出しにして敵を威嚇する表情が変化した物』という説を思い出していた。

 

「……そうだね、博士……これはまだ誰にも言っていない事だがね、私は『誰もが個性を自由に使える場所』を作りたい……そう、考えている」

 

 四ツ橋のこの言葉にシュタインと宮下が僅かに目を見開く。それを感じながら、四ツ橋は顔の前で手を組んでポツリポツリと言葉を紡ぐ。

 

「……私はね、今のこの個性犯罪蔓延る社会は『抑圧』から産まれている……と、そう考えている。ヒーローのようなごく一部の人間以外は皆押し並べて『無個性』になる事を強いられるこの社会構造からね」

「社長、それは……」

「宮下、恐らくだが君には分からない気持ちだろう……この気持ちはきっと、言い方が悪くなるのを承知で言うが『弱個性』には分からない…………強い個性、有用な個性を持つ人間がそれを制限される事に対する……この、慢性的で強い……ストレスは、ね」

 

 だからこその、制限速度以上のスピードを出しても良いレースサーキットの様に、誰もが思い切り個性を使える場所、要するにこの社会の『履け口』を作るのだと、四ツ橋は言う。

 

「……俺にそれを、手伝えと?」

「その通り」

「……話が戻りますが……何故、俺なんです」

 

 シュタインの疑問に今度は凶暴さの見えない、心よりの笑顔を浮かべて四ツ橋は「簡単さ」と言う。

 

「私がしたいのはね、抑圧された衝動、人の誰しもが持つ一種の狂気の『解放』だ……そして君は、その『狂気』そのものと闘った経験がある」

 

 ピクリ、とシュタインの手が動く。それを見て満足気に手を組み直した四ツ橋は再び笑顔をシュタインに向けた。

 

「驚いたかい? デトネラット……国内トップシェア企業の組織力だよ、死神教最後の信徒の一人にして最強の信徒、フランケン・シュタイン君」

「……成程、俺の力を借りたい理由はよく分かりました。で、俺のメリットは何です? 一応言っておくと金は間に合ってますよ」

 

 再びネジを回し始めたシュタインに向かいパン! と大きく手を打った四ツ橋は「そうそれ!」とシュタインに叫ぶ。

 

「幾らこちらの腹を曝け出しても肝心のそれが分からないんだ! だから今日はその交渉に来たのだよ。シュタイン君、君は何が欲しい!」

「今の日常があればそれで……」

「おっと、そうは問屋が卸さないぞ。言ったろう? 君の事は調べさせてもらった……さっきみたいな情報だけじゃない事は分かっている筈だ」

 

 大げさに掲げていた手を両膝に載せ、身を乗り出すようにしてシュタインに顔を近付ける四ツ橋。ニンマリと輝く前歯を見せながら彼は押さえ付けたような声でシュタインに語り掛ける。

 

「君は、誰よりも、誰よりも、誰よりも! この世の誰よりも、『変化』を好む人間だ! そんな君が今のゆるゆる日常系ネット小説みたいな毎日に満足? 心にも無い事を口にするのは感心できないな」

「……ヤレヤレ、俺も面倒な人間に眼を付けられたもんだ」

 

 ニコニコと、ヘラヘラと。

 

 今にも互いに殴り合いを始めるような雰囲気を出す二人の横で、宮下は(今なら多少サボっててもバレないな)と思い「お手洗いを借ります」と席を立った。

 

 

 

 蟾ィ謔ェ繧ェ繝シ繝ォ繝サ繝輔か繝シ繝サ繝ッ繝ウ繧「繧ク繝医€よアコ謌ヲ蜑肴律縲�

 

 

 

「先生はよくヒーローの活躍する番組を見とるな。やはり先生のような人には見え方が違うのかの」

「うん? あぁ……ハハハ、なぁに、何のかんのと言っても僕は結局昔の人間だからね。今の世代ならこういうのは動画サイトなんかを漁るんだろうけど、どうしてもテレビを見てしまうんだよ。ネットを見た方が効率が良いのは分かるんだけど……ま、趣味さ。それに知りたい情報のみを知れるネットと違い、こういったアナログな情報手段は知りたかった以外の情報も齎してくれる。まあテレビをアナログと言うかは人次第なんだろうが」

「何故テレビを見るのかを聞いたわけでは無いんじゃが……」

 

