今回からまたちょいと殺伐します。一応そんなに長くはならない予定ですが、もしここに三話以上使うようならまた割り方を数字に変えます。
あと自分普段は単行本以外買わない人なんですけど、今回キャラクターブックを二冊買いました。そしたら芦戸の項に恋愛は一度もしたことがないと書いてて個人的には凄くニッコリしました。
今回のあらすじ
心操「あ゛ー……暇……博士は仕事中だろうから邪魔できないし出久達は学校だし……俺って友達居ねえなあ……」
鳩「ッポー」
心操「こんな事なら切島のランニング付き合えば良かったか……なあ鳩、お前どう思うよ……?」
鳩「ッポー」
心操「そうかそうか、何言ってっか全然わかんねえ……鳩と話せりゃ暇つぶしにもなんのにな」
鳩「ドゥードゥー……ッポッポロゥ-」
心操「………………鳩と話せれば鳩も洗脳できんのかな……」
鳩「ドゥードゥー……ッポッポロゥー」
心操「今は互いに互いの言葉が分かっていない状況だ……この場合は言葉による『返事』じゃないから洗脳は発動しない……なら……鳩が俺の言葉を理解できなくても、俺が一言だけでも鳩語を話せれば可能性は……」マスクソウチャク
鳩「ドゥードゥー……ッポッポロゥー」
心操「……どぅー」
鳩「ドゥードゥー……ッポッポロゥー」
心操「ドゥードゥー……」
鳩「ドゥードゥー……ッポッポロゥー」
心操「……ドゥードゥー……ッポッポロゥー」
切島「……何してんだ?心操」
心操「どおぅお!?」
ゴダイさん、誤字報告ありがとうございます。
いつだって。
いつだって、始まりは唐突だ。
始まりは常に唐突で、終わりはいつでも呆気無い。
チェーンの喫茶店。終業式後。
「アシミナぁ、いい加減教えなよ」
「そーそー。頑固良くない!」
「だから教えてるじゃん。心操とはデートなんてしてないって」
「嘘ね」
「嘘デショ」
「嘘じゃないですぅー」
普段罵倒と怒号、汗と血とついでに吐瀉物が飛び交っている修行まみれの殺伐ライフを送っている無免共にも休息は存在する。普段の修行密度からすれば刹那の時間ではあるが、殺伐していないウキウキライフも確かに存在しているのだ。割合は全体の五分程度である。少ねえ。
「いーや、嘘ね! 証拠は上がってんのよ」
「証拠? ええ、何それ……」
結田府中は私立中学であり、付近の公立中学よりも数日早く夏休みが始まる。そういう訳で終業式の終わった後に自分達以外の中学校の制服が見当たらないボリュームが売りのチェーン喫茶に連れ込まれた芦戸は友人達にとある男子とのデート模様を詰問されていた。
友人達は証拠がと言うが、証拠がも何も(最近になって自身の気持ちに折り合いを付けだした彼女にとっては少々遺憾ではあるが)本当にデートなどしていない芦戸としてはそんな事を言われても……という言葉しか出て来ない。だがテンションの上がった友人二人には芦戸の困惑した顔はすっかり見えていないようで、得意満面の笑みで芦戸に自分達の携帯の画面を見せつけた。
「うん? えー……あぁ……」
そこに映っていたのはスーパーで買い物カゴを持った心操とその心操の顔にメガネ型のマーブルチョコを当ててケラケラと笑っている芦戸の写真だった。ちなみにコレは結田府中の下級生が撮影した物である。心芦CPは徐々にその認知度を学校全体に広げていた。
「あぁって何さ」
「こんなんもうデートじゃん」
「いやスーパーでデートしないでしょ。それは連休合宿の為の買い込みした時ので……」
「合宿…………って事はつまりお泊まり!?」
「お泊まりィ!? デート以上のヤツじゃん!! え、もうそこまで進んでたの!?」
「そんな色気のあるモンじゃないんだってぇ! いやホントに! 見てみなってほらコレ!」
芦戸が携帯を取り出し、写真欄から一つの動画を呼び出して眼前の二人に見せつける。二人がそれを視界に入れたのを確認してから芦戸は再生ボタンを押した。
『お風呂沸いたよ! て事で先入りまーすオボボボボッ!?』
