無免ヒーローの日常   作:新梁

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今回のあらすじ

二人はプリキュア(真)

メダカにジャムさん、すくすくLv.Xさん、yu-さん、誤字報告ありがとうございます。

追記

マンダレイの甥、洸汰君の両親が殺害された時期を原作時二年前から一年前へと変更しています。んでもって年齢も一歳引き上げ……摩訶と同学年になっています。年齢操作は特にこれから先のストーリーに関わったりはしませんが、なんかこう……同年代の方が、なんかいいかなって。


第三十五話。七月下旬、厄日(後編)

 時間は少々遡り、折寺市。ツギハギ研究所。

 

 

 

 折寺市にある知る人ぞ知るサポートアイテム研究所の主、ツギハギネジヴィラン(近所の子供達からのあだ名)、フランケン・シュタインは自身の研究所の敷地に入る門の前で、眼の前に居る人物に汚物を見るような目を向けていた。

 

「マガぁぁぁぁ!!!! パパがぁ! パパが悪かっだよぉぉぉぉ!! だがらぁ! お願いだがらもういぢどバパど呼んでぐでべえへえええぶぇぇぁぁぁ!!!!」

「…………………………」

「もう他の女の子なんでぇ見ないがらぁぁぁ!!! ママどマガだげ見るがらああああ!!!」

「………………そういえばここから歩いて行けるとこに新しい風俗出来たんですよね」

「えっマジ? 俺知らないけどどこ?」

「マジな訳無いでしょ察してくださいよ流石に」

「何だよビックリさせんなよ…………ぶえぁぁぁぁ!!!! マガぁぁぁ!!!」

先輩って何でヒーローになれたんですか? 

 

 この男の性格が別にヴィランに向いているという意味ではない。意味ではないが、どう考えても、例え一万歩譲ったとしてもヒーローにだけは見えない。一万歩譲らなければ? ゴミだろ(断言)。

 

 というのもこのスピリット・アルバーンという病的な程の浮気性を持つ男、午前中に二ヶ月ぶりに娘(離婚調停の際戸籍まで母方に持っていかれたので法的には元娘と言うのがこの場合正しいが、あまりにも無情なので娘と表記する)と喫茶店で再会したのだが、ウキウキ気分でちょっと良い香水なんか付けたりしてバッチリ決めた上で「パパはパパじゃない」宣言を剣舞三回属性四倍急所で受けてしまい現在決めたスーツも髪型もボロボロにして後輩の脚に縋り付いてオンオン泣いているのだ。哀れな気もするが、残念ながら自業自得である。彼以外にとっては別に残念でもないが。

 

 ちなみに娘の摩訶がこれ程までに過激な対応をしたのにはこの前日に赤ら顔で風俗街に突入するスピリットの姿を摩訶の母でありスピリットの元嫁が目撃していた事に端を発する……本当に自業自得である。救いようが無い。

 

「まあ……親代わりというか叔父になりますけど相澤先輩が居ますしねえ。相澤先輩とスピリット先輩って本当に真逆の性質ですし、片方が好みならもう片方は好みじゃないってのも分かりますよねぇ」

「ゔおおおおおおぉぉぉ!!!! うおおおおおおおぉぉぉ!!!!」

 

 外見や人からどう見られるかなどというものに一切頓着しない為に顔を顰められる事も多く、しかし内面は真面目かつ紳士で誠実な男、相澤。

 

 そして人付き合いや他人との折衝に長けており、仕事上での人望は非常に厚く共に過ごせば間違いなく楽しいがその分私生活等はかなりド派手にかましており、その人間関係はひと目で分かるほど不真面目で不誠実、そして目先の快楽にどこまでも弱い男、スピリット。

 

 まあ相澤と共に暮らすのは色々な方面で遊びが少なすぎて様々な場面で息が詰まる可能性が高いが、スピリットと共に暮らすのは何とも言えない不安感が漂う決断であろう。

 

 例えばこの二人のどちらを選ぶかという問題があれば、その答えはそれこそ人によるだろう。それ程に対極の二人である。これ自体は別に大した問題ではない。この場合、摩訶は相澤を選んだ。現実はただそれだけである。

 

「なァシュタイン!! お前は! お前は俺の味方だよな!! お前は俺の気持ちを! 分かって」

「あ、電話だ。ちょっと離れてください」

「くべへっ!?」

 