 聞いたは良いものの別に明確な答えを欲しかった訳ではない白衣の小男…………ドクターは、手元のキーボードを軽やかに指先で叩きながら「まあいいがの」と呟いた。

 

『それでは続いて『街のヒーロー』のコーナーです! このコーナーでは視聴者の方々から頂いた『自分の街を守るヒーロー』のお便りから毎週一人のヒーローを一日独占取材!』

「お、始まった……これが毎週楽しみなんだよ」

 

 ワクワク、といった様子で椅子に深く腰掛けてテレビの音に耳を傾ける『先生』を見てドクターもまた一旦パソコンの画面から目を離し、テレビを見つめた。

 

『本日のヒーローはこの方! スプリングヒーロースプリンガー!』

「へぇ……面白い個性だなぁ」

 

 まるでテレビショッピングでも見ているような雰囲気でそのヒーローの活動する様子を見る二人。ドクターは先生が「個性の組み合わせが……」や、「増強系の負荷に耐えられるか……」と呟いているのを見て少し笑い、「そういう所はいつまでも変わらんの」と言った。

 

「ハハ、何だろう、少し恥ずかしいな……個性柄もあるんだろうけど、結局僕は好きなんだよ。この社会にごまんと転がっている『個性』ってやつがさ……その人間がどんな個性を持っているのか。その個性でどんな人生を歩んできたのか。その個性にはどんな可能性があるのか……考えるだけでワクワクしないかい?」

「その気持ちは分かるがの。じゃからこそ儂もこの分野を研究しておる訳じゃしな」

 

 ワクワクと浮足立つ気持ちを抑えられない。そんな笑い声をひとしきり上げた後で先生は「よし」と軽く頷いた。

 

「うん。やっぱりあの個性は貰おう。撥条化した肉体がどれほどの負荷に耐えられるかは未知数だが、やっぱり新しい事には挑戦しないとね」

「ふむ……なら脳無を使うのか?」

 

 ドクターの問いかけに先生は顎を触り「いや、それは駄目だよ」と否定した。

 

「もう脳無をお披露目する場所は決まってる。それにアレは弔に与える力だ。私が常用していては新鮮味が無くなるよ」

「ふぅむ……相変わらずこだわりの強い人じゃの……では?」

「ああ……マキアに、行ってもらおう……さて、スプリンガーの事務所は……」

 

 そこで言葉を止め、「ふむ、これは……」と爛れた頭を撫でる先生。彼の反応が気になったドクターもスプリンガーの事務所を調べ、住所を見てから「……こりゃまた厄介な所にあるのう……」と言った。

 

「結田府……結田府か……」

「折寺に程近い場所じゃな……『鬼人』の縄張りか……止めておくのか?」

「まさか。けどそうだな……前言を撤回するけれど、やはり脳無は使おう。できれば隠密な活動ができる個性を持つ奴が良い……目立たないに越した事は無いからね。そしてマキアは『陽動』に。ついでに現代の『死武ガキ隊』がどれ程の力を持っているのかを調べられたら上出来かな」

 

 先生の指令に沿う脳無を選定しながらも、ドクターは首を傾げた。

 

「死武ガキ隊? 何じゃいそれは」

「ああ……ドクターは『スパルトイ』の方が聞き覚えがあるかな。死神教の武力行使を主にする若手精鋭部隊の名前さ。発足当初は『死武ガキ隊』、敵対していた鬼神教との決戦時、シュタイン君が所属していた頃には『スパルトイ』……そして、今は……」

 

 先生は、昔を思い出すかのように中空に顔を向けながら、ポツリとその名を零す。

 

「……死神教が無くなった今は……『無免ヒーロー』……なんて呼ばれているようだね」

「成程……のう……先生、この脳無でどうじゃ?」

「うん、良いね……さて、マキアを呼ばなければ。それと周囲の監視カメラを機能不全にする準備……やれやれ、久々だな、こういうのは」

「ヤレヤレ等という顔をしとらんぞい」

「ハッハッ、バレたか。流石はドクターだ」

 

 光の当たる表で、そしてその光の裏に隠れて。

 

『悪意』はゆっくりと、動き始める。




四月に緑谷の山場は終わった……来月は結田府組の山場……九月には爆豪の山場があって……十月か十一月には発目の山場……んでその合間にどっかで赤黒さんの話を入れて二月にはもう入試……

(作中)時間が足りねえぞォ!

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