無免ヒーローの日常   作:新梁

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前話を間違えて三十七話としていました。修正済みです。

爆豪を合格させるかどうかがまだ決まってないので番外的季節ネタとシリアスから開放されてテンションが上がりまくっている序盤の地の文をお楽しみください。

今回のあらすじ

(遊びに)行けてない。

二日さん、誤字報告ありがとうございます。


第三十七話。八月初旬、無免、海に(遊びに)行く

 とある有名海水浴場。十時頃。

 

 

 

 上鳴電気という男が居る。

 

 この上鳴電気という極めて真面目かつ少々チャラい(矛盾)男は天下のヒーロー養成校、雄英高校へと来年入学する為に日々勉学や身体づくりに励む好青年であり、通っている学内での評判も高い、学校の人気者である。

 

 しかし、上鳴電気には一つ……いや、受験の悩みを除いて一つ。そう、たった一つだけ、大きな大きな悩みがあった。否、それは悩み等というチンケな物ではない。正に、苦悩すべき事態が現在上鳴の身に降り掛かっていた。

 

「彼女が…………出来ない……ッ!」

 

 そう。彼はその性格故か、それとも別の問題か、はたまたもうそういう星の下に生まれてしまったのか、学校の人気者であるのに彼女というものが生まれてこの方出来た事が無かった。

 

 しかしこれも不思議なものでこの男、女子と縁が無いのかと言われればそんな事は無い。むしろカラオケだファミレスで勉強だ時たま奮発して遊園地だと普段から人付き合いが多く、そしてそのグループの中には女子が数人程度居る事の方が多い。学校でも頻繁に女子と喋り、避けられたり疎まれたりする事も(あんまり)無い。誰とは言わないがどこぞの鬼畜MC野郎(冤罪)が見れば涙を流し産まれの違いを嘆く様な生活を送っているのだ。誰とは言わないが。

 

 しかし彼には彼女が出来ない。彼女が欲しいのに何故か出来ない。彼女募集中を公言しており彼女探しを日々実行しているのに何故か、出来ない。

 

 それは何故か。例えばここに一人無作為に選出された上鳴のクラスメイトの女子が居る事にしよう。

 

Q.上鳴電気の事をどう思いますか? 

A.え、いいヤツだと思うけど……

 

Q.じゃあ上鳴と付き合える? 

A.えー…………ちょっとイヤ(笑)

 

Q.理由はある? 

A.えー、理由ー? …………あー……だって上鳴じゃん(笑)

 

 その苦笑いの意味は何。

 

 これには鬼畜MC野郎(無罪)も憐れみの視線を向けざるを得ない。上鳴電気は異性と仲が良く、にも関わらず異性としての好感を向けられづらいという男としてはどうにも損なような得なような得なような損なような、そんな感じの人間性を持つ男であった。よって彼には恋人が居ない。誰とは言わないがどこぞの行動力が凄い変態巨峰マン(有罪)が聞けば女子と仲良くできるだけで満足だろふざけんなとぶん殴られてもおかしくない悩みである。誰とは言わないが。とはいえ本人としてはこの悩みは至って真剣かつ深刻である。

 

 そも、雄英に入学してしまえば女子と知り合う機会は著しく減りほぼ皆無となる可能性が高い。休みが一般高校生の半分も存在しない雄英のスパルタ教育の噂は雄英ヒーロー科を志望するにあたって必ず耳にする事だ。そんな事情もあって、上鳴は今現在珍しく一人で自分の地元より若干離れた海水浴場にやって来ていた。

 

 それは何故か? 何故もクソも無い。ナンパの為である。基本的にヒーロー科は目指す先がまんま荒事稼業である事から女子入学者よりも体力や体格に優れる男子入学者の方が多い。そして男女の入学数を均等にする学校もある中で、雄英高校は徹底した実力主義を公言しており男子枠女子枠等は(一般入試では)存在しない。上鳴は何人居るかも分からない女子入学者と懇意になる可能性に賭ける事はせず、入学前に彼女を作っておく作戦に出たのだ。

 

 …………その作戦自体はまぁまぁそこそこ妥当に思えるが、既に自分の中で雄英入学を確定事項にしているのが実に上鳴という少年のあり方を表している。ちなみに地元から離れた海にしたのは自分の性格的に友人とバッタリ出会ったりするとそのままなし崩しでその友人達と夕方まで遊ぶ事になるからだ。上鳴は自身の性格を正確に把握していた(爆笑ギャグ)。