 脚にすがりつきながら非常に鬱陶しい問答をしてきたスピリットを思い切り蹴り飛ばし、シュタインは携帯の画面を見る。そこには去年の冬に世話になった覚えのある、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ、通称ワイプシの事務所の電話番号が表示されていた。

 

「……?」

 

 冬にした約束通り、この夏休みに予定を組んでもらっていた件についてだろうか。そう考えつつ、シュタインは画面を操作し電話を受けた。

 

「はい、もしもし」

『……シュタインか』

「ああ、虎さん。どうかしましたか?」

『あぁ……こちらも忙しいので単刀直入に言うが、この夏の予定をキャンセルにしてほしい』

「……そりゃまた。何でです?」

『ああ、それが……信乃の……マンダレイの兄と、その嫁……二人一組のヒーロー、ウォーターホースがヴィランとの戦闘により……殉職した』

 

 シュタインと、シュタインの持つ携帯に顔を近づけて漏れる音を拾っていたスピリットの動きが止まる。しかし電話先の虎はそれをある程度予期していたか、何事もないかのように話を続ける。

 

 ……いや、虎の方にも、シュタインの様子を伺うだけの余裕が無いのかもしれない。

 

『それで……ウォーターホースには一人息子が居てな……もう信乃の両親も小さな子供の面倒を見れるような歳ではないから、信乃がその子供の面倒を見る事になったんだ』

「……成程、それは……確かに俺達に構う暇は無いな」

『済まないな』

「いやいや、ご愁傷様ですと伝えといて下さい」

『ああ……落ち着いたらまた連絡させてもらう』

 

 そう言って通話が切れる。携帯から耳を離し、暗くなった画面をじっと見つめるシュタインの横で、スピリットがスーツのシワを直しながら長い溜め息を吐いた。

 

「ハァ────…………マジか…………」

「お知り合いだったんです?」

 

 スピリットはこの業界では珍しい、サイドキック専門のヒーローである。独立の前準備としてサイドキックをするのではなく、その類稀なサポート能力を必要とする事務所を短期雇用という形で転々と回っていたのだ。よって、彼には全国に様々な知り合いが居る。

 

「おう。お知り合いよお知り合い。何回か現場対応で一緒になった事ある…………ハァー、いい人達だったんだけどな…………」

「ヒーローですからねェー……」

「ヒーローだもんなァー……」

 

 ヒーローは、現代において最も死亡率が高い類の職業である。その華やかさの裏にある血生臭さに、ヒーローという職業が『世界で一番野蛮な職業』と言う人間も、確かに居る。

 

 ヒーローは全てが手に入る職業でもあり、全てを失う職業でもあるのだ。

 

「……まあ、アイツらに電話しときますね。スケジュール調整もしてるだろうし、早めに言っといた方が」

「まだ昼過ぎだぞ。学校は五時限目じゃないのか?」

「人使は今日昼までですよ。私立なんでちょっと早く夏休みに入るとか」

「あぁ、へぇ……」

 

 シュタインは画面を操作して電話帳を呼び出し、心操人使の名前をコールする。シュタインは電話番号にフルネームを登録するタイプである。

 

 そして携帯を耳に当て、一コール。二コール。三コール目で携帯電話特有のガアガアという環境音が耳に入ってきた。少し戸惑い気味の心操の声に、シュタインは先程までの気分が伝わらないようにいつも通りのテンションで言葉を返す。スピリットはそれを眺めながら「こいつも何だかんだ気の利く奴だよな」等と考えていた。「もうちょい外ヅラに気を使えば合コンの頭数に使えんのに」とも思っていた。馬鹿は死ななければ治らないのである。

 

『もしもし、博士?』

「ああ、人使。どこか入ってた?」

『あー、ハイ。ちょっと昼メシ……んで、何すか?』

「ちょっと『夏キャンプ』の話なんだけど」

『……『夏キャンプ』……すか』

 

 完全に「アレがキャンプ? ハハハ、冗談も大概にしとけよアァン?」という声音だったが、シュタインは無視(スルー)。事情は深く伝えず、先方の都合で中止になった事だけを告げる。

 

『中止ですか』

「ああ。ちょっと急になったけど、もう一度キャンプ中止も含めて予定を再考するんで。その事他の連中にも伝えといて下さい」

『わーかりました……それじゃ博』

 