『ッざっけんなやァ! 俺が先だっゴゥア!?』
『ッシャアアアアラアア! 悪いな爆豪! 一番風呂だ一番風呂ォァ!』
『どけ切島ァあ痛ァ────ッ!』
『何すんだ痛……くはねえな、うん。哀しいな心操……あ』
『洗脳完了……! てか俺の攻撃力は放っとけよ哀しくなるから! さて一番風呂おボフッ!?』
『死んでろ!』
『一番風呂は……渡さないッ!!』
『
『完成しましたよ──!!! 試作の短時間麻痺ガス弾!! て訳で試射いきますファイヤー!』
『ギャァァァ!?』
『ッグアァァアッ!』
四十秒ほどの長さのその動画には、同じくらいの体格をした筋肉中学生四人がそこら中にポンポン服を脱ぎ捨てながら殴り合いをしている所を、ピンク色の髪のガスマスクをつけた少女が細身のグレネードランチャーでまとめて吹き飛ばした瞬間と、それを撮影していたのであろう芦戸の『うわぁっ!?』という声で映像は締めくくられていた。
突如見せられた凄惨かつ男臭い絵面に何とコメントしたものか悩む友人二人は、何度か首を傾げる。
「………………ナニコレ」
「合宿」
「………………夏服から見える腕とかで正直分かってたけど……心操と切島、メッチャいい身体してたね」
「ん……まあねん」
「あのめっちゃ怒鳴ってたヤンキー風のイケメン誰?」
「アイツはやめといた方が良いよ本当に。性格悪いとかいうレベルじゃないから」
「ふーん……んじゃあ、あの緑色の」
「ソコを狙うのは本当に止めて! 友達が若くして爆死なんて嫌だからね私! ああ今ゾワーって寒気したぁ! 全力で止めるから爆死はやめて許して……!」
「爆死!? え、ちょい三奈誰と喋ってんの!?」
芦戸はガクガク震えながら必死で友人の無謀を止めた。人の恋路の邪魔する奴は爆死。遥か古来、江戸の時代より伝わる有名な言い回しの一つである。
「とにかく、分かったでしょ? 私と心操の間に色気は無いの」
「えー? 怪しいんだよなあ」
「てーかさ、そんなん言う割にアシミナと心操学校でも距離感近すぎ。普通に髪の毛弄ったり腕触ったりしてる時点で何かあるって言ってるじゃん」
「…………そんくらい、友達なら普通じゃん」
「男子じゃ心操以外しない癖に」
「アシミナ割とそーいうトコキッチリするかんなー」
「んんんんっ」
芦戸は頭を抱えた。どうやら自分でも意識していなかったらしい。自他共に認める恋バナ大好き少女な芦戸の予想外な恋愛オンチっぷりに友人二人は顔を合わせて二人同時に溜息を吐いた。
「三奈さぁ、よくそれで今まで恋バナできてたよね」
「だってえ! 私だって自分がこんなになるって知らなかったんだもん!」
「つまり関係どうこうは置いといて心操の事が好きなのは認める、と」
「………………」
「アシミナさんさぁ……ここに来てだんまりっすかぁ?」
「三奈、もうさっさと言っちゃいなって。言われなくても知ってるから今更じゃん?」
友人二人に両側から迫られ、耳だけ達者な隠れ恋愛オンチの芦戸は遂に勘弁したかのように口を開く。
「私は────」
「あー涼しい涼しい。とりまアイスコーヒーとチキンサンド……心操何食う?」
「アイスコーヒーとカツサンド」
「フヒュッフ」
開かれた芦戸の口は、偶然同じ店に入り、偶然衝立を挟んで隣り合わせのテーブル席に座ったらしい心切コンビの登場により変な音を出すに留まった。友人二人はこの奇跡的な偶然に俄然色めき立ち、衝立向こうの二人に声をかける事でこの状況を変えようとした芦戸を二人がかりで必死に抑え込んだ。
「ちょぉ、何すんの!」
「シッ!」
「静かに!」
急速に静まった(元から大してうるさいわけでは無かったが)隣の席を気にする事もなく心操と切島の二人は夏休みの宿題やらが入った鞄を下ろして大きな息を吐く。
「しっかしよ、別に良いんだぜ? 奢ってなんてくれなくてもよ」
「駄目だ。口止め料は払わないと俺の気が済まない。飯食わせるからあの事は忘れろ」
「暇すぎて公園の鳩を鳩語で洗脳できるか実験してた事なんてそんな気にすることじゃねえと思うけど?」