 

 というわけで、そんな恋に生きる男上鳴は早朝から電車とバスを乗り継ぎ地元から離れていてなおかつそこそこ有名な海水浴場に来ているのだ。

 

 付近にホテルなども併設され観光地の一種となっているその海岸はまだ十時にもなっていない時間帯にも関わらず多くの人が溢れていた。水着に着替えて日焼け止めを塗り、ロッカー付きの更衣室から出た上鳴は、眩しい日差しに目を細めて視界を慣らし、ある程度慣れた所でチラリと周囲を見回して、自動販売機の横に立っていた少女に目を奪われた。

 

「………………スゲェ……」

 

 その少女は正しく『美少女』と形容されるべき少女であった。

 

 身長は高くも低くもない、ごく平均的な背丈であるが、平凡な所などその程度しか無かった。上鳴が見た事も無い程の透明感がある肌は遠目から見て分かる程にキメ細かく、さらに年若い彼女にはシミやたるみなど欠片たりとも見当たらない。その肌に包まれた柔らかな肢体は身長からは中々想像しづらい程に艶めかしい起伏を形作っている、いわゆる『トランジスタグラマー』という奴である事が予想できる。

 

 予想できる、とは。その言葉の真意を知るためには、今現在の少女の服装を知るべきであろう。

 

 少女は桃色の独特なまとまり方をしている髪がよく映える乳白色の麦わら帽子を頭に被り、物憂げな表情で佇んでいる。着ている水着は黒地に白の細い縦ストライプが入ったデニム風の生地で作られたビキニで、腰には水着と同様の模様が入った膝丈まである薄手のパレオを巻き、同じく薄手の白いサマーパーカーを羽織っており、その二着の衣服がそのスタイルと黒いビキニで派手な印象を抱きそうになるのを相応に大人しめな印象に抑えている。

 

 それだけか、と言われればそれだけだ。しかしそのコーディネートは字面以上の破壊力を持っていた。

 

 きっとビキニだけではただの水着を着た美少女、で終わる。だが上から着たパーカーと腰のパレオがその印象を数段上に引き上げる。それはどうしてか? 答えは簡単。『見えない』のだ。

 

 少しばかり派手な黒のビキニも、サマーパーカーとパレオによって少女の豊満なボディラインと共に全体の七割近くが隠れている。だからこそ、その隠された全体を見たいと思ってしまう。全体を想像してしまう。そしてより巧みなのが、その二つの衣服は両方ともごく薄手であるという事だ。薄い生地で作られたそれは、薄っすらと、本当に薄っすらと。パレオは同色であるが故に。サマーパーカーは白い布地が太陽の光を眩しく反射する故に。ほんの薄っすらとだけ、水着や伸びる手足が見えるのだ。そんな隠す事によりさらなる魅力を見せつけるようなファッションが、周囲の目を惹きつける。上鳴電気もその一団に入っていたが、周囲にその少女を見る男が多い事に気が付き、グッと顔を引き締める。

 

 上鳴は確信した。ここが男の見せ時だ。パンッ、と一度頬を張り、上鳴はサンダルを履いた足を一歩前に進める。周囲の男達の牽制の視線も気にせず、ザスザスと砂の積もったコンクリートの上を進む。するとその音に気を取られたのか、桃色の髪をした美少女がこちらを見て、先程までの憂いを湛えた表情を柔らかく緩ませたのだ。ほぼダメ元での突貫だった上鳴のナンパ作戦にまさかの光明が見える。これはひょっとするのか。もしかしてひょっとしちゃうのか。上鳴は少しだけ照れつつも自分史上最高に爽やかな笑みを浮かべ、自分をアピールするように片手を挙げる。少女は笑みを湛えたまま、上鳴の方に向かって歩を進めてきた。ここで上鳴のテンションはマックスになる。その頭の隅で思い返すのは今回のナンパ作戦に冷笑を返した友人。

 

(皆、悪いな! 俺は今日──男になるぜ!)