 心操の声は、そこで強制的に途絶えた。携帯越しにシュタインの耳に、ゴッ、という何かがぶつかったような音、そしてガジャッ! と何かの……恐らく今電話していた携帯の壊れる音がして、通話が切れる。

 

 通話終了の画面をマジマジと見るシュタインと、先程と同じように聞き耳を立てていたスピリットの両名の頭に、先程の電話の内容が何度も反響する。

 

 ヴィランとの戦い。

 

 ヒーロー。

 

 ……殉職()

 

 …………行動は、同時だった。

 

「先輩」

結田府市私立結田府中近辺(心操の学校の近く)は割と区画整備が進んでるから学生が入れる客層ならチェーンファミレスもしくは喫茶だ。お前は車の用意!」

「分かりました」

 

 ヒーローは職業柄携帯を複数持っている場合が多い。スピリットはその中でも所属人員が自分だけの個人事務所名義で四台の携帯を使用する。普段はそれで浮気の隠蔽やら何やらをする(そして大概は無駄に終わる)のだが、本来の使用法はこういう場面だ。

 

「ヒーローネットワークに接続……! 結田府市事件情報……! 結田府中近辺の飲食店検索……SNSで目撃情報……!」

「車、用意できました」

「っしゃ! とにかく結田府に行くぞ! 一番心操が居た可能性の高いのがこの辺りだ! ルート案内は!」

「必要無いです。俺はここで十年以上暮らしてますから」

 

 スピリットは地図アプリを開いていた携帯をSNS画面に変えつつヒーローネットを調べ、そこで起きていた異常に目を見開いた。

 

「……シュタイン……!」

「どうしました」

「ヤバいぞコレ、どうなってんだ……!」

「だからどうしました」

「結田府の……発生事件件数が、どんどん増えてる!」

「…………面倒な事になってきた……」

 

 示し合わせたようなタイミングで同時多発的に起こる事件に、二人の頭には『組織犯罪』の四文字が浮かび上がる。だがその時、深刻な顔をしながら複数の携帯を睨んでいたスピリットが肩を跳ね上げた。

 

「来た……! SNS投稿! 結田府中二年生テニス部所属学外彼氏ありの女の子が喫茶店の窓ガラス突き破って紫髪の同中生が転がり込んできたって投稿してる! これはビンゴだろ!」

プロフィール言う必要ありました? 

 

 頭の中で地図を描き、チェーン喫茶までの最短距離を計算しながらシュタインはスピリットの情報収集能力に軽く引く。皆もSNSに自分の詳細なプロフィールは書かないようにしよう! 誰が見てるか分からないぞマジで! 

 

「場所は最初にアタリ付けた場所だな。こんまま行け!」

「リョーカイです」

 

 シュタインがアクセルをベタ踏みした事により、低排気エンジンは割れるような悲鳴を上げながら動力を生み出し、その振動に耐えきれず車体はガタガタと小刻みに震えだす。安いシートなので振動吸収など殆ど存在せず、シュタインとスピリットの身体までもがガタガタと激しく震える。

 

「…………なぁ」

「何です?」

「この車大丈夫なんだろうな?」

「……………………」

「せめて何か言えよォ!?」

 

 デステゴロヒーロー事務所のロゴが入ったバンをブチ抜き、オービスをバッチリ光らせつつ片輪走行で路地を曲がる。目的地は近い。

 

 

 

 西結田府。大通り。

 

 

 

 心操は、頬を伝って顎から学生服のポロシャツに垂れる血混じりの汗の、粘ついた感触を感じながら息を整える。

 

 既に全身には電柱や拳が地面に振り下ろされた時に飛び散る破片によって作られた擦過傷が無数にできており、頭の中では『これ以上動けば死ぬ』と、危険信号がジャンジャンと掻き鳴らされていた。

 

(まだ戦い始めてから5分も経って無いぞ……クソ、これだから増強系は嫌いだ)

「心操、まだ行けるか?」

「ああ、まだ身体は普通に動く。何ならプリキュアの名乗りでもやろうか?」

 

 勿論嘘、ハッタリである。心操の視界は血の流し過ぎで若干暗くなってきており、上がった息は戻らない。身体のどこか一箇所を動かせば最低三箇所に痛みが走るし、仮に動かさなくても全身が痛む状態である。