「忘れろ」
(なにそれ見たい)
哀れにも芦戸達の存在を知らない隣の席から唐突にぶち込まれたおもしろシチュエーションに女子三人組は吹き出しそうになる。しかしそれを知る事はできない男二人は、店員に注文をしてから何と無しに雑談を続ける。
「はー、遂に終わったなぁ……一学期」
「……どうだった? お前としては」
「俺としては? あー……長かったよ。超長かった。たぶん今までの人生で一番濃い一学期だったんじゃねえかな」
「ハハ……ちょっと分かるよその気持ち。俺も毎年それ思う」
ズリ、と背もたれに大きく背中を預け、心操は鼻から大きく息を吐き、腕をテーブルに置いて肩を伸ばす。
「────っああーぁ……ホント、疲れるよな……」
「あぁ……だな……」
それからしばらく(両方の席で)沈黙が流れ、それに女子組がしびれを切らし始め、切島に指令のメッセージでも送ろうかとした時、切島がお冷を飲みながら心操に「なぁ」と声をかけた。
「……んー?」
「ちょっとさぁ……聞いていいか」
「答えるかは内容によるぞ」
「いや大したことじゃ無えンだけど」
(え、これ好きな人聞くパターンじゃん!?)(切島ナイスゥ!)(いや、切島に限ってそれは絶対無いから)とジェスチャーで会話する女子三人組の横で切島は紙ナプキンで折り紙を折り始める。
「心操ってさ……まあその、色々……ホラさ……苦労してんだろ?」
「? ……そりゃまあ、してるけど」
「いや、気になったんだよ……んなスゲエ苦労してて、何でそんな笑えんだろってさ」
切島は頬杖をつき、ガリガリと氷を噛みながら呟く。
「……俺、さ」
「…………」
「俺さ……自分に自信無えんだ」
「知ってるけど」
「知ってたかぁ…………」
そのタイミングで運ばれてきたサンドイッチと大きなステンレス容器に淹れられたアイスコーヒーを受け取った二人は、お茶請けに付いてきた豆をボリボリ噛みながら会話を続ける。
「知ってるよ……お前が自分の個性やら自分の性格やらに劣等感持ってる事くらい」
「何で情報割れてんだよ……」
「わかり易すぎ。去年なんて雄英受けるかどうかも迷ってただろ」
「…………お見通しか……泣けるぜ」
「泣いてろ」
大口開けて小袋に入っている豆を一気に食べた切島は、一口お冷を飲んでからボリュームのあるサンドイッチを攻略にかかる。
「弱い個性なんて知るか! 地味な個性は『漢気』でカバーだ! ……つってもよ、お前の、嫌われても怖がられても変わらず笑ってるとこ見て、俺にこんな強さがあんのか……って……」
「ハイ」
「……んで、爆豪のヤベえ才能間近で見て、こんなんに対して精神論でカバーなんてできんのか……って思っちまってよ」
「ヘイ」
「…………で、緑谷の尋常じゃねえ努力見て、どんな逆境にも折れずに立ち向かう姿見て…………あんな背中見て、俺……あいつに比べりゃ苦労なんて何もしてねえみたいなモンで……そもそも俺の言ってた漢気、って何なんだよ…………って、思っちまって」
「ホイ」
「……………………!!!!」
「あいだだだだだだだ!!!!! 刺さってる! 鋭い指が刺さってる刺さってる刺さってるいだだだだだ!!!!」
周りの目もあるので心操へのお仕置きは流血沙汰になる前に止めた。
「俺は真面目に話してんだよ!」
「俺は真面目に聞いてない」
「知ってっけど!?」
心操は言葉どおりのアイアンクローを受けた際に咄嗟に皿の上に置いていた食べかけのサンドイッチをもう一度手に取り、それを口に押し込みながらため息混じりで切島の額を軽く小突く。
「……って、何だよ」
「……出久は子供ん頃、とんでもない超弩級の泣き虫で弱虫で、幼稚園で一人で便所に入れずに廊下でうんこと小便漏らして大泣きして引子のおばさんが呼び出された事があるらしい。おばさんから直接聞いた」
「ブフォ」
他人の口から語られる緑谷衝撃の黒歴史に、切島は思わず口からサンドイッチの欠片を吹き出しそうになり慌てて口元を紙ナプキンで覆った。心操はそれに構わず話を続ける。ちなみに芦戸もクリームソーダを気管に吸い込みかけた。