「出久さん!」

「おわっ……っぶ!? あ、危ないよ明ちゃん……にしても、可愛い水着だね!」

「私はホームセンターに売ってるので良いかなって思ってたんですけど、三奈さんが無理矢理」

「そっかぁ。すっごい似合ってる。可愛いよ!」

「……んん、まあ面倒な服ですけどそう言われると悪い気はしませんね! もっと言っていいですよ!」

 

 そも、上鳴が立っていたのは更衣室を出てすぐの所であり、少女がこちらに来るという事は更衣室から誰かが出てきたと考えるのが自然だ。上鳴は自分史上最高にニヤけきったアホ面を引っ込め、何とか別に何もなかった風を装いつつその場を離れる。何だか潮風が目にしみるような気がして、上鳴は軽く鼻を鳴らした。

 

「……まず何か食べよ」

 

 上鳴は更衣室前に居た人々の同情の視線を背に、その場を去った。彼の夏を若干しょっぱくした連中と思いもよらぬ再会をするのはまだもう少し先である。

 

 …………そもそも、日常の八割を修行に費やす修験者みたいな生活をしている彼等が何故真夏のビーチ等という似合わないオブ似合わない所に居るのか。大体博士の気まぐれであろうと予想は出来るが、博士が何故気まぐれを起こしたのか。まあ夏キャンプという名の修行が出来ずに丸々空いた時間を持て余したからであろうが、そこの所の詳しい所を少し語ろう。

 

 

 

 七月末日。心操、切島退院後。

 

 

 

「唐揚げがいいね」と(発目)が言ったから七月末日は第n次無免唐揚げ戦争勃発記念日。

 

 無免の飯戦争は主に資源採掘の主権を爆国と緑発二国同盟の間で盛大に争い、残る武力的に優位に立てない小国はこの三国の資源の残り滓を頂戴する形となっている。この戦争は生きるために重要な資源の争奪戦であり、そこには他国の如何なる事情も斟酌されない。

 

 そう、それが例え切国と心国の戦力が先の大災により大幅に減損しているという理由であっても、それは自分達の資源採掘を遠慮する理由にはならないのだ。

 

 つまりは……

 

「唐揚げを、唐揚げを……っ」

「お前らな!? 病み上がりの俺等にちっとくらい加減をな!?」

「ハ! そうでした! 出久さん、傷です! お二人の傷を狙いましょう! そうすれば山盛りスタミナ唐揚げの分け前が増えます!」

 

 ……こうなる。

 

「そうじゃねえだろ!? 待て本当にやるな出久待てってあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!」

「心操!? お、鬼かお前らアペェッ!?」

「黙れ、唐揚げの日に負傷してる奴が悪ぃそれは俺の皿だろうがクソカス女ァァァァ!!!!」

「大盛りーっと、芦戸さん、さっきから食べれてる? っんグッ、あっつつ、美味し」

「食べれてない」

 

 傷を親指で強く押し込まれてあっという間に半死半生となった心操。

 

 その姿を見て抗議の声をあげようとした瞬間爆豪に箸を奪われ、更にはそれを両鼻の穴に突っ込まれる切島(彼は最近打撃が効かなくなってきたので搦め手で攻められる事が多い。ヒデェぜ)。

 

 そうして切島の方に意識を割いている爆豪の隙を突いて取り皿から唐揚げを窃盗する発目。

 

 そんな発目から意図的に目を逸らすように茶碗にご飯を山盛りよそいながら芦戸の方を気にしつつもどこからか飛んできた唐揚げを口でキャッチするというマルチタスクの鬼みたいな事をしている緑谷。

 

 そしてツイスターの時もそうであったが基本的にこの連中の中で一番賑やかなのが好きにも関わらずこういう所でイマイチこの連中(馬鹿共)に付いていけない、まだ常識人を捨てていない芦戸。

 

 ……これが地獄かと言いたくなる阿鼻叫喚の戦場であるが、彼等は唐揚げのときは基本こうである。勿論普段はさり気ない気遣いが光る緑谷も唐揚げの日はキャラが一変する。彼はテーブルの中心に箸をのばしながら芦戸ににこやかに話しかけつつもなんの遠慮も無く唐揚げを盛られた大皿に箸を伸ばした爆豪の横っ面を裏拳でぶん殴った。

 

「ふーん、そう。唐揚げを手に入れるコツはっ、恐怖心をっ、捨てる事だよっ! そこだッ! ほらね!」

「アバアッ! デクてめえどさくさ紛れに俺の顔殴りやがったなァ!」

「え、どうしたのかっちゃんいきなり……うわぁ、鼻血出てるよ、大丈夫?」

「テメェがヤッたんだろォがデクカスゥ! んでテメエは俺の皿から取るの止めろやカス女! カスばっかかここはァ!」

「さり気に俺の脇腹蹴ってるお前もカスだぜ勝己……」

 