 

「……心操、お前……」

「切島ァ!」

「な、ん……」

「避けろ! 走れェ!」

 

 顔を曇らせた切島の呟きは、大男の突進に対する心操の警告で遮られる。二人はそれぞれ左右に逃げ、再び一定以上の距離を取る。至近距離では大男の動きに対応できないために二人がとった、逃げ一択、時間稼ぎの戦法である。

 

 自身の突進が何度目かの空振りに終わった大男は勿論弱っている心操の方に向き直る。既に折れ砕けて掌に収まる程度になってしまった電柱は捨てている。こちらに向かって歩いてくる大男を睨みつつ、心操は痛みや運動によるものではない汗を首筋に感じた。

 

「…………これ、勝てねえな」

 

 それはおよそ五分程度必死で攻撃を回避しながら得た、心操なりの確定事項であった。

 

 心操と切島の攻撃力では大男にダメージを与えられない。どころか大男の攻撃の勢いが強過ぎて現状攻撃らしい攻撃すらできていない。そしてスタミナ切れもまず期待できない。

 

 さらには、ここまでダクソのボスですかと言わんばかりに絶え間無く突進や薙ぎ払いや瓦礫の投擲を繰り返していた大男はダクソのボスらしく息切れ一つしておらず、反対にあくまでもちょっと鍛えた常人でしかない心操と切島は極度の緊張と攻撃の余波で体力がほぼ底を尽きている。持久戦も通用はしないであろうと何も考えなくても察する事ができた。

 

 と言うよりも現状二人が対抗できているのは大男が深く被っている襤褸が顔から外れないようにと気を使った動きをしているからであり、大男が襤褸が外れる事……つまりは決定的な身バレ……を気にしないのであれば二人はとっくに死んでいる。そう確信できるだけの力量差が二人と男の間にはあった。

 

「出久なら……ッ! 戦えるんだろうけどなああァッ!?」

 

 男の突進に対し全力ダッシュで逃げ出した心操は、道路脇にあるレンガの植え込みに飛び込み追撃のコンクリ片を回避し、身を屈めたまま四肢を必死に動かし体幹を揺らしながらも何とか立ち上がる。が、すぐに追ってきた大男の拳から逃げるために再びの全力疾走を余儀なくされる。心操はすでに限界を超えている身体を気力のみでなんとか動かしている状態だ。

 

「あっ……がっ、クッソ、俺ばっか追ってくんなよ!」

「…………」

 

 無言で拳が振り抜かれ、心操はつんのめって無様に地面を転がる。

 

「無視すんな! 泣くぞ!」

「…………」

 

 無言で脚が振り下ろされ、心操はその余波でザァッと地面に擦り付けられる。アスファルトに学生ズボンが引き裂かれ、回避の邪魔と判断した心操は一息にズボンを千切って左のみ半ズボン状態となった。防具など戦闘開始三分でゴミクズと化し、今は着けていない。

 

「クソが!」

 

 ビルの壁に追い詰められた心操は男の横を走り抜け、男の後ろに回る。男はそれを追いかけるように身体の向きを反転させ……

 

 男は、振り向いた視界の先に先程まで追い詰めていた心操の笑顔と、何かを抱えたもう一人の学生……切島を見た。

 

「っだァやれ切島ァ!!」

「……っしゃらあああぁッ!」

 

 切島が抱えていたもの……それは、一般生活では見ないほどにとても太く長い、ホースの先端であった。その先端は、後方にある赤い箱の付近まで繋がっている。

 

 思いもよらぬ光景に一瞬だけ動きの止まる大男。集中して狙い撃ちにされ続けたため既に体力の限界を越えていた心操は切島の足下に倒れ込み、大男を通してその光景を見ていたAFOは、脚を組み直しつつ、静かに「ほう?」と呟いた。

 

「喰らいやがれェッ!」

 

 …………街中に点在し、普段特別注視する事も無いであろう赤いボックス。その中にはホースが保管されており、内部の弁を開いて大量の水を出す事の出来る、消火器等と同じ『個人消火設備』の一つ……それが、『消火栓』である。

 

 そしてその消火栓には大きく分けて二種類あり、一つは放水までの手順が煩雑で、使用には習熟訓練を要する大容量放水装置、『一号消火栓』。

 