「んでもって……これはお前も知ってるかもしんねえけど…………勝己はそんな泣き虫弱虫便所虫三拍子揃った無能の
心操の言葉に聞き入り、食事の手すら止めた切島は何も言葉を発しない。心操はサンドイッチの最後の一切れを食べ終わり、自分の胸を差した。
「んで……俺はお前とも芦戸とも中学から一緒だったから知らないだろうけど……俺は小五まではヒーローなんてなりたいはなりたかったけどほぼ絶対に無理だって心のどこかで諦めてたし……小五まで俺は、人前でもほとんど仏頂面した愛想の悪いガキだった」
「…………ッ!」
思わず息を詰まらせかける切島。心操はそんな切島のめを正面から見つめ、軽く首を横に振る。
「……出久は最初っから何にも負けない強靭な魂を持ってたと思ってたか? ……勝己は産まれた時から世代最強だと思ってたか? …………こんな個性持ってる俺みたいな人間が自然と明るい人間になると思ってたか? ………………そりゃあお前、分かるだろ? …………そんな訳無え……そんな訳は、無えんだよ」
ゆっくりと、一言一言を聞かせるように。バツの悪そうな顔をした切島の肩に手を置き、心操は言葉を繋ぐ。
「心操、悪い……俺……」
「けどお前の言う事も別に間違ってない」
「へぁ」
謝ろうとした直後に心操の前言撤回。混乱する切島に向かって心操は「当たり前だろ?」と笑う。
「普通の話だよ。勝己と同じ訓練して勝己と同じ個性がありゃ誰でも世代最強になれるか? 答えはノーだろ? ……少なくとも俺は無理だ。出久も同じだよ。お前出久と同じ境遇に立ったとして、『個性に対抗するための戦闘術』なんて胡散臭いモンを信じて十年以上も拷問じみた報われるのかも分からない修行を受けられるか? どうだ?」
切島は頭の中に心操の言った情景を思い浮かべる。
ヒーローに憧れる自分。
周りで次々に発現する個性。
そして自分は、何の個性もない、年齢比率的に世代でひょっとすれば自分だけかもしれないような、無個性。
「……無理だ。折れる」
「だろ?」
切島と心操は深く頷きあった。その脳内では天然パーマの精神力おばけが人の良さそうな顔で手を振っていた。
「………………ま、まあまあそれは良いとしてだよ」
何か改めて緑谷のぶっ壊れっぷりを目の当たりにし、微妙になった空気を戻すように心操がパン、と手を鳴らす。
「勝己には世代最強になれるだけの才能があった。だから努力して努力して、長い時間かけて世代最強になった……いやまあ本当に世代最強かは知らないけどな」
因みに間違い無く世代最強である。心操は話を続ける。
「出久に関してもそうだ。アイツは元から強い精神を持てるだけの素地があった。だから血反吐吐くような修行にも耐えられて、その果てにとんでもない力を手に入れた。んで俺は……まあ、元から割と面白かった」
「自分のだけ雑だなおい!」
「やかまし……つまりアレだよ。お前は努力を始めたばっかりだろ」
緑谷十一年、爆豪十年。心操は四年。対して切島は、やっと半年。焦るのも諦めるのも悟るのも、彼にとって今はまだ早い。早すぎるのだ。
「自分に強さがあんのかとか、自分の強さが通じんのかとか、そもそも自分の強さが何なのかとか、さ。んなもん努力しながらでも見つけろよ。簡単に諦めるようなモンでも、簡単に諦められるモンでも無いだろ? それはさ……ていうかお前はそもそもかなり強いだろ! 絶対無理だって思ってた反射硬化もいつの間にか身につけてるし……おかげで肉弾戦最弱になっただろ俺!」
「いや、反射硬化はまだ完全じゃねえんだよな。見えてる攻撃なら反射でやれるけど、不意打ちはまだまだ対応出来てねえ……」
「理想が高すぎるんだよ。目的地ばっか見ててもうまくいかないぞ。分かったら飯を食え飯を」
心操は皿の上の食事をきちんと食べきった自分と違い、話に夢中でまだサンドイッチが一切れ残った皿を指差す。切島は「オウ」と軽く答えサンドイッチを手に取った。