 という訳で。

 

 超人社会においてとても発達した医療により、医者に不気味がられる程の回復力を持つ(持ってしまった、の方が正しいのかもしれない)男子中学生二人が退院したその日、皆が唐揚げの一言に寄って集ってツギハギ研究所食堂にノスノス入り込んできたという訳だ。こんな惨状となる事が分かっていれば芦戸は来なかったかもしれない。彼女は運良く眼の前にコロンと転がってきた大ぶりの唐揚げを一つ箸でつまみ、爆豪が切島の鼻に指を突っ込んで背負い投げをしているのを眺めながら大きな口を開け、ガブリと齧った。そしてその美味しさに目を見開き、口元を抑えつつ感嘆の声をあげる。

 

「ん!? うわ、おいしっ!」

「唐揚げだけは昔からやりまくってたからねー。僕の作る料理じゃ一番美味しいかも」

 

 サクッ、というよりもカリッ、に近い食感の衣を食い破り、調味料に漬け込み下味をしっかり付けた鶏肉に歯を立てるとそこから味の染みた肉汁が、これでもかと言わんばかりに大量に口内に溢れ出す。それと同時に無限に食欲をそそるニンニク醤油とおろし生姜の香りが鼻を通り、芦戸の手は自然と茶碗に伸びて白米を口に放り込む。肉、白米。肉、白米。白米、白米、肉。食べごたえとかいうレベルではない特別大きな唐揚げが茶碗に盛られた白米と共に消えていく。

 

 隠し味のように下味につけられた鷹の爪の辛味が少しばかり効きすぎていると思えば、緑谷が白米のたっぷり入った炊飯器を切島に(オーバースローで)投げ渡しながらこれまた山盛りになったレタスを差し出してきた。そのレタスを少しばかり行儀悪く数枚一気に口に入れれば、シャキッ、という唐揚げの衣とはまた違う野菜特有の爽やかな歯ごたえと、みずみずしく溢れる葉物野菜特有の青い風味が口の中を冷やし、多少くどいところのある唐揚げの後味を洗い流す。

 

 コレはたしかに夢中になるだけはある。そう確信した芦戸は、横に居た心操の皿から唐揚げを素早く盗んで二つ目を堪能し始めた。心操がまるで信じ切っていた人に裏切られたかのような愕然とした顔をしていたが、些細な問題である。

 

「唐揚げが足んねえぞォ!」

「あと一皿あるよ」

「ッシャアアア!!」

 

 戦争は終わらない。そこに唐揚げがある限り。

 

 そこからしばらくして、カオス極まりない状況の食堂に薬品臭い白衣を脱ぎながらシュタインが入ってきた。シュタインは食堂を壊す勢いで戦っている馬鹿達を見てため息を吐き、そしてすぐに行動を開始した。

 

 

「一人」

「えっ? オンバババババババッ!!!!」

 

 まずは音を立てずに素早く食卓に近付いて背後から切島に魂威をブチ込み、

 

「二人」

「クッソメガノッブォッ!!!!」

 

 爆豪の顔面を食卓にめり込ませ、

 

「三人」

「待ってごめんなさッギィッ…………っ、ッ、っ…………!!!」

 

 ちゃんと塞がったばかりの心操の傷を蹴り飛ばし、

 

「四人」

「グボァッ!? ガッハッ、ゲホッ!」

 

 自分用に一つ置いてあった椅子を持って緑谷の腹にフルスイングでぶちかまし、

 

「五人」

「待っ…………ああああ痛ぁぁぁぁぁあ!!! ヘコんだぁぁぁ!!! 絶対ヘコんだぁぁぁ!!!」

 

 芦戸に軽くチョップ(例の脳天直撃のやつ)し、

 

「全く、静かに食事できないもんですかねェ」

「本当ですよね!」

 

 最後に発目の頭をポスポスと撫でた。この間三十秒足らずである。

 

 

 

 数分後。デザートの時間。

 

 

 

 無免達は緑谷が冷やしていた寒天ゼリーをパクつきながら、少し遅めの食事を摂るシュタインを恨めしげに見ていた。それぞれはシュタインに痛めつけられた部分を押さえている。ちなみに唯一シュタインの折檻を受けなかった発目はニコニコしながらゼリーを堪能していた。心操や爆豪の恨みの視線も何のその、ガン無視である。図太い。

