ゲロ甘
一万字を目処に投稿していましたが、今回は五千文字で投稿してみます。どちらの方がいいとかあったらちょっと言ってやってください。
緑谷出久の休日は早い。
「かっちゃんにはやっぱり手技が甘いと言われた。それもそうだよな。僕のメインウェポンは銃だ。つまり僕のヒーローとしての闘い方では手技を習熟しにくい。しかし今さら銃を捨てるわけにもいかないし。確かに中近距離がメインになるけど残り二年の貴重な時間を使ってそこまで仕上げるべきではないか? いや僕の使ってるサバットはそもそも手技と足技の混合された格闘技だ。それを僕が勝手に改造しているだけ。つまりは現状は僕の基礎固め不足だ。参ったな……十年修行してきて今さらこんなところで躓くなんて。個性を使わないかっちゃんに勝てない身分で凶悪な犯罪者達と戦うなんて自殺行為も良いところだ。かっちゃんもいつも言ってるじゃないか『足りないところを埋めるのが道具だ。道具に頼りきるのは誰でもできる』って。個性が無い分道具に頼らなくちゃいけないのはもう仕方がないけど、頼りきりならそれは僕がヒーローなんじゃない。誰でも僕になれてしまう。強み、そう強みだ。『僕にしかやれない事』……それを作らないと。でもどうやって? こう言うのもなんだけど僕の身体能力は現時点での限界に近い筈だ。これから成長して自然と体が出来るのを待つしか方法はないし、銃を使う時には足技をメインに、銃を手放した時にはまた違う武術を使った方が……今まで僕が経験した武術では何が……オールマイティーな近接戦闘術……かっちゃんのコンバット・サンボか? それともシステマ? 不意打ちにはカポエィラが有効か。でも基本は肉弾戦術だ。メインでやるなら拳脚投極すべて揃った日本拳法が安定しているかな……そうだな。全部やろう。日拳を基礎に全てをある程度まで習熟して手数を増やすんだ。サバットを見つけるまでの過程で全種類ある程度は体に叩き込んでる。後は体の動く流れを思い出して、実践だな。教本を出さなきゃ忙しくなるぞウヒョー」
淡々と弁当を作りながら目を見開いてブツブツと先日あった爆豪との喧嘩を考察する緑谷。そのような状態でも料理の手には一切の淀みが無い。冷凍していたミックスベジタブルをフライパンにぶちこみ、溶けるまでの時間を使って自分の部屋から何冊かの武術教本を持ってきてイメージトレーニングなど始めるも、溶け始めたタイミングではしっかりと木べらで野菜をほぐしている。そのタイミングはピッタリすぎて少々怖い。そんな動きでばらけた野菜の上に短冊切りのハムを投入。温めた冷凍ごはんをその上から入れ、多少ほぐして溶き卵を投入。ごま油を少しだけ入れ、香りを付けつつ卵を全体に馴染ませる。ついでに醤油で香り付けと、塩やら味付け用のペーストなんかを投入し少し濃いめの味付けに仕上げる。
「そろそろサポートアイテムの方もケリを付けなきゃならないなあ。いつまでも
卵が固まらないように混ぜ続け、黄金色へと変化した簡単チャーハンをとりあえず脇に避け、新たにフライパンを出し冷蔵庫を漁る。アスパラガスとチーズを取りだし、まな板に残していたハムと袋に入った食パンを取る。手際よく料理が進んでいく。
「とりあえず多古場海浜公園の掃除を終わらせて、それからどうしようかなあ。もういい加減十年やってれば折寺一帯もキレイだし、本格的な戦闘トレーニングかな? でも同じ相手とばかりやってても変な癖が付く気がするし、かっちゃんと本気でやりあったらとてもじゃないけど毎日は無理だ。どうしようかな。やっぱり早めに武器の問題を片付けて扱いの習熟をして、かな」
朝から適当かつカロリーの高い料理を複数用意した出久は、味見以外で特に手を付ける事も無くそれを複数の容器に詰め込んでいく。そしてちょっとした重箱ぐらいの高さになった容器を風呂敷で包み、それを抱えて家を出た。
引子はまだ目覚めていない、午前五時の事である。
発目明の休日は早い……と言うと少々語弊がある。何故なら彼女は休日に睡眠を取ることがほぼ無いからだ。金曜日の朝に起き、学校へ行き、そのまま研究所へ直行し、土曜日、日曜日と連休四十八時間を研究に費やし、月曜日の午前三時ごろに就寝する。いかにも若死にしそうな生活サイクルである。とはいえ限界はあるらしく、一月に一回は緑谷の家に押し掛け、緑谷のベッドでひたすらゴロゴロしたり緑谷を捕獲して腹筋に顔をグリグリと押し付けたりそのまま緑谷の体温を感じつつ微睡むだけの連休を過ごしている。とはいえその時でも手慰みにプログラムをいじるのだから極まっているのだが。