「なぁ、心操」
「どーした」
「サンキュな……色々」
「なに、別にいーって……ちょい便所行ってくる」
サンドイッチをパクつく切島を置いて心操はトイレに入る。切島はサンドイッチを口に押し込み、もくもくと咀嚼しながらふと横を見た。
「…………」
「…………」
衝立の隙間に、見覚えのあるピンク色のスラリと伸びた健康的なうなじが見えた。
「…………おおお…………」
「…………えっ……と……」
「……おおおおおお……」
「……ごめん切島……マジでごめん……」
「ンうぬおおおおおああああ!!!!! 恥ッッッッッずイィ!!!!」
折寺無免達とのビックリドッキリ生活(ビックリさせるのもドッキリさせるのも基本的に一人)を経て現状を認識する力がよく鍛えられていた切島は芦戸の声だけで状況の全てを察し、自分の持っていたリュックを開きその中に向かって絶叫した。切島は周囲への気遣いが出来る男である。
「ふぅー、ウォシュレットのパワー最大にしたまま出る奴絶対許さねえ……あれ、やかまし三人娘? ……え、まさかお前ら……」
「…………やかまし三人娘ってのが何なのか聞きたいけど、とりあえず……まじごめん」
頭を下げる三人娘を見て、リュックに顔を突っ込んだまま微動だにしない切島を見て、男二人のむさい青春お悩み相談窓口を見られていた事を悟った心操は目元を手で覆って力なく座席に座り込んだ。
「…………っうぅ──わあぁ──……無いわぁ──……」
「……いやほんとスミマセンでした」
「反省してます」
「ごめんなさい」
「……素直に謝る事に驚く自分が嫌だ……」
ちなみにこれが折寺組の過半数であれば「気づかない方が悪い」と何も悪びれないだろう。何なら録音されてCDに焼かれた挙げ句朝の目覚ましに設定されるかもしれない。朝の目覚ましに青春お悩み相談室を流される等、はっきり言って地獄である。
「はー……なんかすげえ疲れた……」
「心操ー、ちょい聞きたい事あるんだけど」
「何だ?」
「鳩語ってどうやって喋んの?」
心操は机にガヅン! と頭を打ちつけた。
「そうだったそれも聞かれてたんだクソっ!!」
「ねえ心操? 私ホットケーキ食べたいなー」
「私はねぇ、フロート! ソーダフロート!」
「あんこトースト食べたい!」
「……注文しますよ! すれば良いんだろ!」
心操は無の表情で店員呼び出しボタンを押した。
それからしばらく経ち、やかまし三人娘は心操と切島のテーブルに座席を移して五人で雑談をしていた。
「本当に自分らで払うのか? 別に奢っても良かったんだぞ? いや良かねえけど」
「良いって! 人の話盗み聞きしてその上奢ってもらうとか申し訳無さすぎるし」
「同じ歳だし懐事情はさすがに察するって」
「そっか、ありがとさん……アレ? 何で俺礼言ってんだ?」
心操が自身の発言に首を傾げていると、芦戸の横に居た友人……山名が心操に目を向けた。
「ねえ心操」
「何だよ」
「好きな人居ないの?」
「唐突……」
山名の隣で芦戸が飲んでいた水を吐き出しかけていたが、あまり良くない意味でトラブル対処に慣れている心操は
「あー、居ない」
「ふぅん……じゃあじゃあ、どんな子がタイプ?」
「えー……隣に居ても命の危険を感じないような奴かな」
「いや何その最低条件!? そんなの当たり前でしょ!」
心操はその言葉に深く頷いた。当たり前なのだ。本来は。他に二人程同意するように頷いているが、女子二人には見えていない。恋する乙女は最強とは言うが、本当に最強なのは恋する乙女の周りで何のかんの騒いでる奴等だという事がよく分かる絵面である。
「じゃあ髪型は?」
「え、別に……何でも」
「身長! 自分以上? 以下?」
「……どっちでも」
「太い方が好き? 細い方が好き?」
「はぃ? ……いや別に……平均的ならそれで……」
「じゃあじゃあ具体的に! アシミナとかどう思う!?」
「ちょっとォ!?」