 

 そうして六人の視線を受けながら夕飯を堪能しきったシュタインは手を合わせて「御馳走様」と言ってから、六人の方を向いた。

 

「この夏休み、遊びに行くなら海か山どっちが良い?」

「はい! はいはいはい! 海一票! 私海行きたいでーす!」

「じゃあ来週結田府組お疲れ様って事で海行こうか」

「やったぁ!」

 

 という訳で、無免達は海に遊びに行く事になったのだ。回想終わり。

 

「じゃねえよ!」

 

 爆豪が机をぶっ叩いて吠える。彼が居ると茶番が切りの良い所で終わるともっぱらの評判である。

 

「オイコラメガネ、どういう事だ? こん流れならここから黒塗りのバンに無理矢理突っ込まれて夏休み終わるまで修行漬けが普通だろーが」

「え゛」

「マジ?」

 

 爆豪の予測に切島と芦戸が顔を青ざめさせて周囲を見る。心操は思い出したくもないとでも言いたげに頭を振り、緑谷はたしかにそんな感じだと深く頷き、発目はゼリーをお替りしていた。どうやら爆豪の予想は間違っていないようだ。だがシュタインは「今回はそれは無しなんだよ」と残念そうに首を振った。

 

「無しって……どういう事ですか?」

「んー、まあ普通に分かってるだろうけど、普段俺が君等に課してる訓練って規模が大きいものはその訓練をする土地の所有者にちゃんと許可を取ってやってるんですけども」

「まぁ……それは。ハイ」

 

 五人が頷く。それは当たり前だろう。あんな訓練を許可無しにやれる訳が無い。

 

「この夏も冬と同じようにワイプシに土地を貸してもらうように頼んでたんですけどねえ。ちょっと彼女等に喫緊の用事が出来ちゃいまして、土地の使用が不可能になったんですよ。訓練規模を考えると今から新しい場所を用意なんて出来ないし、仕方が無いから今季は大規模訓練無しってワケ。けど俺ももうその訓練がある前提で予定組んでたからスケジュールがポッカリ空いちゃって」

「だからどっか遊びに……って訳すか。うん、良いんじゃないか? たまには命の危険を感じない遠出があってもさ」

 

 心操の言葉を皮切りに、それぞれが了承の意を述べて互いのスケジュールを確認してその場ですぐに日程を組み、その日は解散となる。そして皆がゾロゾロと食堂から出ていく中、芦戸は発目を捕まえて必死の説得を行っていた。その内容は、ショッピングへの誘いである。

 

「ね! ね!? お願いっ!」

「嫌です」

「そう言わずにさ! ね!」

「メンドイです」

「あ、そうだ! 代わりに私も明ちゃんの用事に付き合うから!」

「三奈さんにできる程度の事は出久さんが全部やってくれます」

「んんんっ、言葉にトゲがある上に反論できない……!」

 

 芦戸は発目に似合う可愛い水着を探したかったが、発目は完全に取り付く島もない様子であった。女の子の買い物は時間がかかるという事実を本能レベルで悟っているようで、最早芦戸と視線すら合わせない有様である。困った芦戸は、鼻歌を歌いながら皿を洗っている緑谷をまず攻略する事にした。

 

「緑谷、緑谷!」

「え、なに? どうしたの?」

「明ちゃんのバッチリお洒落した超絶可愛い水着姿見たいよね!?」

「おしゃ、れ?」

「見たいよね!?」

「……見たいです……」

 

 発目に対しお洒落という単語を出されて一瞬脳がバグっていた緑谷だが、芦戸の勢いに負けて顔を赤くしつつコクリと頷く。芦戸はそれを見て発目に対し「ホラぁ!」と得意気な視線をやる。普段から笑顔がデフォルトの発目はその顔を見て珍しく物凄い嫌そうな顔をしたが、ほんの少しだけ期待しているような表情を見せる緑谷にモニョッとした複雑な顔を見せ、遂には「……明日、一時間だけツキアイマスヨ」ととても嫌そうに譲歩した。

 

「ぃやったぁあ! 一時間ね! オッケー任せて! いやあ明ちゃんに似合うだろうなーって服普段の買い物でいっぱい見つけてるから楽しみにしてて緑谷! 友達にも手伝ってもらおーっと! 明ちゃんとりあえず写真取らせてね! はいチーズっ! ありがとー! あ、博士にお金貰お! あの人も嫌とは言わないでしょ! やー忙しくなるぞウヒョー!」