が、そんな発目は午前七時現在机に突っ伏していた。寝ているか? いや目は開いている。やる気が尽きたか? いや回路とハンダごてを手放していない。
「……お腹すいた」
そう。彼女は空腹だった。普段なら研究開発に夢中になりすぎて一日程度なら何も食べなくとも(少なくとも精神的には)問題ない彼女だが、今日はたまたま単純作業の繰り返しが続き、彼女の頭に空腹を感知する余裕ができてしまっていたのだ。そして一度感知したそれは脳裏から消えること無く居座り、その状態で精密作業にエネルギーを使いすぎた結果発目は無事にエネルギー切れを起こした。そもそも前日の焼き肉で少しはしゃぎすぎていた発目である。エネルギーが不足するのも早かった。しかしその状況でもはんだ付けのペースは落ちない。次々と抵抗を回路に設置していく。
「……冷蔵庫にバターしか無いなんて……バターと氷と保冷剤で何作れって言うんですか……」
誰もそんな事は言っていない。しかし発目は深刻な顔で呟いた。尚、それでも基盤にはんだ付けをする手は止まらない。
それと、こういう状況で仕方がないからコンビニに行くとかそういう考えに思い至らない方は要注意である。体壊さないようにね。
「うう……お腹すい……」
「お邪魔します……明ちゃん、朝ご飯持ってきたよ」
「ぃよしゃああああああああ!!!!」
発目がそれまで絶対に手放さなかったハンダごてを放り投げた。空高くを飛んだそれは見事にこて台に突き刺さり、スポンジがジュウと音を立てる。
「うわっ危な……うわ!? え、何そのコントロール!?」
「何ですか!? 肉ですか肉ですか魚ですか肉ですか!?」
「え、適当かな」
「やったーあああああ!!! さあ早く! 早く! はよ!」
大きな箱を抱えて研究所へとやって来た緑谷に飯の気配を感じた発目が抱きつき、それをあやしながら緑谷はワーキングテーブルに多くのタッパーを乗せていく。どうやら隣町の自宅から走ってきたらしく、料理はまだほのかに湯気を放っていた。とりあえず机の上にある程度容器を並べた緑谷は、残りの風呂敷を持ってドアに手を掛ける。
「じゃ、僕は先生にも渡してくるから。先に食べてて良いよ」
「いえいえ、一緒に食べますよ!」
「お腹減ってるんでしょ? 無理しちゃダメだ……よ……」
発目らしくもない殊勝な台詞に扉を開いた緑谷がそう言いながら振り返ると、発目は丁度ハムチーズホットサンドに食らいついたところであった。
恋人の早すぎる裏切りに愕然とする緑谷。あまりの急展開に彼の動作が停止していると、もむもむとホットサンドを咀嚼しきった発目が二口目に突入する前に、にこりと笑って一言。
「このホットサンド美味しいです!」
そこで緑谷が再起動。がっかりしたような力が抜けたようなホッとしたような、非常に何とも言えない間の抜けた表情で力の無い抗議をする。
「明ちゃん、さっきの健気な台詞は何だったの……?」
「え、ああいうの好きかなって」
「好きだけど~~……いや好きだけどさぁ……」
緑谷は健気な言動は普通に人並みに好きだが、勿論言動『のみ』が好きな訳ではない。普通そういうのは行動が伴う物だ。ちなみに先程緑谷の表情の中にホッとしたものがあったのは、先程の発言がいかにも発目らしくなかったのに対して振り返ってみればやっていることは発目そのものだった事に対する安心感である。いろいろ手遅れとも言う。
「……ハァ。じゃあ先生に渡してくるよ。残しといてね?」
「了解しました! あ、これもおいしい!」
「……急ごう。全部無くなりそうだ」
緑谷は足早にシュタインを探し始めた。
場所は地下。シュタインの研究施設。の入り口。
「先生、先生! 先生ー?」
緑谷はツギハギの長い階段を下り、重厚なツギハギの鉄扉を叩いていた。研究所中をくまなく探し終わり、後はこの場所しかなかったのだ。何度かドアを叩き、何も返事が帰ってこないのを確認すると緑谷はノブに手を掛けた。もしかすると研究中に寝落ちを決めてしまったのかもしれないと思ったのだ。しかし、ドアノブは回らなかった。まるで固定されているかのように、ピクリとも動かなかったのだ。
「……アレ?」
「無理ですよ。今個性使ってる最中だから」
「ウォアア!? いつからそこに!?」
「今トイレから帰ってきたとこ」
そう言ってシュタインは緑谷越しにドアノブを回す。緑谷ではピクリとも動かなかったそれは、シュタインが触れると何事も無かったように回る。
「相変わらず凄い個性ですね……」
「気に入ってはいるよ。使い勝手悪いですケド」