「えぇ? ……いや、どうとも……なあこれ何なの?」
マシンガンのように放たれる言葉の乱打に割と丁寧に返答する心操であるが、哀しいかな、小中と人生の過半を大多数の人間に避けられて過ごした彼は『女性が自分を異性として意識する』という可能性を微塵も考えていなかった。
もしも気がついていればここで何かが変わったかもしれないが、気づかなかったので何も変わらなかった。それどころか最後の質問とその答えを聞き静かに撃沈した芦戸を見てこの質問攻めが誰の為に行われているのか気が付いた切島鋭児郎よりも鈍感な男というちょっと微妙な称号を手に入れる事になってしまった。
「……なぁ芦戸、お前もしかして心操を……?」
「お願いだから放っといて……」
テーブルの対面で行われたそんな小声の会話は質問攻めにされる心操には届かず、二人は小声で会話を続ける。
「んー、でもまあ……意外っちゃ意外だけど……割と納得かもな」
「意外? そうなの?」
「んー……うまく言えねえけどな」
切島はうんうんと頷きながら言葉を選ぶ。
「まあ……うーん……難しいな……」
「……そんなに?」
「オウ……まあそもそも心操普通にカッケェしな。ちょっと三枚目に傾き過ぎてる気はするけどよ」
「うん……」
いつの間にやら女子二人にうまいこと言いくるめられ、鞄から取り出した簡易変声マスクで先ほど話題に出ていた鳩の鳴き真似(激ウマ)をやらされている心操を見て二人は軽く溜息を吐いた。いきなり本物の鳩さながらのクオリティで声真似が始まり、店員の目がこちらを向いていた。芦戸は申し訳ない気持ちで頭を下げ、切島は心操に脳天直撃切島チョップを食らわせた。
「…………良いやつだし勉強できるしスポーツなんて言わずもがなでその上モテるタイプの顔してるし……何でそんだけモテ要素積んどいてこんなに残念臭漂うのかな」
「いきなり失礼な事言うなよ芦戸……良いんだよ、俺はこれで。モテなくても良いから笑ってたいんだよ俺は」
モテなくても良いから笑っていたい。心操が何気なく言ったその言葉に予想外の重みを感じ、芦戸は言葉を詰まらせる。それを不審そうに見た心操は、しかし何かを言う前にポケットから携帯を取り出し、画面を見て軽く首を傾げる。
「…………わり、博士から電話だ。ちょっと外行ってくる」
「オウ……ついでにもう店出るか。とりあえず立て替えとくぜ」
「あーいや、財布渡すわ。中身盗むなよ」
「盗まねえよ!」
心操が携帯片手にいそいそと外に出る。それを見届けてから切島は伝票を持ち、立ち上がった。
「んじゃな、また新学期」
「んー」
「切島さぁ、アイツに三奈の事それとなく伝えといてよ」
「ちょっと!! 余計な事しないでってば! ……じゃ、お疲れ切島。また研究所でね」
切島に対し三人が三人それぞれに返事をし、別れを告げる。切島がそれに片手を挙げてから二人分の鞄を持ち上げ、
「ッガァッ!?」
ガシャァッ! と甲高い破砕音を響かせ、喫茶店の窓ガラスを派手に突き破り心操が店内に転がり込んだ。
「……は?」
「っオイ、心操!? あんだよクッソッ!」
「心操っ、心操!?」
突然の事態に思考停止する店内において、他人より遥かに緊急事態に対する対応力が高かった芦戸と切島二人が反応する。切島は全身を硬化させながら心操が突き破ったガラスの方を睨みつけ、芦戸は若干の狼狽を見せつつも勢いのまま座席に突っ込んだ心操を手当する。
未だ混乱が渦を巻く店内で、芦戸に抱え起こされた心操は皮膚が切れて血の出ている頭部を押さえつつ、叫ぶ。
「……っ痛ッ……クソ、お前ら全員逃げろ!」
「……しん、そう」
心操の叫びにもロクに反応せず、身をすくませながら呆然と心操の名前を呼ぶ女子二人を筆頭に未だ混乱の絶頂に居るらしい店内の人間をチラ、と血の入っていない片目で見て心操は軽く舌打ちをした。
「芦戸! 避難誘導頼む!」
「え、でも心操、怪我が!」
「芦戸!」
取り出したハンカチで心操の額を押さえていた芦戸が、鬼気迫る叫びに当てられて身を固くする。