 

 これまで相当な美少女である発目にお洒落させたい欲を溜め込んでいた芦戸は発目の写真を撮影してからとっとと自室に引っ込んでしまった。他人の話を聞かずに突っ走るという専売特許を奪われた発目は珍しく困惑した表情で緑谷を見た。緑谷は今日は珍しい表情をよく見る、と思いつつ発目に苦笑いを向ける。

 

「……」

「…………えっと……楽しみにしてるね……?」

「……」

「きっと可愛いからさ。ね?」

「……アイスココアが飲みたいです」

「うん、じゃあ用意しようね」

 

 子供のようにむくれる発目を見てクスリと笑った緑谷は台所に戻り、壁を伝う伝声管の蓋を開けて「アイスココア飲む人集合!」と呼びかけた。管の先からは緑谷の声を聞いた連中が同時に何のかんのと喚いてる声が聞こえるが、緑谷は一切取り合わずに蓋を閉めた。この管はそれぞれの部屋に台所から声を届ける専用なのだ。そしてゾロゾロと入ってきた連中と氷で冷やしたココアを飲むなどして発目の機嫌をとった次の日。研究所にやって来た(女の子だからか、芦戸は両親から研究所に寝泊まりすることを嫌がられている)芦戸は世にも珍しいものを見た。

 

「ん、爆豪……何してんの?」

「あ? 見りゃー分かんだろ眼え付いてんのか」

「いやまあ……」

 

 爆豪は黄色い足踏みポンプをプースコプースコと踏んで浮き輪を膨らませていた。

 

「何年単位で使ってなかったんだ。向こう行って穴空いてたら持っていき損だろが」

「……なるほどねー」

 

 浮かれてるな……と芦戸は思ったが言葉にはしない。別に悪い事ではないし、見ていて面白いので。

 

「明ちゃんは?」

「知らん」

 

 浮き輪を膨らませきった爆豪がイルカに空気を注入し始める。塩化ビニルがバリバリと音を立てて膨らんでいくのを横目に、芦戸はだだっ広く殺風景な庭を回る。すると車の入ったガレージに心操と切島の姿を見つけた。

 

「あり、二人とも何してんの?」

「車の整備。まあ俺は手伝いだけど」

「これも博士が改造したっつっても前のと同じオンボロの中古車だからな。海行く途中でエンストしたら洒落にならねえだろ?」

「なるほど……」

 

 こっちも浮かれてるな……と思ったが思うだけだ。芦戸は結田府事変において殉職した先代ツギハギカーの後釜に収まった新しいツギハギカー(軽自動車。登録から十五年。走行距離三十六万キロ。ネットオークションにて一万三千円)の整備に余念が無い心操を横目に食堂に通じるガラス張りの扉から研究所内に入った。

 

「日焼け止めヨシ! クーラーボックスヨシ! 日光避けヨシ! 着替えヨシ! 当日海岸までのルート取りヨシ! 天気予報ヨシ! 常備薬ヨシ! 携帯トイレヨシ! サバイバルグッズヨシ! 簡易武装ヨシ! チェックリスト確認ヨシ!」

「何してんのー?」

「あ、芦戸さんおはよう。今回の海遊びのために作ったチェックリストの確認をね」

「……ふーん」

 

 皆浮かれてるな……と思いつつも芦戸の度量は深く広いので何も言わない。だが緑谷は芦戸の気持ちを何となく察したようであった。

 

「僕らは……ほら。こういうの、ほとんど経験無いからさ。人使君は分かんないけど、僕とかっちゃんは本当に十年以上ぶりなんだよ。普通に遊ぶために遠出するって……普通に近場で遊ぶとかはよくやってるけどね……だから、まあ……ちょっと多目に見てくれないかな」

「いや別に気にしてないよ! うん! 楽しそうでいいと思うし!」

「あはは、そうかな……なら良いけど……あ、明ちゃんは二階だよ……いや、やっぱり多分今行っても扉開けてくれないかな。昨日も寝るまでむくれてたし……少しだけ待っててね」

 