 そしてもう一つが切島の現在持っている、放水までの手順を簡略化する事で使用者一名でも比較的簡単に使用することができる、『易操作性一号消火栓』である。一号消火栓の放水量は毎分百三十リットル。簡単に言えば、一般的な水道の蛇口を全開にした際の水量の、およそ六倍。その量の水が約七気圧……ガス方式エアガンの加圧の約一・五倍の圧力をもって発射される……人一人など簡単に吹き飛ぶ威力である。

 

 切島はこの装備の習熟訓練はした事が無かった。普通ならばホースを手放してしまったり、放水先がブレる事があってもおかしくない。しかし、切島はしっかりと己の個性である『硬化』を使っていたため、放たれた水は一切のブレ無く、大男の胸部に直撃した。

 

「っが……っ!?」

「うっ……おおぉ反動がぁっ……!」

 

 数ヶ月で以前よりも鍛えられた体幹と肉体の硬化を併用してなおノズルの先が暴れそうになるが、切島はそれを抑え込む。そうしてやっとの事で大男に一矢報いた二人であったが、大男の人外じみた挙力は二人の想像の上をいっていた。

 

「……ッオオオォッ!!!」

「うごっ!?」

「ガァッ!」

 

 大男は高圧水流に押されながらも腕を動かし、ホース目掛けて振り下ろす。そうして叩き潰された消火栓ホース内部では盛大にウォーターバックが起こり、大男の拳によって傷んだ部分から暴発。その衝撃で切島は転倒し、心操は地面に伏せていたこともあり、より近くで受けた暴発の衝撃で一瞬だけ前後不覚に陥る。

 

 それはほんの一瞬であったが、大男からしてみれば紛れもない『隙』であった。

 

「ッ心操ォ!」

「……ぁ、やべ……」

 

 再び、振り上げられる拳。血を流しすぎた事で立ち上がる気力も無く地面に伸びている心操に対処する術は無く、全身を硬化させつつ心操の前に出ようとする切島は、瞬発力が足りずあと一歩届かない。

 

 心操が呆然と口を開き、切島が必死に叫びながら手を伸ばし、ずぶ濡れとなった大男は無感情に拳を握りしめる。

 

 大男の頭の上にまで上げられた拳を血の足りない頭でぼんやり眺め、心操は幽かに呟く。

 

「……やっぱ無理か……」

 

 今回、心操は限界以上の実力でもって眼の前のヴィランに対峙した。

 

 普通のヒーローなら一撃で潰されるような攻撃を何度も何度も回避し、自らの個性である洗脳を警戒している大男ではなく仲間の切島に使う事で彼を消火栓の前まで走らせ、事情を察した切島の手により大男に一撃を与える事に成功した。

 

 装備も無く、周囲に居るかもしれない市民の事を考えれば逃走も許されず、仲間は一人しか居らず、最初からダメージを受けている、そんな状態で心操は良く戦った。

 

 …………しかし、今ここに策は尽きたのだ。心操にこの大男の拳を止める術は無い。

 

 だからこそ、

 

「……クソっ」

 

 だからこそ心操は、

 

「────ッ心操!!」

「ッあ……」

 

 だからこそ心操は、この瞬間を一生忘れないだろう。

 

 大男の拳が振り下ろされる、その一瞬前。その一瞬で聞こえた、普段は快活な少女の血を吐かんばかりの凄絶な一言の叫び。その方向にチラリと、大男と心操が目を向ける。そこには汗に塗れた一人の少女が、今にも泣きそうな表情で立っていた。

 

「……っあき、らめんなッ!!!」

「あ、しど」

 

 たった一言。この状況においてなんの力も持たない少女の、なんの力も籠もっていない一言。

 

 しかし、この一言だけで十分であった。

 

(諦めんな、ってか)

 

 心操は顔を上げる。力の入らない身体に無理矢理力を入れる。そして心操は、ボロボロの身体でニヤリといつものシニカルな笑みを浮かべる。

 

「……だよな」

 

 ……そして、芦戸によるほんの一瞬の時間稼ぎが本来間に合わなかった筈の男をその場所に立たせる。

 

「やらせるかよォッ!!」

 