その芦戸の青ざめた顔、そして微かに涙の溜まった瞳を見て我に返った心操は、芦戸の頭を軽くポン、と叩き半分が血に濡れた顔で、それでも笑った。
「……ありがとな、手当してくれて……もう大丈夫だから……だから、お前は今の内に他の人を」
「…………心操……」
「芦戸、行け……ヒーローやりたいんなら、いつかなんて言わずに今ヒーローやれ!」
「……っ、うん……!」
心操の額に当てていたハンカチを手放し、芦戸が立ち上がって友人二人を始めとした店内の人間を非常口へ誘導する。それを確認した心操は、その間ずっと自分の前に立ってくれていた切島と肩を並べた。
「相手は?」
心操は足元に転がっていた自分の鞄を開き、中から強化樹脂で作られた簡易の篭手と脚絆を取り出して両手足に着け、先程の流れから首に下げていた変声マスクを口元に引き上げた。
「止まったまんま何もしてこねえ。お前が出てくんの待ってるんじゃねえのか?」
「このまま店の中引き篭もってたらずっとああやって立ちっぱなしにならねえかな」
「ゲームの敵キャラかよ」
圧迫しても血が止まる気配のない額の処置をとりあえず諦めた心操は芦戸に渡されたハンカチの上から汗拭き用のタオルを巻いて固定する。そうすることで取り敢えず片目を開けるようになった。
と、同時に店の外で完全に停止していた襤褸を纏った巨人がのそり、と歩き始める。
「……お前だって避難誘導回っても良いんだぞ。あっちは何でか俺狙いみたいだしな……っテぇ!?」
気遣ってくる心操の脇を軽くどついた切島は息を吐いて身体を軽く硬化させる。
「気遣ってくれるとこ悪いけど、盾役の俺がここでお前の後ろに下がんのは……漢でもヒーローでもねえよ」
「震えてんぞ盾役」
「うるせっ! お前もちょっと震えてんだろ!」
「俺のは貧血だ」
「下がってろって!」
切島の言葉をスルーし、心操は遂に店内に入って来た目の前の巨体に声を掛ける。
「オォーイ! 人が電話してる時に思い切りぶん殴りやがってよ! おかげて携帯ぶっ壊れたぞ! 弁償しろ!」
心操の言葉に、帰ってきたのは無言で振り下ろされた豪腕であった。
「対策済みかよクソッタレ!」
心操は振り下ろされる拳を転がりながら避け、店の本来の出入り口から道路へと飛び出す。そこには既に軽い人だかりが作られており、逃げ場所が無い……否、正確に言うならば、自分が逃げる事はヴィランの速度次第で出来るだろうが、その後そのヴィランがどう行動するかを考えれば逃げの選択肢は選べない。
「勝手に行動すんなって!」
「悪い……アイツ、たまたまそういう奴なのか故意にそうしてるのか知らねえけど、俺の言葉に一切反応しない」
「……洗脳は使えねえってか」
「ついでに言うなら出久達は今授業中だから助けにゃ来れねえな。さっき電話中に携帯ぶっ壊されたからそもそも関係ないけど」
「………………つまり、ヒーロー来るまで俺ら二人で、か」
「多分芦戸も……来るんだろうなあ、あの感じだと」
そこまで二人が相談した所で、目の前のヴィランが首から下げていたラジカセから低い男の声が流れ出した。
『……さて、じゃあ始めてくれ』
「……主の……御心のままに…………!」
「オイオイ、主って誰だ────」
一度だけならば偶々かもしれない。そう思った心操はヴィランに声を掛け……
その瞬間には目の前に、大きな拳が迫っていた。
「────〜ッ!?」
「ッ心操ッ!!」
どれだけ粘れば良いのかも分からない、無免ヒーローの接近戦ワースト一位と二位による悪夢の時間稼ぎが、始まる。
こんだけ書いててもハーメルンもピクシブも発目明を主軸にした作品が増える気配すら無いからやっぱり『書いたら増える』ってのは無責任な言葉だよな。
近接戦闘は
爆豪(稀代の天才)≧緑谷(超絶努力)≫越えられない壁≫芦戸(酸が強い)≧切島(物理防御が高い)>心操(ただの人)
の順に強いです。泣くな心操。あと結論から言うと心操は鳩を洗脳できません。泣くな心操。