 そう言った緑谷は台所に入り、いつもの様に「かき氷やるよー!」と伝声管に向かって叫ぶ。それを見た芦戸は庭に続くガラス戸を開き、「かき氷やるって!」と大声で叫んだ。庭からはゾロゾロと三人が上がってきてドロドロに汚れた手を洗うため洗面所に向かい、廊下からはシュタインと発目がノスノスとやって来る。緑谷は食卓の上に置いてあった諸々を片付け、手回しのかき氷機と製氷室をひっくり返して根こそぎ出してきた氷を並べる。早い者勝ちとばかりに爆豪が氷の入った器を傾けてかき氷機に流し込み、シャゴシャゴと削り始める。その間に緑谷がボッサボサで全く外出準備などしていない発目の髪を櫛で梳かし温タオルで顔を拭きとどんどん準備を進めていた。発目明という人間の事をよくわかっているからこそできる応対に、芦戸は感心しきりである。

 

「緑谷……慣れてるねえホント……」

「まぁ、長いからね……付き合い」

 

 けど芦戸さんも凄いよ、と緑谷は発目の身嗜みを整えつつ言う。

 

「え、何が?」

「これは切島君もだけど、明ちゃんともう一年以上付き合ってる所。普通の人はこの子と一年付き合うなんて出来ないよ……だから二人とも凄いし……二人とも、感謝してる」

 

 発目明の特殊性は付き合ってみれば一時間で理解できる。そしてそこで多くの人は彼女から離れてしまうのだ。その中で彼女から離れず……友人にまでなってくれる人間が、どれ程居るか。緑谷は発目の頭を撫でながら、「感謝してるのは明ちゃんもだよね」と笑いかけた。発目はツンとしたまま返事をしない。未だに機嫌は斜めである。

 

 芦戸は快活で溌剌とした皆の人気者だ。だから芦戸には友人が出来ないという感覚がいまいち分からない。芦戸は発目の友人になる努力などしていないし、感謝されても実感が無い。だからこそ、何の打算も無くニカリと笑って手を振った。

 

「感謝なんてしなくて良いよ! だって私が友達になりたくてなったんだから!」

 

 そんな言葉を聞いて、緑谷は一瞬だけ呆然とした顔を見せてから、静かに破顔し、シャツの襟から背中に削りまくって薄くなった氷を流し込まれて「ポギャアァ──ッ!!」と奇っ怪な悲鳴を上げて吹っ飛んだ。

 

「オッ、おアッ、つっつめ、冷たァっ!」

「油断してるからだろ」

「ザコが」

「酷くない!?」

 

 地面に座ってシャツから氷を排出し背中をしきりに擦っている緑谷を見下ろしながら、下手人その一たる心操は呆れ顔で、その二たる爆豪は怒り顔で腕を組んでいた。

 

「誰もお前の感謝の言葉なんて欲しくないんだよ。芦戸も言った通り、俺達は別に義務感や哀れみで付き合ってる訳じゃないんだからな」

「ケッ、クソが」

「ほら、勝己もそう言ってるだろ?」

「言ってねえよ! 死ね!」

「なんの! 切島ガードベント!」

「パガァッ!!」

 

 心操に引き寄せられた切島が爆豪の攻撃を顔面で受けているのをガン無視して、芦戸は「そーいうこと!」とかき氷機を引き寄せる。

 

「緑谷はさー、考えすぎなんだよね、イロイロさ」

「……そうだね」

 

 その後ガードベントに使われた切島が心操を殴ったり鬱憤を晴らしきれてなかった爆豪が心操を殴ったり食事の場で争う三人をシュタインがぶん殴ったりと何やかんやありつつも芦戸はかき氷を完食してから散歩を嫌がる柴犬の如き姿勢の発目を引きずってショッピングに連れていき、結局二時間半ほど引き摺り回して帰ってきた。

 

 と、ここまでやってやっと冒頭である。




「えー!この子がウワサの明ちゃん!?うわっかわっえっ可愛っ!写真より可愛いとか初めての経験なんですけど!」
「ええ!?髪超するする!肌白っ首細っ眼でかっ!うわー、えー、こんな子実在すんの!?え、おかしくない?」
「どんな水着が似合うかなぁ!いやもう絶対何でも似合うよね!ちな予算こんだけね」
「ウヒョおお!何でもやれるじゃん!何でもやれるじゃん!やば!」
「え、うわ!いや割と安いとこで探してたんだけどこれならちょい考え直さないとホラ二階のあそことかさ」
「あっ待って明ちゃんそこはワークマン!待っ、ちょ、待て!そこワークマンだって!」
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