シュタインの個性は『改造』。要するにスマホゲームの施設アップグレードのようなものだ。人が見る事の出来ない密室に改造したいものを放り込めば、シュタインいわく『妖精さんが終わらせてくれる』。「やったこと無いけど漫画とかも書いといてくれるかもね」とは本人の言。しかしデメリットとして、改造が完了するまでシュタインの体力を恐ろしく消耗させ続ける事と、改造が終わった物は何故かツギハギだらけになってしまう事が上げられる。また、改造に使用されている密室はシュタイン以外に開けることは出来ない。内部にシュタインを含む人間が入るとその間の改造はストップされる。なんとも、非常に奇妙な個性だ。
ちなみに緑谷以下三人の学生服はこの個性によって防火、防水、防刃防弾性能などが付与されている。表は特に普通の物と代わり無いが、裏地は何かの狂気を感じるほどツギハギだらけである。
「ああそうだ。はい、これどうぞ。朝御飯です」
「ああ、ありがとう。今回は特に大規模な改造してるから、いくら食べても食べ足りないんですよね。冷蔵庫の食材も氷と保冷剤とバター以外食べ尽くしたし」
ああ、と緑谷は納得する。発目がアレほどまでに餓えていたのはそのせいか、と。
「出久、代金は渡すから、しばらく研究所で寝泊まりしてご飯作ってくれないかな? 大体……四日くらい」
「ああ……いいですよ。後で母さんに連絡しときますね。じゃあ僕の分の朝食は明ちゃんのところに置いてますんで」
シュタインより当座の分としてそれなりの量の現ナマを受け取ってから出久は地下室を退出し、発目の元へと戻った。
「ただいま」
「お帰りなさい出久さん。ちゃんと残してますよ!」
「うん。ありがとう明ちゃん」
ニコニコと笑う発目の頭を軽く撫で、緑谷は全体的に少し重めの朝御飯を食べた。自分の作ったものであり、味見もしているので特に思うところは無かった。が、発目は違ったようで「このホットサンドはチーズとハムが良く合ってて」「アスパラの豚バラ巻きは少し残った油がアスパラでさっぱりして」「コールスローは少しワサビがきいてて」と、食事一つ一つにキラキラとした瞳で感想を述べてくれる。
「今日もすっごく美味しかったです! 私、幸せです!」
最後にはいつも最高の笑顔でそうやって締めてくれる発目に心が暖まるのを感じながら、緑谷は微笑んだ。
「うん。明ちゃんがそんなに喜んでくれて、僕も幸せだよ」
緑谷は幼い頃から料理を趣味として続けているが、その発端は目の前でニコニコと笑っている少女である。
かつて敵により両親を殺害され心を閉ざしてしまっていた発目に、何とかして元気になって貰おうと緑谷は様々なことをした。自分の持っているオールマイトグッズを全て見せてあげたり、驚かせてあげようと普段なら絶対に上らないような高い木に登ってみせたり、一日をかけて大きな砂の城を作ってあげたり、色々なことをした。その殆どは空振りに終わってしまったが、一つだけ、幼い発目の心に響いたものがあったのだ。
それは、当時出久が母に手取り足取り教えてもらい、横でかなりオロオロされながら作ったホットケーキである。それはただの市販されている粉を使ったなんの変哲もないホットケーキだったが、それを食べた発目はポロポロと泣き出したのだった。
両親がサポートアイテムの研究者であり、ほぼ完全放任に近い環境で育った発目にとって、短時間かつ少ない手間で作れるそれは数少ない『母の味』であった。
「明ちゃん」
「何です?」
緑谷は、昔とは見た目も、性格も、関係性も変わった愛しい幼馴染みを見つめ、にこりと笑う。
「お昼はホットケーキにしようか。果物やチーズやジャムや、ハムとか魚介なんかも買って、色々乗せて食べよう」
ぱあ、と明るくなる発目の顔を見て、緑谷は自分の中に幸せが募るのを感じ、ついつい頬をさらに緩ませる。
「!!! やった、やったぁ! 出久さん大好きです!」
発目の好物はチョコレートと、ホットケーキ。それも、たいした工夫のされていない市販品そのままのホットケーキだ。
ルビ使ってみました
シュタインの個性『改造』
コンテナ、空き缶、段ボール、窓の無い部屋など、『外から見えない場所』でのみ使用可能。その中に物を入れ、個性を発動することでそれに本来備わっていない特性を付与する、もしくは物の形を変えることができる。
例えば氷に『溶けない』という性質を付与したり、鉄の塊をエンジンに作り変えたり、紙とペンを入れて漫画を書いたり、そういうことである。
改造には最低一時間、最高(今まで行使した中での最高)一週間ほどかかる。
改造に使われている部屋はシュタインにしか開くことはできず、開いている間は改造が進まない。また、改造終了間際に対象物を見ても何も改造された痕跡は無い。
個性を使用している間、シュタインはカロリー消費が三倍になる。
SCPでこんなんありそうだな…