 大男が拳を振り下ろす、その瞬間にギリギリで割り込んだ切島は両腕を顔の前でクロスさせ、脚を軽く曲げて耐衝撃姿勢を取り、大男の拳による一撃を全身(・・)で受け止めた。

 

「ッグ、オオオオオッ!!!!!」

 

 その時、遠く離れた場所で先程心操の策に感心していたAFOが再び感心したように唸った。そして大男も予期していなかった事態に大きく目を見開く。

 

 ……切島は大きく姿勢を崩し、その上全身至るところから血を噴き出しながらも、その場に立って大男の一撃から心操を守りきっていたのだから、その驚きようも無理は無い。

 

「……切島……」

「……っヘッ、俺だってあの雪山から何も変わってない訳じゃ無えんだぜ?」

 

 切島のした事は単純である。

 

 物理現象の全てにおいて存在するエネルギー。物を曲げるのにも、伸ばすのにもエネルギーは使われる。そしてそのエネルギーを切島は『破壊』という形に使う事を考案した。

 

 バイクや自転車のヘルメットが割れる事によって受けた衝撃を逃がすように車のボンネットはわざとグシャグシャになるように作られているように、切島はかつて発目に考案されたただ硬い外硬化とショック吸収に優れた内硬化を駆使しつつ、『硬化した自身の皮膚を割る』という形で自分が受けきれない衝撃を逃がしたのだ。しかしそれは受ければ必ず皮膚が裂けるという、防御とはとても呼べない荒業……『防ぐ』のではなく『庇う』ための、マトモな神経では考案すらしないような必殺技とも呼べない狂的な技である。

 

 …………だが、それがどんな技であろうとも、目の前に居る大男の拳を受け止めきったのは紛れもない事実であり。

 

 一人の少年の必死と、一人の少女の必死と、そして一人の少年の決死が、今ここに実を結ぶ。

 

「……ッオオオオオッ!!!」

 

 それまでただの獲物の一匹でしかなかった切島に拳を受け止められるという想定外の事態に動きを止めた大男。その僅かな隙を見逃さず、芦戸と共に現場に来ていたエアジェットがその角張ったアーマーをアスファルトですりおろしながらも推進力全開でスライディングしつつ少年二人を掻っ攫う。

 

 大男は足元にあった瓦礫を投擲するが、エアジェットは当たれば一撃死の恐怖に叫びながらも二人を抱えたままそれを避け、さらに芦戸を足に引っ掛けて路地に突っ込んだ。

 

「っ救助ありがとうございます! もうマジでもっと早く来てくれよ! 何回もあの世が見えたぞ! やる気あんのか!?」

「スマン本当にスマン、悪かった!! よしお前ら背中以外に捕まれ! 離脱するぞ!」

 

 心操の心底正当な主張(心操は街にヴィランが溢れていた事をまだ知らない)に平謝りしつつエアジェットは最早体に掴まる気力も無い心操を正面から抱き上げて救助用ベルトで固定し、芦戸と切島を両手に抱える。かつてヘドロ戦の時には陽動の為にほぼ飛び続けていたため飛行時間が長すぎて最終的にはデステゴロと少女一人を抱えるのが精一杯であったが、今はあの時程長時間ぶっ通しで飛んでいたわけではないのでまだなんとか飛ぶ事ができた。

 

「ちょ、待ってくれ! あんな化け物放置する気スか!?」

「ハァ!? 切島君その怪我でよく言ったな!? お前らは一般人! ヒーローにとって最重要なのはヴィランを倒すことじゃなくて一般人の被害を減らすことなの! あとついでに言っとくけど俺はアイツに勝てねえぞ! 間違いなく!」

「頼りねえなエアジェット!」

「ちょ、ちょちょ! アイツアイツやばいって!! 避けて避けて!」

 

 男三人が空を飛びながら緊張感があるんだか無いんだか分からないやり取りをしている中遠くになっていく大男を監視していた芦戸が叫び、全員が下を見る。そこには再び電柱を道路より引っこ抜き空を飛ぶエアジェット一行に向かって振りかぶっている大男。それを見てガチリと固まる三人であったが、唯一心操だけは薄く笑みを浮かべていた。

 

「……ハァ……ったく」

 

 それは、まるで『待ち望んでいた誰かが到着した』かのような笑みだ。

 

「……来るの遅すぎっすよ……!」

 

 状況に対し全く焦っていない心操のその言葉に怪訝な顔を向けた三人の耳に、軽自動車エンジンが唸る甲高い音が聞こえる。切島と芦戸にとっては聞き慣れたそのエンジン音に、二人の表情が急速に晴れていく。そしてその次の瞬間……

 

 電柱を投擲しようとしていた大男が急に体の向きを変え、突っ込んできたツギハギだらけのオンボロ軽自動車を手に持つ電柱で横殴りにした。

 

 ゴガァッ!! と恐ろしい破砕音と金属音が鳴り響き、乗用車の衝撃を流石に受け止めきれなかった大男はわずかにたたらを踏む。元々ボロい上にとんでもなく雑な扱いをされた車は停止した一瞬後に炎上を始め、大男を介して現場の映像を見ていたAFOは大男を転送する準備を始める。

 

 そして。

 

「……やれやれ、久しぶりに共闘するっきゃねえなコリャ……何年ぶりだよ『Dr.シュタイン』」

 

 遠出する際には常に持ち歩くようにしているビジネスバッグから複数の金属部品を取り出し、簡単な造りの黒い大鎌を瞬時に組み立てて構えるスーツを着た赤髪の優男……スピリット・アルバーンと。

 

「少なくとも十年以上ですねえ……少しでも無理だと思ったら下がってくださいよ、『デスサイズ』先輩?」

「ばっ、十年ブランクが何言ってやがる!」

「何年ブランクでも言いますよ。俺はガチガチの前衛タイプで、先輩は完全バフ要員でしょ。普通の考え方です」

「…………何か納得いかねえ……」

 

 じぃこ、じぃーこ、と左手で頭のネジを回しながら、下向きに構えた右手に魂の波長をバチバチと走らせる白衣を着た白髪の男……フランケン・シュタインが、目の前に居る大男を静かに睨んでいた。

 

「……一体何の目的で俺の実験動物(モルモット)に手を出したか知らんが……」

 

 シュタインの右掌にバシバシと走っていた電撃状のエネルギー。そのエネルギーが、バチンッ!! と一際大きな音を立て、弾け、白衣の裾を微かに揺らした。

 

「人の物に手を出すのは罪だ……そして、罪には、罰が必要だ。そうだろ?」

 

 持っていた電柱の残骸を投げ捨て、切島や心操にしていたようなただ力を叩きつける暴力ではない、明確な『戦闘態勢』を取る大男に、シュタインは掌を向ける。

 

「目には目を……お前の魂(研究材料)、頂くぞ」 

 

 じいじいと弄り続けていた頭のネジが、カチリ、とハマった。




心操がしんどいと文全体が暗くなるし心操が元気出したらその瞬間ちょっと文の雰囲気明るくなるのなんで?

あと、今回作中で恐ろしいほど不適切な使用方法で使用された消火栓ですが、マジで人に向けて発射等しないで下さい。顔に当たれば普通に失明だってありえますし、身体に当てても重症になる可能性があります。冗談で人に向けていい水圧ではないです。ちなみに消火栓のポンプは独立電源になっているので今回のように電柱引っこ抜かれても使えます……多分。

あと、マンションやアパートであれば自宅、それに学校や会社にある消火栓ボックスの蓋を開けて中がどういうタイプになっているのかはこの機会にぜひ確認なさって下さい。消火栓の使い方、消火栓は誰でも使えるという事を知っている事は有事の際に取れる選択肢の幅を増やせます。内部の元栓バルブを弄るとブザーが鳴ったり消防署に自動通報されたりするので見るだけでも。

あとちょっと……アンケート取らせてお願い。

すでに痛感してもらってると思うんだけども中学三年生編が思ったよりも相当イベント盛りだくさんで日常をガッツリ描写できてないです。

そこで考えたのが、作中時間一月一話一万文字の決まりを廃した字数数千文字とかの日常系を集めた『日常短編』と、同じく字数制限無しで『もし緑谷の先生がこの人だったら?』とか『無免と一緒に居るのが芦戸と切島じゃなく別の奴等だったら?』とかのもしもを書く『イフルート』とか、デステゴロや岳山をメインに据えた無免達一切出てこない『ヒーローの日常』とかを不定期に上げる名付けて『(無免)ヒーローの日常』っていうのをさ……書くとしたらさ……
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